ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記 作:ヤン・ヒューリック
自宅がある柏市から、東京丸の内に出社していたはずの小林勇人は、常磐線の外に映る景色を眺めていた。
「島流しか」
いつもならば、本社の快適なオフィスで、コーヒーを飲みながら、スタッフ達と適度な雑談をしながら重要な仕事の話を行う。
経営の根幹に関わる調査や企画を立ち上げ、吟味する。経営戦略室は現在社長を務める池田の肝いりで出来た部署であり、業界二位へと躍進した常陸スチールを支えてきた。
各部署から様々なスペシャリストが集められ、精鋭ばかりで構成されたスタッフ達の意見は、的確であり、冷静ではあるが時にはとんでもないほどの熱量を持った企画を持ってくることもあった。
そんな溌剌と仕事に邁進出来た日々から、小林が現在常磐線から大洗まで向かっているのは、池田と専務の米山から直々に、大洗アングラーズというチームを立て直すことを求められたからであった。
「戦車道のチームなんて、どうやって面倒見ればいいんだ」
戦車を駆使して戦う華道や茶道に匹敵する格式を有した武道、それが戦車道である。
「しかも、毎年五十億も金を使っているのか」
大洗アングラーズ、正式には「株式会社大洗アングラーズ」は常陸スチールを親会社とした戦車道プロリーグのチームだ。
茨城県鹿嶋市に日本最大級の製鉄所を有し、事実上の企業城下町を形成している常陸スチールは茨城県では盟主と言ってもいい立場にある。
先々代の社長が、戦車道好きでそのための社会人チームを作り、先代の社長が夏の全国大会、冬の無限軌道杯を二年連続連覇した県立大洗女子学園に感動し、彼女達が卒業した時に発足した戦車道プロリーグに参入した。
「ウチのスポーツへの出資は多いと聞いていたけど、硬式野球部やラグビーにサッカーチームよりも金を使ってるのか」
高校、大学とアルバイトに夢中で、勉強以外は金を稼いでいた小林にとって、部活動、特に武道やスポーツの世界はヘタなSFよりも未知の世界だった。
接待の関係で付き合うゴルフと釣り意外、スポーツらしいスポーツをやった事の無い小林には戦車を使って戦う戦車道の世界がまるで想像出来ない。
「素人の俺に何が出来るっていうんだよ」
東亜製鉄の無茶苦茶な業務提携という名の強制的な技術提供を、白紙に戻し、時期社長候補とまで言われた米山専務と戦い勝利した結果が、赤字まみれのチーム、それを立て直すこと。
「肩書きに社長がついたって、ちっとも嬉しくねえよ」
池田から手渡せた名刺にはこう書かれていた。
「株式会社大洗アングラーズ 代表取締役社長 小林勇人」
そして、もう一枚の名刺にはこう書かれていた。
「株式会社常陸スチール 執行役員 小林勇人」
優秀なスタッフ達で構成された経営戦略室室長から、赤字まみれの戦車道チームの代表取締役社長。
転籍ではなく出向として役員の肩書きだけが残っていても、むなしさしか沸いてこなかった。