これまでの旅路を記録に残しますか?   作:サンドピット

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第三十六話 すべき事を決断しよう。

 

 

 私と兄は孤児だった。別に親が私達を売り払ったとかそういう訳では無い。

 どちらかと言えばいつも私達に優しく接してくれていた。無償の愛とはあれを言うのだろう。死の間際まで私達を優先してくれていたのだから。

 

 別に特別な事は無い。モンスターが私達の村を襲って、私と兄は両親に逃がされたというだけの話。そんな何の変哲も無い、ありふれた話だった。

 兄はそうは思わず、死んだ両親の事を酷く悲しんでいたが直ぐに二人で暮らせるように保護者と仕事を探し始めた。

 

 程なくして私は兄が見つけたとある孤児院に滑り込み、兄は兄で肉体労働に勤しんだ。兄に何もしてやれない私の身体が酷く厭わしく思えたが、兄は笑って気にするなと言っていた。

 

 そんな折、孤児院に一人の男が現れた。彼はまるで品定めでもするような冷徹な目で孤児院の子供達を流し見ていく。

 つ、と男の目が私の顔で止まった。

 

「ふむ? これほどの力の持ち主がこんな所に転がっていたのか?」

 

 その目は決して人に向けるものでは無かったが、私は期待した。この男について行けば兄の恩返しが出来るのではないか、と。

 兄は反対していたが、どうにか説得を重ね、男も兄に一言零すと先程の威勢が嘘のように潰えてしまった。何を言ったのか気になったけどどうせ碌な事ではないだろう。

 

 孤児院での兄の友人が慰めている所を見て若干罪悪感に苛まれつつも、私はこの男に引き取られた。

 ……今にして思うと一時の衝動で兄にとても申し訳ない事をしてしまった。霊都で兄に再会したら、まずは謝ろう。

 

 

 

 

 

「お前は私のスペアだ」

 

 男の家に来てそうそうに私に言い放たれた一言である。混乱でどうにも理解しかねる私に対し、男は更に言葉を重ねた。

 

「私は、いや私を含めた者達は皆ある遺志を受け継いでいる」

 

 何か分かるか? と言う男の言葉に首を横に振る。

 男も答えを期待しての問いではなかったのだろう、すぐに話を続けた。

 

「超級職だ。人が超常の存在に抗う力、継承の煩雑さから失われゆく力。それを我々は蒐集し、継承法を世に残す。お前は私が死した時、私の【封神】を始めとした所有者のいない超級職を集めて貰う」

 

 まだ幼い私には男のやろうとしている事が分からなかった。それが善か悪かの判断も出来ずに。

 

「人は世界に与えられた力を失ってはならない、全ての物には存在理由がある、何故超級職と呼ばれる力が幾つもある? 必要だからだ。この先、超級職を持つ者でなければ戦えない大きな戦が起こるかも知れない。それが起きた時超級職を持つ者がたったの数十人では駄目なのだ。相応しい人間に、全ての超級職を継承させねばならない。例え世迷言だと嘲笑われようと、我々が遺志を継がなくてはならないのだ」

 

 例え道半ばで死したとしても、その為にお前を連れて来た。男はそう語った。難しい事ばかりで頭が回らないが、私は男の折れぬ意志を悟った。

 先程も言ったように私にはそれが良い事なのか、悪い事なのかが分からない。ただ幼いながらにそれは必要な事だと感じた。

 

 だから。

 

「……長々と喋ってしまったな、まぁひとまずはお前は私の弟子という事に――」

 

「継ぎます。私に出来る事があるのなら、それが必要な事なら私はおじさんの……すぺあ? になります!」

 

「……なるとしても私が死んでからだ。それと私の事は師匠と呼べ」

 

 切っ掛けこそ突拍子も無いものだったが、それでも男は――師匠との出会いは無力な私を変えてくれる程に鮮烈であった。

 

 それから師匠は私に【封神】を得る為の訓練を課した。おおよそ孤児だった少女にさせるものでは無かったが、師匠は効率が悪ければもっと効率の良い物を考え、身体を壊しそうなら余分な物を削るといった試行錯誤にえらく手馴れているようだった。

 師匠曰く「超級職を得るに当たって行った試行錯誤はこれの比ではない。お前にもいずれ効率的な物の考え方を教えねばな」との事。

 

 月日が経つにつれて私は師匠の事を好ましく思い始めていた。武器にしたって慣れない鎖を選んだのは師匠に近付く為だった。

 いずれ私も一から超級職を探す日が来るのだろうけど、その時はきっと師匠との二人旅で集めるのだろうという根拠も無く考えていた。

 

 かつての力は無くとも師匠なら大丈夫であってくれと、そう願っていた。

 

 

◆――◆――◆

 

 

 だから。

 

 きっとこれは、ずっと楽観的に考えていた私への罰なのだろう。

 

「――し、しょう……?」

 

 その可能性は考えていた。――考えていただけだった。

 

 その光景を覚悟していた。――どう動けばいいか分からなかった。

 

 血溜まりに沈み、身体の随所を喰い散らかされたベルディアを見て、私は呆然と立ち止まる事しか出来なかった。

 

「あ、っぶねぇッ!! グラシャラボラス!」

 

 ネビロスが棒立ちしていた私の前に立ち、大槍で何か硬質な物を弾く。大きな釘の様な針が地面に落ていくのと同時に私の身体が透明化し始める。

 エイラが私とベルディアを引き寄せ、魔法で霧を出した。

 

「……【奔走輸血】無しで初めて血を霧に変えましたけど割りと使い勝手が良いですね。アルカさん、結界を」

 

「あ、えぇ」

 

 呼吸が浅くなる。言われるがままに結界を張ったけど容易く破られてしまうのでは?

 もしそうなれば私もエイラも師匠と同じ目に――。

 

「アルカ」

 

「……え」

 

 エイラが私を呼ぶ。

 

「一先ず落ち着いてください。【UBM】の対処は表のネビロスがやってくれます。希望を捨てないで、焦りは心を脆くするから。……それにベルディア様はまだ息があります」

 

 エイラの言葉に思わず師匠の方を見る。酷く痛々しい姿ではあったけれどもほんの少しだけ肩が動いている。

 生きているのだ。その事に気付いた瞬間に、どこか夢の様にふわふわしていた身体に活力が灯り始めた。

 

「結界を限界まで補強します。ネビロスさんを信じて良いんですよね」

 

「えぇ、問題は私の方です。【奔走輸血】無しの《操血術》でどれだけベルディア様を治せるか……」

 

 死神の鎌を首筋に当てられた様な感覚に陥りつつも、二人は己に出来る事に全力で打ち込む。

 一手間違えれば最悪の事態に陥るであろう事は想像に難くなかった。

 

 

◇――◇――◇

 

 

 時はほんの数秒遡る。

 

 目的地にたどり着いた俺達はまずグラシャラボラスとアエローに着陸指示を出し、ベルディアを探していた。

 エイラがやけにすんと鼻を鳴らしていたが、暫くしてその行為の意味が理解できた。

 

 森の奥からバケツ一杯の血を辺りにぶちまけた様な匂いが漂い始めた。それを嗅いだ途端にアルカが全速力で走り出し、遅れて俺達もアルカの後を追う。

 

「――し、しょう……?」

 

 凄惨な光景だった。俺も何度か四肢を吹っ飛ばした経験はあるが、今ほど視界をリアルに設定した事を後悔しかけた事は無いだろう。

 全身に虫に噛まれた様な無数の傷跡、悉くを使用前に破壊されたのだろうポーションの残骸が辺りに散らばり、怪我を治療できないまま傷跡から大量に血を流す初老の男性の姿がそこにはあった。

 

 俺がアルカのように呆然とせずにそれに気づけたのは殆ど直感による物だった。

 

「あ、っぶねぇッ!!」

 

 即座にアルカの前に出て飛来した針を弾く。相も変わらず音の無い精密射撃には目を瞠るばかりだ。

 俺の気のせいでなければ以前相対した時よりも精度が上がっている様にも思える。

 

「グラシャラボラス!」

 

 すぐさまグラシャラボラスに《インビジブル・マーチ》を使用させ、ついでにアエローに戦場を俯瞰させる。

 

『森の中だから碌に見れないわよ?』

 

 構いやしない、広域視点から敵の予備動作でも見えれば儲け物だ。

 

『りょーかい』

 

 背後から紅い霧が立ち込めると同時にアエローが上空へ飛び立つ。

 

「よぉ、何時ぶりだ? あの耳障りな蜂はいないのか?」

 

 森の奥にまで聞こえる様に言い放つが反応は無い。

 油断無く槍を構え、先程の直感について考える。ペルシアと戦った時にも言われた事だが、俺には戦闘時に相手の攻撃を半ば直感で察する事が出来るらしい。

 実際そのような場面に覚えがあるし、俺自身何となく勘が良いという自覚もあった。

 

 だが先程の直感は今までのそれとは違う物だった。

 

(勘ってレベルアップするのかね?)

 

 デンドロだとそういうのも育ちやすかったりするのかね、何て事を考えて、未だ反応の無い森に目を向ける。

 

 ……おかしい。音沙汰が無さ過ぎる。

 初撃を弾いてしまったせいでパーティーメンバー全員にダメージは無く、《王の眼》は使えない。後からベルディアをパーティーメンバーに加えても《王の眼》の対象外だ。

 

 もしたしたら、と一つの過程が頭を過ぎる。

 

「……逃げたのか?」

 

 ありえない。咄嗟にそう思うが、その思考を振り払う。

 ありえないなんて事はありえないと、俺は既に知っている。今すべきは確認だ。

 

「アエロー」

 

『……俯瞰して見た限りネビロスの言う【静界蜂針 サイレンサー】らしき影は見えなかったわ。辺り一帯の風を読んでみたけど小さな虫と鳥以外いなかった』

 

 上空から降りてきたアエローが自信無さ気にそう言ったが、それが分かれば十分だった。

 

「……ふざけるな」

 

 俺はこの世界に来てから、何だかんだ全てのケースにおいて弱者――追われる者だった。

 テルモピュライも、ペルシアも、【グレイロード】も、【ドラグマギア】の分け身も、誰もが強者として真っ向から俺達を潰そうとしてきた。

 

「ふざけるな」

 

 初めてだった。弱者を前にして逃走を選択する強者と相対するのは。

 いや、相対してすらいないのか。……何にせよ手の届かぬ所にまで逃げられるというのは途方も無い歯痒さを俺に植え付けた。

 

「……くそッ」

 

 行き場の無い苛立ちが口から零れ出る。脅威が消えたのなら優先すべきはエイラ達の安全である。

 

 アエローを伴って霧が立ち込める後方に足を伸ばす。途中で周囲を警戒していたグラシャラボラスに透明化を解除させ、いつのまにか張られていた結界の内部に声を掛ける。

 

「すまない、【静界蜂針 サイレンサー】を逃がした。そっちは無事か?」

 

「……無事と言えば無事ではあります、が……」

 

 そう答えたのは苦しげな声を出すエイラだった。結界越しにエイラを見やると、何時ぞや俺に対して行った様な《操血術》による治療をベルディアに試みていた。

 エイラの集中力を削ぐ事は憚られた為それ以上声を掛けず、再び周囲の警戒に戻ろうとするとグラシャラボラスが話しかけてきた。

 

「『何かが来る』」

 

「は、まさか戻ってきたのか?」

 

『さっきのとは別じゃないかしら』

 

 そう話し合っていると、森の奥――俺達が来た方角、つまりは街の方――から物凄い勢いで何かが飛んで来た。

 豪風を伴い地面に埋まったのは、白銀の金属球。事態に頭が追いつかず数秒フリーズしていると、金属球がそこから消え失せ、代わりに見知ったロングコートの少年が現れた。

 

「無事か!?」

 

『どうやら少しばかり遅かったようだな』

 

「もう少し早く撃ってればまた変わってたかなぁ……」

 

「……コバルト? 今のは、ってか何でここに?」

 

 恐らくマスケット銃の弾丸と思われる金属球と引き換えに現れたのは蒼のマスケット銃を持つコバルトだった。

 俺の問題みたいなもんなのであまり関わらせたくなかったのだが……その旨も置き手紙に書いた筈だが。

 

「あれを見てはいそうですかとはならんだろ、一応は俺も……心配だったし」

 

『ネビロス相手なら素直に言えるんだな』

 

「お黙り」

 

 空気を入れ替えるようにコバルトが咳払いをする。

 

「それで、間に合わなかった俺が言うのもなんだが状況を教えてくれないか?」

 

「あぁ、まぁ情報の刷り合わせは必要だろう。関わるなとも言ってらんなくなってきた」

 

 一応アルカとエイラに確認を取り、了承が取れたので俺はコバルトに全てを説明した。

 元々俺とエイラは【封神】を探してライゼニッツまで来た事。来たはいいが当の【封神】が【UBM】と交戦中だった事。

 その【UBM】が元々俺達が仕留め損ねた個体であった事もありすぐさま応戦に向かった事。辿り着いた頃には既に【封神】は敗北していた事。

 

「――で、俺はその【静界蜂針 サイレンサー】を取り逃がして今に至るって感じだな。自分が情けないよ」

 

「……成程な。まぁこれでネビロス達の目標は達成したんだしすぐにでも霊都に帰れるんじゃないか?」

 

「……え?」

 

 考えもしなかった言葉に思考が止まる。

 コバルトはあっけらかんと続ける。

 

「いやだってネビロス達の依頼は【封神】を連れて来る事だろ? エイラがその人を治療してるんだったらその人を連れて行けばおつかいは成功だ。仮に治療が失敗してもそのアルカメリアさんって人もいるし――」

 

 ピクリと肩が跳ねたアルカに一瞬目を向けたコバルトは視線を俺に向け直し尚も続ける。

 

「――ってのはあり得る可能性の一つの話だとしてもだ、【封神】は生きていてこっちの手元にいるんなら何も逃げた相手を追う必要は無いだろう。【UBM】が心配ならマスターに情報でも垂れ流しゃ勝手に掃除してくれる、……わざわざ勝ち目の薄い戦いに赴く必要なんて無いだろう?」

 

「……た」

 

 確かに。私情を挟んで無理にでも倒そうとして本来の目的を見失ってしまっては申し訳が立たない。

 であれば【静界蜂針 サイレンサー】が自ら逃走を選んだのは良い事であるだろう。

 

 ならすぐにでも「俺が倒すべき」なんて思考は捨て去ってしまった方がいい。

 ……いい筈だ。

 

(……だが、いやそもそも相手の居場所が分からないなら選択の余地は……)

 

 葛藤に揺らぐ俺を見かねたコバルトが溜息を吐く。

 

「ここまで引っ張っといてあれだが、俺ならその【静界蜂針 サイレンサー】の居場所を見つけられる。だがそれは【静界蜂針 サイレンサー】がそんなに離れてないだろう今だから出来る事だ」

 

 コバルトが、正面から俺を見据える。

 

「お前が選ぶんだ。退くか、進むか」

 

 

 




ネビロスが柄にも無く怒ってる理由の大部分はベルディアを甚振るだけ甚振って自分は安全圏に逃げたからではあるが、今までの経験から無意識の内にジャイアントキリングに楽しさを見出していたからという理由も少なからずあったりする。
流石に人命救助が最優先なので「戦ってみたかった」なんて事は言わないしそもそも自分でその事に気付いてない。
というか本来【静界蜂針 サイレンサー】は能力を利用した射程範囲外の死角からのアンブッシュなので真っ向から戦った前回が異常なだけである。

「遺志を継ぐ者達」
・お察しの通りシュヴァルツと同じ目的を持つ人達。誰が決めたとかは無いが世襲形式になっており、当人が名乗ることは無いがベルディア・フリーデは四代目シュヴァルツである。
・遺志を継ぐ者達は皆死ぬ時に己が持つ超級職の継承方法を事細かに記し、或いは弟子がいる場合は己の超級職を受け継がせてから死ぬ事が定められている。
・ベルディアは一度ガルシア、トリカブトと共に行動していた際【獣王】及び【狂王】のジョブの情報を知りどうにか獲得できないかと試行錯誤していた所をトリカブトに見られ怖がられた。
・最近になって現れた不死身のマスターなら超級職を永遠に保存してくれるのではと考え始めていた。
・先代達の超級職の継承方法が書かれた手記はベルディアが厳密に保管しており、アルカメリアに譲渡する予定。もし《DIN》に流れたら半狂乱のお祭り騒ぎになる。

……今更ながらグラシャラボラスのセリフを「『』」より『』に統一した方が分かりやすいんじゃないかと思う今日この頃。どっかのタイミングで一新するかも分からんね。
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