では。
幸の親は、絵に描いたようなろくでなしだった。
表情ひとつ変えずにひと殺しができるような根っからの悪人でなく、そのくせ人を羨むばかりで、自分の手には何もないのだと喚き散らしていた。
気味が悪いからと、自分たちの子を捨てるような人間だ。
産んだくせに殺す度胸がない。極悪非道にもなれない、ただのろくでなし。
挙げ句に、救ってもらえるなんていう鬼の甘言に引っかかるような人たち。
きっともう、死んでしまっているのだろう。喰われたかもしれないし、喰われずにただ殺されただけかもしれない。
いずれにしても、もう彼らはこの世にいないという確信めいた予感はあった。
喪失を確信しても、哀しみを感じるほどのやり取りは、幸と彼らの間にはなかった。
そういう自分を、幸は殊更に冷たい質だとは思わない。
鬼に殺された骸が、もう二つ重なったのだと胸の底に虚ろな風を感じたのみだ。
何にもなかったから、何も感じないのは当然だと思うのだ。
だが、彼らは親で、幸はその子。
因果は、片方が死のうが生きようが断ち切れない。
彼らのせいで化け物になって、その化け物になったから、今生きていられる。
そうでないなら、とっくのとうに幸は細切れにされて事切れているところだ。
ホオオオォ、という聞きなれない呼吸音が聞こえて来る。
咄嗟に踏んでいた枝を足場にして跳べば、木が何本も切り飛ばされた。
宙を舞う丸太と化した木々を飛び石のようにして、幸は空へ逃げる。
背中に寒気を感じて身を捻ると、斬撃に付随する三日月の刃が脹脛の肉を深く抉った。
片脚が千切れかけ、体勢が崩れる。
そこを狙って放たれた無数の斬撃に飲み込まれる寸前で足の再生が間に合い、幸は斬撃の隙間に体を滑り込ませた。肉が削られるが、構っていられない。
切り裂かれた岩や木々の欠片に混ざって崖を転がり落ち、再び走り出す。
正真正銘、命がけの鬼ごっこだ。
幸にとって山の中を逃げ回り続けるのは、何も、はじめてのことではない。
八年ずっと、人も、鬼も、自分以外のすべてが敵であるあの山の中で、逃げて逃げて逃げ続けたのだ。
気配を探るのに長けたのも、身が軽くなったのも、痛みを無視できるようになったのも、その間のことだ。
だがあのころと違うのは、背後から迫って来るのは、あの六つ目の上弦の壱であること。
あそこには、人を然程喰っていない弱い鬼か、鬼殺の見習いの剣士たちくらいしかいなかった。この鬼とは比べものにもならない。
上弦の壱以外の鬼の気配がないことだけが、救いといえばそうだった。
日の呼吸に届かなかったのかと幸が言った途端に、あの鬼の気配が様変わりした。
息が詰まりそうなほどの重苦しさだったのが、今や圧し掛かって圧し潰そうとしてくるほどだ。
刀鍛冶の里にあった絡繰、縁壱零式に似た痣と、日輪刀のような刀に、鬼殺隊の呼吸術。
どう見ても、過去鬼殺の剣士であった誰かが、鬼となったとしか考えられなかった。
それにあの鬼の、六つ目を取り去った顔立ちを思い浮かべると、縁壱零式と似て見えたのだ。異形の顔の下に、親子か兄弟ほどに、似通ったものがあった。
身内で何事かがあった誰かが、望まぬ形で鬼になったのか、望んでなったのかそれはわからないが、上弦の壱とまでなったならば、今や行く立てがどうであれ、最早関係がなかった。
「逃げるばかりか…娘よ…」
静かな声に、幸は全身の血が凍るのを感じた。
仰け反り、そのまま前へとんぼを切れば、頸の皮膚一枚のところを刃が掠めて行った。
手足や胴はもう、何度目も斬られてそのたびに再生したが、幸は鬼だから、頭さえ無くさなければ体は動かせる。
だが、頚だけはだめだ。斬り落とされたら、動けなくなってしまう。
宙に浮いたまま、全身から血鬼術の雷を放出。
まだ立ち残っている木に雷は直撃し、瞬間上弦の足元から木の根が飛び出した。
足場を崩された壱がたたらを踏んだその隙に、幸はさらに跳び退って距離を取る。
以前、直接触れなければ効果を発揮できなかった血鬼術は、何度も戦闘を繰り返したせいか、今や雷を当てれば発動でき、鬼と人以外にも効果があるまでになっていた。
幸の血鬼術は、生き物の細胞に動けと命じ、無理やり傷を塞ぐか、毒を消すものなのだ。そうやって一時的に、体の力を跳ね上げさせる。
その血鬼術で以て木を弄り、無理やりに根を成長させたのだ。同時に枝や草を茂らせ、背後に壁を築く。
すべてが、斬撃で障子紙のように引き裂かれた。
斬り飛ばされた大木が腹に直撃し、幸は吹っ飛ばされた。背中から岩にぶち当たり、岩は蜘蛛の巣状に罅割れる。
衝撃で内臓が潰れ、血を吐いた。
うつ伏せに倒れたところに、次々降って来た木が両脚と胴を潰し、動けなくなる。
「私を…振り切る気が…ないのか。人里へ…向かわせぬためか。それとも…勾玉の鬼狩りを…逃すためか」
その眼前に、上弦が着地した。
したと同時に、腕が二本とも、根元から切り落とされる。
金色の目を細めて睨みつけるが、上弦の鬼のを持つ手はだらりと下がり、威圧感はいくらか薄れていた。
「何故…お前が、縁壱の名を…口にした…日の呼吸について…お前は…何を知っている」
幸が知っていることは、日が、始まりの呼吸であることだ。
煉獄家の槇寿郎が神の御技とまで言っていた、たいそう強い呼吸で、しかし今は失われたものだということしかわからない。
縁壱にしても、ただ遠い昔に生きていて、六腕の形代が造られるほどの凄まじい剣士だったのだろうという、朧気なもの。
日と音が似たヒノカミ神楽が
返事代わりに、べぇ、と幸は舌を出した。
六つの目が、一気に細められる。
「しらない。しってたって、おまえたちには、絶対に言わない」
「……そうか。だが、あのお方の…更なる血を与えられれば…拒むことなど…できなくなる。…お前のすべては…無駄な足掻きだ…」
上弦の壱が手を握りしめる。
そこから滴る血のにおいを嗅いだ途端、幸はえずきそうになった。抑えられずに、体が震え出す。
─────駄目だ。
あれは駄目だ。
あの血を、自分は
あの夜に飲まされた毒血、鬼舞辻無惨の、血。
あれを、もう一度、飲んでしまったら。
─────壊れる、壊れる。
────
幸の喉から、喉を引き裂くような悲鳴が吹き上がった。
これまでとは桁違いの紅雷が全身から放たれ、小さな体を押さえつけていた倒木が弾ける。血鬼術を浴びた木々は、上弦の壱目掛けて杭のように枝を伸ばした。
片手の血を庇うように、壱はそれを避けた。
木の枷から解き放たれた幸は、再び跳んだ。土埃を巻き上げ、着地する。
切り落とされた両腕は生え揃い、体の欠損は既にない。
その額からは、肉を突き破って一対の角が生えていた。
「鬼化を…進めたか。…血を飲めば…人とは比べものにならぬ強さを得られるものを。お前もあの鬼狩りも…何故拒む…」
「黙れっ!黙れだまれダマレェッ!獪岳を、鬼になんかにさせないっ!」
吠える声に、怒りと恐怖が混ざる。
駄々をこねる幼子のように、幸は何度も首を振った。
濃い鬼の血の香りが、壊れていた記憶の蓋をこじ開け、頭の中が引っかき回される。
去来する、鬼に喰われて鬼となった、あの夜の記憶。
幸に蘇るのは、焼けつく腹の痛みと、骨が溶けていくかのような熱だった。
赤く染まる右目を中心にして、傷跡のような赤い痣が白い頬を
叫びに呼応するように紅雷が幸を中心に放たれ、上弦の壱を退かせた。
真赤に染まった片目を押さえ、幸は指の隙間から六眼の鬼を睨みつけた。
「みんなを殺したくせに、強さ強さと────ふざけないで!なら、かえしてよッ!あの日こわしたもの、全部もどしてよっ!できもしないくせに、こわすばかりのくせに!おまえも、童磨もっ、勝手ばかりを言うなァッ!」
めりめりと幸の額の肉は割れ、角がさらに伸びる。それを、上弦の壱は興味深く眺めた。
泣くような叫びと共に血鬼術の勢いが増し、落雷のように辺りへ降り注ぐ。
上弦の壱の刀が紅雷を受け止めた途端、その刀は内側から破裂した。
砕け散る刀に、幸も、上弦も目を瞬いた。
生き物の細胞に影響する血鬼術で壊れたというならば、あの刀は上弦の肉から生まれたものなのだ。
それならば、武器を壊しても奪っても意味などない。
─────血鬼術
─────癒々ノ廻り・狂い咲き
片手を空へ突き出し、幸は四方八方くまなく雷を発生させた。
近づかれたら、上弦の壱の刀の間合いに留まり続けたら、幸は負ける。その上あの月の呼吸、間合いが恐ろしく広く、読みづらいのだ。
避けるつもりで斬撃の隙間に飛び込んでも、細かに形を変える刃が発生しており、全身を切り裂かれて傷が増える一方だ。人間だったら危うかった。
鬼だから斬られても平気だが、血鬼術を使い続ければ、どうしたって幸は人の血肉を欲してしまう。
頸が斬られてしまえば、その後のことなぞ考えたくもない。
さすがに、まともに血鬼術を受ける気はないのか、上弦の壱が下がる。
幸も、背後へ跳んだ。
この山の地理は、地図で見たことがあるから頭にあるけれど、何分滅茶苦茶に追い立てられて逃げていた。
下手をすると、自分がどこにいるのかわからなくなりそうになる。
それでも、人里からも刀鍛冶の里からも、獪岳を放り投げた場所からも、離れなければならなかった。
この鬼を引き付け続けて、夜明けまで逃げ続けなければならない。
幸の姿を見失ったら、この鬼は獪岳の方へ行くだろう。
獪岳も強くなって、幸もそれを知っている。だけど、この鬼には敵わない。
もしかしたら────岩柱すらも。
切り立つ崖の上を走り抜けようとしたとき、踏んだ岩のひとつが、斬撃で割られた。
体が横に倒れかけたところをさらに斬撃が襲う。足が、体から引き千切られるようにして落ちた。
再生させ、崖を跳ぼうとした瞬間に、踏み込んで来た壱に首を掴まれ、そのまま、人形であるかのように持ち上げられる。足の下は、ごうごうと水が音を立てて流れる激流だった。
鬼であるから窒息はない。故に、間近で六つ目を直視することになった。
「ここまでだ…立ち回りには長けていたが…お前には決め手がない。庇い、逃げ回るばかりの弱さは…如何ともし難い…」
喉の肉を破り、爪が立てられる。
そこから、何かがじわりと体内へ注がれかける感触に、幸は声にならない声で絶叫した。
紛れもない恐怖で、幸は喉を掴んだ腕を叩き、爪を立てて暴れる。それでも、鬼の腕は小揺るぎもしなかった。
血鬼術を使おうとすれば頭に激痛が走って、思考が漂白された。
これ以上鬼の力は使えないという、暗示の枷である。
意識が遠のきかけたとき、急に鬼の腕が緩む。開いた目に映ったのは、炎と雷が混ざった剣閃だった。
「ほう…戻ったか」
鬼の腕が振るわれ、幸の体が放り投げられる。
崖から落ちる直前で、尖り岩を掴んだ。ぶらり、と体が崖の縁にぶら下がる。
幸が体を持ち上げ崖の上に転がり込めば、目の前に足が二本、あった。
「お前、どっちだ!」
「え」
「鬼か幸か、どっちだって聞いてんだ!」
上弦の鬼と鍔ぜり合いをしながら、獪岳が吠えた。
迷っている暇はなかった。
「
「ならとっとと立て!逃げるぞ!」
「逃すと、思うのか…」
鬼が、刀の柄を握りしめる。
振りすらないままの斬撃が、辺り一帯に放たれた。
獪岳の体が切り裂かれ、血が噴き出す。
ふらついた体を、幸は足払いして引っ繰り返した。胴を薙ごうとした一撃が、逸れて空を切る。
仰向けに倒れた獪岳が吐血する。生暖かい血が顔にかかった。
顔の上に鬼の黒い影が差し、風切り音が聞こえた。
斬撃が頸へ届く寸前で────幸は獪岳の体を抱えて、崖を蹴った。
落ちていくその下は、水が逆巻き白く砕ける早瀬だ。鬼ならともかく、人ならどうなるかわからない。
だが、ここ以外に逃げる場所がなかった。
「獪岳っ、獪岳獪岳かいがくっ!おきてっ!」
獪岳の頬は紙のように白く、血がだくだくと流れていく。意識がないのか、薄目のまま体には力が入っていない。
力の抜けた手から離れた日輪刀が、持ち主を追い抜いて先に濁流へ飲まれた。
頭と手足、背中が岩肌にぶつかって擦れる。獪岳に当たらないよう、幸は全身で抱き締めた。
そのまま揃って、濁流に落ちた。
途端に、板で叩かれたような衝撃が、全身を襲う。水に全身を包まれ、口から吐き出された銀色の泡が、あとからあとから立ち上る。
上下が滅茶苦茶になり、流されるのを感じた。思っていたよりも、川の流れが速く、激しい。
鬼ではあれど、幸の体は小さいのだ。体を大きくする余裕もないまま、その体躯で、獪岳が流されないように掴む。
押し流される中、伸ばした腕が引っかかった岩棚に、幸は全力でしがみついた。水にもまれていた体が止まり、水面に届く。
もう片方の腕に引っかけたままの獪岳を、岩棚へと押し上げ、川から這い上がる。
「ぅ……っ!」
不意に、頭に熱を感じた。
崖の途切れ目に、日が差しているのが見えた。
皮膚が焦げつき、煙を上げて焼けていくのを感じる。瞳が溶けるその前に、幸は日陰の中に飛び込んで、獪岳をそこまで引きずり込んだ。
それでも、岩の割れ目からの日が、肌を焼く。
上弦の壱の斬撃には耐えられても、鬼なのだから日の光には耐えられない。
けれどまだ、幸いなことにここは張り出した岩の、その下にある岩棚なのだ。全身が焼かれるほどではなかった。
「獪岳っ!」
獪岳の傍らに膝をついて、脈を取る。
斬られた直後に落ちて水に流され、血が大量に体から失われたはずだ。
水に叩かれ傷口は綺麗になっているが、だからこそ怪我の深さがよくわかった。
「しなない、で、死なない、で。────もう、やだよ。みんなが、死ぬのは────おねがい、お願いだから────」
隊服の前を、爪で引き裂くようにして破る。
落ちながら庇えたためか、水面に叩きつけられた衝撃で気絶したためか、獪岳は水を飲んではいないようだった。呼吸も続いているし、弱いが脈もある。
ただ、血が止まらないのだ。
生命の源が、恐ろしい速さで流れて行く。獪岳は体中、滅多切りに近い有様だった。生きているのが、不思議なくらいだ。
だというのに、獪岳の血の匂いが呼び起こされる食欲が、忌わしくて堪らない。
頬の肉を噛んで溢れた血を、幸は飲み下した。
警告である頭痛も、振り切る。
─────血鬼術
───癒々ノ廻り
幸の手から紅雷が生まれ、獪岳へと降り注いだ。伸びていた角が縮み、赤い痣も引いていく。
特に酷い、脇腹、太腿の血管近く、肺の上と、肩の傷が塞がったところで、幸はその場に崩れ落ちた。
消耗が激しい。
僅かにしか日を浴びていないのに、焼け爛れた皮膚が痛かった。これは、なかなか治らない。
こうも激しい痛みなんて、頭痛以外では随分久しぶりだ。
お腹が減ったとまともに感じてしまうのも、久しぶりだ。
消耗しきりの鬼の前に、血を滴らせている人間がいる。
それで腹を満たしたいと思う自分が、耐えられないほど厭わしい。
自分のいのちより大切な人を、栄養のある喰い物と感じてしまうこと、そのものが呪わしかった。
「だめ、だめ、だめだめだめ─────」
自分が自分であるためには、人を喰ってはならない。一人でも襲えば、獪岳も桑島のお爺さんも、死ななければならなくなる。
幸は蹲り、腕に噛みついて疼く牙を押さえた。
打ち寄せるさざ波のような食欲が、血と肉の味で僅かに引いていく。自分の体ではあるけれど、何も啜り齧らないよりはましだった。
口から腕を離し、切り立つ崖を見上げた。
日は出たから、もう上弦の壱はいないはずだ。気配もない。
さっき、上弦の壱は降って湧いたように現れたから、この感覚も頼りにならないかもしれないが、日が出たならばもう鬼は動けない。
生き延びることは、できたのだ。
だがこのままでは、獪岳が死んでしまう。怪我の具合が酷すぎるし、幸も幸で眠気が限界に近い。
鬼のくせに、何故自分はこうまで弱いのだろう。
「上がらな、きゃ」
日が出ているけれど、崖を上がるくらいの時間なら耐えられる。
そこから後はどこまで保つかわからないが、とにかくこんな場所にいては、見つけてももらえないだろう。
翼を切り裂かれて落ちた鴉の雷右衛門の姿が蘇って、目の前が滲んだ。
生きていて、ほしかった。
「……」
一向に起きる気配がない獪岳を担いで、幸は地面を蹴った。左右の崖を代わる代わるに蹴り上げ、上へ跳ぶ。
「ッ……!」
崖の上へ辿り着いたそのときに、強烈な朝日が斜めに差した。
担いでいた獪岳を背負う形に持ち変えて、体をぎりぎりまで縮める。
だぼついた着物と獪岳の体が、いくらか陰になった。力無い獪岳の手足が地面をこすることになるが、勘弁してもらう他ない。
誰かに、見つけてもらわなければならなかった。
日に、骨まで溶かされて灰になる前に。
「だれ、か……」
誰でもいいから、獪岳を助けてほしかった。
大声で叫びたいのに喉が焼けて、ろくな声にならないのがもどかしい。
体中が炙られて、泣き出してしまいそうなほどに痛む。
陽光の熱は、鬼に容赦というものがなかった。
人の気配がある方へ行くべきなのに、感覚まで狂わされる。においくらいしか、頼りにならない。
一歩を踏み出すごとに、光で溶けていく骨から煙が上がる。
「あっ……ッ」
ずるりと、足が滑って幸は倒れた。
首をひねって足を見れば、焦げ付いてもう、動かせなくなっていた。
かと思う間に、眼が見えなくなる。瞳が、瞼ごと焼き焦がされてしまったのだ。
もう、悲鳴も上げられない。体が端から、灰みたいになって、小さくなっていく。
それでもまだ、這いずれる腕があった。
暗くなった視界に、不意に誰かの声が響いた。
「───いた!あそこだ!」
「生き……生きてるぞ!」
「誰か!誰か布か板寄越して!鬼の子が死んじゃう!」
誰だろう。
聞き覚えがある声とない声が混ざっているようだけど、鼓膜がおかしくてよくわからない。
でも、嫌な感じはしなかった。
「生きてる?生きてるのかこれ!?」
「どっちも生きとるわ馬鹿!いーからとっとと運ぶぞ!!」
「大丈夫、大丈夫だからな!あと少し頑張れよ!!」
上に乗っていた獪岳の重みがなくなり、誰かに持ち上げられた。そのまま、何かに包まれて体が焼け焦げるのが止まるのを幸は感じた。
眠りに落ちそうになるのを押さえて、幸は声を絞り出した。
「か、いがく、は……?」
「生きてるよ!生きてる!だからお前も死ぬんじゃねーぞ!!」
「……う、ん」
頷いて、そこから先の記憶は闇に飲まれた。
奈落に落ちたが助けが来た話。
戻らなければ、無限城で頸を切っていました。
激戦続きで鬼っ娘の血鬼術も強くなりますが、太陽克服の体質は持っていません。
【コソコソ話】
黒死牟と鬼っ娘は「捨てた親」と「捨てられた子」にあたり、性格は全く合いません。
さらに、獪岳を鬼にするという最大の地雷を踏み抜かれたので悪化しました。
また、鬼っ娘は右眼を中心に痣が出ましたが、これは右側が童磨によって抉られた眼であるためです。