翌日から柳田は発熱を理由に大学を休んだ
しかし、それは嘘であった。実際は上手くいかず部屋に籠っていた。柳田はG元素に代行出来る元素を模索していたが、どれもダメだった
G元素は奇跡によって生み出したもの。そんなものを入手することは難しいだろう
妖精が持つ超常現象を利用して作り出せないか探っていたが、これもお手上げだ。妖精が応じないという問題ではない。仕組みが分からないからだ
妖精は何らかの法則で生きており、力も持っているが、どのように働いているのか不明だ。妖精も知らないという。初めから使い方が分かっているかのように
調べる必要があるのだが、今の彼はその気は無かった
失敗だ。もうやるべきことはない。蘇生なんて夢物語だった。そのため、彼は地下研究室に引きこもってしまった
「ねえ……優子ちゃんのお父さんに一体何が?」
ある日、陸奥も流石にこの状況を感じ取っていた。彼に何があったのか?とても気になった
彼の事は特に不満は無かった。一応、気遣ってくれているし、嫌われる事はされていない。ただ、陸奥は感じ取っていた。微かに怒りのようなものが
娘である優子は黙っていた。何と言えばいいのか?
「分かった。だけど、1つだけ言っていい?」
優子は慎重に言葉を選びながら陸奥の質問に答えた
「……多分、予想外の出来事と貴方が生きている事に怒っているんだと思う」
「どうして?私が生まれた事に──」
「誤解しないで。あの研究施設は……パパのやる事はママを蘇らせる事だったの」
悲しそうな顔をしている優子に陸奥は驚いた。自分の存在が否定されたと思いきや、予想外の事を聞かされたのだ
「でも、勘違いしないで。本当はパパは良い人だったの。私がまだ小さかった頃の記憶しか無いけど、とても仲が良かったし、あんな風な人では無かった」
「貴方のお母さんに……何があったの?」
陸奥は恐る恐る聞いた。一階の畳に仏壇が置かれ、位牌もあるのを思い出した。怜人からは、病死で死んだと聞かされたが、違うのか?
「以前にパパが言った事……ママは病死なんかじゃない。殺されたの」
「どうして殺されたの?何があったの?」
陸奥はどうしたらいいのか分からなかった。しかし、ここから聞いてはいけないような気がした。人の心を踏みにじるかも知れない
一方で陸奥は、一家の秘密を聞かずにはいられなかった。なぜ、私を創ったのか?
十数年前……
元々、柳田一家は関東地方のある県に住んでいたらしい。柳田夫婦は結婚した時から住んでいたという
娘である優子も生まれ、良い家族だったと言う。柳田は早い年齢で結婚したため、初めは戸惑いはしたもののそれでも何とかやっていけていた
暖かい家族だった
しかし、そんな一家に不幸が襲い掛かる
ある日、妻である優奈は買い物の帰り道に誘拐された。相手は何と不良少年グループだった。少年グループは、優奈を拉致して監禁し、暴行を行ったらしい
優奈は脱走を図ったが、その度に捕まってしまった。そして、罰として彼女の足首にライターで炙り火傷を負わせられたという。不良グループは葵を簡単に立ち上がれないようにしたのだ
また、少年グループは他の不良仲間を呼んでは、妻に対して日常的に暴力を加えた上に、覚醒剤やアルコール度数が高いウイスキーを無理矢理飲ませた。また、油を手などに掛け火を付けて燃やすといった残虐行為を毎日繰り返していた
ここまで聞いた陸奥は一気に青ざめた。まさか、過去にこんな事に成っているとは思わなかったからだ
殺されたと聞いたからには、何か深い訳があったのだと思った。しかし、現実は違っていた。余りにもシンプルな犯罪。面白そうだった、からだと
しかも、驚いた事に娘である優子は、まるで歴史授業でもあるかのように淡々と話しているのだ
感情的になっておらず、涙すら流していない
どういうことなのか?
そんな疑問を他所に優子の説明は更に続く
残虐行為を毎日受けた優奈は、身動き1つ満足に取れないほど衰弱し、死亡したのだ。これで終わりかと思ったが、そうでも無かった
少年グループは犯行を隠ぺいするために遺体を隠す事にした。遺体を毛布に包み、建設現場からドラム缶を盗んで入れると、建材店などから買ったコンクリートを流し込み、海に捨てたのだ
「……コンクリート詰めにしたの?」
「そう」
「酷い!幾ら何でも!」
陸奥は悲痛な叫び声を上げたが、優子は人差し指を口に手で当てた。静かにしろという合図だった
「まだ、話はある。引くなら今のうちよ。知らぬが仏、知らない事もいい事があるわよ」
「いいえ。聞くわ」
陸奥は既に目に涙を浮かばせていた。余りにも残酷過ぎた
だが、聞かずにはいられない。何が起こったのか?
話はまだまだ続いた
一方、妻が帰って来ない柳田怜人は警察に捜索願を出したが、手掛かりは得られなかった。妻の両親も心配し、一家は彼女の無事を願っていた。しかし、妻は帰って来ないかった
失踪から半年後、付近と通行していた人が不審なドラム缶を発見した事を警察に連絡した。遺体を発見した警察は、すぐに捜査を開始
不良少年グループを逮捕した。しかし……
「刑が軽かった。1人が20年で後は数年かしら?既に2人は刑を終えて何処か二暮らしているわ」
「どうして!?ここまで酷いのに死刑にならないなんて!」
「少年法のせいよ。詳しい事は後で教えるけど、未成年者は別扱い。未成年者はどんな犯罪を犯しても通常よりも刑が軽くなり、実名報道すらしない。マスコミも弁護士も少年グループを庇ったの」
陸奥はとても信じられなかった。まさか、ここまで酷い事に成っているとは思いもしなかった
「……泣いているの?」
「だって、こんな目に合っているのに!」
陸奥は涙を流していた。この一家は不幸に見舞われていたのだ
「私もパパも悲しんだ。ママは変わり果てた姿をしていたとパパは言っていた。だけど、これだけじゃない」
優子の話はまだまだ続く。陸奥は優子の事が恐ろしくなった。女子高校生なのに堂々と話している
「事件が起こった後、私達は有名になった。当然ね。実名報道されたのだから。記者達が、私達の家に押し入ったのよ。しかも、『報道の自由』を理由に人の心をずかずかと踏み込んで。まるで被害者が悪いという風に。……その時からパパは変わった。いえ、パパはある決断をしたのよ」
優子は冷静に語っているが、微かに怒りを含んでいた。陸奥もそれに感づき何も言わない。ただ、彼はなぜあんな行為をしたのか、分かるような気がした
「……既に人を蘇らそうと計画していた?」
「パパはちょっと訳ありの人なの。怒りはあったと思う。それと同時にある計画を思いついた。人を蘇らそうと」
陸奥はまさかと思い愕然とした。柳田は既に人体蘇生を研究していた?
「こっそりとね。大学の医学部に入り直した後、海外へ行った。私も行ったわ。パパは……何かにとりつかれたかのように研究をしていた。友人だった長谷川おじさんも支援していた」
「止めなかったの?」
「だって、私はまだ幼かったのよ?それに不自由は無かった。だけど、パパはいつも変な物を集めていた。医学の本だけではなくて、宗教や法律関連の本まで集めていた。後、オカルトや錬金術の類も。思えば、あの時に賢者の石を追っていた。パパの親友の長谷川おじさんと仲が良かったのはオカルトやミステリーを集めるため」
優子も思い当たる節があった。なぜ、自分の父は錬金術を調べていたのか?恐らく、実在する事を突き止めていた
「日に日に増してパパは変わっていた。パパは、日本に帰ると直ぐに画期的な医療技術を駆使して難病やガン患者を救った。だけど、あれは副産物なの。人の部位をどのように短期間で生成出来るのかを」
「患者を利用したの?」
「勘違いしないで。パパは別に非人道的な事はしていない。救う事自体は本望だった」
優子は一旦、言葉を切った。深呼吸した後に、彼女は口を開いた
「難病患者達に駆け寄り無断で、しかも安値で治療した。……パパは別に失敗なんて考えても無かった。そういう人だから。結果は全員、完治した。批判していた厚労省も医師会も掌を返したかのような付き添った。更にパパは治療法を公開した。全てを」
ここまで聞いて陸奥は疑問を感じた。なぜ、彼は医者を目指したのか?
……まさか
「人体を……作るため?」
「クローン人間は製造を禁止されている。だったら、別の方法で人体を作ろうとパパは考えたの。……賢者の石や『はやて』が持ち帰った小惑星のサンプルの話を聞いて現実味を増した。後は……陸奥さんも知っている通り」
陸奥は何も言わなかった。怜人は凄まじい過去の持ち主だ。それよりも陸奥は、優子の精神に驚いた。本当なら泣いているはずだ。自分の親がここまで酷いと愛想を尽かして出ていくか、自由奔放しているか
しかし、彼女はマトモだ。語弊はあるかもしれないが、優子は悲しい過去を自慢したり、感情的になったりしていない
優子はここまでいい終えると陸奥と向き合った
「陸奥さん、お願いがあるの」
「な、何?」
陸奥はどぎまぎしながら聞き返した。何を頼まれるのだろうか?
「パパを……助けてあげて」
優子は何と頭を下げた。予想外の頼みに陸奥は唖然とした
「私が?」
「……だって、陸奥さんは楽しそうに生きているじゃない」
優子は何がしたいのだろう?陸奥自身も戸惑いを隠せなかった。精々、この家の家事の手伝いくらいだ。いや、優子と楽しく話しているくらいか?
「私は……兵器よ。何もしていないのよ」
「自分の事を過小評価するの?……実は親から生まれていないと聞かされても眉1つも動かさなかったのに?」
優子の訴えに陸奥はどう答えていいか分からなかった。優子は何が言いたいのだろう?
「そういう所?私は生まれただけでそんな──」
「普通の人ならショックを通り越して飯も喉を通ら無くなるくらいよ。だって、その人は親すらいないのだから。……でも、陸奥さんは違う。まるで、造られても当たり前のような感覚だった」
「でも……」
「お願い。パパがやってることは常軌を逸脱している。だけど、パパが牢屋にいれられたら私は路頭に迷ってしまう。親戚なんて縁を切られたし、ママの両親であるお祖父さんとお祖母ちゃんも他界した。だから、お願い」
もしもある人間が、ある日親から「お前は実はクローン人間なんだよ」と、親から打ち明けられたら、どう思われるだろうか?余程、精神が強い人でなければ、受け入れる事は出来ないだろう。しかし、陸奥はそんな微塵も無かった。意識が回復して後に、自分は軍艦の生まれ変わりと言ったのだ。怜人は兎も角、優子は驚いていた。彼女はなぜ、優子が驚いているのか理解出来なかったが、初めて彼女の主張に納得した
自分はダメでも陸奥なら任せられる。そう判断したのだ
「でも……私は……戦う事しか出来ないわ。自分でも何をしていいか」
「そんなことはない。化粧や服に興味を持っていた。だから、出来る」
優子の必死の頼みに陸奥は何も言えなかった。自分は何のために造られたのだろう?その疑問はあったが、ここに来て初めて分かった
……自分は副産物で生まれたのだ
それも、予想外の事に
「分かった。やってみる」
陸奥は頷きながら答えた。優子と楽しく話したりした。身の回りや生活も
ここまでしてもらった。だったら、恩返ししてもバチは当たらないだろう
「だけど、期待はしないで」
しかし、優子は笑顔をしていた。彼女のためにもやらないと
陸奥は地下室へ向かった。いつも降りてきている地下室の階段が、まるで別のものに感じられた
自分は優子の期待に答えられるのだろうか?戦うために造られた軍艦が、暗い過去の持ち主を説得出来るのだろうか?
もし、人の過去を他の方法で知っていたとしたら……彼はどう反応するのだろうか?
階段を降りていく間も優子が話していた内容が、オルゴールのように脳内で再生していた
扉の前に着気、立ち止まった。陸奥は一呼吸すると、ドアのノブに手をかけた
回った事から鍵はかかっていない
ドアの隙間から恐る恐る中の様子を見たが、意外にも電気はついていた
「入るわよ……聞いてる?」
陸奥は地下室の中に入りながら辺りを見渡した。よく分からない巨大な機械が沢山あり、見たこともない投影機や本が沢山あった。まだ、研究所内に入った事はない。ここが、自分の生まれた場所でもあるのを思い出すと、とても複雑な気持ちになった
「何のようだ?」
不意に声をかけられ陸奥は心臓が飛び上がりそうなった。すぐに声のする方向に体を向けた
彼はそこにいた。怜人は椅子に座ってアルミ缶の蓋を開けて飲んでいた。周りにはコンビニの弁当らしきものが散乱しており、妖精達がせっせと片付けている
「お酒を飲んでいるの?」
陸奥は酒を飲んでいる怜人に非難の目を向けるが、怜人はそれを鼻で笑った
「ノンアルコールだ。酒飲んで暴れて逮捕されたら問題だろ?別に人生に絶望なんてしていない。何か方法がないか、考えている所だ」
喋る怜人からは、言う通り酒気が感じられない。それよりも、怜人はいつものより荒々しい口調となっている
「ああ、片付けてくれ。数分したら、実験開始するぞ。邪魔はするな」
「待って!娘の優子を放っておく気?」
陸奥は非難がましく言った。こんな時に実験?
「ああ。問題なんてない。恐らく計算式を間違えていたから出来なかった。シミュレーション不足だ。だから──」
「お願い!蘇生実験を止めて!優子ちゃんのためにも!」
「大丈夫だ。今まで出来たんだ。自分の能力を初めから発揮していればこんなことにはならなかった。それだけだ」
「ねぇ!聞いて!」
陸奥は焦った。彼とは話にならない。いや、怜人は陸奥に眼中はない
彼は立ち上がると作業に入ろうとしている。身なりもしっかりしている事から問題は無さそうだ
しかし、彼は何かに取りつかれたかのように作業に入ろうとしている
この人は、やり遂げるまで作業を止めないだろう。到達不可能だとしても
「お願い!ねぇ!聞いて!……こんなの間違っている。私の居場所はどうなるの?」
「どうなるって?」
陸奥は自分の想いを伝えた。自分が生まれてから不安になっていることを
「私の居場所は?軍艦に命を吹き込んで誕生させた事には感謝している。でも、その後は?」
「この家だ。俺と一緒に暮らす」
陸奥はわかっていた。自分はいずれは見捨てられるだろう。いや、赤の他人として扱われる。どんなに親しい仲といっても、血の繋がりなんてない
しかし、それはいい。自分の身の問題は自分で決める事ができる
今は怜人の娘に頼まれてここに来たのだから
「辛いのはよく分かるわ。でも、貴方は踏み込んではいけない領域に入っている。私自身でも生きていいのか、分からない」
「どういう意味だ?」
怜人声が氷のように冷たくなっていた。しかし、陸奥は怯まなかった
怜人に関する事は優子から聞いた。難病の治療法や新薬の開発に携わっている事も知っている。しかし、それは人体を生成するための副産物
何としても止めないと。自分を造った人が心に傷を負った人だなんて
「この世には変えてはいけないものがある。貴方の能力は、人間の限界を超えているのは分かっている。それを──」
「僕は、そのように造られたからだ!お前は黙ってろ!」
陸奥は説得したが、途中で遮られた。人の話を聞こうとしない。だが、陸奥も引かない。このままでは、何かとんでもない事になりそうだ
「お願い、聞いて!貴方の人生を取り戻したいのは分かる!私だってそうするかも知れない!だからって許されない事もあるわ!兎に角、実験は止めて!娘のために前を向いて生きて!お願──」
「黙れと言っているだろうが!」
叫び声と共に陸奥は強い衝撃が襲い押し倒された。それと同時に呼吸が出来なくなった。何故なのか、分かった。首が絞められている
怜人が体当たりして陸奥を押し倒し、馬乗りになって首を絞めている。服を強引に脱がそうとしていない事から暴行はしないようだ
しかし、彼のやっている事は明らかだ。こちらを殺そうとしている
「や……めて……」
陸奥は必死になって止めようとしたが、声が思うように出ない。息が出来ないからだ。首を絞めている手を退かそうとするが、中々力が入らない。艤装は無いのだから、本来の力は出ない
両手を絞めている手をどかそうとするが、段々と意識が無くなっている
このままだと不味い
抵抗しようとしたが、陸奥はあることに脳裏が浮かんだ
優子との思い出。彼の娘との会話は楽しかった。色んな事を学び、常識も学んだ
「これ、あげる」
「これは?」
「最近流行っている化粧品。これは服装」
陸奥は戸惑っていた。自分はお洒落なんてしたことがない。それもそのはずで、元は軍艦だったから
「どう使うの?」
「これはね……」
優子は優しく丁寧に教えてくれた。不思議な人だった。まるで、親友のように接してくれる
「これが私?」
鏡の前に立たされた陸奥は、自分の姿に驚いた。自分が以前よりも美しくなっている事に。ここまで変われるものかと
「でも……これを買うのにお金が掛かったじゃない?」
「心配しないで。パパから必要経費として貰ったの。勿論、事情は説明したわ」
優子は優しかった。陸奥のために服を買ったらしく、膨大に買ったという。そのため、半日ほどかかった
……なぜ、服のサイズが合っているのか気にはなっていたが
しかし、自分がここまで笑ったのは初めてだ。いや、生まれたばかりなのだからこれには語弊があるだろう
だが、陸奥は大戦時にはほとんど活躍せず、最期も謎の爆発で沈んでいった
そして、肉体を持ち意識を持った事で陸奥は生まれ変わった
折角、貰った命だ。なぜ、自分が生まれたのかは分からないが、最後まで精一杯生きよう
そう思った
陸奥の頭ではそのような事を思い出していた
自分は副産物で生まれた存在。造った人も本来の目的が達成されないために怒っている
しかし、どうしようもない。望んでいないのに不幸を招かれた事は一度あるのだから
意識が遠退いていく中……陸奥は抵抗もせずにされるがままにした
しかし、これだけは言いたかった
己の事を
「ごめん……なさい……私が……生まれて……でも……これだけ言わせて……」
視界が真っ暗になるなか、口にしたのか、それとも心の中で呟いたのか分からない
「貴方の娘に……出会えて幸せだった。これは……本心よ」
これだけ言うと、抵抗するのを止めた。そして、陸奥は意識を失った
陸奥が怜人の暴走を止めるために動きますが、怜人が逆上してしまいます。何やってるんでしょう……
まあ、戦艦ですから大丈夫だと思います(艤装はありませんが)