鬼連れ獪岳   作:はたけのなすび

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お久しぶりです。

では。


十五話

 

 

 

 

 

 鬼とは、理不尽な存在である。

 人間は何か月も何年も鍛錬を積んで、ようよう刀をまともに振るえるようになるだけ、という輩もいるのに、鬼は鬼舞辻の血を浴びただけで魔物と化すのだから。

 他にも腕が生えるだの足が生えるだの、傷がたちまち癒えるだのと、元が同じ生き物であるなどとは信じられないほどの生命力を持っている。

 だが、獪岳としてはこのときほど理不尽と思ったことはなかった。

 

「お前っ……お前、どうやって岩なんて動かしてやがんだよ……!」

「……」

 

 体格も貧弱で身の丈も己よりない少女の細腕が、いともたやすく大岩を転がす様を思い出して、獪岳は苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 理屈はわかる。わかりすぎるほど。

 見た目がどうでも、幸は鬼である。

 一跳びで見上げるほどの高さの木を飛び越し、人の胴だろうが鬼の首だろうが、蹴りでぶち抜くほどの脚力を持つ。

 獪岳と善逸の二人をそれぞれ片手で担いで、山道を疾走して息切れ一つしないだけの腕力と体幹と体力もあるのだ。鍛錬を積んだからではなく、鬼舞辻の血に適応したために。

 ああ認めよう。

 基礎的な身体能力で人間は鬼に絶対に敵わないのだ。死ぬほど思い知っているそんなこと。

 だがだからと言って、きょとんと首を傾げている小柄な少女に動かせる大岩が、自分に動かせないのは苛立つのだ。

 地面に疲労で倒れて大の字になっている獪岳の顔を上から覗き込む形で、幸は膝を揃えて屈んでいた。日が沈んだから引きこもっていた箱の中から出て、これから蝶屋敷へ帰るところなのだ。

 逆さになった顔の中で、金色の瞳がよく光っていた。

 

「……わたし、鬼」

「知ってんだよ」

「鬼、は、感情でちからが、変わる。頭にかっ、と血が、のぼった、ら、わたしも、痣、でた」

 

 上弦の壱と遭遇したときに、片目を中心に現れた痣のことである。

 寿命を大幅に削る人間の痣と似ており、獪岳としては気になっている痣なのだが、出た当人はこのようにけろりとしているのだ。

 じぃ、と十五夜の満月のような瞳に見つめられていると、自棄を起こしている己の姿がみっともなく映っているようで、獪岳は無言で身を起こした。

 黒い、鬼殺隊の詰襟の服を来た幸も、膝を払って立ち上がる。

 二人の前には、見上げるような大岩が転がっていた。

 滝に打たれ、丸太を担げるようになれば、次は大岩を動かすのが、この岩柱の稽古場なのだ。

 ここに来た初日に、幸が面白半分でごろんと動かした、あの岩である。

 滝行と丸太運びは何とか完了できたものの、この最後の大岩転がしが難関だったのだ。とにかくでかいわ重いわと、草履の紐が千切れるほど踏ん張っても動かせない。

 それは他の隊士たちも同じで、大体ここでも屍累々となっている。

 とはいえ他と異なるのは、何も課題をこなせずとも不合格とはならないのだ。

 いつ稽古場の山を降りても構わないと、岩柱は言っていた。

 

「……がんばれ」

「言われなくてもやってやる。お前、今日蝶屋敷に帰るんだろうが。さっさと戻らねぇとまた日に焼かれるぞ」

「うん。……じゃあ、また」

 

 本来、幸は不死川玄弥へ薬を届けに来ていたのだ。

 用はもう済んだのにまだいたのは、ここしばらく会えていなかった反動だろうか。

 まさかな、と獪岳はこちらへ手を振って、山道へ駆け出していく幸を見送って、大岩と向かい合った。

 言うまでもないが、悲鳴嶼は動かしていた。しかも、これより大きな岩を。

 

「おい、お前。もう夜なんだから引き上げろよ。汗で体冷えるぞ」

 

 藪をかき分けて現れたのは、不死川玄弥である。

 規律を破って風柱と接触して乱闘を起こしたとかで謹慎処分をくらっていたのだが、最近解けたそうだ。

 幸が蝶屋敷を飛び出したのも、この玄弥に鬼化の治療薬を届けるためだ。

 受け取る受け取らないで押し問答をして、結局押し付けるようにして幸は帰って行ったのである。口先と押しの強さで、玄弥が幸に勝てるわけがない。

 

「ああ」

 

 適当にそこらの枝に引っかけていた上着を羽織って、獪岳は玄弥の後をついて小屋へ戻る。

 

「あ、獪岳さんお疲れ様です!ご飯できてますよ!」

「……ああ」

 

 ぺかぺかとした笑顔で炊き立ての白米を片手に持った竈門炭治郎に、獪岳は何とも言えない顔で相対した。

 こいつ以外にも、この稽古場には何だかんだよく見かける猪頭の嘴平伊之助もいる。

 その上。

 

「あ、か、獪岳。お疲れ」

「……」

 

 毎度のへらりとした笑いを貼りつけた、我妻善逸もいるのだ。

 無論他にも隊士はいるのだが、獪岳がまともに会話したことがあるのが、この三人と玄弥くらいなものだ。大体、獪岳はきちんと顔を覚えている人間自体が少ない。

 彼ら同期組と、任務以外でまともに会話した試しはないのに、傍から見れば先輩隊士と後輩隊士に見えるらしい。それを聞いたときは、鳥肌に拍車がかかるかと思った。

 米を炊くのがやたら上手い竈門から握り飯と焼いた魚を受け取って、小屋の片隅に座って食い始めれば、善逸がいそいそ近寄って来る。

 追い払うのも面倒すぎて顔を背ければ、こそこそと腰を下ろすのだ。こいつは鼠か。

 

「ンだよ」

「べ、別に何でもないけど獪岳お前、いつも隅にいるじゃん。見てあげてねって幸ちゃんが言ってたんだよ」

「あの馬鹿……!」

 

 最高に余計なことを言い残して帰りやがったと、獪岳は魚を食い千切りながら唸り、善逸は口を尖らせた。

 

「幸ちゃんのこと、馬鹿って言うなよ。獪岳のとこに来てくれるからいいじゃん。俺は禰豆子ちゃんと全然会えないし……」

「口を閉じて飯を食え。竈門の妹とお前は、別に何でもないだろうが」

「はー!?そんなことないですし!禰豆子ちゃんは、俺のことちゃんと蝶屋敷で待っててくれてますし!ていうか、口閉じてたら飯食えないんですけど!」

「なら餓えて死ね。それに、竈門の妹は俺と会おうが玄弥と会おうが、お帰りって言ってくれるな」

 

 やめろ俺を巻き込むなと言わんばかりに、玄弥が顔をしかめている。

 お前の同期だろうが何とかしろと、獪岳も玄弥を睨み返した。

 

「なあバチバチ野郎、お前岩は動かせたのか?」

 

 猪の被り物をずらして、女のように整った顔を晒している伊之助が、両手で握り飯を頬張りながら尋ねて来る。

 嫌みも屈託もない問いなだけに、獪岳は眼光鋭いまま答えた。

 

「まだだ。つうか、ここにいる中で動かせたやついるのかよ」

 

 動かせたなら、そもそもこの稽古場に残っていないだろう。幾人か、諦めて下山していくのを獪岳は見ている。

 絶対にやる、と悲鳴嶼の前で啖呵を切った手前逃げる気はないが、鬼の腕力でもない限り動かせないのではと思うほどに、あの岩の重量は凄まじかった。

 握り飯を配るのを終えたらしい炭治郎が、自分の分に齧りつきながら口を開いた。何故こっちへ来て座るのだ。

 

「確かに、俺もまだ動かせません。でも、悲鳴嶼さんは俺たちより大きな岩を動かしてるから、すごいですよね!俺もあんなふうになりたいです!」

「あのオッサンは規格外なんだよ炭治郎!腕も足もごついし太いし!俺たち何人分の腕力があるんだってはな……アイタッ!」

「喧しいつってんだろ。悲鳴嶼さんは元々ほっせえし弱ぇ坊さんだ。ぐだぐだ喚くな」

 

 え、と小屋にいた隊士たちが獪岳の方を見る。

 名前も知らない坊主頭やぼさぼさ頭にまで見られて、獪岳は顔をしかめた。

 ここにいる者の大半は、獪岳が昔悲鳴嶼と暮らしていたことなど知らないのだ。余計なことを言ったと、魚をまた齧る。

 炭治郎はお構いなしに続けた。

 

「そうなんですね。じゃあ、悲鳴嶼さんはどうやって鍛錬したんでしょうか?」

「なあ、お前ら」

 

 次に声を上げたのは、何も食べずにただ座っていた玄弥である。手を上げたことに己が一番驚いているのか、玄弥はやや目をさ迷わせていた。

 

「お前たち、反復動作って知ってるか?悲鳴嶼さんが使ってるやり方なんだけど」

「知らない。それ、何だ?」

 

 注目されていることに慣れていないのか、ややつかえながらも玄弥が語ったところによれば、それは悲鳴嶼や玄弥が行っている、体の力を引き出すための方法なのだという。

 予め決めている動作をしたり、言葉を唱えたりすることで集中力を極限にまで高め、一気に体の力を開放するという。

 痛みや、怒りの記憶を呼び起こしてその際の激情を引き金にする場合もあり、玄弥や悲鳴嶼もそうしているらしい。

 鬼殺隊に入るような者なら、そんな記憶には事欠かないだろう。

 

 だが言われてみれば、幸が力を爆発させたのは、感情が昂ったときが多かった。

 過去をほじくり返された童磨のときは言わずもがなで、上弦の壱との場合は、獪岳を鬼にすると言われたことに激怒して理性が飛びかけ、鬼の本能と力を振るったそうだ。

 爆発しかけた感情で鬼化を進めさせ、引き換えに力を得たから生き延びられたのだ。

 そうやって、感情のまま体をより強く組み替えることができるのが鬼で、できないのが人間とも言えるだろう。

 一朝一夕で体が組み変われば、普通人間は死ぬ。

 だが、その反復動作で集中力を高めるという方法は、良いものに聞こえた。

 死ぬと思ったとき、まるで時間が引き伸ばされたような感覚に陥ることがあった。その中で藻掻いて、どうにか生き延びてきたのだ。

 力が跳ね上がったわけでなく、一時的に別の世界を覗き、潜ったような感覚だった。反復動作で極限まで集中力を高めれば、同じことになるのではないだろうか。

 

「岩柱様、そんなことご存知ならどうして教えてくれなかったんだろ」

「あの人、教えるの得意じゃねえんだ。だけど、俺たちが鍛錬してるときは悲鳴嶼さんも岩動かしてただろ。真似してできるようになってほしかったんだよ」

「わかるわけねえわ!じゃあ、不死川もその反復動作できんの?岩も?」

「……できる。岩もまあ、何とか動かせる」

「すっげぇ!教えろ!」

 

 わらわらと隊士たちに集られて、困ったように眉を八の字にする玄弥を横目に、獪岳は塩味のきいた握り飯を食う。

 怒りや痛みの記憶と聞いて真っ先に呼び起こされるのは、あのにやついた氷鬼の顔だ。上弦の壱の六つ目は、恐怖が先に立つので速やかに思い出さないことにする。

 玄弥や悲鳴嶼の場合は、経文を唱えることを鍵にしているらしいが、何の言葉にすべきかと獪岳は首を捻る。

 経文はさっぱりだ。物覚えのよい幸とは違う。

 

「反復動作かぁ……俺は……」

 

 もごもごと握り飯を口に詰め込みながら思案しているらしい善逸から視線を逸らして、ふと窓の外に目をやれば、そこにはこちらをじっと見つめる悲鳴嶼がいた。

 無言ながら何故か彼に呼ばれているような気がして、獪岳は立ち上がった。

 

「あれ?獪岳」

「厠だ。……まさかついてくる気じゃねえだろうな」

「い、行かないよ!いってらっしゃい!」

 

 握り飯の最後の一欠けらを呑み込み、気配と足音を殺して小屋から出れば、誰にも声を掛けられなかった。

 小屋の裏手に回り込めば、そこには不動のように悲鳴嶼が立っていた。

 気配に気づいてか、盲いた目が獪岳の方を向く。

 

「あんたは中に入らないんですか、悲鳴嶼さん」

「……私がいれば、彼らは寛げないだろう」

「窓の外から覗かれてても怖ぇんですが。玄弥に用でも?」

「いや、お前に用があった。話ができるか?」

「できるから出てきたんですよ。稽古場の方へ行きますか?」

 

 頷いて、経文の羽織を翻して歩き出す悲鳴嶼の後をついて歩く。

 悲鳴嶼の足が止まったのは、ちょうど獪岳が、岩を押していた場所である。

 南無、と小さく呟いて悲鳴嶼は黙ってしまうし、獪岳も何も言えない。

 話の出だしで毎度こうなるのは、最早仕方ない習性じみてきている。悲鳴嶼も獪岳も、到底朗らかと言えない性格なのだから、こうなるのだ。

 とはいえ悲鳴嶼に関しては、昔はもっと何をするにもやわらかい、優しい印象があったと思う。獪岳が子どもであったから、そう感じていただけなのかもしれないが。

 

「悲鳴嶼さん、聞きたいことがあるんですがいいですか?」

「なんだ」

 

 埒が明かないと、七尺はある巨躯を見上げ……るのも面倒になり、獪岳は岩の上に飛び乗って座った。

 盲いている悲鳴嶼には目線の高さなど大して関係ないだろうが、見上げ続けて会話するのは首が疲れるのだ。

 

「痣のことです。あんた、二十五を過ぎてましたよね?」

「そうだ」

「俺は、痣が出れば二十五で死ぬと聞きました。それを超えてるあんたは、どうなるんですか?」

「……痣はまだ、私には出てない。だがそれは、鬼舞辻と戦うときまで、取っておくべきだろう」

 

 そうじゃない。そうではないのだ。

 悲鳴嶼が、鬼殺隊最強の岩柱が、痣を出せないわけはない。獪岳が聞いているのは、出した後どうなるかと言っているのだ。

 

「俺は、あんたが痣を出せないとは思ってませんよ。生命が二十五までになる痣を出したら、あんたはいつ死ぬんですか。寿命、絶対に減るでしょう」

「減るだろうな。……恐らく、痣を用いてから、保って数日だろう」

「痣を出して、戦っただけで?」

「そうなるだろうな。鬼は人間より遥かに強靭で、不死にも近い肉体を持つ。それらと戦い、倒すための代償が、軽く収まるはずがない」

 

 それは鬼殺隊の柱ならば、備えて当然であろう覚悟であり、獪岳には踏み込めない域の話だった。

 

「……だが」

 

 不意の苛立ちが募って岩に叩きつけようとした手が、悲鳴嶼の静かな一言で止まる。獪岳は、そろそろと悲鳴嶼を見た。

 白く濁った見えぬ眼で、悲鳴嶼は宙空を見ている。

 

「私が痣を出し、戦い、死ねば、幸は泣くだろうな」

「……わかってんなら、意地でも生き残って何とかしてくださいよ。ぴいぴい泣いてるあいつが、俺の手におえるわけねぇから」

 

 嘘だ、と言いつつ思う。

 どうせ幸はぐっと唇を噛んで、声も悲鳴も殺して、人前で泣かないに決まっている。

 周りに誰もいなくなってから、静かに蹲ってぽろぽろと顔を覆って泣くのだ。わあわあ声を出して泣いたほうが、気が楽になるだろうに。

 数珠を擦り合わせて、悲鳴嶼が再び尋ねてきた。

 

「お前は、泣くか?」

「……そのときになってみなきゃ、わかりませんよ。……まぁ、岩柱が死ぬような戦いで、俺が生き残れてるかはわかりませんけど」

 

 先程の口振りでは、悲鳴嶼は近々鬼舞辻と直接戦うことを視野に入れている。

 お館様も含めての見通しかはわからないが、柱たちのまとめ役である岩柱が言うならば、彼一人の考えということはまさか、ないだろう。柱稽古も、そのためのものなのだ。

 半ば本気で半ば冗談のその言葉に、悲鳴嶼の数珠玉がぎゃり、と鳴った。

 

「お前たちは、死なせない。柱ならば、若い芽は必ず守る」

 

 やけに、きっぱりと言い切られた。

 そこに含まれる覇気と決意に、獪岳は思わず口を噤む。

 柱ならば後輩を守る、というのは、あの炎柱の師匠も言っていた。次を戦える者を、今戦う者が守るのは当然なのだと。

 その理屈で煉獄杏寿郎は上弦の参に一人で立ち向かい、死にかけたわけだが。

 何故だか、ひどく己が小さく、惨めになった気がする。視線を膝の上に落として、つっけんどんに返した。

 

「そうですか。じゃ、俺たちが持って帰った上弦の弐と壱の情報、しっかり役立ててくださいよ」

「無論だ。お前たちと、雷右衛門までもが生命を懸けて得たものを、断じて無駄になどしない」

 

 獪岳にとっては常に煩かった鴉の名を、悲鳴嶼はあっさりと口にする。手紙のやり取りのときにでも、知っていたのだろう。

 焼き鳥にして食うぞと散々脅して、その度嘴で反撃してきたあいつも、もういない。鬼に殺されて、いなくなった。

 悲鳴嶼の周りを取り巻いていた子どもらも、もういない。鬼にされ、或いは鬼に殺され、皆いなくなってしまった。

 

 そんなことばかりだ。

 皆、鬼が殺してゆく。奪ってゆく。

 

 奪われたくなければ、強くなるしかない。

 この世は、そういうものなのだ。

 強くならなければいけない。もっと、もっと。

 鬼さえこの世にいなければと嘆くだけならば、誰にでもできるのだから。

 

 だらりと膝の上に置いていた手を獪岳は握り締めて、岩の上から滑り降りた。

 

「で、悲鳴嶼さん。さっき玄弥が言ってた反復動作なんですけど、あれ、教えて下さい」

「……うむ?」

「うむ、じゃありません。教えて下さいって言ってるんです。大体、見て盗めって言われたって、できるやつのほうが少ないんですよ」

 

 たとえば、そこいらにいる輩とか。

 地面から掬い上げた適当な小石を、林の方に投げる。何かに当たる音と共に、うわっ、と驚いた声がばらばらと上がった。

 真っ先に飛び出て吠えたのは、毎度の黄色頭だった。

 

「獪岳!お前今俺を狙っただろ!頭に当たったよ!」

「ああそうか。悪かったな、偶然だ。てめぇみたいな石頭なら、石なんざ平気だろうよ」

「顔が笑ってるんですけどぉ!それから石頭は炭治郎だよ!」

「うるせぇわ。ついて来るなって言ったのに、ぞろぞろ来やがったのはそっちだろうが」

 

 正確に言えば、獪岳はついて来るなとは、言っていない。ついて来るつもりじゃないだろうなと、凄んだだけだ。

 だが、善逸と小屋にいた隊士たちはやや決まり悪げにてんでばらばらな方を向いた。

 そこに玄弥も混ざっている上、その隣で特大に滑稽な顔をしている竈門は何なのだろう。にらめっこのつもりか。

 その中で、あまりいつもと変わらずに進み出たのは、猪頭もとい伊之助だった。

 

「おい、玉ジャリジャリ親父!俺たちにも岩の動かし方教えろ!」

「おまっ!馬鹿この馬鹿猪!す、すみません岩柱様!盗み聞きするつもりじゃなくて、ええと……」

 

 猪頭をぽかんとどついた坊主頭も、おろおろ視線を彷徨わせる。盗み聞きのつもりがなかったならば、何のつもりがあったのだろうか。

 ともかく誰も彼もが慌てふためくのがおかしく、獪岳は黙って突っ立っていた。

 悲鳴嶼の柏手が、皆を鎮めたのはそのときだ。

 

「……わかった。だが、今日はもう夜だろう。皆、明日朝早くこの岩へ集まるように。手本を見せよう」

「はい!」

 

 割合揃った返事が、稽古場の夜の空気を震わせたのだった。

 

 

 

 




あと少しで、雪崩のように色々変わると思います。
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