霊都より北西にて。
紅い天球儀を携えた一人の吸血鬼が、従者の一人に日光を遮る物を持たせながら北西の戦場を俯瞰していた。
別に日光を遮らなくても死にはしないが力を無駄に使うのは頂けないよね、とデイウォーカーであるガルシア・ヘキサ・アインドラは思う。
(……敵が弱い、というより脆い)
戦場に目を走らせ、敵であるモンスターの軍勢にそんな事を思う。作戦もへったくれも無くただ霊都に向かって猛進するというのは、元よりスタンピードがそういうものであるから置いておくとして。
今相対しているモンスターからは危機感、というか知性や本能といった生物にとって無くてはならない物を剥奪されているような印象を受けた。
「どう思うねセレーネ」
「私に聞かれてもねェ、二つくらいしか仮定が思いつかないよォ」
情報が足りないので隣で忙しなく血液を操作する吸血鬼に問い掛ける。
彼女の名はセレーネ・オクタ・フローディア、吸血鬼氏族の第八当主である。基本的に氏族の持つ数字が大きければ大きいほど身体能力が低くなる代わりに《操血術》の出力が上昇していく。
自分が特殊とはいえ力量だけで言えばセレーネはガルシアよりも強い。
それ故に口惜しい。
北西を守る吸血鬼氏族の長が自身を含めてたった二人と言う事実に。
残りは殆どが中央の防衛に回り、例外の数人に至っては物見遊山で南東に見物に行っている始末。あいつらの性質上市街戦の方が強いのは理解しているが余りにも無責任が過ぎるのではなかろうか。
(奴らめ、自由と怠惰を履き違えてやしないだろうな。おっと)
「二つの仮定か、聞かせてくれ」
「一つは数を用意する事に重きを置いて遠隔操作に割けるリソースを獲得できなかった為に前進しろという単純な指示しか出せなかった可能性だなァ」
「だがそもそも操作をする必要などなかろう?」
「うむ、加えてガルシアの星読みで指揮系統に特化した【UBM】がいるという情報もあったんだァ、そっちに丸投げすれば済む話だからこっちの可能性は棄却するとしてェ……」
「もう一つは?」
自分が問うとセレーネは指を動かして鮮血の茨で以ってモンスターを駆逐せしめた後に言いづらそうに口を開いた。
「奴さんこっちに戦力回してないんじゃないかねェ」
「それは、……困るな」
本来であれば最も多くモンスターを受け止める必要があったのだ。メンバーの構成がティアンの実力者のみであり、たった一人に力を消耗させる必要も無く、首魁の撃破にリソースを割く訳では無い我々が。
だがセレーネが告げたそれは作戦が空回り他の三方面に余計な負担を強いてしまっている事に他ならない。
そして本当に厄介な事に、ガルシアの持つ【紅星天球 スターゲイザー】も同じ仮定を立てている。
「この状況で更に戦力が投下でもされようものならここはともかく南東は瓦解するんじゃないかねェ」
「セレーネ、そういう事は思っても口に出してはいけないよ。フラグだ」
「フラグって、なんだいそりゃァ」
「口に出した言葉が運命を歪めて本当に実現するというマスターの言葉だよ、事が悪い方向に向かおうとする事象ほどフラグの強制力が高いらしい」
以前テルモピュライがそんな事を言っていたなとふと思い出した。その時は面白い文化だと軽く流していたのだがどうにも嫌な予感が拭えない。
「天地の言霊みたいな感じかねェ、あんまりマスターと話さないから知らないけども」
「出不精だねぇ相も変わらず。さぁて――」
戦場のど真ん中に紫水晶の竜鱗を持った天竜種が舞い降りた。そのドラゴンは【紅星天球 スターゲイザー】を通して見た姿と丸っきり同じものであり、しかして何処か違和感を覚える姿であった。
「お出ましだ、セレーネ」
「えェ……、もしかしてあれ私の所為かい」
「フラグの話を出した私にも責任はあるだろうが、その問答は後で構うまい」
あれが本当に【魔竜王 ドラグマギア】なのかは知る由も無いが、少なくとも北東の者達は【魔竜王 ドラグマギア】を抑える事には失敗したのか。
確認の為に天球儀を覗いて北東の様子を見てみるが、一匹の竜と一人の男が戦っている光景が見えた。無意識の内に溜息を吐いた。
「悪い情報だ、あれは複数存在する」
「最初から考えていた仮定の一つだ、驚きはしないさ」
「北東、北西、南東、南西でそれぞれ一体ずつで済むのだろうか?」
「何体だろうと本体を叩けば消えるだろうよォ、何が言いたいガルシア」
疑問を浮かべるセレーネに戦場の一角を指差す。
釣られてセレーネが目を向けた先には【魔竜王 ドラグマギア】が翼を広げて数多の魔法陣を展開し、そこから追加のモンスターを排出している光景があった。
セレーネが盛大に舌打ちする。
「あァ、前言撤回、防衛戦をしてれば負けるねこれは。圧倒的に広域殲滅型の奴が足りてない、早い所本体を叩かないと押し潰されるぞ」
「【妖精女王】はまだ大丈夫だろう。彼女ならどれ程の物量であろうと関係なく滅ぼせる。霊都に直接乗り込んでモンスターを展開する方法も向こうは使えない。こちらには【アムニール】があるからだ。だから心配なのは――」
――南東担当。
あそこはまだ指揮系列が育ちきっていない。価値観の相違や出せる限界にも大きな差がある、そこを突かれれば容易に瓦解し得る。
(だからどうかその前に。対処してくれ給えよ、マスター諸君)
◇――◇――◇
霊都より南東にて。
たまたま生まれたエンブリオが戦闘に有利な奴だった。たったそれだけの理由で何となく戦闘職を取ってレベルを上げてそこそこに強くなって、今日この日を迎えた。
防衛戦なんか参加しなきゃ良かったと、マスターである少年――【狙撃名手】のコバルトはヤケクソ気味にそう思った。
最初の方はまだ順調だったのだ。突然ティアンと共同戦線を張ると言ってもやる事はいつもと変わらない、「自分が相手取れる弱者を狩る」ただそれだけである。なんとも分かりやすい。
ティアンと顔合わせを済ませていたとは言え安心して背中を合わせられる程向こうを信頼している訳じゃ無い、それは向こうもまた然り。だから連携なんて無理矢理互いの背を預けるような真似はせず各個撃破という分かりやすい戦法を取ったのだ。取らざるを得なかったとも言えるがそれに関してはティアンもマスターもどちらも悪いので置いておく。
バラバラなりに上手くスタンピードのモンスターを狩っていた時、そいつは現れた。
『おやおや、不和の香りがするね。そんなに隣人が信じられないのかい? あぁでもそれも仕方無いのかな、何せ【魔竜王 ドラグマギア】がこの場にいるのだから。君達の予想は外れてしまったねぇ?』
当然ではあるが、ティアン、マスター問わず蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。
少なからず積み重なってた疲労を背負う中で、そのドラゴンがわざと己の名を明かした事に気付いた者は自分以外に何人いただろうか。
マスターはここにいる筈の無い元凶に事前情報を出した霊都の上層部に不信を抱き、ティアンはそんなマスターに悪感情を抱く。そういう風に【魔竜王 ドラグマギア】が誘導したのだろうが――
――ティアンとマスター同士の殺し合いにまで発展するとは夢にも思わなかった。
【魔竜王 グレイロード】が姿を現した辺りで嫌な予感がしたコバルトは即座に踵を返して前線を離れた。功を急いた者達ばかりが前線にいたせいで敵前逃亡とも取れるコバルトの行動を咎める者がいなかったというのも、コバルトが順当に自身の予感に従う事の出来た理由の一端であろう。
そうして離れた所から前線を見て漸く、【魔竜王 ドラグマギア】を中心に殺意と狂気と憎悪が波及していく様を見た。
(こりゃもう無理だろう)
基本的にその場の流れに流される事の多いコバルトではあるが、極力視野を広く持ち客観的視点を持つ事に尽力している。故にこの南東の戦線はもうじき瓦解するだろう事も理解できた。
その為瓦解までの時間稼ぎを残った面々で行うつもりだがそれには正気を失ったティアンとマスターが邪魔だ。というかあれは何がどうなってあのような地獄になったのだろう。
「どう思う、クーゲル」
『どうだろうな? あの竜がかなりのやり手であるのは確かだが』
独り言のように零したそれに、コバルトが手に持っていた蒼いマスケット銃が返す。
このマスケット銃こそがコバルトの主武装であり己の相棒たるエンブリオ、【天墜魔弾 フライクーゲル】である。
喋る武器の癖してコバルトよりこの状況を正確に把握しているフライクーゲルは自身の推測を語る。
『これはあの竜のスキル……精神に作用する魔法だな、ほんの少し場の均衡を崩されただけで笑えるほどの被害を出すとはよほど精神支配に精通しているらしい』
「なるほど、精神操作に特化した【UBM】って事か」
『違うな』
フライクーゲルの言わんとしている事を察したコバルトがそう言うと速攻で否定される。
『あの竜は全ての魔法に特化していると考えていいだろう』
「……だから【魔竜王 ドラグマギア】」
『推測だがな。さて向こうが使う手が洗脳だというのならそれに耐性を持つ者があの竜と戦うべきだろうな』
「生半可な耐性で相手取れるとは思えないが」
まぁ何にせよ状況は把握した。混迷極まる前線でマスターが武器をティアンに向け始めたのでフライクーゲルで正気を失った名も知れぬマスターを狙撃する。
「前線にいるティアンの救出を優先して下さい、敵の魔法の解除が不可能であれば――最悪マスターは殺して構いません」
近場のまだ正気を保っている味方に告げ、どんどん狂ったマスターを射抜く。
(……はぁ、ホント何で防衛戦なんて参加しちゃったんだか)
こんな風にマスターを殺してもこちらのリソースを削る行為に他ならないし目を離した隙に【魔竜王 ドラグマギア】はモンスターを追加する。ジリ貧にも程がある。
更に言えば単なる雑兵であるコバルトの指示が通った事も問題だ。独断専行も良い所だがリーダーからの指示が途絶えた。指揮系列がパニックに陥っていると考えていいだろう。
後これが一番憂鬱なのだがスタンピードが終わった後、殺したマスターに恨まれやしないだろうかという心配もある。恨むなら己の耐性の無さを恨めと言いたいがこちらに敵意を向けてくるマスターが現れるのは避けられないだろう。
「何かこんな面倒な事が絶えないな」
『それはそうだろう、何せお前は魔弾の射手だ。波濤の如く迫り来る逆境を打ち抜かねば魔弾の射手足り得ない』
フライクーゲルが暗に自分の様なエンブリオが出た時点で運が悪いのは確定事項だと言うが、薄々そんな気はしてたので溜息を吐くだけに留めた。
でもな、フライクーゲル。
「それでも俺は主人公みたいな柄じゃない、そういうのは別の奴の仕事だ」
だからさっさと増援呼んで欲しいのだが、とティアンを殺そうとしたマスターの手を吹き飛ばしながら思う。
「誰か助けてくんねぇかな」
『逆境は慈悲を乞うたとて止まりはしないぞ』
「分かってるっての。――《装甲貫通》、《第一の魔弾》」
それとなく牽制程度に【魔竜王 ドラグマギア】にちょっかいを掛けるも展開された結界に容易く防がれる。一応貫通力に特化した弾丸なんだが。
しかしまぁこうなるといよいよ戦線の寿命を延ばすくらいしかする事が無い訳だ。コバルトは北東担当のマスターの顔ぶれを思い出す。
(この防衛戦の勝利はもう俺達だけじゃ掴めない。出来るだけ早く、終わらせてくれ。頼んだぞ)
◇――◇――◇
霊都より南西にて。
「北東では私と私がマスターを二つに分けて相手していることだろう」
そこでは数千数万を超える数多のモンスターの群れが数分前に大挙して押し寄せ、そしてその全てが屍を晒して血を吸った赤い大地に死体の山を作り上げていた。
「懸念事項は二つ程あるが、まぁ推測の域は出ないだろうな。私を殺してどこぞへ向かうにしてもね」
死の大地という表現が似つかわしいこの場にてまだ命を保持している例外もまたいた。
「北西では私がモンスターの群れを追加して足止めを行っている最中だろう」
一人はこの環境破壊を行った張本人である【妖精女王】。
「厄介な吸血鬼が二人ほどいる様だが想像より遥かに少ない、何か仲違いする様な事でもあったのかな? クク」
もう一方は海と濁流と呼んで差し支えないほどの量のモンスターを率いて姿を現した元凶たる【魔竜王 ドラグマギア】。
「南東では私が洗脳を用いて場を支配した」
【魔竜王 ドラグマギア】は嬉しそうにペラペラと情報を話すが、反面【妖精女王】からの言葉は無い。
「各方角の情報伝達役と思しき奴は真っ先に殺したから情報が届かぬまま現れたイレギュラーに酷く驚いていたよ。綻びを突くのは得意だったから利用させて貰った」
それも当然だろう。
「そして南西には今ここに私がいる。私が齎したものは……まぁ君が見た通りだ」
【妖精女王】は今全身から血を垂れ流し、満身創痍の状態で立っていた。
「諦めろ、とは言わないさ。満足の行くまで何度でも立ち上がると良い、私も話し相手が欲しかったから付き合ってあげよう」
「……何故」
震える口で【妖精女王】が言葉を紡ぐ。
「何故この霊都を襲うのですか、【魔竜王 ドラグマギア】」
「うん……あぁ、言っていなかったか? 私はアムニールの魔力を喰いに来た、だからスタンピードを――」
「それも理由の一つでしょう。ですがそれはついでなのではないですか?」
【魔竜王 ドラグマギア】の言葉を即座に虚偽であると断言した【妖精女王】。
《真偽判定》に反応は無く、単なる勘で【魔竜王 ドラグマギア】がスタンピードを起こした理由が複数あると考えたが、どうやら当たっていたらしい。
「……使い古された英雄譚に欠かせないものは何か、分かるかな」
死体の山に体を伏せ、【魔竜王 ドラグマギア】は静かに語り始めた。
「魔王と勇者、これが無ければ物語は始まらない。ただ悪辣たれを体現した魔王と清廉潔白に己が正義を押し付ける勇者、私はかつて理想の勇者の姿を見たのだ。……誰に理解されぬとも構わない、私は彼が討つに相応しい大悪になりたいのだ」
まぁお前には理解できまいな、と欠伸を一つ零す様を見て【妖精女王】は思考を繰り返す。
魔力の回復も兼ねて苦し紛れの時間稼ぎを行ってはいるものの、最早応援を望めるような状況ではなくなっている。先程までの話を信じるなら、余裕を崩さず喋っているこの【魔竜王 ドラグマギア】も分身体である可能性がある。
本体の場所が不明である現状下手な増援は死者を増やすだけだ。
「女王を攫っての救出劇に興じるのも悪くは無かったのだがこちらの方が手っ取り早かったからスタンピードを起こした。彼らの意向にも沿った形となったのは偶然だがまぁそれは置いておくとして。――で? 待ち人はここに来たのかね?」
「……やはり気付かれていましたか」
「気付かない筈が無いだろう、だから時間稼ぎに乗って話をしたのだから。あぁだが未だ待ち人は来ず、悲しいなぁ【妖精女王】。お前が仲間を信じずにたった一人で私と戦おうとしたのが間違いだったのだろうな、さぁ立ち上がるといい。何度でも地に臥せてくれよう」
【魔竜王 ドラグマギア】が翼を広げ腰を上げる。30を優に超える魔法陣を唯一人の少女に向け――
直後、霊都を挟んだ反対方向の森に巨大な炎の柱が立ち上った。
「……おや、おやおや、向こうにも力を持つ者がいるのか。あちらは北東か?」
轟々と立ち上る火柱が【魔竜王 ドラグマギア】の物ではない、とするのなら【妖精女王】の脳裏に過ぎった一人のマスターによる仕業なのではないだろうか。
心の内に一欠けらの希望が灯る。
呼吸を整え、杖を敵に向ける。何度も繰り返してきた動作だ、この程度の負傷で鈍るものではない。
「もう少しばかり、時間稼ぎに付き合って頂きましょう」
「――あぁ、楽しくなってきた。良いとも、君の命尽きるまで存分に付き合ってあげようか」
竜の魔王と妖精の女王は再び相対する。このスタンピードを終わらせる者の存在を待ち侘びて。
正直話進める気無くただ思いついた場面を書き連ねただけである。
【天墜魔弾 フライクーゲル】
・少年マスターコバルトのエンブリオでタイプはウェポン。現在第四形態。
・元となったモチーフは魔弾の射手。進化する度に凄い便利なスキルが生えてくるのでコバルトはこの先どうなるかが非常に心配である。
・《第一の魔弾》自身のMPを消費して特殊効果を一つだけ付与出来る。本編で付与した《装甲貫通》は相手のENDと防具の装甲値を無視して攻撃を加える。
・群青を基調としたマスケット銃の様な外見の喋る銃。時々助言をくれる。
設定とかデザインとかはロボトミーコーポレーションの武器を参考にしてる。のでロボトミ 魔法の弾丸で調べた方が外見の想像がしやすいかもしれない。