俺にはユースティティアがあるから槍やるよ、と連絡を受けたのでありがたくメインウェポンと相成った槍を携えて俺達は空を飛んでいた。
第二形態となり体格が強靭な物となったグラシャラボラスは俺一人であれば背に乗せて飛べるようになったのだ。
俺のアイテムボックスが《過積載》によって重量が増加していたり子供一人でも追加で乗るとバランスを崩してしまうそうだが、グラシャラボラスの進化のお陰で機動力が爆上がりしたのもまた事実。
闘技場を去ったもののやる事が無かった俺は空を飛べるようになったグラシャラボラスの力を借り、レベルを上げる為にティアンからのクエストを受けていた。
「んー、この先の工房が目的地だな」
「ガウ」
楽しそうに了承の意を示したグラシャラボラスは二度翼で空を打ち、スピードを上げた。
まだ体力の関係で長距離を飛ぶ時は休憩を挟まねばならないが、それでも届け屋の真似事であろうとも俺を乗せて空を翔るグラシャラボラスは本当に嬉しそうに見えた。
「……楽しいか?」
「ルゥア」
「そっか、俺もだよ」
くしゃりとグラシャラボラスの首元を撫でてやりながら、俺はテルモピュライとの戦闘を思い返していた。
テルモピュライとの戦闘で都度二回、俺はテルモピュライの死の一撃を躱した。それは俺のメインジョブである【旅人】がカンスト目前で取得出来た《ショート・トリップ》というスキルのお陰だった。
《ショート・トリップ》の効果は至極単純な物で、現在MPの一割を消費し自身の半径10メテル以内に存在する《旅の記録》ポイントへ転移する。という物。
レベルが上がった《旅の記録》で戦闘開始直後に三箇所、決闘場内に光の柱を配置し即《ショート・トリップ》でテルモピュライの攻撃圏内から離脱。それからは避けられないと判断した攻撃だけ《ショート・トリップ》を使用する想定で動いていたため、まぁそこそこ食い下がれたのではないかな。
ちなみにグラシャラボラスは真上にジャンプする事で初撃を避けていた。判断力が俺より高い……。
まぁそんなこんなでスキルが増えれば取れる手段は大きく増えるというのをあの戦いで痛感したのでこうして【旅人】以外のジョブのレベルも上げて面白そうなスキルが生えないかと経験値と金稼ぎをしているのだ。
今はグラシャラボラスの願望で【行商人】のレベルを上げる為にクエストを受け、四方八方を飛び回っている。どれも難易度は一だから問題など起きよう筈も無い。
「っと、到着か」
徐々に高度を落とすグラシャラボラスに思考の海に沈んでいた意識を引っ張り出す。
工房、と聞くと一日中黒煙が立ち上り熱気と鉄を叩く音が立ち込める様な暑苦しい場所を想像するかもしれないがレジェンダリアの、というか霊都での工房はそんな事は無い。
物を製作する際の工程の殆どを魔法で代用しているからだ。だから大規模な熱を作る為の巨大炉も無ければ煤を排出する巨大な煙突等も存在しない。
とはいえ小型の炉もある事はあるが作業の補助として使うだけでそれをメインに据える訳では無い。
どちらかと言えば俺達が空想するような錬金術師の作業場の様な場所、それがレジェンダリアの主な工房だった。
(まぁ自分の国のど真ん中に世界樹立ってたら空気悪くする様な事は憚られるわな)
現にそれ関連の法律もあるみたいだし、と脱線した思考を戻して俺は地面に着地したグラシャラボラスから降りて工房の戸を叩く。
「カロさんいらっしゃいますかー、お届け物です」
扉の奥からとたとたと階段を駆け下りる音が響き、そう時間を掛けずに戸が開かれる。
出てきたのは作業着に身を包んだエルフの女性、カロと呼ばれた彼女がこの工房の主だ。
「おぉ、ギルドからの依頼?」
「はい。今後の武具製作に用いる燃料や替えの工具一式、あと本人の希望という事で昼飯を持ってきました」
アイテムボックスから取り出した工具箱や紙包みを渡す。
カロは渡された物に過不足は無いか確認していたが特に問題ないと判断したのか一つ頷いた。
「いやぁ、自分が依頼した事ではあるけど昼飯まで注文して悪いね。はいこれ報酬の2千5百リルと薬効包帯ね」
そう言ってカロが渡してきた報酬金と自然回復力の増加を促す包帯を受け取ってアイテムボックスに仕舞いこんだ。
それじゃあ次の依頼人の下へ行こうかと考えて、その直後にカロに呼び止められて足を止める。
「……ねぇ君、ちょっとうちに来ない?」
「え、いや用事が」
「そう時間は取らせないからさ、ほら上がった上がった」
強引に右腕を引っ張られ、俺はカロの工房内にお邪魔する事となった。
◇――◇――◇
「その左腕はどうしたの? 元から?」
「いや、諸事情で左腕刎ね飛ばされてて」
「左腕作らないの? 義手作ったり【司祭】に治療を頼んだりとか」
「まぁ余程の事が無い限りこのままにしとくつもりですけど」
応接室の様な空間でカロは俺に背を向けて自分のアイテムボックスを漁りながら幾つか質問をしてきていた。
これも違うそれも違うと呟きながらあまり関係無さそうな質問をしてくるのだが、ちょっと時間に余裕が……。
「君の髪綺麗だね、最初女の子かと思っちゃった」
「ご冗談を……」
確かに自分で伸ばしはしたが流石に女と見間違われるほど容姿は女性的ではない。まぁ特に気にすることも無く流している辺り本当に冗談だったのだろうが。
「そんくらい長いと色々遊べて良いよねぇ、髪型にこだわりとかある?」
「いや、戦闘で邪魔にならなければ」
「それなのに切らないんだ、何となく?」
「えぇ、まぁはい」
カロがそっか、と得心がいった様に頷き、アイテムボックス漁りをやめてこちらに向き直る。
「うちの試作品あげるよ、追加報酬って事で使ってみて」
そう言ってカロがこちらに差し出したのは大体15センチ程の長さの棒。一瞬箸かと思ったが片側についている鬼灯の飾りを見るにどうやらこれは簪のようだ。
鬼灯の簪を受け取り色んな角度から眺めているとカロが鬼灯の飾りに手を伸ばす。
何を、と言う前にカロの手が触れた鬼灯の飾りが光り、飾りがついている簪の尻の部分に穴が開く。
「簪型アイテムボックスの雛形さ。どうにか自前でアイテムボックスを作れないかと試行錯誤はしたんだが結局神造ダンジョン産の物に手を加えるくらいで手一杯なんだ。今はね」
欠点は入口の細さかねぇと耳を弄るカロだったが、ある程度自分の思い通りにアイテムボックスを改造出来るというのは、もしかして素晴らしい技術による物なのではないか。
彼女は卓越した技巧の持ち主なのかもしれない。
「入れられるとしたら液体くらいなもんだけど液体だけなら一池くらい入る余裕はあるから、ささやかな店の宣伝ついでに使ってみてくれない?」
「じゃあありがたく使わせてもらいます」
早速使おうと思い俺は今まで髪を留めていた髪飾りを抜き去った。
はら、と暗い海の様な色の髪が広がって背中に流れ落ちるのをそのままに鬼灯の簪を手に取る。
「いやぁ、綺麗な髪だねぇ。君にそれ渡して良かったよ」
「カロさんの髪も綺麗ですよ。というか不躾ですけどエルフって自分の容姿に自信を持ってるってイメージだったんですが」
羨ましいと言われて驚いたと告げるとカロは口元を押さえて笑った。
「皆そう聞いてくるよ、私は別に自分の髪に馬鹿みたいなプライドは持ち合わせちゃいないしそもそもエルフは一部を除いて高慢な奴もいないしね」
マスターのエルフに対する認識が皆揃ってこんななんだもの、笑っちゃうよねぇ。そう言って配達した昼飯を入れたカゴに手を伸ばすカロ。
まぁそれも当然なのかもしれない。この国はエルフの国ではなく様々な種族が所属するレジェンダリアなのだから。
そんな事を考えながら俺は鬼灯の簪を髪に――
「……」
「ふっ、くく」
俺の醜態を見たカロが弁当を口に含みながら笑いを堪えていた。
(やっぱり左腕何とかしないとな)
片腕じゃ、髪を留める事すら出来やしない。
◇――◇――◇
結局ウィンドウを開いてシステム的に簪を装備した俺はカロの工房を後にして、その後もギルドに張り出されていたお使いレベルの依頼を着々とこなしていった。
いやしかしあれだな。初めてのフルダイブでかなりテンションが上がっていたが本来のMMOはこういった塵の様な経験値をしこたま溜めて山にする物だよなぁとしみじみと思う。
勿論ゲームなのだから遊び方は人それぞれだが、俺にとってこういう下積みの様なクエストは受けてて楽しいものだ。黙々と己の積み上げてきた物を眺めるのは四人には計り知れぬ悦びを齎してくれる。
という訳で今日の成果はこちら。
【旅人】LV48
【行商人】LV19
【槍士】LV6
【従魔師】LV1
うん、新しく【従魔師】のジョブを手に入れた。一応【行商人】のレベル上げが先決ではあるがそろそろ新しいジョブを手に入れてもいいと思えたのだ。
元々グラシャラボラスの《茜色の群火》の火力を上げる為に一人でパーティーメンバーを増やせるジョブを手に入れようと考えており、【従魔師】、【召喚師】、【死霊術師】、【人形師】で悩んだのだが最初は【人形師】が一番合っているように思えた。
【召喚師】、【死霊術師】は戦闘中に魔法スキルと通常スキルの両立がまだ難しいので却下。となると【従魔師】と【人形師】で悩み、人形を存分に使い潰せる【人形師】にでもしようかと思ったのだが……。
埒があかないので困った時の総合掲示板、【人形師】と【従魔師】が獲得可能なスキルを比べて見て――グラシャラボラスの後押しも受けて速攻【従魔師】のジョブをゲットしに行った。
俺を、俺達をそこまで駆り立てたのは【従魔師】が持つスキルの一つである《魔物言語》。内容は非人間範疇生物言語を解するパッシブスキルで、どの範囲まで翻訳してくれるかは分からないが自分のエンブリオなら《魔物言語》の効果対象だと掲示板に書いてあった。
このスキルがあればグラシャラボラスと意思の疎通が出来る。今でもフィーリングで意思疎通出来てはいるがあまり細かいことは分からないのだ。
「……グラシャラボラス」
早速グラシャラボラスに話しかける。
「『……何だ?』」
口を開いたグラシャラボラスからいつもの鳴き声とは違う声が聞こえる。相棒と言葉を交わす事ができるのがなんだか無性に嬉しくなり、グラシャラボラスの背に乗っていた俺は相棒の首元に顔を埋める。
「『私も嬉しいよ、だが良いのか?』」
「構わんよ」
グラシャラボラスは貴重な下級職の枠を【従魔師】に割いてしまった事に思う所がある、訳では無い。候補に上げていた中では【従魔師】が最も受ける恩恵が多く、初期コストが高い以上のデメリットは無いので【従魔師】のジョブを取る事自体には俺もグラシャラボラスも賛成であった。
であれば何に配慮しているのか。それはグラシャラボラスが俺のパーソナルから生まれたエンブリオである事に起因する。
一度考えた事がある。何故グラシャラボラスなのか。ガードナーのエンブリオであるなら人型である方が相棒足りえるのではないか? 現にそういう前例もある訳だし。
俺のグラシャラボラスがそうなっていないのは、偏に俺が無意識の内にそう願っていたから。俺の心に寄り添う唯一無二の存在を求めながらもその相棒から感情を口に出す事を拒んでいる……、言い方は悪いが俺は都合のいいペットとしてグラシャラボラスをエンブリオとして生み出したのではないか、そんな事まで考えてしまう。
もしそれが事実なら、《魔物言語》でグラシャラボラスと言葉を交わす事が本当にグラシャラボラスの為になるのだろうか? はっきりとした意思の疎通ができる事でグラシャラボラスを拒んでしまったら俺は彼に顔向けできない。
だから俺は【従魔師】を取る事を選んだ。
俺のトラウマから逃れる為にグラシャラボラスという逃げ場を作ったとしても、俺はこの世界の全てに向き合うと【静界蜂針 サイレンサー】を退けたあの日に決めたんだ。
すまんねグラシャラボラス、何から何まで俺のエゴだった。あの日に固めた決意も不意にひび割れて不安が零れ出る。それでも、それら全部ひっくるめて俺はお前と話したい、不安にさせてごめんなグラシャラボラス。お前は、……俺の相棒だ。
「『……そんな改めて言う事でもないだろう、元より私はそのつもりだよ』」
「ありがとう、お前と喋れて嬉しいよ」
未だにグラシャラボラスの首元に顔を埋める俺を背に乗せて、俺の相棒は仕方無いなと歩を進めた。
「……ん」
グラシャラボラスが歩みを止めたのに気付き、顔を上げる。
そこはかつて見た草原と一面の花畑、ここは……。
「『気付いたか、向かうべき場所も無かったから私の好きなここまで歩いてきた。私がマスターと初めて会った場所だ』」
「何か、懐かしさすら感じるな」
色々な事が重なったからなとグラシャラボラスが俺を降ろしながら言う。
まぁ実際問題デンドロ初めて一週間と経たずに様々なイベント……と言うとあれだが予期せぬ事ばかり目白押しの状態で正直こうして心を落ち着ける暇も無かった。ゲームなのに。
「『らしくも無く変な事を考えているのもそういう精神的な疲労からではないか? 少し休むべきだ』」
グラシャラボラスの言葉に従い草原に腰を落とす。
「『マスターが私に対してこの先どんな事を思うのかは分からないが』」
グラシャラボラスも草原に座り込み、こちらに顔を向ける。
「『私はこの場所で生まれてから一度足りとてマスターを否定した事は無いよ』」
「……はっはは」
気遣われてやんの。
とっくの昔に解決した問題に頭を悩ませていたのは俺だけだった、全く情けないったらありゃしない。
高々一つのスキルでこんなに悩む必要など無いのだと言外にそう言ってくれたのであろうグラシャラボラスの頭を撫で、草原に寝転がって青空を眺めた。
ネビロスのエンブリオ形成時の参照パーソナル
「己を知られる事への恐怖」「友への羨望」「心を預けられる相棒」「未知への期待」等々。
トラウマ云々は既にテルモピュライと会う事でかなり緩和されてます。時たま不安として表面化する事もあるでしょうが、グラシャラボラスと共にいるのならもう問題にはならないでしょう。
最初は【人形師】を取得させる予定でしたが全体的な戦闘力の上昇とか諸々考えて【従魔師】に路線変更しました。