鬼連れ獪岳   作:はたけのなすび

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では。


四話

 

 

 

 

 

「おかめひょっとこ、七福おふね、小槌小判に米俵、さてもめでたや酉さま熊手」

 

 妙に長閑な里山の木々の間を渡っていくのはどうにもこうにも気が抜ける唄であった。

 

「まつたけうめに、白ねずみ、鯉鶴、お富士へおあがりや、やれ、めでためでたのお酉さま」

 

 放っておけばそのうち止まるのだろうと思いきや、戯れ歌は続いた。

 何番まであるのだ。

 小柄だが不思議と貫禄のある里長に挨拶し、そういう要件ならば刀鍛冶のところまで行くと良いと言われた。

 なので獪岳は里の道を歩いているのだが、暇になったのか、幸が箱の中から唄い出したのだ。

 別に、歌うのは良い。

 頭を派手に吹っ飛ばされ、人を襲いかけてからこちら、聞き取りやすかった口調がたどたどしくなったり滑らかになったりと、まともと危うさの()()()を行ったり来たりしては、正気に留まっているようなやつが煩くない声で歌うのは、聞いていても苛立たない。

 だが、如何せん箱の中からの声である。

 傍から見れば、割と怪しい。

 

「おい、何番まであるんだよそれ」

「ここまで」

「どこの唄だよ」

「さぁ」

「嘘つくなってんだ。お前が忘れるなんてことあるか」

「……お祭りで聞いた。お面で思いだした」

 

 右を見ても左を見てもひょっとこ面だらけのこの里だからか、ふとそういう気分になったようだ。

 いつだったかには子守り唄も唄っていたし、幸は案外に唄を多く覚えているらしい。足が悪かったから、誰の手も借りず、動けなくてもできるそういう遊びに自然、詳しくなったのだ。

 お酉さまときたら、まぁ酉の市のことだろう。

 獪岳は縁起物のごてごて飾り立てられた熊手など買ったことはないが、行ったことはある。

 主に、浮かれて足元が疎かな客の財布を掏りとるために。

 こいつも、祭りに行ったことはあったのか、と少し意外に思った。

 まさか懐狙いではないだろうが、誰と行ったのだろう。

 

「まァ、ほんとにひょっとこ面だらけだからな、ここは」

「ん。……獪岳の鍛冶屋さん、はがねづかさんみたいな人かな?」

「はがねづかァ?」

「炭治郎くんの鍛冶屋さんで……出刃包丁のひと」

 

 ()()()()()とは、天下の蝶屋敷で出刃包丁を振り回して駆け回ったと噂の、あの鍛冶屋のことらしい。

 力のかける方向を誤ると刀は折れる、と獪岳も先生に教わった記憶はあった。

 だが、鬼と戦っていて毎度正しい力を込められるかと言われれば、無論否だ。

 大体あいつらは頸が硬い上、すんなり頸を差し出すわけもない。こちとら首切り役人でも、見世物を生業にする居合いの達人でもないのだ。

 肉と骨の隙にうまく刃が通れば、すとんと斬れるのだが、骨や筋肉に引っかかるといけない。

 刀の手入れも無論するが、する暇もなく駆け回らなければならない場合とてある。

 なのに、刀を折ったと毎回追いかけ回されていては堪らないのだ。鬼は殺せていても、仲間の鍛冶屋に殺されては世話もない。

 

「包丁、持ち出して来ない人だといいね」

「俺は刀を折ったわけじゃねぇよ」

 

 喋りながら、獪岳は足元に転がる小石を拾い上げ、左肩後ろの方の藪へ投げつけた。

 

「イテッ!」

 

 ごろん、と藪から芋のように転がりまろび出て来たひょっとこ面の少年に、獪岳は胡乱なものを見る目を向け、睨んだ。

 

「誰だ。さっきっからうろちょろしやがって」

「ひゃっ!」

 

 こんこん、と抗議するように板越しに背中が叩かれた。どうせ年下相手に大人げないと言いたいのだろう。

 

「お前、その面被ってんならこの里のやつだろ」

「そ、そうですよっ!」

 

 少年は、小鉄と名乗った。

 この里の生まれで、唄う箱を背負った目つきの悪いのが家の近くを通ったから、気になって様子を伺っていたらしい。

 ついでに言うと、刀工というより絡繰作りの家で、だから珍妙そうな箱に目が行ってしまったのだとか。

 

「格好見りゃわかるだろ。俺は鬼殺隊だ。それからこれも絡繰じゃねぇ。中に入ってるやつが勝手に唄ってただけだ」

「そっちのほうがびっくりですよ!どんだけちっさい子ですか!?」

 

 鬼だからだとか説明は面倒である。

 おかしなやつでないなら、放っておけば済む話だ。

 獪岳はまだ何か言いかけの少年に背を向けた。

 

「じゃあな、ガキ」

「あっ!ちょっと待って下さい!どこへ行くんですか!」

「関係ねぇだろ。うちへ帰れよ」

「待って下さいってば!担当鍛冶って多分、鉄康さんでしょ?ちょうど出かけていっちゃったんですよ!」

 

 はた、と獪岳の足が止まる。

 ケケケと、頭の上で鴉が笑った。

 

「あなた、獪岳さんでしょ?鉄康さんが担当してる剣士って聞いてます」

「……」

「出かけてる間に来てしまったら、ちょっと待ってもらえって言われてんですよ。まさか、箱が唄ってるとは思いませんでしたけど」

 

 こっちですこっち、とちびなひょっとこは、案外押しが強かった。

 だが確かに、いないなら行く意味もないのだ。

 よっぽど退屈なのか、ついには鼻唄を歌いだした箱を背負ったまま、獪岳は小鉄の後について行く。日が出ているから寝ておけばいいのに起きているということは、大方完全に知らない里にいるので妙に気が立っているのだろう。幸は変に、小心者だ。

 ともかく、絡繰弄りの家というだけあって、その家にはごろごろと道具や絡繰らしい箱などが転がっていた。

 狙いすましたかのように鴉が降りてきて、幸の箱の上に止まる。

 

「ガァ、コノ里ノ絡繰人形ハ、強イ!隊士ノ訓練ニモ使ワレル!使ワレル!」

「はぁ?絡繰っつっても、人形だろ」

「そんなことないですよ!三百年前からの人形もあるんです!百八つの動きができて、柱の訓練にも使えるんですからね!」

 

 小鉄と鴉は、連携でもしたようにまくし立てた。土間に立ったまま、獪岳は腕を組む。

 

「へぇ、百八つなァ」

「信ジテナイナ!ナァイナ!」

「興味ねぇし。お前は箱に爪立てんな」

 

 ケケケッ、と鴉はまたも鳴いて、家の奥へと飛び、暗がりに置かれていた一つの人影の足元に舞い降りた。

 

「コレダ、コレガ人形ダ!少シハ信ジロ、獪岳!獪岳ゥ!」

「そ、そうですよ!ってか、その通りなんですけど随分図々しい鴉ですね!」

 

 鉤爪でつんつんと人形を指す鴉の側に立つ人形の方を見たとき、ふと、耳元で何かが光るのが見えた。

 何とはなしに気になり、獪岳は近寄る。

 近寄ってみれば、人形には人の顔がついていた。光ったのは、その人形の耳飾りであったのだ。

 

「……ん?」

 

 と、気になることができて、獪岳は幸の入った箱の蓋を開ける。

 暗がりに転がり出てきた、並みの市松人形より一回り大きいくらいに縮んでいる幸の脇の下に手を入れ、絡繰の顔の前にひょいと持ち上げた。

 

「なぁ、この耳飾りはあいつのだよな」

「……うん。炭治郎くんのと、同じ」

「痣も似てねぇか」

「槇寿郎さんが言ってたっていう、痣?」

「ああ」

 

 時折煉獄槇寿郎がもらしていた、日の呼吸の使い手にあったという、痣の話。

 彼によれば、日こそが始まりの呼吸であり、他の五つの呼吸はすべて劣化でしかないのだそうだ。

 雷と炎まで劣化と括るのかと思えば、あまり面白い話ではなかったのだが、獪岳もそこで日の呼吸の名は覚えたのだ。

 

「それは、縁壱零式って言う戦闘用の絡繰なんですよ。実在した剣士を元に作ったらしいんですけど、獪岳さん何か知ってるんですか?」

「知り合いに、同じ耳飾りしてるやつがいるだけだ」

 

 人形の耳にぶら下がる、花札のような形と模様の飾りは、竈門炭治郎のものとよく似ていた。いや、似ているどころか瓜二つだ。

 竈門の兄貴のほうは、ヒノカミ神楽を使うと言ったか。

 槇寿郎は以前、煉獄家に来た竈門の痣を見て、日の呼吸の使い手が何をしに来たと騒いだらしいが、竈門によれば額の痣は、元々あった傷痕の上に、さらに別の傷が重なってああなったものだから、生まれつきではないのだそうだ。

 或いは、日の呼吸だからヒノカミなのかもしれない。

 獪岳にしてみれば、だから何なのだという話だが。

 

「昔に生きてた人、なの?……どんな人だったか、わかりますか?」

「すみません。俺も詳しくは知らないんです。三百年は前に作られた人形だし……って、ちょっと、箱から出てきたあなたは誰ですか!?」

 

 縁壱零式とやらの顔をしげしげと見ている幸は、獪岳に持ち上げられたままひょいと片手を上げた。

 

「……どうも。はじめまして」

「はじめまして!って、ああそっか!鉄康さんが言ってた、鬼の子ってのがあなたですね!」

「きっと、うん、そうだよ」

 

 身を軽く捻って獪岳の腕を離させ、床の上に跳び降りた幸は、縁壱零式の顔を金色の瞳を細めて見上げた。

 

「炭治郎くんには……顔が、似てないね」

「炭治郎くん?誰ですそれ」

「竈門、炭治郎くん。この縁壱さん人形と、同じ耳飾りをしてる隊士で、担当鍛冶屋さんは、はがねづかさん」

「鋼鐵塚さんですか……」

 

 小鉄がまだ幼いからか、幸は割合滑らかに話していた。

 身の丈が小さいやつ同士気が合うのか何なのかと、獪岳はそちらから目を逸らして人形を眺める。

 長い髪は総髪のような形でまとめられ、額には、竈門炭治郎と同じような痣が描かれていた。

 人が作った絡繰だからなのか、元となった人間がそうであったのか、顔立ちは端正に思える。左の額の辺りが割れて、中の無骨な骨組みや部品が、死骸のそれのようにむき出しになっているが、十分に元の顔立ちはわかった。

 同時に、人形は絡繰故に無表情で、そして何故か、腕が六本あった。

 人を模して作られたにしては、明らかに腕が多すぎる。

 

「あ、それはですね。腕が六本ないと、元になった剣士の動きを再現できなかったそうです」

「……縁壱さんが、それだけすごい剣士だったの?」

「はい。だけど、この人形も古くなってて、もう次使ったら壊れそうなんです……。直せたらいいんだけど、俺にはできなくて……」

 

 小鉄の肩が落ち、言葉尻があやふやになる。

 三百年前のものともなれば、迂闊に弄くり回せないのかもしれない。それだけ長く経てば、失われたものも多いだろうから。

 

「俺が……俺が、ちゃんとしないといけないんですけど……だけど刀にも絡繰にも才能ないから……」

 

 違った。

 一人で勝手にうぞりうぞりと暗いことを呟く小鉄は、更に肩を落としていた。

 

「ガァ!シミッタレルナ!タレルナ!」

 

 そして、釘打ちのように鋭い鴉に面を突かれていた。突然の奇行に驚きながら幸が止めようとしているが、あまり頼りになっていない。

 

「わぁ!?ちょっと獪岳さんなんなんですかこの鴉!」

「知らん。そいつ、別に俺の言うことを聞く鴉じゃねぇし」

「それでもあんたの鎹鴉でしょうが!って、イテッ!またつついた!」

「こ、こらっ!」

 

 ついに幸に捕まえられた鴉は、それでも尚ばさばさ羽を動かしていた。両手で鴉の胴を掴んで捕まえている幸は、よく見ると首の産毛が逆立っていた。

 鬼の握力で潰してしまわないかと、おっかなびっくりなのだ。

 

「おや、もう来られてましたか。すいませんねぇ、行違いになってしまったようで」

 

 場違いに呑気な声が聞こえてきたのは、まさにそのときである。

 肩を跳ねさせた幸の手をすり抜けて鴉は飛び立ち、獪岳は声のした方を振り向いた。

 外の明かりを背負って立つひょっとこ面の男は、ちょいと頭を下げて挨拶をしてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、鉄康という男は包丁も持ち出さなかったし、門前払いもしなかった。

 とはいえそれが、普通なのだろう。はがねづか何某のほうが奇妙なのだ。

 

「十二鬼月の上弦と戦って刀が折れたって聞いたときゃ、肝が冷えましたよ。掴み折られたてぇ話でしたが」

 

 それは童磨と戦ったときのことである。

 あのときは、代わりの刀だけ届けられて本人は来なかったのだが、それはそれで何がしか事情があったらしい。他の隊士の刀も鍛えているのだから、そういうこともあるのだろう。

 陸のときは折れず、最後まで振るえる刀を作った刀工なのだ。

 ただし、案の定というべきなのだろうが鉄康の人相はひょっとこ面に遮られて読めない。

 ただ声音からして、穏やかで歯切れのいい人間であるようだった。鬼を見る目によくある悪意やざらついた感じも、ない。

 それに、彼の家というか仕事場は、窓が布で遮られていたから、鎹鴉を膝の上に乗せて手で押さえた幸も、正座して獪岳の半歩後ろに座ることができた。

 そのまま、刀鍛冶は穏やかに続けた。

 

「呼吸を変えるってのも、ない話じゃないですからね」

 

 炎の呼吸を使うようになった話は、鉄康にも聞こえていたそうだ。

 

「話の順が後先になってすんませんね。あんま話すのは得意じゃないんで。ともかく、さっきの小鉄の相手もしてくれて、ありがとうございました」

 

 絡繰の小鉄は、最近父を亡くして後を継がなければならなくなったが、これがなかなか上手くいかなず、沈みがちになっていたのだという。

 

「刀を変えたいって話なんですよね。いいですよ。こっちも、どんなふうに刀を振るってるのかは見たいですしね」

「……ありがとうございます」

「いいって話ですよ。あんたさんの刀はとても綺麗ですからね。なんてったって、稲妻が走ってるんですから。戦いのやり方を変えても、あんたは雷様に好かれてるんだ。あれが消えるなんてこたぁ、ないでしょう」

 

 多分、面の下で鉄康は微笑んでいるのだと思った。

 

「いやまぁね、担当剣士が鬼を連れてたり、十二鬼月と戦って刀を折られたりってのは、驚いてんですよ、これでも。顔、見えてないでしょうけど。で、そっちの子が、あんたさんの連れてる子、なんですよね。……こんにちは」

「幸です。……はじめまし、て」

「はいはいどうもね。そっちの鴉を押さえといてくださいよ。炉に飛び込まれちまうと大変なんで」

「はい」

「グェッ! ソノヨウナコトハシナイ! シナアイィ!」

 

 きゅ、と今度は鴉をしっかり握る幸は、生真面目に頷いていた。

 黒い数珠玉のような瞳が、ぶすくれたように見える鴉がおかしく、つい獪岳の喉の奥で笑いが漏れる。

 

「おや、笑ったな」

 

 刀工は意外そうな声で少し面をずらし、煙草をのんだ。

 

「前のときとはまた笑い方が違うね、あんたは。さだめし色々あったんだな」

「……ええ、まァ」

「アマリ、変ワッテイナイトコロモアルガナ!アルガナ!」

「今は、茶化しちゃだめ」

 

 嘴の間に茱萸の実をぎゅうぎゅうと突っ込まれ、さすがに鴉は黙る。それはそうと、何処から出したのだろう、それ。まさか袂の中か。

 対等にじゃれ合っている一羽と一人を見てか、今度は刀工のほうが低く笑った。

 

「いよし、わかった。刀を作ろう。だけどその前に、今のあんたの戦い方が見たいね、俺は。戦ってるとこを見せちゃくれんか?」

「は?何言ってんだあんた」

「そう尖がった声を出すない。何も任務を見せろたぁ言わねぇよ。刀を振ってるところを見たいだけさ」

 

 ひょっとこ面が、僅かに幸の方を見る。

 

「?」

「そう。あんたさんだよ」

「……手合わせ、ですか?それを見たいと?」

「ああ。話が早いってのぁ助かるさね。あんたさん、こっちの相棒なんだろ?だったら動きはよく見てるし、引き出せるはずだ」

「カァ!ソレハソノ通リ!通リ!」

「おい、勝手に決めてんなよ」

 

 そんなこと、前は言わなかったではないかと言えば、前は前で今は今なのだと澄ました顔で返される。無論顔は見えていないから、なんとなくである。

 この刀鍛冶にとっては、幸が鬼であるのとかそういうのはひたすらに些末事で、ただより良い刀を如何にすれば鍛えられるかどうかしか、興味がないらしかった。

 

「そういうことなら、喜んで」

 

 そして、鴉を膝に乗せたまま話を聞いていた少女は、獪岳が答える前にあっさり頷いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 今更ながらに、何回目かに思い知ったことだが、幸は見様見真似で全集中の呼吸法だけは身につけているのだ。

 刀が握れないから剣術はてんで無理だが、元々身体能力が高い鬼が呼吸法を扱うとどうなるのかという、ある意味凶悪な見本である。

 

 簡単に言うと、速い。

 体の目方も上背もないが、それでも人の頭を胴からねじ切れる鬼の腕力は持っているのだ。

 それで爪で切り裂きにかかり、脚で蹴りに来るのだから厄介なのだ。

 当然と言うべきか、手合わせに使われた草地は、土が捲れ上がるわ、木がなぎ倒されるわ、岩が砕かれるわと、かなりな惨状になった。

 幸も壊したが、獪岳も大概に壊している。

 それさえも、刀鍛冶にとっては気にしなくていい範囲だったらしく、むしろうきうきと声を弾ませ、見るべきはすべて見たとついには歓声を上げて、工房へかけ戻っていった。

 

「職人さんて、みんな変わってるのかな?」

「あれはマシなほうなんだろ」

 

 放りっぱなしはさすがに気が咎めたのか、土をならしながらの幸と、そんなことを話した。

 獪岳は肩で息をしているのに、幸はけろりとしているのだ。日に嫌われた夜の鬼とは、つくづくそんな、理不尽なものである。

 手合わせでは最終的に、獪岳は掌底で吹き飛ばされた。

 刀と爪を向け合うのを躊躇う気は、これまで何回も繰り返してきた中でお互いとうに薄れているので、純粋に負けである。

 勝ち星の数も負け星の数も、ある程度を超えれば数えるのをやめた。幸に聞いたら寸分狂いなく覚えているのだろうが。

 頭の上に影がさして、獪岳は夜空を見上げた。

 手合わせの最中はどこかへ飛んでいた鴉が、また戻って来ていた。

 星の光が翼を濡らし、箱に濃い影を落とす。

 

「カァ!任務!任務ゥ!獪岳、幸ィ、南南西ノ村ヘ向カエ!向カエェ!」

 

 自分の身の丈ほどある岩をごろりと押し転がした幸が、すぐにひと跳びで戻ってくる。

 

「鍛冶屋ニハ連絡イレル!スグ!スグニ行ケェ!村ガ襲ワレルゥ!」

「わかったから静かにしろってんだよ」

 

 ゆっくりするどころでは、結局ないのである。

 疲労は呼吸をしている間に、既に抜けた。刀を拾おうと探ると、それより先に目の高さに鞘ごと突き出されていた。

 

「行こ、獪岳」

 

 笑うでもなく怯えでもなく、普通の、平静な金色が二つ、獪岳を見ていた。

 

「……ああ」

 

 差し出された刀を持ち、翼を翻して飛び立った鴉の後を追う。

 日が暮れたところでこの知らせ。しかもこの刀鍛冶の里の近くでこれとは、よほど切羽詰まっているのかもしれないと、そんな気がかりがふと掠めた。

 しかし、鬼を殺すために行く以外に選びようがないのが鬼殺隊である。泣き言を言う前に、脚を動かさなければならない。

 それが、いつも通りなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、向かった先には。

 

 ─────六ツ目の月が、いた。




そういえば、明日はスーパームーンなので今晩の月が綺麗ですね。

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