これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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逃げるよ。


第十一話 己に出来る事を模索しよう。

 

 

 夜間の逃避行、逃げるはネビロス、エイラ、グラシャラボラス。追うは黒足蜂の群れを率いる【静界蜂針 サイレンサー】。

 状況が移り変わるのにそう時間は掛からなかった。

 

 今から逃走経路を完全に変更する。目的地は以前エイラと共に向かったアンブロシアの群生地、そこに続く地下水脈だ。

 そこまでの道を迷うかどうか、はっきり言おう。俺だけはそこまでの道を間違える事は絶対にありえない。

 

(《旅の記録》を使ったからな)

 

 使った本人にだけ分かる《旅の記録》の光の柱。どこにいても感覚で分かると説明で書いてあったが、あぁ、これは不思議な感覚だ。

 しかしその特性ゆえにグラシャラボラスやエイラには見えないが……そこは俺がグラシャラボラスに行き先を伝えれば分かってくれる筈。

 

 まずはエイラに逃げ先の変更を伝えよう、そう考え俺は槍を振るう手を止めエイラへと顔を向ける。

 

(……ん? あいつどこ行った?)

 

 視線を後方に向けるといつのまにか【サイレンサー】が姿を消している事に気付く。

 諦めた訳でも無さそうなので注意喚起も込みで口を開き――

 

 ――俺の腕に何かが刺さった。

 

「  !」

 

 見れば五寸釘ほどの大きさの針が深々と刺さっていた。痛覚をオフにしてるので激痛が走るという事は無かったが知らぬ間に重傷を負っていたという事実にパニックに陥りそうになる。

 震えそうな体を歯を食い縛る事で押さえ込み、針を力の限り引き抜いた。

 

 上空へ目を向けると【静界蜂針 サイレンサー】が音も無くこちらを見下していた。

 【静界蜂針 サイレンサー】が出張って来た以上最早透明化は意味を成さないと判断し大声でエイラに対し注意喚起と逃げ先の変更を伝えた。

 

「   、         !」

 

 筈だった。

 

 俺は今確かに言った筈だ。『エイラ、地下水脈へ逃げるぞ!』と。その筈なのに俺の口からはその言葉が一音たりとも出てこなかった。

 萎縮している訳じゃ無い。息は吐けるし舌も動く、喉も震えている筈だ、だのに音だけが切り取られたかのように消えている。

 

(これが【サイレンサー】の能力か、……最悪だ、だから会いたくなかったんだ)

 

 ガルシアの記憶で覚えた【静界蜂針 サイレンサー】の能力は沈黙、そして静寂だ。自身の羽音や顎を噛み合わせる音など、自分の身から生じるあらゆる音を消し去る力を持ち、己の針を刺した相手にもこの力を強制的に付与する事が出来る。

 上手く利用できる道もあるのだろうが相手は【UBM】だ、パーティー戦に於いて意思の疎通が全く取れなくなると言う最悪の能力を、敵に有用に使わせる訳が無い。

 

「         」

 

(あぁ、クソ、喋れないって分かってるってのに……)

 

 これも全部【サイレンサー】のせいだとカバンから取り出した木の枝を《簡易合成》した投槍を上空に放たんと睨みつけるが、既にその姿は闇夜に解けて消えていた。ここからは音も無く針を飛ばしてくる【サイレンサー】にも気を配らねばならないのか……。

 ちなみに先程口にしたのは『あいつを近づけるな』だ。エイラどころかグラシャラボラスにも聞こえていないが。

 

 意思疎通の手段を失ってしまった事に焦りを覚えるが、そうしている間にも黒足蜂の追撃は止まらない。その内の一体がこちらに真っ直ぐ突っ込んで来たので即座に手に持っていた投槍で腹部を貫き、投げ捨てる。

 これで死なないのだから厄介極まりないモンスターだ。

 

(しかし……どうやってエイラに伝える? 今確認したが手を叩いても何の音も出なかった、音が全滅だとするなら取れる手段はボディランゲージしかない訳だが……)

 

 エイラがどれ程こちらの意図を汲んでくれるか分からない。ならば順番を逆にしよう、グラシャラボラスを先導させる。

 

 なぁ、聞こえるか? 今まで心の中でお前に語りかけた事は無かったから本当に届いてるのかは分からんが、手早く済ませよう。このまま霊都まで逃げてたらいずれ捕まる、だからあの地下水脈に逃げ込むぞ。

 お前の言いたい事も分かってる。この暗さじゃ分からないと、お前は言うんだろう。でも俺はあの地下水脈の場所が分かる。お前は、俺の考えていることが分かるんだろう?

 

 俺の見えている物が見えなくても、俺が指し示す道の先は分かる筈だ。グラシャラボラス、お前には見えなくても俺の見えている物がそこにあると分かる筈だ。そうだろう? 相棒。

 

「……ヴァウ!」

 

 返事は是であった。

 口角が弧を描くのを抑え切れぬまま、俺は続けてエイラへの意思疎通をグラシャラボラスに任せてアイテムボックスの中を漁っていった。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 私がより安全に生きられるように、奴隷達がより安全に狩りを行えるように、私は道を塞ぐ奴隷達を押し退けて敵対者へ向けて攻撃を行った。

 残念ながら私の針を受けたのは一人だけだったが、問題無い。群れている敵対者は一人でも静かになれば瓦解すると私は知っている。

 

 しかし、離れすぎた。早く奴隷達の騒音へと身を潜めねば――。

 

(……?)

 

 おかしい、思っていたような枯れ山が崩れ去るような混乱が起こらない。こんな結果になったのは今まで一度も無かったのに。あぁ、それよりも安寧の騒音の元へと早く戻らねば、静けさが溢れ出てしまう。

 己の姿を奴隷達の騒音に沈めていく最中、逃げ惑う敵対者の方向から奴隷達と同等の騒音が聞こえた。

 

 己の羽が妙にざわつくのを感じながらこの騒音の仕立て人であろう敵対者を見やると、数匹の奴隷達を巻き込んだ黒煙がもうもうと立ち上っていた。

 爆発に巻き込まれたであろう奴隷達はいずれ補填できるから構いやしないが、あの敵対者達は……おや?

 

(……方向、調整、混乱、兆し、未だ無し)

 

 黒煙を抜けた彼らは逃げる方向を変えていた。何となく、では無いだろう。何かしらの目的を持って動いている筈だ。

 分からない、群れた敵対者達は司令塔を潰せば残された選択肢は「敗走」のみと知っていたのに。だからこそ群れの長と思われる男に己の針を突き刺したというのに。

 

 何もかもが分からない、今までの経験が全て崩れていく感覚を覚える。だめだ、これ以上は看過できない。

 奴隷達よ、狩りはもうお終い。殺してしまえ。私の機嫌取りなんて考えずに。

 

 目を潰されても、足を奪われても、羽をもがれても、体を砕かれても。

 

 死ぬその時まで、這いずり、殺せ。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 何が切っ掛けかは分からないが――まぁ十中八九先程の爆発だろうが――黒足蜂の追討が苛烈になっていくのを感じながら俺は次なる攻撃手段を製作する。

 先程作ったのはあり合わせで作った爆弾だ。買ったラードとガラス瓶と鉄粉を《即席合成》で仕上げ、着火をグラシャラボラスにお願いした結果が先程の爆発だ。構成要素的には火炎瓶に類する物になるのだろうか?

 

 《即席合成》の効果で品質は最悪だったので不完全燃焼を起こし、発生した煤の割合が尋常では無かったが合成比率はあの一回で大体掴んだ。次はもっと殺傷力は上がる筈だ。

 

(……なーんて、言ってられる状況でも無くなった訳だが)

 

 加速度的に増えていく黒足蜂が休憩させる暇を与えず突っ込んでくるせいで碌に準備出来ないまま迎撃に回らざるを得なくなっている。それに伴い最早轟音と形容できる黒足蜂の不協和音のせいで正直もう鼓膜が限界に近い、俺ですらこうなのだから人より感覚の鋭いグラシャラボラスやエイラの苦痛は饒舌に尽くしがたい物なのではなかろうか。

 それに加えて結構な頻度で【静界蜂針 サイレンサー】が狙撃してくるのが恐ろしい。

 そう、狙撃だ。何かしらのデメリットはあるのだろうが無限とも思える弾数を正確に発射してくる。黒足蜂の羽音で集中力が低下してるのも災いし既に数本の針が俺に刺さっている。

 

 【沈黙】のせいで「痛い」とすら言えなくなっているのは中々にストレスが溜まるがそれはそれとして、若干不安に思うのはこいつらにアナフィラキシーショックは存在するのかという事。刺さってる針を余さず回収してる過程で末端の痺れ等は確認できなかったがもしあるとしたらクリティカルを出し続けるのを祈るしかなくなるだろう。

 ダメージは対した事は無い――と言っても現段階で針によるダメージだけで回復ポーションを十数本開けているのだが――が狙いだけは異様に正確で、……だからこそどこかちぐはぐに思える。

 

(黒足蜂が過激さを増したという事は恐らく目的は狩猟から抹殺に切り替わった筈。それにしては【サイレンサー】は遠くからちまちまと攻撃を重ねるだけ……。絶対に逃がさないというのなら【サイレンサー】が最前線に出向くのが最も効率的な筈)

 

 こちらはそれをして欲しく無い訳だけど、などと考えながらも思考と反撃の手は緩めない。

 

(攻撃は全部手下任せ、そんなボスも中に入るだろうさ。だがそれにしては中途半端に過ぎる。【サイレンサー】が出張ってこない理由は何だ? 俺達から攻撃を貰うのが怖い?)

 

 否定する。相手は仮にも【UBM】だ。階級が如何程かは分からないが俺達が逃げられているという事はあまりレベルは多くは無いだろう、だがそれでも俺達の攻撃を受けて危険に陥るという事は……まず無い。

 思い出せ、今までの行動の隅々まで。【サイレンサー】の一連の行動の中で、どこかおかしい所は無かったか? 例えば、そう、今だってそうだ。一度はこちらに接近して攻撃を行っていたにも拘らずその後は遠距離攻撃を行ってきたとか。あの時の【サイレンサー】は、そう、まるで――。

 

(――逃げていたように思えた)

 

 何故、何からは必要ない。では【サイレンサー】は俺への攻撃を加えた後「どこへ」逃げたのか?

 決まっている、黒足蜂の元へだ。であるならば、黒足蜂は【サイレンサー】に何を齎す?

 

 ――騒音だ。

 

 成る程、成る程、成る程。仮定を詰めていこう。【静界蜂針 サイレンサー】の能力は静寂、それを己や他者に与える力を持っている。それはとても大きなアドバンテージだ、ともすればグラシャラボラスの透明化と同じくらいには。

 では何故【サイレンサー】は黒足蜂にその能力を付与しない? まぁ理由は幾つかあるだろう、沈黙付与が一過性の物であるとか一度に複数の相手に付与出来ないとか。

 だが、であるならば何故【サイレンサー】は群れを成す? それも黒足蜂という静寂とは最もかけ離れた様なモンスターを傘下に加えるなどという事を。

 

(簡単な事だ、【サイレンサー】には必要だったんだ。静けさと相反する騒音が)

 

 ここに至るまでの過程を、俺はガルシアから貰った記憶を見た時からずっと考えていた。勿論これら全ては推測で、本当の事は本人にしか分からない。そもそもこの推測が正しいと仮定しても【サイレンサー】が黒足蜂から離れた場合のデメリットが想像付かん。

 それでも【サイレンサー】が黒足蜂を求めているのは、ほぼ間違いないと見ていいだろう。

 

 思わずほくそ笑む。

 

(それはつまり、黒足蜂の数を減らせば【サイレンサー】が俺達を見逃す可能性があるって事だろう?)

 

 勿論相手も手下が減るのは好ましくないだろう、黒足蜂の数が減るごとに相手の攻撃は苛烈さを増す筈だ。だがそんな事は関係ない、俺達の逃げ込んだ先でそれが出来るからだ。逃げ切ってしまえばどうとでも出来る。

 漸く見えてきた光明を手に取る為に、俺は燃焼弾製作の手を早めるのだった。

 

 

 

 

 

 良い話と悪い話がある。と聞かれたらどちらを先に聞くだろうか? 個人的には悪い方を後に回す派なので先に良い話を伝えよう。

 死なない様に逃げ回り、俺の思考を介して行ったグラシャラボラスのナビゲートにより件の地下水脈の入口が目と鼻の先という所まで来た。エイラが入口を開ける手間は掛かるがそれも数秒だけ、洞窟内部に入れば勝ちの目は更に上がるだろう。

 

 では悪い話だ。

 様々な資源が枯渇し、グラシャラボラスとエイラまでもがダメージを負い始めた。正直状況は最悪に近い。

 まず燃焼弾用の金属粉と脂、ガラス瓶が底をつき、次いで迎撃兼足止め用に使っていた大量の木の枝が数本を残して殆どを使い果たした。

 

 その結果迎撃の手が緩み、激烈な黒足蜂の追撃や【サイレンサー】の狙撃をまともに受ける事となる。消費を抑えられていたポーション類もその傷跡を掻き消すために大方消費した。

 まぁその甲斐あってか【サイレンサー】の沈黙は時間経過で治る事が分かった訳だが。

 

「もう少しで地下水脈だ、逃    」

 

 鈍い衝撃と肉を抉られる感覚が背中を伝う。

 くっそ針が刺さった、苛立ちを表に出しながら背中に刺さった【サイレンサー】の針を強引に引き抜き、やけになった俺は【劣化快癒万能霊薬】を口に含む。

 

 このサイクルも十回は優に超えた。頼りの【劣化快癒万能霊薬】もこれで打ち止め、いよいよもって後が無い。

 疲労が蓄積しているせいか何度か咳き込みながら俺はエイラの方を見る。俺は何度もポーションを使ってこの様だが、見た目のダメージで言えばエイラの方が酷いのだ。吸血鬼である自分は頑丈だからという理由で自分が使うためのポーションを全て俺に渡している。

 今のエイラは種族として生まれ持った回復力だけで持ちこたえている状態だ。

 

(あとほんの少しで地下水脈への入口がある滝の落ちる湖に出る、ミスったら死ぬぞ)

 

 光の柱はもうすぐそこだ、回復薬を飲ませたりと誤魔化してきたがグラシャラボラスの足ももう限界に近い。【サイレンサー】や黒足蜂の猛攻を受けなければもっと余裕を持てた筈なのにと歯噛みする。

 

 ……別にお前が悪い訳じゃ無い、そんな申し訳無さそうな顔をすんなよ相棒。俺も何も出来ちゃいない、嗚呼――強くなりたいなぁ。

 そんな事を考えながらも時は止まらない。

 

 目的地まであと10メテル、

 

 5、

 

 3、

 

 1――、

 

 

 ――森を、抜けた。

 

 天に届かんばかりの《旅の記録》は夜空を照らし俺達を迎えた。ここからが正念場だ。

 

 




着地点までの繋ぎが予想以上に文字数多くなってしまった。

【沈黙】
・オリジナル状態異常その2。分類は制限系。
・効果が薄い物でも口から発せられるあらゆる音が意味を成さなくなる為、ハウリングや魔法の詠唱が完全に不可能となる。
・【静界蜂針 サイレンサー】が扱う【沈黙】はその上を行き対象者の発するありとあらゆる音が遮断され、自身の耳にも己が動く事によって生じる音が届かなくなる。
・集団戦でこれを使えば相手は少なからず混乱し、大きな隙を晒す事になるだろう、そしてパーティーを分断したり、例えば相手の眼を封じてしまえば味方がどこにいるのか全く分からない状態で戦闘を行う羽目になるだろう。
・事実【静界蜂針 サイレンサー】はそうして己に仇名す者を地に還して来たので実を言うと一対一よりも集団戦の方が得意。
・現在はある要因によりそれを行うだけの余裕が無くなっている。

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