鬼連れ獪岳   作:はたけのなすび

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では。


十四話

 

 

 

 次の稽古は岩だからとっとと出て行けと風柱の屋敷から叩き出されたのは、それから割合すぐだった。

 最初から最後まで、風柱はおっそろしい三白眼であった。

 鬼を連れているからあの柱からの敵意がとんでもないのは、獪岳も解っていた。

 敵意であって悪意でないなら、獪岳にとっては特に気にかけるほどのことではない、どうでもいい話だ。

 第一、目つきで言うなら上弦の壱のほうがよほど恐ろしい。

 身内でもない鬼を連れているほうが、変わり種で異端扱いなのは知っている。

 鬼にされた身内を庇う人間は往々にしているが、獪岳と幸は身内ではないのだから尚更だ。

 傍から見れば、自分たちは同じ人間に拾われて共に暮らしていた相手であり、あの鬼がお前にとっての何なのかと言われれば、かつて助けられ、そして見捨てた相手と獪岳は答える。

 喰い殺され死んだと思っていたら生きていて、利用できると思ったから拾ったのに、獪岳には、幸を利用しきれなかった。

 肝心要なところで、見捨てることができなかった。

 達成感よりも何よりも、何故己がそれをしたのかという、戸惑いが大きかったように思う。それは今も解けていない。

 獪岳にそういう感情を植え付けた当人とは、もう十日以上も会っていない。そろそろ二十日に届くのではないだろうか。

 だからどうと言うのではないが、それだけお互い顔を見ていない期間は、初めてと言えば初めてだ。

 

 それも終わるのだろうかと、風柱の屋敷から出たときにふと考えた。

 稽古が終わりだと言われたのは日が沈んだ夕方で、獪岳はそこからさっさと飛び出した。

 岩柱の稽古場へと歩いているうちに完全に日が暮れるのだが、夜歩くことは苦でも何でもない。

 泊っても良かったのかもしれないが、終わったらさっさと次へ行きたかったのだ。むしろ、ここ数日常に周りが喧しくてかなわなかったから、静かになりたいくらいだった。

 荷物を背負って歩いて、山道に差し掛かって、そして気がついた。

 後ろから、何かが凄まじい速さで走って来て、獪岳を追い抜いて行った。

 獣でもない、人でもないその気配は、とーん、とーん、と枝を軽々踏みしめ、地面を高く蹴っては跳び上がり、宙を踏むようにして進んでいた。

 編まれ、束ねられた黒髪が尾のように跳ねて、きらりと緑色の光が煌めいた。

 

 誰かと尋ねるまでもない。どこからどう見ても、幸である。あんな動き方をする山猿がいるか。

 夜の道を、少女は一人で走っていた。

 とん、と一際太い枝に飛び乗った幸が、何の気なしというふうに下を見る。目が合った。

 猫のように金色な瞳をまるくして、獪岳を見つけた幸は、あっさり枝から跳び下りて、音もなく着地した。

 とことことこと獪岳に近寄って来たその姿は、またいつもと異なっていた。

 黒い詰襟の服に、黒い袴に、包帯のような脚絆。鬼殺隊士の制服そのものだった。

 

「お前、今度は何やってんだよ」

 

 久しぶりの第一声は、そんな呆れ声のものになった。

 幸がその場で回って、背中に背負った物を見せる。中に何かが詰まっていると思しき小振りな背嚢だった。

 

「届けもの。岩柱の稽古場に。獪岳こそ、どうしたの?」

「風柱の稽古が終わったんで次のとこに行くんだよ」

「夜に?」

「いつ行こうが俺の勝手だろ」

 

 ぺしり、と頭が軽く羽で叩かれる。誰かと思えば、今度は鴉の雪五郎だった。

 姿が見えないと思っていたのだが、幸の側にいたらしく、ばさばさと羽を畳んで獪岳の肩に止まる真っ黒い鳥の面は、なんとなく得意げだった。

 お目付け役というところか。鬼を急がせてまで届けたい代物とは何なのだろうかと、気にはなった。

 

「いっしょに、行く?」

「ああ」

 

 鴉が翼を広げて空へ跳びあがり、その下をさくさくと草を踏みしめて歩く。生き物の気配がある夜道は、静かに二人分の足音と鴉の羽音を吸い込んでいた。

 

「届け物なんて誰に渡すんだ?」

「玄弥くん。鬼喰いの()()()()薬ができた、から」

「……なら、鬼を人に戻す薬も、できたのか?」

「そっちはあと、もうすこし。だけど、できるっ、て」

 

 こくり、と幸が頷いた。拍子抜けしそうなほど、あっさりしたものだった。いやお前当事者じゃあないのかと。

 

「だから、しのぶさんに、届けてと、いわれた」

「ああ、あいつ、鬼になれるんだったか。刀鍛冶の里で上弦の鬼喰ったって聞いたが」

「うん。……力、つよくなるけど危ない。体にもわるいから、そのための薬」

 

 そいつは素直に受け取らなさそうだと獪岳は、ため息を吐いた。

 呼吸が使えないくせに鬼殺隊に居続けている玄弥が、そんなもの素直に受け取るとは思えなかった。

 中和と言うからには、体の鬼の血を薄めるか抜くかするものだろう。

 鬼の血肉を喰らって鬼の力を振るうことで、体に差しさわりが出ないわけがないことなんて、本人がとっくの昔に思い知っているだろうに。

 それでも、薬ができたなら渡さずにはいられなかったのだろうか。

 

「獪岳、稽古はどうだった?」

「別に言うことなんてねぇよ。修行してただけだ。手紙出してただろ」

「蛇柱さま、の、ところについたあとから、きてない」

「風柱に扱かれてたんだよ」

「……そうなんじゃないかって、おもって、た」

 

 あちこち色が変わってる、と幸は振り返って自分の頬を指さした。

 冷やしはしたのだが、やはり殴られたりぶっ飛ばされたりしたところが、痣になっていたらしい。触ると痛いので、放置していたがよっぽどな面なのだろうか。 

 

「でも、嫌そうでもない。よかったの?」

「ふん」

「よかったんだ。よかったね」

「ケケッ」

「うっせぇよ」

 

 この能天気共、と屈託なさげな幸の金眼と、降下して幸の背嚢に器用に掴まった数珠玉のような鴉の黒眼を見ていると、善逸を思い出した。

 どいつもこいつも、曇りなく真っ直ぐに人の眼を見てくれるものだ。

 馬鹿兄貴と抜かしてくれたあの野郎は、一体何を考えているのか。

 今更、善逸の考えることがわからず、じわじわ腹が立ってくる。あのときは、疲れていて聞き飛ばしたも同然だったのだ。

 誰が誰の兄貴だ馬鹿野郎が。血など繋がっていないくせに、勝手に家族ごっこに巻き込むなと、むかむかした。

 しかし、文句を言いたい相手はとっくに風屋敷から叩き出されているのである。

 

「お前さ、兄弟じゃないやつに兄弟呼ばわりされたらどう思う?」

「ん?」

「ガ?」

 

 幸と鴉が、一緒くたに首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 たまにだが、幸は獪岳の脛を蹴っ飛ばしたくなるときがある。

 大事なことがわかってないというか、誰かに優しくするのが下手というか。

 心の何処かの根が地についておらずに浮いているような、そんな感じがするのだ。

 損得のみで動くなら賢く立ち回れるだろうのに、それを抜きにした心となると、なんだってこう不器用なのだろう。

 今回などはまさにそれだった。

 誰かにきょうだいと言われてどう思うかと言って、尋ねた相手がどんな気持ちになるのか、欠片くらいは想像してくれなかったのだろうか。

 

 まぁ、していまい。

 獪岳であるからナ、と雷右衛門なら言っていただろう。

 その一言で済ませてよいのかと思わないでもないが、そんなものだ。生きているなら、諦めも肝心である。

 はあ、と幸は素直に言うことにした。

 

「……うらやましい」

「羨ましい?」

「わたしは、きょうだいじゃない人、親じゃない人、と、家族みたいに、くらしたあの時間、好きだったから」

 

 忘れたとは、言わせない。

 獪岳だって、あそこにいた。

 来たときは傷だらけの犬のように刺々しかったが、いつの間にか棘が抜けて、満更でもない顔で頭を撫でられていたのを、覚えている。

 もう、忘れてしまったのだろうか。

 

「……獪岳にそれをいったの、善逸くん?」

 

 獪岳から、唸り声で肯定が返ってきた。

 寧ろ他に、獪岳を兄貴と呼ぶ人間がいたらそれこそびっくり仰天である。

 獪岳が善逸のことを嫌うのは、幸にはどうもできない。兄弟子と弟弟子として過ごした時間に、幸はいなかった。

 寂しいなとは思うし、嫉妬もする。

 同時に、どうもできないとわかっている。これは、空に輝く星に手を伸ばすようなものだ。

 兎にも角にも、兄弟子弟弟子のごたごたは、当人同士でどうにかしてほしいものだ。

 家族という存在に綺麗な憧れがあるらしい善逸が獪岳をそう呼びたくなるのも、憧れを理解できない獪岳がそう呼ばれて嫌になるのも、どちらにもやめろと言えないだけに、幸は困る。

 悲鳴嶼さんに、膝詰めで一刻半くらい説教してもらえたらわかるのかな、と頼りたくなる。

 獪岳は、それで素直に己や他人のことを顧みられるような(タマ)ではないけれど。

 

「わたしは、獪岳をすきな人がいることがわかって、うれし、い」

 

 言った瞬間、すごい顔をするなと、幸はこっそり見上げた獪岳の顔を見て思った。達磨か。

 幸には、獪岳は思っているほど弟弟子を嫌い抜けていないように見えるのだが、それを言ったら今度こそ臍を曲げられそうである。

 

「それに、そういってくれる、善逸くんがいる獪岳を、うらやましいと思う、よ。それ、だけ」

 

 幸は、そう思う。

 獪岳がどう思うかは、獪岳が向き合うことだ。

 獪岳が出した答えを、幸は聞くことができる。

 答えがどれだけ覚束なくても、たとえ耳を塞ぎたくなるようなものでも、聞くことができる。

 でも、答えを出すことはできない。

 

 それに、羨ましいのも本心だ。

 すべてが壊れたあの日から、獪岳にだって辛いこともいっぱいあったのだろうけど、でも、何かを与えてくれる人がいた。

 師匠と呼ぶ人も、できていた。弟だって、いる。

 

 どうしてあなただけ、と思わないわけはない。

 そこまで感情は死んでいない。

 ただ単純に、幸は獪岳が妬ましいのだ。

 

 だって、自分はその間ずっと一人で、名前も読んでもらえなかったのに。

 お腹はいつも空っぽでさみしくて、泣いても誰の耳にも届いていなくて、大好きな人が、この世で一番忌み嫌う生き物になってしまっていたのに。

 

 幸が欲しいもの、欲しかったものをたくさん貰ってるのに、持っているのに、それをわかっていなさげで不満を鳴らす獪岳の横顔をずるいなぁ、と思う。

 獪岳が獪岳じゃあなかったら、いっぺんくらいは愛想を尽かしているところだ。

 そんな日は、永遠来ないだろうけれど。

 

 けれど、でもやっぱり、つんけん太い眉を顰めている幼馴染みの顔を見たら、自分が()()()で良かったなあ、と思う。

 同じ人を見て、羨ましい妬ましいと思う心と、これでよかったと思う心のどちらもが本心なのだから、人間の心というのは複雑だ。

 感傷的なのを抜きにして、冷静に考えてみるのだ。

 何かの弾みで鬼になるのが逆さになっていたら、獪岳が、人を喰わずに済むことは無理だろう。

 人食いを我慢するためには、己の衝動を殺して殺して殺して、殺し続けなければならないのだから。そういうの、獪岳はいちばん苦手にしていそうだ。

 そうなっていたら、岩柱のあの人にも二人揃っては会えていないだろうし、善逸は獪岳のことを兄貴と呼べていなかったろう。

 世を救うのに忙しくって、一人ひとりにはそっぽを向いてしまうより他ない神様仏様も、少しくらいは助けてくださるのだ。

 その、ほんの僅かな、微かな手助けを、人は偶然や運と呼ぶのかもしれない。

 

「獪岳が、どん、なこたえをだしても、わたしはいいと言う、だろうけど────」

 

 雪五郎の翼の先を目を細めて伺いながら、言う。

 

「────ひとりでどこかへ、行かないで、ね」

 

 あの日の夜のように飛び出されたら、次は追いかけていけるかわからない。

 幸の脚はうんと速くなったけど、昼日中にいなくなられたら、自分では探しに行けないのだ。太陽は、痛い。

 だけど、口で言うほどそこまで心配はしていない。

 今なら、幸以外にも獪岳を探しに行ってくれる人はいるだろう。耳の良い弟弟子は、まさにその典型だ。

 よかったなぁ、と首を縮めて少し笑って、返事が返って来ないことに幸は歩きながら首を巡らせる。

 やっぱり何だか、獪岳は達磨みたいなしかめっ面をしていた。

 幸は獪岳のことを唐変木で鈍感だと思っているが、かと言って自分が人の心に敏感だとは考えられない。獪岳ほど世間の中で生きていないから。

 

 首を傾げると、背中の背嚢の中身が少し揺れて、中身がかさこそ音を立てた。

 これを、届けなければいけないのである。

 

「いこ。悲鳴嶼さんに会えるたんれん、楽しみじゃない、の?」

「別に。……会えて嬉しがんのはお前だろ」

「うれしくない、の?」

「……どうでもいいだろ」

 

 少し問い詰めたら、すぐそっぽである。

 勝手にしていろと放っておいて、幸は歩くことに集中した。

 獪岳が夜道で転ぶようなこともなく進んで行けば、ざあざあと激しい滝の音が聞こえて来る。

 

「滝……?」

「滝ダナァ!滝行ハ、立派ナ修行ダゾ!」

 

 げしげし鴉に突かれている獪岳を放っておいて、幸は辺りを歩く。

 しぶきを上げる滝に、ごろりと転がされた太い丸太、それに幸や獪岳の身の丈よりも大きな岩がある。

 丸太と岩には、人間の汗やら何やらのにおいがこびりついていた。

 どう考えても鍛錬の道具だった。いたずら心で試したくなって、幸は岩に両手をついた。

 

「っ……と!」

 

 体を大きく変え、えいやと鬼の剛力を込めれば、岩がごろりと動く。

 腕が短いから持ち上げることはできなかったが、これくらい大きなものを動かせるのは少し面白かった。

 しゅるしゅると縮むと、獪岳が呆れ顔で見下ろしてくる。

 

「何してんだ、お前?」

「岩、が、あった、から」

「だからっつって、動かして遊ぶかよ。餓鬼か」

「似タヨウナモノダロウ、オ前タチハ。何ヲ己ダケ賢シラブルノダ。獪岳ノクセニ」

「ンっだとてめぇこら」

 

 ぺし、ぺしと獪岳と幸の頭を順に翼で叩き、獪岳の手をすり抜けて雪五郎はケタケタ笑った。

 ここに辿り着けたはいいのだが、さて不死川玄弥はどこにいるのだろうか。

 においを嗅いで探そうかと幸は辺りを見回していると、獪岳が岩を見上げて呟いた。

  

「ここが岩柱の稽古場なんだよなぁ。何するんだ?」

 

 さぁ、と幸は首を捻る。見た感じだと、滝に打たれて、丸太や岩を担ぐのではないのだろうか。

 獪岳の疑問に答えたのは、幸でも雪五郎でもなかった。

 

「……ここでは筋肉を強化する。滝に一刻打たれ、丸太を三本担いで、岩を一町動かすのだ」

 

 暗がりからぬっと現れた姿は、やはり悲鳴嶼行冥である。

 

「よく来たな、獪岳、幸に……ああ、鎹鴉もやって来たのか」

「こんばん、は、行冥さん」

「……どうも」

 

 悲鳴嶼に会えるとやはり、幸は嬉しい。

 昔のようには関われなくても、姿を見ると安心するのだ。

 じゃり、と悲鳴嶼は数珠をすり合わせた。

 

「また夜通し歩いて来たのか……お前たちならば平気だろうが……」

「大丈夫ですって。俺は風柱様に、もう終わりって言われたから来たんですよ。こいつは蟲柱様に薬を届けろって言われてたみたいで、途中でたまたま会ったんです。で、不死川玄弥ってここにいますか?」

「いる。だが今は謹慎中だ。……届け物とは、胡蝶の言っていた薬か?」

「はい。できた、から、もって来まし、た」

 

 背嚢を降ろして幸が上に掲げると、悲鳴嶼は頷いた。

 

「獪岳、稽古は明日の朝からだ。中身は言っていた通りだが、わかったか?」

「わかりましたけど、あの、あの岩、自力で、本気で運ぶんですか?」

 

 獪岳の指差す大岩に、悲鳴嶼のほうが意外そうに片眉を上げた。

 

「そうだが」

「そうだが!?」

「む。何かおかしいか?」

 

 そりゃあんたなら運べるでしょうけど、とぶつぶつ溢しつつ、獪岳は岩を見上げた。

 確かに大きい。獪岳よりも大きいのだ。

 ふ、としかめ面の獪岳に悲鳴嶼の表情が和らぐのが、幸には見えた。獪岳は気づいていないらしい。

 

「獪岳、何も持ち上げて運ぶのではないぞ。押して、一町運ぶのだ」

「当たり前です。こいつでも持ち上げるのは無理ですよ」

「ん」

 

 蹴っ飛ばして宙にかち上げるならできそうだが、持ち上げるのは腕が短くて足りないから難しいだろう。

 だが、一町動かすのが鍛錬というなら、幸が動かした分は元に戻しておくべきだろうか。

 幸が岩を突いている背後で。訥々と悲鳴嶼は獪岳に言い聞かせていた。

 

「何も私の訓練は、絶対やり遂げなければならぬというわけではない。無理と思うなら、山を降りるのは構わない。他の者のように、終わるまで他所へ行ってはならないという訓練ではないのだが……」

 

 獪岳の瞳の奥に、激しい炎のような光が瞬いた。

 

「俺はできねぇとは言ってね……です!ここまで来たんですから、最後までやるに決まってます!」

「だろうな。煉獄や桑島殿からも話は聞いている。頑張ってきたようだな」

 

 すぐに吠えて食って掛かった獪岳に、悲鳴嶼はどこまでも鷹揚だった。

 悲鳴嶼相手だと、獪岳の猫が時々剥がれかける。猫どころか敬語まで剥がれかけるのは、見ていて結構、面白い。

 そう思っていたら、悲鳴嶼の眼が幸の方へ向けられる。

 

「幸。今から帰れば、日の出の時間に当たってしまうだろう。明日、日が沈んでから蝶屋敷に帰りなさい」

「はい」

「胡蝶から、お前の話も聞いているぞ。よく薬の手伝いをしてくれていて、助かると言っていた」

 

 そうなのか、と幸は少し俯いて、履き物の爪先に視線を落とす。

 ガァ、といつの間にか幸の頭の上を止まり木にしたらしい雪五郎が鳴く。

 蝶屋敷での薬の手伝いは、楽ではなかったが苦しくはなかった。

 幸がしていたことは、主に、いくつもいくつも試される薬の成分を正確に覚えて書き留めたり血鬼術を使ったりと、細々したことだ。

 あれこれ聞かれるのか、と身構えていたら、悲鳴嶼の気配が頭上で和らぐのを感じた。

 

「ついてきなさい。修行中の隊士たちが寝ている小屋がある。起こさぬように、静かにな」

 

 はい、とこれには二人揃って返事をして悲鳴嶼の後をついて行った。

 

 

 

 

 




久しぶりに登場の、鬼っ娘。お使いの途中。
またも衣替えしてきました。
着るまでは遠慮していましたが、着てみると動きやすいので気に入っています。釦で留める服が初めてだった。
無限城での愈史郎と同じ格好ですが、目は鬼のままです。

最後の稽古です。ここが終わったら最後の戦いかと。
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