陽だまりに抱かれて   作:苺ノ恵

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24.蝶蝶

 

 

 

 

「結局入ってるし…」

 

「しのぶ?この石鹸使ってもいい?あ、この布ふわふわ!泡がいっぱいで雪みたいね」

 

「もう好きにして…」

 

 一日の疲れをとるためにお風呂に入っている筈。それなのに、逆に疲れるというのはこれ如何に。

 

 しのぶは最新の入浴用品を漁ってはしゃぐ姉を見ながら諦めのため息を溢す。もはや、一緒に入浴していることについては触れまい。姉が言い出したら聞かない性格なのは昔からのことなのだ。

 

『しのぶ様?お加減はいかがでしょうか?』

 

 戸口の向こうから声がかかる。

 

 患者の様子を看に、廊下を歩いていたアオイは不運にもこの家の当主であるカナエに捕まった。当主の我儘に付き合わされ、折角掃除した湯船に湯を張り直し。火の番を命令させられる始末。実のところ、実質的な被害者はしのぶではなくアオイではなかろうか。

 

 しかし、アオイは持ち前の生真面目さで、不満な態度を一片たりとも見せることなく、自ら風呂の用意を名乗り出た。

 

「ありがとう、アオイ。とっても気持ちいいわ。良かったら貴女も一緒にどう?」

 

 しのぶからすれば、姉からの五月蝿い・煩わしい襲撃が分散するため是が非でも浴室に引き摺り込みたい所ではある。が、アオイはそんなしのぶの心情を察して知らずか、明朗快活にはっきりと断る。

 

『いえ。姉妹水要らず。久しぶりのご歓談を存分に。私は患者の様子を見て来ます。私以外、この場には入らないよう人払いしておきますので。どうぞごゆっくり』

 

「ああ、そう…。ありがとう…」

 

 しのぶの願い、ここに散る。

 

 これほどまでに感情の篭っていないお礼の言葉はそうそう見られない。

 

 失意の淵に身を投げ出したしのぶに、カナエの楽観的な声音が浴室に反響しながら耳を撫でる。

 

「今度はみんなを誘って入りましょう。きっと楽しいわ」

 

「湯船の大きさを見てよ。三人は風邪を引く羽目になるわよ?」

 

 大人が二人。詰めれば三人入れると言ったところか…。大浴場は患者のために解放されているため、しのぶ達女性の浴場はこの場のみに限られる。

 

 しのぶは浴槽に浸かり、豊かな双丘を湯に浮かべる姉を嗜めながら後ろを向かせる。髪を纏めきれていない箇所を軽く結衣合わせ、髪が湯に浸からないようにする。

 

 しのぶの厚意にお礼を言いつつ浴槽の縁を触りながら、カナエは独り言のように呟いた。

 

「…今から大きくできないかしら?」

 

「できないことはないけど、修理の間この寒い冬の時期にお風呂に入れなくなるわよ?そんなの嫌だからやめて」

 

 呼吸が使えるようになった今。指先が冷たくなることは少なくなった。だからといって、お風呂に入れないというのは女性として耐えられないものがある。大きな浴場は魅力的だがいかんせん時期が悪い。

 

「その間は義勇くんのお屋敷のお風呂を借りればいいじゃない?彼、そんなにお風呂好きじゃないみたいだし。頼めば二つ返事で貸してくれるわよ?」

 

「死んでも嫌。それならお風呂に入れなくてもいい」

 

「相変わらずしのぶは義勇くんのこと苦手なのね」

 

「あの人を好む人の感性はどうかしてると思う」

 

「うーん。悪い人じゃないんだけどね?悪いのは間と言葉足らずなとこだけで」

 

「顔が無駄に整ってるのが余計に腹が立つのよ。それに口を開けば鮭大根鮭大根…。一回、川に鮭を取りに行って、遭遇した熊に一発殴られればいいと思う」

 

「義勇くんの大好物だものね。鮭大根。鰤大根じゃないところが義勇くんらしいけど」

 

 どうでもいいとしのぶは思った。なんとなく風呂の話題から水柱様の関することに移ったため、この機会に気になっていたことを姉にぶつけてみた。

 

「…姉さんはどうしてあの人の肩を持つの?」

 

「ん?どうしてって?」

 

 表情や呼吸、仕草に変化なし。診察の際から患者の様子を観察する術に長けているしのぶにとって、それらの情報は相手の心理状態を測るのに有益な判断材料となる。

 

 しのぶはさらに姉の心に踏み込んでみる。

 

「それって、あの人が姉さんにとって特別だから?」

 

「ん〜…。なんて言ったらいいのかなぁ?……あ」

 

「?」

 

 意外だった。姉はそういうことを今まで話す人ではなかったから。人間は好きだが、特定の人を作らない印象だった。だからこそ、しのぶは自分でも気付かないうちに前のめりになって姉の話に耳を澄ませていた。

 

 そのため、カナエが発した言葉を理解するために僅かばかりの時間を要した。

 

「義勇くんとしのぶは似てるから」

 

 ………は?

 

 しのぶは額に青筋を立て。また、腹を立てながら浴槽から身体を起こす。

 

「出る。おやすみなさい」

 

「ああ、待って!言い方を間違えただけだから!お願い!髪の手入れが一人だと大変なの。お願い、手伝って。金鍔一個あげるから」

 

 土産があるなら、なぜ先ほどお茶を出した時に言わないのだと苛々しながらも、髪の手入れが大変なのはよく分かるため。自分の気持ちを努めて落ち着かせながら、再び湯の中に身体を収める。

 

「………。はあ…。それで?百歩譲ってあの人と私が似てるとして。それがどうさっきの話と繋がるの?」

 

「私の勘なんだけど、義勇くんって絶対に弟なのよね?」

 

「   」

 

「何言ってるんだこの人、みたいな顔しないの。それでね?私って小さい子って好きじゃない?」

 

「年上の男性を弟って言う人が話すと説得力が違うわ」

 

「ありがとう」

 

「褒めてないんだけど?寧ろ貶してる」

 

 この姉はもう病気なんじゃないだろうか?そう思わずにはいられないしのぶであった。

 

「だから、なんとなく放っておけないのよ。危なっかしくて」

 

「要は姉さんは手の掛かる、こちらが面倒を見ないといけないような人が好みってこと?」

 

「可愛いと尚良しね」

 

「お風呂で向かい合って姉の性癖暴露を聴き続けるってこれ何の拷問?」

 

「お母様も長女だったからかしら?血は争えないわね」

 

「姉さんの性癖をお母様のせいにしないでよ…」

 

「それはそうとしのぶ。…育ったわね?」

 

「視線と発言が完全におじさんと変わらないの気付いてる?そういうの性的暴力って言うのよ?」

 

「お父様…血は争えないということね…」

 

「さっきから姉さん最低過ぎない?…もしかして飲んでる?」

 

 ここでようやく異変に気づいた。姉は本来こんな風に話す人じゃない。しかも、浴槽に使ってから顔が火照るのが異様に早い。お酒が多少なりとも入っているのではないかと考えるには十分な情報だった。

 

 斯くして、しのぶの予想は的中だった。

 

「ん〜。帰る前にちょっとだけね?」

 

「…誰と飲んだのかはもう聞かないけど、珍しいね?何かいいことでもあった?」

 

 姉がお酒を飲むのはお祝いの時や良いことがあったときだ。しのぶはカナエがのぼせないよう注意しつつ、お酒を飲むに至った出来事を聞いてみた。

 

 すると、少し憂いを帯びた表情になったカナエの瞳がしのぶの瞳を映し出す。

 

「しのぶは、鬼を人に戻せると思う?」

 

「…急になんなの?」

 

「お医者様であるしのぶの目から診て。鬼は人間に戻せると思う?ううん。戻してもいいと思う?」

 

 急な選択。

 

 しかし、答えは決まっている。

 

「………仮にそんな手段があるとしても、死んだ人は戻ってこない。鬼の時にしてきたことがなくなるわけじゃない。だから、私は認めない。人を殺した鬼が赦されるなんて選択肢。私は要らない」

 

 しのぶの答えに困ったような笑顔を浮かべたカナエはしのぶのことを抱き寄せると、頭を撫でながら呟く。

 

「そっか…。そうよね。鬼だものね」

 

 カナエの声音に悲壮めいたものを感じ取ったしのぶは一つの推測に思い当たる。

 

「…もしかして。あるの?そんな方法」

 

 カナエは答えない。

 

 代わりに答えを探すための手段を提示する。

 

「ごめんなさい。しのぶ。私はあなたのお姉ちゃんだけど…その気持ちを聞き入れてはあげられない…」

 

「姉さん?どういうこと?」

 

 カナエはしのぶから離れる。その顔には、鬼殺隊を治める花柱としての顔があった。

 

「花柱 胡蝶カナエがお館様からの指令を伝えます。胡蝶しのぶ。あなたにはある稀血の調査を依頼します」

 

 しのぶは昂りを覚える身体を湯にあたったせいだと言い聞かせ。片腕を抱く。

 

 湯を沸かすために使っていた木がパチパチと音を奏でる。

 

 彼女にも大きな転機が訪れようとしていた。

 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜おまけ〜

 

 

 柱合会議を終え、お館様への別件の報告も事なきを得た。空は既に暗くなっている。急ぎ夕食の鮭大根のある店を探さなくてはと画策していた時、同席していた胡蝶から誘いを受けた。

 

 なんでも、この近くに新しくできた飲み屋に美味い鮭大根があるとのこと。

 

 俺はすぐさま了承した。

 

 今の俺なら上弦の鬼相手でも四半刻は持たせることができるのかもしれない。

 

 店に着いて間髪入れず、俺は鮭大根を注文する。…良い店だ。出汁の香りが食欲をそそり、仄かに香る酒気が、張り詰めていた気力の線を緩めていく。

 

 鮭大根が来た。早速いただこう。

 

 ……なんだ胡蝶?俺は鮭大根を食べるのに忙しいんだ。後にしろ。…何?酌しろだと?自分で注いで飲めば良いだろ?…仕方がない。よし、これで大人しくなるだろう。胡蝶がボソボソと何か言っているようだが俺はこの鮭大根に全集中だ。

 

 改めて、頂きま…今度はなんだ胡蝶?何?食べさせて欲しい?ふざけるな貴様。俺もまだ食べていない鮭大根に一番に箸をつけたいと?鮭大根一口目の権を誰にも握らせるな!お前はこのおでんの大根でも食っていろ。熱いから気をつけろ…そうか。美味いか。良かったな。

 

 今度こそ…いざ正味!

 

 ………ここが楽園だったか。これは拾壱の型に必要な凪のような精神を持たせるのに最適な鍛錬なのかもしれない。

 

 さて、二口目を…おい胡蝶?なぜもたれかかる。邪魔だ。座って居られないならそこに寝ていろ。何?構えだと?

 

 知らん。俺は鮭大根を食すのみ。

 

 ………何故か胡蝶が俺の肩を枕にして寝始めた。真剣に邪魔だな。…よし、これでいい。

 

 鮭大根を存分に堪能し、胡蝶が残した酒を飲んでいると胡蝶が目を覚ました。

 

 良い加減足が痺れてきた。俺もまだまだ鍛錬が足りんな。

 

 胡蝶、大丈夫か?相当酔って顔が赤いようだが?…何?近寄るな…?

 

 ………俺は嫌われてない…はずだ…。 

 

 

 

 

 

 

 




おまけが書いてて一番楽しかったです まる
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