では。
向き合い、木刀を構えて斬り結んだそのとき、本当に花が舞ったかと思った。
蟲柱・胡蝶しのぶの継子、栗花落カナヲは、花の呼吸の使い手である。
師匠と異なる呼吸を使う隊士はいるし、現に獪岳も、今の師匠となっている煉獄とは呼吸が異なる。
とにもかくにも、獪岳はこれまで花の呼吸を扱う剣士と戦ったことはなかったのだ。
しかも、この栗花落という剣士。
─────目が、とんでもなく良い。
木刀で技を出しあい、わかったのだ。
カナヲは、獪岳の動きを見て躱している。技を出す前の、僅かな体の動きを『見て』自身も動いているのだ。
剣士であるなら、並みの人間より視力が良い者は多いが、カナヲはそれが図抜けているのだ。
カナヲは目が良い、と幸は確かに言っていたが、良いと単純に言える範囲ではないだろう。
端的に言うと、ここまで目が良いとは思わなかった。
そう思いながら、獪岳は木刀を振る。
腕力、膂力なら獪岳が上。速さも呼吸の相性もあって獪岳が上。
だが、カナヲは先読みが上手く、体幹が鍛えられていて技の切れと躱しが優れている。
見てから動くという、並みなら間に合わないはずのこともやってのけ、すぐに合わせてくる。
やりにくい。
体が小さく、ちょこまか速い幸とは、また違ったやりにくさだ。
尤も、あちらは体術の基礎もくそも知らないため、鬼の身体能力任せな面が強く、動きが直線的で読み易い面がある。
最近は蟲柱辺りの動きを見て立ち回りが上手くなってきているが、まだ対応できないほどではない。油断すると蹴り飛ばされるため、気が抜ける相手ではないのだが。
桃色の花弁が翻るようなカナヲの斬撃をいなしながら、獪岳は腰を低く落とした。
炎の型の弐を基にした斬撃で地を巻き込んで上へ切り上げ、土煙を起こす。
直前に気づいて後ろに跳び退っていたカナヲだが、関係ない。
技を当てるつもりなど、端からなかった。
視界さえ少しの間塞ぐことができれば、それでいい。
土を巻き上げれば獪岳の視界も諸共曇るが、見えずともカナヲの位置はわかる。殺気の場所を違えたりはしない。
目を細め、土壁の中に飛び込んで突きを放つ。
斬撃主体の雷の呼吸にはない動きだが、だからこそカナヲは戸惑ったらしい。
土煙が収まったとき、獪岳の得物はカナヲの首筋横。カナヲの木刀は、獪岳の肩上で止まっていた。
「……チッ」
実戦だったならば、獪岳の刀はカナヲの首をかき斬っているが、カナヲの刀は獪岳を袈裟切りにしている。
思うようにはならず、獪岳は舌打ちをこぼした。
相討ち覚悟で鬼の頸を刎ねようとするのが、鬼殺隊なのだ。
死にかけでも相手を袈裟切りにするなど、蟲柱の継子ならばやってのけるだろう。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
一応の礼として互いに木刀を引き、頭を下げる。
土で視界を塞いだまではよかったが、そこからの攻めが強引で直線的だったと、獪岳は木刀を持つ手に力を込めた。これでは幸のことを言っていられない。
「さっきの技……」
「あ?」
次にさっさと場所を譲ろうと歩き出せば、カナヲのほうから話しかけて来る。
やや意外に感じながらも、獪岳は振り返った。
「さっきの土を使った技、雷の呼吸なの?」
「違ぇよ。炎の呼吸に下から切り上げるやつがあんだ。土使ったら目くらましにはなるだろ。特にお前みたいな目の良いヤツならな」
「私の目のことも、すぐわかった?」
「俺の関節見て動いてたろ」
図星だったのか、カナヲは黙った。
霹靂一閃は腰を低く落として抜刀し、鬼の頸を落とす技だ。獪岳にはできないが、中身が伴わない形だけならば、なぞれる。
腰を落として抜刀するところまでは雷の呼吸、そこから後は炎の呼吸の技をまた弄って試したのだ。
雷光のような閃く速さの剣技を弄り回した結果が、泥土を跳ね上げるだけの技。
そう思うと、何か黒いものが腹の底でぐる、と蠢く。
「おつかれさま」
とん、と入れ替わるためにこちらにやって来て背伸びした幸の指が、額を突いた。
俯きかけていた頭が自然前を向かされ、見下ろしてみればいつもの金色の瞳。
澄んだ眼に見透かされたようで腹が立って、獪岳はとりあえず丁寧に結われていた黒髪を雑にかきまわしてやった。
「……?」
「なんでもねぇよ」
鳥の巣のようにくしゃくしゃになったみつ編みを摘んで、幸は一度髪を解いた。
そのまま、元に戻すのが面倒になったのか結わずにそのまま髪を一束ねにして馬の尾のように括る。
無言で髪飾りを手に押し付けられ、獪岳はは、と息を吐く。押し付けてきた幸は、あとで結い直せと言わんばかりの不満面で駆けて行った。
「お前な……」
呆れ顔の玄弥から頭ごと目をそらして、獪岳は前を見た。カナヲはちょこんと膝を抱えて座り、こちらにはもう見向きもしていない。
見ているのは、前で向き合っている善逸と幸だった。
ろくにあちらの声は届いていないのだが、嫌だ嫌だと善逸が顔中を口にして喚いているらしいのは伝わる。あいつは本当に逆さに振ってもどうしようもないのかと、獪岳は見ていられなくなって夜空を仰ぎ見た。
仰ぎ見た途端に、玄弥が呟く。
「あ、頭突きしやがった」
面倒になったのか説得がややこしくなったのか、幸の頭が善逸の胸板に入っていた。
そういえば、竈門兄が以前風柱に頭突きをくらわしていたが、まさか真似たのだろうか。
もんどりうった善逸の襟を掴んで引き寄せ、幸が何か囁く。それで何某か決まったのか、善逸は木刀を構えた。
さて一体、あの愚図に何を言ったのか。
「……」
興味がないわけではないが、どうせ後で聞けばいいと、獪岳は目を凝らす。
間隔を開けて立ち、幸と善逸が構える。
互いに似た構えを取り─────ドン、と太鼓を叩くような音が響いて姿が消える。
「は?」
「上だよ」
猿のように跳び上がり、速かったが故に消えたように見えただけである。目を瞬いた玄弥に、獪岳は上を指した。
二つの影が交錯し、次の瞬間鈍い音がして同時に地面に降り立つ。
善逸の足元に転がったのは、真っ二つになった木刀だった。
「速っ!!速いよ幸ちゃん!前より速いよね!?どうやったの!!」
ここまで届くほどの大声で喚く善逸と、余り声がでかいのか耳を塞ぐ幸が戻って来る。
幸が何かをしたのだろうことは、わかったが、何をしたのかは獪岳にも見えなかった。
跳ぶ直前、脚に血鬼術の紅の光が纏いつくのが見えはしたが、それをどうしたのだろう。
爪の先についた木屑を払いながら、幸は戻って来た。
「筋肉がきれるまで、脚に力をかけた」
「はい??」
「切れるはしから、血鬼術で治して、また力をこめて切って、速く跳んで、みた。ぎゅっと押さえた
「い、痛くないの?」
「平気。すぐ治る」
幸の血鬼術は、並みの鬼ほどの再生力がないのを補うかのように、体が本来持つ治癒力を一時的に増幅させて怪我を治している。
それを使えば確かに、瞬間的に回復速度を跳ね上げることはできる。今回は、鬼の筋肉が断絶し、脚が壊れるほどの力を込めて動いた、らしい。鬼の肉体の限界をぶち抜いて速く動いたのだ。
それで、雷の呼吸の霹靂一閃と正面から速さ比べしたわけである。
結果、善逸の得物の木刀は幸の爪で割り折られた。
だけれども、幸は善逸を見て首を傾げていた。
「遊郭のときのは?」
「霹靂の神速のこと?あれまだ、一日二回しか使えないんだ。あと、まだやったら駄目って言われてるから」
「……そう」
幸はそちらの速さが見たかったのか、肩が少し落ちた。
面白くなくて、獪岳は頭をかいた。
霹靂一閃はただでさえ速い。神速は、それより上なのだろう。
遊郭のときは、誰も彼もがそれどころではなくまともに見えていなかったのだ。
幸の速さはどうだか知らないが、束の間とはいえ獪岳の視界から双方が消えたのは事実だ。
何か一つ自分ができるようになっても、それは周りも同じだ。
人間など最初から容易く殺せる相手を殺す生業なのだから、当然と言えば、当然であるが。
それにしても、善逸の動きがどうも、
獪岳の中で素直に善逸に尋ねるという選択肢は、最初からない。
それから、相手を変えやり方を変え、丑三つ時の少し前まで手合わせは続いたのだった。
「なぁ」
「……?」
得られたものがあったのかなかったのか、どうもわからないまま蝶屋敷へ引き上げて、馬の尻尾のようになっていた幸の髪を結い直しながら、獪岳は尋ねた。
縁側に正座したまま、幸は眠たげに船を漕いでいるが、却ってこういうときのほうが物を尋ねやすい。
完全に覚醒し、頭が働いているときの幸に、獪岳は絶対口では勝てないからだ。真正面から躊躇いなく目を見つめて話すのも、まだ
獪岳も眠くないわけではないが、幸ほど切羽詰まっているわけではないのだ。
「手合わせのとき、お前あいつに何言いやがったんだ?」
「……言わない」
「は?」
「獪岳にきかれたくないって。できるまで、言わないって」
「何ができんだよ」
「みんな剣士。なら、つくりたいものは……」
「型か?」
さぁ、と幸が首を傾げる。
言わないでと頼まれておいて半分だけ言っておき、肝心なところは言わないと突っぱねるとは。
「お前さぁ、結構いい性格になってるよな」
「……」
こちらに背中を向けている幸が、なんとなく微笑んだ、ような気がした。
からかわれているようにも思うが、まぁ、顔と心のつり合いが取れて笑えているだけで以前と比べれば万々歳である。いちいち言動が幼いと、相手がしづらい。
竈門の妹も幼子のような意識で止まっているらしいが、あちらもいずれは年相応に戻るのだろうか。
何も話さないと、手の中でさらさら流れる黒髪にしか意識が向かない。
こうまで長いと、切ればいい気がしているが、鬼の髪だから切っても恐らく元の長さになるだけだろう。
「お前の両親がやってたつう宗教の話、なんかわかったのか?上弦の弐が教祖やってるっていう」
「……なにもない、って。しのぶさんが」
「お前が昔住んでたところは」
「町を見たら、わかる、とおもう。だけど番地は」
「覚えてねぇわけか。というより、お前の場合は見てねぇのか。……あ、馬鹿コラ頭動かすな」
頷くのでなく口で言え、という話だ。
「ま、お前餓鬼だったからしょうがねぇか」
餓鬼どころか、乳飲み子のころだったはずだ。
まず、目がろくに見えていまい。
上弦の弐は人間の世界でそれなりの地位にあるらしいのだが、見つからないのだ。
それを言うならば鬼の首魁の鬼舞辻無惨は、何百年も鬼殺隊の前に姿を見せていなかった。
無惨を直接見て生き残った隊士は、知る限りでは竈門炭治郎一人だけだ。
「鬼が教祖にいるなら、わかんねぇのかな。何百年も生きてる人間なんざ、どう考えたっておかしいだろ」
「ん……それは……教祖だか、ら?だって、だいじだもの。じぶんたち、を、救ってくれる人だったら、きっと、みんなで隠すし、みんなで護る、よ」
並みの社会にいたならば、何年も姿形が変化しないのは化物の証だが、自分たちを救ってくれる教祖様であるならば、それは奇跡の証だ。
「周りで人が消えてても……ああ、教祖様の御心に沿わなかったから出ていったとか、適当に理由つけときゃ疑われねぇか」
言っていて思うのだが、こいつの両親はどうなったのだろうか。
顔も知らない男と女など、死んでいても生きていても獪岳にとってはどうでもいい。確実に死んでいるだろうなとしか考えない。
が、下手に記憶に残りそうな嫌な死にざまだったならば、またぞろ無駄に気を揉みそうなのが目の前にいる。
獪岳や他の誰がいくら気にするなと言ったって、気にするのが幸の性分だ。忘れられないのだから、薄まるわけもない。
大体、忘れろと他人が簡単に言おうが本人が望もうが、頭を吹き飛ばされても何も忘れられない人間にはどうしようもない。
一言で言ってしまえば、幸は面倒くさい。
だが、その面倒くささと、悲鳴嶼から教わった情深さで人を喰わないで生きてこられたらしいのだから、結局それは表裏一体だ。
どちらかが欠けたら、やっぱりこいつも人喰い鬼になっていたろう。
よくもまあ、八年も生きていられたものだ。
体がというより、心がまともであった事実だけで、こいつは一生に起こる奇跡を全部使い果たしていそうだ。
「どうか、した?」
「なんでもねぇから振り向くんじゃねぇよ。お前、髪長いから時間かかんだ。切ったりしねぇのか?」
「むだ。すぐ、もとに戻る」
試したことがありそうな口ぶりである。
くぁ、と欠伸をして、幸は眠気が漂っているのんびりした口調で続けた。
「今日みていておもったけど、獪岳の刀、あれでいい、の?」
「……」
手が、一瞬止まった。
これまでは刀を背に負っていた。腰に佩いていないのは、居合いが、霹靂一閃が向いていないと思ったからだ。
だけど型を変えて、動きが変わった。
背に負った刀は長いが、長い分抜くのに時間はかかる。
薄々己で感じていたことを、眠たげで舌ったらずな口ぶりで言われ、獪岳は黙った。
「ンな簡単に言うなっての」
刀は与えられたものを振っているだけだ。担当鍛冶屋の名は知っているが、顔は知らない。最終選別の後訪れてきたやつは、ひょっとこ面を被っていて素顔を見ていないからだ。
刀を前折ったときは、新しいものはすぐに届けられたが、当人とは会っていない。
だけども型を変えたなら、相談して変えるという手も無くはないのだ。壊れたから新しいものが要り用になったのでないのだから……と、そこまで考えて獪岳は気づいた。
「おい……おい?」
この幼なじみ、普通に寝息を立ててやがる。
突っ伏さずに正座したまま、それはもう器用に、見事に寝ているのだ。
そりゃ眠気が限界になる前に寝ろとは常日頃から散々に言っているが、話の最中にまで寝ろとは言ってない。寝落ちするなと。
が、髪を編むのを投げ出すのもまして叩き起こすのも、それはそれで癪である。
最後まで結い終えて髪飾りを付け、そのまま体を少し押せば、起きることなく幸は猫の仔のように丸まった。
箱に詰め直すために起こすのはややこしく思えて、そのまま羽織りをかけて放っておく。
寝が足りれば、勝手に起きてくるし、日が昇るにはまだ間がある。
─────それはそうとして。
「刀、なぁ」
考えていなかったことが、また出る。
欠伸をこぼし、ふと見上げた夜空には細い三日月がかかっていた。
お待たせしました。
本誌の怒涛の展開で情緒がジェットコースターし、案の定まともに書けていませんでした。
その間にオリジナルTSファンタジー書いて完結させたり、なんやらかんやら作者もやらかしましたが…。
ともかく、完結まで頑張ります。