トリカブトへと預かり物を渡し終わった俺達は沈み行く夕陽を眺めながら帰路についていた。
どう考えても途中で夜に突入する。分かりきっていた事ではあるがいざ直面すると野宿に対する不安が脳裏を過ぎる。
「……まぁ、なるようになるか。もう出ていいぞグラシャラボラス」
俺の言葉に、グラシャラボラスが頭を振りながら姿を現した。あの壺の匂いは余程堪えたらしく、体を震わせ翼を羽ばたかせて匂いを散らす。
道中で得たモンスターの素材の一部を、現段階から俺の物となったアイテムボックスに移し変えながら足を進めていく。
現在、大量の木の枝と食料品、ガルシアから貰った諸々を入れているのが初期装備の収納カバンであり、モンスターの素材やらトリカブトから預かったコルタイト鉱石やらを頑丈な方の収納カバンに入れている。
それとは別に【行商人】となる際に購入したカバンもあるが今は使っていない。……カバンを二個持つので精一杯なのだ。
「じゃあ行こうか。今の内にどれだけ距離を稼げるかな」
足早に森の中へと入っていく俺達を、夕焼けが紅く照らしていた。
紅い陽光が薄れ徐々に夜の闇が訪れてゆく森の中で、俺はカバンから水筒を取り出し水分補給を行う。
(……何か変だ)
あまりに何事も無さ過ぎる。誤解無きよう述べておくが、別にモンスターと出くわさないという訳ではない。
オオカミやらゴブリンやら、まぁ少ない頻度ではあるが何回かエンカウントしてはいる。だが相対した途端に俺達から興味を無くしたように去っていく。俺達の事などどうでも良いと言う様に。
俺達にビビッて逃げたなどと楽観的な言葉を吐くつもりは無い。無いが、では何が原因かと聞かれると二の句を継げなくなってしまう。
何かがおかしい。それが俺の理解できる唯一つの出来事だった。
ので、俺よりは何か知ってそうなエイラに尋ねてみる。
「……どう思う、どう感じる?」
「まず普通とは思えませんね、我々に構ってられない何かがあったのでしょう。それを探しているのか、それから逃げているのかは分かりませんが」
正直常人の手の届かぬ脅威の跋扈する様な所では異常が日常みたいな感じなので確証が持てないんですよ、と続けたエイラ。
デンドロの世界は意外と試される大地なのかもしれない。
「うん、少し休むか」
周囲を警戒しているグラシャラボラスも張り合いの無いモンスター達と会うばかりで集中が途切れ始めたので、ここら辺で休憩することにする。
開けた場所を見つけた俺達は足を止めて各々休憩に入る。
「グラシャラボラス、周囲に敵の気配はあるか?」
「ウゥウ」
「周囲に敵は無し、と。オーケー、飯食うか」
「流石に悠長が過ぎませんか?」
俺もそう思うが腹が減ってきて仕方が無いんだ。
アイテムボックスから大量の木の枝を取り出し、俺とエイラ用に簡易的な椅子を【即席合成】で作る。余った木の枝は薪にして一箇所に集めてグラシャラボラスに火を着けて貰い、焚き火にした。
乾燥しきってない枝の為煙が出るかと思ったが案外煙の量は少なかった。レジェンダリア周辺の木の特色なのだろうか?
エイラを椅子に座らせ、焚き火を囲むように俺達は一息ついていた。
買い込んだ肉類に下処理等を済ませながら串に刺しているとエイラが話しかけてくる。
「手馴れてますね、料理は得意なのですか?」
「いや、そうでもないよ。俺が出来るのは肉を焼いて塩を振るみたいな大雑把な調理だけで手の込んだ物はほとんど作れん」
引き篭もりとはいえ年がら年中インスタントは疲れる、軽い範囲だろうと自炊スキルは必要なのだ。そう考えながら俺は肉串を焚き火近くの地面に固定する。
ついでに謎のイモも串に刺して焼く。アルミホイルがあれば包み焼きみたいな感じでそのまま焚き火の中に放置できたのだが、残念ながらアルミホイルは無かった。
「あー、あとはこの手の料理は素材の質が良ければそれだけで美味いからあんま気負わなくていいってのもあるか。楽して美味い物が食いたいって言ったら料理人に殴られそうだけど」
金だけは潤沢だったので大抵は食材とゲームに注ぎ込んでいるのだ。享楽ここに極まれりってな。
「料理が得意って言ったらエイラの方が得意だろ? あの時のアップルパイすごい美味かったぞ」
「私は……他の子よりも自由にして貰ってるので浮いた時間で趣味になりそうな物を満遍なく勉強してるんです」
見た感じ結構手先が器用なんだなと思ってたらそんな理由が。というか他の子? ガルシアには子供が複数いるのだろうか?
「あ、いえ、私と同世代の貴族の子という意味です。ただ皆は跡継ぎとして期待されている分貴族としての心構えや常識を叩き込まれて私のように自由に過ごす時間は無いんです」
「それは……」
逆に言えば、ガルシアはエイラを跡継ぎにする気が無いという事なのか。
エイラがガルシアの言いつけを無視しまくってるという可能性は、まぁ無いだろう。短い付き合いだがそんなじゃじゃ馬には到底見えない。
「ネビロスが考えてる通り、多分ガルシアは、私が跡継ぎとなるのを避けたいのでしょう」
何と言えばいいのだろう。詳しい事に顔を突っ込むつもりも無かったので詳しいことは何も言えないが、それはつまり跡継ぎとして期待されてないという事なのだろうか? もしくは……。
パチリと焚き火が弾け、焼けた肉の匂いが辺りに広がる。
「……期待されていないというより、何でしょう、貴族の世界への関わりを薄れさせようとしているのでしょうかね? ネビロスは私の事を貴族らしくないと言いますが、私からすれば当主であるガルシアの方が貴族らしくない」
エイラが立てた膝に顔を埋める。
「私にはお父様が何を考えてるのか分からない」
それは疑いようも無く、エイラの心からの本音だった。
俺は串焼きを数本手に取り、カバンから取り出した木皿によそってエイラに渡した。
「すまんね、俺には解決策も思い浮かばない。エイラの事だ、一度ガルシアさんに直接聞いたりとかもしたんだろう」
「えぇ、その時は言っても信じないだろうと流されましたが」
「じゃあ、本当に言っても信じて貰えないような事があったんだろう。例えば未来予知で貴族になったエイラが酷い目にあったのを見た……とか?」
「……荒唐無稽が過ぎますよ」
そう言ってエイラはフフと笑い、差し出した木皿を受け取った。
確かに茶化すことが目的ではあったが、未来予知説も結構本気ではあった。のだが当のエイラに否定されてしまった。どうやらファンタジックなこの世界でも未来予知に相当するスキルは無いらしい。
よく焼けた肉をグラシャラボラスに渡したり焼けたイモを恐る恐る食べたりと、俺達は焚き火を囲んで休憩時間を和やかに過ごしていった。
◇――◇――◇
そんな空気を切り裂くような何かが訪れたのは、それから暫く後の事だった。
「前々から気になってはいたのですがネビロスのその髪型は趣味か何かで?」
すっかりいつもの雰囲気を取り戻したエイラがそう俺に問い掛けてきた。
俺は後頭部へと手を乗せる。その手の中には、変わらず深海の水の様な色をした髪の毛があった。
「あぁ、これなぁ。特に深い理由は無いんだ。何となく伸ばして何となくシニョンにしてるだけで」
というかこれってこの髪型で固定されてる訳では無いんだろうか?
と思い徐にシニョンを留めていた簪を抜いてみる。
(……抜けるんだ、これ)
あっさりと引き抜くことが出来、俺の髪はやや長めのストレートになった。という事はこの簪もアクセサリー判定なのだろう、いつか状態異常耐性を上げる物でも買おうか。
まだまだ先になるだろうけど、なんて事を思いながら俺は髪形を元の物に直した。
「……冷えてきたな」
「クルル?」
星空を見上げる俺に釣られたのか、耳を動かすグラシャラボラス。
完全に陽は落ち切り薄ら寒い暗闇が辺りを包み込む。焚き火に当たっているとはいえ忍び寄ってくる肌寒さを消し去ることは出来ない。
眠気を誘われてしまうが茶でも沸かして体を温めようか、とカバンからティーポットを取り出す。
「エイラも茶はいるか?」
「頂けるのであれば」
「……ルルル」
グラシャラボラスは苦手な匂いの茶葉だったのか低い唸り声を出してそっぽを向いた。
道の途中で汲んだ水をポットに入れ、焚き火に翳す。グラシャラボラスの火が特殊なのか高温の状態で維持され続けているのですぐに湯が沸く筈だ。
――と。ここでグラシャラボラスが立ち上がる。
「グルルウアァ!」
その雄叫びを聞き、即座に焚き火にポットの水をぶちまけた。
燻る炭の匂いを漂わせる焚き火の跡に目もくれずその場から飛び退くのと、異常なまでにけたたましい羽音を立てながら数体の蜂が突っ込んでくるのはほぼ同時であった。
「茶は後になりそうですね、ネビロス、どうしますか?」
「そりゃあ……」
戦うか、逃げるかという事か? 敵がこの数体だけならそれも考慮に入れてたかもしれない。だが――
グラシャラボラスに一度《インビジブル・マーチ》を使わせてから頭上へ向けて《茜色の群火》を吐かせる。辺りは数秒だけ火球の光に照らされた。
(あぁ、やっぱり――)
ほんの数瞬だけではあったが、確かにこの目で黒足の蜂とそれを率いる巨大蜂の姿を確認できた。
「逃げるぞ」
今日は厄日なのか、それとも積み立てたフラグがその力を発揮したのだろうか?
俺達の目の前に、【静界蜂針 サイレンサー】が現れた。
――その目に無機質な、されど確固たる殺意を迸らせて。
◇――◇――◇
走る走る走る。とは言え俺はグラシャラボラスに乗っているため走っているのはグラシャラボラスだが。
俺とエイラはこちらに向かってくる蜂の掃討に勤しんでいた。
最初は透明化してるのにこちらの事が分かるのかと恐怖したが、見た限り手下の蜂――暫定的に黒足蜂と呼称する――自体はこちらを認識できておらず、【サイレンサー】がこちらの姿を確認し、そこに黒足蜂を向かわせているのだろうと思われた。
(あいつ自体は動いてない……? ならあいつの目を遮れば逃げられるか)
ちらりとエイラの方を見る。汗一つかかずに魔法を近寄ってきた蜂に向けて掃射する様からは焦燥や疲労は窺えない。
まだ暫くは余裕があるだろうと判断し、俺が相手取る黒足蜂を見据える。
歪で、刺々しい、恐怖を誘う風貌の蜂はしかし俺の姿をその目に捉えている訳では無い。女王が言うからそこに敵がいる、ただそれだけでで己の針を振りかざすそいつらに俺は槍を振るう。
一時的に距離を離す事は出来たが、それは相手に俺がいるという確信を与えている事に他ならない。
(極力喋らないようにしていたがもう意味無いか? どうするか……)
まず問題となるのは俺自身のダメージソースとしての貧弱さ。現在メインジョブは【旅人】なので仕方無いが、主なダメージソースであるグラシャラボラスが逃走に集中している以上俺とエイラが何とかする必要がある。
――ではジョブを【槍士】に変更するか? 否だ。ちょっとはマシになるだろうが悠長にジョブを変える暇は無い。それに今はジョブクリスタルの蓄えも無い。
次の問題点はどこに逃げるか。今のところ何となく霊都に向かっているが、【サイレンサー】達がこのまま俺達を追い続ければ必然的に霊都まで着いて来る事になる。霊都なら強いマスターやティアンも大勢いる為そこまで逃げ切るのも一つの手ではある。
――じゃあこのまま霊都まで逃げようか? 否だ。俺達は我武者羅に逃げているが見方を変えればモンスタートレインと言われても反論できず、最悪指名手配を食らう可能性があるからだ。というかこのペースで逃げていたら俺達のスタミナが持たない。
そして最大の問題は彼我の戦力差。正直、黒足蜂だけであれば十匹単位で相手しても黒星を勝ち取れるだろう、それだけ《インビジブル・マーチ》は絶対のイニシアチブを得るスキルだからだ。だが【静界蜂針 サイレンサー】が全てを瓦解させた。
――ならば【サイレンサー】を倒せるか? 否だ。ガルシアから得た情報、そして先程その姿を見て確信した。あれは蛮勇を行った者を容易に刈り取る絶対的強者だ。何故か今の所動きは無いがこのまま不確定要素の爆弾を残す事になり、そして俺達はその爆弾を処理する事は出来ないだろう。
(まてまて、一旦整理しよう。正直戦力差は今打てる手札が少ないので一旦保留として、俺の弱さをカバーする方法は何か無いか?)
例えば、カバンの中に入ってる何かを投げつけるとか?
今カバンの中に入ってるのは……ゴブリンやオオカミの素材がちょっとと使いきれなかった食材類、大量のポーション、そして莫大な量の木の枝くらいな物である。後は食器とかの細々した物やトリカブトから預かっているコルタイト鉱石か。
流石に他人から預かってるものに手を付けるのはあれなのでコルタイト鉱石は選択肢から除外する。
となるとそれらであいつらを倒すとまでは行かなくとも気を引く何かを作りたい所。
煙玉が作れればなぁ……。
(で、逃げ場についてだが……どうしようか。霊都以外でこいつらを撒けそうな所が無いんだよなぁ。というか霊都周辺の地形について知らなさ過ぎるな)
ガルシアの所の書斎で事前情報を仕入れた筈なんだがなぁ。と考えている合間にもこちらへ向かってくる黒足蜂はその数を増していく。
(……最悪だが霊都に行くしかないか? 幸いにして霊都の場所は【アムニール】が目印になってるから迷う事は無い)
あの世界樹の様な【アムニール】を目印にしていけばどこに行けばいいのか分からなくなるという事は無い――
――ふと。ある事を思い出す。
霊都、【アムニール】、どこにいても分かる目印。
つい先日、自分は正にそれを打ち立ててはいなかったか? 自分にしか見えない、光の柱を。
「――ある」
格好の逃げ場が。俺はそれを知っている。
いつのまにか総合UAが5000を超えてびっくりした。
エイラがいなければ当たって砕けろの精神で突貫を仕掛けるつもりだったがそれは無理、エイラが【奔走輸血】を使えば戦線から離脱できるかもしれないが【静界蜂針 サイレンサー】の執着心如何では時間切れまで追ってくる可能性すらあるのでその手札は切れない。
半ばパニックに陥ってるのもあり結果としてこういった中途半端な逃走しか出来なくなりました。