所変わって“霊都”の大通り。俺とグラシャラボラスは、俺の体に打ち込まれた「記憶」の処理をしながら出店をふらふらと巡回していた。
ガルシアはこれを打ち込む際、『記憶が薄れるのは30分程度だから頑張って覚え給えよ』と言っていた。それに付随して、エイラの部屋で行ったガルシアとの会話が脳裏を過ぎる。
『今から君に私の血の“記憶”を流し込む。あぁ、別に心配しなくても暴徒化したりゾンビ化したり下僕化したりなんてことはないから安心してくれ給え。……そういう血は別で作るからね』
『使うスキルは《血の記憶》、相手から吸血によって記憶を盗み見たり任意で選んだ自分の記憶を相手に共有したりと悪巧みには持って来いのスキルさ。なんせ紙とかに残しておくと常につき回る「誰かに見られたら、盗まれたら」という心配が無くなる』
『え、【吸血鬼】万能過ぎるだろって? 当たり前じゃないか、じゃなきゃ殆どの吸血鬼が貴族になってるなんて事にはならないさ。偶にマスターの記憶を見てたりするけど、君達の世界にもいるだろう? 人智を超えた化物として伝わるそれらを』
『弱点さえなければ、出来る事なら何にだって手が届く。それが我々吸血鬼なんだから』
そうニンマリと笑うガルシアはとても清々しい表情をしていた。個人的には産まれた時点で授かった物を最大限活用するガルシアの生き様はとても好感が持てる、その力に胡坐を掻き他を排斥したり見下したりしない点もグッドだ。
そんなガルシアのお陰で有用な情報が手に入ったのだから。
『――この七体が私の把握する全ての【UBM】だ。が、正直に言えば私だけが知っていると言う訳では無いし第一ネビロス君がこれら全てを討伐できるとも、申し訳無いが思っていない。故に私はこの情報は君の持つアンブロシアとは等価ではないと判断した』
『これは我が家に入る為の言わば鍵だ。種族の関係上日中は門番がいないからやや手間になるが夜に我が家に来てくれればうちの書斎を貸し出そう。流石に本の持ち出しは許可できないがね』
そう言ってガルシアが差し出した三日月に六芒星が組み合わせられたタリスマンと、俺の持つ全てのアンブロシアの実とトレードを行った。これがあの後の顛末の全てだった。
大量に買った鳥串を5、6本グラシャラボラスの牙の間に挟み串を引き抜いてやる。美味そうにむしゃむしゃと焼き鳥を食うグラシャラボラスを撫ですさり、ガルシアから貰った四体の【UBM】について考える。
「まぁまず勝てないわな」
結論が出るのが些か早い気がするが、どう情報を精査しても結局はそれに行き着くのだ。即ち、必要なのはレベルと手数と戦闘職である。
レベルが低いのは仕方無い、そのうち上がるから行けそうと判断すればその都度突撃するつもりだ。手数、要は戦闘に使えるスキルだがこれはレベルが上がれば増えていくのでこれも現状放置。
俺達が今歩いているのは、最後の問題である戦闘職に就く為である。
◇――◇――◇
名は体を表すと言うが、基本的にジョブに関してもそれは適応される。何が出来る職業なのかが名を聞いただけで分かるというのは厄介である反面結構楽だ。
という訳で俺達は【槍士】のジョブをゲットするためにとある建物に来ていた。
そこは武器戦闘系のジョブ全般に就く事が出来る戦闘職総合ギルド。出店の主人にいい転職場所を知らないかと聞いて指し示された場所だ。
「はいはーい、新しいお客さんだねぇ。こっち来てこっち」
玄関を通りカウンターらしき場所で子供に呼び止められた。身長140程の羽の生えた少年はカウンターに座りながら簡易的な質問をしてきた。
行儀が悪いが身長が足りないのだろうか。
「常時飛ぶのも面倒くさいんだよ、椅子用意するのも嫌だし。で、君は……【槍士】のジョブが欲しくて来たのかな?」
良くお分かりで。さらっと思考を読んで来る辺り大物かもしれない。
「そりゃずっと人の顔見てきたんだもの、それくらい分かるさ。で、【槍士】の取得条件は槍を使った戦闘で模擬戦用案山子を破壊すればすぐ取れるよ。早く訓練場行ってきな」
「扱いがぞんざいというか、大雑把ですね」
「当たり前、君戦闘職を主軸に据える気無いんだろう? 純戦闘職と比べて扱いに差が出るのは当然さ」
……本当に良くお分かりで。
「お察しの通り純粋な戦闘職には、申し訳ありませんがなるつもりはありませんが……」
「分かってるよ。俺の話を聞かずさっさと訓練場に行かない辺り欲しいのはジョブじゃなくて力なんだろう? それも短期で得られるような。俺もそこまで暇じゃないけども時間があったら見て回るから、ほら行ってきな」
撃てば響くように俺の考えを読み当ててくる彼に会釈しながら【槍士】系ジョブの訓練場へと向かった。
グラシャラボラスを連れて入ったその訓練場は槍を振り回す関係上、他の剣や短剣やらの訓練場より広々とした作りをしており、既に幾人かが訓練に入り浸っているが新たに入ってきた俺に目もくれずマネキンを打ち据えていた。
先達に習い、早速的に対して槍を振るうも早速違和感を覚える。護身術の関係上カウンターばかりしていたせいで自発的に槍を振るうのがぎこちなくなっているのか。
とりあえず的は破壊し【槍士】獲得の条件は達成したものの、やはりアニメみたいな突撃兵染みた真似は自分には無理だなと実感した次第である。
「ヴァウ」
「どうしたグラシャラボラス」
苦労して的を壊すのを見ていたグラシャラボラスが移動し、先程破壊した的に重なるように俺の前に立ちはだかる。……まさか、いやでも、流石にそれは。
「もしかしてカウンターの訓練相手になってくれるのか?」
「ルルゥ」
ありがたいが些か承服しかねる。カウンターの訓練という事は必然相手に動きがあり、丁度いい具合に手加減が出来るという点を考慮すれば最適ではあるのだが……、己のエンブリオと戦うと言うのは心情的にも避けたいのよなぁ。
怪我でもさせてしまったらどうしようと、敵に対するそれとはまた違う焦りが出てしまう。
「君、それこそ失礼じゃないかい」
「え」
どうしたものかと考えていると後ろから先程も聞いたやる気無さげな声。振り返ると先程の少年が呆れた様子でこちらを見ていた。
「俺は<マスター>じゃないから分からないけど、相棒からの折角の提案を断るのはちと可哀想じゃないか?」
「それは……」
「それにここなら怪我もポーションですぐ治せる。というか君の棒切れみたいな武器じゃ精々掠り傷くらいしか与えられないだろうさ」
少年が俺の持つ初心者用の槍を指差してそう言った。
タイミングが見つからず未だに買い換えられてない武器だが、そうか流石にグラシャラボラスを舐めていたか。
「訓練相手頼んでいいか?」
「ガウ」
任せなと言うように一咆えしたのを見て俺は槍をグラシャラボラスへと向けた。
周りの【槍士】達が物珍しさからか手を止めてこちらを見ているが少年が訓練に戻れと散らしてくれる。
「俺も君がどんな風に強くなりたいのか興味があるからね、後ろからちょくちょく体力回復させてあげよう」
続けて放たれた彼の「頑張りな」という言葉を合図にグラシャラボラスがこちらに向かってくる。目で追える速度のそれを避け槍を振るう。――当たる。
さしたる痛痒を見せずに再びグラシャラボラスは突撃してくる。先程と同じ様に回避し槍を振るい――避けられる。
「おん?」
即座に距離を取る事を選択し下から掬い上げる様に槍でグラシャラボラスを攻撃し、直撃。そしてグラシャラボラスはまた距離を取りこちらに――って。
(はやッくね!?)
明らかに今までの二回の突撃とはスピードが違う。
だがこの速さであればまだ当てられる。今まで同様グラシャラボラスの直線上から避けられない!?
慌てて槍を体の前に構え防御の姿勢を取り、直後重い衝撃が走る。
「思考を絶やすな、確信は選択肢を狭めるぞ」
少年の言葉に構えていた槍を下げるとグラシャラボラスは元の定位置に戻っていた。ここまで来ればグラシャラボラスが何をしたいのか分かる。
俺がカウンターを成功させる度に敵としての思考レベルを上げていくつもりだ。
「<エンブリオ>ってのは<マスター>の考えている事が分かると聞くけど、それが本当なら<マスター>の思考を読んで段階を踏んで強くなるのも簡単なんだろう」
「……すげぇなぁ俺の相棒は」
感慨深く呟き、グラシャラボラスに訓練を再開して貰った。
段階的に賢くなっていく敵役のグラシャラボラスに徐々に成す術が無くなっていった俺は十数分そこらで息も絶え絶えにグラシャラボラスの背に寄りかかっていた。
「中々面白いものが見れたよ」
そう言いながら体力を回復させてくれた少年に軽く礼を言いつつグラシャラボラスから離れ、自力で立ち上がる。
徐にステータスを確認すると《護身術》、そして【槍士】のアクティブスキル群が軒並みレベルアップしている事に気付いた。実感は湧かないが結構訓練の成果は出ていたらしい。
「最初はそんなものさ、まして<マスター>ならね。基本的にウチは有事の時以外は毎日開けてるから暇な時は来るといい。ここより広々としたスペースも貸し出してるから」
じゃあね、と他の人達の訓練を見に行った少年を眺め、俺は【槍士】の訓練場を出た。
俺の想定を遥かに超えて強かったグラシャラボラスだが、ガードナー系列である事を考えてみれば当たり前である。マスターの護衛を果たす役割を持って生れ落ちたエンブリオ、それがガードナーである。まぁ勿論大別であるので中には例外もいるだろうが、俺のグラシャラボラスは大多数のガードナーと同じ様な役割を持って産まれた筈だ。
しかし疑問に思ってしまう。強くあれと願われ、生まれた結果自分より弱い主を得て、エンブリオは苛立ちや離反を考えたりはしないのだろうか?
「グゥウ」
「そうだな、ごめんごめん」
心外だ、自分がそんな事を考えているように見えるのかと不満げに頭を擦り付けてくる相棒に俺は苦笑した。流石に創作物の読みすぎだろう、考えるだけで疲れそうな思考を中断し俺はグラシャラボラスの背中に手を乗せた。
暫くグラシャラボラスに構っているとギルドの扉が開かれ、複数人の<マスター>と思しき人物が会話しながら入ってくる。
「あ、ネビロスじゃん」
「……おん? テルモ?」
その団体のうちの一人が俺の側を横切る瞬間、特徴的な俺の相棒の姿に気付いたのか話しかけてくる。その声は紛れも無くテルモピュライのものであった。
他の面々は誰コイツみたいな目を向けてくるが構わずテルモピュライが俺に近づく。
「何だ、結局戦闘職取る事にしたのか」
「まぁ色々あって戦闘職皆無はつらいという事を身を持って知ったからな……。で、後ろの人たちは?」
「俺のダチだ!」
いやまあ見れば分かるが。
聞けばかつてテルモピュライが別ゲーで楽しんでた時に組んだ臨時パーティの交流が今でも続いているらしく、その時の縁でデンドロでも一緒にプレイしようと約束していたらしい。そんな事ってあるもんなんだな。
そのパーティはテルモピュライ含めて四人で構成されており、全員前線で戦うタイプの脳筋パーティとなっている。
「ジョブ関係の打ち合わせするの忘れててな」
「馬鹿なのかな? ……テルモピュライが世話になってるようで、すいませんね本当」
「あぁいえお構いなく。いやぁ誰かと思ったらテルモが度々口にしてるネビロスさんだったんですね、初めまして」
そんな風に俺に軽く頭を下げるのは白髪を乱雑に切り揃えた男性、【大戦士】のプラタイア。役割は大剣を用いての斬り込み隊長。
「思ってたより細いのねぇ、若い子なんだからちゃんと食べなきゃ」
「子って歳でも無いんですがね」
挨拶より先に俺の体調の心配をしてきた白銀の髪を流している女性は【剛槍士】のサラミスで、【槍士】系列でありながら身の丈ほどのタワーシールドと馬上槍を軽々と操るらしい。
「……どうも」
「えぇ、よろしくお願いします」
口数の少ない彼は【兇手】のペルシア。斥候兼奇襲を担当しているからか全体的に黒い服装を纏い物静かな印象である。
……示し合わせたかのように全員ギリシャ関係の名前だな、どうなってんだ。
「そうだ丁度いい、ネビロスに頼みたいことがあるんだ」
「嫌だぞ?」
俺の脳裏に例の馬鹿げた頼みが過ぎる。
「違う違う、覗きとは別件」
慌てて否定するテルモピュライだが後ろで仲間が「覗き……?」と不思議そうにしてるぞ。
わざとらしく咳払いをしたテルモピュライが改めて俺に頼む。
「俺達の代わりに、希少なアイテムをある人物に渡して欲しい。簡単に言えば配達の依頼だ」
「ほう?」
二回目のクエストは、我が友人の口から紡がれた。
彼らの名前に意味は無いです。
【血の記憶】
・【真祖】級吸血鬼でも使えるのは数人レベルのスキル。
・アクティブスキルであり、記憶を抜き出す際は【吸血】時に使用するか選択し、記憶を与える場合は対象に触れるだけでいい。
・吸血鬼の貴族同士で秘密裏にやり取りする際は「おおこれはこれはガルシア公爵殿、ご機嫌麗しゅう」「やぁキュリオス侯爵、元気にしてたかね?」(握手)だけで一瞬の内に情報伝達が可能。
・ガルシアの記憶する【UBM】の中には神話級に容易に手が届く存在もいる。