ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記   作:ヤン・ヒューリック

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第二話 小林再生工場始動 前編

 正式に株式会社大洗アングラーズ社長として、アングラーズの社長として就任した小林勇人は、大洗での就任式もほどほどに切り上げ、真っ先にやろうとしたのはアングラーズの決算報告書を読むことであった。

 

 「細かい項目が仔細に載っているが、やはり、赤字は変わらないのか」

 

 わかりきった答えに小林は先日、池田社長の前で言った「任せてください」という言葉の重さを今更ながらに痛感させられた。

 

 「まずはこれをなんとか変えていくことが、俺の仕事だな」

 

 予算五十億円に対して、チームとしての収入はどうやって読んでも、五千万しかない。

 

 全ての子会社と比較しても、やはりアングラーズだけが圧倒的に収支が悪いのだ。

 

 「それに比べて、鹿島ハーキュリーズはトントンで成り立っているわけか」

 

 予算三十億に対して、ラグビープロチームである鹿島ハーキュリーズの売り上げは三十二億だ。

 チケット収入とスポンサー収入、放映権の還元などもあるが、それでも自分達の利益をしっかりと賄えているのは賞賛するしかない。

 

 「社内の知名度も、圧倒的にハーキュリーズが上だ」

 

 アングラーズとハーキュリーズ、異なる二つのプロチームを抱える常陸スチールだが、会社の知名度と人気もハーキュリーズの方が高い。

 

 歴史的に見てもハーキュリーズは常陸スチールの象徴して活躍してきた。日本代表メンバーも多数選抜され、ラグビー界では盟主といってもいい。

 

 過去の優勝経験という意味でも、決してBクラスに陥ることなく、プロリーグとなったラグビー界の中では、どのチームよりも勝つ事に貪欲なチーム。

 

 谷口から聞いた話とはいえ、同じ会社が支えているハーキュリーズとも格差がある。

 

 広報部でもハーキュリーズをほぼ一方的に取り上げている。谷口がアングラーズをやっているのは殆ど谷口の趣味だ。

 

 常陸スチールという大企業に支援をして貰っているチームと、常陸スチールを支えてそれに答えるチーム。どちらを応援したくなるのか、子供でも分かることだ。

 

 小林自身も、ハーキュリーズの話は興味が無くても目に触れていたが、アングラーズの話は、戦車道をやっているのかぐらいの認識しかなかった。

 

 「とすると、ハーキュリーズに学ぶ必要性があるな」

 

 だがそれは簡単な話ではない。ハーキュリーズは、専務取締役の米山の管轄下にある。

 先日、派手にやり合っただけにそれをお願いしに行くのはかなり難しい。

 

 それ以上に、このチームがハーキュリーズを真似ようとしても、それを行かせるような環境は何一つとして整っていないのが現状だ。

 

 そこまで考える中で、社長室のドアが再びノックされる。どうぞと告げるとやってきたのは、隊長の富永と、中隊長を務める服部と西住まほの三人であった。

 

 「失礼致します、小林社長」

 

 「富永君か、どうしたのかね?」

 

 「実は、社長に確かめたいことがあってきました」

 

 「何だ?」

 

 「我々アングラーズで金儲けを考えられているとか」

 

 けんのんな言い口に、小林は冷静なまま、三人をソファへと座らせた。

 

 「金儲けか。確かに私は売り上げをどうにか改善しようと考えている。それを金儲けというならばその通りだ」

 

 「お言葉ですが、戦車道は乙女のたしなみです。金儲けを前提にされるのはどうかと思います」

 

 富永の口調に、小林は思わず異次元人と話しているような気分になる。

 

 「なるほど、乙女のたしなみか。それで、年間五十億もの金を、親会社である常陸スチールに支援をしてもらっていると?」

 

 「その通りです」

 

 当然という顔に富永と取り巻きである服部がそう言うが、一方であんこう中隊を率いる西住まほだけはどこか様子が違っていた。

 

 「昨年の予算は五十億、一方で、売り上げ、これはプロリーグの放映権からの還元だが五千万だ。このチームは今、一体いくらの赤字を出していると思う?」

 

 「ですから、そういう話ではありません。我々の華麗な戦いを一般市民に公開しているのですから、それはそれとして貰っているだけのお金です」

 

 あまりにもふざけた口調に小林は富永をにらみつけた。

 

 「ふざけるな」

 

 唐突な言葉に、恭子と服部の表情が変わる。

 

 「華麗な戦い? プラチナリーグでフルボッコにされて、最下位へと転落した戦いのどこが華麗だ?」

 

 辛辣な口ぶりに寝ぼけている大隊長と、中隊長に小林は辛辣な評価を下した。

 

 「そもそもだ。我々アングラーズは最下位へと転落した。それに対して、よく、君は私に対して臆面も無く会えるものだな」

 

 「あれは私の責任ではありません」

 

 「では誰の責任だ? 服部君か、それとも西住君か? このチームの隊長は一体誰だ?」

 

 「社長は健忘症ですか? それは私です」

 

 「ならそのままその言葉を返してやる。富永君、君は健忘症なのか?」

 

 役員や取締役達相手に、様々な戦いをしてきた小林は堰を切ったかのように反撃を行う。

 

 「最下位へと転落したこのチームで、真っ先に私に言うべきことは、来年どうやってプラチナリーグで優勝し、そして日本一になるかということのはずだ。それが、戦車道についてのご高説と、赤字のチームを立て直そうとする私に、金儲けをするなというのは、どういう思考でいるつもりだ?」

 

 

 最下位へと転落したことは仕方が無い。だが、それに対する改善策すら出さず、安穏としている時点で小林に対する富永恭子への扱いはすでに決まっていた。

 

 「君たちは一体何者だ?」

 

 「私達はアングラーズです」

 

 「アングラーズはいつから、お遊戯をするチームになった? このチームは、戦車道プロリーグに所属するプロチームだ。富永君、君の言うプロとは一体どういう意味だ?」

 

 小林はプロの意味を富永恭子に問いただす。

 

 「それは圧倒的な技術を持った集団として……」

 

 「どこに圧倒的な技術があるというんだ? チェンタウロスとアヴァロンズには一方的なワンサイド・ゲームでやられ、格下のウラヌスにも敗北した君たちの言う圧倒的な技術とは何だ?」

 

 小林は一切の遠慮をするつもりは無かった。

 

 「それが分かっていないならば、教えてやる。富永君、今すぐチーム全員をグラウンドに集合させろ」

 

 「何故ですか?」

 

 「これは、社長命令だ。やれ!」

 

 困惑する富永と服部、そしてどことなくそわそわしている西住まほは、小林の剣幕に押されて渋々と社長命令を聞いた。

 

 

 「全員集まったか?」

 

 選手全員と、スタッフ。総勢三百名が集まった姿が圧巻だったが、株主総会に比べれば何と言うことは無い。

 その勢いで手渡されたマイクのスイッチを押すと、小林は選手とスタッフ達に語りかけた。

 

 「君たちは今年一年、戦い抜いてくれた。それにはまず感謝しよう」

 

 就任してから、マトモに選手達とも接していなかった小林ではあるが、今見ると、どことなく選手もスタッフ達も幼く見える。

 

 「だが、今年ウチは最下位へと転落した」

 

 その一言で、全員の顔が暗くなり、落ち込んでいるのが見える。

 

 「そして、このチームは現在、年間五十億もの予算を使っているが、大幅な赤字を出している」

 

 金の話になった途端、今度は不機嫌になるが、小林は気にしていなかった。

 

 「君たち選手は、戦車道のプロだ。ここで質問だが、君たち選手は何故プロなんだ?」

 

 小林の問いかけに全員が今度はざわついている。

 

 「君たちは戦車道をやっている。戦車道をやって、金を貰っている。違うか?」

 

 プロという言葉があまりにも彼女達に漠然とし過ぎている。それを小林は改めて教えるつもりだった。

 

 「仕事をして金を貰う。それを行っている時点で皆プロだ。これは正社員も契約社員もアルバイトも関係ない。お客様から見れば、それで収入を得ている、それで金をもらって仕事をやっている人間は皆プロなんだ。この際赤字はともかくとして、ファンの人達は君たちが戦車道で負ける姿を見るのが楽しいと思うか?」

 

 アングラーズのことが書かれたインターネット掲示板では、かなり辛辣な言葉が連なっていたのを小林は知っていた。

 

 「君たちは戦車道のプロだ。戦車道で収入を得ている。そして、親会社である常陸スチールは君たちにただ戦車道をやって貰う為だけに金を払ってなどいない。そして、君たちのファンもまた、君たちにただ戦車道をやっているから応援しているわけではないはずだ」

 

 正直な話、富永恭子とその取り巻き達を小林は初めから相手になどしていない。小林が相手にしているのは、実際に戦っている選手達だ。

 

 「君たちに聞きたい。この中でプラチナリーグで優勝したいと思っている者は全員手を上げろ」

 

 すると、全員が手を上げた。

 

 「次に、ジャパンシリーズに勝って日本一になりたいと思っている者は全員手を上げろ」

 

 同じく全員が手を上げる。富永恭子らも渋々といった顔で手を上げていた。

 

 「そうか、なら次の質問だ! 今年最下位へと転落して悔しいと思っている奴は全員手を上げろ!」

 

 本題である最下位へと転落という現実を突きつけた小林の言葉に、何人かの選手達が勢いよく手をあげた。周囲を気にしながら上げている者もいたが、最前列にいる富永恭子と服部らを除いた全員が手を上げていた。

 

 「負けて悔しいか、最下位へと転落して悔しいか? ならまずは勝つ事だ。勝って勝って、プラチナリーグで優勝してジャパンシリーズを制する。そうすれば悔しさなど無くなる。君たちへの中傷は、殆どが賞賛へと変わるだろう」

 

 大半の選手達は、最下位へと転落したことを悔しいと思っている。ならば、それを改善するには勝つしかない。

 

 「我々は勝つ為のチーム作りをする。貪欲に勝つことを考え、貪欲にチームを強くすることを考える。来年度以降は、そのためのチーム作りをする。もし負けそうになったら今の気持ちを思い出せ! 君たちは今どん底にいる。だが、どん底にいるからこそ後は這い上がることを考えろ! 以上だ」

 

 小林の演説に対して、一部の選手達から拍手する。それはやがて、一人が二人、二人が三人と次々に続いていく。

 そして気づけば大勢の選手達が拍手していた。引き受けたからには、このチームを立て直す。その声に答えてくれるのであれば、それをやり続けるだけのことだ。

 

 戦車道という新しい戦いに小林は挑もうとしていた。

 

 *

 

 「何なんですかあの社長は!」

 

 一方的にやり込められた服部は、クラブハウスの一室にて、小林への不満を口にした。

 

 「何かにつけて金、金、金、金と、戦車道をなんだと思っているのですか!」

 

 「そう大声を立てなくてもいいわよ服部さん」

 

 優雅にコーヒーを飲む富永恭子は、あくまで冷静であった。

 

 「お父様とお母様に言っておくわ。あの方は戦車道にふさわしくないとね」

 

 大物政治家の父と、戦車道連盟の理事を務める母、圧倒的な権力を持つ両親がいる富永恭子にとって、チームの社長など端から眼中に無かった。

 気に入らない相手は、どんな手を使っても叩きつぶす。このチームは自分のチームであることを、あの身の程知らずな社長に教えてやろうと恭子は思っていた。

 

 

 *

 

 

 今年もジャパンシリーズを制して三連覇を成し遂げた八幡ヴァルキリーズは、戦車道プロリーグにおける盟主として君臨していた。

 

 隊長である西住まほは、黒森峰女学院を優勝に導き、大学選手権でも優勝へと導き、中隊長である逸見エリカもまた、無限軌道杯で優勝し、大学選手権でも西住まほとコンビを組んで、優勝へと貢献した逸材だ。

 

 海外でも通用する二人のエースと、その他多くの優秀な選手達で構成されたヴァルキリーズは圧倒的な統率力と攻撃力で勝ち抜き、守勢に回れば一個中隊で大隊規模のチームを押さえ込むほどの強さを持ち、勝機を掴む。

 

 親会社である東亜製鉄では、圧倒的な知名度を持つヴァルキリーズには惜しみない金を注ぎ込み、勝利への投資を行ってきた。

 

 だが、ヴァルキリーズを勝利の女神ならぬ、常勝の戦乙女達に変えたのは彼女達だけの力ではない。

 

 「来期の契約はしない?」

 

 八幡ヴァルキリーズ監督を務める宮崎任三郎は、耳を疑いたくなるような言葉に衝撃を受けた。

 

 「あなたとの契約期間は何年かしら?」

 

 八幡ヴァルキリーズ社長を務める佐藤涼子は冷たい口ぶりでそう言った。

 

 「二年契約です」

 

 「そう、契約期間は二年、それが切れた事に何か問題でも?」

 

 宮崎は八幡ヴァルキリーズを二年契約で、一度更新して四年間ヴァルキリーズの監督を務めた。

 

 一年目でリーグ優勝、二年目からは現在のジャパンシリーズ三連覇を果たした戦車道プロリーグの盟主を作り上げ、しかも収益も大幅に改善してチームを強くした手腕は高く評価されている。

 

 「理由をお聞かせください」

 

 「契約期間が切れたから、それだけよ。それに、あなたがいなくてもこのチームは優勝するわ」

 

 元々、戦車道プロリーグで監督を採用しているチームは決して多くない。チームの隊長が実質的な監督を務めている。

 

 「ですが、私はヴァルキリーズを鍛え上げ、三年連続ジャパンシリーズで優勝して日本一にしました」

 

 プロリーグ発足からプレミアリーグで優勝したヴァルキリーズはその後、第二世代MBTの波に乗り遅れ、成績が低迷する。

 

 だが、それを立て直して今に至る盟主の地位へと追い上げたのは間違いなく、改革を実行してチームを強化した宮崎の手腕によることが大きい。

 

 「それは、西住まほや逸見エリカの二人のエースがいるからでしょう」

 

 「ですが、収益を上げる為のスポンサーを集め、地域のへの社会貢献やボランティア活動は私のアイディアです!」

 

 宮崎がやったのはチームを強くすることと共に、事実上ゼネラルマネージャーとして、スポンサーを集め、そして八幡製鉄所がある北九州市、そして福岡市に拠点を持つプロ野球チームである福岡ホークスとの交流や、病院や介護施設などでのボランティア活動やエキシビションマッチであった。

 

 「チームを強くすればいいというものではないわ。それに、戦車道の選手はアイドルでも何でも無い。戦車道は乙女のたしなみよ」

 

 ガチガチの戦車道信者と言ってもいい佐藤は、宮崎の改革案には消極的であった。だが、チームの低迷には親会社である東亜製鉄も問題視し、改革の為に海外のプロチームで監督として活躍していた宮崎をスカウトし、改革案を実行した。

 

 「それに、あなたのやり方は正直、連盟の東条理事長も喜ばれていないわ。戦い方が下品であるとね」

 

 日本戦車道連盟の理事長を勤める、東条有希江は戦車道を高校、大学において女子スポーツの振興に勤め、プロリーグを発足させたその手腕から日本戦車道連盟においては絶対君主と言ってもいい。

 

 だが具体的な理論ではなく、口では美辞麗句、精神論をつぶやき、実際はえげつないまでの政治力、というよりも策謀を巡らしてきた東条有希江は「魔女」というあだ名を持っている。

 宮崎も東条が好きではなかった。

 

 「ですが、東亜製鉄側からは何も……」

 

 「親会社は関係無いわ。これは、チーム社長である私の判断よ」

 

 こんなふざけた話があるか。確かに自分一人でジャパンシリーズ三連覇が成し遂げられた訳では無い。だがその骨子を作り上げたのは自分である。

 だがそれ以上に、自分の考える戦車道を理解してくれるまほや、ボランティア活動を通じて、中隊長としてチームメイト達を率いる統率力を身につけたエリカ、そのほかの多くの選手達と共に、今年もまた戦車道をして優勝してジャパンシリーズを制覇したいという気持ちがあった。

 

 だが、絶対君主であり魔女の名前まで出した佐藤に何を言っても無駄だろう。

 

 八幡ヴァルキリーズと共に戦う。その宮崎の夢は無残な形で打ち砕かれた。


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