「……」
「どうしたネビロス」
グラシャラボラスに走りを任せて考え事に耽っていると作業の手を止めたエンティアが話しかけてきた。
特に深刻に物を考えている訳では無い、強いて言えば一人たりとも俺達を追っていない事に違和感を覚えはしたが……深く考えはしなかった。
「なんでもないさ」
「? そうか、まぁいい。出来たぞネビロス」
エンティアが走りながら俺に何かを投げ寄越す。
それは金属的な光沢で覆われた白銀に光る人間の左腕の様な物、端的に言ってしまえば義手であった。
「急造で申し訳無いがね、これから【UBM】と戦うんだ。本来出せた筈の力を出せないまま【UBM】と戦うのは君にとっても不本意だろうと思ったからね」
本来の腕と比べれば違和感は残るだろうが使わないよりマシだろう? と言ったエンティアの肩には単眼の大きなトカゲが這っていた。
このトカゲが義手を作り上げたエンティアのエンブリオ、TYPE:ガーディアン・フォートレスの【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】である。
アメノマヒトツの体内は異空間に繋がっており、様々な素材を飲み込む事であらゆる物を作り上げる事が出来る能力を持つ。制約として、製作する物の知識をエンティアかアメノマヒトツのどちらかが正確に把握している事、口にする素材の質に応じて作れる物の幅が変わる事。
後は製作物の質がアメノマヒトツの体調に応じて若干変化したり、そもそも製作物を吐き出す際にアメノマヒトツの口よりも大きかったら吐き出せないという制約はあるが、後半二つは本当に些細なものだ。
「最近になって近代の銃を作れる様になったんだ、まぁ要求コストも過去最高クラスだったが。それに比べれば義手や義足の製作はアメノマヒトツにとっちゃお手の物さ」
金は要らんが貸し一つだ、そう言ってエンティアは笑った。
「……ん?」
「あれ……」
そこから一、二分走っていると同じタイミングでペルシアとヒルクリームが疑問の声を出す。
「おい――」
「止まるな!」
どうしたのかと問おうとするよりも早くペルシアの警告が木霊した。
ペルシアの声に逆らわずグラシャラボラスの足を左へ逸らすと、俺がいた場所に数十本の矢が飛んできた。
「ゴブリン!?」
「あぁ、お出ましだ」
それぞれが回避行動を行うと目的地の方向から革鎧を身に着けた【ホブゴブリン】の群れが姿を現した。皆一様にこの先にある何かを守るように武器を構えていた。
「……グラシャラボラス」
俺の呼びかけに応じ、俺とグラシャラボラス、そしてペルシアやエンティアに《インビジブル・マーチ》を掛ける。
こんな所で足止めを喰らっている暇は無い、早く【餓鬼王 グレイロード】の元へ向かわなくてはとゴブリンの群れを飛び越え――
「――見エナイ訳ガ無イダロウ?」
背筋を伝う怖気、この感覚には覚えがある。ついさっき【魔竜王 ドラグマギア】から奇襲を受ける間際に感じたものと同じ。
「しまっ」
「声ヲ出シタナ?」
カバンに手を突っ込むと同時に林立する大樹の死角から大剣が俺達に向けて振り下ろされる。
大剣が俺の頭を叩き切る間際、取り出した物を放り投げ《即席合成》を使う。
空中を舞う数本の金属のインゴッドが姿を変えて曲斜を持つ円盾と化し、一撃で破壊されたものの大剣の軌道を大きく逸らす事に成功した。
すかさずペルシアが【餓鬼王 グレイロード】の背後を取り音を立てず鋸剣を振り下ろすも、
「バレバレダ」
俺の急造の盾で軌道を逸らされた大剣を跳ね上げて背後に迫る刃を迎え撃つ。
奇襲が失敗した事を悟り俺はグラシャラボラスに後退するように告げる。
同タイミングでペルシアも【餓鬼王 グレイロード】から距離を取り、その瞬間【グレイロード】から声を掛けられる。
「オ前ラ、ゴブリンヲ殺シタダロウ? 見レバ分カル」
何故見れば分かると言ったのか、それを言った【グレイロード】の目は既に俺達が【グレイロード】の配下であるゴブリンを殺した事は確定事項として処理されている様だった。
正解である、であるならば何故それを確信出来たのか? ……何時だったか、エイラと共にアンブロシアの実を採りに行った帰り道、俺は気絶していたから知らないがエイラも似たような事を言われたらしい。同時に先程の【魔竜王 ドラグマギア】の発言も気になる、借りた先は、十中八九【グレイロード】で間違いないだろう。
借りた、視界、配下、殺した、何故位置を把握された、何故透明化は意味が無かった、……あぁ、まさか。
「自分の配下を殺した相手の現在地を把握するスキルか」
仮定を、あえて口に出した。情報共有と【グレイロード】の反応を見る為に。
【餓鬼王 グレイロード】が笑った。
――確定だ。【グレイロード】はあるスキルを持っている。「自身の配下であるゴブリンを殺した敵の居場所を探知するスキル」を。
思わず歯噛みする。透明化はグラシャラボラスの持つ力の一端でしかないがそれでも強力な補助能力が封じられるのは痛い。
(いやいや、相性が悪い敵なんざ今までも沢山戦って来ただろうに。戸惑うな、思考を切り替えろ、俺達には仲間がいる)
「エンティア」
「あぁ」
俺の声にエンティアは応え、戦闘態勢を取る。
エンティアの肩に張り付いていた【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】の口が大きく開かれ色とりどりの水晶が吐き出される。
「《コール・エレメント》、《ショートニング・タイム》、《フルオペレーション》」
それぞれの水晶の中心に光が点り、独りでに浮かび上がる。続いて全ての水晶が淡い光のオーラを纏い人形を操る様な複雑な行動をする様になった。
これこそがエンティアの戦闘スタイル、彼の事を知る者達からは「ファンネル使い」と呼ばれている彼の切り札であった。
やっている事は彼が出来る事を重ねただけ、まずは【研究者】のスキルとの併用でアメノマヒトツから殻となる水晶を作り、【精霊術師】で呼んだ精霊達に水晶を操作させ、【付与術師】と【人形師】で精霊達の攻撃の隙を短縮し機動力を始めとした全ステータスを増強させるバフを掛ける。
DIN所属であるが故に幾多のジョブを掛け合わせて出来る事を模索する、奇しくも彼の最も得意とする戦法であった。
周りに目を向ければそれぞれの形で臨戦態勢を整えている皆の姿が見えた。
「ここが正念場だな」
そう呟き、俺達は【餓鬼王 グレイロード】と正面切っての戦いに挑む間際、聞き覚えのある羽音を聞いた。
「やぁ、先刻ぶりだねぇ?」
何故ここに、その言葉すら出なかった。
思考が、世界が緩やかになっていくのを感じる。勿論実際にそうなっている訳ではなく、むしろ思考が肉体の危機に瀕して高速化した所謂ゾーンの様な物に入ったのだろうと理解した。
グラシャラボラスに触れて自身の紋章に送還するまで2秒、
上空からの衝撃波でマスターが3人死んだ。
収納カバンに手を突っ込むまで1.5秒、
複数の光線の様な魔法でマスターが5人死んだ。
まだ死んでいないマスターが防御を固め始めるまで3秒、
蒼く巨大な氷柱が出現し巻き込まれたマスターが1人死んだ。
貯蓄していたインゴットを全てばら撒き《即席合成》で何重もの盾にするまで2秒、
巨大な氷柱が爆発し周囲に小さな氷の棘を射出しマスターが8人死んだ。
この場から離れる為に《旅の記録》を用いて射程ギリギリの所に光の柱を建てるまで1秒、
困惑する者を刈り取る様に不可視の斬撃が放たれマスターが6人死んだ。
即座に《ショート・トリップ》を使い災害から逃れるまで0.5秒、
数多の水晶の槍が降り注ぎマスターが5人死んだ。
《ショート・トリップ》でつかの間の安全を手に入れた俺は全身の震えを止められないでいた。
(……一瞬で壊滅状態)
幾ら【餓鬼王 グレイロード】に集中していたとはいえ、幾ら上空から不意打ちを受けたとはいえ、幾ら脳内で排していた状況になったとはいえ。
10秒、たったの10秒で28人も死んだ。恐るべき被害であるがそれよりも何よりも――
「――何故、何故貴様ガココニイルッ!」
惨劇の仕立て人は悠々と地に舞い降りた。
「――【魔竜王 ドラグマギア】!!」
「ククッ」
今、テルモピュライと戦っている筈の【魔竜王 ドラグマギア】がその傷一つ無い体を広げて【餓鬼王 グレイロード】と相対する。
「なぁに、戯れに殺しに来たと言う訳では無いさ。借りに来ただけだ」
そう【魔竜王 ドラグマギア】が告げた直後に【餓鬼王 グレイロード】が大剣を振るい翼を断ち切らんと迫った。
余程【魔竜王 ドラグマギア】に良い思い出が無いのかそれ以上喋らせて堪るかという気迫を感じ、次いで【餓鬼王 グレイロード】の配下であるゴブリン達の攻撃が【魔竜王 ドラグマギア】に殺到するが、一手遅かった。
ニィ、と【魔竜王 ドラグマギア】が嗤い、スキルを使用した。
「《ハーベスト・オブ・スピリッツ》」
【餓鬼王 グレイロード】と、近くにいた高位の個体であろうゴブリンが膝を着き倒れ付す。
「グッ……何ヲ、シタ!」
「何をした? それは一週間前の私に聞くべきだったな」
そう言って【魔竜王 ドラグマギア】がこちらを一瞥し何かを思案する様に首を傾げ、考えが纏まったのか再び口を開く。
「一週間前、君の前に姿を現した時私はある魔法を君達に掛けた」
俺に、ではない。話の矛先は今【餓鬼王 グレイロード】に向いている。やはりと言うか何と言うか、【餓鬼王 グレイロード】と【魔竜王 ドラグマギア】はスタンピードが始まる前から面識があった様だ。
仲が良いとは到底思えないが。そんな事を考えていると俺の後ろに誰かが立つ。
「……ネビロス、まだ戦えるか」
振り返るとそこにいたのはペルシア。流石と言うべきか、あの奇襲でも特に怪我を負う事無く難を逃れていたらしい。
そんな彼が戦いの意思の有無を問うが、正直自分にはそんな物が残っているのかどうか分からない。
「掛けた魔法は洗脳だ、覚えがあるだろう? まぁそれは一匹には完全にレジストされてすぐに洗脳も解かれてしまった訳だが……唯の催眠を掛けた訳じゃ無い」
【魔竜王 ドラグマギア】が、戦場の只中にいるというのにひりつく空気を気にする事無く喋っている。
「一度でも私の洗脳に掛かった者にマーキングを着けるスキルだ。これは私がアクシデントサークルもどきで呼び出したモンスターにも一様に着けているスキルだ」
一種の首枷だね、と【魔竜王 ドラグマギア】は嗤う。何故生きている、お前の相手はテルモピュライが担っていた筈だろう、なのに何故その体は傷一つ無い?
「私はね、マーキングした相手の持つ魔力を借りる事が出来る、いやまぁ返す気は無いから徴収と言い換えた方が良いかな? いやいや、それだと格好良くないね、言うなれば魂の収穫だ」
マーキングした相手の魔力を奪う魔法、それが【餓鬼王 グレイロード】達が受けた攻撃の正体――
――いや待て、さっき【魔竜王 ドラグマギア】は何と言った? 確か『私がアクシデントサークルもどきで呼び出したモンスターにも一様に着けているスキルだ』と、そう言っていた筈だ。
思い返されるは正気を失いただ盲目に霊都へと進行を続けるモンスターの大群、あれら全てが【魔竜王 ドラグマギア】のマーキングが着いたモンスターだと? それにテルモピュライと行動を共にしていたマスターも暴動を起こしていたが、あれも洗脳と呼んで差し支えない物だった、だとするのなら。
(こいつは、戦場で無限に魔力を回復できるのか?)
自前で軍勢を確保でき、それら全てがMPタンクと同義。考えるだに恐ろしい能力だ、本当にこんな芸当が出来る相手に勝てるのか――
「疑問を抱くな、勝つんだよ」
ペルシアが俺の肩を叩く。
「お前がテルモピュライに勝てと言ったんだ。そのお前が勝たなくてどうする」
「……でもテルモはあいつに――」
「負けちゃいない、あいつは今も戦ってる!」
絶対に、そう言ったペルシアの瞳は信頼と期待に溢れていた。
……やっぱ凄いよ、お前は。
「信頼とはかくも美しいものだね、羨ましい」
そして【魔竜王 ドラグマギア】はこちらに対して語りかける。
「そういえば何故ここにという君の問いの答えが不十分だったね、そっちのマスターが絶望したままだったなら教えるつもりはなかったけど。実はこの体、分身体なんだよ」
ペルシアの確信を裏付けるように【魔竜王 ドラグマギア】はそう言った。
「この分身体性能はいいんだけど如何せん魔力の消費が激しくてね、そんな燃費の悪い分身体を少し前に大量に作ってしまったものだから急遽魔力の補充を行わなくてはいけない羽目になった」
余計な事をしてしまったかなと【魔竜王 ドラグマギア】が溜息を吐く。まず間違いなくポーズだろうが余裕を持ち過ぎている、だがまぁそれも当然なのかもしれない。
マスターはほぼほぼ皆殺し、生き残りも今は攻撃を仕掛ける気は無く、【餓鬼王 グレイロード】は自らのスキルで無力化し、残る戦力も雑兵と言えるゴブリンの群れ。
少しばかり油断したって誰も文句は言えやしない。そんな中【魔竜王 ドラグマギア】――その分身体がわざとらしく首を傾げた。
「ふむ、ずっと疑問に思っていたのだが、ここに至るまでの道中で遭遇した私と戦う為に残ったあの男、何故彼はあちらの私を本物だと疑わなかったのだろうな?」
多方面戦線の描写の難しさに億劫になってますが私は元気です。
うぅむ、些か勿体無いがメイン以外はちょい出しに収めざるを得ないか、全体的に活躍の場を増やそうと思ったけど侭ならない物です。
【鍛錬龍炉 アメノマヒトツ】
・エンティアのエンブリオであり外見は単眼のトカゲ、現在第五形態。
・口に含んだ物のリソースを用いて物を製作するエンブリオであり生産系統のフォートレスの力が強く出ている。
・大抵は本文中に述べた通りの性能だが、ガーディアンとしての性能か全身のサイズを変えられるので口を通るサイズの物しか作れないというのは本当に微々たるデメリットでしかない。
・口に含んだ物を変化させずそのまま吐き出す事も出来るので擬似的なアイテムボックスとして利用可能。
・エンティアはいずれ七大国家全てに観光に行きたいと思っているが自身のエンブリオの名前が如何せん【鍛錬“龍”炉 アメノマヒトツ】なせいで黄河に行く時どうしようか悩んでいる。