アストぺルラの時間遡行~失われた未来を求めて~   作:三連符P/tripletP

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2「アストぺルラと大滝の洞窟」

「プッハー! やっぱこの時期に入る川って最高だわ!」

「ちょ、ちょっとアストラ、上の服ぐらい脱いで入りなさいよ!」

「そうだよ、乾くのにも時間がかかるんだからさ」

 

 行商人が来た日からどれくらいたっただろうか。季節はめぐり、初夏。アストぺルラは友達のタイム、そして幼馴染のリリィと一緒に森にある川に遊びに来ていた。

 

「はいはい、脱げばいーんだろ、脱げば」

「ちょ、脱ぐのなら事前に言いなさいよっ!」

 

 バシンッ! とリリィがアストぺルラの背中を叩く。

 

「痛ッ! て、てめえが脱げって言ったんだろうが! 畜生が!」

「それとこれとは話が別よッ!」

「アストラ、リリィ。痴話喧嘩は僕のいないとこでやってくれない?」

「「痴話喧嘩じゃないッ!」」

「……そういう反応だからだよ」

「こんな乱暴で強引な奴が恋人でたまるかッ! 俺はこいつとはまっっっったく違う、可愛くて人をぶったりしないやつと結婚するんだよ!」

「あんた、言わせておけばぁ……! 大体ね、あんたがだらしないから私が毎朝起こしたり、一緒にいてあげてるんでしょ!」

「お前は俺の家族でもなんでもねえだろ!」

「幼馴染よッ!」

 

 ぐぬぬ……と互いに鋭い目つきでにらみ合うアストぺルラとリリィに、やれやれ、とやってみせるタイム。アストぺルラはその様子が気に食わないが、これ以上は何をやってもどうせ悪化するだけで、リリィと口論しても折角の遊ぶ時間が減るだけ。アストぺルラは話を変えることにした。

 

「もういいや。そんなことより、じじい曰くこの近くに滝があるらしいじゃん。みんなで行ってみようぜ!」

 

 先日無理矢理出席させられた長老の話で耳にしたことだ。他に言っていたことは忘れてしまったが、滝があると言っていたことだけは覚えていた。

 

「長老のことをじじいと呼ぶのはあれだけど、いいんじゃない? ねえ、リリィ」

 

 タイムがリリィに向けて言う。

 

「それって確か、あんまり近づくなって言われてなかった……?」

「いーじゃんそんなの。別に変なことするわけでもあるまいし、リリィも泳げないわけじゃないだろ? 何も起こんないって」

 

 アストぺルラはこの機を逃さぬとばかりに、少し大きな声で言った。

 

「泳げるっていっても私、浮かぶくらいしかできないんだけど……分かったわよ、行けばいいんでしょ」

 

 タイムが機転を利かせて話に載ってくれたお陰か、リリィもあからさまに嫌そうな顔をしていたが、承諾する。

 

 こうして太陽が真上に来て益々熱くなってくる正午頃、アストぺルラとリリィ、タイムの三人は、獣道を川に沿って歩いて行った。

 

 すると、半刻程歩いたところで川が流れるのとはまた違う、雨の様な音が森のざわめきに混じって聞こえてくる。

 

 音は林を進むにつれ大きくなり、存在感を増す。やがて開けた場所に出ると、遂に三人の前には信じられない光景が広がった。

 

「おお、想像以上にでっけえ! すげー!」アストぺルラが叫ぶ。

「正直長老の話では信じられなかったけど、実物を見ると益々信じられなくなるよ……」タイムが呆然として呟いた。

「ちょっと怖いなあ……こんなにいっぱい水が落ちてくるなんて」二人とは対照的に、リリィは少しおびえた様子だった。

 

 目の前の滝は、村の一軒家を二つ足しても届くか分からない程高く、滝壺も小さめの湖といって差し控えのない大きさ。リリィがその光景を〝怖い〟と表現するのも無理はなかった。

 三人が暫し見とれている間も、滝は相変わらずごうごうと周り全てを飲み込むような爆音を轟かせ、霧のような水を届けている。

 

「でも、奇麗……」リリィが独り言ちる。

 

 エメラルド色の透き通った滝壺には一面に新緑と青空が反射し、壮大な滝も相まってまるでおとぎ話のような光景を生み出していた。

 

 目の前に広がる〝未知〟の光景。アストぺルラは体が疼き、居ても立っても居られない。

 気が付くと、体が勝手に動き出していた。

 

「よっしゃ、飛び込むぜ!」

「あ、ちょっと待って!」「ア、アストラー!」二人が制止するが、時すでに遅し。

 

 ばっしゃーんと大きな水しぶきを上げて、アストぺルラは滝壺へと飛び込む。少し上流に来たからか水は想像以上に冷たく、少し歩いて火照った体に気持ち良かった。

 

「プッハ―! たまんねえッ!」

 

 流石に、滝の下にはいく気にはならないが、近くに寄る事は出来る。アストぺルラはもっと間近でこの大自然の飛瀑を感じたかった。

 アストぺルラは湖を泳ぐと、滝の目と鼻の先に来た。

 

「うわー……すげえ……」

 

 強い流れに足を取られそうになりながらも近くに行くと、飛沫はますます強くなり、強大な滝の力を直に感じた。

 

 他の二人にも見てもらいたくて振り向くが、二人は先の場所から動いておらず、こちらに何かを叫んでいる。何事かとアストぺルラは少し近づいてみると、大きな水の音に混じってリリィの悲痛で甲高い声が聞こえてきた。

 

「何してるのー! そんなに近づいたら死んじゃうよ、戻ってよー!」

 どうやら幼馴染は心配性のようだ。アストぺルラはふうと一息をつくと二人に向かって叫ぶ。

「だいじょーぶ、俺はそんなに柔くない! 二人も入って来いよー!」

 

 しかし、反応は芳しくない。

 

「無理、私もタイムもこんなところで泳げるほど泳ぎはうまくないもん!」

 

 そう、アストぺルラにはそれ程危険に映らなかったこの滝の湖だが、傍から見れば激しい滝が水面を叩きつけている底の見えない湖だ。

 

 しかもそれ程遠浅でもないため、すぐに足がつかなくなる。アストぺルラほど泳ぎのうまくない二人には、たとえどれだけの絶景があったとしてもたまったもんじゃなかった。

 

「え、近くでもダメか?」

「ダメ!」妥協案は、無下に切り捨てられてしまった。

「わかった、戻るよ……」

 

 突飛な行動をとるアストぺルラだが、別に自制心がないわけではない。三人で遊べないなら仕方ない。アストぺルラは滝を未練がましくチラチラ見ながら二人の方へ戻っていった。

 

 と、その時。アストぺルラの目が、滝の奥に何かを捉える。

 

「?」

 

 二人の下に近寄るのも中断して、アストぺルラは滝の、一瞬違和感を感じたその一点をしばらく注視する。

 

「おーい、大丈夫かー?」

「どうしたの?」

 

 二人の声も無視して集中して見つめると、確かにちらっと黒いものが見えた。岩というには黒すぎるし、滝に植物が生えるわけがない。では……。

 

 一つの答えにたどり着くと、アストぺルラは己が遠ざかった滝が、まるで宝石の塊のようにきらきらと輝いて見えた。

 

 アストぺルラは大急ぎで二人のいる岸に向かい、今見たことを話した。

 

「洞窟!」開口一番に、アストぺルラは叫ぶ。

「何、ど、洞窟?」

 タイムがアストぺルラに気圧されながらもそう聞くと、アストぺルラは酷く興奮した様子で自分の見たものを話した。

「洞窟だよ! 滝の裏に洞窟があったんだ!」

「あ、ああ……」

「ふーん。で?」

 

 しかし、二人の反応はあまり良いものではなかった。

 

「え、何でそんなに反応薄いんだよ! もっと驚いたり興奮したりしねえのか?」

「あったりまえでしょ! あんなでっかい滝の裏に洞窟があっても入れるわけないし、そもそも洞窟なんて暗くて狭くて嫌い!」

「僕は、正直心惹かれるよ。機会があれば潜ってみたい。けど、あんなところどうしようもないじゃないか……」

 

 先程、アストぺルラには自制心があるといった。しかし、偶然発見してしまった〝滝の裏の洞窟〟の魅力の前には無力に等しかった。

 

「えー、それなら俺一人でも行く!」

「はぁ!? 何言ってるのよ! あんな滝の下を通るなんて自殺行為よ!」

「僕からも言うけど、流石にそれは死にに行ってるとしか言いようがないよ……」

「俺があの程度で死ぬわけないだろ!」

「そんなのただの慢心よ! あんな場所、小舟でもひとたまりないわ!」

「そうだね……アストラ、君がどうしても行くというのなら僕らは君を拘束してでも連れて帰るよ」

「なら、される前に行くだけだッ!」

「あ、待ちなさい!」「待て、アストラ!」

 

 アストぺルラは迫る二人の手を器用に躱すと、滝壺の湖へと飛び込む。こうなってしまうと、二人はもうどうすることも出来ない。

 

「あすとらー! 長老にいいつけるからねー!!」

「絶対に死ぬなよー!」

 

「! ッたりめーだ! 俺をどこのどいつだと思っていやがる! 必ず生きて帰るからな!」

 

 叫ぶ二人にアストぺルラはそう叫ぶと、脇目も降らず泳いでいった。

 

 ◇

 

 二人を振り切ったアストぺルラは、そこそこ広い滝の湖をしばらく泳ぎ、大きな滝の目の前にたどり着く。

 

 先程よりも近い、激しく降り注ぐ滝は、大抵の物を粉々にしてしまいそうな力を感じた。その圧巻の光景は、冒険好きのアストぺルラをして〝やっぱりやめようか〟という考えを芽生えさせる。

 

 もしかすると、激流に体を叩きつけられて死ぬかもしれない。もがき苦しんで溺れるのは、どんな死よりも苦しい今際の際だろう。死なないにしても、失敗すれば恐ろしい苦痛を味わうことになるのは間違いない。――今なら、戻れるだろう。あの二人もまだ待っている。ここでやめておけば――危険はない。

 

 動揺したアストぺルラだが、ふと、行商人の言葉を思い出す。

 

『君は、冒険が好きなんだろ? それってつまり、未知の世界に〝惹かれてる〟ってことに他ならないじゃないか!』

 

 そうだ。自分は誰あろう、未知の世界に惹かれてやまない冒険家、アストぺルラなのだ。この程度で怖気づいてしまってどうする。

 

「ええい、もうなるようになれ! うおらぁっ!」

 

 暫し逡巡したアストぺルラだが、意を決して滝の中へと飛び込んだ。

 

(きっつ! なんだ、この……! まるで数人に取り押さえられてるみてえに流れが急だし、背中がいてえ!)

 

 滝は遠慮なくアストぺルラの背を叩きつけ、奥に往かんとするアストぺルラを激しく押し流す。その勢いはアストぺルラの想像よりもはるかに強力で、このままアストぺルラは溺れてしまうかに見えた。しかし。

 

(負けて、堪るか!)

 

 アストぺルラの闘志は燃え尽きない。得意な泳ぎに生来の勘の良さも相まって、迫りくる濁流に一歩も引かず、徐々に徐々に確実に滝の内側へと入り込んでいった。そしてついに流れは弱くなり、アストぺルラは滝の内側へと入り込んだ。

 

「っぷはァ! はあ、はあ、はあ……」

 

 すると――。

 

「――!!」

 

 奥には洞窟が広がっており、中では滝の透明なベールから入り込む日差しが、洞窟に流れる小川と乱反射して宝石の様な輝きを放っていた。洞窟の奥にはどうやら緑色に光ったヒカリゴケが群生しているようで、まるで奥までぎっしり詰まった宝箱のようだった。

 

 感想も忘れて、アストぺルラはしばらくぼんやりと洞窟を見つめていた。もしかしたらこの宝物庫に魅了されてしまったのかもしれない。けど、本当にそうだとしても悪い気分ではなかった。

 

「――行かなきゃ」

 

 奥に行かなければならない。アストぺルラは自分でも驚くほど自然と、そんな考えが浮かんだ。

 

 食料のない状態でヒカリゴケしか灯りがなく、しかもどこまで続くか分からない洞窟に入るのは正直言って自殺行為だ。いつもなら流石に分をわきまえて戻っているところだというのに。

 

 ――だけど、アストぺルラがこの宝物の様な光景に〝惹かれた〟のも確かだ。自分はやっぱり生来の冒険者なのだと、アストぺルラは納得した。

 

 もう、迷いはない。アストぺルラは緑の宝石のような洞窟の奥へと進んでいった。

 

 

 ◇

 

 

 そうして、かれこれ一刻は足場の悪い中を突き進んでいっただろうか。

 

 ちょろちょろと小川の流れる音と、遠くの滝の音、そして水滴がぽちゃんぽちゃんと垂れる音が洞窟内に響き渡る。洞窟内には蝙蝠一つおらず、生き物の気配は一切ないように感じた。

 

 しかし、ありがたいことにヒカリゴケはだんだん数を増しており、アストぺルラの足元を一層明るく照らしてくれた。照らされた天井は案外高く、鍾乳石がつららの様に今にも落ちそうな格好でぶら下がっており、先からこぼれた水滴がたびたびアストぺルラの背に当たった。

 

 と、ふと、アストぺルラはばったり立ち止まった。

 

「……分かれ道だ」

 

 分かれ道。それも三股に分かれており、間違えたら最後、洞窟から出られなくなるかもしれない。

 

「――こっちだ。こっちに惹かれてる、気がする」

 

 アストぺルラは、一応軽く石で印をつけると自身の勘のみで分かれ道を進む。けど、何故だかこっちであっているという根拠のない自信が感じられた。

 

 はたして、どうやら正解だったようでしばらく進むと大きな空洞にたどり着く。

 

 アストぺルラは空間に入った瞬間思わず息をのんだ。

 

 地底湖だ。それも、飛び切り大きい。外のそれとは違い、随分と静寂な水面だった。先程までとは違う青白く光ったヒカリゴケが、まるで満点の夜空の様に天井中を覆い、水面の中で光がゆらゆらと揺れていた。

 

 アストぺルラを驚かせたのはそれだけではない。

 

「誰かが、ここに来たことがある?」

 

 地底湖の正面には、石を積んで作られた簡素な祭壇の様なものがあり、その中心には全てを吸い込むかのような蒼い宝石が鎮座していた。

 

 アストぺルラは祭壇に近づき、試しにその宝石を持ち上げる。こぶし大のその宝石は、見れば見るほどくらっとしてしまいそうな輝きを放っていた。

 

「こうすると、益々きれいだ……」

 

 アストぺルラは、宝石を天井に向けてかざし、その輝きをしばらく見つめる。すると、次の瞬間宝石が太陽の様に激しく光り始める。

 

「うわっ!」

 

 一瞬めくらになり、アストぺルラは咄嗟に宝石を放り出す。しかし、いつまでたっても宝石が落ちる音は聞こえないし、水が跳ねることもなかった。

 

 少し目を開けて、光がある程度弱まっていることを確認し、おずおずと眼を開ける。するとそこには宝石が空中に浮遊しており――

 

≪僕を起こしたのは君かい、少年!≫

 

 そんなふうに、アストぺルラに話しかけたのだった。


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