これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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第二十八話 一匹の竜と一人の少年。

 僕は自分が生まれてからそう時間の立たぬ内に、己が出来損ないである事を悟った。

 

 天竜種の中でも強い力を持つ母の元で生まれた僕は四兄弟の末弟で生まれつき細い体躯を持ち強い力も持ち合わせていなかった。

 母は【天竜王】の血が流れる己の子にしては弱いと首を傾げていたけれど、僕は特に不自由は感じてはいなかった。

 

 空も飛べるし狩りも出来る、物も何でも食べられるし、意思の疎通に問題があるわけでもない。ただ弱いのだ。

 母はどれか一つでも欠けていれば僕を放逐するつもりだったのだろうけど、力はいずれ身に付くと何も言わずに兄達と共に僕を育ててくれた。

 

 季節の巡りが一週目を迎えた頃、母に連れられ僕達四兄弟はとある山へ向かっていた。

 切り立った山の連なるそれは母によると<天蓋山>というらしかった。

 

 <天蓋山>の山頂付近に降り立った僕達は不意に意識を手放してしまいそうな威圧を受けた。いや、当人にとっては威圧している感覚すらないのだろう。

 ただそこにいる、それだけで僕の体が、己の本能が服従を選んだのだ。不思議な事にそれに苛立ちや恐怖を覚える事は無かった。

 

「やぁ、【遡竜王 ドラグトラベル】。元気にしてたかね」

 

「お久しぶりですわ【天竜王 ドラグヘイヴン】様、変わらずご健勝そうで何よりです」

 

「今日は君の子供達の顔見せと聞いてたけど、この子らがそうか。ふむ……顔を見せてくれないか?」

 

 その言葉と共に威圧感が薄れる。他の兄達が息を呑む音が聞こえ、同じ様に僕も【天竜王】を見上げて、そして憧れを見た。

 

 その神々しさすら覚える程の姿を見て、つい口に出してしまった。

 あなたのようになりたい、と。

 

 多分それが一つ目の分岐点だった。

 

 【天竜王】は哀れなものを見るような目をして、こう言った。

 

「君は、私のようにはなれないよ」

 

 ショックの様な物は特に無かったけれど、その後の会話はどこか遠くで行っているような現実味の無い物だった。

 

「どうやら君は生まれつき天竜種としてのリソースをある程度魔法を扱う適正に回しているらしい、空は飛べる狩りも出来る感覚も他の獣とは一線を画すだろう。だがそこから先の『天竜種たる所以』、天竜種でなければ使えない力を扱う事が出来なくなっている」

 

「……それは、僕は天竜種ではないという事ですか……?」

 

「いいや、いいや。君は間違いなく【遡竜王】の子だ、私がそれを保障する。だが同時に君の憧れが私だと言うのなら全うな天竜種としての生き方は諦めるべきだ」

 

「……何故」

 

「君が過不足無く生きていく為だ」

 

 そう言った【天竜王】は本当に僕に生きていてほしいと思っているようで、出来損ないの僕の事をちゃんと考えてくれているのが分かった。

 だから「分かりました」とそう言って、母と共に<天蓋山>を後にした。

 

 

 

 

 

 苦悩はあった。正しく天竜種の王に等しい存在によって、僕の未来が閉ざされた事を告げられたんだから。

 兄達が<天蓋山>から戻ってきてから露骨に僕に対して冷たくなったのも悩みの種だった。まぁ仕方無い面もある。子供は異物を排除したがるものだ、竜である僕達なら尚更。

 

 だから少し悩んで、近い内に独り立ちする事を母に打ち明けた。

 

「貴方は賢いのね」

 

 ……どうすれば兄や母に迷惑を掛けずに生きていけるかずっと考えてたんだ。

 

「好きに生きればいいのに、と言っても貴方は気にするでしょうね。本当に優しい子だこと、私は止めはしないわ、貴方の生きる道だもの」

 

 ……。

 

「貴方が決めるの、他の誰かに惑わされないで。そうして進めるなら、貴方は強い子よ」

 

 うん……。

 

「そうね、最後に私から貴方へとっておきを贈りましょうか」

 

 とっておき?

 

「えぇ、今の貴方達に足りない物。特別に今夜貴方にだけあげる」

 

 付いてきなさいと言って母は巣から飛び立つ。慌てて追いかけていき、たどり着いたのは母が動き回っても余裕のある開けた平原。

 

「貴方に足りない物、何か分かる?」

 

 少し考えて、力と答える。母は首を横に振る。

 もう少し考えて、経験と答える。母は「それだけでは足りない」と言った。

 もっと考えて、覚悟と答える。母は嬉しそうに頷いた。

 

「やはり貴方は賢い子、今日この場で貴方に足りない覚悟と経験をあげる。その後は、何処へだって行きなさい」

 

 そう言って母は咆哮一つで世界を塗り替えた。今から戦うのだと、誰に言われずとも理解した。それはきっと僕が外の世界で生きていくには必要な事で、そしてきっと本来は数年の時間をかけて得る物だった筈だ。

 多分心配してくれているのだろうな、そんな事を思うと母に告げて良かったと、そう思う。

 

 歪んだ時計が大量に浮かぶ世界で僕は母と戦った。

 思考を切り離して戦うのは得意だったから、僕が防戦一方でも手加減はしてくれているのだろうと分かった。

 

 思えばこの時計が浮かぶ世界もそうだが母の力は何も知らなかったな、なんて思ったりして。劣勢も劣勢だが己の力の一端を見せる程に認められているのなら嬉しいな。

 

 母の攻撃を避けるのに手一杯で、たまに攻撃を加えても時を遡ったかのように傷跡は綺麗さっぱり無くなってしまう。戦闘が長引くにつれて力の差が浮き彫りになっていく。

 ずっとただの天竜種として生きていくつもりだったから魔法の才があると言われても魔法について母に聞く事は無かった。その怠慢が今は何よりも憎い。

 

 だから僕は一度だけ見た事がある母の力を借りる事にした。

 

 翼を広げ後ろ脚だけで立ち、持っている力全てを口腔に集める。

 

(――まだ足りない)

 

 無意識の内に周囲の自然魔力すらも口腔に集めていく。いつのまにか母が攻撃の手を止めていたがそんな事に構ってはいられない。

 再現するのは母が放った竜の息吹、全てを消し去る蒼い星。集めた魔力を束ね、押し固め、落とす。

 

 凪いだ世界の中、僕が作った紫色の星が爆発するのを見届け、そこで僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 眼が覚めると周りは元の平原に戻っていて、母も、そして僕も傷一つ付いていなかった。

 母の顔に目を合わせる。

 

「眼は覚めたかしら」

 

 コクリと頷く。

 

「私との戦いで私のブレスを模倣してでも勝とうとした、あの一撃からは貴方の覚悟が見て取れたわ。合格よ」

 

 まぁ自爆に近い事をしでかしたのはビックリしたけれど、と母が言う。あの時は他の事に気を回している余裕が無かったから自分の身を守る事を忘れていた。

 他に魔法でも覚えていれば少しは違ったのだろうか。……うん、そうだな。

 

「僕は行くよ、真っ当な天竜じゃなくて【天竜王】様に認められた魔法の才を伸ばす」

 

「そう、悔いの無い様に生きなさいな。これから何を選んだって貴方を止める物は無いんだから」

 

 満月の昇る夜、僕は母と決別を果たした。

 

 

 

 

 

 別離に後悔は無いが、幾ら純竜であっても体はまだ子供。同種の指標は兄達しか知らないが、それでも同じ子供の兄達よりも僕の体は小さい。山に住む動物の中で言えば牡鹿に近い体躯だ。

 これからどうしようかと考えながら空を飛んでいると何やら下が騒がしい事に気付く。

 

 下を見れば人間の子供が狼の群れに囲まれている所だった。よくある事かと顔を前方に向け直し、それを押し留めて思考に耽る。

 

 魔法を学ぶ為に巣を飛び出したのだが、年老いた竜や変わり者の魔物でもない限り魔法を多く扱うのは人間だ。人間に取り入ってしまえば魔法についての知識を得る事も簡単になるんじゃないか?

 加えて今危機に陥っているのは子供だ。危ない所を助けたという恩も人間の子供相手には上手く働くかも知れない。

 

 こうして打算的な思考を終えて僕は人間の子供を救う為に急降下した。

 

 初撃で狼の頸を折り、土煙が上がっている合間に残りの二体も手早く片付ける。子供の様子を確認するが怪我は無いようだ。

 牙を剥き出しにしたり唸ったり咆えるのは多分相手の恐怖を煽るだろうから抑えてじっと子供を見つめる。

 

「……俺の事助けてくれたの?」

 

 猫撫で声でも出してみようかと考えている途中に子供から声を掛けられたので一拍遅れて頷いた。そうすると子供は一瞬で笑顔になりこちらに駆け寄って僕の事を抱きしめた。

 別に殺す気は無いのだが警戒心が薄すぎやしないだろうか。

 

「俺アークって言うんだ、君の名前は?」

 

 名前、そんなものは生まれてこの方付けられた事が無かった。

 名前は無いというニュアンスを込めて首を横に振る。そうすると子供――アークはうーんと少し考えてこう言った。

 

「じゃあ君は今日からマギ! 助けてくれてありがとねマギ!」

 

 マギ、……マギ。初めて付けられた名前だけど、悪い気はしなかった。

 

 多分これが二つ目の分岐点だった。

 

 その日からアークは様々な本を持って僕に会いに来た。子供が家から持ってこれるような本だから、魔法について詳しい物は無く大概は英雄譚や御伽噺の絵本だったが、そんな本でも人間の文字を覚えるのには使える。

 

「――こうして勇者は悪いドラゴンを倒し、国を救って見せましたとさ。めでたしめでたし。マギ、面白かった?」

 

「うん、面白かったと思うよアーク」

 

 今日アークが読み聞かせてくれたのは国を滅ぼしに来たドラゴンを勇者と呼ばれる者が倒し祖国を守るお話。恐らく同種と思われるドラゴンのはっちゃけっぷりが凄まじかったが物語としては綺麗だったと思う。

 

「それにしても何でドラゴンは倒される役が多いのかな」

 

「うーん、強いから? あー俺もいつか勇者みたいになりたいなぁ」

 

「ドラゴンならここにいるぞ?」

 

「やめてよ、絶対俺死ぬじゃん」

 

 アークと過ごす日々は変わり映えのしない物だったが楽しかった。

 ある日、アークが本を持たずに慌てた様子で僕に会いに来た。

 

「聞いてよマギ! 大変だ!」

 

「落ち着きなよアーク、どうした?」

 

 パニックに陥っているアークを宥めて話を聞く。

 どうやらアークの住む村にギルドから依頼を受けてきた冒険者が滞在していると言う。長い間滞在するらしく村の子供達に付き纏われているようだ。

 聞いた限りではアークがここまでパニックに陥るような事ではないと思うのだが。それがどうしたのかとアークに問う。

 

「その冒険者の人、【高位従魔師】なんだって!」

 

「へぇ」

 

「ねぇマギ、もし俺が【従魔師】になったらさ」

 

 二人で一緒に冒険に行こうよ。

 そう言ったアークの顔は憧れに満ちていて、彼の憧れは濁らせたくないと思うようになった。

 だから僕は口を開いて、

 

「ふふ、アークの従魔か」

 

「あ、嫌だった?」

 

「いいや? 君なら構わないよ。そうだね、僕達でいろんな所に冒険しに行って、ふふ、勇者にでもなるかい?」

 

「からかうなよマギ!」

 

 頬を膨らませるアークに微笑みかけて、遠くから嗅ぎ慣れない匂いがした。突然黙りこくった僕に何事かとアークが問い掛けるのを止めて、ふと思い至り小声でアークにある事を聞く。

 

「アークが話してた【高位従魔師】の冒険者が受けた依頼、知ってたら教えてくれないかい?」

 

「え? えーと、村の周りの森に潜む魔物を何とかしてくれって依頼を受けたって言ってた?」

 

 ……。

 

「その魔物についてもう少し詳しく」

 

「えーっと、猟師のおじさんが言ってたのは大きい鹿くらいの大きさで子供を森に引きずり込んで食べる……って」

 

 ここでアークもその魔物が何者か気付いたようだ。さぁ、とアークの顔が青くなる。

 

「ど、どうしよう! それ多分マギだよね!?」

 

「うん、大分話が捻じ曲がってるけど冒険者の目的は恐らく僕だ。アークと本を読んでた所でも見られてたんだろうね」

 

 しかし気配を悟らせずにこちらを観察していたとは、その猟師のおじさんとやら一体何者? いや、僕が気配を読む時に頼るのは専ら嗅覚だ。恐らく風下からこちらを窺っていたのだろう、猟師ならばそれくらいの芸当は出来るとアークが持ってきた絵本にあった。

 依頼内容は討伐か? だとしたら今から逃げれば生きられるかもしれない。でも折角魔法の知識への足掛かりを得たというのに捨ててしまうのは惜しい。

 

 そして何よりも、

 

「嫌だよ、死なないでマギ」

 

 アークと離れたくない。

 

「うん、死なないよ。アークと離れたりなんてしない」

 

 首元に縋り付くアークを宥める為に頭を擦り付けて泣き止ませる。

 どうするにせよ一旦アークと共にこの場を離れなければ、今にも匂いの主がこちらに……?

 

 匂いが消えて――

 

「ほぉー、こりゃいい物を見た」

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にアークの服を咥えて後方へ飛び退る。視線の先には大きな帽子を目深に被り、肩にこちらを鋭い眼で見据える鷹を停まらせている人物。顔が見えないのもそうだが厚手の服やローブを身に着けているせいで男か女かすらも分からない。

 こちらの認識が甘かった、最初に僕が匂いを嗅ぎ取った時点で向こうは僕を捕捉していた。恐らくはあの鷹によって。

 

「あぁいやまぁ待て、別にお前を殺すつもりは無いさ」

 

「信じられるか」

 

「んー、まぁそりゃそうだわな。だが信じて貰わない事にはこちらの依頼も楽にならんのよ」

 

 付き合ってられないな、さっさとアークを連れて逃げよう。そう考えて逃走経路を模索していると冒険者がパチリと指を鳴らすと周囲の森が半透明な鎖で覆われた。

 

「依頼内容は「森に巣食う謎の魔物を何とかする事」。そして私は【高位従魔師】だ、この意味が分かるかい?」

 

「……僕を従えるつもりか」

 

 直ぐに出た答えに冒険者はニッコリと笑った。足元のアークがピクリと反応する。

 

「そゆこと、賢い子は好きだよ? まぁそういう訳で君は――」

 

「ふざけるな!」

 

 小石が冒険者の体を掠める。

 足元でへたり込んでいたアークが立ち上がり、僕を守るように冒険者を睨み付ける。

 

「マギは俺の友達だ! 勝手に連れて行くなんて冗談じゃない!」

 

「君は……依頼にあった子供かな? そうは言っても私が捕らえなきゃ依頼達成にはならんのだよ。そこのドラゴンの子が無闇矢鱈に人を殺さないだろう事は分かるけど、それだけじゃ放置していい理由にはならない」

 

「なら俺が【従魔師】になってマギと仲間になる!」

 

 大人から理詰めされれば、子供は何を言っていいか分からなくなるだろうにアークは悩む素振りも見せずにそう言い放った。

 冒険者はピタリと動きを止めた後、何が面白いのか小刻みに笑い出してこう言った。

 

「んふふふ、そうかいそうかい。依頼内容はそのドラゴンの子を「何とかする」だものなぁ? 君が何とかしてくれるなら、うん、拒む理由は無いか」

 

「じゃあ」

 

「あぁ、マギ、と言ったかな? 捕まえるのは止めておこう。もう少し村に滞在しておくから、その間に【従魔師】について教えよう。大見得切ったんだ、ちゃんとマギ君を従えてくれよ?」

 

 将来の道の一つでしかなかったそれは急に現実味を帯びて僕達の前に現れた。

 

 




軽率に過去を開示していくスタイル。

【遡竜王 ドラグトラベル】
・【天竜王 ドラグヘイヴン】の血を引くママ。天竜種の中ではかなり温厚な方で生まれた時点で生きていけないと判断された子は苦しませずに殺すが、一度我が子と認めた者には最大級の愛を持って接する。
・保有する能力は「己、他者、世界に対する時間遡行」。世界にまでその力が及ぶ、と聞けばとんでもないように思えるが【ドラグトラベル】の力が及ぶのは己を中心としたほんの僅かな空間のみである。
・自身の状態を巻き戻してダメージを無かった事にしたり相手の肉体年齢を巻き戻して無力化したり特定の空間を特定の過去の状態まで巻き戻したり出来る。
・元々天竜種の中でも突然変異と言って差し支えない異常個体として生まれ、死の間際に己の肉体時間を巻き戻してもう一度一生を送ろうとした辺りで管理AIから【UBM】認定される。ついでに【天竜王 ドラグヘイヴン】から「お前絶対人間に殺されるなよ?」と言われる事で己の力の特異性と死後どうなるかを自覚する。
・幾度と無く繰り返した一生で膨大なリソースを獲得しており、正面戦闘で、ましてや【ドラグトラベル】の領域内である歪曲世界で殺しきるのはほぼほぼ不可能に近い。実質的に不死と言ってもいいだろう。

というラビットがブチ切れそうなオリジナル【UBM】。何となく考えただけだから本編に出す予定は今のところない。が、まぁ多分本編の時間軸でもどこかで生きてる。
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