これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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反撃を仕掛けるよ。


第十二話 勝利に向けて手を尽くそう。

 

 

「エイラ! 二十秒だ!」

 

 二十秒は稼ぐ、【劣化快癒万能霊薬】のお陰で一時的に【沈黙】の解けた俺はそう言った。実際、ここに来た事で倒しきるとまでは行かなくとも時間を稼ぐ方法は存在する。急造の作戦だが出任せを言った訳では無いのだ。

 グラシャラボラスはここまで走り抜けてきた勢いを殺しきり、方向反転。尽きる気配を見えない黒足蜂の群れを見据え咆哮を一つ。

 同時に温存していた燃焼弾を全てばら撒き、グラシャラボラスに《茜色の群火》による起爆を指示した。

 

 エイラが魔法を行使するのと同時に、黒足蜂の群れの真ん中で轟音と爆炎が広がる。グラシャラボラスの《茜色の群火》は広範囲に複数の火球を放つスキルだ、殲滅力は薄いが効果範囲はそこらの炎系統の魔法を凌駕する。

 陣形を崩すと同時に壁を作るには最適なスキルだ。が。

 

「まぁ足止めにもならんわな」

 

 分かりきっていた事だ。今ので十数匹は葬り去れただろうが、ただそれだけ。他の黒足蜂は体の一部が吹き飛んでても変わらずこちらに向かって攻撃を仕掛けてくるし、一瞬見えた【サイレンサー】には痛痒を与えられた様には見えない。

 これで本当に燃焼弾は打ち止め。いよいよ以って窮地であるが、依然として余裕は砕かれちゃいない。

 

(今ので五秒、あとの十五秒はこれで稼ぐ)

 

「グラシャラボラス、湖に向かって跳べ!」

 

 俺の指示を受けたグラシャラボラスは即座に振り向き、エイラが準備を行っている地下水脈の入口である滝へ向けて疾駆する。

 無意識の内に己の体が強張るのを悟るが、これから行う曲芸染みた事を考えれば是非も無し。だがそれを理由に今更止める道も選びはしない。

 既に際は投げられているのだ。

 

 湖の岸を踏みしめ、力の限りグラシャラボラスは跳躍する。空中に身を放り出したグラシャラボラスに乗りながら俺は、エイラがフード付きの外套で身を隠している事、後方の【静界蜂針 サイレンサー】に動きが無い事を確認した。

 さあやろうかグラシャラボラス――

 

『――まぁここまで来たらいいだろう、力を貸してやる』

 

 そんな、どこかで聞いた声を幻聴として流した俺はグラシャラボラスにスキルを使わせた。

 

「眼下の湖に《茜色の群火》!」

 

「ヴゥアアア!!」

 

 大きく息を吸い込み、火の粉散る口元を真下の湖に向け、――咆哮。

 

「アアアアアアアアアアァァァァァ!!!」

 

 グラシャラボラスの口腔より放たれた三つの火球、所々に毒々しい黒の差したまるで獄炎の様なそれは全て湖に沈み――

 

 ――大質量の水蒸気を作り出した。

 

 目くらまし兼切り札として行った湖の蒸発。俺達に差し迫っていた数体の黒足蜂は発生した水蒸気により体の内外を焼かれ、それらよりも少し離れた所にいた群れも肥大した蒸気の風圧により各々に吹き飛ばされていった。

 予想以上の火力だったが、これで【静界蜂針 サイレンサー】が再び黒足蜂を集め直すにしても十数秒は掛かるに違いない。

 

 発生した風圧をグラシャラボラスは己の黒翼で掴み、滑空してエイラの元へ滑空する。落下地点では既にエイラの魔法によって地下水脈への入口が開かれており、そこに向かって滑り込むようにゴールした。

 

「無事か!?」

 

「えぇ、こちらは平気です。そちらは? 何やら凄い音がしましたが」

 

「大丈夫だ、グラシャラボラスのお陰で動きに支障はない」

 

 全く、グラシャラボラス様々だ。帰ったら存分に甘やかしてやろう。

 

「さぁて……」

 

 背後を確認した俺は音の無い殺意を叩きつけられる。出所は確認するまでも無いだろう、いよいよキレやがったな?

 

「……走るぞ!」

 

 己を守る黒足蜂の群れを減らされた【静界蜂針 サイレンサー】が研ぎ澄まされた鋼の如き殺意を携えて俺達を追って飛翔した。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「最終確認だ」

 

 体力を回復させるポーションをグラシャラボラスに飲ませながら、俺は自分に言い聞かせるように口を開く。

 

「黒足蜂の群れの殲滅、【静界蜂針 サイレンサー】の消耗、全て平行してこの地下水脈で行う」

 

 俺の喋る声と、二人と一匹分の足音。そして遥か後方で反響し増幅した黒足蜂の羽音ばかりが洞窟内に木霊する。

 ここまで来ても、未だ【サイレンサー】の音は聞こえぬまま。

 

「攻撃は全てこの地下水脈に任せて俺達はただ逃げ回るだけでいい」

 

 もはや無音である恩恵すら意味を成さなくなっているにも拘らず、己の手下を何匹も潰してきた俺達に憎しみの一つでもあっておかしくない筈なのに、【サイレンサー】は尚も静寂を身に纏わせていた。

 ……いや、もしかしたら自分の意思で音を出せなくなっているのかもしれない。

 

「一番楽なパターンは黒足蜂の大半を失った【静界蜂針 サイレンサー】が撤退を選ぶパターン。これならこっちに向かってくる黒足蜂を鉄砲水に誘導すればすぐに終わる」

 

 口の回転は止まらぬが、【サイレンサー】の事を考え続けている己の脳もまた止まらない。

 もし、そう、もしもだ。己の出す音がある日から突然聞こえなくなってしまい、治し方も分からぬまま長い時を過ごしていたとしたら。果たして俺は俺がここにいるという自覚を、自我を保てるだろうか?

 勿論消えているのは己の音だけだから人と話したり、草むらに身を投じたりすれば己の存在を知覚は出来るだろうが――

 

「――だからか?」

 

「どうしました?」

 

「あぁ、いや」

 

 己が己である為に、【静界蜂針 サイレンサー】は存在証明を他者に、黒足蜂に委ねている。それはともすれば己の生命線を他者に預ける行為に等しい訳で。

 でも【サイレンサー】はそうせざるを得なかった? だから【サイレンサー】は最初の一撃以外黒足蜂の群れの中に閉じこもっていた?

 

「……最悪なパターンは最後の一匹になるまで【サイレンサー】が引き下がらずこちらを殺しに来る場合。この場合は隙を見て【サイレンサー】を通路に繋ぎ止める必要がある」

 

 もしそうだとしたら……、いや、そうだと納得して思考を切り上げよう。今は俺達を追うあいつらへの対処が先だ。

 意識を黒足蜂の対処に引き戻した俺は収納バッグからある物を取り出した。

 

「その役目、エイラに任せていいか?」

 

 【即席合成】で作り出した八本の槍をエイラに預ける。相変わらず品質は最低だが、数秒その場に縫い付ける事は出来る筈だ。

 槍を受け取ったエイラはフフと笑い、

 

「任せて下さい」

 

 そう言った。

 知れず頬が緩むのを自覚しながら俺は前を向く。

 

 最初のT字路は既に抜け、俺達は入り組んだ十字路に差しかかろうとしていた。

 

「ヴァウ!」

 

 グラシャラボラスによる危機を知らせる声を聞いた俺達は十字路を直進して振り返り、道を塞ぐようにグラシャラボラスに《茜色の群火》を指示する。

 広範囲を舐める様に焼き焦がす《茜色の群火》は狭い洞窟で使えば足止めとして十分以上に活躍してくれる。その分周囲の被害も甚大だが……どうせ鉄砲水に洗い流されるので配慮するだけ無駄だろう。

 

(……やっぱ火力上がってるよな、っつーか何か火球の数増えてねぇか?)

 

 パーティーメンバー増やした記憶は微塵も無いのだが……。

 おっと、また思考が逸れた。

 

 俺達がいる通路への道を塞ぐように爆発する《茜色の群火》に一瞬だけ黒足蜂の群れが動きを止めるが、その一瞬さえあればいい。

 横道の奥から滝の落ちるような音が聞こえ、次いで轟音と共に大質量の水が交差路を横断するように通過する。

 

 ただの一回、それだけで《茜色の群火》に足止めを喰らった数十匹の黒足蜂がその身を砕かれながら流されていった。

 

「よっ 、     」

 

 手応えを感じ声を出してしまったが、そんな俺の興奮を霧散させるように鉄砲水を貫き数本の針が俺の体を貫く。

 

 針が刺さった勢いで体勢を崩しかけたが何とか踏み止まり――左腕が違和感を訴える。

 見れば左腕を二箇所深く抉られており、血管でも傷付けたのか【出血】の状態異常まで出現している。再び刺さった針を強引に引き抜くと末端が痺れ冷たくなっていくのを感じ、

 

(あぁ、これは左手使い物にならなくなったな)

 

 そう直感してしまった。純粋なHPを回復させるポーションならまだあるが【劣化快癒万能霊薬】のように状態異常を回復させるポーションは底を尽きている。

 応急処置なんて悠長な事言ってられないし、何より大質量の水越しに攻撃を当てられると分かった以上ここで足踏みをしている余裕は無い。

 

「    、  」

 

 ……状態異常回復させるポーション尽きたっつーの。

 一応今のは『逃げるぞ、あっ』である。癖という物はどうにも治し難いものなのだなと思いながら俺は地下水脈の奥へと向かおうとした。

 

 そんな俺を強引に止めたエイラ。

 

「要領は分かりました、少しの間傷を癒していて下さい。自分の身を後回しにしていいなんて考えないで」

 

 そう言ってエイラは俺をグラシャラボラスに乗せた。グラシャラボラスも俺を気遣うように翼を動かし、逃走を再開する。

 ……違う。俺はお前に負担を掛けたくないんだよ、エイラ。

 

 今更に過ぎるが俺はずっと周りに頼ってばっかりだった。自分の力不足を思い知らされ、強くなろうと思うたびに自分一人で解決できない壁にぶち当たる。

 一人だったら何の気兼ね無く死ねた。それは俺が<マスター>で、本当の死を迎えることが無く、死んでも取り返しがつくからだ。

 

 でもエイラは違う。彼女は<ティアン>で、死ねばそれっきり、取り返しの付かない死を迎える事となる。

 俺はそんな彼女を死なせたくは無い。

 

 そんな俺を傲慢という者がいるだろう、<ティアン>よりも弱いくせに何をという者もいるだろう。

 そりゃそうだ、実際俺よりもエイラの方が圧倒的に強い。まかり間違っても「守りたい」などという妄言を吐くつもりは無い。

 

 だから俺は、死なせたくないと思っているエイラの力も借りて壁を乗り越えようとした。そうせざるを得なかった。

 結果としてかつて地下水脈の最深部に辿り着いた時、気絶から覚めてエイラから【UBM】と遭遇したと聞かされた時、そして今この時も。

 

(――あぁ、彼女には死んで欲しくないなぁ)

 

 その思いはより強くなっていった。この思いがテルモピュライが茶化したような感情から来たのかは分からないが、エイラに負担を掛けたくないという思考は本物だ。

 

(……そうか、そうだな。なら今俺が体力を消耗してるのは頂けないな)

 

 思考を止めた俺は回復ポーションを呷る。

 今俺が磨り潰せるリソースは、俺だけだ。

 

 

「……グルゥ」

 

 

◇――◇――◇

 

 

 【静界蜂針 サイレンサー】が幾ら攻撃を行おうと、黒足蜂を守るには足りない。

 黒足蜂が幾ら抗おうと、地下水脈の大水流には造作も無く押し流される。

 

 グラシャラボラスの《茜色の群火》、エイラの《水操作》、俺が《即席合成》で作り上げた頑丈な柵。

 足止めの方法は異なれどしめて四回の鉄砲水による黒足蜂の殲滅は上手くいっていた。

 

 残る黒足蜂はあと三匹。【サイレンサー】の無機質な殺意の中に焦燥が見え隠れし始めてきたのが見て取れた辺り、黒足蜂が生命線という考えはそう遠くないのだろう。

 尚更疑問だ。

 

(何故逃げない?)

 

 最早俺達を殺して得るメリットよりも黒足蜂の群れを失ったデメリットの方が遥かに上という所にまで来たというのに。……いや、引くに引けない理由があるのだろう。

 ならばこちらも二つ目の作戦に移るまで。

 

「ヴァウ!」

 

「あぁ、終わらせよう」

 

 グラシャラボラスの警告に口角を上げる。俺を乗せて疾駆するグラシャラボラスの疲労度的に、ここが最後のチャンスとなるだろう。失敗すれば……まぁエイラが逃げられるなら良しとしよう。

 

 フィールドは『大』の字に交差した複雑な洞窟。今俺達が走っている直通路の遥か後方から音が聞こえる。

 通路の交差する地点で急転換、黒足蜂に回避の余地を与えずグラシャラボラスに真っ向から黒足蜂を食い千切らせる。

 

 羽と足、そして腹を食い破られたにも関わらず、尚ももがきこちらに敵意を向ける黒足蜂を《茜色の群火》で至近距離から焼き焦がすグラシャラボラスから降りた俺は、燃え続ける黒足蜂を槍で掲げ、残る黒足蜂の内俺に近いほうに向けて投げつけた。

 死体に宿っていた黒炎が、生きていた黒足蜂の体に絡みつく。これで二匹目。

 

「一対一なら俺でも倒しきれるレベルでしかなかったん  、       」

 

 問答はしないってか? 何れにせよエイラが残りの一匹を処理した以上、お前を守る隠れ蓑は全滅だ。

 群は潰えたぞ【サイレンサー】、喋れない代わりに俺は右手で持つ槍の先を【サイレンサー】へと向けた。

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】の姿がぶれる。瞬き一つの間で俺の目前まで迫ってきていた。

 

「ヴゥアア!」

 

 一歩引き、応急処置を施した左腕を前に。【サイレンサー】が俺の左腕を刎ねるのとグラシャラボラスが横合いから突撃したのは同時だった。

 痛みは無いがそこにあるべき物が無い、ただそれだけで発狂してしまいそうな恐怖が押し寄せてくるのを、舌を噛んで堪える。

 

 これで【サイレンサー】を止められると踏んで選択したのは俺自身だ、甘えるな。そう声の出ない口を動かしていると目を見開いたエイラがこちらを見つめていた。

 

「――ネビロスッ!」

 

「   」

 

 く、る、な。そんな俺の口の動きでエイラは足を止める。

 声は出ずとも俺の言いたい事は分かっただろう? お前には大事な役割がある、そして俺にもだ。まだ終わっちゃいない。

 

 事前にグラシャラボラスにはこうなった場合《茜色の群火》は使わずその場で食い止めるよう頼んでいる。どうせ殺し切れはしないのだ、足止めが最優先である。が、流石に相手も【UBM】の一柱、グラシャラボラスだけでは振り解かれるのも時間の問題だ。

 

「はぁッ!」

 

 だからエイラがいる。

 

 地下水脈に入った直後にエイラに渡した槍は材料をその場で全て調達した特別製だ。残りの木の枝を《即席合成》で頑丈な太い木の枝にし、どうにか確保した黒足蜂の素材を貼り付けて微量ながらも耐久値の底上げを行った。

 槍の穂先は【静界蜂針 サイレンサー】の針を使っている。全部俺の体に刺さった奴だ。【サイレンサー】の針を楔にする案を思いついたのがギリギリだったために八本しか確保出来なかったが、構うまい。

 

(とっておきだ、くれてやる)

 

 槍を持って【サイレンサー】へと走るエイラに続くように俺も走る。……耐えてくれ、グラシャラボラス。

 

 翅を震わせグラシャラボラスから逃れんと暴れる【サイレンサー】を地面に縫い付けるように一本目の槍を突き刺すエイラ、【サイレンサー】の複眼がエイラを捉える。

 

 己の身体を縫いとめていたグラシャラボラスの前足を食い千切るために顎を近づけた【サイレンサー】、即座にグラシャラボラスを俺の紋章――跳ね飛ばされた左腕の根元に移動していた――に戻し、すかさずエイラが突き刺した二本目の槍と三本目の槍が【サイレンサー】の一対の翅を貫通する。

 

 【サイレンサー】の腹部が萎縮し、エイラに向けて針が射出されるのを《護身術》を用いた槍で弾く。ここで俺の槍が砕かれたが、エイラが残りの翅に四本目、五本目の槍を差し込んだ。

 

(これで――ッ!?)

 

 右足に鈍い衝撃、左腕が無い事も相まってバランスを取れずそのまま地面に崩れ落ちる。

 衝撃が走った右足を見やると所々を火傷し爛れた姿の黒足蜂が俺の足を砕いていた。

 

(倒し損ねてッ)

 

 反射的に槍を振るう――寸前で槍が壊されていた事を思い出す。

 

(……ミスったなぁ、まぁ後はエイラが【サイレンサー】を繋ぎ止めてくれる筈)

 

 最後の足掻きとばかりに黒足蜂に【サイレンサー】の針を打ち込むが、受けたダメージを帳消しにする事は出来ない。右足の腱が千切れたのか動く様子が全く無く、これでは【サイレンサー】だけを流し去る筈だった鉄砲水から逃げる事も出来そうにない。

 

 何とかなりそうな雰囲気だっただけに黒足蜂の生死確認を怠ったのは完全に俺の慢心だったが、エイラの方に攻撃が向かなくて良かった。

 せめてエイラが残りの槍を突き刺すのを見届けてから、そう考えていた俺は身体の力が急激に霧散し、地べたを這い蹲る事となった。……あ、これ【猛毒】貰ってるな? 毒持ちだったか、運が悪い。

 

 残せる物は残せただろうか、そんな事を考えながら俺は目を閉じ――

 

 

『で、それで死んで数日後にケロッとした顔で「すまん」なんて嘯くのか? えぇ? ネビロスよ』

 

 




全然終わらねぇ。次で決着というか文字数嵩んだんで顛末を次に回します。
というか【サイレンサー】の特性上地の文ばっかで喋らせ辛いんだなこれ、致し方なし。

現在のネビロスの状態異常
・【沈黙】
・【猛毒】
・【出血】
・【左腕切断】
・【右足関節破壊】
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