幸せな終わり   作:ラバジョゼ

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幸せな終わりの8章

男子禁制で行われる少女たちの語らいが始まる―全ては、お姫様の望むままに。


少女達の本音

「赤姉、話って何?ジャックに人魚姫の話がホントか聞くだけじゃないの?」

 

 話し合いが始まった直後、最初に口を開いたのは親指だった。ただ親指の表情は訝しげだ。何のために集まっていのかは分かっていないらしい。他にもハーメルンやラプンツェルも分かってなさそうな顔をしている。というかむしろ他のみんなは薄々感づいているようだから、まだ幼いラプンツェルや常識を知らなそうなハーメルンはともかく、親指が鈍いだけのような気がする。あるいは本当は気づいているけど素直になり切れない性格が災いして無意識に目をそらしているのか。何となく後者だと僕は思った。

 

「まぁそれはそうだったんだけど……ジャックのスタンスは分かったわけだから、これを機にみんなのことも聞いておいた方がいいかなって思ったんだよ。…………ぶっちゃけて聞くけど、みんなはどうしたい?」

「どうって……だから何についてよ?」

「……はぁー、だから、ジャックの恋人になりたいかってことだってば。」

「んなっ!?」

「あたしだって恥ずかしいんだから察してよ……。」

 

 最初の赤ずきんの発言に加え、曖昧な言い方では意図を汲んでくれなかった親指に溜息をつきつつ赤ずきんが答えをはっきりと口にする。ジャックと恋人になりたいか、と。赤ずきんと親指以外のみんなが一斉に息をのみ、親指は赤ずきんの発言に顔を真っ赤にする。ただそれは赤ずきんにも言えることで、親指ほど露骨ではないけど頬が赤くなっている。恥ずかしいと言っていたのは本当のようだ。正直なところ、あまり女性的な印象を抱かせる言動をしない赤ずきんが見せる女の子らしい反応は、中々印象的だった。

 

「……そういう赤ずきんさんはどうなのかしら?」

「……あー……笑わない?」

「えぇ、もちろん。」

「…………あたしは、正直、なりたい……かな……。」

『えええぇええええっ!?』

「ちょっと!?そんなに驚かなくてもいいじゃん!!流石にあたしも傷つくんだけど!?」

 

 赤ずきんの質問を受けて、まず口を開いたのはアリスだった。ただその内容は自分の話ではなく赤ずきんの話。自分から話を始めたのだからまずは自分が語るべきだと思ったのか、それに対して赤ずきんは躊躇いながらもちゃんと答えていた。ただその内容はみんなには少々意外だったようで、みんな驚愕を顕わにしている。特に親指とかぐや姫にいたっては、座っていた椅子や乗っていた乗物から落ちそうなほど驚いていた。流石にそこまで驚かれるのは心外だったようで、赤ずきんは顔の赤みを羞恥から怒りへと変えながら文句を言っていた。

 

「理由を聞いてもいいかしら、赤ずきん?」

「……あんたは驚かないんだね、グレーテル。」

「あら、驚かれるのは心外なんでしょう?」

「……そういうことじゃなかったんだけど……まぁいいや。それはいいけど、なんでジャックを好きになったかは、できれば最初はジャックに話したいから、何でジャックが好きだって気づいたかって話でもいい?」

「私としてはそっちも気になるのだけど……まぁ、今度聞かせてもらうことにするわ。それで?」

 

 逆に、かけらも動じていないのがグレーテルだった。すぐさま興味深そうな顔で赤ずきんに詳細な説明を求めている。その反応も、それを受けた赤ずきんの感想にも彼女らしいというか独特な返しをしているところも、いつもと変わらない彼女らしさが表れていて、こんな時にも変わらない彼女の様子に逆に感心してしまう。

 

「……別にそんな大したことじゃないんだけどさ……。人魚が最初にジャックとつうが恋人になったって言ってきた時、ジャックにはもう恋人ができたんだって思ったら、なんかすごい悲しくなって……。その時にあたしはジャックのことが好きだったんだって……恋人になりたかったんだって、気づいて……。だから、もうあたしはジャックの恋人にはなれないんだなって思って悲しくなったんだなって分かったから……それで……。」

「なるほど、確かに予想しやすい理由だったわね。」

「あんたが聞いてきたんでしょ!?」

 

 そんなグレーテルの様子に毒気が抜けたのか、さっきまでは少し緊張した様子だった赤ずきんも落ち着いたらしく、苦笑しながらグレーテルの質問に答えていた。ただ話題のせいか少し顔を背けていたし、背けられた横顔は相変わらず赤いままだった。まぁ、グレーテルの容赦ない返事に怒ったようで、背けていた顔をグレーテルのほうに向けていたけど。というかさっきから赤ずきんは怒るか恥ずかしがるかしかしていない気がする。

 

「あ、そういえばアリスは!?あたしは答えたんだしアリスはどうした―」

「私はもちろんジャックと恋人になりたいわ。」

「即答!?」

「できれば今すぐにでも告白しに行きたいのだけど……。今ならまだジャックが寝てしまう前に会いに行けるから、その時に告白するつもりよ。」

「ま、迷いがないですね、アリスさん……。」

「だって、迷う理由がなくなったもの。」

「迷う理由、ですか?」

 

 気まずくなってきたのか赤ずきんが話の矛先をアリスに戻した。赤ずきんに最初に質問してきたのはアリスなのだから不自然ではないけど、そのアリスは赤ずきんの質問に食い気味に肯定していた。その迷いのない回答に赤ずきんは驚いていた。さらに真顔で告白の予定を話すアリスに白雪が顔を引きつらせながら言葉を投げかける。その言葉にも動じずに返事をしていたアリスだったけど、続いた白雪の質問には自嘲するように唇をゆがめて口を開く。

 

「……私は、結局怯えていただけなのよ。ジャックのことが好きなことは、ずっと前から分かっていたのに……。……告白して断られたりしたら、今の幼馴染としての関係まで失ってしまいそうで、それが怖かった……。ジャックにもし、恋人ができたとしても、幼馴染としてなら、私はジャックの一番でいられる……そう自分に言い訳して、自分の気持ちを偽っていたの。」

「アリス、君は……。」

 

 アリスの声には強い恐怖と微かな後悔が滲んでいた。幸せな今を失う恐怖。それを恐れて自分の気持ちに嘘をついていたことに対する後悔。それらの思いが、彼女が自分から前に進むのを躊躇わせていたのだろう。気持ちはよくわかる。僕も同じだったのだから。姫の言葉で前に進むことができたけど、それがなかったら、アリスと同じ状態のまま前に進めなかっただろう。

 しかし、アリスはすぐに表情を明るいものに変えて言葉を続ける。今はそんな心配などしていない、と示すように。

 

「でも、ジャックが受け入れてくれるってちゃんと分かったから……。ジャックが前に進んでくれたのだから、私も、前に進もうって、そう思ったの。……だから、私はジャックに自分の気持ちを告白するわ。……もう、幼馴染だけじゃ嫌だもの。」

 

 そう、花が咲いたような笑顔で言うアリスは、はっとするほど可憐で、女の僕でさえ見とれてしまうほど美しかった。悔しいことに、ジャックが見たらきっと一発で心を奪われる、そう確信できてしまった。他のみんなもそれは同じらしく、誰も何か言うことができなかった。

 しかし、アリスはすぐにその表情を消すと、鋭い視線を向けてきた―なぜか僕に。突然の彼女の豹変と身に覚えのない感情を向けられたことに驚く。そんな僕に対して彼女が行ったのは―

 

「-それに、これ以上出遅れるのは我慢ならないわ。」

「へ……?」

「おつうさんが最初に告白して恋人になってしまった以上、これ以上あなたに差をつけられたくないのよ……。前の世界ではジャックの『相棒』だったらしいけど、ジャックのことを誰よりも知っているのも、長い時間を過ごしたのも、そして……誰よりも愛しているのも、私なんだもの。ジャックにどれだけ恋人ができたとしても、そこだけは、負けるつもりはないわ。」

 

 ―僕に対する、宣戦布告だった。それに驚く―と同時に、僕は嬉しかった。彼女が僕のことをそんな相手だと、そうするに値する相手だと見ていたことが。

 ジャックとアリスの間には、強い絆があった。強すぎるがゆえに、世界を滅ぼしかねないほどの絆が。それを僕は文字通り心と体で知っている。だからこそ、僕には彼女に対する嫉妬と遠慮の気持ちがあった。

 しかし、それは彼女のほうも同様だったようだ。ジャックの相棒という立場、最初に恋人になったという優位。それらは確かに彼女にはないもので、だからこそ、彼女はそれらに嫉妬しているのだろう。それが、彼女が僕を対等なライバルだと思ってくれている何よりの証だ。

 アリスが僕をライバルだと思ってくれているのなら、僕もそう扱うべきだろう。それに―言われっぱなしというのは、看過しがたいものがある。

 

「……なるほど、アリスの気持ちは分かったよ。……でも、ジャックのことを誰よりも知っていると思っているのは、何も君だけじゃない。前の世界のジャックのことは僕が一番知っているし、その時の僕はジャックの心を誰よりも深く知ることができたしね。……接した時間や共有した思い出の量では確かに勝てないけど、そこでは僕も負けないよ?」

「……へぇ、言ってくれるわね……。人魚姫さんとも恋人なあなたが、ジャックのことを私よりも愛せるとは思えないけれど……。」

「僕は、愛の強さで人を生き返らせられるくらい、人を愛することができるし……自分の望みを叶えるために、世界を巻き込むくらいには、欲張りだからね。二人同時に愛するくらい、ワケないよ。」

「我儘な女は男性に嫌われるものだと思うのだけど?」

「ジャックは僕を可愛いと言ってくれた。少しくらい我儘なほうが女の子は可愛いからってね。だから、その点は心配ない。」

「ふぅん、そう。…………ふふふふふふ…………。」

「はははははは…………。」

 

 僕の言葉を聞くたびに、アリスの表情が険しくなっていき、瞳に宿る感情が嫉妬から怒気に変わっていく。アリスとジャックのことでここまで張り合える日が来るとは思っていなかったから、つい調子に乗ってしまった気がする。特にジャックが言ってくれた言葉関連は、嘘ではないけど細部が違う。それを言い出したのは僕だし、ジャックは僕のことを可愛いとはっきり言ったわけじゃない。まぁ限りなくそれに近いことは言ってくれたから、誤差の範囲だと思っておくことにする。

 

「ちょっと二人とも!?なんで喧嘩なんかしてるわけ!?さっきまであんないい感じの雰囲気だったのに!」

 

 僕とアリスが視線で火花を散らしながら不敵―あるいは不気味―に笑いあっていると、慌てた様子の赤ずきんが声を掛けてきた。その声は滅多に聞かないくらい焦りに満ちていた。今の僕達の様子はそれほど恐ろしかったようだ。

 赤ずきんに声を掛けられたことで、アリスの雰囲気が平時のそれに戻る。それに合わせて僕も軽く息を吐いて力を抜く。どうやらこの場では一旦休戦らしい。

 

「あら、別に喧嘩なんてしていないわ、ねぇ、おつうさん?」

「まぁそうだね。僕達が喧嘩したなんてジャックが知ったらきっと悲しむから、そんなことはしないよ。恋人なんだから当然だろう?」

「……………」

「え、えーとっ、それならいいんだよ!じゃあ次!他の人はっ!?ほらっ、白雪はどうかなっ!?」

「えぇっ!?し、白雪ですか!?」

「ほら、どうせみんな話すんだから、早いか遅いかの違いだよ!さぁ!」

 

 僕の最後の発言でアリスの目がまた完全に据わる。結果はほぼ分かっているとはいえ、まだ告白していないからジャックの恋人になれていない彼女には看過できなかったらしい。そのアリスの様子を見て、赤ずきんが顔中に冷や汗をかきながら大声で他のみんなに問いかけていた。彼女に感じていた劣等感もさっきのやり取りで随分と薄れたことだし、これ以上アリスを煽ると何をしだすか分からないから、ここらでやめるとしよう。

 それはともかくとして、本当にいきなり白雪に投げたな、赤ずきんは。あまりにも急な展開に白雪は目を白黒させている。そんな白雪の様子に構わずグイグイ迫る赤ずきん。押しに弱い白雪がそんな赤ずきんを押しとどめられるわけもなく、やがて彼女は顔をリンゴのように真っ赤にしながら口を開いた。

 

「そ、そのぉ……こ、こここ恋人になりたいかと聞かれると、その……決して嫌ではないのですけど、あの、その……。」

「……結局どちらなのかしら?」

「……そ、そういうグレーテルさんはどうなんですか!?」

「あら?今はあなたの番でしょう?」

「で、でも、白雪に聞いてきたんだから、グレーテルさんのほうから先に教えてくれてもいいと思います!」

「それはあなたにも同じことが言えるのだけど……まぁいいわ。」

 

 口を開いたはいいものの、煮え切らない態度の白雪にグレーテルが容赦なくツッコむ。このデリカシーのなさは、世界が変わったくらいでは治らないらしい。そんなグレーテルの言葉を受けて、白雪はグレーテルに対して反撃に出ていた。反撃と呼ぶにはグレーテルに与えたダメージが小さいようだけど。ただこのままでは話が進まないと感じたのか、意外にも簡単にグレーテルのほうが折れた。どうやら次は彼女の意見が聞けるらしい。

 彼女がジャックの恋人になることを望んでいるとは、正直僕には思えない。彼女が誰かに恋をしている様子を想像することがどうしてもできないのだ。それは他のみんなも同じらしく、どうせ否定するだろうと思っているのがはっきりとわかる様子だった。実際白雪がグレーテルに矛先を向けたのも、別にグレーテルの意見が聞きたかったからではなく、自分の心を落ち着かせるための時間稼ぎのつもりだったのだろう。

 グレーテルにみんなの視線が集まる中、グレーテルの様子はいつもと何も変わらなかった。その緊張のなさが既に答えを示しているようなものだ。彼女は僕達の予想通り否定の言葉を―

 

「私もジャックに告白するつもりよ。」

 

 ―口にしなかった。

 あまりのことに、言葉が出ない。それはみんなも同じらしく、その場が静まり返る。赤ずきんの時は驚愕で叫んでいた親指やかぐや姫さえも、口をポカンと開けたまま固まってしまっている。ただそんな中でも唯一姫だけは笑顔でうんうんと頷いているのが見えた。姫はグレーテルがそう答えるのが予想できていたらしい。他の誰も分からなかったことを当然のように感じ取っているあたりに、姫の恋愛関係の勘の良さが表れている。

 しかし、そんな空気を生み出した張本人であるグレーテルはそれをかけらも気にした様子もなく、白雪のほうを向いて口を開いていた。まるで自分の言うことは終わったから次はお前だと言わんばかりの態度だ。

 

「それで、白雪姫はどうなのかしら?」

「………………」

「白雪姫?」

「……はっ!?い、今……ありえない夢を見ていました……。グレーテルさんがジャックさんに告白するつもりだなんて……。し、白雪、ちょっと疲れているみたいです……。」

「そっ、そうよね!?今のはきっとただの夢だわ!!そうよ、そうに決まってるわよ!!」

「夢ではないわ、白雪姫、親指姫。さっき私は確かにジャックに告白するつもりだと言ったのよ。」

「ちょっ、ちょっと待ってくれグレーテル!!ほ、本気なのか……?」

 

 グレーテルに声を掛けられて動き出した白雪姫は、あろうことか夢を疑い出した。どうやら混乱が強すぎて現実逃避してしまっているらしい。それを受けて親指まで夢だと言い出してしまった。彼女もすごい勢いで目が泳いでいる。そんな二人の反応を受けてもグレーテルは動じることなくさっきと同じ内容を繰り返していた。それを聞いて、僕もようやく少しだけ落ち着くことができた。

 ただ、その内容はまだ信じられない。彼女が嘘をつくとは思っていないけど、彼女がそんな決断をした理由は分からないままだ。

 そんな僕達の様子を見て説明不足を感じたのか、彼女はいつもと同じ薄い笑みを浮かべながら口を開く。

 

「あら、別におかしなことではないでしょう?私だって女なのだから。」

「そ、そうじゃなくて!なんでジャックを選んだのかってことだよ!」

「それこそおかしくないでしょう?私達にはジャック以外、選べる相手がいないもの。」

「相手がいない……?」

 

 グレーテルの発した言葉の意味が分からなかった。確かに僕達はジャック以外に同年代の異性と接する機会が少ない。数少ない例外であるマモルには既にヒカリがいるし、イツキもなんだかんだ言いながらカエデとの仲が進展していきそうに思える。しかしそれでも接することが全くないわけではない。黎明にだって若い男性職員はそれなりにいるし、僕達の中で最年長の赤ずきんを基準にすれば、彼らとの年齢差は5もない。ジャック以外に相手がいないと断言するのは厳しいはずだ。

 みんなも同じ疑問を抱いたようで、いつの間にか僕とグレーテルの会話に静かに耳を傾けていた。グレーテルはそれを確認して、みんなのほうを向きながら言葉を続ける。

 

「えぇ。だってそうでしょう?私達は血式少女。メルヒェンを簡単に殺せるほどの力を持ち、その血を引いた化物。そんな私達が、ただの人間と添い遂げることなんてできるわけがないでしょう?」

『っ!?』

 

 グレーテルの言葉にみんなが一斉に息をのむ。それは僕も同様だった。今まで考えもしなかったことを指摘され、そしてそれを理解したことで血の気が引いていく。

 血式少女の生まれの詳細については僕や姫も、みんなと同じレベルで知っている。この世界のことをみんなから聞く中で、この世界がたどった歴史を聞いたからだ。博士の正体やこのジェイルのウィッチクラフトがどうなったのかといった衝撃的な話の1つとして、それは語られた。

 それを踏まえて考えると、グレーテルの指摘は正しい。僕達の生まれについては黎明の人間の中でも一部しか知らないことではあるけれど、僕達の身体能力などの基本的なことは、解放地区の人なら誰でも知っている。強い力を持っていることを、誰もが知っている。そして、その力が自分に向けられたら、と考える人間はきっといるはずだ。そんな相手と親しくなることはできない。

 それに僕達の力に目をつぶったとしても、やはり生まれの問題を避けることはできない。メルヒェンの寿命なんて誰も知らないけれど、その血を引く僕達の寿命は普通の人間と同じなのか?生まれてくる子どもにも僕達のような力や血式リビドーがあるのか?他にも分からないことは多いし、それを放置したまま普通の人と添い遂げるのは、確かに厳しいと言わざるを得ない。

 

「……グレーテル……そんな言い方はちょっとないんじゃない?」

 

 僕達にとってデリケートな話題が出たせいか、場の空気が重くなる。その中で最初に口を開いたのは赤ずきんだった。表情は苦笑だったけど、声や瞳からははっきりと怒りが感じられる。グレーテルの言い方が癇に障ったようだ。ただ、表情まで怒りをたたえていないことからすると、彼女もグレーテルの言葉が間違ってはいないことが分かっているのだろう。

 その赤ずきんの様子を見てもグレーテルの表情は変わらなかった。変わらなかったが、彼女は再度口を開く。彼女にはまだ言いたいことがあったらしい。

 

「あら、私は別に間違ったことは言っていないわ。」

「だからって―」

「それに、これで踏ん切りはついたのではないかしら?」

「え?」

「二の足を踏んでいる人がいるみたいだから、退路を断ってあげたつもりなのだけど……。」

 

 彼女の口から出た意外な言葉に赤ずきんが口を閉ざす。グレーテルがわざわざ他のみんなのために助言をするというのは正直意外だった。彼女も本当に必要なことならそういうことをすることはあるけど、今回のように、あくまでも個人の判断によることにまで関与するのは見たことがなかった。

 

「……珍しいな、君がそんなことをするなんて。」

「あなたの口から珍しいという言葉が出てくるということは、前の世界とやらの私もそんなことはしなかったのね。」

「あぁ。今回みたいな、個人の事情にまで助言をするっていうのは、見たことがなかったよ。……何か心境の変化でもあったのかい?」

「別にそんなことはないけれど……そうね、ジャックのお人よしが移りでもしたのかもしれないわね。朱に交われば赤くなるという言葉もあるくらいなのだし。」

 

 率直な感想を口にすると、これまた面白い答えが返ってきた。ただ同時に少し納得もした。ジャックの影響があったというのなら別におかしくはない。彼の優しさは自明のことだし、前の世界ではグレーテルはジャックとほとんどコミュニケーションをとっていない。そんな彼女がジャックの影響を受けることはないだろうから、僕が知らないのも頷ける。まぁやり方は随分と乱暴な気がしなくもないけど、そこはジャックとグレーテルの性格の違いだろう。

 グレーテルの真意が分かったからか、赤ずきんから怒りが消える。苦笑が残ったままなのは僕と同じように、やり方に対して思うことがあるからだろう。対して他のみんな、特に白雪のように躊躇いが見られていたメンバーの顔は真剣さが増しているように感じる。グレーテルの言葉に思うことがあったのだろう。

 

「それなら一つ疑問なのだけれど……。」

「あら、何かしら、アリス?」

「さっきの口ぶりからすると、あなたがジャックへの告白を決めたのには他にも理由があるということかしら?」

 

 アリスがグレーテルに疑問をぶつける。その顔には既に動揺は浮かんでいない。もう感情の整理はついたらしい。彼女のいつも冷静な性格のおかげだろう。

 アリスの質問を聞いて彼女の言っていることが分かった。確かにグレーテルがみんなに発破をかけるためにさっきの話をしたのなら、それは彼女のジャックに告白する動機のすべてではない可能性が出てくる。もちろん動機の一部であることは間違いないだろうけど、恋愛感情を抱いていないのならばそもそもジャックに告白しなくてもいいはずだ。ジャック以外に相手がいないとしても、そもそも交際を望んでいなければ関係はない。

 

「赤ずきんには追求しなかったのに、私には追求するのね。」

「赤ずきんさんはジャックに恋愛感情を抱いているってはっきり分かったもの。でもあなたはそうじゃない。正直、恋愛について詳しく知りたいから、ジャックの恋人になろうとしている……そう言われたほうが納得できるくらいよ。私達は、心からジャックのことを愛しているの。もしあなたがジャックを愛していないのに、ジャックが受け入れてくれるから告白するというのなら、悪いけどやめてもらえるかしら。そんなの、ジャックが許しても、私は許さない。」

 

 鋭い視線でグレーテルを見据えながらアリスはそう宣言する。僕と言い合っていた時よりもずっと強い圧をグレーテルにかけている。下手な回答をしたら、実力行使で止めそうな様子だ。

 アリスの気持ちはわかる。グレーテルならアリスが言ったようなことを言い出しそうな気がしたからだ。正直今でも彼女がジャックに惚れていると言われてもピンとこない。そんな彼女がジャックの宣言を利用して恋人になるというのは、真剣にジャックを想っているアリスにとっては気に食わないだろう。僕も同感だ。グレーテルは確かに大事な仲間だけれど、それとこれとは話が別だ。というかそれは僕が言うべきセリフではないだろうか。みんなの様子を見ていたから、そこに気が付くのが遅れたせいで出遅れてしまった。

 

「もちろんそれはあるけれど、別にそれだけではないわ。」

 

 真剣な表情で自分を見つめるアリスの目を真っすぐに見ながらグレーテルはそう返す。しかしアリスの視線は依然鋭いまま。他の理由があるなら早く話せとその視線が物語っている。グレーテルもそれは分かったらしく再度口を開く。

 

「少し前に、私がつうと人魚姫に愛とは何かを聞いたでしょう?その時二人は話の中で、相手のことをもっと知りたいとか、相手とずっと一緒に居たいとか、そういう気持ちも愛の1つだと言っていたわ。」

 

 グレーテルの言葉で思い出した。数日前の女子会で確かに僕と姫はそんなことをみんなの前で聞かれたし、沢山の回答の中にはそんな意見もあった。確か前者は僕の意見、後者は姫の意見だったはずだ。

 

「私はジャックのことを誰よりも知りたいし、『これから』も『ずっと』私のそばにいてもらうつもりだもの。……二人の意見が正しいのなら、私のこの感情も、愛でしょう?私は、それを確かめたいの。」

 

 そう言ってグレーテルは笑った。それはいつものような冷たい笑みではなく、柔らかくて、温かくて、女の子らしい笑顔だった。少なくとも僕にはそう見えた。

 

「……そういうことなら、告白してくれても構わないよ、グレーテル。」

「おつうさん……。」

「あら、いいのかしら?」

「少なくとも僕には、君にもジャックへの想いがあるように感じたからね。……それに、僕はジャックなら君にも愛が何かを教えられるって信じている。だから、あとはジャックに任せるよ。」

「……確かにそうかもしれないわね。ジャックなら、きっと何とかするでしょうし……。」

 

 だから僕はもうこれ以上口出ししないことに決めた。彼女が全くジャックに対する想いを持っていないというのならばともかく、大なり小なり想いがあると僕は思ったのだ。ジャックの恋人としては、後はジャックが彼女のことも惚れさせることができると信じる方が正しいだろう。恋人を愛する人が増えるのを期待するのは変だとは思うけど、それを気にし始めるときりがないからそれは無視する。アリスも僕の意見に同感なようで、苦笑しながら引き下がった。ただその顔にはほんの少しだけ悔しさが浮かんでいた。僕が言った、ジャックを信じるということを、自分の口から言えなかったことが悔しかったのかもしれない。アリスはさっき僕の言うべきセリフを代わりに言ってしまったのだから、これくらいは許してほしい。

 

「さて……、それじゃあ、次は誰が話す?」

 

 グレーテルの話が一段落したところで話を僕達のやり取りを黙ってみていた他のみんなのことに戻す。これで告白するのが決まったのは3人。ペースとしては遅くないけれど、できればもう少し急ぎたい。今晩の間に後7人の話を聞かないといけないのだ。特に幼いラプンツェルと就寝する時間が早い眠りが寝てしまうかもしれないから、その前にこの二人の話も聞いておきたい。まだ幼いラプンツェルが恋愛について理解しているかは別にして。

 

「あの……。」

「ん?次は白雪がいくかい?」

「その……もともと白雪の番でしたから……。」

「そうだね……。それで、君の意見は?」

 

 僕の言葉を受けて最初に手を挙げたのは白雪だった。その顔はさっき赤ずきんにいきなり水を向けられた時のように真っ赤だったけど、その瞳にはしっかりとした意思が宿っていた。そんな彼女を緊張させないようにできるだけ優しく問いかけると、彼女は一度大きく深呼吸をしてから、胸に手を置いて話し始めた。

 

「白雪も、ジャックさんに、告白しようと思います。……その、白雪はもともと、ジャックさんのことが好きだったんです。」

 

 白雪もジャックに告白する決意をしたようだ。それに加えて、今までの人が何かしら胸の内を明かしたからか、彼女も胸の内を話し始める。僕達はそれを邪魔しないように黙っている。

 

「でも白雪は自分に自信がなくて……告白しても、受け入れてもらえるわけないって、諦めていたんです。……でも、このまま何もしないで、自分の気持ちを隠し続けるなんて嫌だって、人魚姫さんやグレーテルさんのお話を聞いて思ったんです。だから……白雪は、もう逃げません。ちゃんと自分の気持ちをジャックさんに伝えます。」

 

 白雪は真っ赤な顔で可愛らしく笑いながらそう言った。白雪がジャックのことを想っていた、というのは全く予想できなかったということはなかったし、彼女が自分に自信を持てない人間だというのも、前の世界で知っていた。その彼女が、こうして前に進もうと決意してくれた事実は、彼女の仲間として嬉しかった。

 

「わ、わたくしも、その……!」

 

 白雪の話が終わったと同時に次はシンデレラが声をあげた。前の世界の幼い姿の彼女の印象が強い僕には、まだ付き合いの浅い、今の成長した彼女の内心は分からない。けれど、彼女の真っ赤な顔を見れば、何を言おうとしているかは大体分かる。

 

「わ、わたくしもアリスさん達と同じ気持ちですの……。ですから、前とは違って、今度こそきちんと成功させてみせますわ。」

「………………ん?ちょっと待ったシンデレラ。」

「はい?」

「前と違ってってなんのことだ?それに、今度こそ成功って……。」

「………あ………。」

 

 シンデレラの発言に違和感があった僕はそれを聞いてみる。シンデレラは僕の指摘を受けて初めて気が付いたらしく、失言してしまったとでも言いたげな様子で口に手を当てる。

 その表情を見て、告白の話をしている最中に飛び出した意味深な発言を聞いて、なんだか少し嫌な予感がする。聞かないほうがよかったような気もするけど、もう質問してしまったのだからどうしようもない。

 

「え、えぇとっ……その―」

 

 僕と同じように思ったらしく、みんなも視線を向ける中、シンデレラは口を開く。案の定というか何というか、その内容に頭が痛くなる僕だった。何せ―

 

「…………告白まがいのことをされたのに気づかずにスルーしたって…………。」

「ジャックのやつ…………。」

「……鈍い……。」

 

 シンデレラが語ってくれたのは、彼女とジャックの過去の一幕。シンデレラが黎明の屋上で血式リビドーに襲われていたところにジャックがやってきて、彼女がジャックに胸の内を吐露した場面。その内容を聞いて僕達は呆れてしまった。

 シンデレラがジャックに言ったことは、少し考えれば分かるくらい率直な告白だった。あなたに見てもらいたいがために綺麗になりたい、だなんて、子供でも分かりそうな内容だろう。折角シンデレラが、あの自分に自信を持っていないシンデレラが勇気を出して告白したというのに、ジャックは気づかなかった。あろうことか聞き返した。そのせいで羞恥が限界に達した彼女が誤魔化してしまったために告白は失敗したと、そういうことらしい。あまりのジャックの鈍感さに頭を抱える。鈍い鈍いと思ってはいたけど、まさかここまでとは思っていなかった。

 

「シンデレラ……何というか……ごめん、ジャックのやつが……。」

「い、いえっ。おつうさんに謝っていただくことではありませんわ。……それに、もしあの時成功していたとしたら、今のようにはならなかったかもしれませんもの。これでよかったのですわ。」

「……ありがとう、シンデレラ。」

 

 恋人として申し訳なくなった僕が思わず謝ると、彼女は慌てたように僕にそう言ってくれた。そして微笑みながらそれでよかったと言ってくれる。彼女個人とすればジャックを独り占めできる機会だったのにも関わらず、今のほうがいいと言ってくれるのは、シンデレラも姫と同じように、みんなで幸せになるほうがいいと思っているからだろう。他人を思いやれる彼女の優しさが感じられる言葉だった。

 

「どういたしまして、ですわ。……それで、次はどなたが話されるんですの?」

 

 彼女の優しさにお礼を言った僕に笑顔で答えたシンデレラは、次に話す人は誰かとみんなに呼び掛けていた。あと残っているのは5人。かぐや姫、眠り、親指、ハーメルン、ラプンツェル。この中でどうするのかが分かりやすいのは―

 

「……次は……ボクの番……。」

 

 ―今声をあげた眠りだろう。もう夜遅い時間なのに彼女が起きているというのは、彼女もそれだけこの話し合いが重要だと思っていくれているからだろう。

 

「そうか……じゃあ眠り、君の答えを聞かせてくれ。」

 

 僕の問いかけに彼女は少し顔を赤らめながら口を開く。ただその表情は満面の笑みだ。それだけで、彼女の答えは予想できる。

 

「……ボクも……ジャックが大好き……。……だって……王子様……だから……。」

「お、王子様!?ジャックが!?」

「……ん……!ずっと……前から……ボクの……王子様……!」

 

 眠りの答えはやっぱり予想通りだった。でも彼女の口から王子様という言葉が出てくるとは思わなかった。それは親指も同じだったらしく、驚愕した様子で妹に聞き返している。姉の質問に眠りは先ほどと同じ満面の笑みで答える。その笑顔にそれ以上追求する気がそがれたらしく、親指は引き下がった。

 ずっと前から、という気になる言葉がまた出てきてしまったけど、またシンデレラの時と同じようなことになりそうだったから聞くのはやめる。それに、眠りの表情を見れば彼女が本当にジャックのことを愛しているというのは十分理解できた。赤ずきんがジャックのどこを好きかを話すのを躊躇ったように、話したくない―自分の胸の中にしまっておきたいこともあるだろう。

 

「ははっ、確かにジャックは王子さまかもしれないね。なんたって、僕や姫を救ってくれたんだから。女の子を命がけで助けるなんて、物語に出てくる王子様そっくりだ。」

「……ん……!」

 

 代わりに、眠りに対して笑いながら同意してあげる。僕の支持が得られたからか、彼女はとてもうれしそうだった。

 前にジャックは自分のことを、まだまだ王子様らしくないと言っていたけど、改めて考えれば、ジャックにはもう王子様を名乗れるだけの実績がある気がする。振る舞いや言葉遣いなんて上辺だけのものではなく、優しさや他者を思いやる精神性といった面で、彼には王子様の資格が既にあると僕は思う。

 

「……ラプは……どう……?」

 

 彼女の話はそこで終わりらしく、次の人に話を振っていた。ただ選んだ相手がよりにもよってラプンツェルだった。てっきり姉の親指に話を戻すのかと思っていたのに。そもそも幼いラプンツェルが恋愛について理解できているかも分からないのだから、彼女についてはもう少し大人になってから改めて話をする、というのでもいいのではないのだろうか。

 

「ラプンツェルもじゃっくのことすきだよ?」

「うーん……これはどっちなんだろう?」

 

 僕と同じことを思ったらしく、ラプンツェルの返事を聞いた赤ずきんも渋い顔をしていた。

 そんな僕達に様子を見て思うところがあったらしく、ラプンツェルが再度口を開く。どうやらまだ補足があるらしい。

 

「あのね、じゃっくとおはなししてると、むねがどきどきするんだー。あと、なんか、それはじゃっくにおしえたくないっておもう。」

「これは……脈ありなんじゃないか?」

「うん……ありそうだよね、今の言葉。」

 

 僕の言葉に今まで黙っていた姫が答えてくれる。どうやら姫も同意見らしいけど、まだ幼いと思っていたラプンツェルがそんなことを言い出すなんて想像していなかったからかなり驚いた。

 まだそれが愛という感情だというのは分からないらしいけど、彼女の反応は間違いなく恋心からのものだろう。経験者である僕達には分かる。そして彼女にも恋愛感情があるのなら、止める資格は僕達にはないだろう。ジャックがどう判断するかに任せた方がいいはずだ。決めるのは当事者たちなのだから。

 

「それにね、じゃっくはラプンツェルとこどもつくるってやくそくしてくれたもん!」

「…………………………どうしてそうなったんだい?」

 

 ラプンツェルの口から飛び出した爆弾発言にその場の空気が凍る。アリスなんか真っ白になって固まってしまっている。正直僕も気絶しそうになったけど、彼女の血式リビドーが子供を欲しがることだというのを思い出したのでギリギリ耐えられた。

 

「みこがね、こどものつくりかたをおしえてくれるひとがうんめいのひとで、そのひととこどもをつくるんだっていっててね?じゃっくがじぇいるからでられたらおしえてくれるっていったの。だから、じゃっくがラプンツェルのうんめいのひと!」

「あー…………。」

 

 ラプンツェルの言葉に何とも言えない微妙な心境になる。それはみんなも同じだったようで苦笑いしているメンバーが多い。ジャックの身から出た錆だと言ってしまえばそれまでだけど、情状酌量の余地はありそうだ。

 おそらくラプンツェルが視子さんに子供の作り方を聞いた時に、ジャックもその場にいたのだろう。彼女が子供を欲しがるのは今に始まったことではないし、それが彼女の血式リビドーなのだから仕方ない。そして視子さんにラプンツェルが聞きに行くのも、そこにジャックが偶然居合わせるというのも、可能性としてはありうる。その時に話の流れでそんな約束をするに至ったのだろう。正直そこに至る過程に何があったのかは謎だけど、絶対にないとまでは言い切れない。いや本当に謎だけど、それは今度視子さんにでも直接聞いた方が早い。

 

「あ、ラプちゃん、ジャックさんの恋人になったら、ジャックさんはきちんと約束を守ってくれるよ?」

「ほんとに!?」

「ちょっ!?人魚!?何やってんの!?」

「え?」

「いや、そんなきょとんとした顔しない!!ラプはまだ子供なんだよ!?」

「でもラプちゃんもジャックさんのことが大好きみたいだし、仲間はずれにするのは可哀そうだよ。それにジャックさんが約束したのは事実みたいだから、その責任はきちんと取ってあげないとラプちゃん泣いちゃうよ?」

「う……それはそうだけど……。」

「何も今から子供を作ろうとするわけでもないんだし、ジャックさんもそれは分かってるだろうから、私達も注意してれば大丈夫だよ。」

 

 僕がラプンツェルに何と言おうか考えていたら、姫が先にラプンツェルに話しかけていた。内容は赤ずきんが言っていたように問題がありそうなものだったけど、前に僕やジャックにしたのと同じように、反論しにくい理由をあげて納得させていた。どうやら姫は、血式少女全員をジャックの恋人にする気満々らしい。それは一応予想していたけど、グレーテルの話を聞いて一段と気合が入ったのかもしれない。

 とにかく、こうなったら姫はもう止まらない。少なくとも、僕には止められない。止められるのなら今の状況はない。ラプンツェルのことは、ジャックの良識と僕達全員の良心でどうにかするしかないだろう。

 

「あ、ハーちゃんはどう?」

 

 赤ずきんを黙らせた―正確には反論をつぶして引き下がらせた―姫が今度はハーメルンに声を掛ける。ここでもまた親指は飛ばされていた。親指のほうが分かりやすいと思うのだけど。

 ラプンツェルと同様に、恋愛感情を理解していなさそうなハーメルン。案の定、彼女は微妙な顔をしていた。どうやらいまいちピント来ていないらしい。そんな様子を見て姫が声を掛ける。何故か、既視感を覚える光景だった。

 

「ハーちゃん、ハーちゃんはジャックさんと一緒にいると楽しい?」

「む?……うむ、それはそうだな……。」

「じゃあ、ジャックさんと手を繋いだりした時、ドキドキする?」

「んー……おぉ、確かにしたな!」

「ジャックさんとずっと一緒に居たい?」

「それはそうだ!ジャックにはワレとずっと歩いていてほしいと思っているぞ!」

「それが、好きってことだよ、ハーちゃん。」

「そうなのか?」

「うん!だからね、ハーちゃんのみんなと一緒にジャックさんの恋人になったらいいと思うな。そうしたら、ジャックさんとずっと一緒に居られるよ?」

「おぉ!そうか!ならワレも―」

 

 完全に誘導尋問だった。ハーメルンの気持ちを聞き出して、それを尊重してはいるけど、ハーメルンの気持ちを表す言葉を姫が与えているせいで、常識が欠けているハーメルンは姫の言葉を疑うことなく信じてしまっている。そのせいで姫の用意したレールの上を歩いているだけにしか見えない。渦中の2人は楽しそうに笑っているけど、それを傍から見る他のみんなも、笑顔でハーメルンを操っている姫に顔を引きつらせていた。ただ、さっきの赤ずきんとのやり取りを見ているからか、誰も姫の言葉に口を挟まない。この時点でハーメルンがジャックに告白するのはほぼ確定だ。

 

「……なんだかすごいことになってきましたね~。」

 

 みんなと同じく姫にドン引きしていたかぐや姫が、長い沈黙を破って声を発した。今までみんなの話を聞くだけで自分から発言することのなかった彼女が口を開いたことで、みんなの視線が集中する。姫とハーメルンも話を中断してかぐや姫を見ていた。ちなみにさっきまで2人はどんな風に告白するのがいいかを話していた。正確には、姫がハーメルンにアドバイスしていた。

 

「まぁ、それは否定しないよ……。……それで、君は?」

「わらわですか?わらわもジャックにはこれからもずっと一緒にいてもらうつもりでしたよ~?」

 

 僕の質問にかぐや姫はあっさりと答えた。他のみんなのような照れた様子もない。グレーテルのように感情表現が苦手というわけでもない彼女がこんな淡白な反応をするというのは意外だった。彼女も多少なりと照れるなり恥ずかしがるなり反応すると思っていたのに。

 

「待ってかぐや姫。一応聞いておくけれど、これからもジャックをこき使うつもりだから……なんて言わないわよね?」

 

 彼女の反応に違和感を持ったのは僕だけではなかったらしく、アリスがかぐや姫のほうに顔を向けながら質問していた。ただその視線は鋭い。この世界ではかぐや姫はよくジャックに部屋の掃除やお使い、マッサージといったことを頼んでいるらしいけど、アリスはあまりそのことをよく思っていないと聞いた。かぐや姫がジャックを恋人という名の小間使いにするつもりではないかと心配、もとい疑っているらしい。

 問われたかぐや姫は少し怒ったような表情で反論する。疑われているのが不満なのだろう。

 

「……別にそんなんじゃありません。そもそもジャックのことを本当に下僕と思ったこともありませんし~。……ジャックが甘やかしてくれるから、甘えてしまっているだけです。」

「なら、どうしてジャックの恋人になりたいの?」

 

 そんなかぐや姫の様子を受けてもアリスの追及は終わらない。ジャックのことだから人一倍過敏なのだろう。

重ねて聞いた質問は、より直接的だった。それにかぐや姫は少し嫌そうな顔をしていたけど、渋々といった様子で再度口を開く。

 

「……はぁーっ。……ジャックには一つ、大事な約束をしてもらっていますからね~。そのために、ジャックにはわらわのそばにいてもらわないといけない……。そういうことです。」

「約束?どんな約束をしたというの?」

「それは秘密です~。二人だけの、大切な、約束ですからね~。……とにかく、わらわはジャックにそばにいてもらうつもりです。それは、誰に何と言われても変わりませんよ~?」

 

 からかうような声と表情でかぐや姫はそう話を締めくくった。二人だけの、と、大切な、が強調された話を聞いてアリスは少し苛ついている様子だったけど、やがて溜息を吐いてかぐや姫から視線を外して口を閉じた。納得はしていないけど反論はしないということだろう。

 かぐや姫の言葉で、彼女の態度の理由が分かった。彼女の反応が淡白に見えたのは別に何も感じていなかったからじゃない。これからもジャックと一緒にいるということが。彼女の中では既に決まったことだったのだ。だから今更動揺することもなかったと、そういうことだろう。

 とにかく、これで残るはあと一人。結局最後になってしまった彼女に声を掛ける。

 

「……親指。」

「っ!!」

 

 僕の呼びかけに彼女は顔を真っ赤にして縮こまる。順番的に自分に回ってくることは分かっていただろうにこれだけ緊張するのは、どうするか未だに決め切れていないからだろう。が、もう彼女しか残っていないのだから仕方ない。

 

「親指、いい加減素直になったら?みんなあんたがジャックをどう思ってるかなんて分かってるよ?」

「す、素直にって何よ!?わたしは……わたしはっ別にジャックのことなんてっ……!!」

「親指姉様……。」

 

 どこまでも素直でない親指に赤ずきんが呆れたようにそう言うと、親指は真っ赤な顔でジャックへの好意を否定していた。それを聞いて白雪が悲しそうな顔をする。このままでは親指だけが仲間外れになってしまうことを心配しているのだろう。他のみんなも二人と大体同じような反応だ。

 しかし、そのどちらとも違う反応をする少女が一人。

 

「そう。じゃあ、親指姫はジャックの恋人になりたいわけではないのね。なら、親指姫以外のメンバーで話を続けましょうか。」

 

 アリスである。彼女は親指の発言を受け、彼女を外して話を進めようとする。その視界に既に親指は入っていない。

 そんなアリスの様子を見て、親指が慌てたようにアリスに声を掛ける。このまま話から外されてしまったら、もうジャックの恋人になるという話がなしになってしまうと思ったのかもしれない。

 

「ちょっ!?ちょっと待ちなさいよ!!」

「あら、親指姫、まだいたの?もう夜も遅いし、部外者のあなたは部屋に戻ってくれてもいいのよ?」

「なっ!?なんでわたしだけ追い出そうとすんのよ!?」

「だって、ここはジャックの恋人になりたい血式少女が集まって、これからの話をする場だもの。ジャックの恋人になりたいわけではないあなたは部外者でしょう?」

「そ、それなら人魚姫だってそうじゃない!!」

「彼女がきっかけでこういう話し合いが必要になったのだから、彼女は関係者よ。」

 

 声を荒げる親指とあくまでも冷静なアリスの言い争いは、アリス優位のまま激しさを増している。正確にはアリスの様子は変わらず親指のボルテージだけが上がってきている。

 アリスの行動に違和感がある。彼女は普段人を不必要に煽るようなことはしない。そんな彼女が親指に対しては妙に喧嘩腰だ。ジャックのことを大切に思っているから、ということを考えても不自然に感じる。

 ただこのまま静観していても仕方がない。アリスの行動の意図は気になるけど、それが分かる前に二人の喧嘩が取り返しのつかないレベルになる可能性もある。

 

「待って。」

「グレーテル……。でも……。」

「アリスが意味もなくあんなことをするとは思えないわ。もう少し様子を見ましょう。」

「それは僕も分かってるけど、このままじゃ……。」

「いざとなれば全員で抑えにかかればいいのよ。これだけ人数がいれば問題ないわ。」

 

 二人を止めようと彼女たちに近づこうとする僕をグレーテルが止める。彼女もアリスの不自然な行動に気づいていたようだけど、彼女はアリスにもう少し任せたいらしい。衝突が激しくなっても力ずくで止めるつもりのようだ。でももしそんなことになったら確実に大騒ぎになってしまう。それを聞きつけてジャックが戻ってきてしまうどころか、他の黎明の職員さえ集まってきかねない。そんなことになってしまうのは避けたいのだけど。

 そんな風に僕とグレーテルが話している間にも、アリスと親指の口論は続く。

 

「大体なんであんたが仕切ってんのよ!?話し合いの原因だっていうんなら人魚姫が仕切ればいいじゃない!!」

「最初の司会進行は赤ずきんさんがやっていたわ。そのあとは話の流れで変わっていたでしょう?今は誰も喋らなかったから私が話しているだけよ。」

「……そ、そもそもなんでジャックへの告白をあんたが止めんのよ!?あんたにそんな権利ないじゃない!!」

「私は、本気でジャックを愛していないならやめてと言っただけよ。……第一、あなたには関係ないでしょう?ジャックのことを愛していないあなたには。」

「っ!!それはっ…………。」

「……どうやらもう言いたいことはないみたいね。そろそろ話を戻して―」

「ま、待ちなさいっ!!」

「……何かしら?親指姫。」

 

 アリスがジャックのことを話題に上げると、またしても親指は黙ってしまった。それを確認したアリスは親指から視線を外す。まるで話はもう終わりと言わんばかりに。それを見た親指はアリスに大声で呼びかける。それに面倒くさそうに振り返るアリス。そのアリスに親指は―

 

「わ、わたしも、わたしもっ……ジャックが好きっ!!」

 

 そう、はっきりと宣言した。顔を真っ赤にしてスカートの裾を両手で握りしめ、目を固くつぶってそういった彼女は紛れもなく一人の恋する乙女だった。

 

「どうして?」

「なっ!?わたしはちゃんと言ったじゃない!?なんでまだ聞いてくんのよ!?」

「ジャックのどこを好きになったの?若しくはいつ好きになったかでもいいわ。」

「って聞いてないし!?なんであんたわたしにだけそんなあたりが強いのよ!?」

「言えないの?やっぱりジャックのことを愛してな―」

「わ、分かった!!言う!!言うからっ!!」

「そう、じゃあどうぞ?」

 

 しかしアリスはまだ納得しない。親指にさらなる質問を投げかけていた。それにはたまらず反論していた親指だったけど、アリスが引かないのが分かって諦めていた。

 アリスに促されて一瞬ひるんでいた親指だったけど、すぐに一度深呼吸をして覚悟を決めていた。またアリスに話を振り出しに戻されてはかなわないと思ったのだろう。

 

「わ、わたしがジャックを好きになったのはっ!白雪とネムと三人で誕生日を祝った後!その話をしにジャックの部屋に行った時っ!!準備に疲れたわたしの頭を撫でてくれた時に、あいつの手が大きくて、温かくて、男の人の手ってこんなんだなって思ったらなんか急にドキドキしてきてっ!わたしがツンケンしても許してくれて、いつも人のことを気遣ってくれる優しいところとかが目に付くようになってっ!人の心配はするくせに自分は無茶するところがほっとけなくなってっ!ついいつもあいつのことを目で追うようになっちゃってっ!いつの間にか目が離せなくなっちゃったのよ!!……これがわたしがジャックを好きになった理由よ!!悪いっ!?」

 

 そうして親指の口から飛び出してきた言葉の熱量はかなりのもので、そばで聞いていた僕達も驚いてしまった。もう夜遅い今、驚いた人たちが様子を見に来るのではないかと心配になるほどの声量だった。恥ずかしさが頂点に達してしまったのか最後には逆ギレ気味になっていたけど。

 

「なんだ、ちゃんと言えるんじゃない。」

「…………は…………?」

「私達にさえ素直になれないようではジャックに告白するなんて無理だと思って、わざわざ言わせてみたのだけど……これなら、大丈夫そうね。」

「ア、アリス……ま、まさかあんた、そのために……?」

「えぇ。」

「…………アリスぅぅぅぅっ!!」

「お、親指姉様!落ち着いてください!」

「お気持ちは分かりますがこらえてくださいまし!場所と時間を考えてくださいませ!」

 

 それを受けたアリスはヤレヤレといった様子で親指に言葉を返していた。どうやら彼女も、グレーテルと同じように発破をかけるというか、踏ん切りをつけさせるつもりだったらしい。彼女のらしくない行動の理由が分かった。ただ、親指はアリスに弄ばれた形になったために、その様子を見てアリスに飛び掛からんばかりに怒っていた。白雪とシンデレラに止められていなければ本当に飛び掛かっていただろう。

 何はともあれ、これで10人もの血式少女がジャックの恋人になることを望んでいることが明らかになったわけだ。既に恋人になっている僕を合わせると、実に11人もの女の子に惚れられていることになる。よくもまぁこれだけの少女に惚れられたものだと、感心半分呆れ半分といった心境だった。

 

 

 

 

 

でも―

 

 

 

 

 

「良かったですね、姫。」

「……うん。あとはジャックさんが受け入れてくれるかどうかだけど……。」

「大丈夫でしょう。ジャックが、約束を破るとは思えませんからね。」

 

 まだ怒りの収まらないらしい親指を宥めるために、彼女の周りに集まり始めたみんなを見ながら、その輪に入らずに外からみんなを見ていた姫に近づいて声を掛ける。僕の言葉に姫が軽く微笑みながら少しだけ不安そうにつぶやいた言葉を、僕は笑顔で一蹴する。僕は全く心配していない。優しいがゆえにみんなを傷つけることをよしとないジャックは、最終的にはみんなのことも受け入れるに決まっている。本人にとっては予想外の結果になるだろうから、頭を抱える回数は一度や二度では済まないだろうけど。

 これで、姫が目指すみんなで幸せになるという目標にまた一歩近づいた。恋人の願いが叶うこと、そして僕の大切な人たちが幸せになろうとしていることが嬉しい。

 この世界で、みんなで幸せになる。姫が願い、僕も望んだそんな未来は、もうすぐそこまで来ている。あと一歩踏み出せば、あるいは少し手を伸ばせば届くところまで。そんな確信がある。

 その確信を胸に、姫の手を取ってみんなのほうに向かう。姫は僕がいきなり手を取ったことに驚いていたけど、すぐに握りかえしてくれた。みんなが繰り広げている喧噪が、僕達がウィッチクラフトに願ったものの証明なのだろう。そこにもう少しだけ幸せを足すために、僕達は今の状況を生み出した。そして、まだもう少しだけやることがある。

 まずはみんなを落ち着かせて、告白についての詳細を詰めよう。順番とか、日時とか。そうして最後までやり遂げて、みんなが無事にジャックの恋人になれて初めて、僕達の望んだ幸せな終わりがやってくるのだから。

 

 

 

 

 

 

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