レジェンダリアが有するとある森の奥深くにて、それは数多の配下を従えて数多くの書物の前で座っていた。
本の種類は様々であり、統一感の欠片も無かったがそれらは例外無く読み古されており本の持ち主が幾度と無く読み返したであろう事が窺える。
「フゥム、ヤハリコノ果実ノ利用法ガ書イテアル本ハ無カッタカ」
呼んでいた魔法媒体の本を閉じ、他の本を開く。配下のゴブリンが特に用も無く本を持ち出そうとするのを止め、鍛錬に向かわせる。そろそろ【剣聖】のスキルを学ばせようかと思っていたが時期尚早か?
「グゥ、コレ」
「ム?」
配下の【ホブ・ゴブリンウィザード】が一冊の本を差し出す。確か収奪した当初から古ぼけて碌に読めないまま放置していた本の筈、これは……。
「カスレテルトコ、カキナオシタ」
「何?」
ウィザードの差し出した本を受け取りパラパラと捲る。かつて文字のインクが見えなかった所が配下の手によって書き直されている。文脈等に不自然な箇所は見受けられなかった為に、どうにか掠れている箇所を解読して復元したのだろう。
「良クヤッタ」
「ギィ」
嬉しそうに目を細めるウィザードが他の本に手を付けるのを尻目に本を読み進める。
どうやらこの本は古い錬金術を扱う為の指導書の様な物らしく、必要な器具や材料、それを用いて作れる物なども明記されていた。良く解読出来たものだ。
配下のゴブリン達の学習が予想以上の所まで来ていて驚きである。
「……ム」
このページは、
「デンレー! デンレー!」
ある項目を注視しようとしたが、塒にしていた洞窟内に斥候に向かわせていた配下が転がり込んでくる。
普段であれば一発殴る所だが転がり込んで来た配下の鬼気迫る表情にただ事ではないと悟り、何事かを聞く。
「何ガアッタ」
「ドラゴンガクル!」
想像を遥かに上回る凶報であった。
この情報を伝えに来たゴブリンもバカではあるが能無しではない。ここに揃っている戦力をこいつは全部知っている。
知っている上で慌てたのだ。頭目に知らせねば大変な事になると。
手に持っていた本を閉じ、立ち上がり声を上げる。
「ウィザード! パトリアーク! 来イ!」
洞窟内に響き渡る声に呼応するように二体のホブ・ゴブリンが立ち上がる。
黒い布を纏い一本の長杖を持つ【ホブ・ゴブリンウィザード】と白い布を纏い短杖と儀礼剣を持つ【ホブ・ゴブリンパトリアーク】を携えて洞窟を出る。
洞窟の外では多くのゴブリンが逃げ惑い、それでも武器を手放さずに洞窟の入口を守っていた。そんな配下の恐怖の向かう先には報告通り、一体のドラゴン。
地を踏みしめる四肢の形状から海竜種ではないだろう、一対の巨大な羽を持っている所を見るに地竜種ではなく天竜種で確定か。しかし、我々ゴブリンからすれば途方も無い巨躯ではあるが本来の天竜種と比べると少し痩躯にも見える。
そんな紫の鱗を持つドラゴンがこちらを見る。
どうしようもない敵相手には逃げろと言った事が守られている様で何よりである。
「お前がこの塵の主か」
配下を塵と呼ばれた事に苛立ちを覚えるがこのドラゴンの大体の性格は把握した。
大方、どこかの山の主である天竜種の子だろう。長い事玉座に座って戯れに外へ出た、そういう奴はこんな風に自分以外、というか天竜種以外をゴミとして見る。
(マァ例外モイルガ。オット)
「ソノ通リダ、ココニハ何用カ?」
「ふん、塵の癖に尊大な態度だな。まぁよい、私は今気分が良い」
寛大な心で許してやろう、などとのたまう目の前のドラゴンに笑いが込み上げてくるが堪える。ここで切りかかっても配下のゴブリン達が甚大な被害を被る事は想像に難くない。
確実に殺しきれるのであれば使い潰しても構わないが、今はまだその選択が取れるほど情報が集まってはいない。
「ここへは強大な魔力を求めてきた」
「魔力?」
あぁ、とドラゴンが羽を広げる。
「私の力を更に高める為、各地の自然魔力を喰って来た。そんな私の鼻が囁くのだよ、ここに濃密な自然魔力があると」
「ソンナ物ガ……」
狙いはあの果実か。
だが焦りは態度には出さない。やる事は変わらない、いつもの様に観察し、学習し、配下に還元するだけだ。
「そう、聞きたいのはそれなのだ。恐らくここには魔力が大気に散布されているのではなく水や、または結晶のように高純度に固形化されている状態だと思われるのだ」
ずい、とドラゴンが歩み寄り、顔を近づける。
「私の鼻が告げるのだ。――お前、何を隠している?」
形式こそ問いかけではあったが、嘘を吐いた瞬間殺すという意思を感じた。……視認できる毒、瘴気は無し、と。
「確カニ今ソレに当タル物ハ持ッテイル」
「よかろう、出せ」
まぁそう来るだろうな。断られるとは微塵も考えていない様子でさも当然のようにドラゴンは告げた。
ドラゴンの中では既にその魔力の塊を得た認識なのだろう。
確かにそれを出せば気が変わりさえしなければ被害を出さずにドラゴンを追い払えるだろう。
だが。
「断ル」
「……は?」
「オ前ノ求メテイル物ハ俺ガ手ニ入レタ物ダ、オ前ニ渡ス道理ハ無イ」
そう言い放ち、ついでに今まで沈黙を保っていた背後のウィザードとパトリアークにハンドサインで戦闘準備をさせる。
そんなやり取りなど気付かないドラゴンは怒気を漲らせ、震えた声でこう言った。
「もう一度だけ、答える事を許そう。お前の持つ、魔力の塊を寄越せ」
「断ル、聞コエナカッタノカ? 貴様ノ求メル物ヲ渡ス気ハ無イト言ッタノダ」
言い切った直後、ドラゴンの周囲に無数の魔法陣が展開される。見たところ全て同じ物に見える。
ウィザード、パトリアーク、あれらは脅威になり得るか?
「アレ、ゼンブショウカンマホウ」
「マリョク、ツカッテナイ、アクシデントサークル、オウヨウ」
小声で伝えてくれたウィザードとパトリアークの言葉を反芻し、嗤う。
「死にたいのか?」
「何時マデ脅シシカシナイツモリダ? 些カ拍子抜ケダナ、ソンナ物ニ拘ッテナイデ自分ノ足デ探シニ行ケバイイモノヲ」
ドラゴンは殺気を込めてこちらを睨みつけるが、今更そんな物で痛痒を感じはしない。
「塵が……ッ!」
「俺ハコノ者達ノ王ダ、塵ト侮ッテ後悔スルナヨ?」
背中の剣を抜き払い、高らかに宣言する。
「来ルガイイ紫竜ヨ! 貴様ノ放ツ全テヲ砕キ、我々ハ貴様ノ命ニ牙ヲ突キ立テル!」
直後、怯えや恐れを纏わせていた配下のゴブリン達から負の感情が消え失せる。
闘志と敵意を迸らせ、配下のゴブリン達が戦闘準備を整えた。この統率だけは幾度と無く学び、蓄えてきた。
両者の殺意は一触即発の領域にまで高められ、もはや激突は避けられない――
「あぁ、やめだやめ」
――筈だった。
ドラゴンから戦意が急激に失われる。
臆したかとドラゴンの眼を見るが、苛立ちや憎悪といった感情が欠片も浮かんでいなかった。
「こんな事に無駄に魔力を使いにに来たんじゃないんだ、【餓鬼王 グレイロード】、君と共同戦線を組みたい」
「……ハ?」
意味が分からない。何故お前がその名を知っている? 共同戦線とは何だ? 何故急にそこまで態度が変わる?
最早訳が分からなかった。
「こちらが素だよ、まぁ傲慢に映るように勘違いさせたからその困惑は最もだけども」
ドラゴンが翼を閉じて魔法陣を消し去る。
武器は構えたまま、問い掛ける。
「何が目的だ?」
「それはどっちの意味で? 急にこんな事をした目的? それとも共同戦線を張る意味? まぁどっちも答えようか」
そうしてドラゴンはつらつらと答えていった。
そもそもドラゴン――【魔竜王 ドラグマギア】がここに訪れたのは今保有している例のアンブロシアの果実の匂いを辿ってであるのは間違いないが、レジェンダリアに訪れた理由は全く別だ。
【ドラグマギア】の目的は、アムニール。レジェンダリアの根幹たる世界樹を喰らう事を目的としていた。
しかしその為には障壁がある。レジェンダリア所属のティアンとマスターである。【ドラグマギア】であれば数の優位は容易に引っくり返るが、どうしたって時間は向こうの味方である。
確実に敵を葬り去れる量と質を提供出来る仲間が欲しく、丁度良くそれに該当しそうな奴を見つけた為馬鹿な天竜種を演じてどう動くかを見ていたという。
「ソレデ、オ前ノ目的ニ協力シロト?」
「まぁ端的に言えばそうなるね」
【ドラグマギア】と会話を重ねる内にすっかり戦意は削ぎ落とされていた。配下のゴブリン達をウィザードとパトリアークを除いて全員洞窟に戻らせ、【ドラグマギア】と対面で会話を交わす。
「配下ノ命ヲ無駄ニ散ラスツモリハ無イノダガ」
それなのだが、と【ドラグマギア】がずいと顔を近づける。
「何も私は君達に特攻を強要する訳じゃ無い、むしろその逆だ。私はね、君達の大移住に協力したいとすら考えている」
ザワリ、と肌が粟立つ。露骨に焦りを見せたのを見られたのかウィザードとパトリアークがこちらを見上げる。
何故。何故、お前が知っている? 配下にすら一言も告げていないというのに。
「意思というものは魔力に多大な影響を及ぼす、多大なと言っても私の鼻で漸く捉えられるほどの変化だが、それでも本人の意思に酷く影響を受けやすく、容易に形を変えるのにかわりは無い。……随分と後ろ向きな匂いがするなぁ?」
記憶にあるような傲慢を体現したドラゴンではなく、かつて一度目にした妖精女王の様な清廉さを持つ訳でもなく、もっとおぞましい、闇の様な悪辣さを内に秘めた目でこちらを見やる。
「私なら、君の、君達の移住を助ける事が出来る。なぁに代わりに私と共に戦ってくれなどと言う訳では無いさ、元より君は強きものに従うといった思考は持ち合わせていないものなぁ? だから君達は君達の思うがままに行動するといい、何なら私を隠れ蓑にしたっていいだろう。大々的に動けば君達はあの街の者達に感づかれてしまうかもしれないからなぁ、しかしそれに関しても問題は無かろうよ。君達が持っている自然魔力の固まりを一つのマジックアイテムにしてあげようじゃないか。数百の軍団を纏めて任意の場所に飛ばすアクシデントサークルを故意的に作り出す物だ、中々に魅力的ではないか? 考えていた移住の手間をたった一つのマジックアイテムで省略できるのだから君にとっても素晴らしいと思える物の筈だ、なぁに心配はしてくれるな、マジックアイテムを作る事は得意なのだ、万に一つも失敗はありえない。何せ私は【魔竜王 ドラグマギア】なのだから代価として君の配下全員にとある魔法をたった一つだけ掛けさせて貰うだけで良い。それだけで、私が大規模転移のマジックアイテムを作り、かの霊都へ蜂の巣を突いたような被害を巻き起こし、騒ぎの中心として私が敵の前に立ち、君達から注意を逸らそうではないか。どうかね? 中々に君達にとって利のある提案だと思うのだが果たして、返答は如何に?」
か細くつらつらと途切れる事無く告げられた【ドラグマギア】の言葉はこちらの行動の選択肢を一つずつ廃していき、呪いの様に心中に積もってゆく。
尚も一層【ドラグマギア】が近づき、その一対の羽で外界を遮断するようにこちらを包み込む。そうした状態で【ドラグマギア】の話を聞いていると、とても良い案に思えてきた。
移住の最大の関門であった手段と敵対者が一度に解決するのなら、【ドラグマギア】に協力しない道理は無いだろう。ならばこの話を受けたって――
「――【ハイエンド・オールマインド・レジスト】」
視界が開け、意識が覚醒する。と同時に大剣を抜き、近づけてきていた【ドラグマギア】の顔を下から振り払い、【ドラグマギア】の首、または逆鱗目掛けて突き刺そうとするが、あっさりと避けられる。
「……良クヤッタ、パトリアーク」
「アヤツラレテル、オウ、ミタクナイ」
危うく、あの瞬間まで【ドラグマギア】の精神支配に掛かりかけていたが、パトリアークの魔法でどうにか持ち直した。
自分だけでなくウィザードやパトリアークも精神支配の範囲内だったようだが、パトリアークだけは持たせていた略奪品の【健常のカメオ】で難を逃れたようだ。
「……ふふ」
「何ガオカシイ」
「いやぁ? 良い仲間を持っているね」
【ドラグマギア】が不気味に笑う。何となく、嬉しそうに見えた。
最初、傲慢な態度のまま怒りに任せて魔法を行使しようとしていた時は浅はかなドラゴンだと考えていたが、今の【ドラグマギア】は底が知れない。
「ともあれ交渉は決裂かな?」
「交渉ナドト言イナガラ精神ヲ操作スルヨウナ輩トノ協力ナドコチラカラ願イ下ゲダ」
ウィザードが杖を構える。パトリアークが詠唱待機状態に入る。二体の配下に合わせ、この俺も大剣を【ドラグマギア】に向ける。事ここに至っては最早被害など気にしている場合ではないだろう。
全霊を持って葬り去る。でなければ未来は無い、それほどの障害になり得ると判断した。
であるのに【ドラグマギア】は満足した顔をして羽を広げる。
「最初は力に任せて服従させようとして失敗、次は精神支配の魔法を使って懐柔しようとして失敗。いやぁ侭ならない物だね、ちょっと自信無くしてしまいそうだが、致し方無し。しかしまぁ、当初の目的は果たした事だしもういいか」
暴風が吹き荒れる。【ドラグマギア】が飛び上がったのだ。
「七日後に私は霊都に襲撃を仕掛ける! それまでに自分達がどうするか考えておく事をお勧めするよ!」
そう言い残し、【ドラグマギア】の姿は跡形も無く掻き消えた。
風圧が無い事から転移の魔法でも使ったのだろう。既に無い紫竜の姿を睨み付け、踵を返す。
「ウィザード、パトリアーク、七日デ調整ヲ済マセルゾ」
「ハッ」
「リョウカイ」
ウィザードとパトリアークを連れ、塒である洞窟へと戻る。
【魔竜王 ドラグマギア】が果たした目的についても調べておかねばなるまい。
【ホブ・ゴブリンウィザード】
・【ゴブリンメイジ】から派生、より魔法使いとしての力を高めた個体。あらゆる属性の攻撃魔法を使う事が可能であり、通常よりは火力は落ちるが奥義も使用可能。
・ティアンやマスターで言う所の【賢者】、勿論純正のそれと比べると少々格が落ちはする。
・比較的流暢。
【ホブ・ゴブリンパトリアーク】
・【ゴブリンモンク】から派生、修行で培った肉体はそのままに癒しの力を高めた固体。回復、障壁、抵抗といった味方の生存力を上げる様々な力を取得している。
・ティアンやマスターで言う所の【司教】、勿論純正のそれと比べると少々格が落ちはする。
・頭はいいがカタコト。
【魔竜王 ドラグマギア】の目的
・ドリンクバーの設置。
いつのまにかこの小説が通算UA10000を突破してました。ありがてぇ……。
これも全て読者の皆様のお陰です。それでは改めまして。
明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願い致します。