鬼連れ獪岳   作:はたけのなすび

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では。


三話

 

 

 刀鍛冶の里に行ってみたい、と獪岳が最初に打ち明けられた相手は、煉獄杏寿郎だった。

 正確に言うなら、自分から打ち明けたのではない。

 復帰の挨拶を兼ねて訪ねてみれば、何事か悩んでいるなと一瞬で看破されたのだ。

 柱こそ退いたが、鬼殺へ赴ける体力はもう戻ったとかなんとかで刀を腰に佩いた現在の師匠は、なんとも快活に獪岳を見透かした。

 何故どうしてどうやってとは、今更思わなかった。

 

「戦い方が変わり、武器が変わる話はままある!刀鍛冶の里へは許可が降りれば誰でも行けるのだ!」

 

 確かに、思い返せば柱の中には並みの刀とまったく違う形の得物を扱っているのは多かった。

 蟲柱や音柱は言うまでもなく、特に悲鳴嶼など斧と鉄球だ。刀は何処へ行った。

 

「けどそれ、柱だからじゃないんですか?別に、俺は今のでも戦えないわけじゃないんですし」

 

 長さを変えたい、体に合わせたい程度のことで、いちいちそんな許可を平隊士が取っていいのか、わからなかったのだ。

 

「案ずるな!俺から聞いておく!刀工の仕事は刀を作り、我らはそれを使って鬼を斬るのだ!自ら鍛えた得物が合わずに隊士が死ねば、それを造った刀工はどう思う?」

「……」

 

 多分、そいつは後悔するだろう。

 先祖代々刀を鍛えてきて、自分の仕事に誇りがあるやつなら、尚更。

 獪岳にとっては刀工など、一度会ったきりであとは紙面の上でしか知らない相手だが、そう思うのだろうなということはぼんやり予想がついた。

 だがそういえば、前に蝶屋敷で竈門兄がひょっとこ面に出刃包丁を持った、変な男に追いかけ回されていたような気もする。

 俺の刀を折ったとか、殺してやるとか、そんなことで騒ぎまくっていたと聞いたから、その男は刀鍛冶だったのだろう。

 刀鍛冶の里の人間が皆あんなのだと、普通に嫌である。

 

「任務を途切れさせることはできないが、里への訪問許可は俺がなんとかしよう!」

「……ありがとう、ございます」

「何、気にするな!」

 

 では行ってくる、と羽織りの裾を翻して旅立つ師匠の背に、獪岳は無言で頭を下げた。

 

「おい」

 

 そして、いきなり背後からかけられた声に振り返る。

 気配からして、そこにいることは察していたが、煉獄槇寿郎に話しかけられると勝手に体が身構えた。

 こつり、と背に負った箱が内側から揺れる。

 

「俺に何か御用ですか?」

 

 酒の香も放たず、瓶も持っていないのだな、と思いながら獪岳は、次の言葉を待った。

 

「……お前が連れている娘の、血鬼術について聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「あれは、傷を治す血鬼術と聞いたが……代償はあるのか?」

 

 槇寿郎の問いを、獪岳は少し考える。

 結局、正直に話すことにした。

 

「……大きな怪我であればあるほど、治した相手の寿命が減ります」

 

 零から治すのではなく、元々人の体が持っている、怪我を治し毒から生き延びる力を引きずり出すだけだ。仕組みとしては、脳に働きかけてそうさせているらしい。

 鬼の幸ならば、体への負担は誤差の範囲内で済むようだが、人間は違う。

 それこそ、腹に大穴が開くような怪我ならば、負担は大変なものだ。腕や脚を繋ぐのとは訳が違う。

 何年どころか、何十年と寿命が削られたはずだ。だから幸も、潰れた眼までは治さなかったし……きっとあれは、治せなかったのだ。

 元々六十年生きられる体だったとして、二十年が仮に削られれば、残りは如何ほどになるのだろう。

 それでも、生命を伸ばすことはできる。

 何もしなければ死んでしまう人間の一日が十日になるならば、御の字だ。

 

 獪岳も、腕やら足やら背中やらを繋ぎ合わせてもらい、生き延びることができた。発熱や昏睡はしたし重態になったが、生きていられるなら安い。

 そうでないなら、あのときに血を失いすぎて最低三回は死んでいるだろう。

 

 言うまでもなく、そのことを煉獄杏寿郎は知っている。獪岳が直接に言ったからだ。

 まさか師匠、よりにもよってこの身内に言っていなかったのかと獪岳はたった今出て行った杏寿郎を問い詰めたくなった。

 

「それで、何でしょうか」

「……いや、伝えてくれてありがとう」

 

 必ずまた戻って来るように、とそれだけを言い残して、槇寿郎は屋敷へ戻った。

 

「何だったんだ」

 

 酒浸りと思っていたが、今日の彼からは酒の気配は微塵もなかった。

 鬼舞辻無惨と相対して隊士が生き残り、上弦の弐、参と交戦して人死にが出ず、陸が死んだ。

 鬼殺隊ではこの百年以上なかったことが、立て続けに起きているのだ。

 槇寿郎も、それに感化されて酒を手放したのだろうか。

 何にしたって、酒浸りが一人減るのはいいことだ。大酒飲みの親に大体ろくなのはいないと、獪岳は煉獄家に背を向ける。

 

 こん、とまた箱が内側から叩かれた。

 それと同時に、頭上にばさりと黒い影が翻る。

 

「ガア!獪岳、幸ィ、任務任務ゥ!北西ノ町デ人ガ消エタァ!至急向カウベシ!向カウベシィ!」

「うるせぇ。ぎゃあぎゃあ鳴くなってんだ」

 

 最近少しばかり静かだと思っていたらこれだと舌打ちしながら、獪岳は鎹鴉の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北西の町に出た鬼は、子どもの形をしていた。

 背が低くすばしっこく、外見は十になるかならないか程度で物言いも舌ったらず。

 鬼にされてから、時間は然程経っていないふうに感じられた。

 単なる勘だが、最近そういう勘が働くようになったふうに思う。

 一等悍しい気配をしていたのがあの腐れ氷鬼なら、陸がその次だ。あれらを基準にしていれば、何とはなしに測れる。

 だがだからこそ、あまり小さいガキが鬼にされているのを見ると、苛立ちが募る。背格好や歳のころが、誰とは言わないが似ていたからだ。

 外見が子どもだろうが鬼であり、もう人喰いになってしまったのだから、殺さなければならない。

 そもそも、それが自分たちの仕事だ。

 日輪刀を持つ獪岳に追われ、上へ逃れようとした鬼を蹴りで叩き落としたのは、先回りして隠れていた幸だった。

 尻でいざりながら壁際へ追い詰められ、頸を刎ねられるときに鬼が最後に漏らした声は、かあちゃんの一言だった。

 

 手のひらに収まりそうな頸が落ち、てんてんと転げてから、ほろりと崩れる。

 体も頭も、すぐに空き家の中の塵埃と入り混じり、見分けがつかなくなった。

 

 人喰いは、地獄行きなのだろうか。

 それとも、子どもだから賽の河原行きなのだろうか。

 

「?」

「……別に」

 

 猫のように音もなく着地し、鬼が消えたあとを見ていた幸が振り返って、首を傾げていた。

 どうでもいい、余計なことを考えたと、獪岳は刀を鞘に収めた。

 

「とっとと出るぞ。人が来ると面倒だ」

「ん」

 

 警官もそうだが、町の人間に見られるのが面倒だ。夜になれば人が殺されている町で刀を持ってうろついていたら、疑われる。

 空き家から抜け出せば、幸いにして辺りに人の気配はなかった。多少空き家の壁は壊したが、隠が駆けつけなければならないほどではない。

 

「次、次ノ任務!南ノ町沿イノ街道デ、人ガ死ンデイル!死ンデイルゥ!」

「馬鹿ガラス、静かにしろ。つぅか、またかよ」

「カァ。鬼ハ減ラヌ。減ラヌゥ」

「チッ」

 

 単純を極めた真理だが、鴉に言われるとむかつくのだ。

 拳を振り上げると、鎹鴉はさっと幸の肩の上に避難した。

 爪でしがみつかれた幸は、鴉の頭を指で撫でながら獪岳を見上げた。

 

「……疲れた、なら、おぶるよ?」

「お前冗談でもそれはやめろ」

「じゃあ、いこ」

 

 早く、と急かされて走り出す。

 人に呼び止められそうになれば、無視するか物陰に隠れるかでやり過ごし、走り抜けた。こんな時間に走り回るのは、邏卒か鬼か、あとは盗人か鬼殺隊ぐらいなものだ。

 街を抜けて、鴉の翼に導かれた先は切通しの街道。

 聳え立つ崖の間に切り開かれた隘路は、やりにくい。

 

「どっちだ?」

「あっち。左の……崖の、うえ」

 

 闇に溶け込みそうなほど高い崖の上部を、幸は指差す。

 ちらりと、岩の側に飛び込む尋常な獣でない何かの影が辛うじて見えた。同時に風向きが変わり、生臭いにおいが押し寄せる。

 ぐらりと、上から岩が降ってきた。

 二人揃って飛び退いて一つ避ければ、またその次が来る。

 血鬼術だかなんだか知らないが、落ちてくる岩に邪魔されて上に辿り着けそうにない。

 

「いってくる、落とす」

「わかった。一緒に落ちんなよ」

「ん」

 

 深く脚を曲げたかと思うと、幸が跳んだ。落ちてくる岩をも踏み台にして、あっという間に崖の上へ到達する。

 二度、三度と何かがぶつかる音が響いた。

 一際鈍く大きな音がしたかと思うと、ぎゃあとも、ぎぃともつかない悲鳴がし、仰向けになった黒い塊が落ちてきた。

 やたら多い手を蠢かせ、藻掻くそれからは、はっきり人の血のにおいがした。

 

 ────雷の呼吸

────弐ノ型、稲魂

 

 地面に叩きつけられ鬼が硬直した刹那の隙に、手と頸を五連撃で斬り落とす。四本まで腕を落とし、最後の一太刀で頸を斬る。

 虫のように腕が六本生えた異形の鬼は、それで死んだ。

 さっきの子どもの形の鬼と同じように、亡骸はほろほろと崩れて、土塊へ紛れる。

 差し詰め、崖の上から街道へ向けて岩を落とし、人を喰っていたのだろう。小知恵の回る鬼だと思う。

 他に気配がないことを確認して、獪岳は刀を鞘に収めた。

 見上げれば、幸の小さな姿がこちらを見下ろしていた。

 終わったと呼ばわる代わりに腕を大きく振ると、ぽん、と飛び降りてくる。

 着地と同時に、砂埃が小さく舞った。

 

「へいき?」

「無傷。帰るぞ」

 

 鴉も何も言ってこないのだから、多分もう任務はないのだろう。日の出ももう直である。

 背負っていた箱を下ろして蓋を開けると、縮んだ幸は中に入って膝を抱えた。

 

「……藤の家、行くか」

 

 怪我はなく、箱も壊れていない。

 何分鬼を連れているから度々蝶屋敷へ来いとは命令されているが、別に毎度顔を出せとは言われていないのだ。

 それに今戻ったら、またあの弟弟子がいる。毎度面を突き合わせるのは御免被るのだ。

 

「カァ!最モ近イ家ハ南東ヘ二里!二里ィ!」

 

 そんなものか、と獪岳は箱を背負い直して夜の道を駆け出す。

 そうして辿り着いた屋敷で寝て、翌日の朝一番に鴉に叩き起こされた。

 

「カァ!里ヘ向カウ許可、下リタ!下リタァ!」

「は?」

「カァァ!迎エノ隠、スグニ来ル!来ルゥゥゥ!」

 

 すぐ、とはいつだ。

 鴉に突かれるようにして藤の花の家から出れば、確かにそこには隠がいた。

 話を聞けば、刀鍛冶の里は隠されていて、訪れる者は隠に背負われて向かうのだという。

 途中で何度も隠を変え道案内の鴉を変えて行くから、隠当人や鎹鴉同士すら正確な道は知らないのだ。確かにそれなら、何処かで一人が捕まっても、里まで辿り着かれる危険は大幅に下がる。

 日輪刀は鬼殺隊の生命線であるから、それくらいの警備は当然だろう。

 

「こいつも背負ってっていいんですか?」

「構いません。お館様から許可は出ていますから」

 

 ただし目隠しはいると、案内の隠は言った。

 そういうことならば、と獪岳は従った。

 そのまま、上下に揺られたり左右に振られたりしながら、背負われて進む。

 もういいですよ、と言われた先で目隠しが解かれ、いきなりの眩しさに獪岳は目を瞬いた。

 目の前に広がっているのは、立派な町である。

 

「じゃあ、俺はこれで。長に挨拶しに行って下さいね」

 

 最後の案内役だった隠は去り、残されたまま獪岳は辺りを見回した。

 腐った卵のような臭いが、里全体に漂っている。行き交う人間は、ほとんど全員がひょっとこ面を被っていた。

 

「いおう?」

「らしいな。臭ぇけど、温泉があるんだと」

「……へぇ」

 

 箱の中で静かにしていた幸は、起きたらしい。獪岳が里長の家へ歩き出すと、普通の声音で話しかけてきた。

 

「温泉、て……みたことない」

「俺もねぇよ。時間が余りゃ見には行けるだろ」

「ん」

 

 湯を沸かすための薪が勿体無いし、銭湯に行く金があったら腹に何か入れているほうがよほどいい。

 湯に浸かるのは、結構な贅沢なのだ。そりゃ、使えるのならば嬉しいが。

 

「お前は鬼だから、風呂の必要はねぇだろ」

「ん、そう。でも……獪岳、行った、ら?……気持ちいい、よ。たぶん。硫黄はくさい、けど」

「臭い臭いって、二回も言うんじゃねぇ」 

 

 

 鬼は人間と違うからもしやと思っていたが、本当にそうらしい。

 とはいえ、血や泥を浴びたり汚れたりしたら水は被っていたし、着物は洗いたがっていたから、綺麗であるほうが良いことは良いのだろう。

 人間のものにしろ鬼のものにしろ、血のにおいなど、いつまでも纏っていたくはないのだろうし。

 

 たどたどしく喋る箱と、それと平気な顔で会話する奇妙な隊士へ注がれる視線を一切合切無視して、獪岳は里長の館へと歩いて行った。

 

 




ほのぼのです。

本誌で、寺の子どもたちから悲鳴嶼さんへの呼び方が先生とわかったのですが、このまま変えないでやります…。
セリフとか諸々狂いますし、鬼っ娘は人を名前で呼ぶほうが好きだからです。




鬼のいない明日が来ていたら、多分二人とも年頃になれば奉公に行って、時々里帰りする生活をしていたと思います。

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