ワンサイド・ゲーム 戦車道プロリーグ奮闘記   作:ヤン・ヒューリック

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第四話 仕掛けられた爆弾 前編

 「思い切ったことをしたな」

 

 常陸スチール本社会議室の中心に座る、代表取締役社長池田義隆がそう言った。

 

 「事後承諾になってしまいましたが、今期大洗アングラーズは最下位へと転落致しました。それを改善するには、やはりチームを抜本的に変えられる人物が必要です」

 

 多くの取締役や役員達の前で、大洗アングラーズ社長小林勇人は自信を持ってそう言った。

 

 「宮崎任三郎監督の招聘か」

 

 池田達には小林から提出された、アングラーズ再建計画書には、宮崎監督を中心としたチーム作りが記載されていた。

 

 「宮崎監督は、かつて、低迷する八幡ヴァルキリーズを見事に立て直し、リーグ優勝、そして、ジャパンシリーズを三連覇するという偉業を成し遂げました。彼ほど、監督にふさわしい人物はいません」

 

 「実績という意味ではこれほど優れた人物はいないな」

 

 池田は小林の提案を正当に評価した。

 

 「だが、富永君の解任は本気でやるつもりかね?」

 

 宮崎を招聘するだけではなく、小林はチームをここまで弱体化させた張本人である富永恭子の契約を更新しないことも記載していた。

 

 「彼女達は戦車道のプロです。結果を出さず、改善案も出さず、挙げ句の果てには下らない派閥を作ってチームを私物化しています。これは看過出来ません」

 

 「富永君は、あの富永議員や富永都理事の娘だぞ!」

 

 別の役員から反発の声が飛んでくる。旧通産族で、財界に強い影響力を持つ富永議員と、日本戦車道連盟の専務理事となった富永都は、理事長である東条有希江の子飼いだ。

 彼女に手出しをするのは、両名から忌避を買うだけではすまない。

 

 「ごもっともですが、彼女は大洗アングラーズの隊長を務めていました。Cクラス入りし続けた原因を作り、最下位へと転落させましたが、それ以上に彼女はチームを私物化し、選手達を抑圧していました。そんな人物に好き勝手させていたことは決して許されるべきことではありません」

 

 小林は決してなあなあにするつもりは一切無い。

 

 「大洗アングラーズは、我が社常陸スチールの完全子会社です。ですが、運営は鹿嶋製鉄所の職員任せで、気づけばこのような魔窟と化していました。その責任は、我々役員を含めた経営陣にあります」

 

 小林の熱弁に、池田は一切の表情を崩さす泰然としていたが、真剣な眼差しを向けていた。専務の米山は苦い顔をし、常務の福原に至っては忌々しい顔をしていた。

 

 「選手達からも、私は直々に内情を調査致しました。その結果、アングラーズは富永恭子による私物化が進んでおります。ここで皆様に質問ですが、これは富永議員や富永理事にとってプラスとなり得る話でしょうか?」

 

 池田と米山以外の役員達の表情が変わった。

 

 「確かに、富永議員と富永理事の力は絶大です。ですが富永恭子がやっていることは、言ってしまえば親の七光りを使い、親の七光りで他人を抑圧し、異論をねじ伏せるという、人間の行為として極めて悪辣なことです。これが仮に、ネットニュースや週刊誌に載った場合、困るのは我が社やアングラーズだけではないということです」

 

 小林はもし富永恭子がコネを使って圧力をかけてくるならば、そのときは徹底的に戦うつもりでいた。仮にこの実情が公表された場合、彼女の両親にとっても、不肖の娘を甘やかし、チームを私物化させていたというスキャンダルを抱えることになるだろう。

 

 「君は自分が何を言っているのか分かっているつもりかね?」

 

 米山がそう言うが、すでに腹が決まっている小林は平然としていた。

 

 「分かっております。もし、彼女がコネを使い、それで我が社に圧力をかけ、我が社が屈服してしまった場合、我が社は腐敗の元凶を正すことも出来ず、その元凶の両親からの圧力に屈服する最低の会社であることを世間に喧伝してしまうということです」

 

 その程度の会社と言った小林だが、常陸スチールに対する愛着はある。この会社であるからこそ、自分はそれなりの活躍が出来ている。それは、常陸スチールにある自由と社員を尊重する気風が存在するからに他ならない。

 その常陸スチールが、その程度の会社、政治家やある組織の幹部からの圧力に屈服してしまえば、常陸スチールの評判は文字通り地に落ちるだろう。

 

 「アングラーズの腐敗は、我が社の恥ではありますが、それは改革することが出来ます。ですが、その腐敗を正せず、改革も改善も出来ないようであれば、そのときこそ我が社の評判は地に落ちるでしょう。そして、その腐敗の改革や改善が、親の七光りに屈服してしまえば、我が社の評判どころか、これまで築き上げてきた信頼が失われます」

 

 組織がダメになるのが問題なのではない。ダメになっていることを、改善出来ない事が問題であることを小林は理解していた。それが、理不尽と不条理と無責任という、組織を腐敗させる根源となる。

 

 「確かに、その通りだな」

 

 役員達の中で、池田は表情を変えず、真っ直ぐな視線を小林に向けてそう言った。

 

 「コネを使い、その圧力に屈服してしまう組織が健全とは言えない。そして、それを行う人間を許してしまうことも、健全な組織とは言えないだろう」

 

 常陸スチールの改革を断行した池田の発言に、小林と米山以外の全役員が押し黙った。

 

 「ですが社長、富永先生の影響力は考慮しなければなりません」

 

 「その通りではあるが、小林君が言うように、我々がそのコネに屈服した場合、我が社はコネに屈服したダメ会社であると多くの人々に認知されるだろう。そうなれば、我が社の信頼は地に落ちる」

 

 政治家の圧力に屈服する。それ以上に、親のコネを使う腐敗の元凶の言いなりになれば、それこそ会社としての健全性を問われることの意味を池田は理解しているようだ。

 

 「それに、この宮崎という男は東亜製鉄から追い出された人物です。噂によれば、戦車道連盟の理事長からも忌避を買ってるとか」

 

 「米山君の危惧は分かる。だが、宮崎監督は監督になってからわずか一年でリーグ優勝し、その後は破竹の勢いで、八幡ヴァルキリーズをジャパンシリーズ三連覇させ、プロリーグの盟主にした。

 しかも彼はチームの収益を上げる為のアイディアを出し、さらには地域のボランティア活動を行い、北九州市の人々に愛されるチームを作り上げた。極めて有能な人物であり好人物だ。東亜製鉄が何故彼のような人材を追い出したのかは興味はないが、こうした得がたい人物を招聘出来ることは、我が社が健全な企業であると言えるだろう」

 

 米山の危惧に対しても、池田は冷静なままに宮崎任三郎を評価し、得がたい人物であると言ってくれた。思わず小林は両腕の拳を強く握った。

 

 「アングラーズは長年、我が社の聖域と化してきた。赤字まみれで、何のシナジーも生み出していない」

 

 常陸スチール初のリストラを行い、常陸スチールをV字回復させた改革者がいう聖域は神聖な場所という意味ではない。

 常陸スチールに巣くう癌のようなものだ。

 

 「だが、それ以上にチームの隊長が、チームを私物化し、多くの選手達を抑圧していたこと。その悪行は許されるべきことではない。君たちはそう思わないのかね?」

 

 意外な発言に役員達が騒然となった。アングラーズの現状を「悪行」と断言した池田の言葉は、小林の主張を認めるに等しい言葉だからだ。

 

 「小林君、アングラーズの社長は君だ。存分にやりたまえ。我が社は、不当な圧力に屈服するつもりも、不当なやり方に屈するつもりも一切無い」

 

 「ありがとうございます社長!」

 

 宮崎任三郎の監督就任、そして、富永恭子の今季限りの契約はこれで終了することが正式に決定した。

 

 *

 

 「承認して頂き、ありがとうございました」

 

 取締役会が終了した後、小林は池田から社長室に招かれた。そこで早速、自分の決断を後押ししてくれたことに小林は感謝した。

 

 「礼を言われることではない。それに、宮崎任三郎監督は戦車道プロリーグの名将だ。東亜製鉄は政治の圧力に屈服したが、あれだけの人物を招聘することを躊躇うのは、企業の存在価値を問われる」

 

 東亜製鉄に対して、池田は決していい感情を抱いていない。東亜製鉄の官僚的で尊大な態度は、業界の一部からは嫌われている。

 

 「しかし、本気でアングラーズを立て直すつもりかね?」

 

 「私のあだ名は「再生工場」です。それに、役員としてアングラーズをここまで滅茶苦茶にしてしまったことは、それを理解しなかった責任があります。知ってしまった以上、このような理不尽を許容することは私にはできません」

 

 知ってしまった以上、アングラーズの不条理を小林は一切看過することは出来なかった。

 

 「それに、責任の押しつけをするよりも、誰かが率先して現状を改革しなければ、改善できたことが出来なくなり、企業は倒産してしまうでしょう。これが、医療の現場であれば、救えるはずの患者を死なせてしまうことになります」

 

 小林の言葉に、池田は深く頷いた。

 

 「その通りだな。経営にはスピードが必要だ。多様化する現代において、重要なのは判断と決断を行うスピードが不可欠だ。そうでなければ、一億の損害ですんだ赤字が、気づけば十億となり、最悪百億、一千億という損害を生み出しかねない」

 

 常陸スチールを今日に至る企業へと発展させた経営者の言葉は、どんなビジネス本よりも含蓄と重さがある。

 

 「君はそうした最悪の事態を切り抜けるだけの器量がある。これは、今の役員達の中でダントツだ。君は会社を建て直し、真っ当な経営を行うことが出来る素質がある」

 

 「社長にそう言ってもらえるとは恐縮です」

 

 「だが、まだアングラーズには大きな問題がある」

 

 アングラーズが抱える、もう一つの問題。それは放映権の五千万以外の収益が無い、巨額の赤字経営だ。

 

 「予算五十億に対して、売り上げは五千万。改善する上での策はあるかね?」

 

 「広告宣伝費を集める上で、スポンサーを集めています。それから、関連グッズの販売、ファンクラブの設立なども随時実行中です」

 

 「上手くいっているのか?」

 

 池田の指摘に、小林は押し黙った。結論から言えば、関連グッズやファンクラブはともかくとして、スポンサーとなってくれる企業や広告宣伝費の営業活動は決して芳しくは無い。

 

 「実は、かなり苦戦しています。特に鹿嶋市を初めとする工業地帯は、ハーキュリーズの知名度が圧倒的に高く、同時に多くの会社がハーキュリーズのスポンサーとなっています」

 

 常陸スチールが抱えるもう一つのプロチーム、ラグビーの常勝軍団である鹿嶋ハーキュリーズは、小林の想像以上にしっかりとした営業力を有していた。

 常陸スチール鹿嶋製鉄所があることから、五島らが現在スポンサー集めに奔走しているが、すでにハーキュリーズの圧倒的な知名度と地域に密着した経営により、基盤を築き上げていることから芳しくなかった。

 

 「それに比べ、どうしてもアングラーズは知名度が弱く、それがスポンサーを集める上では武器になり得ません。そこで、まずはこのリーグ優勝し、そしてジャパンシリーズを制覇することが重要であると思っています」

 

 「それでは五十点だな」

 

 池田の評価は辛辣であった。

 

 「確かにアングラーズの知名度は低い。そして、リーグ優勝と日本一となることは当然だ。そのために、君が奔走して宮崎監督を招聘し、富永君との契約更新をしないことは実に正しい戦略だ」

 

 そこで区切ると、改めて池田は小林の瞳を覗くように視線を向けた。

 

 「だが、それで今年一年は赤字でいいという道理はどこにもない。小林君、君が経営戦略室室長であれば、そんなことを平然と言ってのける部署があったらどういう評価を下す?」

 

 「……申し訳ありません」

 

 逆の立場であれば、ふざけるなと自分も言うだろう。来年黒字にするからと今年の赤字を容認することは無理だ。ましてや、おそらくアングラーズを立て直す上で、現状以上の予算がかかる可能性がある。

 

 「予算に見合う売り上げは早急に見直すことだ。アングラーズの運営は君に全て一任する。だが、今後アングラーズの予算面に関しては、米山君と協議したまえ」

 

 「米山専務とですか?」

 

 先日といい、今回も正直、米山にはあまりいい感情を抱かれてはいない。

 

 「彼は、低迷するチームの収益改善を行えるノウハウを持っている。ハーキュリーズを今のようなチームに作り替えたのは彼だ。米山君と協力して、アングラーズを立て直すんだ」

 

 池田の一言で、これ以後予算案について小林は池田と話す機会は永遠に無かった。

 

 *

 

 大洗町の近くにある居酒屋で、五島、根津、堤の三人は軽く一杯やっていた。

 

 「スポンサー集めが、ここまで上手くいかねえとは思ってなかったよ」

 

 早々にビールを一気飲みした五島は、芳しくないスポンサー集めに愚痴をこぼした。

 

 「五島が愚痴こぼすなんて珍しいな」

 

 焼酎のロックを飲んでいる根津が、同僚の珍しい愚痴を意外な顔をした。

 

 「ハーキュリーズの壁が予想以上に分厚いんだよ。茨城県の大半は、ハーキュリーズファンだらけだぞ」

 

 大洗アングラーズの営業部長として、茨城県内でスポンサー集めに奔走していた五島は、鹿嶋ハーキュリーズの営業力の強さを思い知らされた。

 

 「鹿嶋市は無論、隣の神栖市も、茨城県の工業地帯はみんなハーキュリーズのスポンサーだよ。しかも、ガチのハーキュリーズファンばかりだぜ」

 

 ハーキュリーズは昨年もラグビープロリーグで優勝した。今年で五連覇を達成している最強のチームだ。ただ勝つだけではなく、ハカを初めとするパフォーマンスを行うなど、観客を魅了するユニークなチームでもある。

 

 「しかも、連中相撲部屋やレスリング関係者とも仲がいいと来てる。相撲部屋やレスリングの練習もしてるだろ。その縁でそっちのファンまで取り込んでるんだよ」

 

 相撲の押しの姿勢は、ラグビーのスクラムやモール、タックルなどの姿勢を養う上で一番の特訓となる。そして、レスリング式の低く這うタックルは、ラグビーのタックルに磨きをかけることが出来る。

 

 そうしたメリットがあることからハーキュリーズは、この特訓を実践しているが、一方で力士達やレスラー達との交流を行い、チームの宣伝も兼ね、ファンの獲得まで行っている。

 

 「米山専務の管轄だからと思っていたが、営業力の面で見ればスゲえチームだよ」

 

 小林と対立関係にあった米山には、あまりいい感情を持っていない五島ではあるが、この徹底した営業には舌を巻くほどだ。

 

 「しかも、五連覇だもんね」

 

 堤の言葉に、最下位へと転落している大洗アングラーズとの格差を思い知らされた。

 

 「正直な話、ラグビーに興味がない俺でも凄いと思えるよ。しかも、JAまでハーキュリーズを応援しているんだぜ。農家の人まで味方にしているから、茨城県は捨てるしかないのかもな」

 

 地域に密着したチーム運営で、農業県でもある茨城県の農家もファンとして取り込んでいる。茨城県は、ハーキュリーズのファンだらけだ。

 

 「じゃ、栃木とか?」

 

 「そっちはもっと無理だ。栃木にはチェンタウロスがいる。千葉はJリーグとプロ野球のチームあるし、神奈川も同じだ。地域に密着といっても、大洗だけじゃ限界が来るよ」

 

 栃木県宇都宮市を本拠にしている宇都宮チェンタウロスも、八幡ヴァルキリーズほどではないが、プロリーグの中では懸命にファン確保に尽力しているチームだ。栃木県や他県に進出するだけでは、無理がある。

 

 「そうかな?」

 

 焼酎を飲み干した根津は意外な口調でそう言った。

 

 「だって、茨城県はやっぱりハーキュリーズのファンだらけだぜ」

 

 「僕が調べた限りじゃ、ここはまだ及んでいないんじゃないか?」

 

 タブレットの地図アプリを起動させ、根津は茨城県のある地域を指さした。

 

 「お前、それは無理があるだろ」

 

 「うわ、根津君無理言いすぎ」

 

 五島も堤も、そこは大洗アングラーズどころか、親会社である常陸スチールにとっても禁足の場所であることを知っていた。

 

 「そもそも、大洗町と鹿嶋市は距離的に離れてる。それに、ハーキュリーズは鹿嶋市だけじゃなくて、ウチの会社の象徴じゃないか、そこに無理して割って入るのはレッドオーシャンにもほどがあるよ」

 

 レッドオーシャン、競争が厳しい場所で戦うのではなく、根津は常にブルーオーシャン戦略、競争の無い未開拓領域を攻めることを得意としていた。

 

 「だからこそ、やる価値があると思う」

 

 「そりゃそうだけど根津ちゃんよ、ここは常陸重工のテリトリーだぜ」

 

 茨城県北部、水戸市や日立市、ひたちなか市など大洗に近いエリアは、常陸スチールに匹敵する大企業であり、日本を代表するコングロマリットである常陸重工が本社を置き、その他関連企業を従えているいわば、常陸重工の本拠地である。

 

 「それに、ウチの会社と重工って仲悪いんでしょ」

 

 堤が言うように、常陸スチールと常陸重工は仲が悪い。元々、常陸スチールは常陸重工から独立して生まれた企業だ。

 戦後の高度経済成長期を見越して、それまであった常陸重工の製鉄部門が独立し、現在では千葉市や鹿嶋市、そして北海道の室蘭市や岡山県倉敷市、大分県大分市に銑鋼一貫製鉄所を築き上げ、東亜製鉄と肩を並べるほどの大企業となった。

 

 同じ企業を源流して、社名に常陸の名が入っているのはそうした経緯があった。

 

 「だけど、南の鹿嶋市じゃハーキュリーズが先手を打っているんだろ。そこで頑張るよりも、手が出せていない地域に目を向けた方が意味があると思うんだ」

 

 経営戦略室にいた頃から、根津の戦略的な視点は常に正確であった。それまでやらなかったこと、やっていないこと、アプローチをかけてもダメだった場所の改善や、そもそもアプローチをかけていない場所を見つけ出し、戦うことで根津は実績を出してきた。

 

 「でも重工は流石に厳しいんじゃない?」

 

 「僕はそう思わない。実は、ここだけの話だけど、僕は経営戦略室にいた時から常陸重工との業務提携を考えるべきだと思っていたんだ」

 

 その発言に、五島は思わずビールを吹き出しそうになり、堤はつまみのこんにゃくの炒り煮を落としそうになった。

 

 「業務提携? ウチと重工の?」

 

 「それスポンサー集めるよりも難しいと思うよ」

 

 常陸スチールと常陸重工は、互いに「スチールさん」「重工さん」と呼ぶほど、反目し合ってきた歴史がある。後発であるはずの常陸スチールは、常陸重工にも匹敵するほどの大企業になったことで、同じ茨城県内にある企業でも、北と南で分断されているほどだ。

 だが、根津はこれが荒唐無稽な話だとは思っていない。彼なりの勝算があったからだ。そして、その勝算を聞いた時には五島も堤も、納得してしまった。

 そしてこれは、大洗アングラーズのスポンサーを得ることだけではなく、大きなビックビジネスを生み出せるほどの代物であったからだ。

 

 *

 

 常陸スチール本社広報部の仕事は、常陸スチールの宣伝であり、もう一つが常陸スチールの象徴とも言うべき鹿嶋ハーキュリーズの宣伝である。

 

 会社全体でも、ハーキュリーズのファンは多いが、広報部はハーキュリーズファンでなければ広報部員ではないというほど、熱狂的なファンが多い。

 

 「どいつもこいつも、ハーキュリーズハーキュリーズかよ」

 

 一人寂しく、許可を取って面倒な残業を行いながら、谷口稔はハーキュリーズに負けない形でアングラーズを盛り上げるかを考えていた。

 

 本社広報部で、ハーキュリーズの担当を任されながら、同時に大洗アングラーズの広報も仕事としてやっている谷口はかなり異色だ。

 

 学生時代にラグビーをやっていたことから、ラグビーにはそれなりに愛着がある。ハーキュリーズのことは嫌いではないが、全員が持て囃しているものを見ると、谷口は一歩引いて見る癖が付いていた。

 そして、あまり注目されていないが、凄いことや面白いことを取り上げることが本人の気質にある。

 

 小林の下にいた頃は、そうした社員特集や技術の紹介、あるいは宣伝などで成績を上げてきたが、アングラーズは社内でもかなり冷たい扱いをされている。

 

 「俺もあいつらと一緒に行くべきだったかな?」

 

 五島や根津、堤達を焚きつけて大洗へと行かせようとした時、谷口も行こうと思ったが、思いとどまったのは社内におけるアングラーズのファンが少ないということだ。

 

 アングラーズは低迷する成績は無論のこと、ハーキュリーズがやっているようなボランティア活動や広報活動などは殆どやっていない。

 

 原因は隊長の富永恭子が、そうした要請などを全て無視していたからに他ならない。アングラーズに関連づけて、ハーキュリーズの事実上の統括責任者である米山などは、積極的にアングラーズとハーキュリーズの相乗効果を狙って活動を考えていたほどだ。

 

 だが、それも「戦車道は乙女のたしなみ」「野蛮な商業主義にはついていけない」などという戯言を述べた結果、激怒した米山はアングラーズとの関係を自ら断った。

 

 小林は富永恭子を切るつもりだが、彼女を切ったとして、果たしてアングラーズとハーキュリーズは交流が出来るのかは厳しいだろう。

 

 小林と米山は幾度か対立していた。その因縁がある限り、正直な話、状況が好転するのは難しい。であれば、せめて本社にいる自分がそれを手助けしなければならないだろう。

 

 大洗アングラーズを固めることも大事だが、本社の支援を受けている以上、常陸スチール本社とそのほかの製鉄所や工場との人気も上げて行かなくては収益化は無理だ。

 

 「とはいえ、遠距離恋愛は試練だぜ……」

 

 冷えた弁当を食べながら、谷口は沙織の家で食べた手作りの料理の味を思い出していた。大洗に行けば、もっとマシな食い物が食えたかもしれないという気持ちになりながら、アングラーズの企画を進めようとした。

 

 すると、スマホのニュースアプリに新着ニュースが入っていた。広報部の人間として、常に情報を察知することを習慣づけている谷口は、ネットニュースや新聞などを常に把握している。

 

 だが、今回のニュースは決してそんな類いの代物ではなかった。

 

 「冗談だろ!」

 

 誰もいない社内ではあったが、そこにはとんでもない内容の記事が書かれていた。

 

 大洗アングラーズの一部選手が金銭を渡されて八百長を行っていたという、衝撃的なスキャンダルが記載されていた。

 

 

 


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