ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記 作:ヤン・ヒューリック
合計三十台の戦車がぶつかり合い、大隊長と三人の中隊長で成り立っています。
リーグはプレミアリーグ、プラチナリーグの二つのリーグに別れています。
プラチナリーグは
横浜アヴァロンズ
宇都宮チェンタウロス
八戸スヴァローグス
倉敷デュランダルズ
習志野ウラヌス
大洗アングラーズ
戦車道プロリーグが発足し、現在プロリーグは十二チームがプレミアリーグとプラチナリーグの二リーグ制に別れて成立している。
これは、参考にした日本野球連盟がセントラル・リーグとパシフィック・リーグに別れ、ペナントを勝ち抜いているという図式にあやかったからである。
JリーグやBリーグ、ラグビープロリーグやVリーグなどとは違い、戦車道の知名度は野球並みに高く、発足当初は宣伝効果があるということで、親会社となってくれる企業が続出し、戦車道プロリーグが発足する。
高校、そして大学と戦車道の人気は今も高く、単なる乙女のたしなみとしてではなく、日本全国で高い知名度を持っている。
プラチナリーグ初のリーグ優勝を果たした大洗アングラーズが、プレミアリーグ初優勝をした、八幡ヴァルキリーズと鎬を削ってジャパンシリーズを制して日本一となった時は、未だに伝説の試合と言われているほどだ。
だが、それはもはや過去の話である。
当時ライバルだった八幡ヴァルキリーズは、三年連続リーグ優勝、そしてジャパンシリーズ三連覇を果たしているが、現在の大洗アングラーズは成績が低迷、今年は最下位、それも五位のチームにすら大差を付けられて敗北していた。
そのことに対して、一番重く受けていたのはアングラーズのあんこう中隊長である西住みほであった。
みほは今、今年の試合を振り返る為にデータルームの一室にいた。
「あれだけやって最下位か」
今年最下位へと転落した時、みほが落ち込んだのは最下位が決まったからではない。ファンからは「ふざけるな」と罵声を浴びせられ「こんなのアングラーズじゃない」だの、親会社である常陸スチールでも「これでは話にならない」などという辛辣なコメントがチームに浴びせられていたからだ。
チームが拠点を置く大洗町や、茨城県では高い人気を誇るアングラーズではともかく、Web上では中傷まがいなことまで書かれている。
遠征先でも「アングラーズなんて鍋になるだけ」だの、あんこうを揶揄するような侮蔑が飛んできたほどだ。
それにみほは心を痛めていた。
「私達だって、頑張っているのに」
戦車道をやっている時はともかく、戦車から降りたみほは決してメンタルが強いとは言えない。
心ない中傷には正直参っていた。
「あ、みほりんここにいたんだ」
明るい声に振り返ると、そこにはチームの通信手を勤める武部沙織と、射手を勤める五十鈴華、操縦手を勤める冷泉麻子の三人の姿があった。
「みんな、どうしたの?」
「聞いてよみほりん。新しい社長が来たんだよ」
それまで大洗アングラーズの社長は、鹿嶋市にある常陸スチール鹿島製鉄所所長が兼任していた。
ところが、最下位へと転落したことから本社でも問題となった為、兼任ではなく、専属の社長を就任させ、チームを立て直すことに常陸スチール社長である池田義隆が打ち出したのである。
そして、今度親会社である常陸スチールから、社長が就任したことをみほは思い出した。
「何でも、最年少で執行役員になった人だって」
選手兼アングラーズの広報を担当している沙織は事情通だ。
「そんな凄い人が来るのですか?」
おっとりとした口調で華がそう言った。射手としては凄腕で華道の腕も一流の華だが、こういうところは高校時代から変わっていない。
「親会社の専務とやり合って、東亜製鉄との業務提携辞めさせたって聞いた」
いつも冷静な麻子は感情の起伏が無い口調でそう言った。
「それでどうしてウチのチームの社長に?」
「専務とやったからだってさ。しかも最年少で執行役員、経営戦略室室長とかエリートじゃん。だからそれで他の役員からも嫌われていたから左遷させられたって聞いたよ」
アングラーズの広報は、常陸スチール本社の広報部と共に広報活動を行っている。それだけに広報として本社の人間とやり合う沙織は本社広報部と、本社の人間とも付き合いを持っている。
「戦車道はやっていたことあるんですか?」
みほの問いに沙織は「広報部から聞いたけど素人さんだって」と両手を上に向けてそう言うと、みほは少しがっくりした。
「じゃ、戦車道のこともあんまり詳しくないんだ」
「詳しくないどころか、興味無いって聞いたよ。広報部の友達から聞いたけど、仕事は凄い出来て、部下の面倒見もよくて、経営戦略室だけじゃなくて人事部や広報部でも尊敬されているみたい」
「でも、戦車道には興味ないんですか?」
華の疑問は当然だった。大洗アングラーズを初め、八幡ヴァルキリーズも全てのチームの関係者は男女を問わず戦車道経験者ばかりである。
戦車道に興味が無いどころか、やったことすら無い人物がチームの社長になるのは前代未聞であった。
「でも仕事は出来るから、もしかしたらウチのチームを強化してくれるかもしれないよ」
沙織が明るく振る舞うが、本当は全員が分かっている。今年最下位へと転落したアングラーズは全員が気落ちしている。
華は、華道の家元をしている母から家に戻ってこいと言われたほどだし、麻子は祖母から知り合いの会社で仕事を進められた。
沙織も広報部から引き抜きを受けたほどだ。みほに至っては他のチームからこっそりと引き抜きが来たほどである。
初めての最下位への転落はアングラーズのメンバー達に、精神的なダメージを与えていた。
「ところで優花里さんは?」
あんこうチームの装填手兼アナリストを務める、秋山優花里だけが今ここにいないことをみほは尋ねた。
「実は、今その本社からきた社長さんに戦車道について教えているの」
戦車好きで、各チームの情報を収集するアナリストの優花里は、戦車道とはどのような競技なのかを教えるのが誰よりも上手だ。
それで、急遽訪れた新社長へとレクチャーをしている。
「でも社長が来るのは一週間後じゃ?」
新社長就任のお祝いをする為の準備を考えていたみほは、いきなり新社長がやってきたことに疑問を抱く。
「抜き打ちで来たみたい。だから、事情知らない面子はみんなビクビクしているよ」
大洗アングラーズは最下位へと転落し、そして年間五十億もの予算に対して売り上げはわずか五千万円しかないという赤字を抱えている。
プロリーグのチームで一番予算が少ないアングラーズは、本社でもその存在が疑問視されていたが、広告宣伝に使えるということで存続し、優勝したことでそれも存続してきた。
だが、日本一になってから五年後、リーグ優勝すら出来ず、Cクラスにまで落ちて、今では最下位。
名門とは言えないほどに落ちぶれ、宇都宮チェンタウロス、横浜アヴァロンズなどの後発のチームにフルボッコにされている。
「もしかしたら、誰かがクビになるかもしれないな」
麻子がボソッとつぶやいたが、本人の抑揚の無い口調に全員が突っ込めず、沙織までもが下を向いてしまった。
「というわけで、戦車道は成り立っているんです」
新社長に就任した、小林勇人に全く臆せず、楽しそうに戦車道について秋山優花里は語った。
小林は今、大洗アングラーズの社長室で戦車道について優花里にレクチャーを受けていた。
「大体のことは分かった。プロリーグは相手を全滅させるまで戦う殲滅戦で、三十両の戦車で戦い合うということか」
事前に勉強してきた戦車道の話と、優花里の説明で戦車道が単に戦車を使って戦うのではなく、非常に戦略性の高いゲームであることを小林は理解した。
「そして、高校や大学では第二次世界大戦までの戦車が使えて、プロリーグでは戦後の第二世代の主力戦車という、現代戦車を使うことが許されているのか」
主力戦車という言葉はそれまで聞いたことも無かったが、今後チームの運営を行う上で小林はそれなりに勉強してきた。第二世代主力戦車、又の名をMBTの運用はプロリーグ発足からより多くの戦車を使ったエキサイティングな試合を目的に導入された。
先進国ではすでに第二世代主力戦車はお蔵入りしていることも多いことから、在庫処分も兼ねて、欧米のチームでは率先的に第二世代MBTをプロリーグに導入している。
それを真似た日本の戦車道プロリーグも同じく、第二世代MBTを使っている。
「ちなみに、ウチにはその第二世代MBTはあるのか?」
小林の指摘に、先ほどまで懇切丁寧、明るく教えていた優花里の顔が急激に曇っていった。
「実は一台も……」
それまで冷静にレクチャーを受けていた小林は信じられないような顔になった。
「どういうことだ? 横浜アヴァロンズや宇都宮チェンタウロスは第二世代MBTをガンガン使ってるそうじゃないか。それで、なんでウチのチームだけが使っていないんだ?」
五菱インダストリーを親会社にした横浜アヴァロンズはチーフテン、富国モータースが親会社の宇都宮チェンタウロスはM60という第二世代MBTを使っている。
「今年のプラチナリーグは、アヴァロンズとチェンタウロスが接戦の末にアヴァロンズが優勝し、ジャパンシリーズで八幡ヴァルキリーズと戦った。そのヴァルキリーズにしても、レオパルト1と74式戦車を使って、アヴァロンズを撃破したんだぞ」
一応今年の試合も、広報部に異動していたかつての部下に調べさせ、大洗アングラーズが最下位へと転落し、今年プラチナリーグで優勝したアヴァロンズとチェンタウロスについて小林はある程度確認していた。
「三位だった八戸スヴォーログズや四位の倉敷デュランダルズも第二世代MBTを使っている。五位だった習志野ウラヌスにもウチは負けた。なんでだ?」
つい口調が荒くなるのは、問題点を見つけて対策を取っていないことに小林は疑問を抱いたからである。
「それが……あの……」
しどろもどろになる優花里だが、急に社長室のドアがノックされた。
「どうぞ」
誰だと思いながらとりあえず、中に入れると、そこには妙齢の、黒髪のロングヘアの女性が立っていた。
「小林社長ですね。このチームの隊長を務めています、富永恭子と申します」
美人だが高飛車に見える富永の姿に、小林はあまり好印象が持てなかった。
「大洗アングラーズを見ることになった小林勇人だ。よろしく頼む」
握手ではなく、軽く一礼する小林ではあったが、対する恭子は堂々としていた。
「ところで、今秋山君から聞いたが、ウチのチームは第二世代MBTを有していないと聞いたが本当かね?」
「事実です。戦車道はやはり、第二次世界大戦で活躍した戦車が一番美しいですから」
恭子が高らかに言うが、その言葉に小林は思わず絶句する。
「美しいから?」
「戦車道は元々、乙女のたしなみですから。それにふさわしい女性の戦車は、実戦を勝ち抜いてきた戦車です。特にセンチュリオンは美しい」
「一応、第一世代MBTです」
優花里が小林にアドバイスすると、恭子は軽く咳払いをする。
「戦車道は、優雅で気品ある競技です。我々プロリーグは、大学生や高校生の模範にならなくてはならないと思っています」
ご高説を賜る気分に小林は何も言えなかった。蹴落とされたと思ったのか、富永恭子の顔はどこか誇らしげである。
「正式な就任式を開かせて頂きます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
言いたいことだけ言って、そのまま恭子は出て行った。その姿に慌てて優花里は「すいませんでした社長」と頭を下げる。
「おかげで、なんでウチのチームが第二世代MBTを使っていないのか分かったよ。そして、何故このチームが最下位になったのかが分かった」
先ほど恭子に対して何も言えなかったのは、蹴落とされたからではない。その逆だ。
「秋山君、今年、ウチのチームは何位だった」
「最下位です。精一杯頑張ったんですけど、すいません」
最下位であることを恥じると共に、素直に申し訳ないと言った、一メンバーの優花里
に対して、このチームを率いて最下位へと転落したことに何も責任を持っていない隊長の恭子。
そもそも、今年の成績に対してぬけぬけとチームの社長である自分に姿を見せられるものだと小林は内心激怒していた。
「君が謝ることじゃない。我々本社側も、大洗アングラーズのことに対してあまりにも無関心すぎた」
他のチームが当たり前のように使っている戦車を使わず、そして、無責任で勝ち負けに無関心な隊長に全てを任せていたこと。
アングラーズが最下位へと転落した原因に、やっと小林は理解することが出来た。
「秋山君、君は勝ちたいか?」
「勝ちたいです!」
「そのためには、第二世代MBTは使いたいと言ったらどうする?」
小林の言葉に、優花里は困惑するが「隊長の富永さんは、ああ言っていましたけど、私は第二世代MBTも好きです。そして、他のチームと渡り合って、勝ちたいです!」と小林の前で熱い言葉を放った。
「分かった。来週の就任式でまた会おうじゃないか」
小林の中で、このチームを赤字から黒字へ変える為の道が見えてきた気がした。
まずは勝つ事。強いチームにしなければ意味が無いということだ。