禰豆子ちゃんとしのぶさんの話し合いに戻ります。
「____しのぶさん?」
私を呼ぶ声に思考が引き戻される。
目の前には私の話を待つ少女の顔があった。
そこで私は、ハッと息を吸い、意識を自身の内ではなく外に向ける。
「あ…すいません。どこまでお話しました?」
「カナエさんとしのぶさんで私の血について調べて、その結果についての詳細のところです。私の血を取り入れた鬼に理性が戻って、お二人に介錯を願い出たと」
私は目の前の少女、竈門禰豆子さんに小さな嘘をついた。今回の調査を行なったのは私と水柱様だ。しかも、血の効果というのも水柱様が確認したもので、私は自分の毒のことしか検証結果をこの目で確認できていない。別に私が誰と調査したかなど、禰豆子さんには関係のないことである。それでも私は水柱様の関与を隠した。その理由に明確な答えを見つけられないまま、私は手元の文面に視線を落とし話の続きをする。
「そうでしたね。まだ、謎が多く残る鬼の生態ですが、やはり鬼になる前が人であるという事実を考慮するに、人から鬼へ変化する過程は何も不可逆なわけではないと思います」
「私の血が、鬼となった人を、鬼から人へと近づける…。ですが、それはおかしくないですか?私の師が言っておられました。強い鬼はその強さに応じた数の人を喰らっていると。ならば、稀血という栄養価の高い血もまた、鬼を強くするための作業に加担してることにならないのでしょうか?それこそ、人の状態からより遠ざけるように」
「その疑問は尤もですね。ですが私はそうとも言い切れないと思います」
「なぜでしょうか?」
「あまり馴染みのない言葉でしょうが、医学用語では抗体と呼ばれる物質があります。簡単に言うと、体内に入った有害なものに対する身体の防御装置のようなものです。この抗体を持つことで病気に掛からなくなったり、或いは症状の進行を留める効果があるといわれています」
「じゃあ、私の血には鬼になり辛くする。鬼化の進行を遅らせる。引いては鬼の血に対する抗体があるということでしょうか?」
「しかも、その抗体には鬼にとってたくさんの養分も含まれているので。鬼からしたらご馳走の中に猛毒が盛られているようなものですね」
「…何故か褒められてる気がしません」
「そうですね。鬼と関わらなければ無用の長物でしょうし。ですが、あなたの血が確かに鬼に対して有効な手段の一つとなりうる可能性は認められました。このことはまだ、一部の人間にしか伝わっておりませんので、くれぐれも悪戯に他言することのないようお願いします」
「分かりました。危ないことに巻き込んで本当にごめんなさい。私にもできることがあれば何でもするので。これからもよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
竈門さんは強く、そして聡明な方のようです。
話がひと段落したところで、話題は姉の話に移る。
何でも、一度姉に花の呼吸について師事し、今も自分にあった呼吸を探究中とのこと。
まだ、全集中 常中もできていない段階なのでそうだとは思っていましたが、少なくとも姉が師事したということは花の呼吸の適正があったということ。
私は好奇心から。また、自分には扱いきれなかった呼吸を納めようとしている彼女への嫉妬からか。このような、らしくない提案をしてしまった。
「もしよろしければ、竈門さんの呼吸法を見せて頂けないでしょうか?若輩者の私ですが姉と過ごした時間は誰よりも長いつもりなので、少しばかりの助言もできるかもしれません」
私の提案に、竈門さんは目を爛々と輝かせながら首肯した。
「是非お願いします!実を言うと日課の鍛錬がまだなのでこれからやらなければと思っていたところです。なので、ご指導願えたら幸いです」
「分かりました。では、お庭を使わせていただきましょうか。確認して来ますので、準備していて下さい」
「すみません。よろしくお願いします」
私は店主に鍛錬のため庭を借りる旨を伝え了承をもらい、準備を終えた竈門さんと庭に移動する。綺麗に整えられた草木を荒らすのは本意ではないため、砂利の置かれた場所を選んで移動する。
そして、少し開けた場所で向き合う。
「私はしばらく観察しているので、後自由にどうぞ。気付いたことは、鍛錬の合間にお伝えしますので」
抜刀し、呼吸を深めた彼女は重心を落として構える。
「分かりました。では_______!?」
「?どうされました?」
竈門さんが突然構えを解き、右手を押さえて明後日の方向を向く。つられて私も視線を同じ方角へ向けますが、そこには夜を照らす月の光があるばかり。
「竈門さん?」
反応のない彼女に再度声を掛けると、彼女は突然駆け出しました。
「ちょっと!?どうされたんですか?」
「鬼の気配がします!誰かが闘ってる!」
「!?」
私は彼女を追う。
どうして私も気付かなかった鬼の存在に気がついたのか。そんな疑問も置き去りにして、私たちは月の照らす夜道を懸命に駆けたのだった。
◇◇◇
「あらあら。すっかり遅くなっちゃったわね。しのぶも、もうとっくに着いているだろうし…また怒られるわね…」
日輪刀の修理を依頼して、里で束の間の休息を取った後。急いでこの街まで来たのだが、方角をやや間違えており、遠回りした結果、こんな夜も深い時間帯になってしまった。最近、さらに怒りっぽくなった実妹に小言を言われる未来を想像し、若干気分が落ち掛けたが。久方ぶりに再開する禰豆子ちゃんの存在につい心を弾ませてしまう。
私は逸る気持ちが身体に現れたのか。自然と進める歩速が上がって行く。
「今日は本当にいい夜ね」
チラリと見上げた月は、薄暗い夜の空気を仄かに照らしている。
だから、私は気付けた。
月が映し出す影の形に違和感を覚えて。
刀の鍔に指をかけた。
「そこのあなたは、そうでもないのかしら?」
建物の屋根から、こちらを見下ろす者に向けて。
「うん。そうだねぇ。何せ、月よりも綺麗なものを見つけちゃったんだから、それをしっかりと瞼に焼きつけとかないと損でしょ♪」
一見すると、奇抜な格好をした美丈夫。青白い肌も合間って、人間味がどうしようもなく薄い。しかして、人の良い笑みを含むその相貌には空っぽの何かが乗せられていた。
「あら、お上手ね。でも、ごめんなさい。私には心に決めた人がいるの。あなたのお誘いには答えられない。…それに私___人を殺める存在は好きになれないから」
刹那の凍気。
半歩下がり、私が先ほどまで立っていた場所を見る。
地面には氷の花が咲いていた。
空っぽの異形は心底残念そうな声を挙げて空々しい言葉を吐き散らす。
「あちゃー…先約があったのか。残念だよ。ごめんね、ジロジロと無遠慮に見つめちゃってさぁ。それはオレからほんの気持ち。でも、受け取って貰えなくてオレはさらに残念だよぉ___まあ、いいけど♪」
雲の去った夜空に月明かりが冴え渡る。
差し込んだ光に私の目が映し出したのは、異形の瞳に刻まれた 上弦 弐 の文字。
冷や汗すら固まる凍気の中、その鬼は言った。
「オレは君のこと大好きだから。なら、君を食べちゃっても、何も問題ないよね♪」
上弦の弍は優しく嗤っていた。
来てしまったクソ教祖様。
これは私も全集中で書くしかない。
それではまた