『鬼はね…とても悲しい生き物なんだ』
布団から身体を起こし、庭で遊ぶ炭治郎達を愛おしそうに眺めながら、お父さんは不意にそんな話を始めた。
『鬼は日の光を浴びることはできない。ずっと暗闇の中を彷徨い続ける。そして、彼らは人の生を二度と全うすることはできなくなる…。人としての生涯を送れなくなる。不幸になるんだ』
お父さんはどこか憂いを帯びた瞳で太陽を見上げ独り言ちる。
違う。
おかしいよ。
おばあちゃんも言ってた。
鬼は悪い奴らなんだって。
アレは人の敵なんだって。
私は感情に任せて父に反論した。
『どうして?鬼は人を食べちゃうんだよ?人から大切なものを奪ってくんだよ?私、そんなの許せない!』
『…禰豆子は優しいね』
お父さんが頭を撫でてくれる。
大きくて、ゴツゴツしてて。
何度も斧を振るったせいで、厚く、そして固くなった掌の豆。
病気のせいでちょっと病的に細々としてるけど。
それでも、私に伝わる感触はどこまでも優しくて。
あまりの心地良さに目を細めてしまう。
お父さんはスッと表情を無くすと、真剣な雰囲気で私の瞳を見つめる。
『禰豆子…もしもの時は迷ってはダメだよ?』
『ん…迷う?何を?』
お父さんは撫でるのをやめ、傍らに置いていた短刀を私に手渡してこう言った。
『人を守るために。鬼を、滅することを』
誰もが正しいと感じるであろうその言葉を紡いだお父さんが、私にはどうしようもなく辛そうに感じた。
◇◇◇
「ウウウウウウ!!」
「………炭治郎…!」
生きてた。
生きていてくれた。
私の大切な家族。
でも___
「どうして…どうしてよ!炭治郎!!」
目の前にいるのは鬼。
鬼なんだ。
人を本能のままに食い殺す。
(私はずっと気付けなかったの?炭治郎が鬼だったって…。ずっとお腹を空かせてたって…。私たちを…食べようとしてたって…)
鬼は人を喰らうことで飢えを満たす。
それが家族で在ろうと、鬼にとっては有用な餌、貴重な養分だ。
村の寺子屋にあった書物を読んで、ある程度鬼についての知識があった私は、炭治郎がお母さんたちを喰ったのだと思い、どうしようもない哀しみが喉を震わせた。
「ウウウウウ!!!」
「!?」
炭次郎の身体が大きくなっている。
圧し掛かってくる強烈な力に、短刀を握った掌の肉が裂け、私の腕を濡らす。
血の匂いを嗅いで飢餓感が強まったのか。
炭治郎は涎を垂らしながら、私の首筋に牙を寄せてくる。
「ッ…!…涎?」
頬に掛かった生暖かい唾液に嫌悪感を示したのではない。
私は炭治郎が現在、極度の飢餓状態にあることに気がついた。
(口元に血の跡はない…手も…。それに、お母さんやみんなも喰われたって様子じゃなかった…!)
つまり、炭治郎はまだ人を喰っていない。
まだ、人を殺していない。
誰かに鬼にされただけなんだ。
まだ、人なんだ!
私の家族なんだ!!
「頑張って…!炭治郎!…がんばれっ!!がんばれっっっ!!!」
私は涙で滲んだ視界で必死に炭治郎を目を見つめ、何度も、何度も呼び続ける。
しかし、女の私では力も体力も遠く及ばず、もう炭治郎を押し返す力も残っていなかった。
遂に炭治郎の歯が、私の首筋に当たる。
私は死を覚悟した。
でも、自分が死ぬことに関してはそれほど恐怖を感じなかった。
なによりも怖い事。
それは弟が本当の意味で鬼になってしまうこと。
もう、人としての生涯を送れなくなってしまうこと。
人から大切なものを奪い取っていく存在になってしまうこと。
そして最期は、鬼として滅せられること。
弟が、悲しい生き物になってしまうこと。
(嫌だ!そんなの嫌だ!私はどうなっても構わない!だからお願い!神様!仏様!悪魔だって構わない!お願い!どうか、どうか炭治郎を!!)
私は最後の力を振り絞って、力いっぱい叫んだ。
「貴方は鬼なんかじゃない!私の!世界一カッコよくて優しくて大好きな弟!竈門炭治郎だーーーーーっっっ!!」
「ウウウ……ネ……ェ………サ…」
「!?炭治郎!?」
奇跡だ。
炭治郎の意識が戻ったのだ。
私は驚きのあまり彼の名前を呼ぶことしかできない。
「………ニゲ……」
逃げて。
そう懇願してくる彼の底なしの優しさと強さに涙の溢れた私は、絶対に嫌だと反論するため、彼の頭を両腕で包み込む。
そして、視線を上げた時、何かが途轍もない速さで近づいてくるのが見えた。
雪の結晶が視界に入り、反射的に瞬きをしたその刹那。
蒼き斬撃がすぐ目の前に迫っていた。