これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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第二十九話 【ドラグマギア】はかく語りき。

 

 そう時を待たずしてアークは【従魔師】のジョブを得た。【従魔師】についての教育を施した冒険者曰くアークには【従魔師】の才能があったという。

 三日後に僕の前に姿を現したアークはそれはもう輝かんばかりの笑顔だった。

 

「【従魔師】は従えた魔物を宝石に仕舞うんだって!」

 

 そう言ってアークが差し出したのは紫水晶を思わせる宝石。石の知識は無いが十分に美しいと思える物だった。

 

「これで一緒に冒険出来るよ!」

 

「そうだね、僕も嬉しいよ」

 

 アークの腹に鼻先を擦り付けてやると決まってアークは喜んだ。

 

 

 

 

 

 それから僕達は小国家で腕利きの【従魔師】とそのテイムモンスターとして名を馳せた。アークがまだ幼い子供という事もあり冒険者になって一年は僕の力に頼りきりな部分も多かったが、アークの憧れは色褪せる事は無く着実にアーク自身の力も伸ばしていった。

 体格的に両手剣はおろか刃渡りの長い片手剣すら扱えなかったが、三年もの研鑽により短杖と短剣の扱いは冒険者の中でも一際群を抜いていた。

 

「こういう時、アークと一緒にいてよかったと思うよ」

 

「喜んでいいのか? それ」

 

 僕達は冒険者ギルドの図書室や街の図書館などから借りた本を持って自分達の部屋で読み漁っていた。僕は魔法についての本を、アークは英雄譚や伝承を記した本を。

 この数年のアークの目覚しい活躍は様々な所での信頼を築き上げ、本来見るのを禁止されている書物の閲覧を許可された。

 

 それまでは人伝で魔法を習得していたがアークのお陰で書物に残されているありとあらゆる魔法を覚える事が出来た。

 これでまたアークの役に立てるぞ? なんて言おうと振り返ると真剣な顔をして本を読むアークの姿が目に入った。

 

 アークはあの日から変わらず英雄への憧れを抱いている。

 

 不思議でならない、冒険者として強くなった、街の者達からの覚えも良くなった、数多くの強敵も制してきた。思い描く英雄は、決して手の届かぬ幻想ではない筈だ。

 アーク、お前のその顔は英雄の話を語るあの時の少年と同じだ。少しは進めただろう? お前の目指す場所に。なのに何で、手の届かない夢として心の内に仕舞いこむ?

 足りない物があればどうか僕に教えてくれ、夢を掴む手伝いをさせてくれ。

 力が足りないのなら僕も一緒に鍛えよう。

 特別な武器が欲しいのならもっとダンジョンを攻略しよう。

 名声が欲しいのならもっと冒険者として高みに行こう。

 強敵と戦いたいのなら【UBM】を探しに行こう。

 世界を見て回りたいのなら僕の背に乗って飛んでいこう。

 

 打算的な考えでアークを助けた僕だけれど、もうそんな考えは無い。今はただアークの役に立って、アークが夢を叶える所が見たいんだ。だから。

 そう考えても、言葉はいつまで経っても出てこない。こんな何でもない様な日々が楽しくて堪らないから。だから自分の気持ちに蓋をして、僕は魔法の本を読み直した。

 

 アークはあの日から変わらず英雄への憧れを抱いている。

 

 

 

 

 

 アークの【従魔師】が【高位従魔師】となり、新たに【竜騎兵】と【襲撃者】のジョブを手に入れた辺りでとある依頼を受けた。

 ありふれた盗賊退治だ。数が多いと聞いていたから油断はせずに事前準備は丁寧に済ませた。

 

「行こう、マギ」

 

「あぁ、行こうかアーク」

 

 アークが僕の背に乗り、僕は空を翔ける。そう時間を掛けずして商隊を襲う数十人の盗賊を発見する。

 

「いつもの様に?」

 

「うん、上から襲撃しよう」

 

 無数の氷柱を作り出し、下に向けて射出すると同時に僕達も下へと強襲を仕掛ける。紫竜に跨る少年、ここまで特徴が揃えば幾ら盗賊でも心当たりはあるだろう?

 

「ヒッ、“紫電”だ!」

 

 誰かが空を見上げて叫んだ言葉に感化されるように盗賊達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。勿論全員逃がすつもりは無い。

 小国家でも有数の実力者とアークが認められてからは、上空から悟られる事無く広範囲を網羅する魔法を放ち、混乱する地上を【竜騎兵】として強襲する戦闘スタイルを好んで取っていた事で“紫電の暴風雨”と呼ばれ、転じて“紫電”と呼ばれる事が多くなった。

 周知される二つ名が出来たのは喜ばしい事だ。着実に知名度が上がっている事に他ならないのだから。

 

 アークが僕に、僕がアークにバフを掛けて戦場を駆ける。電気を付与した短剣を的確に主導者と思しき盗賊に向けて投擲し、数秒で綺麗な焼死体となった。

 こうなれば後は雑魚処理だ。アークが移動阻害の魔法を残党に掛けて攻撃魔法を僕が全員に当てれば、もう終了。念のためニ、三人は急所を外しておいた。

 

 襲われていた商隊の長がアークに話しかける。

 

「いやはや、噂に聞く“紫電”殿に助けていただけるとは。感謝いたします」

 

「助けられて良かったよ、そちらの被害は?」

 

「馬が一頭と、物資を少々。幸いこちらのメンバーは誰一人死ぬ事はありませんでした、目的地もすぐそこですので何とかなりますよ」

 

「それは不幸中の幸いでしたね、街の関所で被害届を出して置いて下さい。まぁここいらで盗賊被害は当分出ないでしょうけど」

 

 アークが商隊長と話し込んでいる内に盗賊からアジトの場所を聞き出しておく。話を終えたアークを背に乗せて盗賊の根城へ向かった。

 余裕が出来てくると少し考え込んでしまう。先程の戦いでアークは嬉々として敵を屠っていた。そんな事は今更に過ぎるが、問題は表情だ。

 今まで相手が誰であろうと敵を殺す時は感情を抑えてきたアークが何故最近になって感情を出すようになったのか。

 

 そんな考えが通じたのだろうか。アークが徐に口を開く。

 

「マギは、さ。ただ強い奴が勇者と呼ばれるのに必要なものって何だと思う?」

 

 無意識の内に理解できた。これはアークの核心に触れる物だ。だからアークの質問の答えを真剣に考えて、それでも正解だと思う物は浮かばなかった。

 

「僕には分からないよ、力も、武具も、仲間も、名声も、勇気も、覚悟も、経験も。どれもアークの求める答えとは思えない。君は、夢に手を掛ける為に必要な物を見つけられたのか?」

 

「多分正解なんて無いんだ。それでもきっと――」

 

 ――勇者には魔王が必要なんだ。

 

「悪を成す者がいる。それを止める者がいる。強者が悪を退ける様を見届ける者がいる。悪がいなけりゃ正義を謳う事も出来ないんだ、きっと世界はそういう風に出来ている」

 

 過去の英雄譚に共通点があるとするならば、それはきっと運命だ。

 

「俺にとっての運命は、マギ、お前と会えた事だ。もし、もしも俺が死にそうになったら」

 

 お前が俺の魔王になって、俺の夢を叶えてくれないか?

 

 ……アークの願いを真っ向から否定する事など、僕には出来なかった。

 その時が来たら、きっと僕は……。

 

 多分それが三つ目の分岐点だった。

 

 盗賊団のアジトにいた残党を殺しつくした僕達は金目の物を巻き上げるついでに冒険に有用そうな何かを探していた。

 

「……ん、あー、成る程」

 

「何か見つけたのか?」

 

 かつて放棄された砦跡地でも使ったのだろう、盗賊が使っていたにしては小奇麗な拠点を漁っていたアークが声を漏らす。

 アークが手に持っていた紙をこちらに見せる。特徴的な髑髏の意匠が施されたそれは、最近冒険者ギルドで噂になっているとある教団の物だった。

 

 アークが薄く笑う。

 

「盗賊にしてはやけに物資が整ってると思ってたんだ、ここに来るまでにも魔導書らしき物が沢山あったしな」

 

「だがさっき盗賊を尋問した時はそんな事言ってなかったぞ?」

 

「恐らく頭領だけが知ってたんだろうな、そういう意味では初手で情報源を潰したのは痛いが、まぁ気にしなくてもいいさ。それよりどうする? 闇の教団、如何にも危ない魔法がありそうじゃないか」

 

 魔法の知識を求めている事を大分前から打ち明けていた僕には拒否する理由などありはしなかった。

 

 

 

 

 

 コツリ、コツリと石畳を叩く靴の音が、辺りに響く。

 

「……いやはや、まさか早々にここまで嗅ぎ付けて来る輩がいるとは、手を伸ばしすぎたか?」

 

 僕達が拠点を構える小国家の街の地下深くに、その神殿はあった。

 表には出せない様な思想を掲げ、着々と牙を研いでいる教団の本拠地である。教団がろくでもない事をしようと企んでいる、それは無法者への資源提供などから推測できていた事だ。

 

 だがそんなものは序の口とでも言うように、この神殿全域におぞましい魔力が満ちている事を、僕の鼻は伝えてきた。

 

「教徒共はどうした?」

 

「一人の例外無く殺した」

 

 アークがそう言うと黒いローブを纏う長身痩躯の男は笑った。

 

「ふっ、くく、噂の“紫電”がどのような傑物かと思ったら。まだ年端も行かぬ子供であろうにどの様にしてそこまで上り詰めたのか興味があったが、なんて事は無い。お前もまた狂っているのだな」

 

「目を向けたくは無いけど自覚はしてる。それで? お前達は、いや、お前はここで何をしていた?」

 

「ふむ、まぁここまで来れたご褒美だ。今更隠し立てはせんよ」

 

 そう言って男は骨と皮しか無いような手を足元へ向け、無数に散らばる水晶の内一つを手に取った。

 

「この世界には様々な超級職が存在する。決して手の届かぬ物ではない、だが蓋を開けてみれば超級職を持つ者はほんの一握り、長い事継承者がいないせいでロストジョブとなった物もある。私は悲しいのだ、本来手にする事が出来る力をそのままにしておく事が」

 

 話は変わるが、と男はこちらを指差す。

 

「人は超級職をどれだけ持つ事が出来ると思う?」

 

 僕には、多分アークにも男の言っている事はよく分からなかった。超級職は一人に一つが限界だと誰もが思っているからだった。

 

「超級職はこの世に二つと存在しない、これはそうあれかしと世界が定めた理だ。だが、一人が超級職を複数所有する事は可能。あまり伝わってはいないが【超闘士】の存在からもそれは明らかだ」

 

 では、それに限界は存在するのか?

 

「答えは否だ。少なくとも、一人が三つの超級職を同時に持っていても問題は無い。……何故断言出来るのかと問いたげだな?」

 

 パキリ、と男が手に持っていた水晶が砕け散り、夥しい量の魔力が男の周囲を渦巻く。

 ここまで来てあの魔力の正体が漸く分かった。あれは怨霊だ。鼻が曲がりそうな恐ろしい匂いがあの水晶から漂う。

 ……であるならば、もしや男の足元に転がる無数の水晶は全て――

 

「単純な事だ、私が超級職を三つ所持しているからに他ならない。そして遅くなったが君の質問に答えよう。私の目的は失われた超級職を全て蒐集する事だ。この教団もそれらの情報を集める足掛かりだよ。だが君にばれてしまった。もうこの街に潜む意味は無くなったと見ていいだろう、去り際に街を滅ぼしておこうか。私を知る可能性は悉く潰さねばならぬ」

 

「……させるものか」

 

「くく、どうして笑っている? もしや私のような「分かりやすい悪」を待ち望んでいたのか? 面白い、さて、遅れてしまったが自己紹介をしようか」

 

 男が一つずつ、大切なものを踏み躙る様に足元の水晶を磨り潰していく。溢れた魔力は男の元へ集い、密度を増していく。

 

「私の名はシュヴァルツ、【闇王】、【死霊王】、【呪術王】の超級職を持つ者だ。」

 

 男――シュヴァルツが纏う闇は、「倒すべき悪」を形作り僕達に牙を向いた。

 

 

 

 

 

 こうしてシュヴァルツとの戦闘が行われ、僕達は劣勢を強いられた。

 だが逆に言えば三つの超級職を持つシュヴァルツ相手に劣勢ながらも戦闘を継続出来ているという事でもある。細かい理由は多々あれど、この状態になった理由は大きく分かれて三つある。

 

 一つは僕の存在だ。シュバルツが新たに魔法を使う度に、その魔法を覚えて対抗出来る魔法を打ち出す。シュヴァルツに【闇王】や【呪術王】の魔法を返してやる事で相手の混乱を狙ったりもした。

 アークが強くなるにつれて様々な魔法を覚えていったのであまり使わなかったが、相手が未知の魔法を使ったとしても、その魔法が使える下地と魔力があるのなら僕にもそれは扱える。

 

 【天竜王】が認めた魔法の才は生半可な物ではなかった。

 

 もう一つは僕とアークが共に戦っていた事だ。僕は広域制圧や広域殲滅、アークは個人戦闘に特化している為、シュヴァルツが【死霊王】としてアンデッドを大量に呼び出せば僕が対応し、【呪術王】として個人戦闘に切り替えるならアークがシュヴァルツを抑える。

 ジリ貧ではあるが、結果として僕達はシュヴァルツとの戦い方に合致したパーティーだったのだ。

 

 最後に、これが一番大きいが、シュヴァルツ自身が戦闘に長けていない事が挙げられる。

 【闇王】に【死霊王】に【呪術王】、手数だけ見れば百や千は容易に上回るが、シュヴァルツがその豊富な手数を生かして戦えているかと言われれば、答えは否だ。

 長く戦って漸く分かったがシュヴァルツは己の体を軸にした戦いが苦手なのだろう。拙い、或いは力に振り回されていると言い換えてもいい。

 

 シュヴァルツは手にした力に胡坐をかいていたのか? いいや、きっと違う。シュヴァルツにとっては「超級職をこの身に集める事」が目的で、それが終着点だったのだ。

 

 その事にシュヴァルツも気付いたのだろう、顔を顰めて保守的に動き始める。

 ニィとアークが笑う。やはり拙い。戦闘に活かしきれなくても攻勢に出られなかったのはその膨大なスキル量とそこから派生する手数の多さからだったというのに。

 

 着々とシュヴァルツの体に傷を増やしていく。短杖と短剣を扱うアークの変則的な魔法剣士染みた戦い方は対処を間違えればそれだけ相手が不利になる。

 勝機はある。僕達の全てとシュヴァルツの全てが噛み合った結果だが、人はそれを運命と呼ぶだろう。

 

 だから僕達は勝ちを確信して、シュヴァルツが何か仕出かそうとしている事に気付けなかった。

 

「最早ここまでか……」

 

 シュヴァルツが諦念を漂わせた声音でそう呟く。アークが何事か問い質そうとする間際、奇怪な匂いがシュヴァルツから漂ってきた。

 

「アーク! 離れ――」

 

 神殿が崩れかねない程の広域魔法がシュヴァルツの手元から吹き荒れる。形振り構わずこちらを殺す算段に出た様だ。

 そんな事をすれば自身も死にかねないというのに、シュヴァルツに死に対する恐怖は無い。

 

「私は選択を誤った。君達と戦う事自体が間違いだったのだ。超級職の蒐集は私の意志を継ぐ者が行うだろう、ならばこの手で、せめてお前達だけでもここで殺す」

 

 この街諸共崩れ去れ。そうシュヴァルツが言い放った途端、大地が揺れる。本当に手段を選ばなくなった。この街ごと僕達を消さなければならないと思ってしまったのか。

 

「アーク、一度上に逃げよう! 街が危ない!」

 

「行かせると思うかね?」

 

 アークがその場に倒れ付す。

 

 何を。

 

「【呪術王】の奥義だよ。己の死と等価交換だ。諸共に死ぬがいい」

 

「貴様――ッ! ふざけるなッ!」

 

 思いつく限りの魔法をシュヴァルツに叩き込む。それをシュヴァルツは避けようともせずに、全ての魔法が直撃した。

 

「そこの少年ももって数分の命だ。相手を確実に殺す為だけに自分なりに改良した物だからな、【教皇】はおろかかの【天竜王】であろうと蘇生は不可能、手遅れだよ、“紫電”の片割れたる天竜よ」

 

 狂ったような笑いと共に、シュヴァルツは息を引き取った。だというのに、大地の鳴動は止まらない。

 

 アークの元へ向かうと苦しそうに横たわったままだった。どうにかしようとして解呪の魔法を試し、あっけなく無効化される。

 手遅れ、アークが死ぬ、どうかしなきゃ、いや、どうも、出来ない。頭の中を無数の思考が駆け巡り、出た結論は何も出来ないという物だった。

 

「……マギ、頼みが、ある」

 

「ッ、アーク!?」

 

 今も呪いが全身を駆け巡っているにも関わらず、アークは立ち上がった。

 

「俺との約束、覚えてるか?」

 

「……うん」

 

「呪いが俺を殺す前に、マギ、お前が俺を殺すんだ」

 

 アークの目は事ここに至っても憧れに満ちた物だった。

 

「もう俺はここで死ぬ、だからどうか、その前に」

 

「……じゃあ僕もわがままを言わせて貰うよ。アーク、最期に勇者と魔王として戦おう」

 

 最後くらいは、僕にも夢を叶える手伝いをさせてくれ。アーク。

 頬を伝う涙が石畳に落ちる。

 

 きっとこれが、最後の分岐点だった。

 

 

 

 

 

 その後の事は幾ら時が経とうとも忘れはしない。街に出て、シュヴァルツの悪行を全て僕の物にした。何もかもを壊して、街の人々を遠ざけた。

 

 そんな僕を止める振りをするアークとも戦った。今まで戦った中で一番強かったよ。気力が切れるその瞬間まで殺す気で挑み、僕の喉に短剣を突き立てた。きっとこの傷跡は消えないものになると思う。

 

 アークは瓦礫の山で寝そべる僕の体に身を預けて、浅い呼吸を続けていた。

 

 ――マギ、魔王として、時が許す限り、生きてくれ。死ぬまでに、俺が驚く様な、英雄譚を用意してくれ。

 

 あぁ、約束だ。

 

 避難していた街の住民はずっと遠くでこちらを窺っていた。そうだ、目に焼き付けろ。今から行う一撃は「倒すべき悪」の誕生、そして一人の勇者への葬送だ。

 

 崩れ去った街に落ちる災禍の雫は、一滴の涙の様に思えた。

 

 

 

 

 

「こちらの問いに答える気力はあるか?」

 

「……誰だ」

 

 灰燼に帰したとある街の跡地で一匹の竜は奇怪な人物と相対する。

 

「私はジャバウォック、君の様に力あるモンスターに更なる力を与えに来た。【UBM】、と言えば分かるか」

 

「……成る程、二つ質問がある」

 

「聞こう」

 

「その力を得れば、魔王のような力は手に入るか?」

 

「当人の素質と力量次第だが、可能性は零ではない」

 

「ならもう一つ、名前を付けるのはお前か?」

 

「一概にそうとは言えないが、要望があるのなら言ってみるといい」

 

「僕の【UBM】としての名前に、マギという名を入れてくれ。それが出来るのなら、喜んでこの身を差し出そう」

 

「いいだろう」

 

 あの時憧れを口にしなければ。

 

 あの時子供を見捨てていれば。

 

 あの時願いを否定していれば。

 

 あの時彼の夢を叶えなければ。

 

 幾多の仮定が頭を過ぎり、そのどれもが泡沫の如く消えていく。

 

 全ての分岐点は過ぎ去った。もう僕の道はアークの遺志が照らす魔王としての一本道だけだ。

 

 だから(マギ)は。

 

 だから(【魔竜王 ドラグマギア】)は。

 

 ただ悪辣たれをこの身に宿し、魔竜王として、今日この時まで生きてきた。

 

 なぁ【妖精女王】。

 

 私はこの昔話をお前に話して良かったと思っているよ。

 

 遠くで私を打倒せんと息巻く者の気配を感じる。

 

 私の命に手が届くやも知れぬ人間だ。

 

 ……漸く、お前への土産話が出来そうだ。アーク。

 

 




マギ
・【遡竜王 ドラグトラベル】の末子であり、生まれつき魔法の才に秀でた特殊個体。幼竜に似つかわしくない思考能力も特徴の一つ。
・人間の子供であるアークと行動を共にするにつれて行動原理に「あらゆる魔法を習得する」に加えて「アークが夢を叶える瞬間をこの眼で見たい」が追加される。
・アークが夢を叶え、【魔竜王 ドラグマギア】という名を新たに付けられてからは「アークが英雄だったという事実を己の悪行によって証明する」事を目的として行動していた。
・歪んで捩れてずれてしまった生きる意味に、彼は少しずつ疲れてしまっていた。

アーク
・英雄になりたいという夢と夢物語の英雄に対する憧れを持ち合わせていた少年。ある時無謀な冒険をしようと試みて狼に襲われ、紫色のドラゴンの子に救われた。
・【従魔師】としての実力は高く、マギの力はあれど二つ名を獲得するに至る。後に【竜騎兵】や【襲撃者】のジョブを得るなど、子供ながらに戦闘能力は一線を画していた。
・冒険者としてどんどん強くなっていく中で己の中の英雄にたどり着ける事は無いのだろうかと悩みもしていた。アークの中の英雄像が高すぎるのも原因の一助であり、よく言えば純粋で、悪く言えば子供染みた考えを改められなかったのだろう。
・強者と勇者の違いは倒すべき悪がいないからと思い至るようになり、だんだんと魔物退治や盗賊狩りなどを好んで行うようになる。
・闇の教団の主である【呪術王】の死と同時にかけられた呪いによって己の死期を悟り、運命の相手であり唯一無二の相棒であるマギに最後の夢を叶えて欲しいと願う。
・アークにとっての誤算はマギが思っていた数倍も己の事を慕っていた事に気付かなかった事。マギがアークの心中が分からなかったようにアークもまたマギが己の事をどれだけ考えているか分かりきってはいなかった。
・結果小国家を巻き込む大災害を引き起こした元凶と言っても差し支えない事を仕出かしたアークだったが、真相は何もかも災禍によって消え去った。記録に残っているのは暴走した竜を一人の少年が足止めしていたという事実だけである。

シュヴァルツ
・強くしすぎたチョイ役。【闇王】と【死霊王】と【呪術王】の三つの超級職を持つ。
・超級職を得て何かしようではなく「超級職を蒐集する」事が目的なので本人の力量はかなり低い。
・最初に【死霊王】に就く事で寿命という時間制限を排し、ゆっくりと時間をかけて超級職を集めていった。数百年もすれば、本当にロストジョブ全てに手を掛けていたかもしれない。
・アークはとんでもない魔王を生んだが、同時にとんでもない化物になり得る可能性を排除した。

一匹の竜の過去でした。言う必要は無かったのに言ったのは少しでもアークの存在を知る人が増えて欲しかったからですかね。
ジャバウォックの対応に自分でも若干違和感あるけど彼も相手が知性と理性を持ってたらちょっと交渉するくらいはするかもしれない。
特に重要じゃないけどアークの勇者に対する想いについてはロボトミの「憎しみの女王」を参考にしてたりする。
一万字を超えたりしなければ次回決着です。

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