幸せな終わり   作:ラバジョゼ

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幸せな終わりの終章

物語は遂に、幸せな終わりを迎える―新しい物語の幕を開けるために。


幸せな終わり

「…………………………もう一回言ってくれ。」

「……………この度、血式少女のみんなと恋人になったので、その報告に来ました……。」

「…………………………嘘だろ?」

「……………いいえ……。」

「…………………………12人全員か?」

「人魚姫さんはつうの恋人なので……………11人です……。」

「つうは人魚姫の恋人だって話じゃなかったか?」

「僕は姫の王子さまですけど、女なので。ジャックは僕にとっての王子さまになってくれたんです。」

「だから、おつうちゃんはわたしの王子さまで、ジャックさんのお嫁さんっていう一人二役ということになったんです。」

「…………………………そんな地獄に突っ込むとか、弱みでも握られたのか?」

「握られてませんよ!?っていうか地獄って何ですか!?」

「いや、だってお前…………こいつらだぞ?」

「僕もみんなのことを大切に思ってますから!確かに僕が告白された側ですけど、それを受け入れたのは僕の意思ですって!!」

「マジかよ……。」

「ちょっとハルさん!!流石に色々ひどくない!?あたし達だってちょっぴり普通じゃないだけでちゃんと女の子なんだよ!?」

「いや、アリスの嬢ちゃんとかならともかく、お前やグレーテルあたりは流石に信じられなくてな……。」

「あたしの扱いあいつと同列!?」

「それはそれでグレーテルに失礼な気がするのだけど……。」

 

 赤ずきんの心からの叫びが作業場にこだまする。話し始めてまだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、もう状況が混沌としてきた感じがする。

 ハルさんの作業場では今、僕、姫、ジャック、アリス、赤ずきん、ハルさんの計6人が集まって話をしている。僕達が作業場を訪ねる前はくららが来ていたらしいけど、僕達と入れ替わる形で帰ってしまったらしい。彼女もいれば、姫の紹介の後に一緒に説明ができたのに。

 血式少女全員での話し合いから三日。時刻はまだ昼前。晴れて全員がジャックの恋人になれた今、その報告をするために僕達は代表者数名でハルさんや視子さんといった関係者を訪ねることになった。作業場が最初。次は視子さんのいる救護室に行くつもりだ。

 ジャックへの告白については、ジャックと当人の2人きりの状況で行われたため詳細は知らない。お互いの告白を邪魔しないし覗きもしない。ただし一応結果の報告はすること。それがあの日の夜に決めたルールだった。

 順番はくじ引きで決まった。公平を期すために、という理由だけど、最初は話し合いがなされていたものの、最後まで一番を熱望していたアリスに親指が強硬に反対したせいでこのままだと決まらないと分かったから、という理由もある。弄ばれる形になったのがよほど腹に据えかねたらしい。それと、時間をおいて冷静になるとまた恥ずかしくなって失敗しかねないから、というのもあると言っていた。しかもかぐや姫もアリスが一番というのに反対していた。彼女は彼女でアリスの自分に対する態度に思うことがあったようだ。結局はアリスがくじ引きでも一番を引き当てていたせいで二人はかなり悔しそうだったけど。アリスの執念、もとい愛の勝利である。

 順番こそ決まったもののみんなが張り切った結果、告白自体は全員1日で終わった。けれどアリスを最初に始まった告白11連続に、僕の告白の衝撃から休みなしだったジャックはとうとう精神的に限界に達してしまったらしく、みんなからの告白が終わった次の日は、黎明の屋上でぼんやりと視線を虚空に彷徨わせながらピクリとも動かなかったらしい。偶々そのジャックを目撃し、心配になって声を掛けたマモルとヒカリ曰く、あそこまで疲れた声を出すジャックは独房に囚われていた時でさえ覚えがないらしい。朝からジャックの姿が見えないと心配していた僕達はそれを聞いてすぐにジャックのところに行こうとしたけど、2人に止められてしまった。ジャックがしばらく一人になりたいと言っていたからと。

 僕達はその日の夜、全員でジャックに謝った。流石にもうちょっとペースを考えるべきだった。自分達の気持ちを優先するあまりジャックのことを考えていなかった、と。いきなり大勢から告白されれば混乱するのは、少し考えれば分かることなのに。ジャックの恋人になりたかったのに、その相手を困らせてしまったとみんな落ちこんでいた。

 ただ、ジャックのほうもまさか告白したことを謝られるとは思っていなかったらしく、慌てたように謝らなくてもいいと言ってくれた。ジャックも、告白してもらったこと自体は嬉しかったらしい。ただ姫のお願いを聞いた時はこんなことになるとはかけらも思っていなかったから、今後のことをいろいろ考えたり、そもそも自分がそんな風にみんなに好意を持たれるような存在か分からなかったりで気持ちの整理がつかなかったそうだ。それが、マモル達が目撃したジャックの様子の理由らしい。

 僕達にとってはジャック一人のことを考えればいいだけだけど、ジャックは僕達みんなのことを考えなくてはいけないのだから、単純計算で11倍は悩むことになるわけだ。疲れもするだろう。結果を急ぐあまり姫もそこを失念していたらしい。それを聞いてもう一度謝っていた。

 それにジャックは自分が女の子に告白されてそれを平然と受け入れられるような自信家ではない。突然大勢から告白されても実感は湧かないだろう。むしろ、普通の告白ではなく十人以上が一日で告白するなんて、質の悪い冗談だと信じてもらえない可能性もあった。ジャックの性格と、みんなとの信頼関係によって何とか信じてもらえたけど、それも僕達は失念していた。

 

 ―恋人というのは、互いに支えあうものだから、一人で悩まないでほしい。それに、ジャックは自分たちの好きな人なんだから、もっと自分に自信を持ってくれた方がわたし達も嬉しい―

 

 ジャックの言葉を聞いた僕達は、ジャックに笑顔でそう言っていた。それを聞いて照れたように、でもそれ以上に嬉しそうにはにかむジャックの笑顔が印象的だった。

 そんな風に思わぬところでつまずきかけてしまったものの、無事血式少女達とジャックが恋人になれた。それを受けて関係者にも報告しておくべきだろうという話になったわけだけど、ジャックが調子を取り戻した時は既に夜になっていたため、話をしに行くのは次の日にしようということになった。メンバーの選定基準は、まず当事者のジャック、この状況の原因である姫と僕、血式少女代表の赤ずきん、そしてジャックと恋人になったと言われて一番説得力があるアリス、ということらしい。

 そう決まったところでその日は解散となったわけだけど、今日みんなで朝食をとった後で代表の5人だけが食堂に再度集まってハルさんのところに行く時になって、予想外のことが起きる。急に赤ずきんがジャックの肩を抱き寄せたのだ。突然の行動にジャックを含めみんなが驚いていると、赤ずきんが理由を説明してくれた。彼女曰く、口で説明するだけよりも行動で証拠を示した方が早いというのが一つと、もう一つは折角恋人ができたのだから自慢したい、ということらしい。それを聞いてアリスも素早い動きでジャックの腕に自分の腕を絡ませていた。結果、ジャックは右には満面の笑みでジャックの肩を抱く赤ずきん、左には蕩けるような恍惚とした表情で腕を絡ませるアリスという両手に花の状態でハルさんのところまで行くことになる。ちなみにジャックは恥ずかしそうな様子だったけど、血式少女の2人に掴まれた状態からは逃げられないと分かっているからか一切抵抗しなかった。2人に体を押し付けられている状態だったからそれにドキドキしていたというのもあるのかもしれないけど。そんな2人の様子が少し羨ましくはあったけど、僕は少し前にジャックと二人で手を繋いで解放地区を歩いたばかりだし、何より2人の行動を見て姫も僕の腕に抱き着いてきたのですぐにそっちに意識を持っていかれることになる。

 そんな両手に花の状態で作業場に入ってきたジャックを見て、ハルさんは最初現実が受け止めきれずに石化していた。ジャックに呼び掛けられて正気を取り戻し、要件を聞いた後の第一声が、さっきの発言だったというわけだ。

 

「……………。」

「……ハルさんは、反対しますか?不誠実だって……。」

「まっ、反対されても聞く気はないけどねっ!」

「そうね。私も他のみんなも、誰に何と言われてもジャックの恋人をやめたりしません。」

「……あ、あの、その……ふ、二人ともちょっと腕を緩め……ごめんなさい何でもないです……。」

 

 僕達の話がどうやら冗談ではないらしいと気づいたハルさんは目を閉じたまま黙ってしまった。それを反対されていると受け取ったジャックはハルさんに不安げに声を掛ける。それに対しアリスと赤ずきんの2人はそれぞれジャックに触れている腕に力を籠めつつ声高に宣言していた。文字通りの意味で、誰に何を言われても聞く気はないのだろう。もっとも、僕も同じ気持ちだが。人に言われてやめるくらいなら、それくらいにしかジャックを想っていないなら、あれだけ悩んだりはしていない。

 一方そんな様子の2人と違い、ジャックは二人に対して真っ赤な顔で何か言おうとしてやめていた。アリスと赤ずきんがそれぞれ自分のほうに引き寄せるようにして腕に力を込めたから恥ずかしいのだろう。もしかしたら痛いだけかもしれないが。奇しくも僕が前に心配したような状況になっていることになる。まぁアリスと赤ずきんの間の雰囲気は僕の予想と違うけど。ちなみにジャックが黙った本当の理由は、二人が実にいい笑顔でジャックを見たからかもしれない。表情は可愛らしいものの、目が黙っていろと言っていた。そんなことをしているからハルさんの口から弱みを握ったなんて言葉が出てきた気がしてしょうがなかった。

 

「いや、別に反対なんてしねぇよ。よく考えてみりゃあ、それはそれでありだろうからな。」

「え?」

「……まぁ、流石に全員いっぺんになんてのは予想外だったが……。こいつらみてぇなクセの強い連中、どうせお前ぐらいしか相手できねぇだろうしな。だったら、生贄は少ないに越したことはねぇだろ。」

「い、生贄……ハルさん、さっきから思ってたけど、あたし達のことホントに何だと思ってるの……?」

「聞きてぇか?」

「……いや、いい……。」

「赤ずきん……。」

 

 ハルさんは事も無げに三人に返事をしていた。その表情はいつもの少しぶっきらぼうなハルさんそのもので、変わったところは一つもない。おかしくないと言ったことも、さっきのセリフも、どれも本心なのだろう。クセが強いとか生贄なんていうのが本心というのも嫌だけど。ただ赤ずきんと同じく、真顔で聞き返してくるハルさんに反論できる気はしない。正直思い当たることは一つや二つではない。

 ハルさんが言ったジャックしか僕達の相手ができないという言葉で、ふとグレーテルの言葉を思い出した。僕達血式少女の恋人になれるのは、同じく血式少年であるジャックだけ。もしかしたら、ハルさんもそこを分かっているのかもしれない。直接的な表現を使わないのは僕達を傷つけないためか。

 それと、ハルさんを見ていたらもう一つ思い出したことがある。それは、くららに聞いた噂。アリス達みんなと親密なジャックに誰も何も言わなかったこと。それは単にみんながジャック達の関係を好意的にとらえていたから、というわけではなく、人間離れした僕達に対する恐れもあったのかもしれない。文句を言ったら何をされるかわからないから何も言わない、といった風に。

 ただ真相は分からないし、正直あまり興味もない。大事なのは僕達自身が幸せかどうかなのだから。自分以外の血式少女の幸せは願ったけど、顔も名前も知らないような、しかも僕達に非友好的な人の幸せまでは、僕には願えない。僕の心にはそこまでの余裕はない。自分と自分の大切な人の幸せを願い、そのために努力するだけで精いっぱいだ。

 

「でも、それならさっきは何を悩んでいたんですか?」

 

 そんなことを考えているとジャックがさっきのハルさんの不自然な様子の理由を聞いていた。それは僕も気になった。僕達の関係のことを反対もせず、むしろ自然だと思うのならさっきの反応の理由が分からない。

 ジャックの質問を受けてハルさんは真剣な表情でジャックを見る。その顔を見て僕達にも緊張が走る。普段の気だるげでぶっきらぼうな様子とは違う真剣なハルさんの態度は、僕達にそうさせるだけのインパクトがあった。

 

「ジャック。」

「……はい。」

「死ぬなよ。」

「……はい?」

 

 ハルさんに呼び掛けられたジャックは真剣な表情で返事をしていたけど、続いたハルさんの言葉に首をかしげながら間の抜けた声を発していた。ただハルさんの言葉の意味が分からなかったのはジャックだけではなかったらしく、アリス達みんなもきょとんとしていた。僕も同じような表情をしているだろう。

 ハルさんがいきなりそんなことを言い出した意味が分からない。今から危険な探索に出るわけでもないこんな時に、何の脈絡もなくそんなことを言われても、その言葉の意味以上のことは分からない。それに込めたハルさんの思いを汲み取ることはできない。それはハルさんも分かっていたらしく、一つ溜息を吐くと再度口を開く。

 

「お前は血式少女達の恋人になったわけだが、恋人になった以上はそいつらを幸せにしてやらなきゃならねぇよな。」

「それはそうですけど……。」

「で、そのためにはまず何よりも生きてなきゃいけねぇわけだ。」

「それも、分かります。」

「そしてお前は、お前自身が思っているよりもずっと脆い。実際、つい最近も死にかけただろ。」

「あ……。」

 

 ハルさんの口から出た厳しい言葉にジャックが息をのむ。ここでその話が出てくるとは思っていなかったのだろう。

 ハルさんの言っていることは事実だ。僕達のように自衛できるだけの力がなく、にもかかわらず僕達とともにメルヒェンとの戦闘を行うことが前提になる探索任務に従事しているジャックは、黎明の人間、いや解放地区の中でもっとも命の危険が大きい仕事をしていることになる。それは、改めて考えるまでもなく分かっていたことだ。

 最近ジャックが死にかけた、というのは僕を庇った時のこと。確かにあの時ジャックが生き残ったのはほとんど偶然といってもいい。ジャックにはもう自分を責めるなと言われているけど、思い出してしまうと罪悪感を抱いてしまうのは避けられない。

 ハルさんはジャックのその反応を見てさらに言葉を続ける。

 

「お前がそいつらのために躊躇わずに自分の身を削れるってのは確かに誰にでもできることじゃねぇし、それ自体は立派かもしれねぇ。だが、それはお前の長所でもあり短所でもある。……お前は、お前の在り方や振る舞いは、お前のことを大切に思う奴をひどく不安にさせる。」

「…………ごめんなさい。」

「別に謝らなくてもいいさ。少なくとも、お前が一番に謝るべき相手は俺じゃねぇしな。……ただ、お前達をそばで見てきたからこそはっきり言うが、お前が死んだら、血式少女達の殆どは後を追うか心が壊れるかのどっちかだろうよ。いや、ブラッドスケルター化するほうが早いか?」

 

 ハルさんの口調は真剣ではあるけど怒っているようなそれではない。あくまでもジャックに対して語り掛けるかのような穏やかな口調だ。ただ、言っていることはひどく現実的で厳しい。ジャックは表情を硬くしているし、それはアリスや赤ずきんも同様だった。僕自身他人ごとではない。

 ジャックがもし死んだりしたら、という仮定でのハルさんの話は的を射ている。実際前の世界ではジャックが瀕死になったことによるアリスの暴走がすべての崩壊の引き金だった。ジャックもそれは理解している。ハルさんの言ったことを考えすぎだと否定することはできない。

 

「無茶をするな、とホントは言いてぇが、どうせお前は聞きゃあしねぇだろうからな。せめて、お前が傷つくことを悲しむやつがいることは忘れるな。……俺からはそんなところだ。」

「……はい。」

「……あぁ、まだあったわ。おい、赤ずきん。」

「え、あたし?」

 

 ハルさんの言葉に神妙な顔で頷いたジャックを見て軽く息を吐いたハルさんはそのまま作業場の奥に戻ろうとしていたけど、途中で何かを思い出したようで僕達のほうを振り返って今度は赤ずきんに声を掛けていた。真剣な表情でジャックとハルさんのやり取りを見ていた赤ずきんは、突然話の矛先が自分に向いたことに驚いたような表情で返事をしていた。

 

「そこの馬鹿が大事なら、お前らがしっかり手綱握っとけよ。お前らのほうがよっぽど強ぇんだから、本気で抑えにかかりゃあそうそう無茶もできんだろう。」

「……あははっ、確かにそうだね。うん、任せて!いざとなったら首に縄掛けてでも止めるから!」

「えぇっ!?」

「まっ、そん時は泣き落としちまえ。そいつも男なわけだから、俺がとやかく言うよりはお前らが一回本気で泣き落とした方が効果あるだろ。」

「……なるほど……。」

「アリス!?なるほどって何!?」

 

 表情をからかうようなニヤニヤ笑いに変えてハルさんが言った言葉に、赤ずきんはいいことを聞いたと言わんばかりの愉快そうな笑顔で、アリスは真剣な目と真面目な表情で返事をする。二人の様子に本気と悟ったジャックが悲鳴じみた声をあげていた。泣かれることか、首に縄をつけて引きずられることか、どちらに対してのものだろう。まぁ、両方か。

 そんな三人のやり取りを面白そうに見ていたハルさんは、ジャック達三人が本格的に話を始めたのに気づくと今度こそ僕達に背を向けて立ち去ろうとする。その背中に僕は笑顔で声を掛ける。

 

「ハルさん。」

「ん?なんだ、つう。」

「その……ありがとうございます。」

「……別に大したことはしてねぇよ。」

 

 ぶっきらぼうだけど本当は優しいハルさんは、大人として僕達、特にジャックに耳の痛い忠告と助言をしてくれた。どちらも、親しい間柄でないとしにくくて、当事者からだと気づきにくいことだ。ハルさんの言葉は、身内以外との関わりが希薄な僕達にとっては非常に価値のあるものだった。

 僕の言葉にハルさんは少し照れたような顔で返事をする。僕のお礼の言葉が恥ずかしかったようだ。素直にお礼を受け取るのが苦手なハルさんらしい反応だ。そこは僕の知る前の世界のハルさんと変わらないらしい。

 そんなハルさんの様子に笑みを深めた僕を見て、ハルさんはさっきまで照れ臭そうにしていた表情を見覚えのあるニヤニヤ笑いに変えていた。それを見て嫌な予感がした。

 

「あぁ、一つ忠告だ。」

「……何ですか……?」

「……調子に乗ってジャックを搾り取りすぎんなよ?」

「なっ!?」

「ジャックは一人しかいねぇんだから、全員が見境なく求めたらあっという間に干からびんぞ?」

「なななっ!?」

「赤ずきんはともかく、アリスもジャックのことになると歯止めが利かなそうだからな……。他にもヤバそうな奴がいることだし、一番まともそうなお前がしっかりあいつらの管理をしろよ?」

「いっ、いいいきなり何てことを言い出すんですかっ!?」

 

 ハルさんの口から飛び出した問題発言に心臓が飛び出そうなほど驚いた。今僕の顔は火が出そうなほど真っ赤になっていることだろう。僕の嫌な予感は当たっていたようだ。さっきまで真面目な話をしていたのに、いきなりなんてことを言い出すのだろうか。

 ハルさんが言っているのは、つまりそういうことだろう。そういう知識は一応あるし、僕達も年頃の男女なわけだから、そう言った欲求も、ないわけじゃない。このままジャックと僕達の仲が深まっていけばいずれはそういったこともすることになると、全く考えなかったというと嘘になる。ただ、僕達は恋人になってまだほんの数日だ。いくら何でも気が早いだろう。

 そもそも、そういった忠告は男であるジャックにするべきだろう。大人の男性であるハルさんが、仮にも女の子である僕にそんなことを言うのはどう考えてもセクハラだ。しかもさっきのハルさんの言葉は、僕達がジャックを襲うのが前提みたいな言い方だった。僕達のほうがジャックよりも力があるから、僕達がジャックに無理やり襲われても対抗できるけど、逆にジャックが無理やり襲われたら抵抗できないという現実があるとはいえ、そんな言い方をされるのは流石に心外だ―知的好奇心が強すぎて倫理を無視することが多々あるグレーテルとか、子供を欲しがっているラプンツェルとかが頭をよぎったせいで否定できなかったけど。アリスについてのハルさんの指摘も説得力がありすぎたけど。

 

「はははっ、まだまだガキだな。」

「ぐっ……!ひ、一つ貸しですからね、ハルさん!」

 

 僕の反応を見てハルさんは心底面白そうに笑う。僕にできたのは、そんな捨て台詞を吐くことだけだった。

 

 

 

 

 

「……疲れた……。」

「あはは……お疲れ様、おつうちゃん。」

 

 僕がハルさんに言い負かされたところで作業場での話は終わり、そのあとは視子さんをはじめとした人たちにも同じ話をしていった。マモル達といった交流の深い人たちへの説明は結局一日ほどかかった。

 そんなわけで、説明を何とか終わらせみんなで少し遅めの夕食を食べる時に、代表以外の血式少女達にも説明が一段落したことを説明した僕と姫は、夕食の後割り当てられた部屋へと帰ってきていた。部屋のテーブルに備え付けの椅子に沈んでテーブルに突っ伏しながらこぼした僕の心からの言葉に、隣の椅子に腰かけた姫は苦笑しながらねぎらいの言葉をかけてくれる。

 ハルさんの言葉で思わぬ精神的ダメージを受けた僕だったけど、僕がここまで疲れているのはそれだけが理由ではない。一部の人への説明が思ったよりも大変だったのだ。

 視子さん、ではない。視子さんは意外にもあっさりと受け入れてくれた。ハルさんと同じく、ジャックがみんなの恋人には適役だと思ったらしい。ジャックに、みんなを幸せにしてあげてね、と言ったくらいで何の反論もされなかった。一つ気になることがあったとすれば、刺されなくてよかったわね、とジャックにからかうような笑顔で言い、ジャックがそれに苦笑いしていたことくらいか。二人は大したことではないと教えてくれなかったけど。

 それはともかくとして、大人で常識人な女性、ということで倫理的なことで反対されると予想していた僕達は思ったよりもずっと簡単に済んだ報告に拍子抜けしてしまった。

 しかし、そのせいで最大の難関を突破できたと思って油断していた僕達には、予想外の伏兵がいた。それは、最後に話に行ったカエデとヒカリ。マモルやイツキ、タクミといった男性陣と一緒にいた彼女達に説明した時、2人は目を輝かせて僕達の話を聞いていたかと思うと、話が一段落した途端僕達を質問攻めにした。ジャックのどこを好きになったのか、いつから好きだったのか、どんな風に恋人として過ごしていくつもりか、といったことを、ジャックがいるから恥ずかしい、と言って渋る僕達に構わず根掘り葉掘り。

 しかも、ジャック他男性陣を追い出してまで2人は僕達の話を聞きたがった。ジャックがいるから恥ずかしいと言ったかららしい。若い女性としては知り合いの恋愛話、しかも一人の男を複数人が好きになって、その上全員が恋人になっているなんてレアケースを見逃すことはできないそうだ。ちなみに部屋を追い出されたジャック達には、ジャックがどう思っているのかを聞き出すようにマモル達に言っていた。それを聞いてジャックは恥ずかしがり、そのジャックにマモルはからかうような笑顔、イツキは苦笑い、タクミはノリノリな満面の笑みを向けながらジャックを連行していた。帰ってきた後のジャックもヘロヘロになっていたから、男性陣は男性陣で盛り上がっていたのだろう。

 それはともかくとして、2人からの質問攻めは実に数時間にも渡った。報告に行った順番が最後だったというのも悪かった。他の人にも報告に行かないといけないからまた今度、という風に断ることできなかったのだ。問題の先送りでしかないけれど、小分けにした方がずっと楽にはなる。それもできなかったのは辛かった。

 別に話をすること自体は嫌ではない。この世界の2人と交友を深めるのにはいい機会だし、そうでなくとも血式少女以外のメンバーと話をする時間というのは僕達にとっては貴重なものだから。ただ、内容が恋愛一色というのが精神的に疲れるというだけで。特に僕は姫の王子さまとして過ごした時間がある上に、ジャックとも女の子として恋人になっているという状況のせいで二人からの質問が集中したから非常に疲れた。

 本当は、このままさっさと眠ってしまいたい。けれど、まだこの後予定が入っている。それが終わるまでは頑張らなければならない。

 そろそろ約束の時間のはずだ、と思った丁度その時部屋の扉がノックされた。それを聞いて姫のほうを向くと、姫もそっと頷いている。軽く息を吸って扉の向こうの人に入室するよう呼びかける。僕の声を聞いて扉を開けた部屋に入ってきたのは―

 

「お邪魔します。」

「いらっしゃい、ジャックさん。」

「いらっしゃい……。」

「うん……って、随分くたびれてるね、つう……。」

「ははは……。二人の質問攻めは、正直もう二度と体験したくはないね……。」

「……本当にお疲れ様、つう。」

 

 ―僕の予想通りジャックだった。姫が夕食の席でジャックに、夕食後僕達の部屋に来るように頼んでいたのだ。話したいことがあるからと言って。ただ詳しい内容は僕もジャックも知らない。部屋で話すから、と言われたから聞かなかったのだ。そのジャックは部屋に備え付けのテーブルに突っ伏している僕を見て苦笑しながらそう口にする。そういうジャックも疲れていないことはないと思うのだけど、表面上は僕よりも元気そうだった。もしかしたら、精神的に疲れるのに慣れているのかもしれない。原因の一端を担う僕が言えたことではないけれど。

 そんなジャックは姫の勧めで姫の対面の椅子に腰かける。この部屋は二人が使えるくらい広い関係で他の部屋よりテーブルが大きいから、備え付けの椅子の数が四脚なのだ。

 

「わざわざこんな時間に呼び出してごめんね、ジャックさん。」

「いや、それは気にしなくていいよ、人魚姫さん。でも、話があるって……また、僕に頼みたいことでもあるの?」

「ううん、そうじゃなくてね、改めてお礼がしたかったの。」

「お礼……?」

 

 椅子に腰かけたジャックに姫が声を掛ける。ジャックは前半は軽く微笑みながら柔らかな雰囲気で、後半は少しだけ真剣な雰囲気で返事をする。また数日前のような驚きのお願いが飛び出すと思ったのかもしれない。姫もそんなジャックの内心が分かったのか、ジャックに笑いかけながら否定していた。ただジャックにはお礼を言われる心当たりがなかったらしく不思議そうな顔をしていた。

 

「ジャックさんには色々してもらったから。生き返らせてもらうこととか、おつうちゃんやみんなと恋人になってもらうこととかね。だから、そのお礼。」

「それは……僕は大したことはしてないよ。人魚姫さんを生き返らせたのはつうの力が大きいだろうし、みんなのことも、僕自身は告白されただけだからね。しかも、肝心の気持ちもまだ曖昧だし……。」

 

 姫の言葉にジャックは苦笑しながら首を振る。その顔には罪悪感が浮かんでいるように見える。姫を生き返らせた時のことはともかく、後者に関してはみんなから向けられている異性としての好意に対して、自分が同等のものを返せていないことを気にしているのだろう。僕達がまだそれでもいいとは言っているとしても気になるらしい。ジャックならそう考えるのも自然だろう。

 そんなジャックの言葉に姫は首を横に振る。そして微笑みながら口を開く。

 

「どれも最初のきっかけはジャックさんだよ。ジャックさんが記憶を取り戻してくれたからわたし達は今ここに居るし、ジャックさんがわたしのお願いを聞いてくれたからみんなは前に進めたの。だから、ジャックさんのおかげだよ。」

「人魚姫さん……。」

「気持ちのことも大丈夫。みんなにとって大事なのは、可能性があるかどうかなんだから。みんなが、ジャックさんが愛してるって自信を持って言えるようにしてくれるはずだもん。」

「そうだよ、ジャック。君はもっと、胸を張っていいと思う。……今のみんなの幸せは、間違いなく、君のおかげだ。」

 

 ジャックは驚いたような表情で姫の話を聞いていた。そんな風に思われているとは考えていなかったのだろう。

 でも、僕も姫の言う通りだと思う。ジャックが記憶を取り戻し、僕のことを身を挺して守ってくれたから、僕は記憶を取り戻した。ジャックが方法を考えてくれたから、姫は生き返った。ジャックの決意があったから、みんなは告白した。今の状況を作っていることの全部にジャックが関わっている。ジャックがいるから今の状況があると言っても過言ではない。それはジャックにも自覚してもらった方が嬉しい。そうでないと、僕達の感謝を受け止めてもらえないだろうから。

 

「……それなら、どういたしまして、でいいのかな?」

「うん!」

 

 僕達の言葉を受けて、ジャックは少し照れくさそうな笑顔で姫の最初に言ったお礼に返事をしていた。僕達の言葉はジャックにちゃんと届いたらしい。それが嬉しかった。やっぱり、自分の恋人には胸を張って生きていてほしい。特に、ジャックは実際に凄い奴なのだから。

 

「……えっと、人魚姫さんが僕を呼んだのは、それを言うためってことでいいのかな?」

「あ、あともう一つ……今度は、確認、かな?」

「確認……?」

 

 恥ずかしそうにしていたジャックはいたたまれなくなったのか話題を変えようとする。それを受けて姫は表情を少し真剣なものに変えつつ新しい話題を提供していた。またしてもジャックに心当たりがなかったらしく首をかしげていたけど。

 そんな様子のジャックを見ながら一つ大きく深呼吸をした姫は、意を決したように再度口を開いた。

 

「……ハルさんのお話。」

「っ!?……うん。」

 

 姫の口から出てきた言葉にジャックの表情が一瞬固まる。しかしすぐに真剣な表情になって姫の目を見つめていた。僕も同じようなものだ。姫の口から出てきた言葉はそれくらい重要なものだから。

 

「……ジャックさんは、わたしを生き返らせるために、一杯無茶をしたんだよね?」

「……うん。」

「それにわたし達がいなかった時も、一杯無茶してたってみんなから聞いたよ?」

「うん。」

「これからも、また無茶をするの?」

「そのつもりはないけど…………僕の目の前でみんなに何かあったら、正直するかもしれない……いや、多分すると思う。」

「ジャック……。」

「ごめん、つう……。でも、この前君に言っただろう?何もしないで後悔するのは嫌だって……だから、できないことは、約束できない。」

 

 ジャックの発言を聞き逃せなくて思わず声を掛けてしまった僕のほうを申し訳なさそうに見てくるジャック。しかし、その瞳が意見を覆すつもりはないとはっきりと語っていた。

 ハルさんが言っていたことが当たったようだ。ジャックは無茶をするのは辞めないらしい。ジャックが何を思ってそんなことを言っているのかが分かるのが逆に辛い。ジャックにやめろと声高に主張しにくいから。

 

「前の世界で、それでアリスさんがどうなったか、忘れちゃったの?」

「そ、そんなことないよ!!」

「でも、いざとなったらまた無茶するつもりなんでしょ?もうこの世界にコアはないけど、シンデレラさんみたいにブラッドスケルター化したまま失踪しちゃうなんてことになってもいいの?」

「それはっ……!!」

 

 姫の言葉に、ジャックが言葉を詰まらせる。姫の瞳は幾分かジャックを非難するような色彩を帯びている。それを受けてジャックは辛そうな顔で姫から顔を背けて俯いていた。反論したくとも、過去の悲劇がそれを許してくれない―そんなジャックの胸の内が僕にも理解できた。

 みんなを大切に思うからこそ、ジャックは身を挺してでも守ろうとしている。でも、そうすればみんなの心を傷つけてしまう。ジャックもそれは分かっているはずだ。それでもみんなの命のほうを優先しようとして、でもその結果、前の世界でアリスがあんなことになってしまった。どんな方法を選んでもみんなを傷つけてしまう。そんなままならない現実が、ジャックを葛藤させている。

 そんなジャックの胸の内を考えてかける言葉に悩んでいると、姫が椅子から立ち上がってジャックの方へと歩いていく。そしてジャックの両頬に優しく手を置いて顔をあげさせる。ジャックは突然のことに驚き、そんなジャックの顔を見つめながら姫は、いつものような慈愛溢れる笑顔を向けて口を開く。

 

「だからね、ジャックさん。もっとわたし達を頼って欲しいの。」

「え……?」

「無茶をする前に一言言って。わたし達のほうが向いていると思ったらわたし達に任せて。……一人で、何でもしようとしないで。」

「人魚姫さん……。」

「わたし達は、ジャックさんにただ守られることしかできないような弱い存在じゃないの。これでもわたし達は血式少女……メルヒェンだって、ナイトメアだって倒せちゃうくらい強いんだから。」

「……うん。」

 

 姫の言葉を受けて、硬く張りつめていたジャックの表情が緩む。声からも硬さが抜けている。

 人に影響を与える、といった点で考えた時、姫の言葉はとても強い力を秘めていると僕は思っている。特別な言葉を使うわけでも、声が大きいということもない。いつもと変わらない、優しい声と優しい雰囲気。にもかかわらず、姫の言葉は僕達のなかに深く入り込んでくる。姫が一度決めたことを止められないと思ってしまうのも、姫がみんなを説得できたのも、それが理由だと僕は思う。姫の言葉を聞いていると、姫が言うならきっと大丈夫だと、最後には思えるようになる―今のジャックと同じように。

 

「ジャックさんがわたし達を大切に思ってくれているように、わたし達も、ジャックさんのことを大切に思ってる……。それを忘れないで。」

「うん。」

「アリスさん達も言ってたでしょ?支えあうから、恋人なんだって。だから、わたし達にも、支えさせてくれなきゃダメ。……また一人で無茶したら、わたしもみんなも泣いちゃうよ?」

「な、泣かれるのはもう嫌だな……。……分かったよ、人魚姫さん。もう一人で無茶はしない。ちゃんとみんなの力を借りる。」

「うんっ、約束だよ?」

 

 そう言って、二人そろって笑顔を浮かべる。そうしながらジャックは左手を自身の頬に添えられている姫の右手にそっと重ねる。二人ともいつも優し気な微笑みをたたえているからか、とてもよく似た笑顔だった。二人の間に流れる暖かく甘い雰囲気も相まって、傍から見ると恋人同士にしか見えない。一応二人の恋人はどちらも僕であって、二人の間には男女関係はないはずなのに。

 とても綺麗だと、そう思った。そこに立っているのが僕でないことに嫉妬することさえもできなかった。それくらい、今の二人は美しかった。ジャックの頬に置かれた姫の白魚のような手、それと重なり合うジャックの細い指。吐息が絡み合うほどの至近距離から笑顔で見つめあう二人。悩みが解消され、分かり合えた喜びに微かに色づく二人の頬。美少女である姫と、線が細く中性的な顔立ちのジャックが繰り広げる目の前の光景は、写真に収めておきたいと思うほど絵になっていた。

 そんな光景が十数秒ほど展開された後、自分たちの状況に気づいたのかジャックの顔の赤みが増す。恥ずかしくなってきたようだ。恋人が何人もいる割にはうぶなことだと思うけど、恋人ができてほんの数日だから、恋愛初心者のはずのジャックに言っても仕方のないことかもしれない。

 そんなジャックの様子を見て、姫も微笑みの質を慈愛から好奇に変えていたずらっぽい

声でジャックに声を掛ける。

 

「ふふっ、ジャックさん照れてるの?」

「そ、それはその……女の子とこんな至近距離で見つめあうことなんてなかったから……。」

「恋人が沢山いるんだから、早く女の子と触れ合うのに慣れなくちゃだめだよ?スキンシップのたびに照れてたら身が持たないし……。」

「しょ、精進します……。」

「頑張ってね、ジャックさん。……あ、そうだ、いいこと思いついた。」

「いいこと……?」

「うん!ジャックさん、おつうちゃん、明日三人でデートに行こうよ。」

「えっ!?」

「ま、また唐突ですね、姫……。」

 

 姫が笑顔で発した突然の提案にジャックは驚愕、僕は脱力しながら答える。話の変わりようが激しくてちょっとついていけていない。そもそもどうして姫はそんな提案をしたのだろうか。話の流れから考えればおそらくジャックに女の子との接し方に慣れてもらうのが狙いだろうけれど、それなら僕達である必要はない。それこそ相手は沢山いる。仮に恋人としての接し方を教える狙いがあるとしても、僕達二人で行く必要はない。王子さまとして振る舞ってきた僕は力になれないだろうから、姫一人で十分なはずだ。姫とジャックが二人で出かけることに目くじらを立てるほど僕は狭量ではない。それについ数日前にジャックと二人で出かけた手前、またジャックを連れ出すというのはみんなに対して気が引けるというのもある。

 

「ほら、おつうちゃんはもう解放地区でお買い物したけど、わたしは結局まだ行けてないでしょ?それに、今日はくららさんに会えなかったから、挨拶しに行きたいなって。解放地区でお店をやってるんだよね?」

 

 姫の言葉を聞いて思い出す。そういえばまだ姫はこっちの世界で解放地区に足を延ばしたことがない。黎明の中でやることが幾つもあったから忙しかったのだ。最近はそこまで忙しくなかったけど、僕の告白に始まった一連の騒動でも姫は色々動いていた。自由に使える時間というのは確かに無かった。

 くららについても姫の言う通りだ。結局くららに関しては今日説明には行っていない。まだ姫の紹介もしていないのにそんな話をしに行くというのもどうかと思ったからだ。ハルさんの作業場で入れ違いになったまますっかり忘れていた。ハルさんにからかわれて一杯いっぱいになってしまったせいだろう。単純に彼女が黎明の職員ではないというのもある。時間の関係で黎明の中にいる人たちには話をしに行けたけど、黎明の外にまでは足を延ばせなかったのだ。

 

「せっかくだし、説明と一緒にお買い物もしたいなって……ダメ?」

「僕はいいけど……ジャックは?」

「僕も構わないよ。人魚姫さん。」

「…………。」

「に、人魚姫さん?」

 

 姫に声を掛けたジャックは少し不機嫌そうな姫に驚いている。それは僕も同じだ。なんで姫が怒っているのか分からない。姫はジャックの再度の呼びかけに表情を変えずに答える。

 

「……そういえば、ジャックさんはどうしてわたしにはさん付けなの?」

「全然関係ない話だね!?」

「だって……さっきちゃんとわたし達のことも頼ってくれるって言ったのに、なんだか距離があるみたいに感じるんだもん。それがちょっと引っ掛かって……。」

「赤ずきんさんにもさん付けなんだけど……。」

「おねーちゃんはジャックさんよりも年上だからまだわかるけど……そういえば、シンデレラさんにはさん付けしてないよね?前の世界みたいに子どものままってわけでもないのに。」

「……最初はさん付けだったんだけど、シンデレラでいいって前に言われたからね……。」

「じゃあ、わたしも人魚姫でいいよ?あ、おねーちゃんみたいに人魚でもいいかな?」

「うん、やっぱりそうなるよね。シンデレラの話になった時には気づいてた……。まぁ、そういうことなら……。」

 

 いきなりの話題の変化に大声でツッコみを入れたジャックは、最終的には姫のお願いを聞いていた。苦笑しながらだったけど。別に困るようなお願いではないものの、如何せん唐突すぎたからだろう。

 

「ありがとう。……せっかくだし、わたしも変えようかな?」

「えっ!?」

「うーん…………そうだ、ジャック君!これからはそう呼ばせてもらうね?」

「じゃ、ジャック君?みんなは君付けで呼ばないから、ちょっと慣れないね……。」

「それはそれで特別っぽくていいでしょ?」

「……君がそれでいいなら、僕は構わないよ、人魚……姫。」

「あっ、今さん付けしそうになったんでしょ?ちゃんと慣れてね?ジャック君。」

「う、うん……。」

 

 そのジャックの言葉を受けて今度は姫がジャックの呼び方を変えようとしていた。これもまた随分と唐突だった。驚くジャックに構わず姫はジャックの新しい呼び方を決めてしまう。その呼び方に戸惑っていた様子のジャックだったけど、楽しそうな姫の姿に反対できなかったようで、新しい呼び方を受け入れていた。

 ちなみにこうして姫を呼ぶ呼び方や逆に姫からの呼び方が変わったジャックは、次の日にはそのことをみんなに指摘され、一部の血式少女達からも呼び方を変えるように求められることになるのだけど、それはまた別の話。

 

「……姫、最近随分積極的というか、大胆というか……グイグイみんなを引っ張るようになったね。」

 

 そんな姫とジャックのやり取りを見て僕は最近思っていたことを口にする。前の世界の僕のよく知る姫よりもずっと、悪い言い方をすると我儘になったような感じがする。別に他の人に迷惑になるようなことは特にしていないから我儘というのは少し違うかもしれないけど、自分の望みをしっかりと口にして譲らないようになったように感じる。今までは時々しかそういうことはなかったし、そういうことをするのは決まって姫に危険なことがある時だった。仲間になる前のグレーテルとの交渉とか、前の世界の最後の場面とか。

 ただ、その変化を僕は悪いことだとは思っていない。姫の行動があったから僕やみんなはジャックの恋人になれたのだし、なによりも、姫は昔よりもずっと生き生きとしている。そんな姫の様子はとても魅力的だと思う。花が咲いたような笑顔で日々を生きる姫の姿が見られるのは、彼女の王子さまとして嬉しい。

 僕の言葉を聞いて姫は笑顔で答える。その顔はいつもの優し気な笑顔とは違う、楽し気であどけないものだった。

 

「前におつうちゃんには言ったでしょ?わたしはこの世界で、後悔しないように生きたいって。だから、我儘になることにしたの。もちろん、みんなに迷惑をかけるようなことをするつもりはないけどね?それに……ここには折角わたしの王子さまと、優しい男の子がいるんだから、ちょっとくらいいいかなって。……女の子は、ちょっとくらい我儘なくらいが可愛いんでしょ?」

「……はははっ、そうでしたね。」

 

 姫がからかうように僕に言った言葉に一本取られたような気持ちになる。まさかここで自分の言った言葉が返ってくるとは思っていなかった。ただ、そんな風にやり込められたことは別に悔しいとは思えない。これが惚れた弱みというやつだろうか。

 

「……じゃあ、明日は三人でくららのところに行くってことで……そろそろ僕は部屋に戻らせてもらってもいいかな?もう大分時間も遅いし……。」

 

 僕と姫のやり取りを見ていたジャックがそう口にする。その言葉に時計を確認すると、確かにもう深夜と言える時間になっていた。明日も予定があるのだからあまり遅くまで引き留めるのも悪いだろう。

 

「そうだね……。詳しい打ち合わせは朝食の時にでもしようか。姫もそれでいいかな?」

「うん、じゃあジャック君。明日はわたし達をしっかりエスコートしてね?」

「……人魚姫はつうにエスコートしてもらわなくてもいいの?」

「うん。明日はおつうちゃんが女の子らしく振る舞う練習も兼ねてるからね。」

「えっ!?ジャックが王子さまらしく女の子をエスコートする練習じゃなくて!?」

「えっ!?そういう趣旨だったの!?」

「どっちもやるよ?あ、あとジャック君には二人一緒にエスコートする練習もあるからね?」

「な、なんか僕のほう随分ハードじゃない!?」

 

 姫が笑顔で投げてきた驚きの発言に僕とジャックはそれぞれ別のところに驚く。てっきりジャックの特訓だけだと思っていたのに。というかジャックは本当にくららへの報告と姫の買い物だけのつもりだったのか。ちょっと考えれば予想できただろうに。相変わらず恋愛が絡むと鈍いらしい。

 あと、ジャックの複数人を同時にエスコートする練習は必須だと思う。恋人の人数が多い以上、複数人と同時にデートする機会はきっと多くなるだろうから。親指達三姉妹なんかは三人を一緒に相手にしないといけない可能性すらある。一人で手一杯な状態ではこの先大変だろう。

 こうしてジャックはまたしても僕達の部屋で話し込むことになり、部屋に帰るのが遅くなる。そんな中で僕は、ジャックや姫と話しながらこれからのことに思いを馳せる。

 最初にウィッチクラフトに願ってから、いや、最初に姫に出会ってから、僕達は、沢山の困難と絶望に見舞われた。何度も挫けたし、遠回りもいっぱい重ねた。でも、それでも諦めなかったから、僕達はようやく、幸せな終わりにたどり着くことができた。

 ただ、これが最後ではない。旧い物語の幕が下りた後、新しい物語の幕が上がるように、長い道のりの果てに終わりを迎えた僕達の物語は、また新しい始まりを迎える。その先にはまた沢山の困難が待ち構えているかもしれないけれど、最後にはまた、今のような幸せな終わりにたどり着けると、僕は信じている。だって、僕達は一人じゃないから。お嫁さんの姫。王子さまであるジャック。大切な仲間であるアリス達。―愛する者達が。共に戦う大切な仲間が。支えてくれる友人たちがいる。そんな僕達ならば、きっとそれを乗り越えていけるはずだから。

 始まりと終わりを繰り返しながら、僕達の物語は続いていく。―これからも、幸せな終わりを迎えるために。

 

 

 

 

 

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