まだ日の昇らぬ早朝、誰に起こされる事も無く目を覚ます。普段ならその場で二度寝を敢行するが諸事情によりこのまま起きていなければならない。
買い溜めている即席麺の在庫を消費して腹を満たし、パソコンの前に移動する。
「そういや掲示板とかの情報フルカットしてたな……」
レジェンダリア関係で何かしら有力な情報が無いかと掲示板類を漁るが、殆どがガルシア宅の書斎で既に知っている情報ばかり。
流石に期待しすぎたかとページを閉じ、メールボックスを確認。
「『チャットルームにカモン』? 何だ一体」
全く意図の読めぬ一文がテルモピュライから送られてきたので大人しくテルモピュライがいるであろうチャットルームに参加する。
[チャットルーム“漁り隊”にナベルスが参加しました]
ナベルス:そういやこっちではこんな名前だったっけか
ナベルス:で、来たぞテルモピュライ
テルモピュライ:伝え忘れてた事があってだな
テルモピュライ:お前に依頼した事についてなんだが
ナベルス:なんぞや
テルモピュライ:相手がいくら化物染みた風貌だからっていきなり攻撃するなよ?
ナベルス:俺を蛮族か何かだと勘違いしてないかお前
テルモピュライ:いやいや、これはお前がデンドロ入る直前にチャットで言いかけた三つ目のお願いにも関係するんだがな?
テルモピュライ:余りティアンをこちらから殺しにいくのは辞めてくれって事。例え相手が直視するのも憚られる容姿だったとしても
ナベルス:そんなやばいの
テルモピュライ:一言で言えばムカデ。ただあれは正直嫌悪の視線を向けられても仕方無い感じはした。というかそんな反応がうっとおしくて人里離れた場所で生活してるって言ってたっけ……
ナベルス:不定の狂気入りそうな見た目じゃなきゃ大丈夫だよ、お前の杞憂だ。それに俺もティアンは大切に、というか付き合い方を考えないとなって思ってたし
テルモピュライ:そりゃあよかった。お前の身近なティアンも大切にしてあげな?
ナベルス:誰目線だよ
テルモピュライ:いや、もしかしたら好きな子とか出来たかなーって
テルモピュライ:ねぇ?
テルモピュライ:……あれ
テルモピュライ:おーいナベルスー
ナベルス:あほくさ、デンドロ入るわ
[チャットルーム“漁り隊”からナベルスが離脱しました]
「……あいつ碌な事言わんな、本当どうしたんだあいつ」
何か掲示板ではレジェンアリアは変態の国とかまことしやかに囁かれつつあるがあいつがその筆頭格だったりしないよな?
そこはかとない不安を抱きながらおれはデンドロに入ることにした。テルモピュライからの依頼をこなさねばならない訳だし。
◇――◇――◇
閉じていた目を開け、入る日の光に目を細め天を仰ぐ。
霊都の中央で根差す【アムニール】を見上げるも、天辺は見えず首が痛くなるだけだった。
「グルゥ、ガウッ」
「おぉグラシャラボラス、昨日振り」
改めてレジェンダリアの壮大さに感嘆していると俺の左手の甲からグラシャラボラスが現れ、呆れたような目で見つめてきた。
「そうだなぁ、エイラと待ち合わせしてたんだった」
そう、俺がログアウトする前にエイラは霊都の門前で待っていると言っていたのだ。俺の依頼に同行するために。
お偉いさんの娘とは思えないようなエイラのバイタリティはどこから来るのだろうか、正直戦闘技術で言えば明らかにエイラの方が上なので頼もしくはあるが。
道中で消耗品を買い足していくが、正直必要な物はあまり無い。地図を見た感じ一日かけて目的地に辿り着く感じになりそうだが焚き火を起こすための木は山ほど持ってるしテントも正直組み立てに時間が掛かるからいらんしな、エイラがどう思うか分からんが。
いざと言う時はグラシャラボラスの側で寝よう、という訳で買い足すのは専ら食料である。仮にも【行商人】なので調味料の類は様々な種類を持っていくつもりではあるが……グラシャラボラスよ、キロ単位の肉塊は焼くのに時間かかるぞ。
「まぁお前が肉食いたいってのは分かったから買うけど」
「ウゥ?」
「いや流石にあれ丸ごとは買わんぞ?」
仕方がないので豚肉っぽい肉を数種類買い込む。ブロックは焼くの難しいので串焼きとか出来そうなサイズに適当に切って貰った。
その他にも色々な食料を買い、俺はエイラが待つ待ち合わせ場所へと向かった。
「おはようございます、何時頃出発するので?」
エイラを探しながら霊都の入口付近まで歩いていると路地裏から聞きなれた声。顔を向けると何時ぞやのように日の光を遮るようにフード付きの外套を纏うエイラがいた。
「すまん遅れた。あと一応聞いておきたいんだがテントとかいるか?」
「要りませんよ、スペースと時間の無駄でしょう。貴方は別世界に行けますし私も寝具が必要なほど柔じゃないです」
「あぁ、うん、了解。じゃあ行こうか?」
吸血鬼は頑丈なのでと言うエイラにつくづく貴族とは思えない精神性してるよなとやや引きつつ俺はグラシャラボラスとエイラを伴って霊都を出発した。
俺も【槍士】のジョブを得た事で人並みには戦える様になってきたが、それでもエイラやグラシャラボラスと比べれば弱い。故に俺という荷物を抱えたこの旅路では強敵との戦闘は避けねばならず、記憶した【UBM】の縄張りの回避は絶対である。
(が、まぁそういう訳にも行かんのよなぁ)
【グレイロード】はまだマシだ。基本自分の塒から動く事は無いと記憶が俺に伝えてくれる。それ以外に突然エンカウントする可能性がある【UBM】が複数体いるのだ。
見つからなければいいのだが果たして。
ともあれ、【UBM】との遭遇以外で留意すべき点は無い。折角霊都から長い道を歩く事になるのだ、道中の景色を目に焼き付けるなりして短い旅を楽しもう。俺は【旅人】なのだから。
背に乗れと急かすグラシャラボラスの好意に従って毛並みの良い背に跨り、俺達はいつもとは違う森の中へと進んでいった。
◇――◇――◇
前に狩をした時俺はグラシャラボラスに「俺を背に乗せて飛べるか」という質問をした。
答えはNOだ。そのうち進化すれば俺を乗せて飛ぶ事も出来るだろうが、未だ第一形態である現状俺を乗せて飛ぶ事は出来ず国境越えなど夢のまた夢であるとグラシャラボラスは俺に伝えてくれた。
が、「俺を乗せて飛ぶ事は出来ない」とは「俺を乗せた状態で行動出来ない」という訳では勿論無い。そこら辺を俺は深く聞かず勘違いしていた為グラシャラボラスに乗ったのも地下水脈での一件のみだが、元より一般人の何倍も力が強いグラシャラボラスだ、俺を乗せて戦闘を行う事も軽々こなす事が出来た。
騎兵の強さを俺は今身を以って知った。
「……これで最後か」
歩いている途中襲い掛かって来たモンスターの群れを返り討ちにしていたのだが、移動をグラシャラボラスに任せ攻撃と姿勢制御にのみスタミナを使うだけで凄く戦いやすくなった。グラシャラボラスも俺を乗せている分スピードは落ちるがそれでもモンスターの群れを翻弄するには十分に過ぎた。
人馬一体を成す騎士が強いのも納得がいくというものだ。生憎グラシャラボラスは馬ではないので【騎士】になる事は出来ないだろうが、そのうち【騎兵】系統のジョブを取るのもいいだろう。
「見違えたように強くなりましたね」
「ジョブの力とグラシャラボラスのお陰だけどね。防具は【追い風】一式に変えたけど武器はまだ初心者用の槍を使ってるし」
そう、俺は未だに武器を買い換えてはいない。ガルシアから貰った宝石や貴金属の類も心情的にまだ売ることが出来ておらず、そのために上質な槍を買う事が出来なかった上に初心者が大体最初に買い換えるという武器も俺からしてみれば誤差レベルであり……色々な物が積み重なった結果現状維持という結果になった。
俺としてもこれは悪手だと分かってはいるがこればかりは俺の性格的なものだ。よくRPGの類であるだろう? ゲームを始めてすぐの武器屋で武器を買い換えようとするも思ったより微妙な性能で結局その分の金を消費アイテムに使うという事が。
「ここら辺でちょっと休憩しよう、疲れた」
「分かりました。……近くで流水の匂いがしますね、小川ですかね。向かいましょう」
「ルゥ」
グラシャラボラスから降りている最中エイラは森の中のある一点に顔を向け、そう言った。先導するエイラの後をグラシャラボラスと共に追うと木々が生い茂る中で滔々と清水が流れる小川があった。
幸い俺達が休憩できる分のスペースはあり、エイラにとって毒になるほど極端に陽が差していると言う訳でもないのでここで暫く休憩することになった。
「水は、煮沸消毒とか必要なのかね?」
俺の呟きにグラシャラボラスがとことこと小川に近づき、顔を近づけ鼻を鳴らす。暫くして「まぁ大丈夫じゃない?」といったニュアンスで一咆えしたのでインベントリから取り出した空の容器に水を入れる。
小川の水で喉を潤していた俺はふと疑問に思った事を休憩がてら話の種としてエイラに振る。
「吸血鬼って流水が苦手らしいけど水は飲めるよな、どこからが流水なんだ?」
「まぁ普通に水は飲めますが。水関係は大別して海や川などが致命的という以外は特に苦労した事は無いですね、生活で使う様な水でダメージを負った事は無いですし」
私達は普通に湯浴み出来ますのでと言うエイラ、謎は深まるばかりである。しかし吸血鬼の弱点って不思議な物ばかりだよなぁ、太陽光に銀に十字架に流水聖水、あとにんにくとか塩とかもか。結構方々の伝承がごっちゃになってる上、デンドロの吸血鬼がこれら全てを忌避すると言う訳でもあるまいが……。
「不思議だなぁ」
俺は思考を投げ捨てるように、グラシャラボラスに背を預けて座り込んだ。
聖なる物が効く要因を調べる為に「生きてる?」などと馬鹿みたいな事を聞くのは憚られた。今までも結構失礼な事をしてきた自覚はあるが、それを聞くのは違うだろう。
(というかそもそも俺は聞く必要無いんだよなぁ)
ただ知りたいというだけ、俺の言動はそれを原動力としているだけであり、吸血鬼の事を聞いて得た情報をどうしようという意思は無い。
やたらめったら周囲に流布されるよりはマシだろうが、それでも俺の行動理念は迷惑でしかないだろう。エイラ自身は余り気にしてない様に見えるが今後は控えようと心の中で考えていると何かの羽音が耳に届く。
「エイラ、何か聞こえるか?」
「えぇ、小さい虫の羽音かと」
虫。
「……どんな虫か分かるか?」
「えぇと、恐らく蜂かと――」
エイラが蜂と言ったのを確認し、俺はグラシャラボラスにあるスキルを使わせる。《インビジブル・マーチ》、結局今まで戦闘で使ってこなかったグラシャラボラスのスキルで俺とグラシャラボラス、そしてエイラを透明化させた。
俺の知識では蜂の種類にもよるだろうが大概の蜂は軒並み目と鼻が良かったはずだ。これだけでは足りない可能性を考慮し、俺はアイテムボックスから【ティールウルフ】の血が入った瓶を取り出して進行方向とは真逆の森の奥深くへと投げつける。
カシャンと瓶が割れる音がした数秒後、俺達の近くから去っていった蜂の姿を見て――過剰と思えた対策をして正解だったと確信する。
困惑の表情を浮かべる――《インビジブル・マーチ》が適用された者同士であれば姿は見えるらしい。今知った事だが――エイラに小声でここを離れようと伝え、足早に小川から離れる事にした。
「……蜂はアレだけか。悪いなエイラ、急に走り出して」
「いえ、それは別に構いませんが……些か過剰では? ただの蜂相手に……」
言うべきか考え――るまでも無いな。流石に言わない訳には行かないだろう。
「今まで極力【UBM】の縄張りに入らないように行動していたんだが、ガルシアさんから貰った記憶の中でもしかしたら遭遇するかもしれない徘徊型の【UBM】が一体いてな? 遠目でよく確認出来なかったがあの蜂はその【UBM】の手下である可能性が高かったんだ」
だから見つからないようにした、そう俺はエイラに告げる。俺としては一度くらい【UBM】に特攻を仕掛けてみたいところだが今はエイラがいる。わざわざ喧嘩を売りに行く必要は無いだろう。
「その【UBM】に感付かれない為に逃げていたんですね」
「あぁ、とは言えあの蜂は斥候とか偵察目的で飛んでいる訳ではなく主である【UBM】――【静界蜂針 サイレンサー】に付いて行ってるだけらしいからな、これ以降の道でそいつと遭遇する事は無い筈だ」
如何せん人の記憶なので確証が取れないが致し方無し、とは言えここで奴の場所が分かって良かった。ここから先は【静界蜂針 サイレンサー】に出くわす事がないと分かったのでここからの旅路はスムーズな物になる筈だ。
幾分気を楽にしながら、俺はグラシャラボラスの口に干し肉を放り込み頭を撫でてやった。
話の都合上先に進めるためには描写をぶつ切りにせざるを得ず、とは言えこっちとしては場面転換を多用したくないというジレンマ。
【静界蜂針 サイレンサー】
・決まった場所に定住せず、蜂の巣も作らない徘徊型【UBM】。雑食だけど肉の方が美味い。
・生態的には特にフェロモンとか使わないが雄の蜂がどこからともなく寄って来て自分から奴隷になりに来る。
・奴隷となった雄の蜂は足が黒く染まり喧しい羽音を立てるようになり、視界に写った敵対者は直ちに【サイレンサー】に報告される。
・奴隷が喧しく騒ぎ立てるのは、彼らの女王の弱点を隠すためである。