これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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第三十五話 焦燥感を振り払おう。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね」

 

 衝撃の情報に固まる俺を置いて目の前の赤眼鏡の女性はマイペースにそう言った。

 

「私は【高位結界術師】のアルカメリア、長いのでアルカで構いません」

 

「……ん?」

 

 そう自己紹介するアルカメリア――アルカの姿に既視感を覚える。彼女に似た顔立ちをどこかで見た気が……。

 根拠の無い直感に従い口を開く。

 

「アルキメデス、って名前に聞き覚えは?」

 

 アルカが驚いたように目を見開く。まさかここで聞くとは思わなかったとでも言いた気な反応だ。

 

「驚きました、アルキメデスは私の兄です。……あの、兄は息災ですか?」

 

 まだアルカの人物像を掴み切れてないが家族関係は円滑なようで安心した。とりあえずアルカにアルキメデスは霊都の決闘場で働いていると伝え、本題に入る。

 

「それで、行方不明ってどういう事だ? アクシデントサークルに巻き込まれたとか?」

 

「いえ、師匠はあるモンスターを倒しに向かったのです。私に何も言わず、ただ『過去の失態を清算する』とだけ言い残して」

 

「あぁ、じゃあ今はそのモンスターの相手で忙しいって事か。ちなみにそのモンスターってどんな名前なんだ?」

 

 アルカが一度口を噤み、再度口を開く。

 

「モンスターの名は【静界蜂針 サイレンサー】、伝説級の【UBM】です」

 

「――」

 

 その言葉に、今度こそ息が止まった。

 思考の空白を埋めるように俺は考えを巡らせる。即ち、何故その名が出たのか。考えて、考えて、考えて。

 

「……あり得ない」

 

 出たのは月並みな否定だった。

 思い返されるのはエイラと共に対峙した月が昇る夜のこと。【静界蜂針 サイレンサー】は確かにアクシデントサークルに運ばれた大瀑布によって身体を拉げてその命を掻き消した。その筈だ。

 

「あいつは俺達が倒した筈だろ、何でその名前が――」

 

「――倒しきれていないとすれば」

 

 だが俺の否定もまた、エイラによって否定される。

 

「聞く所によると【静界蜂針 サイレンサー】を封印したのは【封神】ベルディア・フリーデ様だそうで。であれば因縁の相手だというのにも納得がいきますね」

 

「……いや、いやいや、あれだけの傷を負ってあの量の鉄砲水に押し潰されれば死ぬだろう。幾らあいつが【UBM】だから……って」

 

 血の気が引いていくのを感じる。

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】は【UBM】である。幾らなんでも気付くのが遅すぎた。

 

 【UBM】は千差万別ではあれど絶対不変の共通項が一つだけ存在する。それは討伐と同時にアナウンスが流れるというもの。

 戦闘の貢献度を世界、というか管理AIが定める為にたとえ自然物を用いての勝利だったとしても討伐完了及び特典武具贈与のアナウンスは必ず流される。

 

 あの時はそれを知らなくて疲れた頭で【静界蜂針 サイレンサー】を倒したと決め付けていたが、どれ程正確に記憶を遡っても討伐完了のアナウンスは流れていなかった。

 つまる所、倒したと思い込んでいた【静界蜂針 サイレンサー】は今も尚どこかで、

 

「生きている……」

 

 本来ならすぐさまここを飛び出して【静界蜂針 サイレンサー】の元に向かうつもりだった。間接的とはいえ、俺が【静界蜂針 サイレンサー】を解き放ったに等しいのだから。

 だがここで最初の問題に行き当たる。アルカは最初にこう言った。

 

 ベルディア・フリーデが行方不明である、と。

 

「理解して頂けましたか。ここからが本題なのですが、一つの依頼を受けてはくれませんか?」

 

 八方塞がりという言葉が脳裏を過ぎり、直後にアルカから一つの提案を受ける。

 即ち、『私と共に【静界蜂針 サイレンサー】を倒す手助けをして欲しい』と。

 

「あるアイテムを使えば師匠の大まかな居場所が分かりますが、既に【静界蜂針 サイレンサー】と接敵していた場合戦闘に介入出来るほどの力を持ってません」

 

「それで俺達か。分かった、その依頼を受けよう」

 

 一応エイラに視線を送るが、問題は無いという様に頷いてくれた。まぁ【封神】に会えない今取れる手段はこれくらいしかない訳だから当然っちゃ当然だけども。

 そうと決まれば今すぐにでもという事で準備を整えてアルカに付いて行く事にした。

 

 ……念の為、コバルトに置き手紙でも書いておくか。

 

 

 

 

 

 準備もそこそこに俺達はアルカの案内の下目的地へと飛んで行った。俺とエイラはグラシャラボラスの背に跨り、アルカはアエローが運んでいる。

 

『初仕事はいいのだけど私長距離飛行は苦手って言わなかったかしら』

 

「『文句を言うなアエロー、今回の敵はお前と相性が悪い。次はお前も活躍できるさ』」

 

『はーい』

 

 あまり重いものを持ったまま飛ぶのが苦手なアエローには無理をさせてしまっているが、今回はアルカを如何に早く【封神】の下へ連れて行けるかが鍵になる。

 後で好きなものを作ってやろうと考えていると、アエローに運ばれながら集中しているアルカが口を開いた。

 

「……封印には幾つか種類があるのをご存じですか?」

 

 正確には封印を行う為の媒介の種類の話ですが、とアルカは続ける。

 

「縛る、分かつ、隔てる、囲う、遮る。一口に封印と言ってもその手段は多差に渡り、それぞれに適した武器があるのです、例えば鎖であったり札であったり。私は封印を壁で隔てて囲う物と解釈し【結界術師】と鎖分銅を武器にしました」

 

「……ん、【結界術師】系統の超級職が【封神】って訳じゃ無いのか?」

 

 てっきり【封神】の弟子だから【高位結界術師】なのだと思っていたのだが。

 

「厳密には違います、というより【封神】は【結界術師】の超級職でもある、が正しいです。【封神】に至る道筋は幾つかあるのですよ、現にベルディア・フリーデは【封神】となるために【高位結界術師】では無く【陰陽師】、そして【裁縫職人】を選びました」

 

「何だって?」

 

 【陰陽師】はともかく【裁縫職人】は完全に非戦闘系の生産職だった筈だ、それが何故【封神】に繋がるのか。

 

「本当に何だって良いんです、【封神】までの道のりは。私は武器に杖を選びましたが、今代【封神】のベルディアは己が用いる武器に糸を選びました」

 

「糸?」

 

「縛り、分かち、隔て、囲い、遮る、ベルディアの糸はこの全てが出来ます。特に境界を作るという面において言えば糸と【陰陽師】の相性はとても良いものでした。……十全に使いこなせるのは後にも先にもあの人だけでしょうけど」

 

 それだけの天才でありながら、アルカはベルディアの無事を信じきれないでいた。

 かつてのベルディアは知らないが噂で歴代最強の【封神】であったと呼ばれているのは知っている、だが私には今のベルディアがそこまで強いようには思えない。

 理由は明白だ、かつてベルディアが敵へ向けた情熱を、私を育てる為だけに向けていてくれたからだ。

 

 何時か真実になるかも知れなかったから思わなかった事だが、ベルディアは私に直ぐにでも【封神】を継がせるつもりだ。自分が何時死んでも良いように。

 

 もし師匠が殺されたなら、それは私のせいだ。私が弟子にならなければこうならなかったと、きっと後悔してしまう。

 それは駄目だ、許容できない。私はまだ師匠に色んな事を教えて貰っている最中だ、私は最後まで師匠に教えを請うて、私の兄を驚かせたい。

 

「――ッ、来た」

 

 手に持っていたクリスタルに魔力が溜まり、溢れた光がある方角を指し示した。師匠、いや【封神】の現在地だ。

 

「行きましょう」

 

「あぁ、飛ばすぞグラシャラボラス、アエロー」

 

 師匠、貴方は何でも自分で背負いすぎです。師匠の過去の失敗くらいは弟子の私に拭わせてください。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 ざり、ざり。

 使い込んだ靴の底が乾いた土を踏みしめる。

 両手を握り締めて武器の使い心地を確かめる。

 

 とっ、とっ。

 足先で地面を軽く叩き四肢を緩やかに動かす。

 老いてこそいるが身体の調子は悪くは無い。

 

 すぅ、ふぅ。

 目を閉じて呼吸を整える。

 万象一切翳り無し。

 

「久しいな、お前とまた会う事になるとは思わなかったよ。なぁ?」

 

 ――【静界蜂針 サイレンサー】。

 

 姿は見せずともその声は届いてる筈だが、気配の揺らぎは微塵も無く。帰ってくるのは深い森の静寂ばかり。

 

(動揺一つしない、か)

 

 有無を言わせず殺しに来る位の事は想定していたのだが、当てが外れたな。

 まぁ前回はそうやって余裕ぶっこいて攻撃喰らった訳だが。

 

(さ、て)

 

 相手を挑発する行為は無駄と悟り、開戦の狼煙を上げる事にする。

 懐から一つのジェムを取り出して投げ――

 

「ふは」

 

 ――一本の針によって音も無く破壊される。

 

 すぐさま飛び退いて未だに姿を見せぬ【静界蜂針 サイレンサー】に語りかける。

 

「やはりそう来るとは思ったよ、狙い撃ちの精度は落ちてない様だなぁ? 《属性封刻:紅炎》《属性封刻:白聖》」

 

 かつての焼き増しの様に【封神】は哂う。

 武器に【付与術師】とは違う方法で二種類の属性を与え、慣れた手付きで己の武器である鋼糸――【浸織流糸 アラクネー】を展開する。

 

「また私自ら封印してやろう。こんどは罷り間違ってもアクシデントサークルなど利用しないように、徹底的に」

 

 

 

 

 

 ……仮に【封神】に落ち度があったとするならば、それは己が施した封印で相手の牙が抜け落ちていると考えていた事。

 

 事実、霊都近郊の森に封印された【静界蜂針 サイレンサー】は大幅な弱体化を余儀無くされ上級職すら獲得出来ていないマスターとティアンだけで退けられるほどには弱くなった。

 だが【封神】は、ベルディア・フリーデは【静界蜂針 サイレンサー】を侮っていた。その異常なまでの執着心を。

 

 永遠に森の中を彷徨っていた可能性すら否定できない程に強く縛られ、それでも女王はただ腐る事だけはしなかった。

 憎しみは向ける相手が目の前にいなければ直ぐに潰えてしまうというのに、それでも憎悪と復讐心を燻らせてたったの一ヶ月で新しく力を作った。

 

 ――今のままではかつての二の舞、それどころか瞬殺もあり得るだろう。

 

 冷静に思考した【静界蜂針 サイレンサー】が目を付けたのは、かつて【静界蜂針 サイレンサー】となる前の一匹の女王蜂が見た、矮小な蜂が持つ致命の力。

 

 

 

 

 

「貴様を解き放ってしまったのは私の落ち度だ、かつての汚点を拭わせて貰うぞ……む

 

 飛来する複数本の針を、【浸織流糸 アラクネー】を束ねて織った布で防ぐも一本だけ防ぎ損ねて左足に刺さってしまった。

 本当に何時ぞやの焼き増しの様に自分の出す全ての音が掻き消える。一撃たりとも貰うつもりは無かったのだがなぁ。

 

 お返しとばかりに布を解き糸で縛りつけようと行動し、違和感に気付く。

 左手が動かない。

 困惑が驚愕に変わるよりも前に異常な激痛と吐き気が襲い来る。

 

 何故。原因を探そうと身体を見回し、先程刺さった針とは別の針がもう一本刺さっていた。

 

(気付けなかった!? いや、それは今どうでも良い、この症状は毒? 【沈黙】以外にも別の状態異常が使えるようになったのか?)

 

 不味い。かつての戦いを元に装備を見直し、対【沈黙】の他にも様々な状態異常対策は行ってきたが、【静界蜂針 サイレンサー】の十八番である【沈黙】は元よりこの毒も耐性を貫通している。

 咄嗟に【快癒万能霊薬】を用いて回復を試みようとするが【静界蜂針 サイレンサー】の狙撃によって【快癒万能霊薬】が粉々に砕け散る。

 

 ……やはりと言うべきか、ベルディアは老い衰えていた。昔の彼であれば戦闘中に取り乱す事も、昔と同じ失敗を繰り返す事も無くこれが毒で無い事も直ぐに悟った筈だ。

 

(駄目、だ。意識が)

 

 痛みと吐き気は治まる気配を見せずに視界がブラックアウトしていく。

 完全に意識が途絶える間際、ベルディアが思い浮かべたのは街に残した優秀な弟子の姿だった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

「……あぁ、疲れた。一回ログアウトして掲示板漁ってたけどやっぱ数人俺の事探してたわ、どうしようフライクーゲル」

 

『全員返り討ちでは駄目か』

 

「はっはは、面白い冗談だ。本気で言ってるなら相談した事ちょっと後悔するぜ」

 

『お前と私がいれば出来ない事は無かろうよ』

 

「確かに全員殺す事は出来るさ。だがな、俺は皇国の狂研究者になりたい訳じゃ無いんだよ。」

 

『ならばこのままほとぼりが冷めるまで逃げれば良いだろう、最初にお前が言った事だ』

 

「……それしか無いんかなぁ」

 

『お前は馬鹿ではない、その場に於ける最善手を常に考えて行動している。その慎重さを私はとても好ましいと思う』

 

「当たり前だろ、考えを巡らせて無駄になる事なんざありゃしない」

 

『ならばお前はそれでいい。安心したまえ、どこまで逃げても私だけはお前の話し相手となってやる』

 

「ありがたい事だなぁ。これでお前が災いを引き寄せるとか抜かさなきゃなぁ」

 

『そんなお前に朗報だ、机の上の書置きを見たまえ』

 

「この流れで書置き見ろとかお前本気で言ってんの? ……えーと――」

 

『……クックク、何と書いてあった?』

 

「……お優しい奴だよ、ネビロスは。俺達が失敗したらマスターを掻き集めてくれだとさ」

 

『ほう、戦わなくて良いと言ってくれたのか。良い奴だな。ではそうするか?』

 

「馬鹿言うなよ、相手は【UBM】だぜ? 他の奴らにチャンスを与える訳には行かないね」

 

『……素直じゃない奴だな』

 

「うるせぇ、行くぞ」

 

『場所は書いてなかったのではないか?』

 

「はっ、さっきお前が言った事だろ? お前と俺がいれば出来ない事は無いだろう? 直ぐにでも行くぞ、あいつには恩もあるからな」

 

 




アルカメリア
・本名アルカメリア・クレイオール。アルキメデスの妹であり各地を放浪していた【封神】にその才覚を認められる。
・【封神】に憧れて武器に糸を選ぶも盛大に操作に失敗し、次善案である鎖を主軸に戦闘を行うようになる。
・【封神】までのスタート地点に【結界術師】を選ぶが、実は《結界術》そのものの才能はあんまり無かったりする。
・努力を苦に思わない人間なので【封神】との修行で秀才まで上り詰める。

アルキメデス
・本名アルキメデス・クレイオール。アルカメリアの兄であり各地を放浪していた【封神】に「実に惜しいな……」と呟かれる。
・嫉妬でふて腐れつつ、友人の勧めの下決闘場に勤務する事に。一度は決闘に挑んでみたりもしたが体力が足りずに大敗を喫した。
・これまた友人の勧めの下【結界術師】を取り、ティアンの中では異色とも言える才覚を発揮する。兄妹揃って才能家族だった。
・《結界術》の才能だけで言えば今代【妖精女王】のそれに並ぶ。というかテルモピュライのバ火力を何度も受けられる時点で大概おかしい。

【浸織流糸 アラクネー】
・ベルディア・フリーデの持つ伝説級【特典武具】。一対の長手袋から指の数だけの、つまりは十本の糸を無尽蔵に出す。
・元の【UBM】は【融這侵蝕 アラクネー】。地形を己の糸で染めて有利なフィールドにする事で侵入者を狩っていた伝説級【UBM】だった。
・蜘蛛の糸で作られた要塞はそれ自体があらゆる物に染まりやすく、どのような攻撃にも耐性を得る事が出来、その耐性を【アラクネー】本体にフィードバックする事が可能だったが、ベルディアは蜘蛛の巣が支配するフィールド丸ごと封印する事で文字通り封殺。
・封印空間内部をじわじわと狭めていき【アラクネー】の耐性すら封印してタイマンで打ち勝った。狂人である。
・【アラクネー】の性質は【特典武具】にも受け継がれ、あらゆるエンチャントを重ね掛けする事が可能である。


【静界蜂針 サイレンサー】
・殺意の波動に目覚めた女王蜂。
・ステータス自体はネビロスと相対した時と殆ど変わっていないが、死の間際まで行ったにも関わらず一月で元通りになり新たなスキルを手に入れたという事でもある。
・新しいスキルはあんまり隠す気は無い。蜂といえば、ねぇ?
・そもそもただの女王蜂時代にも持ってなかったその力を取り入れる事が出来たのは今まで碌に使ってなかった【UBM】のリソース拡張を存分に使ったせいでもあったりする。
・憎悪によって彩られたその力は、付け焼刃などと言う器には収まらない。

自分でも若干違和感ある展開だなぁと思わなくも無い。自然に繋ぐ為に一回過去編入れようかと思ってるけどテンポ落ちそうとも思う。難しいね。
あんまり遅くならない様に頑張ります。

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