スタンピードの存在を確定させた【妖精女王】の演説――勝利宣言と言い換えても構わないだろう――を聴き終えた霊都の人々はマスターティアン関係なく怒涛の如く働き始めた。
武器や防具の製造、修理。城壁、隔壁の堅牢化。その他必要となるだろう物資の製作。そしてそれらを万全に行う為の資源調達。確定に至るまで時間が掛かったためにその遅れを取り戻そうと皆、東奔西走の真っ只中であった。
そしてその余波は、当たり前ではあるが俺達が今いるギルドにも強く襲い掛かってきていた。
「資材足りねぇぞ依頼増やせ!」
「武器の修理依頼出せないの!?」
「工房がパンク状態だ自分でやれ!」
「ポーション製作って報酬弾むんだろうな?」
「スタンピードを退けたらそりゃもうガッポリよ」
「時間も物資も足りてねぇがな!」
「それを補う為に今俺達がこうして頑張ってんだよ働け!」
ギルドの戸を開いた途端溢れ出る熱気と怒号。何一つ自分に向けられた物でもなく、何なら自分がギルド内に入った事にすら誰も気付いていないというのに空間を満たす罵声の嵐に一瞬足が竦んだ。
グラシャラボラスが鼻を色々な所に向け、ある一点を指して「『あっちだ』」と言った。グラシャラボラスの先導の元ギルド内を歩いて行くと様々な人間に指示を出す、何時ぞやの妖精の少年の姿を見つける。
「おや、何時ぞやの【槍士】になりに来たマスターじゃないか。元気……元気だったか?」
少年が俺の未だに失われている左腕の辺りに目を向けて言い淀む。まぁ最近はリアルとこっちとの肉体の乖離にも慣れてきたけども。
「普通に生活出来る程度には慣れたので大丈夫ですよ、何か手伝える事はありますか?」
「おぉ助かる、それじゃあ今溜まってる納品依頼を幾つか受けてくれないか?」
少年の声に従いギルドに張り出されている納品依頼を幾つか手に取る。霊都の外に繰り出して薬草や鉱石を採取してギルドに納品する物や、既にギルドに寄せられた物資を必要としている場所に運ぶ物など、納品依頼だけでも相当数溜まっていた。
他には、というか大多数の依頼は霊都の外のモンスターの数をある程度減らすという物で、対象は指定せず沢山狩って来いと言わんばかりの豪快な依頼が多数並んでいた。
(まぁでもあっちは結構盛況だし俺らはこっち消化するか)
そう考えて納品や配達依頼の紙を数枚手に取り少年の下へ。
「おぉ、それ受けてくれるのか。今人手が足りなくて困ってたんだ、助かったぜマスターの配達人」
「構いやしませんよ、大侵攻が終わったらまた俺の訓練見てくれると助かります」
「おう」
そう言って俺は少年の先導の下目的の場所に運ぶ物資の保管場所へと案内され、受けた依頼の分の荷物をアイテムボックスに放り込んでギルドを出た。
「……」
誰も彼もが自分に出来る事をやっている。
それはここにいるギルドの皆だけじゃなく、俺の知己とて同じ事。エイラやガルシアはヘキサの血族の運用とトリカブトへの協力依頼、そして物資の確保に力を入れている。
テルモピュライだってそうだ、聞いた話によると【妖精女王】の依頼で森の一部を切り開いて戦いやすいフィールドに整えているとか。森を切り開くって何だよ。
「自分に出来る事を、か」
当日は首魁の撃破に加わるつもりだが、それまではこういう配達が俺の出来ることだろう。
であるならば、己が成すべき事を成す。過不足無く、全力で。
「行こうかグラシャラボラス」
「『あぁ』」
荷物を背負った俺を背に乗せ、グラシャラボラスは羽ばたいた。
◇――◇――◇
それぞれが自分に出来る事を模索する中、ついにDIN経由でスタンピードを対処する人員と配置が公表された。様々なルートで霊都中にばら撒かれたので当日になって自分の担当が分からないという者は恐らくいない筈だ。
配置以外にも敵がどこから大体どれだけ来るかも公開されているので皆してDINに乗り込み、結果としてスタンピードを迎える前にDINは大金を手に入れたとか何とか。
閑話休題。
予測されるモンスターの総数。――100万以上、【魔竜王 ドラグマギア】の行動次第で更に増える可能性あり。
予測されるモンスターのレベル。――15~、【魔竜王 ドラグマギア】はレベル80相当。
予測される襲撃箇所。――霊都<アムニール>の全方位から襲撃される、他のレジェンダリアの街にスタンピードの余波は確認されず。
予測される首魁の出現地点。――霊都<アムニール>より北東の森の深部にて【魔竜王 ドラグマギア】の姿を確認。(そしてこちらは公表されておらずテルモピュライから伝えられた情報だが、【魔竜王 ドラグマギア】の居場所から更に東北東に【餓鬼王 グレイロード】の姿が確認されている)
スタンピード発生時の人員配置。――北東、北西、南東、南西、霊都に分けて迎撃、後方支援、首魁の撃破を行う。
北東担当。――戦闘職を持つマスター100名の部隊を3組。スタンピードを退け、各自のタイミングで首魁の撃破に向かう事。道中のモンスターの処理も忘れぬよう。
南東担当。――マスター、ティアン総勢500名の混成部隊。深追いはせず霊都防衛に専念する事。
北西担当。――ティアンの戦闘系上級職、超級職保持者300名の部隊。迎撃に専念し隙を見て北東及び南東の援護に向かう事。
南西担当。――【妖精女王】一名。南西エリアには決して近づかぬよう留意する事。
これがDIN経由で伝えられた当日の概要である。敵の戦力に心臓が軋む様な感覚を覚える一方で異彩を放つ南西担当総勢一名の文字。皆100単位で迎撃、殲滅を行っているのに南西だけ【妖精女王】ただ一人だけという異常っぷり。控えめに言って頭がおかしい。
とはいえこれについてテルモピュライが何も言わないという事は【妖精女王】一人で対処できるという事、あの少女も見かけによらずテルモピュライ側だったという事だ。
……今日を迎えるまでレベル上げも兼ねて沢山の依頼をこなして来た。どれも簡単な物ばかりだがそれでも【行商人】はカンスト目前にまでなったし、依頼の報酬で有用なアイテムも大量に手に入れた。
空いた時間は全てグラシャラボラスとの調整に用い、長丁場が予想される為一度現実に戻り諸々の準備も済ませた。
全ては今日、この時の為。
「ようネビロス」
テルモピュライが俺の背に声を掛ける。
「準備は万全か?」
「あぁ、手は尽くしたよ」
振り返りそう言うと、テルモピュライがくしゃりと笑う。
「北東担当組で最後のミーティングがある。【餓鬼王 グレイロード】の討伐隊も集まってるから顔出しとけ」
「分かった、着いてく」
歩き出すテルモピュライの後を追い、俺達は臨戦態勢の整った霊都内を歩いていく。
DINという組織がある。正式名称を<Dendrogram・Information・Network>、多数のマスターが所属する国境なき情報屋集団である。
国境無き、と言うだけあり全ての国に支部を構えて各国の構成員が得た鮮度の良い情報を何時如何なる時でも対価を払えば閲覧が出来る、その影響力を考えればどの国も自分の手元に置きたいと考えている筈だが何故かDINそのものを囲い込もうという動きはどの国も微塵も見せる気配は無かった。
そんな<DINアムニール支部>の大部屋に、スタンピード迎撃にて北東を担当する総勢300名が集まっていた。俺の前を歩いていたテルモピュライが部屋の奥の壇上へと上がり仰々しくこちらを見下ろす。
少なからず囁き声を交わしていた者達もテルモピュライの姿を確認して口を閉じた。
「バルクと翼神子は南東担当、LSは霊都で後方支援に携わる為に北東担当のリーダーを暫定的に務めさせて貰う、テルモピュライだ。不満や異論は大いにあるだろうがそれは話が終わってからだ、構わないな?」
テルモピュライが自身のエンブリオである【乾坤一擲 ユースティティア】を取り出し、暗に「ここで騒いだらぶっ殺すぞ」と脅す。流石に一大イベント前に死にたくは無かったのかテルモピュライに口を出す者は一人もいなかった。
スムーズにテルモピュライの話が続く中、ふと俺の服を引っ張る存在に気付く。
グラシャラボラスかと振り返るとペルシアが俺の服を引っ張っていた。
「……どうした」
わざわざ声を出さずに俺の注意を引いた理由を考えつつ小声で何があったのかと聞く。
「こっちで【餓鬼王】の担当が集まってる、なし崩し的にではあるが一応お前が発端だろ?」
「分かった、行こう」
首肯を返しペルシアについていく。
部屋の隅に固まって話し合っている三十人程のマスターの集まりが見える。この部屋に集まっている大多数のマスターとは雰囲気が異なる集団に、ちらちらと目線を向ける者もいるがそれもすぐにテルモピュライの話に目を向け直す。
テルモピュライのお陰で他の者達の介入も無く、秘密裏に【餓鬼王 グレイロード】の討伐を目論む三十人の集団は情報交換を行えていた。
(別の部屋行けって話なんだけどな)
まぁテルモピュライが話してる傍らこそこそと部屋を出る者がいたらかえって興味を引いてしまう可能性が高いので已む無し。
と、ここで情報交換を行っていたマスターの一人がこちらに気付く。
「あ、配達屋さん」
こっちこっちと手招きする彼はDIN所属のエンティア。DINからの依頼を受けた時に何回か顔を合わせて顔馴染みとなった。
ジョブの情報収集に重きを置いているためか多方向のジョブを獲得しており、メインに上級職である【教会騎士】、サブに【付与術師】、【幻術師】、【研究者】、【精霊術師】、【人形師】、【生贄】というものの見事に方向性が迷子な七つのジョブを取得している。
とはいえバラバラのジョブを持て余し、ただの器用貧乏と化しているのならここにはいない。彼も立派なオールラウンダーとしてこの場所に呼ばれたのだ。
「久しぶり、って程でもないか。今回は宜しく」
「エンティアがいるなら大分楽になりそうだな」
あんまり期待すんなよ、と苦笑いするエンティアが咳払いを一つ零し先程まで話していた面々に向き直る。
「皆、この人がネビロスさん。一回くらい耳にした事はあるんじゃないか?」
そうエンティアが言うと「あぁ、この人が」みたいな反応が多数帰って来た。え、俺そんな有名人なの?
「ティアンの間では有名だよ、馬鹿やってるマスターがティアンに当たってると「お前も配達屋さんみたいにいい人だったらねぇ」的なニュアンスの話をされる事があるって聞いた」
「そうなのか……」
「掲示板でも話題になってます」
「そうなのか……」
自分の知らない情報に思考停止しかけるがともあれ。
エンティアが言うには俺含めたこの場の三十一人が【餓鬼王 グレイロード】を相手取る事になるらしいので彼らの中に目当てのジョブを持っている者がいないか聞こうとするが、その前にエンティアが俺に尋ねてくる。
「俺達がここで集まったのはネビロスが情報開示を選んでくれたお陰だって聞いてる、だから確認しておきたいんだけど」
エンティアが俺の眼を見て言った。
「ネビロスは【餓鬼王 グレイロード】と戦いたいだけなのかい?」
……。
エンティアの言葉の意味を考え、得心する。それに対して危機感を抱くのは自然な事ではあるが、でなければ何の為にテルモピュライに増援を要請したと思っているのか。
「安心してくれ、俺は本当に【餓鬼王 グレイロード】と会いたいだけで、横から特典武具を掻っ攫おうという気は無い。まぁ勿論チャンスがあるなら狙っていくつもりではあるが、そのチャンスはここにいる全員が持つべき物だ」
優先すべきは霊都の安全確保だからな、と続けるとホッとした様にエンティアが息を吐く。
弛緩した雰囲気の中、俺はエンティアに目的のジョブを持つ人物がいるか尋ねる。
「エンティア、【司令官】のジョブを持ってる人はこの場にいるか? 出来るなら俺は【司令官】持ちのパーティーに入りたい。いなければ指揮官でも、とにかく《部隊指揮》のスキルを持ってる人がいるならありがたいんだが」
「ふむ? ん、あぁ。グラシャラボラス関係でか。そういう事なら、ヒルクリーム!」
エンティアが名を呼び、一人の少女が前へ出る。
ヒルクリームと呼ばれた彼女は丈の長い改造軍服の様な物を身に纏いエンティアを見て口を開く。
「話は聞いてます。今丁度空きがあるのでニ、三人はパーティーに組み込めます。エンティアさんも入りますか?」
「んー、いや、俺は別パーティーにお邪魔させて貰うよ」
「そうですか……、分かりました」
「それなら俺もヒルクリームのパーティーに入れて貰って構わないか?」
今まで口を閉ざしていたペルシアがそう言った。
軍服少女のヒルクリームは少し驚いたように目を見開くが、すぐに自分のパーティーに加える事を了承した。
それからちょっとした話し合いを行っている内にテルモピュライの話は終わり、テルモピュライがリーダーな事に納得行かない極小数のマスターがテルモピュライに突っかかり数瞬後吹き飛ぶというのをニ、三回繰り返している内に、それは起きた。
――雷が落ちたと錯覚するほどの轟音が響き。
――直後空気が澱み、ギシリと軋む様な重圧を感じ。
――霊都の外の四方から地を震わす無数の足音が聞こえた。
「来た」
誰かが言った。
「……来た」
その声はあらゆる感情を内包し、それでも歓喜に震えていた。
「……来た!」
呼び出したグラシャラボラスに飛び乗ってDINの建物から飛び出す。
「――遂に来た!」
グラシャラボラスの翼が空を打ち、上空を旋回する事でおぞましさすら覚えるほどの物量を目にする。
「スタンピードがやって来た!」
【クエスト【防衛戦線――霊都アムニール 難易度:八】が発生しました】
迎撃戦が幕を開ける。
戦闘シーンまで行けなかった……。
【防衛戦線――霊都アムニール】
・難易度は霊都でマスター全体がティアン全体に対して稼いだ好感度に応じて変化する。
・【妖精女王】が参戦するので結構難易度は下がっていて、霊都防衛だけなら大した事は無い。
・霊都防衛を「霊都アムニールの建造物等の被害を抑える」と定義するのなら更に難易度は下がっていた。忘れてはならない、民いてこその都なのだ。
・一番ヤバイのは南東担当。