これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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第三十話 アムニール防衛戦線⑥南西、勇者と魔王。

 

 霊都より南西、血が染み込み肉で彩られた臓物の山が点在する紅い戦場にて。

 

 血の海に倒れ付す【妖精女王】に聞かせていた昔話を終えた【魔竜王 ドラグマギア】が霊都の方向へ目を向ける。

 

「……何故、私にその話を……?」

 

 既に意識を失っても不思議ではない程の出血量でありながら【妖精女王】は語りかける。

 

「何故だろうね、彼の存在を知るものが増えて欲しかったからかもしれないし、君の時間稼ぎに乗っても良いと思えたからかもしれない。私でも良く分からない、言う必要は無かったのにね。」

 

 何に対してか分からない期待が心の内で芽生えたのは北東方面で分身体が二体も消え去った感覚がしてからだ。それから、何となく興が乗ったのかもしれない。

 

「喜びたまえよ【妖精女王】、君の命懸けの時間稼ぎは実を結んだ」

 

 そぅら、見たまえ。

 

「君達の希望がやってきたぞ?」

 

 遥か上空で蒼い鳥に捕まっていた何者かが地上へと落ちる。いや、私目掛けて向かってくる。

 その男は揺らめく炎を思わせる大剣を携えてこちらを見据えていた。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 時は少しばかり遡る。

 

 ネビロスが満身創痍の中で伝えた情報をプラタイアから聞いた俺は、プラタイアのエンブリオである【フィロソフィア】に掴まって南西へ向かっていた。

 幾らステータスが高くとも空を飛んだ方が早いと判断しての事だったが、悪くない選択だった様だ。

 

 空を飛びながら地上の惨状を眺めて舌打ちを一つ零す。

 

 彼我の実力差を見誤っていた。

 

(……いや、見縊っていたと言っていいだろう)

 

 たとえ【UBM】が関わっていようとスタンピードには変わりなく、雑兵を殲滅し【UBM】を狩れば事は終わると、開戦後までもそう思っていた。

 蓋を開けてみれば、どうだ? 【魔竜王 ドラグマギア】の分身体に過ぎない相手にこうも戦場をかき乱されて俺達が劣勢に追い込まれている。

 

(本当に、あいつは良くやってくれた)

 

 ネビロスが【魔竜王 ドラグマギア】の分身体を消し、【餓鬼王 グレイロード】の特典武具の力で本体の位置を割り出さなければ片っ端から分身体を殺して本体を探す羽目になる所だった。

 一つの戦場内でスタンピードが完結しているのならその手も打てたが今回は霊都を中心に全方位で戦争が行われている。戦場から戦場までの移動時間がそのままタイムロスに繋がり、時間を掛ければ掛けるほど何処かしらの綻びは大きく修復不可能な物になっていただろう。

 

 ……重ねて思う。本当にネビロスは良くやってくれた。

 

 あいつの情報が無ければ真っ先に南西に行こうとはしておらず、眼下で血の海に沈む【妖精女王】を助ける事は叶わなかっただろう。

 

 フィロソフィアの足から手を離し、ユースティティアをフランベルジュに変化させる。

 

「【ドラグマギア】ァアアアアアアアアア!!」

 

 初手最大火力の《炎天昇華》。ここに来るまでに溜めた熱を光として打ち出す。炎や熱波などとは比べ物にならない、正しく光速で放たれたそれは【魔竜王 ドラグマギア】の全身を余す事無く焼き焦がす。

 

「随分な御挨拶じゃないか」

 

「お前に構ってる暇は無いからな」

 

 まだ生きている。居場所を確認しすぐさまエストックに形態変化。《命脈昇華》で分身体を刺し貫く。

 

「むっ……」

 

「お前、もうMP使い果たしただろ」

 

 痛みや倦怠感を微塵も感じさせない振る舞いをしていたが、先程三人がかりで戦った分身体と比べ、あまりにも脆い。

 大方、【妖精女王】との戦闘で肉体を構成する魔力まで消費せざるを得ない状況にまで追い込まれたのだろう。傍から見れば【妖精女王】が手も足も出ずに負けたように見えるかもしれないが、彼女の命を賭した足止めは決して無駄などではなかった。

 

 ポーションを飲んで使用したHPを回復し、更に《命脈昇華》で分身体の体を抉っていく。

 

「何が君をそこまで駆り立てる?」

 

 蜂の巣状態になった分身体を構成する魔力が解け、同時に背後で声が聞こえた。

 振り返るとモンスターのドロップアイテム――内訳の殆どが肉や血、内臓の類であった――の山の上に霧が晴れるように【魔竜王 ドラグマギア】が姿を現した。

 

 あれは本体だ。誰に言われる訳でもなく理解した。直前まで欠片も感じ取れなかった威圧感が、分身体のそれとは格が違う。

 

「私には君が何かに怒っている様に見えるが、さて何に怒っているのかな。【妖精女王】を傷付けた事か? 全ての戦場に分身体を差し向けた事か? 私を殺すと息巻いていたマスター達を鏖殺した事か? それとも霊都を攻め落とさんとスタンピードを仕掛けた事か?」

 

「怒りだけでここに来た訳じゃないさ。俺を信じてついてきてくれた仲間、勝てよと言ってくれた友の意思を無駄にしない為にここまで来たんだ」

 

 ユースティティアを【魔竜王 ドラグマギア】へ差し向ける。

 

「ここで死んでもらうぞ、【ドラグマギア】!」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】は目を細め、クハハと笑った。

 

「そうか、それがお前の矜持か。いいだろう私が相手になってやろう。止めて見せろよ? テルモピュライ」

 

 死骸の山から降り立ち、翼を広げて紫水晶の如き輝きを放つオーラが溢れ出た。それは【竜王】であれば誰もが持ちうる物。

 

「《竜王気――」

 

 ――それを更に派生させたスキルだ。

 

「――魔天牢》」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】の宣言により、世界は塗り替えられた。

 

 

 

 

 

 【魔竜王 ドラグマギア】は【遡竜王 ドラグトラベル】の子である。それを知る者は殆どいなくなったがその関係は紛れもなく事実である。

 そして親と子である以上、異常個体から生まれた異常個体であるとは言え、多少なりとも【遡竜王 ドラグトラベル】から受け継いだものもある。

 

 最たるものが空間の支配能力だ。母である【遡竜王 ドラグトラベル】は余りある時の中で蓄えたリソースを基に自在に時間遡行能力を行使できる世界を展開する。

 歪ながら、【魔竜王 ドラグマギア】は圧倒的優位に立てる絶対領域の模倣に成功した。

 有り余る魔力を《竜王気》に注ぎ込み、オーラに触れたありとあらゆる物質を蝕み、飲み込まれたものの魔力を奪い取る牢獄。

 

 あらゆるものは己の持つ力を差し出して死んでゆく、それが【魔竜王 ドラグマギア】が定めた牢獄のただ一つの法則だった。だがその法則が適用されるのは弱者のみ、【魔竜王 ドラグマギア】と真っ向から戦うに値する強者であれば、そのちっぽけな鳥かごは整えられた戦いの場へと姿を変える。

 

 

 

 

 

 辺りが無作為に張り巡らされた魔法陣で構成された空間へと変貌した事に思考が止まったが、背後で苦悶の声を上げる【妖精女王】に我に返る。

 

「大丈夫か!?」

 

「カフッ……私の事は放って」

 

「おける訳ないだろ! お前が死んだら何もかも水の泡だろうが!」

 

 脳裏に【妖精女王】をお前呼ばわりしてしまった罪悪感が頭を過ぎるがそれこそ心底どうでもいい事だ。懐から快癒万能霊薬を取り出して【妖精女王】に飲ませる事に専念する。

 

「んくっ、この空間、どうやら内部に存在する全てから魔力を奪っていっている様です」

 

「……何だって?」

 

 己のステータスを見やると、確かにMPが徐々に削られている。即座にユースティティアをグレートソードに形態変化、振り向き様に全霊を込めて【魔竜王 ドラグマギア】へ向けて《妖天昇華》を放つ。

 じりじりと吸収される位なら、とそこそこのMPを注ぎ込んで放たれたそれは魔法陣だらけのこの空間に、解けるように消えていった。

 

(MP吸収から予想はしてたが魔法攻撃もアウト、と。純魔が放り込まれたら成す術無くなるんじゃなかろうか)

 

 《妖天昇華》を放つ前に魔力が霧散するという事は無かったので地属性の純魔なら何とか行けそうな気もするがさておき。

 最後の確認だ。

 

「ここから逃げられるか?」

 

「無理です、今私が動けないのもありますが……この空間の外縁に近付けば近付く程魔力を、いえ、それどころか生命力すらも吸収されていきます」

 

 外に救援要請も兼ねて妖精を飛ばしたが瞬く間に死んでしまったと【妖精女王】は言った。

 なるほど、なるほど、なるほど。

 

「つまり速攻で【魔竜王 ドラグマギア】を倒せばいいわけだ」

 

 【妖精女王】をこの場から逃がす事はできず、増援を待ってるだけの時間は無く、こうしている間にも魔力を奪われ続けるのであれば。どれだけ時間を稼いでも、どれだけ策を弄しても、結局の所はそこに帰結する。

 であるならばまどろっこしい事はもう抜きだ。

 

 MPが吸収される空間? 相手の絶対的有利? 知った事ではない。道を阻むものを全て切り払い、上から正義を叩きつけ、この戦争を終わらせてやる。

 何て事は無い、つまる所いつも通りやればいいのだ。

 

「《崩玉炉》、《再生核》、《灼熱帯》」

 

 【魔竜王 ドラグマギア】を見据えつつバフを重ねていくが、以外にもバフを掛け終わるまで【魔竜王 ドラグマギア】が動く事は無かった。

 

「準備は出来たかい?」

 

「存外律儀な奴だ、感謝するぜ」

 

 最終決戦は互いの致命の一撃を交わす事で幕を開けた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 【妖精女王】は何とかして救援を呼ぼうと悪戦苦闘していたが、仮に救援を呼んでいれば戦闘の余波で吹き飛んでいただろう。

 それほどまでに次元の違う戦いだった。

 

 技巧が優れてるとか手数が多いとかそういう訳では無い。

 

 一分の隙も無く放たれる【魔竜王 ドラグマギア】の過密な魔法攻撃をたった一振りの業火と炎熱で吹き飛ばす。お返しとばかりにテルモピュライの持つ巨大槍から放たれた衝撃波は十重二十重に展開された障壁によって阻まれる。

 

 ――振るわれる力そのものが桁違いなのだ。

 

「ハハハハハァアッハハハアア!!!」

 

 テルモピュライが狂喜の叫びを上げる度に、幾度と無く形を変える蒼い剣を振るう度に、空間が軋みを上げて純粋な殺意が具現化した様な無数の斬撃が【魔竜王 ドラグマギア】に殺到する。

 迎え撃つように【魔竜王 ドラグマギア】の全身を覆う紫電が迸り、幾重にも重ねられたありとあらゆる魔法がテルモピュライの全ての攻撃を無為に帰す。

 

 仮にも【妖精女王】として力を蓄えてきた私でも目を覆いたくなるような、馬鹿げた力のぶつかり合いに堪らずここが何処かも忘れて結界で身を覆う。

 数瞬後には結界を構成する魔力が空間に吸収されてしまった。こうなるともう私に出来る事は出来る限り身を縮めて流れ弾に当たらないように祈る事だけである。

 

「……やはり」

 

 やはり衰えている。女王として霊都に住まう者達の誰よりも強いという自身と自負はあるが、全盛期に比べれば遥かに力が落ちてしまった。

 全盛期の時のような力があれば【魔竜王 ドラグマギア】を退ける事も出来たのだろうか。そう、例えば先代【妖精女王】の様な全てを撥ね退ける力があれば……。

 

(……私にはこの名は荷が重いですよ)

 

 

◇――◇――◇

 

 

 興奮から堰を切ったように叫び声が俺の口から漏れ出るのを抑え切れぬまま、俺は冷静に現状を分析する。

 《妖天昇華》と《命脈昇華》のリソースは補充され続けるが、《炎天昇華》のリソースを生む鉱石系アイテムの貯蓄に若干の不安がある。トリカブトからコルタイト鉱石を幾つか貰ったのでまだマシな部類だが……。

 

 MPが吸収される為《妖天昇華》は掻き消され、防具も身に付けてないため《塵埃昇華》もダメージソースになり得ない。必然主な攻撃は《命脈昇華》、《決起昇華》、《炎天昇華》の三つに絞られる訳だがこの中で面制圧が可能なのは《炎天昇華》だけだ。

 向こうの魔法を迎え撃つ手段が無くなるのは避けなければならない。

 

 なら。

 

「必然短期決戦になるよなぁああああ!?」

 

 けたたましく、狂ったように声を荒げて更に苛烈に攻撃を重ねていく。

 頭では冷静でいながら徐々に口調が荒々しくなっていくのは事前に摂取したアイテムの影響だ。AGIとDEXを一定時間上昇させる代わりに正常な思考が出来なくなる物らしい。

 幸いマスターの精神保護の対象だったのか思考だけはクリアだが。ふと思い出したが【魔竜王 ドラグマギア】の精神支配は何故マスターに正常に作用したのだろうか、運営の忖度……いや、無いな。

 

 まぁここまで来たんだ、今ここで俺がこいつを倒せばそんな些細な事に頭を悩ませる必要も無かろうて。

 

「ふっ――」

 

 フランベルジュ形態で目晦ましとして《炎天昇華》を放ち、即座に【魔竜王 ドラグマギア】の元へ駆け寄る。同時にユースティティアもフランベルジュから形態変化、選んだのはエストックだ。

 

「そう何度も――む?」

 

 何度も繰り返された障壁の多重展開を確認し、跳ぶ。

 

「《命脈昇華》ァ――!!!!!」

 

 HPを九割消費し、【魔竜王 ドラグマギア】の展開した数十もの障壁を全て突き破る。何驚いてんだ、予想外は通用しねぇぞ?

 空中で体を捻り【城塞炉心 タタラ】の《崩玉炉》を解除、HPの回復は《再生核》での超リジェネに任せてユースティティアをパルチザンに形態変化。

 

 上昇したAGIとDEXに任せて空中で【魔竜王 ドラグマギア】に向けて被ダメージのリソースを全て注ぎ込んだ《決起昇華》を零距離で解き放つ。

 

「なッ――」

 

 少なからず油断をしていた【魔竜王 ドラグマギア】は障壁を張る間も無く放たれた攻撃に対して初めて回避を選択した。だがそれでも避け損ねた俺の攻撃で、徐々に体力は蝕まれていく事だろう。

 膠着状態だった戦闘は俺に有利な場面へと傾いていく。

 

 さぁ。さぁさぁさぁ。

 

「拍車をかけていこうかァ!! ――《天と地分かつ正義の剣(ユースティティア)》!!」

 

 

 

 

 

 マスターの情報の中で最も値打ちのある情報は何か。論ずるまでも無いだろう、超級職? 戦闘スタイル? 何れもNOだ。

 

 答えはエンブリオ。マスターによって千差万別な力を持つ相棒にして切り札そのもの。

 マスター同士での戦闘ではエンブリオの力量や相性が戦況を左右する。それ故マスターの情報の中でも最も価値が高く、マスターもまた必死に秘匿する。

 

 そんなマスターが多い中では珍しい方だろう、テルモピュライの様に己の必殺スキルの存在を秘匿しようとはしないマスターというものは。

 

 テルモピュライのエンブリオである【乾坤一擲 ユースティティア】の必殺スキル、《天と地分かつ正義の剣(ユースティティア)》の効果は「指定した時間の間、全てのステータス及び全てのユースティティアの固有スキルの威力を上昇させ続ける」というもの。

 小細工抜きにただ強くあれを体現した、対策されにくいステ上昇型の必殺スキルになっている。

 

 どれだけ策を弄しても必ず殺す。テルモピュライが必殺スキルを秘匿しないのは、その程度の情報を得た所で何も出来ないという自信と必殺スキルへの対策を練ってきたのならそれごと叩き潰すという自負に裏づけされたものだった。

 

 

 

 

 

 相対するテルモピュライという名のマスターが何らかのスキルの名を叫ぶ。と同時に今まで空いていたテルモピュライの左手に黄金色の天秤が握られていた。

 

「戦闘終了までだ、対価の未来は好きなだけ秤に乗せろ!」

 

 その言葉と共に天秤は霞のように掻き消え、テルモピュライの体が薄い藍色に輝き始めた。

 ――まずい。

 

 最早後の事等気にしている余裕は無い。

 霊都を囲む無数の魔物達から、各地に配置した分身体を通して一匹の例外無く命尽きるまで魔力を徴収する。

 

(……足りない、これではまだ)

 

 ぽつ、ぽつと私の体の周りに無色透明な水滴が浮かぶ。魔法で生み出した物ではない、戦場に蔓延る全ての魔物の魔力を集め束ねて凝縮した純粋な魔力の塊だ。

 水滴は徐々に体積を増していき、瞬く間に私の体を覆い隠すほどになった。

 

 溢れんばかりの魔力を使って広範囲の海属性面制圧魔法を多重展開しテルモピュライを押し流そうとするが何もかもが薙ぎ払われる。

 構わず魔法を連発してもただの一振りの反撃が全てを泡沫に帰していった。

 

 じり、と足元から何かの音がした。

 

 ……無意識に私が後ずさった音だ。

 

「……何故、最初からそれを使わなかった」

 

 私のその言葉にテルモピュライは攻撃の手を止め、持っていたグレートソードを地面に付きたてた。

 

「エンブリオの必殺スキルなんだ、デメリットが無い訳無いだろう?」

 

 至極真っ当な事だという様にテルモピュライはそう言った、確かに切り札を秘匿するには十分な理由だろう。

 それでも、求めていなかった答えに私は目を細めた。まるで眩しいものを見るように。

 

「何故、何故マスターばかりがそのような力を手にする!? 長い、永い時を経て力を蓄えてきたというのに!」

 

 自分でも制御できない感情の発露、それをテルモピュライは黙って見ていた。

 

「何故今更になってとでも言いたげだな、あぁそうさ、私はお前の様な強者を待ち望んでいた! 私を超える力を持つのならその者に討たれても良いと、ずっとだ! だが、血反吐を吐くような努力も届かぬ夢に手を伸ばす必要も無い貴様らマスターが私を超える事に今になって苛立ちを覚える!」

 

 今もテルモピュライに対して少なからず恐怖を抱き逃げようとする本能に心底嫌気がさしてくる。

 

「まさかお前……」

 

「そうさ、悔しいんだよ私は! 今まで彼と歩んできた道が無駄だったと嘲笑われている様に感じるんだ!」

 

 言った、言ってしまった。今まで悪辣に、魔王然とした振る舞いを心掛けていたというのに。

 

「――無駄なんかじゃあ無いさ」

 

 ――。

 

「ロールプレイをかなぐり捨てて悔しいと思えるのは自分の力に本当に自信を持っていた証拠だ」

 

「……知ったような口を」

 

「利かせて貰うぜ、お前何を申し訳無さそうにしている? 誰に謝るつもりだ? お前の言う彼とやらか?」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

「お前のその力は全てお前の研鑽による物だ、全てお前が得た力だ。【魔竜王 ドラグマギア】、自分の力をここにいない誰かに委ねるな。お前の力なんだ、自信を持て、それ以上に己の力に誇りを持て」

 

 それは私の根幹を揺さぶる言葉に他ならず。

 

「自分よりも弱いと思っていた奴が強かった? だからどうしたと笑い飛ばしてやれ、傲岸に不遜に哂え」

 

 テルモピュライが、本心から私を激励しているのだと。

 

「お前が何に縛られてんのかしらねぇが、手始めにうっとおしいこの鳥籠をぶっ壊してやる」

 

 漸く気付いた。

 

 テルモピュライが地面に突き立てたグレートソードを引き抜き、渾身の力を込めて袈裟懸けに刃を振るう。

 本来なら例外無く魔力を吸収する筈のこの空間が、大瀑布の如き衝撃波に晒され軋みを上げていき、そして――

 

 

 ごめんな、俺のわがままに付き合わせちまって。

 

 

「お前を縛り付けるものなんて、その気になればどうでも良いの一言で片付けられるもんなんだ。さぁ戦おうぜ【ドラグマギア】、【剣聖】テルモピュライがお前の物語に終止符を打ってやる」

 

 世界を構築していた魔力が呆気無く砕け散る。私のただひとつの呪いと共に魔王城は瓦解した。

 

 そう、か。ずっと気を張っている必要なんて無かったんだな。お前がそう言うのなら、今しばらくは私の倒されるべき悪としての役割は忘れよう。

 

「あぁ、吹っ切れたよ。ありがとう、テルモピュライ。お礼にこれから一撃で葬り去ってくれよう」

 

「望む所だ、やってみろ【魔竜王 ドラグマギア】」

 

 その言葉を聞き、私は翼を大きく広げ空高くへと飛んだ。

 高く、高く、より高く。翼をはためかせる度に私の存在に気付いた人間達が攻撃を加えようとしてくるが、今更そんなものに当たってやるつもりは無い。

 

 そうして私が追い求めたアムニールの頂上と同じ高度まで来てやっと、全ての戦場を見渡せる所まで来た。

 

「今引き寄せられる全ての魔物を引き寄せろ」

 

 私が下した命令と共に各地の分身体が同時に津波のように支配下においている全ての魔物を放出した。だがこれは戦力として数える訳では無い。

 戦場に存在する全ての支配化の魔物から各地の分身体へ、分身体から私へ。呼び寄せた魔物から全ての魔力を徴収し、各地に展開していた分身体を構築する魔力も吸収する。

 

 そうして集めた魔力を圧縮し、凝縮し、湖ほどの液体が集まった。

 さぁこれからだ、こんな物では終わらない。

 

 翼を広げ、周囲の自然魔力も掻き集める。湖ほどの魔力の塊を更に押し固め、一滴の雫になるまで収縮させる。そしてそれを自然魔力で成型し内部の過密な魔力を沈静化させ、地面に落ちる衝撃で暴虐の嵐が吹き荒れるように調整を重ねた。

 

 今まで操った事の無い量の過剰な魔力に苦戦しながら口先に意識を集中させていく。

 それが出来る頃には空から光が薄れ――

 

 ――戦場が凪いだ。

 

 さぁ見るがいい、これが正真正銘私の切り札だ。私が手に入れた力。ここまでお膳立てして貰ったんだ、マスター如きに破れる事などある物か。

 ……だが、あぁそうだな。もしもこの技をテルモピュライが打ち破ったのなら、その時は――。

 

 天からは遍く全てを塵へと返す一粒の雫を作り上げた私が、地からは白熱した蒼いフランベルジュを構えたテルモピュライが。

 

「《災禍の涙》」

 

「《炎天昇華》ァアアアアアア!!!!!!」

 

 互いに示し合わせたように自身の最強の一撃を放った。

 

 テルモピュライの宣言したスキル名は何度も聞いたものだったから、私はそれを聞いて炎を放つのだろうと思っていた。

 だが炎ではなく熱を扱うスキルと知っていれば、成る程確かに、それを予測する事は出来たのだろう。

 

 大地から天空へと昇るその一撃は、正しく一条の雷となって《災禍の涙》を迎え撃つ。

 

 だが拮抗していたのは一瞬だ。その程度で私の力は止まらない。テルモピュライの放った雷を押し退けるように《災禍の涙》は地面へと着実に距離を近づけ――

 

「――上乗せだ! 何もかもをくれてやる!!」

 

 轟音と共に、雷が勢いを増した。

 極大の豪雷が《災禍の涙》を包み込み、そのまま消し去ってしまった。

 

「……クハッ」

 

 何でもありかよ、全く。

 豪雷は勢いを更に増していき私の体すらも飲み込む。痛みは、無かった。

 

 どうだ、強かったか?

 

 ……あぁ、強かったなぁ。 

 

 マギが認めた勇者かぁ、なんて名前なんだ?

 

 ……テルモピュライ、もう名前を忘れる事は無いだろう。

 

 いいなぁ、お前の話聞かせてくれよ。

 

 ……ふふ、いい土産話が出来た。

 

 ……なぁ、マギ。

 

 ……。

 

 ごめんな、ずっと俺の言葉に従ってくれてたんだな。

 

 ……なぁ、アーク。

 

 え?

 

 ……僕は、君が最期に言葉をくれたから今まで生きて来れたんだ。

 

 マギ……?

 

 ……君に話したい事があるんだ。今回の事だけじゃない、世界中を回って面白いものを沢山見つけたんだ。

 

 ……。

 

 ……ずっと謝りたかった。僕がもっと強ければアークを死なせずに済んだのに。

 

 マギのせいじゃないよ、俺だってマギに謝りたかった。先に死んで、マギを残してごめんね。

 

 ……ずっと、アークに会いたかった。

 

 俺もそうだよ、これからはずっと一緒にいるさ。

 

 ……そう、だな。ありがとう、テルモピュライ。僕を倒してくれて。

 

 さぁ、行こうか。マギ?

 

 ……あぁ、今行くよ。アーク。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 正真正銘、全身全霊を込めた一撃が晴れた時、上空から一体のドラゴンが墜ちて来た。

 力無く、翼を広げもせずに重力に従っていく様は間違い無く墜ちていると言っていいだろう。

 

 必殺スキルを使った。対価の上乗せも行った。出来る事は全てやりきった。これで終わってくれなければ……。

 

 そう固唾を呑んだ俺の体が途方も無い倦怠感に包まれる。何度か覚えのある、必殺スキルが解除された感覚だ。

 

 【【魔竜王 ドラグマギア】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【テルモピュライ】がMVPに選出されました】

 【【テルモピュライ】にMVP特典【竜魔紫晶 ドラグマギア】を贈与します】

 

 それは【魔竜王 ドラグマギア】が命を失ったと世界が認めた事に他ならず。

 

 【クエスト【防衛戦線――霊都アムニール】を達成しました】

 

 それは霊都を襲ったスタンピードが終結したことに他ならず。

 

「俺達の勝利だぁあああああ―――――!!!!!」

 

 心の底から溢れ出す勝利の鬨の声が各地から上がるのは当然の事だった。

 

 




最近の騒動は一向に終わる気配を見せないけどせめて今章は終わらせる。という訳で第二部完結。色々疲れました。

《竜王気・魔天牢》
・【魔竜王 ドラグマギア】のみが扱える《竜王気》の派生スキル。
・概要は本編で言われてる通りで、己の《竜王気》に魔力を混ぜて展開し、範囲内の全生命体を決して逃がさない結界を作りだす。
・【魔竜王 ドラグマギア】が参考にした【遡竜王 ドラグトラベル】の歪曲世界は固有スキルなので《竜王気・魔天牢》とは似て非なる物。【魔竜王 ドラグマギア】を持ってしても同じスキルを創る事は不可能だった。
・【妖精女王】が事前の魔法の打ち合いで瀕死だったけど万全の状態でも《竜王気・魔天牢》が展開されればジリ貧だった。とことん純魔と相性が悪い。

【霊猫眼 ケット・シー】
・瞳孔が縦に裂けた虹色の目のネックレス型アクセサリー。テルモピュライの特典武具の内の一つ。
・《猫妖精の加護》、一定以上の高度からの落下ダメージを無効化する。

【城塞炉心 タタラ】
・燻る火を模した宝石が付けられた指輪型アクセサリー。テルモピュライの特典武具の内の一つ。
・《崩玉炉》、スキルを解除するまで半永久的にHPを減少させ、MPが急速に回復する。この時のHP減少は「被ダメージ」として換算する。
・《再生核》、スキルを解除するまで半永久的にMPを減少させ、HPが急速に回復する。同時に全ての病毒系、制限系状態異常にある程度の耐性を取得する。
・《灼熱帯》、スキルを解除するまで半永久的に所有する鉱物資源を消費し、熱エネルギーに変換する。

テルモピュライの愛用する特典武具紹介。滅多に使わないけど【城塞炉心 タタラ】はテルモピュライにアジャストした特典武具の中では最高級の性能。
【タタラ】を使うだけで時間経過と共に【ユースティティア】の全ての固有スキルを使う為のリソースが溜まっていく。正直これ一つあったら何とかなるレベル。

《天と地分かつ正義の剣》
・【乾坤一擲 ユースティティア】の必殺スキル。発動した段階で黄金の天秤が出現し、「使用時間」と「対価」を改めて宣言する事で必殺スキルは発動する。宣言とは言ったが別に口頭で言う必要は無かったりする。
・それまでの固有スキルも全てがそうだった様に必殺スキルにも支払うべきリソースがある。
・必殺スキルの効果時間が切れてから「必殺スキルを継続使用した秒数×100秒間」ユースティティアの全ての固有スキルが使用不能になり同時に自身のステータスも5分の1となる。
・滅多にする事は無いが対価を上乗せする事で必殺スキルによるステータスと威力の上昇値を更に上げる事ができる。マスターもエンブリオも負担が酷く重くなるだろうが、テルモピュライがそれに後悔する事は無いだろう。

ようやく出せたテルモピュライの必殺スキル。思考が脳筋だからこれくらいぶっ飛んでてもいいだろという浅慮。あと今回試しに特殊タグ使ってみました。分かりづらいだろうけど、実質試験運用なんで別に良し。次回はもう少し早くの投稿を心がけます。
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