「ほぉん、思ってた以上に激戦だったんだな。中々にドラマチックじゃないか」
切り分けられたステーキ肉を口に運び、テルモピュライは呟く。
「ドラマチックねぇ、個人的には酷い泥仕合の結果痛み分けみたいな感じだったけども。暫く蜂は見たくない」
「まぁそのお陰でお前のグラシャラボラスが強くなったんだから得る物はあったんじゃねぇの? 失った物もある訳だが」
そう言ってテルモピュライは俺の左腕があった場所を見やる。何故そのままにしているのかという疑問に満ちた目だ。
これは、正直まだ踏ん切りがついていない。いつか普通に死んだら元通りになるがそれまでこのままで行くのか、それともこの状態をデフォにして義手でも付けるのか。
……まぁ義手は使わないだろうなぁ、とは思ってはいる。
「いつか強い奴と戦って、デスペナ喰らったら悔しがりながら元通りになると思う」
「ふぅん、その心境の変化もエイラさんが原因?」
まさかその名が出てくるとは思わず呆けた顔をテルモピュライに向ける。
俺を見るテルモピュライの顔はニヤリと心底楽しそうな表情を貼り付けていた。
「お前大抵どのゲームでも死ぬ事で悔しがる事無かっただろ? いやぁ、お前そんだけ話題に出してて気付かない訳無いだろ?」
「何がだよ」
「お前がその人に慕われててお前もその人を慕ってること」
……。
「慕ってる?」
「尊敬してる、気遣っていると言い換えてもいい。要は相手の言葉を聞いて自分のあり方を変えられるほどに相手の言葉に価値があると感じている」
それは、その通りだ。実際俺はエイラの言葉を聞いて安易に自殺という道を選ぼうとは思わなくなった訳だし。
だがエイラも俺に対して同じような事を考えているかは……
「考えてるさ、きっとな。……ところでネビロス、お前はそのエイラさんが好きなのか?」
いつか聞かれるだろうと思っていたがこうもドストレートに来るとは思わなんだ。
「何を根拠にしての発言だ?」
「お前のそのエイラさんの事を話す時の目、前に見た時と一緒だ」
ククと笑うテルモピュライにおしぼりを投げつけ、ハンバーグを口に運ぶ。……食う前に話を始めてしまったからか若干冷めてしまっていた。
そういやあいつは自分の分食い切ったのかとグラシャラボラスに目を向けると、自分の分の料理を平らげ何食わぬ顔でメニュー表を眺めている。
苦笑しつつグラシャラボラスの皿を重ねて追加注文を取る。
「すいません、追加でこれとこれと――」
そこから暫くは和気藹々と雑談しながら食事をする時間が続いた。
双方のエンブリオの話に始まりテルモピュライが打ち立てた武勇伝の数々を本人の口から聞いたり、ここら一帯で経験値効率の良い狩場について教えてもらったり。
興味深かったのは発売からまだ二ヶ月近くであるにも関わらず既にビルド論が幾つか存在しているという事か。
一番面白いと感じたのは【獣戦士】というジョブの固有スキル《獣心憑依》が発見された事で構築された、ガードナー獣戦士理論なる物。
概要だけ言えば《獣心憑依》でガードナー系列のエンブリオのステータスをマスターに移し、本体を叩けば崩れるというガードナー使いの弱点を潰すというものだ。まだまだ荒削りらしいがよく考えるものだ。
(でも少し気になるな)
俺の相棒もガードナー系列のエンブリオであるし、機会があれば【獣戦士】を獲得してみるのもいいだろう、マスターが死なない様に立ち回る手段は多いに越した事は無い。
しかしこうも大々的にビルド論とか出来てきてると闘技場とかに挑むマスターは皆こういう感じなんだろうか、と考えてふと思い出す。
「そうだ、俺まだ闘技場見てないな」
「ん、どうした急に」
「いや、さっき言った様に【UBM】から逃げてる時に俺に出来る事が少なくて悔しかった訳よ」
「まぁ仕方無い事で済ませられる部類だとは思うが」
パンの上によく焼かれたベーコンとチーズを乗せて食べるテルモピュライは、それで? と続きを促した。
「レベルが足りない武器が足りない防具が足りないジョブが足りない、色々細分化は出来るが総じて一括りに俺の実力が足りない訳だ」
運が悪かったと言うつもりはあまり無い、【静界蜂針 サイレンサー】と出くわす可能性は大いにあった。にも拘らず【サイレンサー】と相対しあそこまで選択肢を削られたのは偏に俺の準備不足による物。
もう少しどうにか出来た筈であり、正直言えば慢心が少なからずあったのも要因の一つだろう。
時間をかければどうとでもなるとは言えそれでも得難い物がある。戦闘経験だ。
「ランキングに名を連ねようって訳では無いが、それでも対人戦を一度は経験してみたいなと。あとテルモの戦いも見てみたい」
「なるほど」
暫く考え込んでいたテルモピュライは一つ頷きこう言った。
「ネビロス、俺と戦ってみないか?」
◇――◇――◇
闘技場。
形式は異なれど七大国家全てに存在する最大の娯楽にして対人戦の腕試しの場である。
国家毎に闘技場の特色は異なり、その中でもレジェンダリアの闘技場は多種多様なギミックが盛り込まれている事で有名である。
フィールドを利用し自身に有利な状況を作る、ギミックを使い起死回生の一矢を放つ、それら全てを塵芥に帰し勝利を手に取る、様々な戦い方が見れるレジェンダリアの闘技場はティアンやマスターなど関係無く盛況であった。
そんなレジェンダリアの闘技場の前に俺達は来ていた。
「……ここまで来た時点で今更なんだが、本当にいいのか?」
「あぁ、問題ない」
決闘では自分より一つランクが上の相手にしか決闘を申し込めない。しかしこれは公式戦に於いて、という但し書きがつく。
なので模擬戦や練習試合という名目であればネビロスでもテルモピュライと戦う事が出来る。
加えてテルモピュライも今日一日は予定も無いのでネビロスに付き合う程度なら構わない。
これがネビロスの「俺はお前と戦えるのか」、「お前は予定無いのか」という問いに対しての問題ないの中身である。
出来れば手加減して欲しいがテルモピュライに限ってそんな事はするまいと溜息を吐き、グラシャラボラスと共に闘技場へと入る。
「そういや聞き忘れてたんだが、今の合計レベル聞いてもいいか?」
大切な事を聞き忘れていたとテルモピュライが俺に問う。えーっと今は……。
「55だな、何故今?」
【旅人】がLV48、【槍士】がLV5、【行商人】がLV2なので合計で55レベルだが今聞く必要はあっただろうか。
「いや、合計レベル50以下の奴は闘技場使えないんだよ」
ありまくりじゃねぇか先に言え。
闘技場内部は戦闘を生業としている人の姿が多く見受けられており、軽く見渡した範囲では観客らしき人々の姿は見えない。
今日この闘技場では公式戦が行われる予定は無く、客はこことは違う闘技場に入り浸っている。だからこそ俺達が借りられるのだが。
「……お、今日はアルキメデスいるのか。じゃあ本気でやって大丈夫だな」
随分と小声ではあったがテルモピュライがその様に言ったのを俺は感じ取る。
「アルキメデス……?」
「あ、聞こえてたか。うーん、……ネビロス、模擬戦始める前に一つ聞きたいんだがいいか?」
質問を質問で、などとは言わない。それが俺の疑問の答えに繋がっているのだろうから。
「俺のエンブリオの情報、戦う前に聞きたいか?」
……。
それは過去のちょっとしたトラウマを彷彿とさせる言葉で、俺は迷わず聞く事を選んだ。
かつてデンドロとは違う別ゲーをテルモピュライと共にやろうという話になったのだが諸事情で俺だけ遅れて始める事となった。
仕方のない事ではあるがその時点で俺とテルモピュライの力量は大きく離れており、にも拘らずテルモピュライは俺に戦いを挑んできたのだ。その時のテルモピュライも先程の様に「俺の使う戦法先に教えようか」と言い放ち、舐めプしてんじゃねぇとその時は一蹴したのだが……。
結果として俺はテルモピュライにボコボコにされた。俺の全く知らない知識で圧殺してきたのだ。
まぁ結論としては。
(あいつガチで俺を潰すつもりだな?)
二度とあいつの高笑いを聞きたくないので敵の塩は素直に受け取った。
精査した情報を鑑みるに……最悪初撃で死に兼ねないレベルで強いという事が分かった。
「どう詰めようか……」
待合室の一角で新たに手にした武器を握り締め、グラシャラボラスと共に時間を潰しているとあっという間に時間が来る。
左腕を失っている今の状態では勝てる筈も無いが、テルモピュライに爪痕を残してやりたい。そんな思いを胸に俺はテルモピュライの待つ決闘場へと足を進めた。
コツ、コツ、コツ。
テルモピュライのエンブリオはアームズ。俺のグラシャラボラスの様に複合タイプという訳でもない、それでいて純粋な武器としての性能に特化したTYPE:ウェポンだ。
コツ、コツ、コツ。
決してウェポンに限った話ではないが、エンブリオというのは自身が持つ特殊な力を用いて戦況を有利にする運用が用いられる。それを行う為のエネルギーもエンブリオ持ちである事が多く、振るえば勝てる、そういったウェポンが多く存在するとテルモピュライから聞いた。
コツ、コツ、コツ。
テルモピュライのエンブリオはそうでは無い。自身の能力を発動させる為のエネルギーなど端から持ち合わせてはいない。であるならばそのエネルギーはどこから補填されるのか?
コツリ。
通路を抜けて開けた場所に出る。
一段高い所に円形の決闘場らしき物があり、周囲にはこの闘技場のギミックなのか浮遊する岩が乱雑に配置されていた。
観客席には客こそいないもののちらほらと戦闘職のマスターらしき人物がステージの上を見つめている。彼らの目的であろうテルモピュライはそのステージの中央で立っていた。
「よ、とりあえず上がりなよ」
「おう」
テルモピュライの声に従い階段を上りステージの上に立つ。少々久しぶりに真正面からテルモピュライを見据える。
身に纏う全身鎧の輝きに翳りは無く、以前は見えなかったペンダントとアイテムボックスとは別の指輪からも全身鎧と似通った威圧感を感じた。
「改めて言うが、これは軽い模擬戦みたいなもんだ。死ぬ気で掛かって来いとは言わん。消費したアイテムも決着がつけば元に戻るからそこら辺の心配もしなくていいぞ」
「胸を借りるつもりで行くよ、全力で足掻く」
そう言って俺はテルモピュライから借り受けたスペアの槍を構える。
グラシャラボラスも臨戦態勢を整え、それを見たテルモピュライも己のエンブリオを強く握り締める。
蒼く、陽光を反射して光り輝くそのグレートソードを携えてテルモピュライは口を開く。
「合図なんだが、この石を上に投げて落ちたらでいいか?」
「構わんよ」
テルモピュライがアイテムボックスから取り出した小石を上空に放り投げ、同時に決闘場に張られた結界に何者かの巨大結界が上乗せされる。
「実は嬉しいんだ、ネビロスが俺と戦ってくれて」
小石は中空で留まり、やがて重力に従い落下する。
「何だかんだ言ってお前と戦いたくてデンドロを勧めた訳だし」
落下の速度は徐々に増して行き、地面に落ちるまであと数瞬の所まで来た。
「全力で足掻くなんて言ったんだ。――避けろよネビロス」
小石が地面に落ちて小さな音を発するのと、俺とグラシャラボラスが散開するのは同時であり。
「――《妖天昇華》」
テルモピュライの振り払った剣の直線上から観客席までに存在する全てが消失したのは、ほんの数瞬後の事であった。
テルモピュライのエンブリオ形成時の参照パーソナル
「強者への憧れ」「等価交換」「圧倒的な力」「絶対的正義」等々。
アルキメデス
・霊都在住ティアンの【高位結界術師】。別名「テルモピュライ係」
・闘技場で働いており闘技場の結界システムに魔力を供給する仕事に携わっていたが過去に一度テルモピュライに結界を破られた事で自分が結界を張った方が安全になる事が判明。
・テルモピュライが出場する日は決して破られない安全な結界が張られるという事でそこそこ有名となり、給料が上がった。