第十四話 逃走劇の成果を確認しよう。
[チャットルーム“漁り隊”にナベルスが参加しました]
ナベルス:いる?
ナベルス:いないかな
ナベルス:一応報告だけ残しとくわ
ナベルス:ティアンと一緒に依頼の配達してきた。トリカブトに荷物渡したんだがテルモ宛の荷物預かってるからそっちから来てくれないか?
ナベルス:帰りしな【UBM】に襲撃されて満身創痍状態なんだわ
テルモピュライ:は!? 【UBM】!?
ナベルス:いるじゃねぇか
テルモピュライ:通知気付いてなかったんやて、ごめんね
テルモピュライ:それはそうとどんな【UBM】に出会ったんだ?
ナベルス:んー、言っていいのかこれ
ナベルス:まぁいいか【静界蜂針 サイレンサー】って奴だ。知ってる?
テルモピュライ:……いや、知らんな。お前、その【UBM】倒したいか?
ナベルス:まぁ出来るなら
テルモピュライ:オーケー、見かけたらお前に教えるわ
ナベルス:ありがたいけど良いのか? 確か【UBM】倒したら特典武具っての手に入るんじゃなかったか?
テルモピュライ:俺既に特典武具八つ持ってるから是が非でも欲しいって訳じゃ無いんだ
ナベルス:嫌味か
テルモピュライ:持つ者の余裕だよ
「……それを嫌味っつーんだよ」
パソコンから離れ、天を仰ぐ。
しかし特典武具を八個……という事は【UBM】を八体討伐済みという事であって。
「やっぱ強いんだなぁ、あいつ」
少なくとも俺には【静界蜂針 サイレンサー】と同等以上の【UBM】を真正面から倒せる自信は無い。八体など以ての外だ。
エンブリオやレベルの差はあるのだろうが、それ以上に積み重ねてきた経験が違うのだろう。
「一度だけでもあいつと戦ってみたいな」
多分成す術も無くボコボコにされるんだろうが、それでも格上と相対する経験と言うのは得難いものだ。
チャットルームに集合場所の場所を書き込み、俺はデンドロの世界へと行く為にハードを被りベッドに横になる。
(エイラも待たせてるしな)
自然に浮かんだその思考に疑問を覚えるよりも早く、俺の意識は暗闇に解けていった。
◇――◇――◇
俺が目を覚ますと、リアルのそれとは大きく異なるベッドに包まれていた。
そうだそうだ、昨日結局ガルシア宅に泊めさせて貰ってたんだった。あの後、ガルシア、エイラの両名がいいよと軽く許可を出してくれたのでありがたく空き部屋を借りさせて貰った俺は心置きなくベッドに埋もれながらログアウトをしていた。
二時間ほど仮眠をとった後テルモピュライに伝えるべき事を伝え、また戻ってきたのだがフカフカなベッドの魔力に抗えそうも無い。このまま寝てしまおうか……。
「ガウッ」
「あー起きるよ起きる、おはようグラシャラボラス」
布団を引っぺがして鼻頭を埋めてくるグラシャラボラスを右手で押し留め、ベッドから起き上がる。
……お前、何かでかくなってないか? 毛並みも心なしかいつもより綺麗な気が――
「おや、ネビロス君。お早いお目覚めだね」
俺に当てられた部屋の扉が開かれ、ガルシアが入ってきた。何故か満面の笑みを浮かべて。
「グラシャラボラスに起こしてもらうまで二度寝する気満々だったんですけどね……」
「はっはは、いい相棒じゃないか。大切にし給えよ」
カラカラと笑うガルシアはそのまま俺の寝ていたベッドに腰掛け、こちらをにこやかに見つめる。
何をしに来たのかと問うと、俺の右足の治療と昨日何があったのかを聞きに来たという。
「エイラと話し合ったんだけどね、君の傷を治して上げられないかと頼まれたんだ。でも聞いた感じ色々な事情があるにせよネビロス君は若干遠慮している節があったのでね? 協議の結果一先ずネビロス君の砕かれた右足だけでも治そうという結果に落ち着いたわけだ」
それは、ありがたいのだがいいのだろうか? ガルシアだってマスターの特性は知っている筈だ。無駄に回復薬を消費してしまうのではないか?
「幾つか理由はあるが私はこれを無駄とは思わないよ。必ず私の、と言うかエイラの為になるだろう、先行投資と言い換えてもいいだろうね。それに回復薬は使わずに治療する」
「回復薬を使わない治療……治癒魔法ですか?」
「いや、もっと直接的なものだ」
そう言ってガルシアは「入りなさい」と続けた。誰に、と考えていると部屋に入って来た一人の女性の姿。というかエイラだ。
何故ここに、という疑問の答えはガルシアの口から語られた。
「我々吸血鬼には生まれつき色々なスキルが備わっているのだが、その中でも吸血鬼の大多数が得手とするスキルの一つに《操血術》と言う物があってね」
天、地、海、己の最も扱いやすい三大属性を一つだけ自身の血液に組み込んで副次的効果を得た血液を操るスキルだと言う。
組み込める三大属性は一つだけであり、これはスキルの制限というより己の器と才能が関係してくるとの事。
「そう考えると吸血鬼の<マスター>がいなくて良かったね、才能の制限が外れているという事はただのスキルで天地海全ての属性を扱える事になりかねない」
種族は人間――外見は捨て置いて――固定で良かったと心の底から思えた瞬間であった。
しかしその《操血術》が治療に何か関係あるのだろうか。
「私達、というかヘキサの血族は海属性に秀でていてね、ジャンルは違うがエイラの《操血術》の才能は私を凌いでいる」
「才能は」
「才能は」
オウム返しにガルシアに問うとそのまま肯定された。本人がいる前でする話題では無くないかとは思ったがエイラも自覚しているのか目を伏せていた。
【サイレンサー】の逃走戦にてその《操血術》を使わなかった理由は不確定要素を加えたくなかったからか。
「えーっと、つまりはその《操血術》の実験台として俺の右足を?」
「うむ。勿論ネビロス君が嫌ならば別の方法を考えるが……」
そうは言うがそれでエイラが《操血術》を行動の選択肢として数えられるのなら拒否する理由は無い。
エイラに治療を頼む事にした。
◇――◇――◇
ぷつぷつと肉を縫い合わせるような生々しい音が部屋の中に響く。
発生源は俺の右足からであり、現在エイラは俺の右足を太ももに乗せて治療……というか手術中である。
時折ミスしてるのが素人目でも分かるが、俺にダメージは無い。痛みや不快感はトリカブトの【局所神経毒】という物をガルシアから貰い使用しているので一切感じない。懸念された出血多量もエイラが水魔法で通り道を確保する事で防いでいる。
「正確には《操血術》で私の血液を水に変えて操っているだけですので、【蒼海術師】のように一から水を生み出し操作している訳では無いんですがね」
とはエイラの弁だ。ともあれ、エイラの手によって少しずつ俺の足は修復されていっている。
しかし自身の血で針と糸を模して丁寧に縫うというのはかなり手際がいいと自分では思うのだが、これでも熟練度は低い方であるという。
「戦闘に流用できるほど洗練されている訳じゃ無いんだ、君も知ってる通り昨日の地下水脈で使っていた攻撃も【魔術師】の魔法だっただろう?」
そんな事を言われても俺には魔法とスキルの区別が付かないので何とも言えないのだが。
さて、このように昨日の事をまるで見てきたかのように話すガルシアだが、彼には既に昨日の撤退戦の記憶がある。
俺の血を数滴飲んで《血の記憶》を発動する事でまるで自分が体験した事のように俺の記憶を読み取ったのだ。それに伴いガルシアの目的の一つであった「昨日何があったのかを調べる」という目的は一瞬で果たされた。
後は俺の右足修復を待つだけだったのでその間に昨日のリザルトを確認する。
失ったものは油脂類とガラス瓶、あと鉄材を《即席合成》で加工した鉄粉が枯渇気味、ガルシアから貰ったポーション各種も殆ど使い果たし、一番でかいのは大量に貯蓄していた木の枝が一つ残らず消えてしまった事か。
油脂類、ガラス瓶、鉄粉は何となく即席燃焼弾として活用していたがあまり火力は無かったのであれを使う位であれば店で爆弾でも買った方がいいだろう。ポーション各種も使って損は無かったので追々買い足していくつもりだ。木の枝も……まぁ普通であればあんな量を使い切る事など無かった筈なので在庫処理としてはあれで良かったのだろう。……はぁ。
あと一応左腕も失っているが、こちらもまぁどうとでもなるしどうとでもするので省略。
気を取り直して今回得たものについて。
【サイレンサー】を留める為に作った即席の槍に粗方吸われたが黒足蜂の素材が数匹分手元にあり、更に【サイレンサー】の針が数本残っている。
エイラと半々だが黒足蜂を倒した分の経験値も溜まっており、【旅人】のジョブはカンスト目前の所まで迫ってきていた。まだ旅っぽい旅してないんだけどね。
それ関係で色々面白いスキルが生えてきたが、ここでは割愛する。
今回のリザルトで最も素晴らしい事はグラシャラボラスが第二形態へと進化した事だろう。体躯は以前よりも大きく、翼や毛艶も更に美しく。そして新たにスキルを一つ獲得していた。
『保有スキル』
《インビジブル・マーチ》LV3
《茜色の群火》
《アンノウン・シャドウ》LV1:自身の影の性質を変化させる。変化させられる性質の幅はレベルに応じて増えていく。アクティブスキル。
何気に《インビジブル・マーチ》のレベルが上がってるのも嬉しいが、それよりも気になるのはやはり《アンノウン・シャドウ》というスキル。
変質とはなんぞやと首を傾げていると、俺の目の前に真っ黒な布が被せられた。
「ん、何だこれ」
「グルゥ」
ぐいぐいと布を引っ張ったりしていると、グラシャラボラスがこっちを見ろと俺の右腕を引っ張る。何だろうとグラシャラボラスの方に顔を向け、そこにあるべきグラシャラボラスの影が跡形も無く消えているのが見えた。
再び手元の真っ黒な布に目を向ける。布は独りでに形を変えてグラシャラボラスの足元へと移動――いや、戻っていった。
(ははぁ、こりゃ凄い)
影を操る。シンプルに言えばそういう事なんだろうが利便性はそれを遥かに凌駕するだろう。
先に述べておくと、先程のグラシャラボラスが操っていた影は完全に布の質感を再現していた。様子を見るに布以外の物にも影の性質を変化させる事が出来るのだろう、戦略次第ではグラシャラボラスが出来る事は今までの何倍にも膨れ上がるだろう。
懸念点としては《インビジブル・マーチ》使用中は完全に光を透過するので影が出来ないという所か。使うにしても二つに一つだろう。
グラシャラボラスがどの程度影の性質を変えられるのかを調べている間に右足辺りから出ていた肉を繋げる音が無くなっていた。
「……終わりました」
「おぉやったぜ、どれ」
薄く赤い線が残ってはいるが手術前の歪な形をしていた右足から一転して、怪我をする前の綺麗な右足に修復されていた。
軽く動かした感じ違和感もかなり薄くなり、恐らく砕かれた骨も正常の位置に戻してくれたのだろう。
「ありがてぇ……助かったよエイラ」
「いえ、こちらとしてもいい経験となったのでお構いなく。一応繋げはしましたが派手に動かないで下さいね?」
頷き、ベッドを離れて自分の足で立つ。体重をかけても全くバランスを崩す事は無くなった。……こんな超技術でも《操血術》使いとしては低いレベルという所に吸血鬼ってもしかしてやばい奴等なのではという疑問が脳裏を過ぎるが無視する。
種族値的に人間が吸血鬼より優れてる訳無いし今更である。
「それでは、俺はテルモに依頼達成の報告してきます」
「あぁ、困った事があったらまたウチに来給えよ」
そんなガルシアの言葉に苦笑いを返しつつ、俺はエイラ達に感謝を告げて屋敷を出た。
……べらぼうにフットワーク軽いけど霊都でも有数の貴族なんだよなぁ、そこに入り浸ってる俺が言うのもあれだが。
以前テルモピュライと一緒に入った個室のある飯屋に足を運び、店主に個室を貸して貰う。
ここに来るまでに質屋によって、ガルシアから貰っていてそのままだった宝石や貴金属の類を少し残してお金に換えてもらった。黒足蜂の素材も売ろうかと思ったが一先ず保留。
という訳でお前用に肉料理頼むから好きなだけ食べな、グラシャラボラス。
「グルゥ」
肉喰えるんならこれをくれと店のメニュー表から幾つかの料理を指し示したグラシャラボラスに従って料理を注文。少し考え、追加で二人分の料理を注文しておいた。
待ち時間でここに来るまでに買った物を整理していると個室の扉が開かれる。
「よぉ、待たせたってどうしたその左腕!?」
「お、遅かったな。お前の分の飯も頼んでる、とりあえず座りな」
「え、うん、いや大丈夫なの?」
テルモピュライに挨拶を返した俺は机に並べていたアイテム類をカバンに戻し、対面の椅子を引く。市場で面白そうな物があったからつい衝動買いしてしまったが、実用可能かどうかまだ分からないのでお披露目はちょっと先だ。
買い込んだ物を仕舞ったカバンとは別の、頑丈そうな収納カバンを取り出してテルモピュライに渡す。
「トリカブトからの預かり物だ。コルタイト鉱石だとさ」
「おぉ、あの人俺の言ってた事覚えてくれてたのか。ありがたい」
所有権をテルモピュライに渡し、コルタイト鉱石をテルモピュライの持つアイテムボックスに移す。……指輪型のアイテムボックスいいなぁ。
「ん。依頼達成おめでとう。報酬はそのアイテムボックスの所有権のつもりだったんだが、何かしら上乗せしとくわ。何か欲しい物ある?」
「あー、俺今武器無いんだよ。物干し竿とかでいいから繋ぎの槍が欲しいかな」
「オーケー、考えとく」
そうこうしている内に頼んでいた料理が届き、俺達のテーブルを埋める。
「お、奢りか?」
「お前はついでだけどな。今回は頑張ったグラシャラボラスのご褒美」
「そうそう、【UBM】と戦ったんだって? お前の左腕の話もそれに関係してるんだろ、どうせ。詳しく聞かせてくれよ」
待ってましたとばかりに翼をはためかせ尻尾を振るグラシャラボラスの目の前にご所望の肉料理を置きつつ、俺はテルモピュライの囃し立てる声に応えて昨日の逃走劇の事を聞かせてやった。
本編でまだ登場していないのをいい事に独自設定盛りまくるマン。
《操血術》
・呼んで字の如く己の血を操るスキル。
・天、地、海の内加えられる性質は一つだけだが血液自体が液体なので海の性質を持つ《操血術》の使い手が多い。
・一応貴種(ノーブル)以上の吸血鬼が使えるという制限があるがレジェンダリアの氏族は大体貴種なのであってないような物。
・【奔走輸血】の使用で最も影響を受けるスキルであり、己の持つ性質を強化するか己の持たない性質の力を持つかの二種類に分かれる。
・エイラは海の《液体操作》に特化し、【奔走輸血】を用いた場合新たに天の《気体操作》が生える。
・ガルシアは海の《風水術》に特化し、【奔走輸血】を用いた場合新たに海の《占星術》が生える。
《アンノウン・シャドウ》
・グラシャラボラスの第二形態のスキル。影を変質させ、操作する。
・現在変質可能な物質は布、木、革、石辺り。
・硬すぎる物や液体、気体にはまだ変質不可。