ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記 作:ヤン・ヒューリック
東京丸の内にある常陸スチール本社ビルにて、宮崎任三郎は初めて小林勇人と対面した。
「大洗アングラーズ社長、小林勇人です。よろしくお願いします」
「宮崎任三郎です。今回は、お話を頂きありがとうございます」
戦車道プロリーグを、誰よりも理解し、戦車道プロリーグでの勝ち方を知っている宮崎任三郎を監督として招聘する。
戦車道プロリーグを勝ち抜き優勝して日本一になる為には、日本一になる方法を知っている人物を招くことが最良にして最速の選択であった。
「こちらこそ、遠い九州から足を運んで頂きありがとうございます」
本当ならば、小林は自分で九州まで向かうつもりでいた。だが、本社での対面は宮崎からの提案であった。見た目は優男に見える宮崎だが、以外に体は引き締まっており、顔つきもよく見ると非常に精悍だ。
「それで、私に大洗アングラーズの監督をお願いしたいというのは本当でしょうか?」
「永田常務からお話は伝わっているかもしれませんが、昨年我々は最下位へと転落しました。我々に必要なのは、戦車道プロリーグを誰よりも理解し、勝つ為の方法を知っている監督が必要です」
宮崎を紹介した、東亜製鉄常務取締役の永田哲也は、小林の大学時代の先輩であった。向こうの方が年上であり、ゼミの教授の縁から出会った二人は経営について意気投合した。
今では東亜製鉄、常陸スチールにそれぞれ入社し、会社間ではライバル関係にあるが、同じ業界に所属し、常に先の話を見据えた経営についての話は、会社の所属に関係無く忌憚ない意見を同じくぶつけ合っている仲である。
それだけに、今回のアポもすんなりと取れたのは永田のおかげだ。
「永田さんからもお話は聞きました。そして、大洗アングラーズのことも同じプロリーグに所属するチームとしてそれなりに理解しています。正直、強いチームではない」
第二世代MBTを一台も持たず、形だけのきれい事をほざいて他のチームからワンサイド・ゲームを受ける。
ある意味その負けっぷりは芸術的というしかない。
「第二世代MBTが無いことがアングラーズの欠点ですが、私はこの欠点を改善するつもりでいます」
「なるほど、思い切った増強を図るつもりですか?」
「まあ、予算がすんなりと取れるという保証は無いのですが、まずは必要な戦力を整えなければ」
「選手はどうされるおつもりですか?」
戦車を整えるだけでは、当然ながら勝てるわけではない。戦車に乗り、実際にそれを動かす選手がいなければ、仏作って魂入れずになる。
だが、宮崎が言っていることはそんなレベルの話ではないだろう。
「一部の選手との、契約は見直すつもりでいます。それが隊長であっても」
富永恭子を筆頭に、服部らその取り巻き達との契約に関しては改善策を出せない限りはしっかりと切るつもりでいる。このチームをここまで滅茶苦茶にした責任は、きちんと取って貰うつもりだ。
「本気ですか? それが富永恭子であっても?」
「私は正直、人をただ切り捨てるのは嫌いです。ですが、他人に理不尽を与え、不条理を行い、挙げ句の果てには派閥を作って組織をないがしろにするような人間を許すつもりはありません。そういう人間には申し訳ないが、出て行って貰うつもりです」
再生工場の異名を持つ小林だが、全ての社員に対して寛容であったわけではない。明らかに能力が無い人間、改善をしない人間、そして、自分の縁故を使って問題を解決させようとするような人間に対しては容赦が無かった。
愚直に人と向き合い、彼らを育てることと、甘やかすことは雲泥の差がある。最低限度、やってもらわなくてはならないことも出来ないような人間には、存在価値を見いだせなかった。
「小林社長のことは、永田さんから聞かせてもらいました。筋を通し、高いプロ意識を持って経営を行うことが出来る人だと」
永田ほどの人物にそこまで高く評価されることは光栄というしかない。だが、今欲しいのは宮崎自身の意見だ。
「私は正直な話、日本の戦車道プロリーグに対して危機感を抱いています。海外に比べ、まだまだ日本のプロリーグには多くの欠陥がある。伝統と体面ばかりを重んじて、本当に大切にするべき存在をないがしろにしている」
「本当に大切にするべき存在ですか?」
小林の質問返しに、宮崎は深く頷いた。
「我々、戦車道プロリーグに所属する人間は、絶対に忘れてはいけない存在がいます。ところで小林さん、あなたにとって、戦車道プロリーグで一番大切にしなければならない存在とは誰だと思いますか?」
宮崎の質問に、小林は深く思考を巡らす。戦車道プロリーグで一番大切にしなければならない存在とは何か。選手、戦車、親会社、あるいは所属チーム、戦車道連盟、いったい誰なのか。
一瞬巡らせた思考は、即座に小林に答えをはじき出させた。
*
「本当に来てくれるんでしょうか?」
61式戦車の整備を行う秋山優花里は、久々に嬉しそうな顔をしていた。
「そんな凄い監督なら、ウチのチームよりももっといいチームに行くと思う」
整備を手伝う冷泉麻子の言葉に、優花里はがっくりした。
「確かにそれはそうですけど……」
「でも、イケメンだよね宮崎監督ってさ!」
通信機の整備を行っている武部沙織は、愛用しているスマホに映っている宮崎任三郎の写真を見せた。
痩身ではあるが、贅肉がない引き締まった体と、甘いマスクをしていながら鋼鉄のように浅黒い精悍さが宮崎にはある。
知性と共に、勇猛さを兼ね揃えているのはジャパンシリーズ三連覇を果たした名将にふさわしい。
「谷口さんとどちらがイケメンですか?」
砲身の掃除を行っている五十鈴華の指摘に、沙織は首をかしげた。
「華酷いよ! それはそれ、コレはコレでしょう!」
常陸スチール広報部のエースである谷口と沙織が付き合っていることは、すでにあんこうチームのみんなが知っている。
「みほりんはどう思う?」
「え? 私ですか?」
優花里の手伝いをしていた西住みほは、姉である西住まほが尊敬しているという宮崎任三郎について、ある程度の話を聞いていた。
「お姉ちゃんから聞いたけど、宮崎監督は凄い人だって聞いたよ」
「そうだよね、監督になって一年でプレミアリーグ優勝して、そこからはジャパンシリーズ三連覇だよ! 海外のプロリーグでも活躍して、東洋の魔術師ってあだ名が付いてるし」
欧州の戦車道プロリーグに参加し、そこで日本人初の中隊長、そして最終的に隊長となって活躍して優勝経験もある宮崎任三郎は、その手腕から「東洋の魔術師」というあだ名を付けられた。
臨機応変に戦局に合わせて戦い、守勢に回れば崩れずに起死回生のチャンスを逃さず、攻めに回れば相手に防御する隙を与えずに圧倒する。
その後、選手を引退した後も欧州のチームからは残って欲しいと言われたが、東亜製鉄に引き抜かれて日本の戦車道プロリーグを活発にしたいという理想の為に、宮崎は当時低迷していた八幡ヴァルキリーズの監督となった。
「小林社長、本気で私達に優勝して欲しいんですよきっと。宮崎監督が来てくれれば、それだけで戦力アップですよ」
小林が先日、優花里達に尋ねたのは宮崎任三郎を正式にアングラーズの監督として向かい入れるべきかということであった。
小林は、アングラーズを本当に優勝させるには、戦車道プロリーグを理解し、そして、戦車道プロリーグで勝つことを誰よりも理解している人物に任せるべきだと言った。そして、その条件を誰よりも満たしているのは宮崎任三郎以外には存在しない。
「でも、大丈夫かな……宮崎監督、東条理事長に嫌われているって聞いたよ」
みほは、先日姉から宮崎がなぜ退任することになったのかを聞いていた。
「スポンサーを集めたり、ボランティア活動やってることが気に入らないって言ってたよ。もしかしたら私達も同じ目に遭うかも」
姉であるまほは、本気で戦おうとしていたが、宮崎に説得されて断念したという。あの八幡ヴァルキリーズですらあの有様なら、それ以上に脆弱なこのチームは消えて無くなる可能性すらある。
この仲間たちと戦車道が出来なくなることをみほは恐れていた。
「でも、私は最下位は嫌です。出来れば優勝したいです」
高校時代は、戦車道に参加出来ただけで嬉しいと言っていた優花里だが、この一年で最下位にいることを無念に思っていた。
「それに小林社長は言ってましたよ。私達を優勝させる、そのためにチームを作るって。それに私達が最下位へと転落して悔しいかって言われて手を上げたの、小林社長はちゃんと見ていてくれたじゃないですか」
小林はあのとき、最下位へと転落した時悔しいと思ったあんこうチームのことをしっかりと覚えてくれていた。そして、そんな彼女達だからこそこのチームを任せたいと言ってくれたのだ。
「小林社長は、みほさんが黒森峰女学園にいたときに仲間を助けたことと、ウサギさんチームを助けた時のことも知っていましたよ」
華が指摘したように、あのときみほが取った行動を、小林は誰よりも賞賛した。誰かを切り捨てるだけでは組織は成り立たない。そして、その時のことを忘れないでほしいとも言った。
「あの人ならちょっとだけ信用出来る」
仮にクビにされたのであれば、小林は常陸スチールもアングラーズもその程度の会社であり、その程度のチームと言った。
その程度という言葉が「最低」という意味であることは全員が理解していた。
最下位へと転落し、このどん底から、這い上がろうともがく人間を追い出すような会社とチームはそれ以外の何者でもない。
「麻子の言う通りだよ! 小林さんは、本当に私達を、アングラーズを優勝させたいんだよ。自分のクビだって危ないのに、それでも私達の為に、あそこまで言ってくれたんだよ。これに答えなきゃ女じゃないよ!」
沙織が意外な言葉をつぶやくと、他のメンバーが一斉に視線を向けた。
恋人の谷口から、小林が誰よりも理不尽と不条理が嫌いで、無責任とは対極の人物であることは沙織があんこうチームの中で一番理解していた。
「それに言ってたじゃん。最下位へと転落したのは自分達経営陣の責任だって。それを変えたいって言ってくれたの小林社長だけなんだよ!」
富永恭子や服部章子らの横暴に、あんこうチームの面々は無論のこと、彼女達の派閥に入っていないあんこう中隊全員が被害を受けていた。
そして、その理不尽と不条理が横行し、チームを最下位へと転落させてしまった責任が自分にあると言ったのは小林だけだ。
「本当なら、あの人もっと出世して、ウチみたいなチームじゃなくて親会社でもっと凄い仕事も出来た人なんだよ。そんな人がウチのチームが最下位になったことは自分の責任だって、言ってくれたんだよ。私達のことを、見捨てないでいてくれる人がいるのに、頑張らなかったら私達も富永さん達と同じじゃない!」
富永恭子は未だに、この結果に対して責任も反省もしていない。未だに来年も華麗に戦うかをつぶやいている。だが、彼女の専横を許してしまっているのは自分達の責任もあるはずだと沙織は思っていた。
「でも、みんなと戦車道が出来なくなるのは……」
「それで本当にダメになるなら別の形で戦車道やればいいじゃん。みんなでお金出し合って、Ⅳ号でもⅢ号でも、最悪CV33でもなんでもいいよ。みんなでまた、戦車道を楽しめばいいんだよ」
沙織の言葉にみほ以外の全員の目の色が変わった。
「そうですね。それで頑張ってダメだったら、その方が楽しいですね。実家に戻ればいいんですし」
「もうあんな奴の命令聞くよりはずっとマシ。チーム辞めて、おばあの知り合いの会社で働いてみんなと戦車道したい」
華と麻子が吹っ切れた顔でそう言った。
「私も、実は根津さんに本社で働けないかと誘いを受けました。このチームが本当にダメになったら、そのときはみんなと一緒に戦車道したいです」
アナリストを兼任している優花里は意外にも、常陸スチールの経営戦略室にからこちらに来た根津と意気投合していた。
データオタクで調べモノが得意な根津は、それまで戦車道を知らなかったはずが、今では戦車道のレクチャーをしながら、常陸スチールを含めた業界や異業種の話を教えて貰っている。そこには戦車道とはまた別の面白さがあった。
「私だって、これでダメならグッチーと一緒に常陸スチールで働くよ。でも、まだそうなったわけじゃないんだよ! 宮崎監督が来てくれても、それで本当に優勝できるかなんて分からないし、もしかしたら来てくれないかもしれないよ。でも、私達が諦めたらそこで終わりでしょ。みほりんだって言ってたじゃない! 諦めたらそこで終わりだって!」
今でも思い出す高校二年の時の戦車道全国大会一回戦。優勝候補である強豪サンダース大付属と戦った時、苦戦して誰もが諦めかけていた。
だが、そこで沙織が言った言葉で、みほがチームメイト達を叱咤激励し、見事に逆転した。
あそこで諦めていれば、あの時優勝することは出来なかっただろう。
「……分かった。私も頑張る。みんなと一緒に戦車道で優勝する!」
富永恭子らに妥協していた気弱な中隊長の印象はすっかり消えていた。
かつて、廃校まで追い詰められていた県立大洗女子学園を優勝させ、無限軌道杯で優勝させた最大の功労者、名指揮官である西住みほは再び、この大洗アングラーズで優勝する決意と共に、闘志が宿っていた。
「あら、ここにいたの西住さん?」
どこか嫌みったらしい口調が聞こえてきたと思ったら、そこには富永恭子の姿があった。
「富永さん、どうしたんですか?」
「社長が呼んでるわ。今すぐ来てほしいそうよ」
取り巻きの服部の姿がいなかったのは不思議だったが、すでにある決断をしていたみほはそれを気にしなかった。
「わかりました。今すぐ向かいます」
*
社長室に入った恭子とみほは、改めて社長である小林と対峙していた。
「富永君、君の宿題を見せてもらおうか?」
「どうぞ、ご覧あそばせ」
若干の嫌味が入った口調とともに手渡された書類は、来年のプラチナリーグで勝利する為の戦略と戦術を纏めたものである。
先日はA4用紙一枚だけであったが、今度は二十ページほどになっていた。手渡された書類を受け取った小林はそれをしばし眺めた後に、それをデスクに置いた。
「先日よりは中身がそろっているな」
「当然ですわ。素人である小林社長にも、懇切丁寧わかりやすく纏めましたから」
素人という部分が強調された口調は、明確な敵意があったが、それでも多少はマシになったことには少しだけ見直した。ほんの1mm程度ではあるが。
「まあ、これは戦車道を知っている人間ではないと分からないかもしれませんけどね」
「確かに、私は戦車道の素人だからな。なら、ちゃんとした専門家に吟味してもらうとしよう」
その一言と共に、社長室の扉が開く。自動扉のギミックが付いているのかと思いたくなるほどの勢いに、小林は思わず笑いそうになったが、そこには、戦車道プロリーグを誰よりも理解し、勝利するための方法を知っている人物の姿があった。
「改めて紹介しよう、元八幡ヴァルキリーズの監督を務めていた宮崎任三郎君だ。そして今年度から、この大洗アングラーズの監督に就任した」
「宮崎任三郎だ。小林社長からもあった通り、大洗アングラーズの監督を任せされることになった。よろしく頼む」
宮崎は恭子とみほに一礼した宮崎任三郎の表情は、常勝の戦乙女達である八幡ヴァルキリーズを率いていた頃と同じ、いや、それ以上に溌剌とした顔をしていた。
「小林社長は、本気でアングラーズを優勝させ、本気でジャパンシリーズを制覇して日本一になろうとしている。俺の仕事はその期待に応えるチームを作ることだ。そのために尽力させてもらう」
「これはどういう茶番ですか?」
あまりにも意外な男の登場に、恭子は血相を変えてそう言った。
「このチームは、私のチームです。私が率いて、優勝、そして日本一を……」
「君にそれが出来るとは思えないな」
チームの独裁者であった富永恭子に対して、小林は冷徹な口調でバッサリと切り捨てた。
「出来たとしても、せいぜい最弱のチームから普通のチームになるのが限界というところだろう。昨年最下位へと転落したが、それ以前は四位にしかなれなかった」
「それは……」
「それに、君は今言ったな。このチームは自分のモノであると。なら、君には当然ながら今年度のチームに対する責任というものがあるんじゃないのか?」
このアングラーズを自分のチームであると宣言したことに、小林は激怒したくなったが、逆にその言葉を利用して彼女を追い込む。
このチームが彼女のものであるならば、この無残な結果に対する責任を冷徹に小林は突きつけた。
「責任?」
「当然だろう。君はどうも自分の発言をすぐ忘れるようだからもう一度教えてやる。このチームを自分のモノと言い切ったのであれば、最下位への転落は君が責任を果たすべきだ」
「私が責任を果たす?」
誰にモノを言っているのかという表情の恭子に、小林は一切の容赦をするつもりはなかった。
「ハッキリ言うが、このチームは常陸スチールが百パーセント出資している子会社だ。その運営は、常陸スチールが行う。君はその中でチームの隊長を任命されているに過ぎない。君はチームのメンバーにあれこれ指示を出せるが、このアングラーズという会社の経営は私の職分だ。このチームの経営と運営は、私の仕事だ。その面から見れば、君は二つ勘違いをしている」
「勘違いですって?」
「このチームは私が運営する。無論、君たちの意見も考慮し善処する。だが、それは相応の責任と役割を果たせる人間であればの話だ」
責任と役割、その二つを果たせない人間に小林は一切の容赦をしない。
「君は、どちらも果たしていない。挙げ句の果てにはこのチームを私物化している。そして、この内容だが……宮崎監督、是非吟味してくれないか?」
「分かりました」
富永恭子に命じた宿題を、早速小林は宮崎に吟味する。ざっと目を通した宮崎は即座に「これではダメだ」と富永恭子に突っ返した。
「きれい事ばかり書かれて、美辞麗句を載せた程度の低い内容だ。これでは、プロリーグは無論のこと、高校生戦車道すら勝てない」
戦車道プロリーグで勝つ為の方法を、誰よりも知っている男の指摘も小林に決して劣らなかった。
「こんなことが、許されると思っているのですか? お父様とお母様に言いつけますわよ!」
「いい加減にしてください!」
富永恭子の態度に、耐えかねた西住みほが遂に激怒した。
「富永隊長、いえ、富永さん、あなたは責任を果たすべきです。このチームはあなたのモノなんかじゃない!」
弱小だった県立大洗女子学園を優勝へと導いた西住みほの剣幕に、富永は押されていた。
「仲間を駒にして、平気で切り捨てて、しかも負けたことに対する反省も責任も取らない。あなたのような卑劣な人間に従うのはうんざりです!」
あんこうチームの仲間たちとの決意から、みほはもはや一切の遠慮をするつもりはなかった。
小林は最下位へと転落したアングラーズを本気で立て直し、このチームを本気で優勝させる為に、戦車道プロリーグ最高の名将をスカウトしてくれた。
その宮崎も、本気でこのチームを変えようとしている。その気持ちに応えなくてならない。
「小林社長! 宮崎監督! 私達は優勝したいです! そのために全力を尽くします」
みほが頭を下げようとすると、小林は右腕を差しだした。
「ありがとう。県立大洗女子学園を率いた手腕を、是非発揮してくれ」
その言葉と共にみほは差し出された小林の右腕を強く握った。
「一年、よろしく頼む」
宮崎任三郎も、同じくみほに右手を差し出す。小林と同じくみほは宮崎が差しだした右腕を強く握った。この二人と共に、アングラーズを率いて戦うことをみほは決意していた。
*
茨城県鹿嶋市。鹿嶋製鉄所を初めとする臨海工業地帯を有したこの地は、常陸スチールの企業城下町として有名だった。
そんな常陸スチール鹿嶋製鉄所の一室に、大洗アングラーズ副隊長の服部章子の姿があった。
「以上が、私が知るアングラーズ内部の状況です」
服部の前にいるのは、常陸スチール常務取締役にして、この鹿嶋製鉄所所長を務める福原孝であった。
「なかなかの爆弾だな」
「さぞかし派手に吹っ飛ぶでしょうね」
服部がもたらした情報は、とてつもなく大きな爆弾である。アングラーズを吹き飛ばし、綺麗さっぱり残らないほどの威力を持つ爆弾だ。
「しかし、君もあのクズには閉口していたのかね?」
「もちろんです。あのクズの顔が嫌いでした。反吐が出るほどに」
福原の言葉に、服部は本当に反吐を出す勢いでそう言った。
「それより、謝礼ですが……」
「安心したまえ。それはすでに用意してある」
福原が服部に手渡したのは、一枚の小切手であった。そこには額面で五千万円と書かれている。
「現金を持ち歩くと面倒なことになるからな。こういう時、小切手は便利だよ」
「ありがとうございます。これで、あの富永恭子の泣きっ面が見れると思うと笑いたくなりそうです」
「その時、君はすでに日本にはいないからな。リアルタイムで見れないだろう」
すでに手はずは整えていた。後は、この爆弾であのにっくきアングラーズ、そして、クソ生意気な小林をも吹き飛ばしてやればいい。
そして、その小林を推挙した池田も追い落とし、米山を社長することを福原は考えていた。