ベーコンは良いぞ   作:酸化クロム(弐)

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ある酒場店主の証言1




間の話、1-1

 ああ、あの日からこっち、俺はついてねぇぜ。

 

 俺の名はアンドリュー。アンドリュー・ギリアムだ。なじみの客は俺のことをアンディーと呼ぶ。ラピィシア王国はアストーの南大通りから2本目の路地裏で《瓶底の燻製》っていう名前の酒場をやってる。

 店は上々、そりゃあ酔っぱらった、特にその腕一つで食ってるような奴が暴れた時にゃあ肝が冷えるが、その時のための用心棒を毎夜雇える程度には客足は途絶えない。

 

 そうだな、そいつがふらっと戸を開けたのは、比べれば客は少ないが、旅の吟遊詩人が来てたこともあって店は盛り上がってた日だった。

 

 

 カランカラン

 

 

「いらっしゃい。 あん、ここいらじゃ見ねぇ顔だな」

「ああ、こんばんは。 ひょっとするとこの店は”一見さんお断り”っていうタイプの店だったか? それならばすまない」

「いいや、そんなことは言いやしねぇさ。 どんな奴だって、ああ、暴れなきゃいい客だ。 特に案内は無い、好きな席に座りな。 っとと、すまんが好きにとは言ってもカウンターの一番奥だけはやめてくれ」

「ああ、常連かだれかのキープの席、という事かな? なんにせよ了解だ、じゃあせっかくだし店主の前に座らせてもらおうか」

 そう言ってそいつは俺の前に座った。俺の感覚では初めての店で店主の前に座るってのはこっちの料理だったり酒だったりに相当情報があるか、腕に対して信用を置いてるか、バカかの三択だ。そんでさっきみたいな問答ができるやつがバカなわけがない。

 こりゃあやばい客が来たかな、なんて覚悟をしつつ、俺は注文を聞いた。まあ、そんな覚悟じゃあ全く足りなかったってのは、後だから言えることだ。

 

「よしじゃあ、とりあえず注文を聞くぜ。悪いが都市自体のルールでな、最初の注文は酒1料理2品、それぞれ無くなってから次の注文ができるっていう形式だ」

「ふむ、了解した。 ……そうだな、酒は任せてもいいか? つまみというか、料理は燻製の何かを少しずつもらえると助かる」

「あい承った。燻製か、魚か、肉か、どっちがいい? 両方とも今朝にいいのが入ってる」

「では魚の皿と、肉の皿とで頼む。 ああ、出来たら肉はベーコンだといいな」

 

 そんな注文に俺はにんまりと笑った。それを見たそいつが何がおかしい、と聞いてくるんで俺は自信たっぷりに答えてやった。

 

「あんたは運がいいな。今朝入った肉の内、とびっきり上等なのはそのご注文のベーコンなのさ。少々変わった種類のベーコンだが構わねぇか? 」

 

なんて言ったら、そいつがずい、と身を乗り出してくるもんで、それに押されてのけぞる。

 

「ああ、ああ、確かに運がいいな。いやね、私は大のベーコン好きでね、初めて来る町なんかでは珍しいのがないかつい探してしまうんだが、ぜひともその”変わったベーコン”をくれ。魚と、酒の方は完全に任せる」

「お、おう。じゃあ少し待ってな」

 

 そういうと俺はしばらくまかせる、と信頼する雇いに言い、準備に入った。と言っても魚は切って香草を少し散らしてやればそれで十分だ。ベーコンとならレモンの果汁を少し絞ってやればいいか。

 ベーコンの準備の間に待たせて顰蹙を買っても散々だ、先に魚の方と少しきつめの酒にピリリとくる香草を浮かべてやって出しておく。

 感謝する、といって食べ始めるそいつを視界の端に収めつつ、本命のベーコンを取り出す。この町以外でこいつをいわゆるベーコンに加工してるなんて話は聞かないし、実際うまい肉だ、油は引いてやる必要があるがな。粗くしたペッパーだけ振って弱火で芯まで加熱した後、一気に火力を上げて表面に焼き目をつけて完成。こいつはただこれだけで相当にうまい。

 

「お待ちどおさま、ご注文のベーコンだ」

「ありがとう。……ふむん、見た目はごく普通のに見えるが……」

「ああ、俺の初見の感想もそれだ。まあ、騙されたと思って食ってみな。ああ、左右で種類が違うから食べ比べてみるのもいいぜ」

 そんな俺の声が果たして聞こえているのか、先に出した魚など眼中にないかのようにベーコンに視線が噛り付いている。しばらくそうしていたが、やがて食器を手にすると俺から見て左の方から口にした。

 瞬間にそいつの眉がピクリ、と上がるのが見えてにやりと笑う。そのまま言葉を発することなく長く噛み締めていたかと思うとグラスを傾けてもう一種類に手を伸ばした。

 

 両方を口にしてしばらく、そいつは首をひねっていたが、観念したのか一つ、机を叩いた。

 

「あー、わからん! いや、確かに旨い。旨いんだがこれは何の肉だ? 確実に一般的な豚ではないのはわかる。ベーコンのくせにかなりあっさりとして、というかあまり脂がないな。のくせに肉質自体はややねっとりとしてるな……。 店主、これは何の肉だ? 」

 

 なんて、かなり饒舌な語りにこいつの好きものは本物だな、なんて思いつつ、正解を告げてやることにする。

 

「こいつはな、俺から見て左がラパン、右がリエーブルっつてな、前者が飼育種、後者が野生種の、ラビットだ」

「ラビット、だと……。あれが、ベーコンになりうるのか……? 」

「らしいぜ。と言っても俺は知り合いの加工屋から買ってるだけだからな、加工方法は知らねぇんだがな」

「へぇ……」

 

 それだけ言うとそいつはまたベーコンを噛み締めはじめた。

 

 

 

 

 やたらと瞳をぎらつかせながら。

 

 

 

 

 




※ベーコンとは基本的に豚の加工品を指す言葉です。この作品では『ベーコンのような調理法』を取った食材をやや乱暴にベーコンと呼んでいます。

ざっくり調べた範囲だと、現実ではスペインに『チェーチナ』という牛、馬、山羊、兎を乾燥させることによって作る品があるそうです。
食べたことがあるわけではないのでネット上の兎肉の特徴から想像して書いています。ご了承ください。
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