ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記 作:ヤン・ヒューリック
チームの役職員または選手及び監督が試合で敗れ、または敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠り、またかかることを通牒するものは所属する連盟理事長の要求に基づき永久にその職務を停止される。
またかかる勧誘を受けた者でこれに関する情報を連盟理事長に対し報告を怠るものは制裁を受ける
大洗アングラーズの本拠地がある大洗町には多くのマスメディアが訪れていた。
「アングラーズの一部選手が八百長をやっていたというのは本当ですか!」
「八百長は事実ですか!」
「一言お願いします!」
練習場から、事務所までジャーナリスト達が押し寄せていたが、小林は全員に無視するように要請していた。
「とんでもないことになったな」
会議室にて、五島、根津、堤、そして宮崎と、新しく隊長に就任した西住みほと共に小林は今後の対策を協議すべく会議を行っていた。
「実際のところ、西住君、これは事実なのか?」
全員の机の上に置かれていたのは、スポーツ新聞の記事である。東都スポーツの一面には、派手に「大洗アングラーズの黒い霧、八百長行為が発覚!」というセンセーショナルな記事が載せられていた。
「私達あんこう中隊はやっていません。それは断言出来ます」
「他の部隊は?」
小林の指摘に、みほは押し黙ってしまった。
「宮崎監督、君の視点からはどうだ?」
「あんこう中隊はともかく、他の部隊にはその可能性があります」
「というと?」
「いくつか、気になった試合がありまして」
そういう宮崎はいくつかの試合の動画をピックアップした。
「例えば、習志野ウラヌスとの試合。連中は思い切った突撃を敢行してきましたが、服部率いる中隊はいきなり撤退を初めています。この唐突な後退で、戦いはウラヌス有利になり、アングラーズは敗退しました」
ウラヌスの突撃に対して、左翼を固めいていたはずの服部の中隊が、いきなり撤退、そこから本隊も崩れ、最終的にあんこう中隊が踏ん張るも、結局のところ包囲殲滅されてしまった。
「この試合以外にも、倉敷デュランダルズ、八戸スヴォローグスなどの試合でも、大事な局面で服部中隊が崩れています。八百長はともかくとして、そう見られてもおかしくはない戦いぶりなのが気になります」
「つまり、八百長をしていた可能性があるということか」
宮崎の指摘に、小林は腕を組んでため息をつく。
「やっていない可能性もありますが、思えば去年のアングラーズの戦いぶりは、あんこう中隊を除けば無気力試合を疑われてもおかしくは無いですね。富永の無能ぶりでかたづけられていたと言えばそれでおしまいですが」
「逆に言えば、あの無能っぷりは全て八百長をやっていることを誤魔化す為だったという見方も出来るわけですか」
根津の指摘に宮崎が頷くが、みほは複雑な顔をしていた。仲間重いな彼女からすれば、八百長をやっていることは信じたくはないことであろう。
「でも、まだそうと決まったわけじゃありません」
「西住君の言う通りだが、すでにこのような形で記事になってしまった。我々が出来ることは、この真偽を確かめることだ。事実であれば、我々は最悪、プロリーグから除名される」
戦車道連盟の規約第335条には、敗退行為を行った選手や監督は永久追放されるという記載もある。それに例年Cクラス入りしていたアングラーズに対するイメージダウンは避けられない。
この情報が流れた後、富永恭子も服部章子も雲隠れしてしまった今、アングラーズ全体でこの事態に対処しなければならないだろう。
「まずは事実確認を行うことが先決だ。宮崎監督、西住君、君らは今すぐ選手達から状況を確認してくれ」
「分かりました」
「手分けしてやります」
新任早々の監督と隊長に、こんな仕事をやらせたくはなかったが今はアングラーズの存亡がかかっている。
「五島、お前はこの情報を徹底的に洗え。本社の谷口とも協力して出所を探し当てろ」
「了解!」
「堤は金の流れを一度あたってくれ。八百長行為において、金を貰っていたか否かが決め手になる。その真偽を追ってくれ」
「任せてください」
順当に指示を出しながら、小林は根津と共出かける準備をした。
「社長と根津さんはどちらに?」
みほの質問に、小林は「ちょっとした商談に行ってくる」と返した。
本当ならばそんな暇はないのだが、これもアングラーズを変えるための戦略であり、以前より根津が経営戦略室にいた頃から構想し、幾度かアポを取っていた中での商談だ。
八百長問題解決も大事だが、この商談には、アングラーズは無論のこと、親会社である常陸スチールをも巻き込んだ大規模なビックビジネスになるはずであった。
*
茨城県ひたちなか市。ここには日本を代表するコングロマリット、常陸重工の本社工場がそびえ立っていた。建設機械、鉄道車両、航空機、造船、火力発電や原子力発電など社会インフラ事業を手がける企業ではあるが、一番の収益源はアメリカのクローラー社に匹敵する世界シェアを持つ建設機械と、日本国内は無論のこと、世界の鉄道ビジネスにある。
発電プラントなどを初めとするエネルギー分野も得意としてはいるが、現在常陸重工は建機と鉄道の世界トップシェアを取るべく邁進していた。
「急な話になり、申し訳ないです社長」
「気にするな。そのうちここには嫌でも来ることになっただろうからな」
経営戦略室に在籍中の頃から、根津の言う常陸重工との提携は小林も何度か目にして聞いていた話であった。
常陸重工と常陸スチールは、袂を分かったことから決して仲が良くない。鹿嶋市を中心とした鹿島臨海工業地帯と、ひたちなか市から北の茨城県北部を境に、常陸スチールと常陸重工は茨城県を分断する形で経済圏を作っている。
その経緯から一番近いはずの常陸スチールではなく、常陸重工は東亜製鉄から鉄を購入しているのだから笑い話にもならない。
二人は本社工場の駐車場の一角に社有車を停め、そのまま係員に案内されながら応接室へと通された。
「お久しぶりです小林室長、いえ、小林社長」
新橋の飲み屋街にいそうな、眼鏡と風采の上がらないはげ上がった姿でやったきたのは、常陸重工の専務取締役を務め、営業本部長を兼任している久原健介であった。
「いえ、本日はお時間を作って頂きありがとうございます。久原専務」
風采が上がらない姿とは対極的に、久原は数々の海外事業を成功させてきた常陸重工の切れ者である。
外見と中身が一致していないほど、的確で隙の無いロジックの持ち主であることから、小林は営業部時代から久原とのコネを作っていた。
「これが、うちの切れ者企画部長です」
「根津喜一郎です。よろしくお願いいたします」
大洗アングラーズ企画部長として、小林は様々な経営企画を根津に任せていた。
「よろしくお願いいたします。まさか、本当に小林さんが大洗アングラーズを任されるとは、池田社長も随分と思い切ったことをされましたね」
小林が戦車道の素人であることは久原も理解している。そして、常陸重工には社会人リーグで活躍しているチームがあった。
「精一杯勤めさせて頂くだけですよ。是非、アングラーズの応援もよろしくお願いいたします」
「ええ、応援させて頂きますよ。それで、御社の根津さんからあったお話ですが、現在我が社は鉄道と建機での世界一を目指しています」
常陸重工は現在、世界の鉄道ビジネス、列車の製造からそれを走らせるシステムの販売と、新興国での建設機械の販売で世界一を目指していた。
どちらの分野も国内では一位ではあるが、世界を舞台にすると二位止まりになっている。
「技術面では我が社も世界トップシェア企業には劣らないと思っています。ですが、そうなった場合、やはり問題になってくるのがコストです。特にそれではインドネシアの高速鉄道を中国に奪われ、建機もまだまだアメリカのクローラー社に遅れを取っています」
「そのコストを、弊社の技術で抑えるということですね」
小林の言葉に、久原は深く頷いた。
「その通りです。本題に入らせて頂きますが、我が社が海外企業とのコストで差を付けるには、単なるダンピングやコスト削減だけではなく、抜本的な見直しと無駄を削減する為に必要な合理化です。そこで、やはり勝つためには常陸スチールさんの高い技術力を元にしたプラットフォームが必要です」
常陸スチールにある他社にはない強みは、供給先の企業と共に原価を抑えて品質を落とさない総合型プラットフォームを有していることだ。
例えば自動車のように、車体からベアリング、シャフト、あらゆる鉄製品や金属部品を製造結果から逆算して必要な原価をはじき出し、生産するシステムが常陸スチールにはある。
その結果、愛知自動車では従来のサプライヤーを集めてコストカットを行うのではなく、総合的にどれだけの部品がどれだけ必要になっていくのかを実現したおかげで、大幅なコスト減が可能になった。
常陸スチールが長年蓄積してきた原価計算とAIを導入したこのプラットフォームは、自動車メーカーにおける武器として活躍している。
「そこで、弊社にプラットフォームを活用した業務提携をということですね」
元々このプラットフォームの開発は、小林が経営戦略室に入った時に小林自身が打ち出したビジネスであった。
原価をはじき出せば、容赦無くメーカーに買いたたかれるということで多くの役員達に反対されたが、正確な見積もりでコストを削減できることによるコンサルティング料を得られる。
さらに、他社には無い正確な見積もりを出すことで無駄なコスト競争から抜け出せることと、どの鋼材を使えば技術力はそのままでコストが削減出来るのか、常陸スチールが有する最新鋭のAIによる査定はそのまま武器に使える。
一度ユーザーを取り込めば、長く顧客を取り込むことが出来るメリットから、池田社長の鶴の一言でこの企画は実行され、今では愛知自動車のナンバーワンサプライヤーとなっているほどだ。
「御社のプラットフォームを使えば、弊社の現在手がけている列車の製造コストや、建機の製造コストも、より具体的で正確な見積もりを手に入れることが出来ます。そして、必要な素材をベースに技術を落とすこと無く、提供された部品による製造を行えば、これはかなり大きな武器になります。技術の質を落とすことなく、コストだけが削減できるのですから」
「そう言って頂けるとありがたいです」
小林の感謝に久原は深く頭を下げた。
「同じ茨城県にあり、同じ会社から生まれた我々が対立し続ける時代は、もはや終わるべきです。海外で戦う我々が、国内でつまらない争いをし続けるのは愚行でしかありません」
国際派と言われる久原の視点は、常に国内での争いではなく世界を舞台にしたビックビジネスを見ている。
実際に、インドやベトナムでのビックビジネスを纏めている久原の言葉には、単なる勢いだけではない本音が見え隠れしていることを小林は悟った。
「その通りです。弊社としても是非、御社と共に世界を舞台にした戦いに助力させて頂きたいと思っています」
そこから根津の用意した資料を元に、商談が始まったが、具体的な部分は明確には決まらず、今日は互いの意思確認でその日は終わった。
「久原さんはあれで大丈夫でしょうか?」
社用車を運転しながらの帰り道で、根津が小林に尋ねた。
「まあ、今日は軽いジャブだな。流石は重工のぬらりひょん。簡単には決めさせてはくれないか」
はげ上がった風采の上がらない姿を思い出した根津は、思わず笑ってしまった。まさに、妖怪の王とも言えるぬらりひょんそっくりだった。
「そんなあだ名があったんですか?」
「あのオッサンの心境は、結局のところあのオッサンにしか分からんよ。だが収穫はあったな」
具体的な話が決まっていない上に、小林が根津と共に常陸重工を訪れたのは、常陸スチールとの業務提携を結ぶだけではなく、常陸重工にアングラーズのスポンサーになってもらうことであった。
だがそれも応援するという言葉だけで、スポンサー契約云々の話は出てこなかった。
「常陸重工は、本気でウチのプラットフォームを欲しがっている。でなきゃ、あのオッサンじゃなくてペーペーが出てくるはずだ」
「でも久原専務が出てきましたね」
「東亜製鉄が連中のサプライヤーになっているが、東亜のやり方じゃ世界を戦い抜くのは難しいだろうな」
東亜製鉄のやり方は、常陸スチールとは対照的に重厚、悪い言い方をすれば鈍重と言ってもいい。世界を舞台にしている大企業を相手にするには、その場その場での決断力が求められる。
ギリギリの交渉を行う中で、コストを削って別の商談で元を取るにしても、その判断と決断力が遅ければそれだけで一手打つことが出遅れる。
「久原さんは、本来東京本社にいる。それがわざわざひたちなか市の本社工場で俺達に会うことを選んだのは、それなりの理由がある」
「我々なら容易く交渉が出来ると?」
「そんな甘い玉じゃないよあのオッサンは」
久原のあだ名である「ぬらりひょん」は見た目を揶揄しているのではない。のらりくらりと自分達が有利な形で商談を纏める交渉術にある。
中東のとある王国でのプラント事業に際しても、半ば強引に決断したことでその後の建設機械の販売も取り付ける中で、採算が合わないアフリカの商談を打ち切るなど、つかみ所が無い。
「久原さんは、重工の面子というものを良い意味でも悪い意味でもこだわらない。損して元を取る事業を取ってくれば、利益が出そうな事業を打ち切って、その後別の会社が引き受けたら失敗したような話を敏感に感じ取れる。
が、あのオッサン以外は俺達と手を結ぶ意思があるかはかなり怪しい」
常陸重工が長年、建設機械の世界シェア第二位に甘んじ、鉄道ビジネスでも一手遅れを取っているのは、大企業らしい面子が邪魔をしていることだ。
それは常陸スチールも同じだが、大企業になれば無駄なプライドで商談を逃し、有効な事業ではなく、単なる額面や売り上げで判断し、実際の利益を度外視してしまう事は決して珍しくは無い。
ところが、あの久原健介という男にはそうした要素が皆無であった。
「あのオッサンが専務まで出世しているのは、重工の特技を生かした海外戦略が恐ろしいほどに成功しているからだ。イギリスやイタリア、アイルランド、欧州での鉄道ビジネスに中東諸国での建設機械のビジネスも成功している。あの実績だけで見れば、とっくの昔に社長になってるだろうよ」
「そうならないのは、やはり面子ですか」
根津の指摘に、小林は頷いた。
「まあ、他の会社に比べたらマシだがな。それに、いくら久原さんが実力者でも、スチールの俺達と会うのは相応のリスクがある。それでも会ったのは、本気でウチの技術が欲しいからだろう。そして、俺達は話が出来ると思ってくれているんだろうよ」
決して良くは無いが、ぬらりひょんと呼ばれた男が自分達と会ってあそこまで熱弁を振う時点で小林はこの商談が上手くいくことを直感で感じ取っていた。
だが、その代償は決して安くは無いことを悟っていた。
*
「まさか、あの小林がアングラーズの社長とはな」
常陸重工本社工場にある自室にて、側近である小平充を前に久原健介はそうつぶやいた。
「スチールの池田社長も思い切ったことをするが、それはこちらにとっても行幸だな。君の友人も、なかなか出来そうな男だ。与するならばああいう切れたビジネスパーソンに限る」
小平は根津と同じく帝都大出身であり、同じ研究室にいたことがある。
「いえ、根津も私も合理的な判断を選択しただけです」
同じ茨城県にありながら、一切の業務提携を行っていない。共に技術を武器に世界と戦うグローバル企業が、国内のしみったれた因習や因縁に囚われることは、笑い話にしかならない。
根津も小平も同じ茨城県だからこと手を組み合うことのメリットを理解していた。
「常陸スチールとの提携は、予定通り行うつもりでいる。我が社はこれ以上、クローラー社や、その他ライバル会社の風下に立っているわけにはいかん」
世界トップシェア企業達と渡り合うには、一社だけでは限界がある。国内有数の大企業である常陸重工も常陸スチールも、世界トップシェア企業から見れば、鼻で笑われるほどの規模だ。
「ですが、常陸スチールも簡単には動かないでしょう」
「我が社の取締役達も、説得するには時間がかかるが、まあそれは問題ではないからな」
小平の指摘に久原は懐から取り出したスマホのディスプレイを見せる。紙の手帳を使わず、スマホを活用している久原だが、そこには今後の予定では無く大洗アングラーズのニュースが出ていた。
「常陸スチールには大洗アングラーズという爆弾がある。それに、我が社にも今、お荷物になっているチームがあるだろう」
常陸重工には社会人リーグに所属する戦車道チームが存在する。だが、学生向けで補助金が使われ潤沢な予算を有した学生戦車道と違い、社会人リーグとプロリーグには企業のバックアップがあるということで殆どが企業側が持ち出しでチームと試合を運営している。
「やはり彼女達は潰すしかないんですね」
常陸重工戦車道部は現在、年間四十億もの赤字を抱えている。実質プロリーグと変わらないほどの予算が掛けられているが、プロリーグ設立時の戦車道ブームに乗っかり規模が拡大されたが今ではどれほど活躍しようとその利益も収益も見込めない状況に陥っていた。
「我々は慈善事業をやっているわけではないからな。大洗アングラーズはおそらく、事実上崩壊するだろう。八百長行為はやるやらないの問題ではなく、存在が取り上げられる時点でマイナスになるからな」
かつて、プロ野球を震撼させた黒い霧事件のように、実際に八百長を行っていた西鉄ライオンズだけではなく、所属していたパリーグそのものの人気が一気に低迷化し、西鉄はライオンズを手放すハメに陥った。
大洗アングラーズもまた、おそらくそうなる可能性が高いと久原は分析していた。
「まあ、そうなればおそらく我が社も堂々と戦車道部を廃部に出来る。そして、やり方次第ではおそらく常陸スチールとの交渉材料にもなるだろうな」
「戦車道部がですか?」
久原の側近を勤めて小平は二年になるが、未だに久原の思考には追いつけないところがある。
ぬらりひょんというあだ名にふさわしく、久原はのらりくらりと交渉を行い、誰もが手を付けない商談を有利な形、あるいはより大きな事業の布石として受注する一方で、他社がこぞって競争するような受注を蹴っ飛ばし、実際はとんでもない爆弾とも言うべき事業から上く立ち回っては撤退するという独特の嗅覚を持ち合わせていた。
「まあ見ていろ。常陸スチール、いや大洗アングラーズの小林勇人はああ見えて強かな男だ。私の予想が旨く行けば、プラットフォームも、そして戦車道部も上手く方が付くはずだ」
食えない顔で久原はにやりと笑い、好物の玉露を飲む。その姿はどう見ても人間というより妖怪ぬらりひょんにふさわしい姿であった。