ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記   作:ヤン・ヒューリック

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第三話 戦車道を誰よりも理解している男 前編

 「池田社長も酔狂なことをするものですな」

 

 そうつぶやいたのは、常陸スチール鹿島製鉄所所長にして、常務取締役を勤める福原孝であった。

 

 「社長はいつも、思い切ったことをされる」

 

 好物のジン・トニックを片手に、専務取締役である米山郁夫はそう言った。

 

 二人は今、銀座の隠れ家というべきバーにいた。密談をする時、米山は常にバーを好んでいた。

 

 「しかし、専務の提案をたたき壊したあの男にアングラーズを任せるとは……」

 

 アングラーズは元々、福原が統括する鹿島製鉄所の管轄にあった。それを今回の人事で池田は小林を社長に就任させ、福原からアングラーズを取り上げた。

 

 「君があのチームに思い入れを持っていたのか?」

 

 ジン・トニックを飲みながら、米山は意外そうな口ぶりでそう言った。

 

 「まさか。あんな戦車で遊んでいるような連中など、潰れてしまえばいいのです」

 

 大洗アングラーズは、常陸スチールのお荷物集団であることは、末端の社員ですら知っていることだ。

 

 「ハーキュリーズのように、我が社を支えるプロチームとは雲泥の差です。ガラクタも同然ですよ」

 

 常陸スチールの象徴と言ってもいい、鹿島ハーキュリーズの名前を出したことに、米山は手を止める。

 

 「ハーキュリーズは、我が社の誇りだ」

 

 ラガーマンであった米山は、社会人チーム以前はハーキュリーズの部長を務め、プロリーグ発足後はハーキュリーズの社長を今でも兼任している。

 そして、ハーキュリーズは収益をしっかりと上げ、今も右肩上がりだ。

 

 「だからこそ、常陸スチールの象徴として存在している」

 

 常陸スチールといえばハーキュリーズ、ハーキュリーズと言えば常陸スチール。その象徴としてハーキュリーズを運営したことは、米山にとっては誇りであった。

 

 「池田社長も意外に見る目がありませんよ。あんなガラクタな女共の戦車ごっこを潰さず、かつてはハーキュリーズを潰そうとしたのですから」

 

 福原がオンザロックにしたスコッチを呷った。ハーキュリーズはかつて、赤字の原因ということで、池田による不採算事業の整理リスト入りしそうになったことがある。

 

 八年前、常陸スチールは深刻な経営危機に陥っていた。無謀な海外事業進出で、出資した合弁会社の製鉄所が大事故を起こし、製鉄所ごと合弁会社は倒産。

 

 五千億もの大赤字を出したことを皮切りに、その他不採算事業でも赤字を垂れ流していたことから、急遽社長に就任した池田は、不採算事業の撤退を行い、同時に常陸スチール初のリストラまで実行した。

 

 その時にハーキュリーズも整理リスト入りしていたのだが、それを撤回させたのが米山である。

 

 「ハーキュリーズは潰すには惜しかったからな」

 

 「今やハーキュリーズはラグビーの覇王です。圧倒的な技術と戦術で、他のチームを切り崩していきますからなあ」

 

 「だが、そこまでするには並大抵のことではなかった」

 

 「私としては、池田社長を疑問視するようになったのはその頃ですよ。こんな、金の卵を潰そうとしていたのですからな」

 

 池田が断行した不採算事業の撤退はともかくとして、リストラは内外に大きな反響をもたらした。

 

 創業以来、人を大切にすることをモットーとしていた常陸スチールにおいて、リストラは単なる人員整理では語りきれない代物であった。

 取締役の大半も反対し、労働組合も当然ながら戦ったが、池田はメインバンクと株主の力を背景にリストラを実行させた。

 

 その後、技術開発と研究に資金を投資し、積極的な営業攻勢をかけたことで、常陸スチールはたった四年で業績を回復させ、今では業界一位の東亜製鉄よりも、収益率が高い企業として評価されている。

 

 「福原、もう酔ったのかね?」

 

 「これぐらいの酒で酔うわけがないですよ。専務とは良く酒を飲んだ仲ではないですか?」

 

 二杯目のオンザロックを注文し、ほろ酔い気味の福原を尻目に、チェイサーを飲みながら今度はギムレットを注文した米山はあくまで冷静でいた。

 

 「何にせよ、アングラーズはどうにかしなくてはならんな。このまま行けば、あのチームは我が社の爆弾となりかねない」

 

 「心得ております。あの生意気な喧嘩屋の泣きっ面を見せてやりますよ。私にお任せください」

 

 態度を崩さない米山はギムレットを口にする。錐を意味するギムレットらしく、鋭くシャープに仕上げ、甘ったるさが一切無い。

 

 どんなカクテルも旨いが、このバーで一番旨いのはこのギムレットだ。甘さを切り捨てた味は、何度飲んでも飲み飽きない。

 

 このギムレットのように、常陸スチールもまた、甘さを捨てて行かなくては生き残れない。

 それを心に刻むかのように、米山は二杯目のギムレットを注文した。

 

 *

 

 大洗アングラーズの社長室に集まった、西住みほ、五十鈴華、秋山ゆかり、武部沙織、冷泉麻子の五人は、目の前にいる中年の男を前に少し緊張気味であった。

 

 

 「楽にしたまえ」

 

 大洗アングラーズ社長、小林勇人は愛用しているタブレットを片手に、彼女達と対峙する。大洗アングラーズの精鋭と言ってもいいあんこう中隊、そしてその中枢であるあんこうチームを率いる彼女達が、このアングラーズ唯一の救いだ。

 

 「何故、私達が呼ばれたのでしょうか?」

 

 不思議そうにしている、西住みほとは対照的に、小林はあくまで落ち着いたままであった。

 

 「実はここだけの話だが、私はこのチームを変えようと思っている。そして、新しいチームを作るには、君たちを中心に置くべきだと思っている」

 

 「ですが、隊長は富永さんですよ」

 

 先日、小林に戦車道を解説した優花里は不安げな顔をしていた。無理も無い。富永恭子はこのアングラーズの独裁者だ。それに逆らうようなことは気が引けるだろう。

 

 「彼女には宿題を出した。一週間以内に、具体的な来年の戦略と戦術を書いてもってこいとな」

 

 本当は三日前に命じたのだが、そのときはA4用紙一枚、それも中身は「あたしがかいたさいきょうのちーむでゆうしょうする」という寝言だ。

 鯛焼き食って寝たと書いた日記の方が、遙かにマシに見える内容の無さに、再度小林は彼女に一週間という期限を付けた。

 

 「それが出来れば、彼女との契約を維持するが、それが出来なかった場合は彼女との来期の契約はない」

 

 四年連続Cクラス、挙げ句の果てには最下位転落。その改善を提案として出せないのであれば、もはや彼女の存在価値など無い。

 その決断に、五人とも驚いた顔をしていた。

 

 「そんなことをやって大丈夫なんですか?」

 

 代表して尋ねた沙織に小林は「私は本気だ」と告げた。

 

 「でも、富永さんはお父様が国会議員、お母様は連盟の理事では?」

 

 「社長がクビにされるかも」

 

 驚く華と、返す刀で小林がやられる可能性を告げた麻子に小林は不適に笑った。

 

 「あいにくだが、私は戦車道の素人だ。仮に戦車道で食えなくなったからといって、私のキャリアには関係無い。それに彼女が縁故を使って私をクビにするというならば、常陸スチールも、そして大洗アングラーズもその程度の会社でありチームということだ。それに私はこう見えても、今の仕事でいくつか引き抜きも受けている」

 

 外資系の企業、あるいは上場したてのベンチャー企業から、小林の元には幾度となく彼らからのエージェントが来ている。

 流石の富永恭子も、外資系企業に圧力をかけることは出来ないだろう。それに、それでクビになるならば、今言ったとおり、常陸スチールも大洗アングラーズも、その程度の会社、ろくでもないクソ会社でしかない。

 

 「だが、私は理不尽と不条理、そして何より無責任という言葉が大嫌いだ。下らない派閥争いも嫌いだ。自分の仕事を果たし、それで成果を上げるのは戦車道もビジネスも変わらない。目標の為に、何をすればいいのかを考えて実行するのは、戦車道も同じだろう?」

 

 

 小林は彼女達に偽りの無い言葉で本音を語った。

 

 「西住君、君はかつてあの黒森峰女学園にいたそうだな?」

 

 「どうしてそれを?」

 

 戦車道の名門である黒森峰女学園は、幾度となく戦車道全国大会で優勝した名門校だ。プロリーグへの選手も多数選出し、卒業して大学でも活躍してそこからプロになった選手も多い。

 

 「君は一年生の頃、黒森峰女学園で苦境に立たされたチームメイトを助けた。その結果優勝を逃したが、そのことに君は後悔しているか?」

 

 盟主八幡ヴァルキリーズを率いる戦車道プロリーグ最高の隊長と言ってもいいのが西住まほだ。

 

 そして、妹である西住みほもかつては姉が率いる黒森峰女学園を破り、無限軌道杯でも優勝した実績を持つ。このチームでは低迷しているが、小林が気になったのは彼女がどういう人間であるかということだ。

 

 「私は後悔なんかしていません。あのとき、もしかしたら他の方法があったかもしれません」

 

 あの一件で、母親であるしほからは優勝を逃したことで責められ、逃げるように県立大洗女子学園へと転校した。そして、このあんこうチームを含めた戦車道の仲間達と出会い、みほは変わったのだ。

 

 「ですが後悔していません。窮地に立たされたチームメイトを助けることが出来ないなら、それで勝利しても意味が無いことが分かったからです」

 

 「そうか、ならそれを忘れないでほしい」

 

 小林がみほを再評価したのは、この一件と、同じく黒森峰女学園との戦いでエンストしたウサギさんチームを助けたことだ。

 

 「誰かを切り捨てることで、組織は絶対に成り立たない。そして、その結果利益が出たとして何の意味もない。それはビジネスでも同じ事だ。誰かをただ切り捨てるだけでは会社は成り立たない。君は、水没した戦車の乗員を助けだし、エンストした戦車を自ら助けようとした。それは実に賞賛されるべきことだ」

 

 再生工場の異名を持ち、落ちこぼれと言われた社員達を救い、不採算事業を立て直してきた小林から見ても、チームメイトを見捨てずに戦うことが出来る西住みほは、素晴らしい人材であった。

 

 「昨年我々は最下位へと転落した。だがこれはアングラーズだけの責任ではない。親会社である常陸スチールの責任でもあり、それは役員として経営陣にいる私の責任でもある」

 

 アングラーズは理不尽と不条理の魔窟と化したのは、結局のところ経営陣の責任だ。その一員であった自分も、知ってしまった以上は看過することは出来ない。

 

 「先日も言ったが、君たちは戦車道のプロだ。戦車道をして、それで給料を貰っている」

 

 トップクラスの選手揃いの八幡ヴァルキリーズは一千万円プレイヤーだらけだが、一部の選手を除いたアングラーズはその半分も貰っていればマシなレベルだ。

 だが、額の差はあれども、同じプロであることは変わらない。

 

 「金を貰うということは否が応でも責任がつきまとう。金を貰うということはそれだけで責任が生まれる。貰う側だけではなく、払っている側にもだ。当然ながら、その額にふさわしくない人間は悪いが容赦はしない」

 

 その言葉に少し身構えるあんこうチームの面々だが、最初の緊張ぶりからすればまだ和らいでいた。

 

 「そして、私も同じだ。私もこの大洗アングラーズの社長として、チームを運営する立場にある。払う側にいる私にも当然ながら責任がある」

 

 「社長の責任ですか?」

 

 不思議そうな顔をしている西住みほに、小林は深く頷いた。

 

 「先日も言ったが、私はこのチームをプラチナリーグで優勝させる。そして、ジャパンシリーズを制して日本一を目指す。負けたままでは終わらない。違うか?」

 

 先日、最下位へと転落したことに対して悔しいと思い、勢いよく手を上げたのはこの五人だ。負けたままで終われない気持ちなのはこの五人も同じである。

 

 「私は戦車道の素人だ。戦車道の事はまだまだ勉強中で正直分からないことだらけだ。だが、経営に関しては違う。私はいくつかの不採算事業を立て直してきた実績がある。その為に必要なのは、このチームで勝てる人材を集めることと、勝てる為の戦車を集めることだ」

 

 アヴァロンズやチェンタウロス、そしてジャパンシリーズを三連覇したヴァルキリーズは第二世代MBTで武装している。

 それを一両も持たない状況を変えなければ、勝てるものも勝てない。

 

 「それから、コレは私からの提案だが、君たちの意見を聞きたい」

 

 富永恭子らを追い出しても、それは最悪のチームが普通になるだけだ。西住みほを隊長にしたところで、せいぜいプラチナリーグの強豪になるかどうかだろう。

 アングラーズに必要なのは、戦車道プロリーグを知り、戦車道プロリーグで勝つことを知っている人物だ。その人物を招聘する上での土壌造りを、小林は実行しようとしていた。

 

 *

 

 「今回の解任劇、本当に申し訳なかった」

 

 福岡市内の居酒屋にて、東亜製鉄常務取締役である永田哲也は八幡ヴァルキリーズ元監督、宮崎任三郎監督に頭を下げた。

 

 「永田さんの責任ではありませんよ。東条に目をつけられた時点で私はやり過ぎたんです」

 

 永田は宮崎をヴァルキリーズの監督に推薦した恩人だ。当時、低迷する八幡ヴァルキリーズを立て直す為にあえて宮崎を監督として招聘した。

 

 生まれ育った北九州市のプロチームの危機に対して、永田は本社の役員達を説得し、反対する佐藤を無視して宮崎を招聘し、八幡ヴァルキリーズをプロリーグの盟主にした。

 

 「だが、それは君のせいではない。本来ならば、こんな横暴は我々がどうにかしなければいけないことだ」

 

 「ですがそれで永田さんは子会社に出向させてしまった」

 

 八幡ヴァルキリーズを盟主にしたことは、宮崎は無論のこと、永田も「やりすぎた」と見なされた。低迷するチームの強化と立て直しには成功したが、同時にそれは保守的な東亜製鉄の役員達にとっては決して喜ばしいものではなかった。

 

 「所詮、ウチの会社はその程度の会社だったということだ」

 

 東亜製鉄の体質は非常に官僚的であると同時に、政治の力に簡単に左右されてしまう。政治家とも太いパイプを持つ東条有希江は、富永京介の力を使い、東亜製鉄に圧力を掛けた。

 経済産業省出身で、財界に強い力を持つ富永京介は東亜製鉄にも強い影響力を持つ。その圧力に対して東亜製鉄経営陣が下した答えは、出た杭である永田を失脚させ、宮崎を追い出した。

 

 「私のキャリアなどどうでもいい。だが、君まで巻き込んでしまったことは本当に申し訳ない」

 

 宮崎の出すアイディアを認め、事実上八幡ヴァルキリーズを運営してきたのは永田だ。佐藤はただのお飾り社長であったが、その結果が政治的圧力という結果をもたらした。

 

 「戦車道プロリーグはどうなるのでしょうか?」

 

 自負するわけではないが、三連覇を成し遂げた自分が切り捨てられるような状況では、戦車道プロリーグの未来は無いのではないかと宮崎は思うようになった。

 

 戦車道は未だに高校生や大学生など、学生の武道でありスポーツとして見なされている。そして、その為に補助金、というよりも税金が露骨なまでに投入されている。

 

 戦車道がもたらす補助金を取り仕切る東条有希江に逆らえる者など存在しない。

 

 「西住理事も、事実上失脚し、島田理事に至っては完全に失脚してしまった。連盟は東条の独裁体制のままだ」

 

 プロリーグ発足に奔走した西住しほは、当初の構想から大きく外れた収益の責任を取り、専務理事を辞任し、島田千代に至っては、東条有希江に逆らい、理事を辞任させられた。

 まだ健全であった戦車道は、かなり先行きが不透明なものになりつつある。それには永田も懸念していた。

 

 

 「だが、まだ全てがあのバカ共に牛耳られているわけではない。ところで宮崎君、君は次の職場は見つけたのか?」

 

 失脚したとはいえ、子会社に出向してなんとか食い扶持がある永田と違い、宮崎にはまだ、再就職先が決まっていなかった。

 

 「いえ、まだです」

 

 先日解任のニュースが流れた時、それを知った他のチームからの引き抜きがあったが、自分が「魔女」に嫌われているということで立ち消えになった。

 結局のところ、戦車道は縦社会だ。連盟のトップににらまれている男を活用すれば自分達のチームがにらまれる。そんな危険を冒せるような勇者はどこにもいない。

 

 「私は君という人物を招聘しておきながら、君を守れなかった。最大の功労者である君には、相応の待遇を与えなければならないはずだった。だからこれは、君に対する償いでもある。君の再就職先を紹介したい」

 

 「私の再就職先ですか?」

 

 「君は戦車道プロリーグのスペシャリストだ。待遇はヴァルキリーズに劣るかもしれんが、プロリーグを誰よりも知り尽くしている君にはやはり、プロリーグのチームの監督がふさわしい」

 

 確かにプロリーグにはまだ未練がある。だが、どのチームも断り続けた自分に、いったいどのチームが引き受けるというのだろうか?

 

 「お気持ちは嬉しいですが、いったいどのチームですか?」

 

 「私の後輩が社長をやっているチームだ。大洗アングラーズだよ」

 

 予想もしなかった、意外なチームからのオファーに宮崎は飲みかけたビールを吹き出しそうになった。

 

 


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