ジェネシス ~陸奥の冒険~   作:雷電Ⅱ

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コロナウイルスが蔓延しているため、用事以外は癒えに籠っている日々を送っている私です
菱餅任務の次は、春の期間限定任務……メカジキを改修しなくては

それはそうと、あのタレントも亡くなりましたね
ご冥福をお祈りいたします


第27話 深海棲艦と艦娘の関係

 一行は、整備格納庫へ向かった。F-35Bはあったが、空海自の隊員が見張りをしていた

 

 機密保持だろう

 

 その格納庫の一つにF-35Bは無かった。あるのはカプセル。よくドラマや映画などで見る、被験者が眠らされ、液体に入れられるシーンが、実際に見られるとは思わなかった

 

 吉村海将は、格納庫の一角を研究施設にしたようだ。あちこちに機材がある。工作機器から医療機器まで

 

 そして、隊員が作業していたが、そのうち数人は違っていた。草野1尉とその部下もいたことから特殊作戦群の姿も確認された。F-35Bのパイロットは空自であるため、空自の整備員も確認できる

 

 陸海空の服装は違うため、1つの船で三軍が集まるのは滅多にないだろう

 

「おい、なんの騒ぎだ!?」

 

 吉村海将が怒鳴るや否や騒ぎは収まり、吉村海将の姿を見た隊員は一人残らず敬礼をした

 

「敬礼はいい。何があった!?」

 

「例の記者が、捕虜を解放しろ、と言っているんです!」

 

 責任者だろう。海曹長が不満そうに下園記者に指を指しながら不満をぶちまけていた

 

「どう言うことだ?」

 

「そのままの意味です! 戦争捕虜は、ジュネーヴ条約で決められています!」

 

 下園は、吉村海将の姿を確認すると、早口で批判する

 

「自衛隊でも捕虜取扱い法*1で決められています! こんな人体実験のような事をして、太平洋戦争で同じ過ちを繰り返す気ですか!?」

 

 下園の言う過ちとは、旧日本軍が敵兵の捕虜に対する扱いである

 

 史実では、旧日本軍は戦陣訓の影響もあり、捕虜を虐待する傾向があった事は否めない。これは、自ら捕虜になることを禁じられていたため、敵の捕虜の尊厳も認めなかったのである。ジュネーヴ条約を批准していなかった要因もあるかも知れない

 

 内地では、B29の乗組員に対する憎悪は激しく、撃墜されパラシュートで脱出した乗組員が、現地の人達に集団リンチに合って殺されたこともあった

 

「生体解剖事件をご存知ですよね? あなた方は、正にこの事をやっているのですよ!」

 

「歴史なんてどうでもいい。それに、コイツは人間じゃない。強力な麻酔薬で眠っているが、目覚めるかどうかも分からんのだ!」

 

 草野1尉は、不機嫌そうに反論した。下園は、歴史を盾に抗議しているが、彼からしたら迷惑極まりない事だった

 

 任務中に、奇妙な人型をした深海棲艦が平然と歩いているのを目撃。ステルス迷彩で近づき、四方八方から対物ライフルで攻撃した。相手は、見えない敵に発狂し、滅茶苦茶に撃ったが、最終的に麻酔薬で眠らせた。まだ、この時は物理攻撃が有効だった時だったので、捕まえる事が出来た

 

 しかし、三浦会社の社員の大半が亡くなったため、やむを得ず怜人達を連れてきた。防衛省の職員も、ゆっくりと研究する時間がないことくらいは分かる

 

 人類の敵であることは、分かりきっているのに、この女性記者は逃がすように進言する。どうやら、絶滅動物のように手厚く保護するよう言って来たのだ

 

「そうか、コイツが目覚めたら大量虐殺が行われる可能性だってあるんだぞ!」

 

「話し合いで解決出来る! 敵でない事を示せば──」

 

「コイツは人ではないんだぞ!」

 

 草野1尉はカプセルに入っている深海棲艦に指を指しながら怒鳴ったが、下園は怯みもしない

 

 そんな事を他所に、怜人は海曹長に話かけた

 

「ちょっといいかな? あれは、何だ? 『リリ』が公開したデータには乗っていないが」

 

「分からないです。新種の深海棲艦らしいです。特殊作戦群が見つけたらしいのですが」

 

「つまり、勝手に進化したのか」

 

 海曹長は嫌そうに答えたが、怜人は頷きながらカプセルを見た。中は、10代くらいの少女が沢山の管に繋がれて眠っている。だが、その少女はただの少女ではない。頭からは角を2本生やし、左腕は魚のヒレの様なものがついたおぞましいものが生えている

 

「これ、何?」

 

「僕に分からん」

 

 陸奥は質問したが、怜人は首を振った。怜人にも分からないらしい。だが、怜人は数秒見ただけどカプセルに一瞥すると、未だに言い争っている吉村海将達に声を掛けた

 

「ちょっと、いいかな? 確かに、捕虜でこんな扱いはダメだ」

 

 怜人の発言に、あれだけ騒がしかった格納庫は、水を打ったかのように静まり返った。自衛官達はまさか、怜人がこんな事を言うとは思わなかったのか、固まっていた。一方、下園は自分の意見に対して同意してくれたことに喜んだらしく歓声を上げていた

 

「そうよね! だから──」

 

「と言っても襲われるのも事実だ。だから、コイツを創り変える」

 

「え?」

 

 予想外の意見に下園も固まった。創り替える? 

 

「簡単な話だ。深海棲艦は人型になっている。生命エネルギーであるG元素を組み替えて人間の形とほぼ近いレベルまで持っていく。長谷川、手伝え」

 

「ちょっと待て。何の話をしている?」

 

 吉村海将は唖然としてた。捕虜の扱いが酷い、というシンプルな話ならいい。しかし、今の話は何だ? 

 

「どうせ、理解出来ないだろうから結論から言う。……コイツを艦娘にする」

 

「何!?」

 

「出来るはずだ。リリは僕の研究を元に深海棲艦を作った。だが、陸奥のように艦娘も造り替える事が出来るはずだ。理論だから、確証はない。直ぐにコイツを降ろしてくれ」

 

「馬鹿を言うな!」

 

 吉村海将を初め、その場に聞いていた自衛官一人残らず愕然とした。長谷川も陸奥も同様で、優子も吉村海将と怜人を交互に見ている。下園も予想外の発言に思考停止状態に陥っているが、彼女は直ぐに我に返ると震える声で聞いた

 

「ちょっと、何を言ってる?」

 

「捕虜が可哀想なら、人間に戻すべきだ」

 

「危険よ!」

 

「そうか。君は深海棲艦を国や軍の批判材料にしているのか? それとも、本気で可哀想だと思っているのか?」

 

 下園も頭がついていけず、混乱している。自衛官が捕虜を残酷に扱っている、というニュースに仕立て上げようとした。だが、彼は深海棲艦を艦娘に変えようとしているらしい

 

「大丈夫だ。核となるG元素を組み換えるだけだ。別の元素に変えれば、肉体は代わり別の生き物になる」

 

「人体実験する気!?」

 

「人聞きが悪い。治療だ。マッドサイエンティストではないぞ」

 

「「「「動くな!」」」」

 

 怜人は動くや否や、自衛官は素早く銃を手に取ると怜人に向けた

 

 H&K VP9(9mm拳銃)、89式小銃、中には9mm機関拳銃を手に取る者までいた

 

「悪いが、お前を拘束する!」

 

「何時から自衛官は、やる気に満ち溢れているんだ? 長谷川から聞いていたのと全然違うが?」

 

 確か、自衛隊は防衛出動などを除くと、正当防衛でしか発砲を許されていない。過剰防衛として隊員が、逮捕されるからである

 

「新元素であるG元素が見つかってから、自衛隊も変わったのだ。外国の勢力がG元素を目的に武力で攻めてくる可能性もあった」

 

 草野1尉は拳銃を構えながら近づいてきた。コイツら、マジだ。だが、怜人も予想していたらしく、鞄から何かを取り出した

 

 小さな妖精が、現れたと思うと粘土のようなものと機械類を怜人に渡した

 

 それは──

 

「そちらこそ、そんなものを引っ込ませて貰おう。本来ならリリを爆破するために造ったのだが、どうやら別目的になるだろ?」

 

「嘘だろ。コイツ、自作でプラスチック爆弾を作ったのか?」

 

 草野1尉は驚きを隠せなかった。彼が手に持っているのは、プラスチック爆弾。しかも、C4など記載が全くないということは自力で作ったのか? 

 

「妖精の力で隠し持っていた。コイツは非常事態で持っていただけだ。心配するな。これが終われば、警察に付き出したりするなりすればいい」

 

「プラスチック爆弾を自力で作ったのは誉めてやるが、今の発言は人類の敵を作るようなものだぞ! リリを破壊するために作った? 嘘も程々にしろ」

 

「……心配しなくても、作ったのはこれだけだ」

 

 深海棲艦を艦娘に変える。詳しい事は分からないが、どうやら艦娘に変える事が可能らしい。

 

 しかし、身体は兎も角、心まで陸奥と同じような艦娘になるとは限らない

 

「敵を減らすのは、ただ沈めるだけではない」

 

「言いたいことは分かるが、こればかりは容認できない。いや、私達が納得しても頭の固い上層部が認める訳がない」

 

 吉村海将はピシャリと言った。確かに、深海棲艦を陸奥のような艦娘に変えて味方を増やせば、それはそれで深海棲艦は減るだろう

 

 だが、現場の人は兎も角、何も知らない一般の人間がそんなファンタジーな事を信じるのだろうか? 

 

「5秒やるから爆弾を寄越せ」

 

「いや、決断するのは、この場にいる自衛官だ。お前も何か言ったらどうだ!? 下園、捕虜が可哀想なんだろ!?」

 

 怜人は草野1尉の睨みには全く怯まず、それどころかオロオロする下園に質問を投げ掛ける始末だ。下園もあれだけ人道的な意見を言ったのに、今では何を信じればいいのは分からなくなった

 

 一方、陸奥は混乱した。しかし、それは一瞬であり、怜人に近寄った

 

「……本当に深海棲艦を艦娘に変える事が出来るの?」

 

「ああ。但し、条件付きだ。僕の推測が正しいなら、人型なら可能だ」

 

 陸奥は怜人を睨めつけながら、拳を握っていた。今なら、怜人を素早く爆弾を奪える。艤装も纏っているため、プラスチック爆弾程度なら耐えられるだろう

 

 だが、もし実力行使すれば枯れは間違いなく負傷する。下手すれば、死亡するかもしれない

 

(……長門、貴方はこれを言っていたの?)

 

 陸奥はふと昔、リンフォンで見た悪夢を思い出した。確か、怜人が鍵だと

 

 あの夢が本当なら……

 

 だとすると、彼の無茶な行為は、後になって実を成す事だろう

 

「……分かった。貴方を信じる。だけど、もしあの深海棲艦が暴れたら私が倒すわ」

 

 陸奥は艤装を納めた。彼は本気らしい

 

「吉村海将、私からもお願いしていいかしら」

 

「銃を降ろせ! ……分かった。本来なら、これはあり得ないが、いいだろう。確かに、敵が味方になれば嬉しい事はない。記者のように人道的にもなるな」

 

 吉村海将は顔をしかめながら、武器を降ろすよう命令した。草野1尉は不満そうだったが、彼も渋々と従った

 

「有り難う」

 

「お前のためではない」

 

 怜人は、自作のプラスチック爆弾を渡した。草野1尉からすれば、彼のやり方には不満があった

 

 G元素だからと言って、身体の造りが変わるのか? 確か、G元素は人体の身体能力が上がる、と昔、怜人が説明していたが

 

「では、柳田君。やりたまえ。但し、時間は無い。現在、この船はミッドウェー諸島に向かっている。作戦実行まで70時間42分後だ。私は仕事がある。後は任す。草野1尉、彼を見張ってろ」

 

「言われなくても、分かっています」

 

 草野1尉は吐き捨てていたが、怜人は去ろうとする吉村海将を呼び止めた

 

「これをあんたに渡す。後で見て欲しい。勝つためのやり方だ」

 

「君がさっき言った言葉をお返ししよう。『君は私の部下ではない』」

 

「これは冗談の話ではないんです! 深海棲艦を全て駆逐するなんて無理です! ゲリラ戦法と深海に潜る能力を兼ね備えた軍隊なんていない!」

 

 怜人は必死になっていた。あまりに熱心に語るため吉村海将は眉をつり上げた

 

「深海棲艦が海で暴れたら、経済は崩壊するどころから文明も停滞する。最悪のケースとして、深海棲艦が核兵器を奴等が手にしたら、第二の冷戦時代に突入するかも知れない!」

 

「深海棲艦が核兵器を保有する事はない。核爆弾が海に落とさない限り……は……」

 

 吉村海将は怜人のとんでもない持論に反論したが、何か思い当たる節があり、固まった

 

「冷戦時代に事故で沈没している原子力潜水艦*2が少なからずありますし、過去に米軍は米空母から水素爆弾を沖縄の沖合に落としています*3! 深海棲艦が核武装する事は、決して不可能ではありません!」

 

 長谷川は思い出したかのように慌てて忠告した。機器類は壊れているが、修理さえすれば使えるだろう。プルトニウムなどの核物質そのものは、半減期が数万年単位なので、上手く処置すれば使える可能性がある

 

「それに深海棲艦が攻撃する直前、各国の戦略原潜や攻撃型原潜が行方不明になっています! あり得ない話ではありません!」

 

 近くに居た艦長も真っ青になって叫んだ。たった今、恐ろしい出来事が思い描かれた。これでは、最悪の敵だ。海に近い世界各国の都市は攻撃され、犠牲者がうなぎ登りになっているのに、更に厄介な事に成った

 

 深海棲艦は核武装も可能。国際条約なんて何とも思っていないだろう。切り札として取っておくかも知れないが、もし深海棲艦にずる賢い奴がいたら……

 

「これは、きついな」

 

「だから、吉村海将。戦艦棲姫がリリからどれほど情報を取ったか、は知らないが、こちらには核兵器以上の兵器がある。僕と陸奥がいれば、上手く行く」

 

 怜人の説得で吉村海将は、黙った。陸奥は何か言いそうに前へ進んだが、思いとどまったのか、彼女も何も言わなかった

 

「……分かった。君の考えに乗ろうじゃないか。世界を救うために戦うのも悪くない」

 

 吉村海将は、頷きながら呟いた。納得したらしい

 

「但し、1つ忠告してやろう。もし、君と陸奥。そして、この護衛艦隊の内、どれか1つしか守れない事態になった時、その時は私は君と陸奥を見捨てる。仕方ない。貴重な戦力を君のせいで沈没させたくないからな」

 

「いい倫理観です。悪くない」

 

 怜人の回答に吉村海将は驚いた。普通なら、吉村海将の言葉で怯むはずだ。だが、怜人は受け入れたのだ。いや、予想していたのか? 

 

「では、これを渡しておきます。後で読んで下さい」

 

 怜人は、今度は鞄から分厚い書類とUSBメモリーを取り出した。吉村海将は素直に受け取ると、今度こそ立ち去った

 

 

 

「貴方達、一体何を?」

 

「……批判した出来ない人間は去ってくれ」

 

 一連の出来事を全く付いていけない下園を放っておいて、一同は作業にかかる。捕獲し、麻酔で眠らされた人型の深海棲艦は、カプセルから取り出され、担架に乗せられる。海自の隊員達も直ぐに手伝ってくれた。但し、特殊作戦群の連中は、目を光らせておりいつでもこちらを攻撃する準備をしている

 

「本当に信じていいのね?」

 

「お前こそ、いいのか?」

 

 陸奥は聞いたが、逆に怜人から質問された。陸奥の決心は決まっていた

 

「私は一度、沈んだの。それに無茶な命令なんて、いつものことよ」

 

「なら、手伝ってくれるな」

 

「そうね。優子ちゃんに身の危険が晒さなければ」

 

 長谷川の手伝っているのを見ながら、陸奥は言った。陸奥にとっては、軍の理不尽な命令は、別に問題なかった。いや、吉村海将の言い分にも一理はあるだろう

 

 たかが、自衛官でもない人間が、艦隊を率いる司令官に命令するなんてしない。また、自衛隊は日本を守る軍事組織だ。それを怜人の独断で命令する者なんて居ない

 

「それでどうするの?」

 

「摘出して取り出した元素を組み替える。まあ、こんなのは本来ならあり得ないが、これがG元素の生命体だ」

 

 怜人は早速、手術台の上に載せられた人型の深海棲艦を調べ始めた

 

 

 

「何だ、これは?」

 

 CDCに戻った吉村海将は早速、怜人から受け取った資料を見たが、どれも信じられないものばかりだ。USBメモリーの内容も信じられないものばかりだ

 

 その時間に何が起こるのか。作戦名や艦隊の配備、そして世界各国で起こっている事。柳田教授は軍事には疎いはずだが、ここまで詳細な事を知る訳がない。彼が工作員でない事くらい分かる。では、どうやって軍事作戦を知り得たのか? ハッキングでも、ここまで正確な情報を短期間で入手する事なんて出来ない

 

 世界情勢も正確だ。確かに世界では、近海で姿を現す深海棲艦と迎撃する海軍との間で戦争が起こっている。中には、対艦弾道ミサイルを撃ち込んだ国もいたが、逆に深海棲艦は報復として無差別に都市部を攻撃する

 

 そして、こちらが形勢不利となると、一目散に深い海に潜る。対潜兵器や潜水艦も潜れない深海に潜まれては何もできない。音響監視システムは既に破壊されている

 

「吉村海将、海上幕僚長からです」

 

 熱心に読んでいたため、気付かなかったのだろう。側近が声を掛けた

 

「あ、ああ。繋いでくれ」

 

 吉村海将は内心驚きながら、マイクを手に取った

 

『吉村海将、柳田教授はどうしているかね?』

 

「順調です。彼によると、策があるとの事です。ところで幕僚長。意見具申してよろしいですか?」

 

『何だ?』

 

 幕僚長の不満そうな声がスピーカーを通して来たが、吉村海将は無視した

 

「今回の作戦に2人を参加させていただきたい」

 

『何を言っている! 彼等は重要参考人だ。現場に行かせるような事は──』

 

「いいですか! あなた方が、総理から何をどう命令しているか知りませんが、我々は自衛官です! 今回は迅速な対処によって被害を抑えられましたが、このような幸運は再び起きるとは限りません!」

 

 吉村海将は相手に反論を与えないために、より強い口調で言った

 

「我々自衛官の任務は、国民や国を守る事です! 私も彼の扱いには困っていますが、分かっている事があります! 彼は、娘さんや友人のために行動しています! 彼と協議した結果、彼の提案には一理があります! 米軍の囮作戦よりも、確実な方法だと言っています。ブラックホール兵器をより、効果的に使用させるために動いています!」

 

『なっ……何処でそれを……』

 

「柳田教授は、一発で見抜きましたよ。いえ、リンフォンの回収班と一緒に乗せたのが運の尽きですね」

 

 相手は何も言わないが、スピーカー越しでざわめきがあった。トップが慌てふためいている姿を想像してしまうと、笑ってしまいそうだが、今はそんな事をしている場合ではない

 

「迷っている暇はありません。彼の未来予測だと、日本は深海棲艦の影響で経済は崩壊し国民は、飢えてしまいます。確か昔、何処かの国会議員が『石油が止まれば日本は、今のような快適な生活は全くできなくなる。でも、国民の皆さんが、ダイレクトに命を失っていくという状況ではない』と言っていましたね。あんな楽観的で現実を見ようとしない無能な国会議員の仲間入りはなりたくないでしょう」

 

『しかし──』

 

「彼は腹をくくっています。責任は自分で取ると。データを送ります」

 

 そこまで言うと吉村海将は待った。恐らく、向こうにいるのは海幕だけではない。お偉いさんもいるはずだ。政治には興味ないが、平和ボケのような決断されては困る

 

 暫くの間、相手からは無言だったが、やがて向こうから話があった

 

『……吉村海将。本来、こんな事は前例がない。だが、そうも言っていられない。米軍との交渉は任せよう。あの2人に関しては、『日本政府は一切関与しない』』

 

「ありがとうございます」

 

 吉村海将は通信を切ると、唖然としている部下達の視線を全く気にせず、再び書類を手にして凝視した。そして、うわ言のように彼は呟いた

 

「なぜ、この時間に海上幕僚長が通信して来る事を知っているんだ? しかも、内容まで」

 

 書類には、どう答えれば上層部は回答するのか、それがはっきりと書いてあった。しかも、フローチャートの形式で書いている始末だ

 

「柳田、お前は未来予知の能力でも持っているのか?」

 

 吉村海将は未だに信じられなかった

 

 

 

「ダメです! 麻酔が切れかかっています!」

 

「後、もう少しだ! ここさえ乗り切れば」

 

 例の人型深海棲艦の体内からG元素を抽出し、怜人は作業しているが、長くは持たない。カプセルから出したせいで、覚醒しかかっている。しかも、傷つけた場所は既に完治している

 

「本当に大丈夫ですか!?」

 

「ああ、核融合無しで元素を組み替えるんだからな!」

 

 怜人は相変わらず、機器類を弄りながら試験管を観察しているが、周りはそれどころでは無かった。人型深海棲艦が覚醒したら、数秒後にはここは血の海だろう

 

 手術台に横になっている身体がピクリと動いた。そして、目がゆっくりと開こうとしている

 

「怜人!」

 

「出来た!」

 

 陸奥の叫び声と共に注射器を持った怜人は歓声を上げると、人型深海棲艦の右腕に強引に突き刺した。本来なら、血管に刺すのが、今回はどうも関係ないらしい

 

 しかし、効果が現れるよりも早く、人型の深海棲艦は甲高い声を上げながら体を起こす

 

「陸奥、奴を攻撃しろ!」

 

「ちょっと、どういう事!?」

 

 予想外の命令に陸奥は戸惑った。確かに臨戦態勢を取っていたが、まさか攻撃するとは思わなかった

 

「いいからやれ! 14cm主砲をぶちかましていいから!」

 

「どうなっても知らないわよ……撃てー!」

 

 陸奥の号令と共に14cm主砲が火を噴いた。近距離であったため、人型の深海棲艦に命中。吹っ飛ばされ床に倒れた

 

「おい、下がってろ! 気をつけていけ」

 

 特殊作戦群は直ぐに展開し、海自の隊員を遠ざけると同時に武器を構えて人型深海棲艦に近づく

 

 1人の少女相手に特殊部隊が、銃器を持って警戒している光景は、数年前だったらあり得ないだろう。しかし、これは現実に起こっている。草野1尉と部下は89式小銃を構えながら近づき、倒れている人型の深海棲艦を覗き込んだ否や、素っ頓狂な声を上げた

 

「信じられん……教授、来てくれ!」

 

 怜人は予想していたのだろう。呆気に取られている海自の隊員を他所に彼は近寄った

 

「白い肌が人間の肌色になっている。角もないし、変形していた腕は元に戻った。成功だ」

 

 安全が確認された事で、周りの人は急いで駆け寄る。確かに、床には人型の深海棲艦ではなく、1人の少女が横たわっている。意識が無いのか、目を覚ます気配はない

 

「本当に艦娘なの?」

 

「ああ。誰なのか知らないが」

 

 優子も信じられなかった。まさか、こんな結果になるとは思いもしなかったのだろう

 

「あの子をどうするの?」

 

「囮に使う。全周波数で捕虜を返還するよう深海棲艦の親玉に伝える」

 

 とんでもない発言に、歓声を挙げていた自衛官達は固まった。何を言っているのか? 

 

「一体、どういう事だ!?」

 

「そろそろですよ。上層部もこの作戦には賛成するでしょう」

 

 草野1尉は信じられないような声を上げたが、怜人は冷静だった。折角、人の姿にしたのに、それを囮に使うのか? 

 

 だが、丁度やって来た吉村海将が、作戦名と軍事作戦を伝えると、自衛官達は唖然としていた。こんな事はあり得るのだろうか。折角、人型の深海棲艦を人間の身体にしたのに、囮作戦に使うとは! 

 

 優子も陸奥も思考停止に陥っていた

 

 しかし、柳田は知っているらしく吉村海将の話は聞いていない。ただ、何かを待っているかのように床に座っている

 

「先輩、本当にこれでいいんですね」

 

「ああ。これで、もう後戻りは出来ないな」

 

 怜人の声は覇気は無かった。しかし、彼は何か目的がある。長谷川は、他の人とは違って彼を責めなかった

 

 

*1
正確には『武力攻撃事態及び存立危機事態における捕虜等の取扱いに関する法律』

*2
旧ソ連(ロシア)の原子力潜水艦は、事故が起き放射能漏れを引き起こした、という事例は多い

*3
1965年、米空母タイコンデロガが水素爆弾1発を装着したA-4E攻撃機がエレベーターから海中に転落する事故が発生。水素爆弾は、現在も約5000メートルの海底で眠っている




人型の深海棲艦って誰でしょう?
それはそうと、次回は私用の関係上、ちょっと遅れるかも知れません

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