「さて、と」
あの後結構狩り続け、【旅人】のレベルが10を越えた所で一旦狩りを中断する。
森の木々から木の枝とツタを数本拝借し《即席合成》で作った簡易的な椅子に腰掛け、一息つく。
考えるのは将来的にどうするか。適正診断カタログで【旅人】と【行商人】の二つが出たのだからそれを生かしていこうと思ってはいる。
ならば――
「世界を股に掛ける神出鬼没の商人か、宅急便じみた事をしても良いかもな」
どちらにしたってロマンがある、とても良い事だ。
後は下級職の残りでどの戦闘職を取るかだが……エンブリオが生まれてからと決めてはいるが、やられる前にやるの奇襲特化がやりやすいのではないかと思い始めている。
シナジーのあるエンブリオが産まれるといいのだが、楽しみにしていよう。
モンスターの狩りを再開するもすぐにアイテムボックスが一杯になってしまった。《過積載》を使えばまだ詰め込めるが機動力が削がれるのは避けたい。
一旦売りに行くかと俺はレジェンダリアの首都である霊都へと帰った。
「おっちゃんこれ幾ら?」
「ん? あぁゴブリンの牙は10本で1リル、ラビットの毛皮は1個で2リルだな。最近はマスターが増えてそういった素材は余り気味なんだ、職人連中は「研究材料が増えた」っつって喜ぶがな」
なるほど、確かにプレイヤーが来る日も来る日もモンスターを狩り続け、生産職じゃない戦闘職が売りに来ればそうなるか。時価があるのは地味に厄介だな。
雑魚の素材は端金で売れたがアイテムボックスの空きを作るのが目的なのでこれでいい。
「あんがとよおっちゃん、所でマスターって何ぞ?」
「おん、知らんのか。<マスター>ってのはお前さんみたいに左手に紋章を刻まれ<エンブリオ>を従える不死身の人間さ、しょっちゅう別世界に飛ばされてるの見ると羨ましいとは言えんがな」
「おっちゃんみたいな何もない普通の人間は?」
「<ティアン>っつーんだ、何もないとは言うがな、これはこれで存外気楽なもんだ。近頃では自分が<マスター>になろうとしてる<ティアン>もいるがな。お前も気をつけろよ」
「そっか、すまんねおっちゃん」
なるほどね? プレイヤーは<マスター>、NPCは<ティアン>か、これは本当に考えて行動しないと好感度減少イベとかあるかもしれん。
そして自分が<マスター>になろうとしてる<ティアン>……一般人らしきおっちゃんにまでそういう噂が広まってるって事は割りと大々的に動いてるのか?
おっちゃんの店を後にし再び森へ向かう――事も無く、露店で軽いものを買いながら霊都の中を見て回った。
「飯が美味いってどうなってんだか」
電気信号云々と言われれば専門外の俺は閉口せざるを得ないがそれにしたって今俺が食ってる鳥串の直火焼きの匂いまで再現できるというのは何と言うか、ちょっと怖い。
そんな事を思いつつ俺は先程油断して森の深部へ足を踏み入れてしまった時の事を思い出す。
そこそこレベル上がったしソロでも行けるだろと森の深部へと向かい最初にエンカウントしたのは【リトル・ゴブリン】×12と【ホブ・ゴブリン】×2という物量の暴力。ターン制バトルだったら俺が敵を一体倒してもその後13回も攻撃を食らう羽目になる。
まぁ逃げるさ。一列になって追いかけてきたゴブリンの群れを途中で振り返って槍で刺しを繰り返して【リトル・ゴブリン】は全滅させられたが、【ホブ・ゴブリン】は知性が高いのか二体目の【リトル・ゴブリン】がやられた時点で森の奥深くへと帰って行った。
そんな経験を通じて痛感するのは、ソロはキツイって事。
「唯でさえ戦闘職取ってないし当たり前なんだが、仲間が必要だなぁ」
で、あれば同じマスターでパーティーメンバーを募るのかと言われればそうではない。現実の方で時間が取れず狩りが出来ず遅々としてレベルが上がらないという事が侭あるからだ。というか過去に別ゲーであった。
あの時はテルモピュライに協力してもらって何とかなった訳だが頼みのテルモピュライもデンドロでは割と急がしそうにしているのでパーティーメンバーを組むには適さないだろう。
故に選択するは【従魔師】或いは【召喚師】である。戦闘職無いっつってんのに。
「まぁ楽しけりゃそれでいいだろ、……おん?」
当てもなく歩いているといつのまにか、賑やかな大通りから自然公園とでも形容すべき広々とした大自然が広がる空間へと踏み込んでいた。
遠目からでは区別は付かないが<マスター>と思しき人達も見受けられるので立ち入り禁止区域ではないようだ。
「……そういやこんな平和な自然を見るなんて何時ぶりだろうか」
マンションに引き篭もってからは俺の世界は家の中だけだった、外に出て公園に行くなんてそんな事、考えたことも無かった。
あぁでもこうして見てしまうと、もう駄目だ。
この世界への憧れが溢れ出る。隅から隅までを己の眼に焼き付けたい。現実世界の蓮が出来ない事がネビロスなら出来るんだ。
――ならやろう、それが俺の「自由」だ。
そう決意を決めた俺の左手の甲に衝撃が迸る。
左手の甲に埋め込まれた卵形の宝石に亀裂が入り眩い光が視界を埋め尽くす。
思わず目を瞑り、光が収まった時俺の目の前にいたのは、黒曜の毛皮と巨大な黒翼を持つ大狼であった。
あぁ、こいつが俺の、俺だけのエンブリオ。
「これからよろしくな、相棒」
そう言うと、そいつは任せろと言わんばかりに咆えたのだった。
◇――◇――◇
「よぉーしよしよしよしよしよし!」
「バフゥ」
「おーい来たz……何やってんの?」
一先ずテルモピュライにエンブリオが産まれた旨を一度現実世界に戻ってメールで伝え再度ログイン。テルモピュライが来るまで暇だったので手慰みに俺のエンブリオを撫でてみると思いの外毛並みが良く、エンブリオももっと撫でて欲しそうにしてたのでずっと撫でてました。
それをテルモピュライが来るまでずっと続けてたもんだから当の本人から変な目で見られてしまったが構うまい。
「という訳で念願のエンブリオが産まれました!」
「おめでとさん、性能は?」
「待ってろー、えーと」
グラシャラボラス
TYPE:ガードナー・テリトリー
到達形態:Ⅰ
ステータス補正
HP補正:E
MP補正:F
SP補正:G
STR補正:F
END補正:G
DEX補正:E
AGI補正:D
LUC補正:G
「グラシャラボラス……」
「ネビロス、お前顔にやけてるぞ」
当たり前だ、俺は今とても興奮している。
グラシャラボラスという名は結構色々なゲームで使われているが元ネタは悪魔学における悪魔の一柱であり、かの有名なソロモン72柱にも名を刻まれている。そしてそのグラシャラボラスはネビロスの支配下に存在し、ある本には「ネビロス(あるいはナベルス)がときどき乗用に使う従僕にすぎぬとされている」と紹介されている。
つまる所俺にとってこれ以上無いエンブリオが産まれてくれた訳だ。
ステータス的なものは無いのかとテルモピュライに聞いたところ基本的にエンブリオにはマスターのように細かいステータスは無いらしい。アームズだけは武器としての性能が書いてあるらしいが。
エンブリオのカテゴリーはガードナー・テリトリー、これどうなるんだ?
「稀にハイブリッドカテゴリーのエンブリオが産まれるってのは聞くな、俺は違うが。ハイブリッドカテゴリーは別々のカテゴリーを使い分けるスイッチタイプじゃなくて能力が混ざるんだよ、分かりやすく言うとガードナー・チャリオッツとかなら自立行動可能なパワードスーツみたいになる。お前の場合は……まぁ何の要素が混じってるかは分かりやすい方だな。エンブリオのスキルを見てみろ」
テルモピュライの言うとおりグラシャラボラスの保有スキルを見てみる。
『保有スキル』
《インビジブル・マーチ》LV1:マスター【ネビロス】のパーティーメンバーをスキルレベルに応じ透明化させる。透明化させられる人数は、【ネビロス】+【グラシャラボラス】+【スキルレベル×n】人。アクティブスキル。
《茜色の群火》:パーティーメンバーの総合レベルに応じた威力の火球をパーティーメンバーの総数分吐ける。アクティブスキル。
「だってよ」
「何ィいいいいいい!?」
グラシャラボラスのスキルの詳細を聞いた途端驚愕の声を上げるテルモピュライ。
そしてノータイムで俺に対して土下座を仕掛けてきた。
「頼むッ! お前のグラシャラボラスの力を貸してくれェッ!」
「えぇ、急にどうしたお前」
「お前のッ、お前達の力が必要なんだァ!」
「うるっせーな叫ぶな! 周りの人が注目してるから!」
その後何とかテルモピュライを立たせ場所を変える。大通りに戻り個室が選べる料理店――ペットOKな店だった――で詳しい話を聞くことになった。
代金はテルモピュライ持ちだと言うのでグラシャラボラス用に厚切りステーキを頼み、何故先程はいきなりあのような行動を取ったのかと聞き出す。
「実は……」
「実は?」
俺の催促にテルモピュライは幾度もの死線を掻い潜ってきた猛者としての顔を見せてきた。
普段は俺以上に様々なゲームでバカやってる友人だが、過去に何回か絶対に引けぬ戦いに身を投じる時、今の様な硬い声を出していた。
どれほどの頼みなのかと冷や汗を流しかけた頃、テルモピュライが口を開く。
「……【妖精女王】の風呂が覗きたくて」
「帰るぞグラシャラボラス、レベル上げの続きだ」
「アウッ」
「待ってくれ!」
クソみたいな理由であれほどの土下座をかました事にほとほと呆れ返りすでに厚切りステーキを食ったグラシャラボラスを連れて個室を出ようとするとテルモピュライが泣きついて来る。
テルモピュライの纏う鎧が重しとなって一歩も動けなくなった。
「ええい離せ変態! そんな犯罪行為に俺らを巻き込むんじゃあない! つーか【妖精女王】ってレジェンダリアのトップじゃねぇか指名手配もんだわ!」
「バレないって!」
「お前国家元首舐めてるだろ! 下級職でしかもこっちに来て一日も経ってない奴当てにすんな!」
グラシャラボラスに引っかき攻撃を指示したりしてどうにかテルモピュライを引き剥がすと悲しみに暮れた様にしくしくと泣き崩れた。が、全く罪悪感が湧かない。
前から元気な奴だったがそこまで変態ではなかった筈、一体何がこいつをここまで駆り立てたのだろうか……。
深く溜息を吐くと、今いる個室の窓からコンコンという音が聞こえた。目をやると碧い小鳥が窓を突いている様だった。
それを見たテルモピュライは立ち上がる。
「おっと、ダチに呼ばれちまった。いつか絶対お前の首を縦に振らせてやるから覚悟しておけ!」
じゃあな! と先程の悲しみの残滓すら見せず、俺にこの店の代金を渡して去っていった。
しかしテルモピュライの交友関係が広い事に驚いた、まぁ人当たりのいい性格をしているからリアルで人気者だったとしても何ら不思議ではないか。
「ガウ?」
「……何でもないよ」
とことこと近づき俺を見上げるグラシャラボラスにそう言って頭を撫でてやる。
個室から出て料金を支払い、再び大通りに戻って考えるのは俺のエンブリオである【グラシャラボラス】とシナジーのあるジョブについて。何とも都合のいいスキルを持って産まれてきてくれたので最初の想定から殆ど変わらずにジョブを取れそうだった、目指すべき最終地点は、普段は己の相棒と共に世界を旅する行商人だが戦う時はテイムしたモンスターたちをグラシャラボラスによって透明化させた不可視の軍団を率いて先手必勝で圧殺する。
いいね、ロマンがある、これで行こう。
「――と、そういえば。グラシャラボラス、お前俺を乗せた状態で飛べるか?」
「ルルゥ……」
グラシャラボラスは悔しげに、力なく首を振る。心なしか翼も萎れている様に見える。
「ま、仕方無いさ、お前はまだまだ成長できるんだ。いつか一緒に世界を回ろうな?」
「アウッ」
絶対、という意思を感じる一咆えを頂き、さぁ再び森へ行こうかと考えたタイミングで何者かに行く手を阻まれた。
「もし、マスターの方でしょうか?」
「……? えぇまぁ」
フードと一体型の体全体を覆い隠す外套に身を包み両手には手袋が付けられている為に<マスター>か<ティアン>かの区別もつかない。
分かるのは声音から女性であるという事とフードの隙間から見えるのが銀髪だという事くらいか。
「ここでは人目につきます、付いて来て頂けますか? 依頼したい事がありまして」
グラシャラボラスと顔を見合わせるが、まぁ初クエストだし受けるよね。もし騙されてて強盗の類だったとしても重要なアイテムは何一つ持っていない訳だし。
聞くだけならタダだろう。
「分かりました」
「では付いてきて下さい」
そう言って路地裏へと歩を進めるフードの女性に付いて行き、辺りから人の目がどこからも無くなった頃、先導していた女性がそのフードを外す。
流れるような銀髪に少し尖った耳、そして血の様に赤い瞳。喋る際に一瞬見えた八重歯にしては長い牙も、俺の中で確立していく種族の特徴を裏付ける物だった。
「吸血鬼?」
「その認識で構いません、実は私の主がある物を欲しがっておりまして、私だけでは入手が困難なのです。マスターである貴方に手伝って貰おうと思ったのですが……受けて頂けますか?」
「……その主ってのは」
「我ら吸血鬼が公主、【真祖】の一人娘です。普段滅多に我が侭は言わないのですが一体何が琴線に触れたのか……、返答は如何に」
若干疲れ果てている感じの溜息を吐きながら、俺に依頼を受けるのかどうかを問う視線を向ける。
初のクエストとしてはちょっち特殊だがこれは受けるしかないだろう、お偉いさんが依頼主なら報酬も期待できそうだ。
「受けるよ、俺達でいいのなら」
「ゥグア!」
【クエスト【希少な果実探し――アンブロシア 難易度:三】が発生しました】
この世界に来て初めてのクエスト、開始である。
色々感想とか参考にした結果グラシャラボラスのステータス部分をばっさりカットしました。現状は2.5ネビロス位です。
【群幽褐虚 グラシャラボラス】
・黒曜石の様な色の毛皮と翼を持つ大狼。
・体長は第一形態だと約1メテルほど、普通に飛べるがネビロスを乗せたまま飛行はまだ無理。
・ネビロスの考えている事は分かるがグラシャラボラスからネビロスに意思を伝える手段は無い。
・《インビジブル・マーチ》透明化。パーティープレイでの恩恵は高いがネビロスとグラシャラボラスだけでも十分実用可能なレベル。
・《茜色の群火》こちらは逆にパーティーメンバーがいればいるほど強いスキル。インフレが加速してるデンドロでの戦いでは役に立ちそうも無いがかく乱と「高威力の火球をばら撒ける」という点を見ればそこそこ優秀ではある。