アストぺルラの時間遡行~失われた未来を求めて~ 作:三連符P/tripletP
アストぺルラは左を振り向く。岩肌ばかりで変わった様子はない。次に、右を振り向く。少しヒカリゴケが多めだが、さして変わった様子もない。では、先程の声は幻聴だったのだろうか?
《わあッ!》
「うおっ!?」
宝石は、まるで意思があるかのようにアストぺルラの目の前に近づいており、アストぺルラの間近で大きな声を出した。アストぺルラはあまり驚いたもので、後ろに尻餅をついてしまった。
《はは、びっくりしたかい? いや、すっころぶとは思わなかったけど!》
宝石は、その場で嬉しそうにくるくる楕円軌道を描いていた。アストぺルラはしばらく事態が読み込めなかった。幾らこの場所に惹かれてきたからって、流石に宝石が喋る様な珍事に遭遇するとは思わなかったのだ。
「ほ……宝石が喋ったぁ!?」
《そうさ、最近の宝石は喋るのだよ、若者よ!》
「嘘付け、絶対おかしいだろっ!」
《そんなことはない。本を読んだことはあるかい?》
実は、アストぺルラは勉強ができないわけではない。本が大好きなアストぺルラは、読み書きも村にある数冊の本が全て読める程度には習熟していた。
授業をさぼるのはそこまで習熟してなお、長老が読み書きの勉強を続けさせようとするのに意味を感じないだけなのだ。
「あ、ああ。一応〝プラタナス島冒険記〟といくつかの絵本は……」
《おお! なら、プラタナス島冒険記には喋る木が出てくるだろう? あれと同じさ。あいつ、僕の甥なんだよ》
「は!? 木が親戚!?」
《最近あの子、伸びすぎてうっとうしいって嘆いてたよ》
「……いや、流石に騙されねえから!」
《あっはっはっは! すまないすまない、随分久しぶりの来客で気持ちが高ぶってるんだ》
宝石は、酷く愉快な感じで揺れている。にわかには信じがたいが、こうまでされるとこの宝石に意思が宿っていると考える他なかった。
「そうかよ。ところで、あんたは誰だ? なんで宝石なんだ?」
《僕は、そうだね――ヒース。貴族でもないし、苗字なしのヒースだ。えっと、おそらく君はテンポスの村の子供だよね?》
アストぺルラはこくりとうなずく。
《なら、僕は君のご先祖さまってわけだ!》
宝石からは、感情なんかまったく読み取れないはずだ。しかし、その瞬間アストぺルラには容易に自慢げに胸を張った様子が想像できた。
「ご先祖さま? じゃあ、何だってご先祖様のヒースがこんなとこで宝石の中にいるんだ? 何かやらかしたのか?」
《違う違う、僕は別に悪いことをして封印されたわけじゃない。第一、僕が悪い人ならこんな高価そうな宝石の中に封印して、こんな神秘的な場所に祭壇を作って祀ると思う?》
「いわれてみれば、そうか……じゃあ、何というか、神様的な感じで祀られたのか?」
確かに罪人をわざわざこんな滝裏の洞窟の奥に祀る道理はない。それなら次に考えられるのは、神を神聖な場所に祀ることだ。
テンポス村には至る所に神棚やちょっとした祠がある。自然崇拝は一番身近でもっともらしい理由だった。
《うーん、惜しい、かな。僕が祭られた理由は、その昔、とってもとってもすごいことを成し遂げたからなんだよ! それこそ命を賭して村の危機を救ったのさ!》
「え、マジ? ヒースってめっちゃすげーじゃん!」
《そうだろうそうだろう! 君、もっと僕を崇め讃えていいんだよ?》
そう言われて、更に誉め言葉を続けようとしたアストぺルラに、ふと疑問が生ずる。
「……いや、でも村の危機って一体なにが起こったんだ? 今の平和な村からしたら〝危機〟なんて想像できねえ」
アストぺルラが生まれてはや13年。村は危機の危の字もないほど平和で、今まで日常生活で困ったことはほとんどない。故に、アストぺルラにはあの村に危機が訪れる事なんて全く思い浮かばなかった。
《危機の内容、ねえ。それを言うのはちょっと難しいかな。君のことを信用してないわけじゃないけど、僕がやったことは重大すぎて、他の人にはあまり話せないんだ。それこそ、それをとある勢力――今も健在かは分からないけどね――が知れば、真っ先にテンポスをつぶす程度には、ね》
「ええ~それじゃあ、何も分かんねえよ……せめて、そのとある勢力っていうのは何かだけでも教えちゃダメか?」
《勿論! それを言っちゃあ、僕の正体なんか知見のある人ならすぐ感づいちゃうよ。まあ、知りたいのなら少なくとも成人してからここに来てよ。教えてあげよう》
「そうか……それなら仕方ないか。成人してからまた来るよ。でも、それを聞くとヒースがどんな奴か益々よく分かんなくなってきたんだが……」
《僕がどんな奴かだって? うーん、自分の事を自分で言うのは何だかこそばゆい感じがするけど――強いて言うなら賑やかなのとか、楽しいことが好きかな。逆に、争いごとは大っ嫌いだし、寂しいのも嫌だよ》
「ふーん、戦いが好きじゃないんだ……村を救ったにしては随分平和主義なんだな……」
《――はあ。いいかい、少年。人生には、やれることとやれないこと、そして――――やらなきゃいけないことがあるんだ。その〝時〟の始まりは唐突だよ。ある日突然、嵐みたいに訪れるんだ》
ヒースはそういうと、それまでの愉快そうな態度を変えた。
《僕は平和が好きさ。何でもない日常でも僕にとっては理想の一日だし、春ののんびりとした雰囲気も大好きさ。収穫祭の高揚感なんて、もう最っ高だ!
でも、だからと言ってやらなきゃいけないことをさぼる理由にはならない。他でもない、僕がけじめを付けなきゃいけなかったんだ。
――ちょっと陰気な話になっちゃったね。僕はこういうおセンチなことは大っ嫌いなんだ。先の質問にはちょっと答えられないけど――そうだね、せっかくここに来てくれたんだ、代わりに面白いことを教えてあげよう。君は〝魔法〟に興味はあるかい?》
魔法。それは、アストぺルラからハースに対する疑問を容易く吹き飛ばすのには十分なほど興味を惹かれるものだった。だけど、ここは少し遠かれど村の範囲内。魔法を封じる結界は健在の筈だ。
「そりゃ勿論あるけど、この村には魔法を無効化する結界がかかってるし……」
《結界! 僕の頃にもあったけど、まだちゃんと作動してるんだね。まあ、土地自体が結界みたいなものだし自然の魔力を利用してるから当たり前なんだけど。
安心して、ここは結界を無効化するくらい魔法と縁深い土地だから、誰でも普通に魔法を使えるよ。第一、魔法が使えないなら君が今見てる光景をどう説明するんだい?》
「いわれてみればそうか! 宝石が浮いたり喋ったりするなんて、魔法以外に考えられない!」
《まあ、僕ほどの魔法使いになれば結界の干渉を受けながらでも多少魔法を維持できるんだけどね。でも、ここでなら君も魔法を使えるはずだよ》
ここでなら自分でも魔法を思う存分使える。そう聞いたアストぺルラは即座に宝石に身を乗り出す。
「教えてくれ! 頼む!」
《意欲旺盛な生徒は歓迎だよ! じゃあ、久方ぶりに魔法を教授するとしよう!》
こうして始まったハースの魔法の授業。理論的なことは後回しでまず実際に使うことに重きを置いた授業は、長老の話とは違い、するすると頭の中に入っていった。
それになんてったって楽しいのだ。自分が生まれて初めてまともに魔法を使う。それだけで感動モノだというのに、ハースという優れた教師というおまけ付き。アストぺルラは感動と驚き、嬉しさで一杯だった。
けど、どうしてだろうか、ハースは心なしか不満げな様子だ。
《おっかしいな……。この方法を試してこの等級の魔法。普通はあり得ないはず――》
「……どうしたんだ? 魔法はこの通り、初めてにしてはちゃんと使えてるはずだけど……」
そう言って、アストぺルラは指先から爪くらいの大きさの火を出したり、水を出す。しかし、そんなアストぺルラの様子を見ると、ハースは益々語気を強める。
《いや、それは弱すぎるんだ! 僕はこう見えても〝指導の天才〟と言われたことがあってね、どんな人でも少しの時間である程度の魔法を打てるように指導することができるんだ。けど、
「な、なに!? さ、才能がない!?」
魔法に対する才能がない。それは、今まで聞いたどんな言葉よりも衝撃的な死刑宣告だった。まるで、手足をもぎ取られたかのような喪失感。自分の全てを全否定されたような気がした。悲しみのあまり涙が止まらなくなってしまう。
そんな様子をみたハースは慌てて言葉を続ける。
《いや、断じて才能がないわけではない! 僕の見立てでは、君ほどの天才は国に一人か二人かいれば多すぎる位だ! 証拠に魔法は弱弱しいけど、その発動は今まで見たどの生徒よりもスムーズで芸術的な位だ! 思うに、君は何らかの理由によって魔法を制限されてる!》
自分に才能がないわけではないばかりか、天才のそれである。それはアストぺルラにとって飛び跳ねたいほどの朗報だったが、もう一つの方が問題だった。
「魔法を、制限されてるだって?」
《そうさ、もし君が魔法を使ったら本来はこの地底湖の水位を上げるのも容易いはずなんだ!
何か、魔法関連で身の回りで変わったことが起きたことはないかい?》
アストぺルラは少し考える。しかし、思い当たることは一つしかなかった。
「――そういえば、一度結界の外に出た時周囲がゆっくりして見え――」《それだ!》
「え?」
《それだよ! 君が魔法を使えない原因!
君には才能が溢れている、いや、溢れすぎている! それこそ、時魔法を楽々使えるほどに! 周囲をゆっくりさせるのは時魔法の基本的な魔法だけど、誰かに教えてもらわずに発動できるほど優しい代物じゃない!
「え、そ、そうなのか!?」
《そうだ! 時魔法ってのは基本的な物ですら普通の魔法を極めるレベルの習熟を必要とする! もちろん過去には生まれつき時魔法を使える人もいたらしいけど、君みたいな歳から自然と発動するもんじゃない!》
ハースは、間髪入れずにまくし立てる。
《鑑みるに、だ。君は、時魔法に対するあまりの適性のせいで、他の魔法を使えないんだ!!》
「時魔法に対する、適性?」
《人には本来色んな属性――例えば水とか、火とかの様な――に対する許容量が決まってるんだ。才能があるってことは、その許容量が人よりも多く、より強い魔法を打てるって事さ。でも、君の場合時魔法の許容量が多すぎて全て埋まっちゃってるんだ!》
「そ、そうなのか……でも、要するに時魔法に対する才能は凄いってわけだろ? なら、多少難しくてもいいから教えてくれよ!」
しかし、返事は芳しくない。
《駄目だ! 時魔法ってのは、使うと世界が壊れかねない危険な魔法! 非常時以外は絶対に使ってはならないッ!》
「そんなにやばいのか、時魔法は……」
《そうさ。過去と未来への干渉については特にね。だから、君には時魔法を教えられない》
「でも、時間を遅くする魔法位なら別に良くないか?」
別に、アストぺルラは過去に戻りたいわけでも未来を変えたいわけでもない。時間を遅くしたり早くする程度なら、問題がないように思えた。
《そうだね……でも、まだ村で生活してる君には無用だよ。今すぐにこの村を出るというのなら教えてあげてもいいよ?》
「え~……ちやほやして結局教えてくれないのかよ……」
《ごめんね。だけど、君の持つものはそれ程危険な才能だと分かってくれたら嬉しいよ。正直僕だって、君のその特異な才能をどの様に扱えばいいのか困惑してるくらいだからね……》
「……しょうがねえか。成人した後、またここに来るわ」
《うん、それがいいよ。まあ、もしかすると僕みたいにもっと早く〝その時〟が来るかもしれないけどね》
ハースはそう言ってゆっくりと点滅していたが、突然ぴかっと光り始めた。
《いっけない! 結界のせいでここの時間の流れが遅くなってるってこと忘れてた! それにこの感覚――君、早く帰った方がいい!》
突然そう言いだすので、アストぺルラは大いに困惑した。
「え、どういうことだ? なんでここの時間が遅くなってるからって、早く帰った方がいいんだ?」
《難しい理屈はどうでもいい! ここでの一日は外の十数日にもなるんだ、それと、君は現在進行系で無意識に時の流れを早くする魔法を使っている。だから早く!》
「そ、そういう事か……。でも俺には滝の裏に行くまでは連れが二人いたし、数日間俺が行方不明ならすぐに捜索されると思う。だから、それ程外との時間には開きがないと思うけど……」
《え、ちょっとまって、今滝の裏っていった?》
「え? そうだが……」
《なんてこった、ここも随分と辺鄙な場所になっちゃってるじゃないか!! 道理で誰もお供えに来ないわけだ、昔はもっと分かりやすいところにあったんだよ!》
「ええ!? まじか!」
《というか、自分で言ってて気づかない? ただでさえ迷いやすい洞窟なのに、滝の裏なんて場所にあればまず捜索されるかだって怪しいよ! 多分親御さんが待ってる、急いで帰りな!》
「分かった。けど、約束してくれ!」
《何だい?》
「成人して俺が村から出る時、全てを教えるって!」
《勿論さ! さあ、帰り道はこの小さな宝石が指し示してくれるから受け取って!》
そう言うと、小さな宝石がハースから分離してアストぺルラの手に乗る。宝石からは、一つの方角に向かって一筋の青い光がどこまでも続いていた。
「ありがとう、ご先祖さま! じゃあ、いつかまた!」
《ああ!》
アストぺルラはそう言うと、出口の方へかけていった。途中躓きそうになったが、一度は通った道だ。何とか体勢を崩さずに進んでいった。
そして、行きよりはるかに早く、アストぺルラは滝の裏に戻る。すると、役目を終えた宝石からは青い光が消えていった。
裏から見る滝は明るく、今は日中だと分かるが、先程とは違って光がさしていないことから午後ではないだろう。もしかしたらあの洞窟にいた間に外では一晩が過ぎていたのかもしれない。そう考えるとアストぺルラは少し焦って滝へと飛び込んだ。
万力に挟み込まれるような、激しい水の流れ。しかし、それはもう克服済みだ。アストぺルラは要領よく滝を抜けていき、湖を泳いで岸へと向かった。すると、岸には棒のようなものが突き刺さっており、そこに皮紙が結ばれていた。
軽く頭と手を振って水滴を散らすと、アストぺルラは皮紙を手に取る。すると、リリィが書いたのだろうか、怒ったような表情をした女の子の絵と、先に一度帰った旨、そして長老に事の顛末を言いつける旨が書かれていた。
「長老だけにはいってほしくなかったのに……」
アストぺルラはそう恨めし気に呟く。しかし、自分が制止を無視して無鉄砲に進んでいき、二人を心配させたのも事実。今更ながら、罪悪感が胸の底からこみあげており、リリィの悪口を言う気にもなれなかった。
「はあ……しかしリリィ、字、上手いな……て、ん?」
過ぎたことは仕方ない。そう思いながらアストぺルラは皮紙をポケットにしまうと、川に沿って歩きながら他の事を考えることにした。
最近リリィは文字を書くのにはまっている。それこそ、近くにある石が文字で一杯になってしまうほどだ。今回のこの手紙に使った皮紙も、それ程簡単に手に入るものではない。無理を言って出してもらったに違いなかった。
けど、それについてアストぺルラはお礼を言う気にはなれなかった。どうせ、「あんたには関係ないでしょ!」とかなんとか言われていつもの暴力が振るわれるだけだからだ。まあ、最近は手を出してくることは無くなり、少ししおらしくなっていた気もしたが――川遊びの時のことを考えるに、やっぱり気のせいだったのだろう。
「そうそう、そういえばあいつ、俺に向けた手紙を書くとかも言ってたっけ……」
あの時はいつもと雰囲気が違った気がした。が、違った気がしただけだった。不格好な態度をからかい思いっ切り平手でぶたれたことは一生忘れないだろう。
そうこう考えてるうちに、アストぺルラは元々川遊びをしていた場所が見えてきた。が、何かが置いてある。
置いてある? 何か、見覚えのある……あの形。いやな予感がして、アストぺルラはそこに駆け寄った。
「――え?」
それは、半ば白骨化した遺体だった。胸には地面がはっきり見えるほど大きな穴が開き、中生理的な嫌悪を感じる臭いを醸し出していた。ところどころ原型を残しつつも白骨がところどころ見える顔は酷く凄惨で、恐怖に引きつった表情をしていた。
それは、人だった。間違いない。この人は、アストぺルラの家から少し離れた所に住む、優しいおじさんだ。いや、おじさんだったものだった。
自殺は禁忌とされているし、事故でこんな傷がつくはずもない。まず、間違いなく何らかの道具で、他の人によって……殺された? 誰が? 何のために?
殺人? 口減らし? 見せしめ? それとも――
――瞬間、アストぺルラは村へ向かって走っていた。気持ち悪い冷や汗が顔を伝う。妙に早くなった鼓動がアストぺルラをせかす。
どうか、どうか、この嫌な予感が、鼓動が、気持ち悪い感覚が、全て杞憂でありますように。天に向かって、この世の全ての神さまに向かって全身全霊でそう願った。
いつの間にか、あれだけ晴れていた空には、暗い雲が垂れ込め始めていた。
次回は本格的に残酷な描写が含まれる予定です。