「まぁいいタイミングで来てくれたよ、ネビロス君は」
ガルシアはそう言って執務室に備え付けられた机の引き出しから一つの箱を取り出した。
魔力を感じ取るようなスキルは持ち合わせていないが、それでもガルシアが机の上に置いた箱からは下手に触れば危ないという予感がした。
「随分と時間がかかってしまったが漸く完成した。幾つか精製出来た【清浄のクリスタル】の内一つ、君の取り分だよ」
ガルシアのその言葉によって思い返されるのはエイラと共にアンブロシアの実を持って帰り、流れでガルシア邸にお邪魔させて貰った時の事。
余分に収集した分のアンブロシアの実を【清浄のクリスタル】+αと交換すると言ってくれていたのだ。
「一週間後という約束を反故にしてしまってすまないね、侘びと言ってはなんだが【清浄のクリスタル】の製作過程で抽出した【ネクタル】も数本ネビロス君に渡そう」
別に気にしていなかったが故に驚いた。【ネクタル】はガルシア達アインドラ家が喉から手が出るほどに欲していた物ではなかっただろうか。
「いいんですか?」
「うむ、既に必要数は揃っているからね。【研究者】の者らも君に感謝していたよ、これだけの量のアンブロシアの実が手に入るとは夢みたいだ、ってさ」
そう言ってガルシアはメイドを呼び寄せて一つの箱を持ってきた。これで机の上にはガルシアが取り出した物と合わせて二つの箱が俺の前に置かれた。
開けてみろと促されたので慎重に開ける。一つの箱には虹色の光彩が刻まれた両の手に余る巨大な水晶が、もう一つの箱には華美な装飾の施された小瓶の中に神秘的な輝きを放つ琥珀色の液体が入った物が五つ。それぞれが己の価値を主張して俺の目を離さなかった。
「特別製の【清浄のクリスタル】が一つに渡すのが遅れた侘びとして最高品質の【ネクタル】を五本、今から全て君の物だ」
いざ目の当たりにするとアンブロシアの実からとんでもない物が出来るのだなと再認識せざるを得ない。
何となくガルシアに頭を深々と下げて恐る恐る【清浄のクリスタル】と【ネクタル】をインベントリに納めた。
「あ、他の者に渡したくないから売らないでね?」
「売りませんよ……」
こんな大事な物を売るなんて出来るものか。
焦りが顔に滲む俺を見てガルシアは面白そうにくつくつと笑った。
◇――◇――◇
それから俺とガルシアは緊張感の無い世間話を続けていた。
またアンブロシアの熟れた実を採ってきてくれるのなら時間は掛かるが【クリスタル】や【ネクタル】に加工し俺に売ってくれるという話であったり、ボロボロな【追い風】シリーズを修理するか新調する当てが無いなら懇意にしてる鍛冶屋を勧めようかという話であったり。
こうしてガルシアと話していると心が落ち着いていくのを感じる。悪い意味ではないのだが貴族と話している実感が湧かない、というか。
威厳とかそういうものをあえて表に出さない様にしてくれてたりするのだろうなぁなんて事をしみじみと考えると執務室にノックの音が響く。
「失礼します、私です」
「入り給え」
聞き慣れた声。執務室にいるのが俺とガルシアだけと分かっていたのか、結構簡略化された挨拶と共に入ってきたのはやはりエイラであった。
「身体の様子はどうですか、ネビロス」
「全部元通りだよ、五体満足だ」
親子揃って似たような事を聞くなぁと思いつつエイラの問いに返す。
俺の返答に気を良くしたのか若干表情が柔らかくなったエイラは手に持った菓子を乗せた皿を机の上に置き、俺達と同じ様に椅子に座った。
「それを聞いて安心しました。手慰みにお菓子を作ったので味見して頂けますか? 当主――お父様もどうぞ」
ここは執務室なんだがなぁとガルシアが若干苦言を呈すが今から場所を移すつもりは無いだろう。最初から話す場所を変えておけば良かったのかもしれないが後の祭りである。
「……まぁいいか。いやしかし良い所に来たねエイラ。ネビロスとエイラに頼みたい事があったんだ」
「頼みたい事ですか?」
スコーンに伸ばしていた手を止めてガルシアの話に耳を傾ける。
「あぁ、レジェンダリア領のライゼニッツ城塞都市に行ってある人物と交渉して欲しいんだ」
ライゼニッツ城塞都市。俺には何の事か見当も付かなかったがレジェンダリアとアルター王国の国境付近にある街であるらしい。街の規模は小さめだが防衛施設が豊富でアルター王国とレジェンダリアを結ぶ交易の要の一つであったりするらしい。
そんな街にガルシアの知己が暮らしているようで。今回の依頼はエイラと共にそのガルシアの知己を霊都まで引っ張ってきて欲しいというものだった。
「何かトリカブトの事を思い出すな」
テルモピュライの依頼が先だったがかつてもガルシアに手紙を渡すよう言われてた記憶がある。
『あいつを俺と同列に扱わない方がいい』
以前の事を思い返していると何時のまにかテーブルの上に純白のムカデが現れていた。……反射で叩き潰しそうになってしまった、多分そうなっても傷一つ付かないんだろうけど。
ともあれ久しぶりに分体越しとは言えトリカブトと会えた。何をしているのかは知らないが元気そうで何よりである。
しかし……。
「同列に扱わない方がってどういう……?」
『俺とガルシア、あとあいつは昔一緒にパーティ組んでてな、レジェンダリアの為にあちこち駆けずり回ってたんだがガルシアが今の地位に腰を落ち着けた辺りで俺とあいつも隠居に近い形で別れてそれっきりだ』
あの時は楽しかったなぁ? とガルシアに同意を求める白いムカデ。
「昔話に花を咲かせるのは後にしたまえ、それだから爺と言われるのだぞ」
『別にいいだろが別に。……んでだ、あいつは俺が言うのもなんだが同じ人とは思えないレベルで箍が外れてる。人間の括りで行動を予想すると痛い目を見るから注意しろ。本人の力も俺らと同レベルだから敵と認識されたら手が付けられん、まぁガルシアの手紙を渡せば話は通じるだろうが……』
「多分大丈夫だよ、今は。」
『おん? お前が言うって事は間違いないんだろうが……あいつが大人しい所なんて想像できんな』
「彼も年をとったという事さ。という訳でネビロス、出会ったらすぐさま殺されるといった心配は無用だから安心したまえ。まぁ話が通じないのは直ってないかもしれないから一応手紙は持たせるつもりだけども」
どんどん話が進んでいく。まぁそれ自体は別に構わないのだが先ほどからわざとかと言うほど触れられてない情報がある。
エイラに視線を送っても首を横に振られたので彼女は名前を知らないらしい。
「あの、その人って何て名前なんですか?」
「あぁ、彼の名は――」
誰も言わない名前を聞いた俺に、ガルシアは良くぞ聞いてくれたとでも言いたげにニヤリと笑った。
「――ベルディア・フリーデ、今代【封神】の席に着く私達の仲間だ。そして歴代【封神】の中で最強の男でもある」
【封神】という超級職を持ち、基本的に話の通じない男。昔は人とは思えないレベルで箍が外れており人の括りで考えると痛い目を見る。そんな人格破綻者でありながらガルシアやトリカブトと同等の力量を持ち、かつては共に行動していたという。
これがベルディア・フリーデという男の前情報である。正直ぶっちぎりでイカレたやベー奴という印象しかない。会いたくない。
会いたくないが、特に断る理由もまた無いのだ。
ライゼニッツという街は交易の中継地点に相応しく様々な物品が売ってるだろうし、エイラとグラシャラボラスと一緒に軽い旅をするのもトリカブト関係以来だからまたエイラと一緒に過ごしたいと言う思いもある。
それに、交渉と言ってぼかしてはいたが、ガルシアがベルディア・フリーデを霊都に招きたいというのは戦力の増強だろう。トリカブトの時と同じく。
故にこそ、ガルシアやエイラに結構お世話になっている俺にとってこの依頼は受けない訳にはいかなかった。
そんなこんなでまた後でエイラと合流する事にして、メイドにブラッシングされてたグラシャラボラスを回収してガルシア邸を後にした。
今は再びギルドに戻り、行きがけの駄賃代わりにライゼニッツ城塞都市関連で何かしら依頼を受けようと考えている所だった。
(……うぅむ、やっぱ霊都内の復興依頼で溢れ返ってるな。山場は越えたとは言え終息までは少しばかり時間が掛かるだろう、っと)
暫く張り出されてる依頼を眺め、一つだけあったライゼニッツ領関連のクエストを発見し手を伸ばし。
手がぶつかる。
「ん?」
「え?」
咄嗟に横を向くと、蒼のロングコートに身を包みその背丈に不釣合いなマスケット銃を担いだ少年がこちらを見ていた。
まさかの依頼の競合である。
「……あー、っと。ライゼニッツ城塞都市に用事が?」
かなりの気まずさを抱えつつクエストの詳細に目を走らせた。人数指定は特に無く、彼が俺と同じ様に行きがけの駄賃としてこの依頼を受けるつもりだったのなら一緒に依頼を受けることは出来る。
個人的な事情で彼がこの依頼を受けようとしていたのなら手を引こうかと考えていたのだが。
「えぇ、まぁ。……あの、配達屋さんですよね? 俺ライゼニッツに行くついでに依頼受けようとしてただけなんでこの依頼譲りましょうか?」
……まるっきり同じ思考だったな。そして彼にも配達屋という名前は知られているらしい。
そのうち本当に配達業に勤しむ事になるかもしれないし別にいいか。
「丁度良かった、一緒に依頼を受けませんか?」
「え、良いんですか?」
「えぇ、人手は多い方がいいと思うので」
少年は少し悩む素振りを見せたが、すぐに「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。
急造ではあるが一緒にパーティを組み、同じ依頼を受ける事になった。
◇――◇――◇
俺と少年――コバルトと言うらしい――が受けた依頼は「交易路の安全確保」。
霊都アムニールとライゼニッツ城塞都市を繋ぐ交易路に存在する障害を排除して欲しいという内容だ。有体に言えばただのモンスター退治である。
行きと帰りの往復で十分モンスターの狩りは行えると判断し、モンスター寄せのアイテムや火炎瓶の追加は買わずに旅の準備を進める事にした。
「……俺、旅支度とかしたの始めてだわ」
雑貨屋に立ち寄って必要そうな物を見繕う俺の隣でコバルトはそう呟いた。
今まで遠征系のクエストはどうしてたのか聞くと夜の間はログアウトする事で凌いでいたらしい。まぁその方法もありか、というかマスターにとってはそちらの方がやりやすいだろう。
ふと視線を滑らせると妙に高い木製の簪を見つけた。装飾は一切施されていないが髪を纏めるには十分だろうと旅道具と共に購入しておく。
その他必要な物を見つけては買い収納カバンに放り込むという事を繰り返しながらエイラとの集合場所に向かうと、既に外套に付いているフードを目深に被るエイラの姿があった。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりそちらの方は?」
「ライゼニッツに行くついでに受けた依頼を一緒に受けるコバルトだ。モンスターの討伐依頼だから人では多い方が良いと思ってな。……すまん、先に相談した方が良かったな」
「あぁいえ、人が増えるのは構いませんよ。それに行動を共にするといってもネビロスが受けた依頼に関してだけでしょう、私達の用事に着いてくるのでなければ一緒に行動しましょう」
コバルトの同行許可が出てほっと安堵の息を漏らす。
俺の連絡不足が原因ではあるが意気揚々とコバルトを誘っておきながら連れて来るなと言われたら彼に対して色々と申し訳無くなってしまう。
「……えっと、話が見えないんだけどその人はネビロスのパーティーメンバーなのか?」
「悪い、先に説明するべきだったな」
霊都の外へ向かいつつ、俺はコバルトにライゼニッツへ向かうに至る経緯を話した。
なんやかんやあってエイラと仲良くなった事、貴族からの依頼でライゼニッツ城塞都市へエイラと共に行くことになった事、向かうついでで依頼を受けようとしてコバルトと同じ依頼に手を伸ばした事。
要所要所はぼかしたものの俺なりに丁寧に説明したのが功を奏したのかコバルトも途中から呆けたようにこちらを見ていた。
『ちゃんと話を聞いているのか? どうにも上の空に見えるが』
「き、聞いてるよ分かってるって」
コバルトが慌てたように背負っているマスケット銃に話しかける。そうか、コバルトのエンブリオはそのマスケット銃なのか。
『彼らは霊都の貴族からの依頼でライゼニッツまで向かう。私達はパーティーメンバーではあるが貴族の依頼に関しては部外者もいい所だ、興味本位で首を突っ込むなと、要はそういう話だ』
「成程? そういう事か」
『やはり理解できてなかったではないか』
「んぐぅ……」
マスケット銃から聞こえる声にふて腐れた様に口を歪めるコバルトに自然と笑みが零れた。何と言うか、随所に子供らしさがあるマスターだな、マナー違反なので口に出すつもりは無いが実年齢もそこそこ低いのではなかろうか。
「コバルト、そのマスケット銃が君のエンブリオなのか?」
「え、あぁ。【天墜魔弾 フライクーゲル】、俺の頼れる相棒だよ。バリバリに後衛だけど狙撃は任せてもらっていい」
ちなみに第四形態だ、とコバルトは言って背中のマスケット銃――【天墜魔弾 フライクーゲル】に目を向ける。
子供っぽさはあるのにエンブリオのモチーフが魔弾の射手とは渋いななんて思いながら、俺達三人で互いに出来る事を語り合った。
ライゼニッツ城塞都市
・レジェンダリア領北部に存在する都市の一つであり、堅牢な城壁を持ち交易の要として機能している。
・先のスタンピードの影響でモンスターの分布が狂い交易路に頻繁にモンスターが出現するようになった。
・レジェンダリア全体がアレなので正直誤差だが一応原木や木材の特産地でもある。
コバルト
・射殺したマスターからの報復を恐れてほとぼりが冷めるまでライゼニッツ城塞都市で生活しようと企んでいる。
・フライクーゲルからの助言がなければネビロスとエイラの用事に顔を突っ込む気満々であった。
・リアルでは中学二年生。流されやすく、行動する前に全体を見る癖はデンドロに入る前からあった。
【天墜魔弾 フライクーゲル】
・エンブリオ形成時のパーソナルは「銃」「自分の手を汚す事への抵抗」「信頼できる指導者」「友達」。
・保有スキルとして現状《第一の魔弾》《第二の魔弾》《第三の魔弾》《第四の魔弾》があり、数字が増える度に付与できる特殊効果の数が増えていく。
・付与できる特殊効果は現状《流血痛撃》《装甲貫通》《精密射撃》《拡散弾丸》《閃光明華》《地平飛翔》等々。個々の詳細はまたの機会に。
一時的にコバルトが仲間になりました。まだ子供だけどそれでもネビロスより強いという悲しみ。始めた時期が違うからね仕方無いね。
それと前回のアンケートでNOが多かったので重要な場面では文字が完全に見えなくなる演出は控えます。ご協力ありがとうございました。