幸せな終わり   作:ラバジョゼ

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幸せな終わりの2章

少年の示した希望を頼りに、王子様は前に進む―進まなければ、幸せな終わりにはたどり着けないのだから。


前に進む勇気

「…………知り合いらしいナイトメアを庇ったジャックが大怪我したから一旦帰ってきた、ねぇ…………」

「いや、ハルさん。信じられないのは分かるけど、あたし達にはそれ以上の説明はできないからね?あたし達もまだよく事情が分かってないんだからしょうがないじゃん。詳しい話を聞くためにわざわざそのナイトメア、つうを連れてきたんだよ?」

「それは分かるが、流石に意味が分からなさすぎるだろ……。まぁ、流石のジャックも命がけで赤の他人を守ったりは…………しねぇだろうが……。」

「………今の間、何?」

「さぁな。つーかお前らのほうがよく知ってんだろ、あいつがどんな奴かはな。」

「そうだけど、流石のジャックもそこまでお人よしじゃ…………ない、と思う、よ?……多分……きっと……だといいなぁ……」

「おめぇも自信ねぇんじゃねぇか……。」

「し、仕方ないじゃん!今の状況を考えるとちょっと否定しにくかったんだから!」

「……はぁ、とりあえず今はその話は後だ。視子はジャックの様子を見ているからいねぇが、とりあえずもっと詳しい話をそいつから聞くぞ。」

 

 ハルさんと赤ずきんが、本題そっちのけでジャックについて盛り上がっていた話を一旦やめて、僕のほうに向きなおる。僕としては、ハルさんと赤ずきんの話している様子は、黎明が壊滅してしまって以来の懐かしい様子だったからできればもう少し見ていたかったけど、確かに今はまだしなくちゃいけない話がたくさんあるから脇道にそれてばかりはいられない。

 黎明にアリスの『ワンダーホール』で帰った僕達は、そのまま視子さんのいる救護室にジャックを運んだ。その場にはたまたま話が合って視子さんを訪ねていたハルさんもいたけど、二人とも僕達のことを見てとても驚いていた。ただ、視子さんは大怪我をしたジャックを見て、ハルさんはナイトメアである僕が一緒にいるのを見て、といった具合に驚きのベクトルが違っていた。とりあえず詳しい話は置いておいて、まずはジャックの治療をすべきだということで救護室のベッドにジャックを寝かせ、視子さんはジャックの治療、ハルさんと僕達は治療の邪魔にならないように会議用の大部屋に移動してそこで状況の整理をすることになった。アリスはできればジャックのそばにいたかったようだけど、視子さんがジャックの様子を見てくれるということ、ジャックがあんな風な行動に出た理由が気になるということで結局はこっちに来ている。

 

「それで、あなたとジャックはいったいどういう関係なのかしら。それに、ジャックが自分のことをナイトメアだと言っていたり、ウィッチクラフトというものについても話していたわね。あと、人魚姫とやらをどうするつもりだったのかも気になるわ。確かその子は既に亡くなっているという話だったけど。」

「グ、グレーテル……。ちゃんと一から話すから、いきなり幾つも質問しないでくれ……。」

 

 心なしかいつもより瞳を輝かせている様子のグレーテルからの質問攻めに思わず苦笑が漏れる。今までは僕の知るみんなとの違いばかりを感じていたけど、知的好奇心が強く僕を質問攻めにする様子は僕の知るグレーテルと全く同じで少し安心した。僕のことを覚えているのはジャックしかいないのに、そのジャックが今はいないから、少し不安というか、居心地が悪かったのだけど、いい意味で力が抜けた感じがする。今なら落ち着いてみんなに話ができるだろう。

 

「実は―」

 

 そうして僕はみんなに僕自身の話をした。姫との関係。姫の死を知って僕がしようとしたこと。その結果生まれた『前』の世界。その世界での生活とジャックとの関係。そして、その世界の最後。ただ、アリスがナイトメアになっていたという部分は話さず、ジャックがナイトメアになる前にブラッドスケルター化して失踪し、そのままの状態でしばらく後に見つかって僕達に合流した、という風に誤魔化した。ジャックを傷つけてしまったことでひどく落ち込んでいるアリスにこれ以上負荷をかけるのはまずいと思ったこと、その話はもう少し落ち着いた後でジャックと一緒に話すべきだと考えたことがその理由だ。みんな最初はあまりにも突拍子のない話だから半信半疑だったけど、僕がみんなと過ごした日々の中で知ったいくつかの、みんなについての初対面では分からないような内容の話をしたら嘘ではないと信じてくれたらしく、みんな真剣な様子で聞いてくれた。ただラプンツェルには難しすぎたらしく、全然分かっていなさそうなきょとんとした顔をしているし、他のみんなも話のスケールのあまりの大きさに理解が追い付いていない様子のメンバーが多い。

 

「-と、僕から伝えることは、大体こんな感じだよ。」

「しょ、正直全然実感湧かないんだけど……本当、なのよね……?」

「ほ、本当のお話だとは思うんですけど、あまりにも、その、内容が……」

「……びっくり……」

「……まぁ、記憶がないと、信じられないような話だろうね……。」

 

 予想通りの反応を示す親指達三姉妹に苦笑する。僕としては、ほとんど証拠のない僕の話を嘘だと切り捨てないでくれているだけで十分だと思っている。そんな風に思って安堵していると、真剣な目をした赤ずきんが目に入った。頭脳派とはお世辞にも言えない赤ずきんはおそらく僕の話をすべて理解してはいないだろうけど、その真剣な様子から何か大事な話があるのは分かった。

 

「……ねぇ、つう。」

「どうかしたのかい、赤ずきん?」

「……あんた、人魚を生き返らせるって言ってたけど、そんなこと、ホントにできるの?」

「……いや、僕には死んでしまった姫を生き返らせる方法は分からないよ。だからこそ僕はウィッチクラフトで姫が死んでしまう前に転生したんだ。」

「……やっぱり、そうだよね……」

「でも、ジャックはさっき他に方法があるかもしれないって言っていた。もしかしたら、ジャックには何か考えがあるのかもしれない。だから、僕は諦めない。」

 

 気落ちした様子の赤ずきんを励ますように僕はそう声をかける。それは僕の本心でもあるけど、願望でもある。ジャックはウィッチクラフトについて知っていたようだけど、本物のナイトメアである僕よりも詳しいとは思えない。その僕が知らない方法をジャックが知っているというのは、可能性としては薄いと思っている。ただ、僕はジャックがどんな時も諦めないやつだってことを知っている。自分の身を引き裂いてまで愛する者全てを守ろうとしたことを覚えている。だからこそ、僕はジャックが言ったことを信じる。

 

「……随分、ジャックのことを信頼しているようですね~。」

「もちろんだよ。僕はこれでも彼の『相棒』だからね。」

 

 僕の言葉に、意外そうにかぐや姫がそんなことを口にする。さっきの赤ずきんの質問には断言できなかったけど、それには迷いなく答えられる。あの世界の中で、ナイトメアとなってしまったジャックと一番スムーズにコミュニケーションが取れていたのは間違いなく僕だった。実際、幼馴染のアリスでさえ十分な意思疎通ができず、僕のことを羨ましいと言っていたのだから間違いない。

 それに―僕を守るためにあれだけの無茶をした、させてしまったジャックのことを、よりにもよって僕が信じないわけにはいかないじゃないか。

 そんな話をしていたら、会議室の部屋の扉を開けて誰かが入ってきた。みんながその入ってきた人物、視子さんに注目する。ジャックの様子を見ていたはずの彼女がやってきたことに、ジャックに何かあったのかと心配になる。僕達が救護室を出るときには赤ずきんたちが四人がかりで治癒の魔法を使うことで傷はほとんど塞がっていたはずだから大丈夫だろうとは分かっているけど、万が一を考えると不安になるのは避けられない。

 

「視子さん!!ジャックは!?ジャックは大丈夫なんですか!?まさか、何かあったんじゃ……!?」

「落ち着いて、アリス。ジャックの容体は安定してるわ。傷はもう治っているし、造血剤も打ったから、彼の体質から考えて失った血液の回復ももうすぐ終わってじきに目を覚ますはずよ。」

「よかった……。本当に……、よかったっ……。」

「じゃあ、視子さんはそれを伝えに来てくれたわけ?」

「それもあるけど、聞きたいことがあってきたのよ。」

「聞きたいこと?あぁ、つうのことね。」

「つう……?あぁ、ジャックが庇ったっていうナイトメアのことね。それもあるけど、今は違うわ。ジャックの治療をする時に上着を脱がせたんだけど、傷口の近くでこれを見つけたのよ。それで、これが何か知っているかを聞きに来たのよ。」

 

 詰め寄ってジャックのことを聞いてくるアリスの質問に安心させるように優しく答えつつ、親指の僕に事を聞きに来たのかという質問には否定を返す視子さん。それに意外そうな顔をする親指。僕も疑問を覚える。ジャックの安否を伝えるためにここに来るのは分かるし、僕のこと、具体的にはジャックがあんな無茶をしてまで僕を庇ったわけを聞きに来るのも分かるけど、それ以外にここにわざわざ足を運んでまで話を聞くほどの疑問というのは、少なくとも僕の側からは思いつかない。

 そんな風に思うのは僕だけではないらしく、他のみんなも同じような表情で視子さんを見ている前で視子さんが手に持っていた袋から取り出したのは、何かの機械、その残骸だった。

 ぱっと見では、何か分からなかった。ジャックの傷口の近くで見つかったという言葉を証明するように真っ二つに切断されているし、べったりとこびりついているジャックのものと思しき血は時間が経って乾いたのか赤黒く変色していて、そのせいで元が何色をしていたのかも分からない。金属製らしき部品の残骸がいくつかあるから辛うじて機械と分かったけど、少なくとも修理して使えるようにするのが無理なことが素人の僕でも分かるくらいには完全に壊れている。

 なのに、僕はそれから目が離せなかった。何か大事なものであるかのような気がして。だから、何なのかを知るためにしっかりと目を凝らす。今の僕の体だと小さい物を持つのが大変だから手には取れないのがもどかしいけど、今はひとまず置いておく。すると、見覚えのある部分があることに気づいた。気づいてしまった。まさかそんなはずはないと思いながら壊れている二つの部品を頭の中でくっつけてみる。元は一つだったはずだからそうすれば元の姿が分かるはずだから。そして、二つをくっつけた姿は僕の悪い想像通り―

 

「……姫のマイク……」

「え?姫って、人魚のことだよね?」

「あぁ。そのマイクは姫の使っていたマイクで……僕の宝物だよ……。」

 

 そう、それは姫のマイクだった。僕が持っていたはずなのにジャックが持っていたのは不思議だけど、僕がまだ記憶を取り戻す前にみんなと戦っていた時にでも落としてしまったのをジャックが拾ったのだろう。宝物の無残な姿、そして、なによりも姫とのつながりを形として残していたものが失われてしまったことに言い知れぬ悲しさを覚える。

 

「……そういえば、ジャックはそれを調べてから急に様子が変ったわね。」

「え……?どういうことだ、グレーテル?」

「赤ずきんがあなたに人魚姫とやらのことを話した後、あなたは逃げる時にそれを落としていったわ。そして、それを調べていたら誰かの歌声が流れ始めたのよ。ジャックはその歌を聴いていたら突然苦しみだして、それが収まったと思ったらいきなりあなたを追って走り出してしまったのよ。今考えれば、その歌がきっかけで前の世界とやらの記憶を思い出したのでしょうね。」

「そんなことが……。」

「でも、そうなると少し困ったわね。ジャックがそのマイクから聞こえた歌声で記憶を取り戻したのだとしたら、私達がもう一度それを聞けば私たちも何か思い出せるかと思ったのだけれど、ここまで完全に壊れていたらもう治せないでしょうから、その方法は使えないわね。」

「確かに、そいつはもう直せねぇな。少なくとも俺にはな。」

「……気休めかもしれないけれど、ジャックがギリギリで死ななかったのは、それを持っていた場所が傷口とかぶっていたことで、攻撃の威力を少しでも受け止めたからかもしれないわね。」

「……そっか……。それなら、姫も許してくれるかな……。」

 

 グレーテルの言っていたことは気になるけど、視子さんの言っていたことが本当なら、僕は少しだけ嬉しかった。どれだけ大切な物だとしても、ジャックの命には代えられない。姫がもしこの場にいたとしても、彼女なら絶対に同じことを考えたはずだ。姫は僕よりもあのマイクを大切にしていたから、僕よりももっと悲しみはするだろうけど、もしこの場にジャックがいて姫に謝ったとしたら、きっと笑顔で許しただろう。そして、ジャックさんが無事でよかったと、ジャックに笑顔で言うはずだ。だから、僕も姫に習おう。

 

「……それで、これからどうしましょう……?とりあえず、視子さんにもさっきのお話を聞いてもらいましょうか?」

「そうだね。どのみち今日はもうできることはないし、それが最後のやるべきことかな?ただ、ジャックのことが気になるし、あいつが起きたらできればつうの話を補足してもらいたいから、救護室に行って―」

「-僕が、どうかしたの……?」

「へっ?て、ジャック!?」

 

 これからの予定を質問する白雪に答える赤ずきんの言葉に割り込む声が、会議室の扉のほうから聞こえてくる。驚いてみんなで一斉に扉のほうを向くと、そこには赤ずきんの言う通りジャックが立っていた。怪我の治療で上着を脱がせたと視子さんが言っていたけど、ジャックは救護室からまっすぐここに来たのか、治療のために脱がされた制服の上着を羽織っただけの姿だった。肩からばっさりと切られていて、その切断面には乾いて赤黒く変色した血が染みついているし、服の前を閉じていないせいで治療の時に巻かれた包帯も見えている。おまけに意識は戻っているけどかなりの貧血なのか、怪我をした直後よりはましだけど顔色が真っ青だ。間違いなく、救護室で寝ていたほうがいいくらいの体調のはずだ。

 

「ちょっとジャック!?あんた怪我人なんだからおとなしく寝てなさいよ、馬鹿!何うろうろ歩き回ってんのよ!」

「そうですわ、ジャックさん!顔色が悪いですわよ!?無理はしないでくださいまし!」

「僕も、そうするつもり……だったんだけど……起きたら、救護室にいたし……みんなもいないから……あの後どうなったのかが……気になって……特に、つうのことは……みんなに、話さなくちゃ……いけないと、思って……」

 

 血相を変えてジャックに寝ていろと叱る親指とシンデレラに対して、ジャックが途切れ途切れに言葉を返す。まだ体調がよくないのだろうに僕のために無理を押してみんなに僕のことを説明するためにここまで来ている。命がけで僕を庇ったところからすでに分かってはいたけど、またも自分のことを顧みず自分以外の人―今回はどちらも僕だが―のことを優先している。その姿勢こそが、やっぱりジャックのジャックたる所以なのだろう。人間の状態のジャックと過ごした時間が短かったから、彼の人となりをあまり把握できていなかったけれど、ここまでの言動から何となく分かってきた。

 ただ、そんなことを平然とやってしまう彼だからこそ、みんなは気が気でないだろう。戦う力がないのに、誰よりも無茶をする。誰よりもみんなを守ろうとするのに、その中に自分が入っていない。誰よりもみんなの心に寄り添っているのに、自分は肝心な時は一人で動く。そんな彼の在り方は、彼を大切に思う者からすればたまらなく恐ろしい。目を離してしまったらいなくなってしまいそうな危うさを彼はいつも抱えている。しかも、本人にその自覚がないから余計に厄介だ。本人が自覚しなければ、その悪癖は治らないのだから。何よりも一番厄介なのは、自分たちが彼のその行動で救われたことがあることだろう。そのせいで、彼に強く言うことができないのだから。自分は救われているのに、それを他の人にはやるなというのはあまりにも身勝手だ。

 

「……アリス……」

「……っ!!」

「……その、嫌な思いをさせて、ごめん……。」

「っ、そんなことないわ!!あなたが謝る必要なんてないっ!!悪いのは全部私なんだもの!!」

「アリス……」

 

 ジャックが姿を見せてから一言も話していなかったアリスにジャックが声をかける。幼馴染のアリスなら真っ先にジャックに声をかけると思っていたから今まで声をかけなかったのは意外だったけど、今の一言で何となく理由が分かった。アリスはジャックに声をかけづらかったのだろう。不可抗力だったとはいえ、ジャックを傷つけてしまったのは、ほかならぬ自分だったのだから。

 

「あなたを守るって約束したのにっ、よりにもよって自分であなたを傷つけてしまったっ!!あの時もそうだったわ!!むしろあの時のほうがまだましよっ!!あの時は正気じゃなかったけど、今回はそうじゃなかったんだから!!」

「……」

「私はっ、わ、たしは……結局、何もっ……変わってないっ……!わたし、にはっ……あなたのそばにいる資格なんてっ―!!」

「アリスっ!!」 

「……っ!?」

 

 アリスの悲痛な叫びがジャックに投げかけられる。アリスの背負う罪の意識は、僕の想像するものよりもはるかに大きいのだろう。ジャックとアリスがどれだけ思いあっているのかは、前の世界で文字通り身に染みて分かっている。二人の愛が強かったからナイトメア・ラブは生まれたし、あれほどまでに強かったのだろうと、二人とも人間の姿のままで、不自由なく思いを伝えあっている姿を見ているとよくわかる。お互いを見つめる瞳が、語り掛ける声が、浮かべる表情が、はっきりと物語っている。

 

「……ごほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……僕が、いきなり飛び出したんだから、アリスは、悪くなんてないよ……。」

「でもっ、でもっ……!!」

「僕は、こうして、生きているし、つうも、守れた……。今回は、それで、いいじゃないか……。」

「また、同じようなことが起きないともっ、限らないじゃないっ!!」

 

 アリスの考えは、分からなくはない。今回大丈夫だったからと言って次も大丈夫とは限らない。今回のような奇跡は、頻繁に起こらないからこそ奇跡なのだ。今回のようなことも滅多に起こるようなものではないだろうけど、メルヒェンという化け物との戦いを続けていく以上、やはりないとは言い切れない。理屈の上では、アリスの言うことは間違っているとまでは言えない。だからジャックはその理屈を超える何かを示さなければならない。

 僕は、ジャックを手伝わない。手伝うことができない。僕には、ジャックよりもアリスのことを想うことができないから。いや、僕だけじゃなく、他のみんなにもできないだろう。だからこそ、僕もみんなも黙って二人の会話を聞いているのだろう。でも、僕は確信している。ジャックなら、それができると。

 

「僕は、君に、そばにいてほしい……。」

「……え……」

「資格がどうとか……迷惑がどうとか……そういうのは関係なくて……僕は、君と、一緒に、生きていきたいって、思ってる……。」

「ジャック……」

「あるかもしれない……未来に怯えて……君が僕のそばを……離れてしまうなんて……僕には、耐えられない。……だから、僕のことを……思ってくれるなら……離れていこうとなんて、しないでよ……。」

「……っ、ごめんなさいっ!!……ごめんなさいっ、ジャック……!!」

「……ごめんなさいよりも、ありがとうのほうが、嬉しい、かな……?」

「……っ、ありがとう、ジャック……!!」

「……うん、どういたしまして……。これからも、よろしくね、アリス。」

「もちろんよっ……!!」

 

 泣きながらジャックに抱き着くアリスを優しく抱き留めながら、ジャックはアリスの頭を撫でている。どうやら和解は成立したらしい。二人がお互いのことを大切に思っているのは分かっていたから大丈夫だとは思っていたけど、こうして目の前で和解の様子を見るとやっぱり安心する。流石はジャックだ。理屈を全く抜きにして、アリスを想う気持ちだけで押し切ってしまった。ジャックがアリスのことばかり考えているのはナイトメアだったころのジャックから駄々洩れ、もとい、流れ込んできた思いから分かってはいたけど、実際に目の当たりにすると凄まじいものだと改めて思う。それくらい、二人の作っている世界、要するに二人だけの世界がすごい。ジャックは一応僕のためにここまで足を運んでくれたはずなんだけど、今の二人の頭の中からはおそらく僕たちのことが抜け落ちているのだろう。今すぐにでもキスし始めそうなくらいの甘ったるい空気をひしひしと感じる。ジャックがナイトメアだった時にもこんな風なことはよくあったけど、人間の姿でこの空気を作っているのは初めて見た。まぁ、今のほうが見ていて落ち着くような気はしなくもないけど―僕は、少しだけ胸が痛んだことに、自分でも驚いた。

 

 ジャックの一番がアリスだってことは、僕が一番分かっていたはずなのに。何よりも、僕には姫がいるのに。

 

「……あー、ジャック。そろそろ抱き合うのはやめろ。話が進まねぇし、そもそもお前体調悪いんじゃなかったのかよ……。」

「あっ、す、すみませんハルさん……」

「わ、私もごめんなさい!!」

「いや、まぁ、話が全部終わった後で、お前の体調も回復して、周りに誰もいないときなら好きなだけ嬢ちゃんとイチャつけばいいんじゃねぇの?ただ、俺の前ではやるなよ。胸焼けする。」

「べ、別にイチャついてなんか……」

「あんだけ甘ったるい空気作っといて説得力ねぇよ。………あと、あんまり嬢ちゃんばっかり相手にしてると、他の連中がどうなっても知らねぇぞ?」

「え?」

「アリスだけズルいー!ラプンツェルも心配したんだよ?!ラプンツェルも抱っこして!」

「……あははっ、確かにそうだね。ジャックには散々心配させられたわけだし、何か埋め合わせをしてもらってもバチは当たらないよね?」

「わらわはマッサージを希望します~。」

「えぇ!?」

 

 そんな風に自分の内心を把握しきれなくて戸惑う僕をよそに、ハルさんが二人の世界を止めにかかった。いい加減やめてほしかったのだろう。まぁ、ハルさんの言葉でラプンツェルやかぐや姫のようにジャックに甘え始めるメンバーが出てきてしまっているけど。前の世界ではジャックはナイトメアだったからアリス以外とは仲間以上の関係にはならなかったけど、こっちではそうでもないようだ。今までの感じから言って別に誰かと恋人になったりはしていない様子だけど、それを望んでいるのはアリス以外にも多いのかもしれない。もしそうなったら大丈夫なんだろうか、こう、色々な意味で。もし仮にハーメルンの読んでいた漫画に出てきた『修羅場』みたいになったりしたら、身体能力的に普通の人と変わらないらしいジャックでは巻き込まれて大変なことになるだろう。二人、例えばアリスと赤ずきんで取り合って両側からジャックを引っ張りあったりとかしたら、肩が抜ける未来しか見えない。

 そんな風なみんなの様子を見ていたるうちに、改めて肩の力が抜けるような感じがした。いくら僕がみんなのことを思い出したとしてもみんなはそれを覚えていないし、何よりも、僕の知るみんなと今ここにいるみんなは同じ存在ではない。世界が違う以上どうしようもないことではあるとは分かっていても、それが不安だった。でも、さっきのみんなのやり取りは、確かに僕の知るみんなと過ごしていた時と同じだった。そこにジャックが加わってはいても、記憶を持っていなくても、僕の慣れ親しんだ日常の一コマと近い雰囲気が、確かにそこにはあった。

 いつの間にかさっきまで覚えていた疑問は消えていた。変わってしまった世界の中で、僕のことを覚えているのはジャックだけ。そんな風に思っていたから無意識にジャックのことを求めてしまっていたのだろう。それなら別におかしくはない。さっきのは、別にそういうのじゃない。僕には姫という最愛の人がいるのだから。

 そう結論付けて、ラプンツェルとかぐや姫だけでなく白雪や眠りにまで色々言われだして困り果てている様子のジャックに声をかけた。

 

 

 

 

 

「-僕の考えは、こんな感じだよ。」

「成程……、確かにジャックの言う通りなら可能性はあるわね。」

「まさか、こっちではマモルたちは死んでいたなんてね……。」

 

 ベッドの上のジャックの話を聞き終えた後、真っ先に反応したのはアリスだった。僕はマモルたちに関する部分に驚く。こっちの世界ではハルさん達が生きていたから、何となくみんな無事なんだと思っていたけど、そんなことはなかったらしい。今抱えている問題が全部片付いたら会いに行こう―姫と一緒に。彼らも皆と同じように忘れてしまっているだろうけど、マモルたちはマモルたちなのだから。それに、友情や思い出は、また一から作り直せばいい。生きてさえいれば、それができる。だから―何としても、姫を生き返らせないと。

 あの後、僕達はジャックを休ませるために救護室に来ていた。そして、視子さんへの説明もかねてジャックの口から改めて『前』の世界のことや僕のことを話してもらった。その時ジャックは僕が何を話したのかをまずみんなに簡単に聞いてから、それに補足をする形で話をしていた。そして、ジャックもアリスのことについては詳細を伏せていた。僕と同じように思ったのだろう。視子さん以外のみんなにはすでに知っている内容が多かったけど、それでも重要な話だからみんな真剣に聞いていた。何よりも、ジャックの考える姫を生き返らせる方法が何なのか、僕はもちろんみんなもそれを一番気にしていた。

 そこで聞いたジャックの考えは、確かに説得力があった。ジェイル、特にコアやウィッチクラフトについて、ナイトメアである僕が持っている知識と照らし合わせても矛盾するところがないし、何より、マモルたちという成功例があるのも大きい。これなら姫を生き返らせることができるかもしれない。ただ、いくつか気になる点があるのも確かだ。そこは確認しないといけない。

 

「ねぇ、ジャック。あなたの考えにはいくつか不安材料があるのだけど、それについて聞かせてくれるかしら。」

「うん。正直僕もこれだけで本当に大丈夫かどうか分からないから、意見があれば聞かせてほしいんだ。」

 

そう思ってジャックに聞こうとしたけど、グレーテルのほうが一足早かった。彼女の頭の良さは僕も分かっているから、一先ず彼女の話を聞いてからにしよう。

 

「じゃあ、まず一つ目。あなたの考える方法だと人魚姫の遺体が必要になるけれど、そもそも人魚姫の遺体がどこにあるか分かっているの?」

「それなんだけど、人魚姫さんは数少ない血式少女の一人だったわけだから、もしかしたら遺体をここに持ち帰っているんじゃないかって思ったんだけど……ハルさん、何か知りませんか?」

「……確かに、ブラッドスケルター化した状態で死んだ人魚姫の遺体は黎明に持ち帰ってここに埋葬したし、場所も覚えちゃいるが……もう十年近く前のことだぞ?遺体の状態がどうなってるかは、正直分からねぇな。」

「確かに、骨だけになっていても不思議ではないわね。そうなっていたら、ジャックの考えた方法でうまくいくかしら?」

「それは……」

 

 ジャックはグレーテルの最初の質問にははっきりと答えていた。そこは彼も考えていたのかもしれない。ただ、質問するときに一瞬赤ずきんのほうを向いていたのは、赤ずきんに聞こうとしてやめたからだろう。確かに、どうしようもない事情があったとはいえ姫の命を奪ってしまったことを悔やんでいる赤ずきんに聞くのは酷だろう。ただ、ハルさんやグレーテルの懸念にはジャックは答えに詰まっていた。考えていなかったというよりは、どうすればいいか思いつかなかったのだろう。十年もたった遺体が無事だと断定するのは楽観的過ぎるし、確かめてみないことには分からないことではあるけど、無事でない可能性のほうが高い。そんな状態の遺体で生き返らせられるかは―

 

「……そういえば……」

「どうしたの、ジャック?」

「いや、一つ気になったことがあって……。ねぇ、つう。シンデレラが幼いままだったの、覚えているかい?」

「え?」

「わ。わたくしが幼いまま?……って、そういえば、おつうさん達の知る世界では、わたくしはブラッドスケルター化したまま行方不明になって、何年も後に幼い姿で発見されたと言っていましたわね……。」

 

 グレーテルの質問に考え込んでいたジャックが、思い出したように聞いてきた。いきなり名前が出てきたシンデレラが驚いているけど、さっき話した内容を思い出したからかすぐに納得してくれた。

 

「確かにシンデレラは幼いままだったけど……それがどうかしたのかい?」

「うん、考えたんだけど……ブラッドスケルター化した状態だと、肉体が変化しないんじゃないかなって思って……。そう考えたら、シンデレラが幼いままだったのも、ブラッドスケルター化すると僕の血で浄化しないと元に戻らない理由も説明できるしね。」

「成程、確かにジャックの言うとおりね。それに、それが真実だとしたら、人魚姫の遺体も無事な可能性が高いわね。」

 

 確かに、ジャックとグレーテルの言う通りだ。そう考えると今まで理由が分からなかった色々なことに説明がつくし、姫を生き返らせることにも希望が持てる。

 

「あの……ジャックさん。」

「何、白雪姫?」

「その、今のお話が事実だとしたら、人魚姫さんを生き返らせることができたとしても、人魚姫さんは幼い体のまま生き返ってしまうのではないでしょうか?」

「それなんだけど、コアには、願った者の姿を変える力があるみたいなんだ。だから、成長した状態の人魚姫さんの歌が収められているマイクを一緒に使ったら、成長した状態で生き返らせることができるんじゃないかと思う。」

 

 躊躇いがちに聞いてくる白雪に言葉を返すジャック。確かにジャックの言う通り、コアに願ったアリスやジャックはその姿を変えているから、姿を変えることはできるかもしれない。でも―

 

「その……ジャック。あのマイクは……壊れてしまったんだ……。」

「えっ!?一体いつ!?」

「ジャックの傷口の近くにあったから、その時だと思う……。」

「そんな……」

「その、……ごめんなさい……。」

「いやっ、アリスが謝る必要はないから!」

「でもマイクが壊れているのは事実よ。どうするの、ジャック?」

「う、うーん……。いや、壊れていたとしても、それが人魚姫さんのマイクであることには変わりないわけだし、多分大丈夫、だと思う。」

 

 マイクが壊れたと聞いたときは慌てていたジャックだけど、今回はすぐに持ち直した。ただ、若干不安そうではある。ジャックの言うことも一理あるけど、やっぱり万全を期したいと思ってしまうのは避けられない。

 

「ふむ、なぁジャックよ。そのマイクのように、その人魚姫とやらに関係のある物を探すのはどうなのだ?マイクがあったのなら、他のものがあっても不思議ではなかろう?」

「この広いジェイルの中を、どこにあるかも、どんな物かも分からないまま闇雲に探すのは現実的ではないわ。」

「む、むぅ……そ、そうだな……。すまぬお嬢……。」

「謝ることはないわ。少しでも力になろうとするあなたの姿勢はいいことだし……励まそうとしてくれたのでしょう?ありがとう、ハーメルン。」

「そ、そうであるか……にゃらいい……。」

 

 ハーメルンの意見をアリスがばっさり切り捨てていたけど、ハーメルンの気遣い自体は受け取っていた。ハーメルンは噛んでいたけど。こっちの世界でも噛み噛みなところは変わらないらしい。

 

「……そうだね、実際にやってみないと分からないことばかりなんだ。マイナス要素ばかりを考えていても仕方ない。希望を捨てずに、前に進むしかないんだから。―姫に、また会うために。」

「つう……あんた……」

 

 そんなハーメルンの様子を見て、不安で沈み込んでしまいそうな気持が少し軽くなった。どれだけ仮定を重ねても、上手くいくかはやってみないと分からない。何よりも、不安だから、失敗するのが怖いからと諦めてしまったら、姫にはもう絶対に会えない。覚悟を決めて、やるしかない。僕の姫への気持ちを知っている赤ずきんが、覚悟を決めた僕の様子に驚いたような顔をしている。失敗することを一番恐れているはずの僕が最初に覚悟を決めたのが意外だったのだろう。

 

「……つうの言う通り、もう必要なものは分かったわけだし、やるしかない……。失敗を恐れるより、成功を信じようよ、みんな。」

「……確かに、二人の言う通りだね……。あたしも覚悟を決めたよ。明日、人魚の遺体を掘り起こして、それを持ってもう一度都庁のジェイルに行こう。そして、そこの監獄塔の最上部にあるはずのウィッチクラフトで、人魚を生き返らせよう。みんな、それでいい?」

 

 僕の言葉に続いたジャックに赤ずきんも賛成する。その赤ずきんの呼びかけに、みんな思い思いの返事を返している。みんなは姫のことを覚えていないはずなのに、本気で協力してくれようとしてくれている。それが、何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

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