ポケットモンスター虹 ~Foever bonds~   作:入江末吉

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Life is not fair.

 ボクの名前はアズミ。ラフエル地方のリザイナシティに生まれた至って普通の女の子だ。

 生まれは平凡、足は速くないし、歌も下手ではないけど上手とも言えない。顔とスタイル……この話は止そう。

 

 この通り、探してくればどこにでもいるような女の子だった。特筆すべき点はどこにもない。

 

 強いて言うなら物心ついた時から、ボクの周りにはポケモンがいた。

 父さんと母さんはその道ではそれなりに名の通ったポケモンブリーダーで、モンスターボールの所有許可が認められる十歳よりも前にポケモンと触れ合う機会があった。

 だから学校もポケモンに触れ合う機会が他校よりも圧倒的に多く、名門と謳われる『リザイナトレーナーズアカデミー』の中等部に飛び級で入学することにした。

 

 ただ、ボクの飛び級はいわゆるエリートだからではなかった。勉強は人並み以上に出来たけれど、そういった理由ではない。

 ブリーダーをやってる両親の収入は決して多いとは言えない。飛び級での入学は学費の節約という理由だった。

 

 思春期前のボクにとって、三つ以上も年上の同級生はみんな大人に見えた。加えて、中等部の彼らにはポケモンを所有する権利が与えられている。

 しかし当然その時のボクは十歳未満。法律で、モンスターボールの所持が認められていない。もちろん他にも手持ちのポケモンを連れていない生徒もいたから、バトルの実習は学校側で育成されているレンタルポケモンを扱わせてもらった。

 

 すると、ボクの来歴に少し訂正しなければならない部分が出てきた。ボクは、ポケモンバトルにおいて類稀なる天賦の才を持っていたことがわかった。

 レンタルポケモンとして飼育されていたポケモンがどういう種類(タイプ)で、どういう技が使えて、どういう戦い方を好むのかが触れ合うだけで理解できた。

 

 ボクは特例として、十歳未満にして手持ちポケモンの所有が認められた。学校側がうまく取り計らってくれたらしい。

 ただし、使っていいモンスターボールは二個までとされた。つまり手持ちのポケモンとして捕まえたり出来るのは二匹まで、さすがに親がブリーダーであっても当時のボクに六匹(フルメンバー)の所有は許されなかった。

 

 そして、初めてのポケモンバトル実習からボクの世界は大きく様変わりしたんだ。

 

 良い方にも、悪い方にも。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 リザイナトレーナーズアカデミーに飛び入学して最初の夏。後ひと月で夏休み、という時期に差し掛かって、誰も彼もが浮足立っている。

 かくいうボクも、少しばかり夏に浮かれているような気がした。というのも、ボクはこの夏休みで遂にポケモンを捕まえようとしていたからだ。

 

 春の間、認められたにも関わらずボクは手持ちのポケモンを一匹も捕まえてはいなかった。どんなポケモンを捕まえようか迷っていたというのもあるけど、一番の理由は最近聞いた()()()()()()()()だ。

 ここリザイナシティから西の方角へ出たところに存在する、"ハルザイナの森"の奥深くに存在する湖の畔で、見たこともないポケモンが目撃されたらしい。

 

 そのポケモンは水面の光を反射するガラスのような羽毛を持ち、近づいた瞬間凄まじいスピードで飛び去ったという。目撃者の言う"羽毛"と飛び去ったという表現から、ひこうタイプもしくはドラゴンタイプであることは間違いない。

 せっかく特例が認められたんだ、ポケモンだってみんなの度肝を抜くようなすごい子を捕まえたい。

 

 そしてボクはそのポケモンを捕まえるためのあらゆる作戦を立てた。手前味噌になるけれど、どれも成功確率の高い作戦ばかりだ。

 そういうこともあって、ボクは今浮かれ気分なのだ。

 

「やぁおチビちゃん、ニコニコしちゃってまぁ」

 

 ……最悪だ。ボクは好き嫌いの激しい人間じゃない。苦い木の実や野菜以外はそう嫌いなものの少ない人間だと自負しているけれど、どうしても嫌だと思ってしまう存在がある。

 それは"馬鹿"だ。ボクの前に三人の、本来ならば先輩と呼ぶべき年齢《だけ》上級生の同級生が立っていた。彼らは、入学当初からそうだった。

 

 というのも何かとボクに突っかかってくる。回数は覚えてないけど、顔を見合わせれば嫌味を言ってくるくらいには彼らはボクをよく思ってない。

 ボクもボクで、この背が高くて少し早く生まれた程度で威張ってる彼らが好ましくない。ハッキリ言えば嫌いだ。

 

「あれれ、無視? 無視は良くないなぁ」

「年上は敬わないと」

 

 ケラケラ、軽薄に笑っては戯言を宣う。正直相手にしたくない。午後の授業は校庭に移動してのポケモンバトルの実習だ、それに便乗してこのまま校庭に行ってしまおう。

 ところが三人のうち、リーダー格の馬鹿がボクの行く手を阻んだ。

 

「見上げさせるなよ、首が疲れる」

「言ってくれるねぇ。じゃあ見上げなくてもいいように抱っこしてやろうか?」

「……ふん」

 

 言わせておけばいい、安い挑発だ。ボクの背だってすぐに伸びるさ、気にすることなんかない。

 脇をするりと抜けて校庭へ行こうとした時だった。リーダー格の馬鹿と取り巻きがボクの前にもう一度立ちはだかった。数秒前に言った「見上げさせるな」という言葉をもう忘れたらしい。

 

「せっかくだからよ、俺たちにポケモンバトルを教えてくれよ」

 

 馬鹿はそういって制服からモンスターボールを取り出して言った。相変わらず短絡的だ、期待を裏切らない馬鹿っぷり。だけど、

 

「そういうことなら構わない。ちょうど次の授業の肩慣らしもしておきたいところだったし」

 

 満場一致、ボクたちはグラウンドに出る前にポケモンバトル用のコートの使用許可を取りに行くことにした。職員室に入ろうとすると三馬鹿の一人が言った。

 

「いいよいいよ、使用許可は俺たちがとっておくからさ。先にグラウンドで待っててくれや」

 

 珍しく気が利く。ボクはすっかり気を良くして靴を履き替えるとグラウンドに出る。昼休みということもあって、ボールで遊んだり友達と駆けまわったりして遊ぶ同級生たちが見受けられる。

 ボクよりも年上のクラスメイトや、その一つ上の上級生たちが遊び回っている。それがボクには、ひどく幼稚に見えた。

 

 年上なんて、関係ない。結果的にボクは、才能を認められてこの場所にいる。だが、同輩がこの有様では些かボクは見下げられているように、感じてしまう。

 

「待たせたな、そんじゃ始めようぜ」

 

 その時だ、三馬鹿が揃ってコートに現れた。相変わらずニヤニヤと笑いながらこっちを見下している。大方、ボクをバトルで負かすことで笑い者にしようと企んでるんだろう、馬鹿らしい浅い企みだ。

 彼とボクはトレーナーズサークルに入る。そしてボクはそこでようやくミスに気付いてしまった。

 

「しまった、ポケモンを借りてくるのを忘れた」

 

 彼らにグラウンドの使用許可を取らせたのが失敗だった。癪だが、今から管理室へ行ってポケモンを借りてこよう。

 そう思っていた時、三馬鹿の一人がボクに向かってモンスターボールを放り投げてきた。

 

「こんなこともあろうかとちゃんと一匹借りてきてやったぞ」

「なんだ、気が利くじゃないか。ちょっと見直したぞ」

「あん、なんか言ったか?」

 

 二度言うつもりはない、無視。受け取ったモンスターボールの中を見て、ボクはようやく彼らの思惑に気付いた。彼らが浮かべるニヤついた笑みが途端に下卑た笑いに見えだす。

 ボールの中にいたのはゆきかさポケモンの"ユキワラシ"だった。いわゆる進化前の、たねポケモン。そして、ボクの記憶が正しければ三馬鹿のリーダー格が連れているポケモンは、

 

「来いよ、"メタング"!」

 

 現れたのはてつツメポケモンのメタング。はがねタイプ単体で、高い防御力を有するポケモン。また、ボクが渡されたポケモン(ユキワラシ)にタイプ相性で有利ときた。

 ボクを職員室に入れなかったのは、ボクにレンタルポケモンを選ばせないため。気が利くと思ったけど、前言撤回だ。

 

「さて、おチビちゃんが借りてきたポケモンはなんなのかなぁ~」

 

 三馬鹿が笑い出す。いいだろう、君たちがそのつもりならボクも黙ってないぞ。乗ってやる、このバトル。

 ボクはユキワラシをボールから呼び出した。ユキワラシはというと、カサカサ震えながらボクを見上げた。一回りも大きなポケモンを相手にするんだ、きっと不安だよね。

 

「大丈夫、ボクが君の能力を活かしてみせる。一緒に頑張ろうね」

「何くっちゃべってんだ? さっさと始めようぜ」

「うるさいな、君たちと違ってボクたちはコンビを組むのすら初めてだ。少しくらいコミュニケーションを取らせろよ、気が利かないな」

 

 今度の気が利かない、は少し大声で言ってやった。三馬鹿は少しムッとした顔を浮かべて押し黙る。それでいいんだ、そのままずっと黙っててくればいいのに。

 それにしてもメタングか。名門学校というのはこれだから困る。同輩の中でも、お坊ちゃまやお嬢様というのはそれなりに多いんだ。親から珍しいポケモンを預けられてる奴も少なくない、この馬鹿みたいに。

 

 だけど相性が悪くたって、勝ち目はある。ポケモンバトルの勝敗はポケモンの相性三割、トレーナーの優劣七割で決まるんだ。

 モンスターボールに入っていたタグからこのユキワラシの特性、使える技を確認し、ユキワラシには指示を出す予定の技や作戦を予め伝えて、ポケットから取り出した()()()()を持たせておく。ユキワラシはそれを雪笠の中に忍ばせてにっこりと笑った。

 

「いこう、ユキワラシ」

『ワラワラ!』

 

 勢いよくコート内に入るユキワラシ。対してメタングもコート内に飛び込み、大きな腕を打ち合わせて威嚇し始めた。その奥ではリーダー格の馬鹿が勝利を確信した笑みを浮かべている。

 

「ポケモンバトルだって!」

「あの子、飛び級してきたっていう一年生の子じゃない? 見ていこ!」

 

 その時だ、グラウンドで遊んでいた同級生や上級生たちがコートの周りに集まってくる。三馬鹿はギャラリーが増えて勝った時の承認欲を満たせると思ったのだろうか、ニヤけた笑みを隠そうとしない。

 だけどその逆だ、勝つのはボクたちで笑い者になるのは君たちだ、今に見てろ。

 

「速攻で決めるぜメタング! 【バレットパンチ】だ!」

「ユキワラシ、【まもる】で凌いで」

 

 電磁力で浮いているメタングが、凄まじい勢いで飛び出してその剛腕を振るう。だけどユキワラシはそれを雪笠に閉じこもることで防御、第一撃は完全に防いだ。

 反撃を食らわないようにメタングが後退、ユキワラシはその場で()()()()()()()()()()()()()()()()をした。

 

「まだまだ! もう一回【バレットパンチ】! オラァ!」

「もう一度【まもる】だよ」

 

 初手と同じ方法で突っ込んできたメタングの拳を、ユキワラシが同じように防御する。だけど恐らく次はユキワラシも防ぎ切れないだろうね、【まもる】は多用すると失敗する。

 ユキワラシは雪笠の位置を調整するように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をする。

 

「ほらほら、守ってばっかじゃ勝てまちぇんよ、おチビちゃん」

「だから勝つための準備をしてるのさ、【みがわり】!」

 

 瞬間、ユキワラシは体力を使って自分の分身を作り上げその陰に隠れた。分身は必ずユキワラシの一歩前を動くようになっているから、メタングの攻撃を一度は凌ぐことができる。

 体力は消費するけど、効果抜群のはがね技を直撃させられるよりはずっとマシだ。それにそれをケアするためのものだって、ちゃんと持たせたからね。

 

「【アイアンヘッド】!」

 

 直後、メタングがロケットもかくやというスピードで頭突きを行ってくる。が、ユキワラシはそれよりも素早く動いてメタングの頭に飛び乗った。

 

「なっ、はえぇ!?」

「まぐれだホス! 焦んな!」

「わかってら! もう一度【アイアンヘッド】ォ!」

 

 反転、再び猛スピードでユキワラシを狙って頭突きを行う。だけどそれもユキワラシには当たらない。小さなユキワラシが大きなメタングを手玉に取っている、その光景が面白くてボクは思わず笑ってしまった。

 メタングの頭の上でユキワラシは再び二度頭を振って、前方にお辞儀をする。実はこの攻防の後の所作にも、ちゃんとした意味がある。一見、ユキワラシは周囲のギャラリーに向かってアピールをしているようにしか見えないこの行為は、ユキワラシの特性を活かすためのものだ。

 

「特性"ムラっけ"、攻防の後能力値ランクに変動がある特性だよ」

 

 既に三度攻防が行われ、ユキワラシの能力には三回の変化が起きている。ジャンプは"すばやさ"、頭を振る行為は"かいひりつ"を意味し、ボクから見てお辞儀をする角度で右なら"こうげき"や左なら"ぼうぎょ"といった能力を確認している。

 従って今ユキワラシは素早さが四段階、回避率が二段階上昇し、攻撃と防御がそれぞれ一段階ダウンしている状態ということになる。【アイアンヘッド】を二回も避けるのは嬉しい誤算だった。

 

 さて、そろそろ攻勢に出ようか。

 

「【こおりのいぶき】!」

 

 ユキワラシがメタングの頭の上から氷雪を含んだ吐息で攻撃を仕掛ける。はがねタイプ相手のこおり技はあまり効果がないけれど、この【こおりのいぶき】という技は別だ。

 次の瞬間、氷の息吹を吹き付けられたメタングの関節部位がバキバキと音を立てだす。【こおりのいぶき】は、確実に相手の急所部位に命中する技だから効果が今一つだろうと気にすることはない。

 

「振り落とせ、【コメットパンチ】だぁぁ!!」

 

「ッ、よく当てたね」

 

 勢いよく頭を振ってユキワラシを突き落としたメタングが彗星のように推進を得た拳を無防備なユキワラシに直撃させた。

 

 

「まぁ、それは分身だけど」

 

 

 ──ように見えただろう。本物のユキワラシは直前に【みがわり】で作った分身を蹴飛ばして先に離脱、ダメージを受けずに済んだ。地面に戻ってユキワラシがサインを送ってくる。今度は攻撃が上昇か、どうしようかな。

 ポケモンバトルの公式ルールなら、メタングもユキワラシもあと一種類だけ技の使用が認められる。たくさん覚えられる技の中からあとひとつを選ばなきゃいけないのは、なかなか大変だ。【まもる】と【みがわり】だけは最初に決めていたけど、残り二つはメタングの手を見てアドリブで乗り切るつもりだった。

 

「よし、決めた」

「ぶつくさ言ってんじゃねえ!」

 

 余裕を無くしたリーダー格の馬鹿の指示でメタングが突っ込んでくる。これこそまさに馬鹿の一つ覚えというんだろう。

 愚直にまっすぐに放たれた【コメットパンチ】をユキワラシは素早く回避し、氷の息吹をまた関節部位目掛けて吐きつける。今度のサインは回避率が下がってしまったけどもうメタングに素早さで負けることはない、上から攻め切るだけだ。

 

「だけど念を入れて、【みがわり】だよ」

 

 メタングはもう一撃必殺にかけて【コメットパンチ】しか撃ってこない。だけど、元より大振りで命中力の低い技。回避率が多少上がっているなら、それも相まって当たることはまずない。トドメに向けて仕込みをさせてもらう。

 だけど"ムラっけ"の能力上昇はランダム。さらにどれかは能力値が下がってしまうから、試行回数を増やすことが必ずしもいいこととは限らない。

 

 それにしても、相手のメタングは攻撃技三種か。よほどボクとユキワラシを舐めてかかったと見えるね。

 だけど気をつけなきゃいけないのは、メタングにはこの状況を打破する技が一つだけ存在する。それに気づかれたらジリ貧だけど……

 

 三馬鹿の顔を見やる。どうも思いつくことはなさそうだ。ならこれで終わらせてしまおう。

 

「うおおおおおお!! 【コメットパンチ】ィィ! 当たれぇ!!」

「避けて、【かみくだく】攻撃!!」

 

 メタングの渾身の一撃は空を切る。そしてその剛腕目掛けてユキワラシが歯を一斉に突き立て、上顎と下顎でメタングの腕を噛み砕く。

 あれから三段階攻撃のステータスが上がったユキワラシの【かみくだく】攻撃でメタングは腕をやられ、戦闘不能。そのまま地面へと墜落した。

 

「勝負あり、じゃないかな」

 

 ボクがそう言うも、リーダー格の馬鹿は押し黙ったままだ。負けを認めたのかな、だったらそれでいいけど。

 ユキワラシをボールに戻そうとしたとき、三馬鹿の一人──ボクにユキワラシの入ったボールを渡してきたヤツが言った。

 

「おかしいだろ! だってあのポケモン、前の実習で使ったときてんで弱っちかったじゃねえか!」

「ホスのメタングがあんなポケモンに負けるわけねえ! イカサマだ!」

 

 声を荒らげる二人に、ユキワラシが震えてボクの陰に隠れる。ボクはというと呆れてため息しか出なくなっていた。

 

「弱いポケモンなんかいない。人の勝手で、ポケモンにレッテルを貼るなよ。

 そんなの、ポケモンが可哀そうだ」

 

 メタングやその他のエスパータイプのポケモンには【テレキネシス】という、念力で暫くの間相手を空中に浮かせてしまう技がある。

 最初の【コメットパンチ】を当てた時、ユキワラシは空中の身動きできない位置にいた。結果的に分身(みがわり)が防いだものの、当たればあの場で決着がついていた可能性すらある。

 

「メタングだって頑張った。だけど、ユキワラシの方が何倍も頑張った。それだけだよ」

 

 ボクの陰に隠れながら震える雪笠の頭をそっと撫でる。三馬鹿は反論こそしなかったけど、まだ何か言ってやりたいという顔をしていた。

 なんならもう一戦やってやってもいい。今度も軽くやっつけてやると思っていたその時だった。

 

 

 ぼそりとリーダー格の馬鹿──ホスが何かを呟いた。

 

「……はつだ」

 

「何を────」

 

 

 

「メタング、【だいばくはつ】だ!!」

 

 

 

 ッ、あの馬鹿正気か! こんな人の集まってるところで【だいばくはつ】なんて! 

 

 ギャラリーのみんなが急いでコートから離れる。迂闊だった、まだメタングが動けたなんて! 嘆くも、メタングの身体から膨大なエネルギーが噴き出し始める。

 もう爆発する、と思ったその時だった。ボクの後ろからものすごい冷気の突風が吹き荒れ、それがメタングを包み込んだ。だけどまだ、メタングは力を溜め込んでいた。

 

 振り返る。するとボクが振り返るのと同時に、素早く小さな影がメタング目掛けて突進していった。

 

「ユキワラシ!」

 

 その影はユキワラシだった。恐らく今放った技は【ふぶき】で、メタングの爆発を氷状態にして阻害するために使ったのかもしれない。だけど、メタングが凍りつくことはなかった。

 だからユキワラシは、メタングの身体に再び噛みついた。見れば、メタングの身体が噛まれている場所からメキメキと音を立てて凍りつき始めた。

 

「【こおりのキバ】……! だけど……!」

 

 無茶だ、間に合わない。メタングの身体にエネルギーが限界まで蓄積され、次の瞬間一気に爆発した。

 爆音がコートの一角を吹き飛ばし、組み付いていたユキワラシは当然回避率など関係なく爆風に煽られて吹き飛ばされてしまった。

 

 キーンという音しか聞こえない。顔を上げると、先生たちが騒ぎを聞きつけてやってきたのがわかったけれど耳が麻痺して先生たちの言葉は聞こえない。

 それも時間が経てば治まって、ボクの耳はようやく音を捉え始めた。

 

「いったい何があった! またお前たちか!」

 

 教育指導の先生が三馬鹿を怒鳴りつける。悪さの常習犯らしく、三馬鹿はダルそうに先生の指導を受けている。

 ボクはハッとして周囲を見渡した。するとコートから少し離れたところにボロボロになったユキワラシを見つけた。急いで駆け寄るとユキワラシは雪笠に忍ばせた、ボクが予め渡しておいた道具を使った。

 

 それはボクのお昼におやつで食べるつもりだったお菓子のピース(たべのこし)。どうやらユキワラシはメタングを凍らせるのが不可能と悟って、爆発の寸前に防御を高めたみたいだ。

 

「よかった、無事で」

 

 安心したらホッとため息が出てしまった。少しでも休ませてあげたかったから、ボクはユキワラシをボールに戻した。

 だけど次の瞬間、グワッと肩を引っ張られた。見れば教育指導の先生が怖い顔でボクを見ていたからだ。

 

「そのポケモンはレンタルポケモンだな? だが、管理室の記録では()()()()()()()。無許可で持ち出したのか?」

「い、いいえ。このユキワラシは彼らが……」

 

 そういって三馬鹿を指差したとき、ハッとする。これすらも、三馬鹿の狙い通りだったんだ。

 

「俺たち知らないっスよ。突然ポケモンバトルだって吹っ掛けられたんスから」

「そうそう、せっかくの昼休みだったのに。おチビちゃんに付き合ったらこれだもんよ」

 

 根も葉もないことを宣う三馬鹿、頭に来て言い返してやろうと思ったけれど教育指導の先生がそれを許さなかった。

 

「それは本当か?」

「ッ、事実無根です。勝負を吹っ掛けてきたのも、ユキワラシを連れてきたのも彼らの方です」

 

 弁明したけれど、意味はないだろう。向こうは悪さの常習犯だとしても、互いが互いの発言の証人という不正を行っている。

 ボクは取り上げられるモンスターボールの中から寂しげにこっちを見るユキワラシと目が合ってしまった。

 

 だけど何も言えないし、言ってくれない。

 ポケモンは言葉を喋れないから、ボクの弁護はしてくれない。

 

 

 

 結局ボクは無許可でレンタルポケモンを持ち出した挙句、使用許可を出してもらっていないコートで、周囲に被害が出るようなバトルを誘発したとして、一か月の停学処分を受けてしまった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ブーツの靴紐を途中で解けないようグッと結ぶ。帽子もよし、"ハルザイナの森"は木々が高く日除けに困らないけどそれでもあるに越したことはない。

 バックパックを背負う。中には野営用のキャンプセットが詰まっている。立ち上がる前に、ボクは傍らに転がっているいちばん重要な道具に目をやった。

 

 赤と白のカバーパーツで構成されている、モンスターボール。中は空で、ここを新たな住まいとするポケモンが入るのを待っているようだ。

 

「よし、出発だ」

 

 ハルザイナの森までは道が舗装されている。だから途中で野生のポケモンが飛び出してくるということは殆どない。

 だけど森の中は別だ。鍛錬場としているトレーナーもいるだろうし、歩いていれば野生のポケモンに遭遇することもあるだろう。

 

 まず森の中でボクを守ってくれるポケモンを捕獲、そして湖畔で噂のポケモンを捕まえる。これが大まかなプランだ。

 停学にこそなったが、自宅謹慎命令は受けてない。従って考え方を変えればボクは一足先に夏休みに入ることができたわけだ。

 

 あのポケモンの噂を聞きつけて他のトレーナーと競争になることも考えられる。遭遇出来る確率を考慮すれば施行期間は長い方が良い。

 

 書き置きも残した。父さんと母さんのポケモンを借りることも考えたけれど、ボクはボクのポケモンが欲しいんだ。他人に育てられたポケモンに甘えるわけにはいかない。

 玄関の扉を開く。リーグ制覇を目的に旅立つトレーナーというのは、もしかしたらこういう気持ちなのかもしれない。

 

 文明の街から、人間のために舗装された道々を歩く。通りすがるトレーナーたちが連れているポケモンたちを観察する。

 ガーディや、ニャース。"おや"とされるトレーナーと触れ合っているポケモンたちはみんな嬉しそう。

 

 父さんと母さんがポケモンの世話をする光景が、あの輝きがボクの憧れだ。

 

 そうして歩いているうち、舗装された道はだんだん細くなって獣道が増えてくる。そして大きな柵によって仕切られたエリア。

 

「ここがハルザイナの森……」

 

 有志のトレーナーたちが歩きやすいように草むらを切り揃えてくれたおかげで、歩く場所には困らないけど……

 

「薄暗くて、足元が見辛いな……」

 

 薄禿げた部分は草に足を取られない反面、ゴツゴツした隆起部分に気づかなくて躓いてしまいそうになる。見れば、他のトレーナーの落とし物や投棄された道具類があちこちに転がっている。

 足元に気をつけながら地図を確認する。ハルザイナの森で湖畔と言えば"ハルビスタウン"側、つまり南西の場所。リザイナシティ側からだと少し歩かないと行けない。

 

 方角をチェック、顔を上げたときだった。突然木々から何かが飛び出してきた。それは群れで、ボクは驚きで思わず転んでしまった。

 

「"ズバット"の群れ……! うわっ!」

 

 こうもりポケモンのズバット、その群れが一斉に飛びかかってきた。種類としては知っていたし、そこまで恐れるポケモンじゃないことは分かっていた。

 だけど、それはポケモンがいる場合の話でボクには手持ちのポケモンがいない。群れで襲われたらボクには為す術がない。

 

 甘えるとか、そんな話をしている場合ではなかった。やっぱり父さんと母さんにポケモンを借りてくるべきだったんだ。

 自分の知識と、能力に驕っていた。ボク自身はちっぽけで、非力な存在だと思い知らされる。

 

「だ、誰か……」

 

 助けを求めた、その時だった。真夏の森が、まるで暑さを忘れるほどの極寒の地に様変わりした。ボクを上手く避けるように、猛吹雪がズバットの群れをまるごと凍結させた。

 振り返るとそこには、相変わらずカサカサと音を立てて震えている雪笠ポケモンの姿があった。

 

「ゆ、ユキワラシ……? もしかして君、学校の……」

 

 ボクがそう言うと、ユキワラシはニッコリ笑いながら雪笠の中からお菓子の包み紙を取り出した。間違いなく、先日ボクが使ったレンタルポケモンのユキワラシだった。

 だけどどうしてこんなところにいるんだろう、まさか学校から抜け出してきたのかな……? 

 

「まずいよ、ボクただでさえ停学中なのにキミと一緒にいたら、下手したら退学……」

 

 慌てるボクを他所に、ユキワラシは臨戦態勢を崩さないまま前に出た。そっちに視線を向けると、先程の【ふぶき】を仲間の陰に入ることでうまくやりすごしたズバットが一匹残っていた。

 

「あの【ふぶき】を掻い潜るなんて……」

 

 ボクの中で一つのスイッチが入る。ポケットから取り出したモンスターボールの開閉スイッチを押し込む。

 ここまで来たら乗りかかった船だ、ユキワラシにも協力してもらう。

 

「【こなゆき】を正面全域に撃って!」

『ワラー!』

 

 高火力の【ふぶき】と違って威力こそは控えめだけど、命中しやすく継続力に秀でる【こなゆき】で確実にダメージを与えていく。如何にあのズバットが素早くても、面制圧に長けるこの技なら避けられない! 

 

 さらに追加効果で翼が凍りつき、ズバットは唯一の機動力を失う。ボクは落ちてくるズバット目掛けてモンスターボールを投擲、見事に命中する。衝撃によりボールがオープン、中に対象を閉じ込めるとゴツゴツした地面へと落下する。

 

「…………ッ」

 

 右へ、左へ。ボールに閉じ込められたポケモンが抵抗することでボールが揺れ動く。

 しかし、翼が凍りつき次第に暴れることもなくなったズバット、それに従いモンスターボールは沈黙する。

 

「や、やった!」

 

 つい声が上ずってしまう、だけど遂にボクは、ボクのポケモンを捕まえる事ができた。

 モンスターボールの中のズバットは渋々捕獲に応じた、といった態度だった。最初はこんなものだろう、父さんも母さんも最初からポケモンと仲が良いわけじゃない。ひとまずボールから出し、予め貯金を崩して買っておいた"なんでもなおし"でこおり状態を治療してあげることにした。

 

「これからよろしくね、ズバット」

 

 見れば、さっき襲いかかってきたズバットの群れが逃げ帰っていく。だけどその隊列はバラバラで、恐らくボクが捕まえたズバットが群れのリーダーだったのかもしれない。だとするなら、あの素早さと打たれ強さに納得がいく。

 

「さてと……それじゃあキミも学校に帰った方が良いよ」

 

 助けてもらってなんだけど、ユキワラシと一緒にいるのはやっぱりマズい。その場にユキワラシを置いてボクは先を急ぐことにした。今ならもうズバットがいるし、野生のポケモンと戦うことも出来る。それに今日は誰かに上げる分のおやつを持ってない。

 

 暫く歩くと薄暗い森は終わりを迎えて、代わりに開けたキレイな湖畔に辿り着いた。ここが噂のハルザイナの森の湖か……確かに水も澄んでいて、珍しいポケモンが好みそうな場所だ。

 

 ひとまずボクは草の背が低い場所を探して、湖の周りをぐるりと廻ることにした。高い草むらではテントを張るのが難しいからだ。そうして水辺に沿って歩いているうち、視界のうちに赤が入り込んだ。

 

 水辺だから、コイキングかと思ったけれど違った。それは翼を有するポケモンで水辺に倒れ込むようにして呻いているのがわかった。ひと目見た瞬間、ハッとした。

 

 というのも、生まれた時からポケモンに囲まれて、あらゆる図鑑を読み尽くしたボクでさえ見たことのないポケモンだったからだ。噂は本当で、このポケモンこそがその噂の主だとわかった。

 

 だけど出会い方が妙だった。寝ているというよりは、まさに倒れていると表現するのが正しい。加えて、身体の至るところに十字の傷が見て取れた。さらに身体は麻痺しているみたいだった。

 

「なんだろう、この十字傷……【みねうち】の跡……? いや違う、ポケモンの技じゃない……?」

 

 そのポケモンの全身を確認してみると、至るところに同じ大きさの十字傷が見当たった。

 すぐに合点がいった。これはポケモンやポケモントレーナーによってつけられた傷じゃない。"ポケモンハンター"が使ったワイヤーネットに違いない。

 

 目の前のポケモンは弱々しく目を開け、次いでボクと目があった。

 

「大丈夫、痛い……?」

 

 そっと手を伸ばすとそのポケモンは弱々しくボクを睨んで、威嚇する。だけど、その威嚇に効果はなかった。

 これがトレーナーとポケモンによるバトルの傷なら、ボクも口出ししない。むしろ体力を減らしてくれてありがとう、とタダ乗りしているところだ。

 

 だけど、この傷はそうじゃない。ポケモンが傷つくほどの電流が流れるワイヤーネットで乱暴に捕獲しようとした痕だ。

 ボクは長期戦を予期して回復の手間は最低限にするべく、ポケモンの体力と状態異常を同時に治療する"かいふくのくすり"を買い込んでいた。まだ子供のボクからすれば大きな買い物だったけれど、惜しみなくそのポケモンに使用した。

 

 すると身体の痺れが無くなり、傷がどんどん塞がっていく。弱々しかった瞳の力が、本来そうなのだろう活発さを取り戻した。

 恐る恐る手を伸ばしてみるとその赤いポケモンは拒むことなく、身体を触らせてくれた。乱れていた美しい毛並みも、徐々に滑らかさを取り戻す。

 

『──ありがとう』

 

 その時だ、頭の中に直接声が響いた。ボクは周囲を確認するけれど、周りには誰もいない。ボクのそんな反応が面白いと思ったのか、赤いポケモンはクスクスと笑うような仕草をした。

 

「今の、キミ……? ひ、人の言葉を喋れるの?」

『テレパスだよ。あなたにしか私の声は聞こえないの』

 

 驚いた。人の言葉を百まで理解出来るポケモンならこの世界に沢山いる。だけど、念話を通して人の言葉を扱えるポケモンなんて、ボクは聞いたことがなかった。まさにこのポケモンはボクにとって未知の存在で、ただ圧倒されていた。

 

「え、と……ボクはアズミ。キミは、名前とかあるの……?」

 

 相手が人語を介するとわかった瞬間、ボクは途端にしどろもどろになってしまう。相手を人だと思ってしまって、うまく言葉が出てこなくなってしまう。

 それが面白いのか、そのポケモンは人のように笑いながら名前を教えてくれた。"ラティアス"、それが()()の名前らしい。

 

「ラティ、アス……本当に見たことも聞いたことのないポケモンだ……念話が出来るってことは、エスパータイプかな……」

 

 それでいて、この翼は鳥というよりは竜のそれ。たぶん、ドラゴン・エスパータイプのポケモンかもしれない。

 となると今までこの二つのタイプを併せ持ったポケモンはいないはずだから、現状唯一の固有タイプということになる。

 もちろん、ラティアスと同じようにボクのまだ知らないポケモンの中には同じタイプを有するポケモンもいるだろうけど。

 

「おい、こっちの方に来たよな!」

「そう遠くへは逃げらんねえはずだ! よく探せ!」

 

 突然の大声に、ボクは思わずビクリと跳ね上がってしまう。荒々しい男たちの声、何かを探しているような物言いにボクはハッとした。

 彼らが探しているのはきっとラティアスだ。このままじゃ、彼女が危ない……どうしよう、どうすれば。

 

「おや、お嬢ちゃん()()どうしたのかな、こんなところで」

 

 やがて姿を現したイメージ通りの男たちにボクは思わず怯んでしまう。だけど彼らの言った「たち」という言葉に違和感を覚えた。

 

「この辺に、赤い見たこともないようなポケモンいなかったかい? おじさんたち、そのポケモンを探してるんだ」

 

 やっぱり、ラティアスのことだ。だけどなぜそんなことを聞くんだろう、ラティアスなら見ての通り隣にいるはずなのに。

 そう思って隣を見た瞬間、驚きで声が出せなくなった。そこにいたのはラティアスじゃなくて、一人の女の子だったからだ。

 

 赤い髪を物語に出てくるお姫様のように結い上げた、ボクと同じくらいの女の子がそこに座っていた。彼女はボクの方に目配せすると小さく微笑んだ。

 

『落ち着いて、私だよ。ああ、返事はしないでね』

 

 テレパス、ということはこの女の子は間違いなくラティアスなんだ。変身能力? それとも、幻覚を見せているとか? 

 とにかくボクは顔に出さないように努めた。変身だろうと幻覚や催眠だろうと、ここまで高度な能力を有するポケモンだと知れたら彼らは手段を選ばないだろう。彼らの腰に下がっているのはモンスターボールじゃなく、悪辣な捕獲道具だ。二度とラティアスにそんなもの使わせないぞ。

 

「あ、あっちの方に飛んでいったよ。急がないと逃げちゃうかも」

 

 ポーカーフェイスと頭の中で連呼しながらボクは湖の反対側を指差した。するとハンターの男たちは礼を言うこともなく走り去っていった。

 彼らが視界の中で豆粒ほどの大きさになった頃、ボクは絞り出すように深い溜め息を吐いた。

 

「驚いた……いやもう驚きっぱなしだよ」

『私の能力で光を屈折させて、念力で簡単に質量を持たせてあるの。傍目から見れば本当にここにいるみたいに見えるでしょう』

 

 そう言われて、目の前の女の子を指先で突いてみると確かに触れる。反転、彼女もボクの頬に手を伸ばして突いてきた、ちょっとくすぐったい。

 

「さっきの人たちに追われてるんだね……ここにいたら、また見つかっちゃうかも」

『そうかもね、でも私は……この場所がお気に入りだから、気づくと戻ってきてしまうの』

 

 ラティアスはそう言って微笑み、湖を撫でるそよ風に目を細めた。確かに、薄暗い森を抜けた先にあるこの湖畔はちょっとした絶景スポットといえる。

 当たり前だけど、ポケモンにも好きだと思える風景や場所がある。今までどこかヒトとポケモンという括りで世界を見ていたボクはラティアスと話すことでそれを思い知らされた。

 

 やがて隣の女の子の姿がスッと消え、さっきまでのラティアスが姿を現した。

 その時だ、パキッという小枝を踏んだ音にボクたちが振り返る。そこには獰猛な視線の、男が一人立っていた。

 

「すげぇ、人にばけられんのかよ……これは高い値がつきそうだ」

 

 迂闊だった。ハンターの男たちが二人だけだと、たかを括っていた。男が通信機で仲間に連絡を入れる。

 

「お嬢ちゃん、おじさんたちはそのポケモンに用があるんだ。そこを退いてくれるかな」

 

 作られた声に、不快感を覚えた。ボクを無視したり強引に突き飛ばしたり出来るのにしないのは、これが最後通告ということ。

 横目にラティアスを見る。ボクがここを退いたら、またラティアスは追い回される。

 

 また電気ワイヤーで、酷い目に遭わされる。それはダメだ、唇を噛み締めて立ち上がるとハンターの前に立ち塞がる。

 

「こ、この子は、ボクが先に見つけたポケモンだ……から、邪魔しないで……」

 

 怖い。大人が本気で掛かれば、ボクなんか一瞬だろう。それはさっきのズバットの群れに襲われた時にも感じた恐怖だ。

 ボク自身は大した力もない、ただの子供だ。だけど、これ以上ラティアスを傷つけさせないという思いだけでボクは突っ張った。

 

「出来れば、手荒なことはしたくないんだけどねぇ! お嬢ちゃんがその気なら仕方がない!」

 

 そう言ってハンターが繰り出したのは、モンスターボール。中から現れたポケモンは"キノガッサ"、ただのハンターかと思っていたけれど捕獲要員として使えるポケモンまで所持していたなんて。

 

「【キノコのほうし】!」

 

「マズい……ッ!」

 

 ハンカチを手に当ててボクは身構えた。次の瞬間、キノガッサが一気に胞子を吹き出して攻撃してくる。この胞子には眠りを誘発する効果があり、尚且同系統の技の中で、高い命中率に定評がある。

 

 だけど次の瞬間、ボクとラティアスの身体を神秘的な輝きを帯びたベールが包んだ。見ればラティアスが【しんぴのまもり】を使って、胞子を防いだみたいだった。

 

 この男、捕獲要員として有名なポケモンを使うこともそうだけど、やると決めれば相手トレーナーも巻き込むことを厭わない覚悟を持っている。恐らくキノガッサも相当鍛えられている。戦ったとして、勝てるかは怪しい。それに、彼は仲間を呼んだ。それがさっきの二人組かはわからないけれど、どっちみち長期戦は不利を強いられるだけだ。だったら、ボクが取るべき手は一つだけ。

 

 後ろ手にモンスターボールの開閉スイッチを押し込んだ。恐らく、対面の男には気づかれていない。動くなら、キノガッサが動いた瞬間。

 ラティアスの【しんぴのまもり】で、状態異常にはもう出来ない。とすれば、次の手は────

 

「【マッハパン──」

 

「今だよ、【くろいきり】!」

 

 キノガッサが動き出すより先に、ボクは捕まえたばかりのズバットを呼び出した。ズバットがその小さな身体のどこに蓄えていたのか気になる量の真っ黒いガスを放出し、辺り一面を暗黒で覆い尽くす。ボクは振り返ると、ラティアスに向かってモンスターボールを突き出した。

 

 もしかしたらハンターたちのような人間に触れて、ラティアスは人間のことを嫌いになってしまったかもしれない。

 だけど、もしもキミさえ良いのなら。キミがヒトに絶望する前に。

 

 

「────ボクを、信じて!」

 

 

 ボクの伸ばした手と、ラティアスの伸ばした手が触れた。モンスターボールの開閉スイッチが押し込まれ、ラティアスがその中へと飛び込んだ。

 それからは黒い霧に紛れてその場から一目散に駆け出した。相手は大人、歩幅でもボクは圧倒的に不利だ。

 

 でも構うもんか、ボクは薄暗い森の中を今までに無いほど全力で走った。今なら、徒競走で一等賞を取れる気さえした。

 そう油断した瞬間だった。地面の凹凸に足を取られて、バランスを崩したボクは思い切り前のめりに転んでしまった。

 

 立ち上がろうとした。だけど擦りむいた膝が激痛を訴えて、適わなかった。

 ぞろぞろと、ボクに迫る大人たちの足音が森のざわめきとなって、襲いかかってくる。

 

「キノガッサ、逃がすな!」

 

 さっきの男がもう追いついてきた。キノガッサを迎撃するべく前に出たズバットだったけれど、やっぱり正面からの一騎打ちでは太刀打ちできずに戦闘不能に追い込まれてしまった。これでボクには戦えるポケモンがいない。ラティアスをボールから出せば、手段を選ばない彼らがどんな手に出るか想像は難しくない。

 

「さぁ、大人しくそのボールを渡しなよ。なんなら礼は弾むぞ」

 

「イヤだ……彼女はボクの、友達だ……! 悪い大人なんかに渡したりしない……!」

 

 ボールを抱え込むようにして隠す。男はため息を吐くと無理やりボクの腕からボールを奪い取ろうとした。握られた手首が痛む、けれど絶対にボールからを手を離そうとはしなかった。

 

「い、痛……ッ!」

「つべこべ言わずに渡せって────」

 

 男が怒鳴りつけながらボクに向かって手を振り上げた瞬間だった。何かが横から男の腹部目掛けて突っ込んで行った。体当たりを食らった男が目を剥いてその場に倒れる。ボクは痛む手首を押さえながら、飛び込んできた影を見て驚いた。

 

「ユキワラシ……!?」

 

「ガキが……舐めやがって、キノガッサァ!」

 

 怒りのままに、キノガッサがボクへ向かってくる。だけど割って入ってきたユキワラシがキノガッサの隙を突いて、同じように体当たりを繰り出した。

 次の瞬間、キノガッサもまた物凄い勢いで吹き飛んでいき樹木に激突。当たりどころが悪かったのか、そのまま昏倒して戦闘不能になる。

 

 ただの体当たりじゃない。ただの体当たりで、あれほど鍛えられたキノガッサを一撃で倒せるはずがない。

 だけど考えるのは後だった。ボールから飛び出してきたラティアスがズバットとユキワラシを抱えて、次いでボクを見る。

 

『掴まって!』

 

「う、うん!」

 

 ラティアスが身を低くし、背中に掴まった瞬間だった。今まで体験したことのない速度がボクを襲った。瞬きする間にラティアスはハルザイナの森を抜け、3番道路へ出た。道行く人々の間を抜き去り、ボクたちは一気にリザイナシティまで戻ってこれた。

 

 無我夢中でしがみついていたボクはどこへ向かっているかも分からず、目を開けるとそこは学校だった。

 校庭に半ば不時着するようにラティアスが降り、ボクはすっかり平衡感覚を失ってその背中から滑り落ちた。

 

「な、なんで学校に……?」

 

『この子が学校に帰らないと、って言っていたから』

 

 視界の中で逆さまになったラティアスが念話で言う。腕の中にはユキワラシがいて、どうやら空の旅を楽しんだらしい。ボクにはそんな余裕無かったけれど。

 

「──何をしてるんだ」

 

 途中で声を掛けられてハッとする。時間を確認すると、ちょうど昼前。まだ授業を行っている途中で、見れば周囲には屋外でポケモンバトルの実習をやっているクラスと、運悪く教育指導の先生と目が合ってしまった。

 

「またお前か……詳しい話を聞かせてもらおうか」

 

 マズった、非常に。肩を落とすボクと、知ってか知らずか未だラティアスの腕の中で笑顔のユキワラシが、ひどく対照的だったように思う。

 

 

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