陽だまりに抱かれて   作:苺ノ恵

3 / 29
3.刹那

『鬼はね…とても悲しい生き物なんだ』

布団から身体を起こし、庭で遊ぶ炭治郎達を愛おしそうに眺めながら、お父さんは不意にそんな話を始めた。

『鬼は日の光を浴びることはできない。ずっと暗闇の中を彷徨い続ける。そして、彼らは人の生を二度と全うすることはできなくなる…。人としての生涯を送れなくなる。不幸になるんだ』

お父さんはどこか憂いを帯びた瞳で太陽を見上げ独り言ちる。

違う。

おかしいよ。

おばあちゃんも言ってた。

鬼は悪い奴らなんだって。

アレは人の敵なんだって。

私は感情に任せて父に反論した。

『どうして?鬼は人を食べちゃうんだよ?人から大切なものを奪ってくんだよ?私、そんなの許せない!』

『…禰豆子は優しいね』

お父さんが頭を撫でてくれる。

大きくて、ゴツゴツしてて。

何度も斧を振るったせいで、厚く、そして固くなった掌の豆。

病気のせいでちょっと病的に細々としてるけど。

それでも、私に伝わる感触はどこまでも優しくて。

あまりの心地良さに目を細めてしまう。

お父さんはスッと表情を無くすと、真剣な雰囲気で私の瞳を見つめる。

『禰豆子…もしもの時は迷ってはダメだよ?』

『ん…迷う?何を?』

お父さんは撫でるのをやめ、傍らに置いていた短刀を私に手渡してこう言った。

『人を守るために。鬼を、滅することを』

誰もが正しいと感じるであろうその言葉を紡いだお父さんが、私にはどうしようもなく辛そうに感じた。

 

 

◇◇◇

 

 

「ウウウウウウ!!」

「………炭治郎…!」

生きてた。

生きていてくれた。

私の大切な家族。

でも___

「どうして…どうしてよ!炭治郎!!」

目の前にいるのは鬼。

鬼なんだ。

人を本能のままに食い殺す。

(私はずっと気付けなかったの?炭治郎が鬼だったって…。ずっとお腹を空かせてたって…。私たちを…食べようとしてたって…)

鬼は人を喰らうことで飢えを満たす。

それが家族で在ろうと、鬼にとっては有用な餌、貴重な養分だ。

村の寺子屋にあった書物を読んで、ある程度鬼についての知識があった私は、炭治郎がお母さんたちを喰ったのだと思い、どうしようもない哀しみが喉を震わせた。

「ウウウウウ!!!」

「!?」

炭次郎の身体が大きくなっている。

圧し掛かってくる強烈な力に、短刀を握った掌の肉が裂け、私の腕を濡らす。

血の匂いを嗅いで飢餓感が強まったのか。

炭治郎は涎を垂らしながら、私の首筋に牙を寄せてくる。

「ッ…!…涎?」

頬に掛かった生暖かい唾液に嫌悪感を示したのではない。

私は炭治郎が現在、極度の飢餓状態にあることに気がついた。

(口元に血の跡はない…手も…。それに、お母さんやみんなも喰われたって様子じゃなかった…!)

つまり、炭治郎はまだ人を喰っていない。

まだ、人を殺していない。

誰かに鬼にされただけなんだ。

まだ、人なんだ!

私の家族なんだ!!

「頑張って…!炭治郎!…がんばれっ!!がんばれっっっ!!!」

私は涙で滲んだ視界で必死に炭治郎を目を見つめ、何度も、何度も呼び続ける。

しかし、女の私では力も体力も遠く及ばず、もう炭治郎を押し返す力も残っていなかった。

遂に炭治郎の歯が、私の首筋に当たる。

私は死を覚悟した。

でも、自分が死ぬことに関してはそれほど恐怖を感じなかった。

なによりも怖い事。

それは弟が本当の意味で鬼になってしまうこと。

もう、人としての生涯を送れなくなってしまうこと。

人から大切なものを奪い取っていく存在になってしまうこと。

そして最期は、鬼として滅せられること。

弟が、悲しい生き物になってしまうこと。

(嫌だ!そんなの嫌だ!私はどうなっても構わない!だからお願い!神様!仏様!悪魔だって構わない!お願い!どうか、どうか炭治郎を!!)

私は最後の力を振り絞って、力いっぱい叫んだ。

「貴方は鬼なんかじゃない!私の!世界一カッコよくて優しくて大好きな弟!竈門炭治郎だーーーーーっっっ!!」

「ウウウ……ネ……ェ………サ…」

「!?炭治郎!?」

奇跡だ。

炭治郎の意識が戻ったのだ。

私は驚きのあまり彼の名前を呼ぶことしかできない。

「………ニゲ……」

逃げて。

そう懇願してくる彼の底なしの優しさと強さに涙の溢れた私は、絶対に嫌だと反論するため、彼の頭を両腕で包み込む。

そして、視線を上げた時、何かが途轍もない速さで近づいてくるのが見えた。

雪の結晶が視界に入り、反射的に瞬きをしたその刹那。

蒼き斬撃がすぐ目の前に迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。