暗い。
どちらが上で、どちらが下なのか。
方向感覚を狂わせる漆黒が、私の周りに広がっていた。
眼を凝らすと、お母さんや弟妹の皆が私の方を見ながら何かを言っていた。
でも、耳は水の中にいるようにくぐもった音しか捉えられない。
【ごめんなさい。炭治郎をお願い】
聞こえない。
でも、お母さんがそう言っているのが分かった。
「お母さん!!」
皆、私に背を向けて行ってしまう。
「行かないで!!」
私の叫びは響くことなく、静寂に黙殺された。
◇◇◇
「____夢?」
見慣れた天井。
両目を伝う暖かな感触に手を当てると、自分が泣いていたことに気がつく。
「………」
頭がボーとする。
心なしか首が寝違えたように痛む。
「起きたか?」
「!?」
いきなり知らない男性の声が聞こえて驚く。
声の方向に目を向けると、刀を肩に立てかけ、柱の前に腰を下ろし背中を後ろに預けている青年がいた。
よく見ると右肩の辺りに血の跡がある。
血を見た私は、一気に覚醒した頭でその青年に殺されかけたことを思い出した。
パニックになりかける心臓を丹田に力を入れることで堪えつつ、私の最優先事項を確認するためその青年に問う。
「…炭治郎は?炭治郎をどうしたの?」
青年は私から視線を外し、少し間を置いてから口を開いた。
「埋葬した」
その言葉を聞いて、私の頭は真っ白になった。
「そう…」
「お前の弟と共にな」
「………え?」
この人は一体何を言ってるんだ?
私が混乱していると、玄関から物音が聞こえた。
頸が傷むのも無視して、音のした方向に顔を向けると、炭の入った籠を地面に置いた炭治郎の姿があった。
「炭次郎!!」
私は足がもつれそうになりながらも炭治郎に駆け寄り、目一杯抱きしめた。
「良かった…良かったよ…炭次郎…!」
「ムー!ムー!」
炭治郎から可愛らしい抗議の声が聞こえる。
胸元から炭次郎の顔を離すと口元に竹を咥えさせられた炭治郎の姿があった。
「これは…?」
「口枷だ。気休めかもしれんがな」
青年が私の疑問に答える。
「………どうしてなんですか?」
「そいつは鬼だ。野放しにはできん」
「そうじゃなくて…、どうして炭治郎を殺さないでいてくれたんですか?貴方、鬼殺隊の人ですよね?」
「…そいつは意識を失ったお前を喰うのではなく庇った。そのような鬼を俺は聞いたことがない」
そこまで聞いて、その青年は思ったよりも冷酷な人間ではないのではないかと思った。
そして、心に余裕のできた私は屋内を見渡すと家族の遺体がないことに気がついた。
先ほど彼が埋葬したと言ったのは、炭治郎ではなく亡くなったお母さんや弟妹達だったのだ。
もしかしたら彼は誤解されやすい人なのかもしれない。
そんなことに思い至っていると。
「俺からも一つ問う。意識を失う寸前に放った剣技。どこで身に着けた?」
ある程度、彼に対する警戒を解いた私は正直に答える。
「お父さんから教わりました。…と言っても、お父さんは病弱だったので型を見せてくれたのは一度だけですけど」
「お前の父君は、それを何の呼吸と言っていた?」
「呼吸?私が教わったのは神楽だけです」
火の神様に祈りを捧げる舞い。
美しい舞いを踊り続けるお父さんに憧れて私は毎日欠かさず練習していただけだ。
「でも、正しい呼吸をすればずっと踊り続けていられる__お父さんはそう言っていました」
「そうか」
「はい」
「……」
「………」
「…………」
「……………あの?」
「なんだ?」
「お名前を聞いてもいいですか?私は竈門禰豆子といいます。こっちは弟の炭治郎です」
「…冨岡義勇だ」
「冨岡さん…弟はこれからどうなるんでしょうか?」
「知らん。だが、人を喰おうとした瞬間、俺は容赦なくその頸を刎ねる。そのことだけは忘れるな」
殺気の込められた瞳に親指が傷みを訴える。
私はもう一度、炭次郎を抱き寄せる。
私を見上げる、少し幼い顔になった炭治郎を見て私は決めた。
「冨岡さん、お願いがあります。私に戦い方を教えて下さい。鬼を滅する力を下さい。
人を、家族を、大切なものを守るための力を、私に下さい」
「そしてお前は、弟を、炭治郎を斬るのか?」
「私は炭治郎を人間に戻します」
「具体的な案はあるのか?」
「人が鬼になるのは、傷口に鬼の血を浴びたからですよね?」
「そうだ」
「なら、鬼の血を集めて調べます。そのためなら、どんなに強い鬼とでも戦って、そして勝ちます」
「…そうか」
「お願いします、冨岡さん。私はもう誰にも家族を失う哀しみなんて知って欲しくないんです」
私の言葉を聞いて、少し頬の緩んだ冨岡さんは私にこう言った。
「断る」
富岡さん…だからみんなに嫌われ(re