IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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銀色の幻影

「むぅ……お兄ちゃんは帰ってきたというのに、私に構ってくれない!」

 

「あははっ、そんなこと無いと思うけど。大和はラウラのことを大切に思っているはずだよ?」

 

「そ、それは分かる! 何たって私たちは兄妹なのだからな!」

 

 

八月某日。

 

IS学園の食堂にて食事をとっているラウラとシャルロットがいた。

 

ラウラのメニューは朝から厚切りのステーキにマカロニサラダといったヘビーなもの。ランチタイムやディナータイムなら分かるも、朝からステーキを食べることは早々無い。

 

また着ている服は軍服と、多くの生徒が私服を着ている食堂の中では一際目立っていた。シャルロットは流石と言うのか、白のインナーにオレンジ色の襟立シャツ、薄い青のショートパンツと、見事に着こなしている。

 

 

むくれ面をしながら、目の前にある料理をハイペースで口の中へと運んでいく。ラウラが若干不機嫌になっているのは、彼女なりの理由があった。

 

 

 

 

昨日兄と慕う大和が戻ってきた。

 

知らせを聞いたラウラは当然喜び、我先にと彼の部屋へと駆けつける。一週間前にまた寮に戻ったらとお預けを食らっている故に、ラウラの中では大和に少しでも構って貰おうという気持ちで一杯だった。

 

が、問題はそこからだ。

 

寮には戻ってきているのに、少し忙しいからとの理由で部屋を追い出されてしまった。もちろん多少なりとも二人の間で会話を交わしてはいるが、時間としてはごく僅かなもの。当然ラウラとしては満足行くはずが無い。ワガママを言えば大和に迷惑を掛けてしまうことが分かっていたため、その場は渋々了承して部屋に戻ったが、よくよく考えれば大和はしきりに室内の様子を気にしていて、ラウラを部屋の中に招き入れようとはしなかった。

 

一週間振りとはいえ、寮に戻ってきたら身の回りの生活用品を揃えたり、掃除をしたりとやることが多いのは分かっている。場合によっては埃っぽくなっているから、部屋に入れたくないと思うこともあるかもしれない。

 

ただあの時の大和の仕草は部屋を掃除したり、何か別の作業をしたりする素振りは無かった。とどのつまり部屋の中に、見られたくない物があった、または見られたくない人物が来ていたことが容易に想像出来る。

 

 

「だ、だがお兄ちゃんが浮気をしているかもしれないのだ!」

 

「大和が? そうは思わないんだけど……」

 

 

シャルロットはあくまで冷静に、第三者の視点から思ったままのことを伝えるも、ラウラからすれば気が気ではない。自分の知らないところで大和が知らない女性と交流している。自分が知っている人間であればまだしも、知らない人間と一緒にいることが納得行かなかった。そのせいで自分との時間が減っているともなれば、由々しき事態である。

 

迷惑を掛けることは避けたいが、共にいる時間も減らしたく無い。彼女からしてみれば何とも言えない悩みだ。

 

大和もラウラの事を本当の妹のように接して居るために、二人の中は睦まじいものがある。今はしっかりと時間を取ってくれているが、もしかしたら今後減るかしれない。

 

少なくとも大和が接している女性がどんな素性か知りたい。

 

ネタバレをするなら楯無が対象の女性になるのだが、普段は話したこともなければ、顔を合わせたこともない。加えてラウラが編入してから表舞台に立つことも無いのだから、知らないのも無理はなかった。

 

とにかく、このままではモヤモヤすると考えたラウラは立ち上がって、ある企画を話し始めた。

 

 

「故に近辺調査が必要だと考えた!」

 

「えぇ! そこまでやるの!?」

 

 

思いもよらないラウラの一言に、思わず手に持っていたバゲットを落としそうになる。まさかそこまでラウラが考えているとはシャルロットも思っておらず、唐突な提案に驚きを隠せなかった。

 

もし真生のたらしであればシャルロットも賛成していたかもしれないが、彼女も大和の性格を多少なりとも知っているために、他の女性にしっぽを振ってついて行く姿は想像出来ないでいる。

 

むしろ大和の近辺調査をしたところで、出し抜かれて何一つ成果を上げられないのではないか、先の未来が容易に想像出来た。

 

 

「当然だ、兄を守るのも妹の勤め。ならば私がお兄ちゃんをよそ者から守るだけ!」

 

「ちょ、ちょっとラウラ! それなんか少し違うような気がするんだけど!」

 

 

大和を守ることに俄然やる気を出すラウラだが、根本的な解釈を間違っていることに気付いていない。誰から教えられたのかと、シャルロットは止めようとするが、いきなり植え付けられた常識を上書きするのも無理がある。

 

ただこうなってしまうと大和以外にラウラを止める術は無いし、かといって大和にラウラの現状を伝えるのも気が引ける。そもそも一体誰が変な常識ラウラに教えているのか、シャルロットとしても気になるところではあった。

 

もちろん大概は所属している部隊の副官に教えて貰った事が原因ではあるが、ラウラは疑うどころか全く気付いていない。教えられたことは正しいに違いないと思ってしまうため、偶に周囲とズレた認識を持ってしまう。ただ元々一般常識に疎い部分があるからこそ、ゆったりと確実に軌道修正していく必要があった。

 

大和もちょくちょくラウラに正しい情報を教えながら軌道修正はしているものの、中々時間は掛かりそうだ。

 

落ち着いたところで、今度はシャルロットがラウラに向けて尋ねる。

 

 

「あ、そうだラウラ! この後時間ある?」

 

「む? 特に予定は無いが……」

 

「じゃあ折角の夏休みなんだし、洋服でも買いにいこうよ!」

 

「洋服? それならちゃんと今着ているだろう」

 

「いや、それ軍服だよラウラ」

 

 

私服なら間に合っていると言うラウラだが、誰がどう見たところで間に合っているようには思えない。

 

決して似合っていない訳ではない、むしろ似合いすぎていると言えばそれまでだ。が、私服として着用するには多少の無理があった。

 

 

「ね? 夏休みも無限にある訳じゃないし、たまにはいいでしょ?」

 

「あ、あぁ。シャルロットがそうまで言うのなら……」

 

 

最終的にはシャルロットに言いくるめられ、洋服を買いに行く同意をするラウラ。

 

部屋に戻った後着替えを行い、二人で寮の外へと出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふん、どうだシャルロット。外出用に着替えたぞ!」

 

「あはは、結局制服なんだね」

 

 

電車を降車後、胸を張ってドヤるラウラに、シャルロットは苦笑いを浮かべる。ラウラが着てきたのは以前着ていたワンピースとかではなく、学校指定の制服だった。軍服と比べれば幾分マシにはなっているものの、中々プライベートの外出で着るような服ではない。

 

ただラウラのような美少女が着れば普通の制服もファッションとなる。今の彼女を白い目で見ている人間は誰一人とて居ない。むしろ格好良く着こなしていて羨ましいと思っているはずだ。

 

さて、二人……主にシャルロットの今日の目的は秋物と冬物の先取りと、今の季節の着回し用の私服だった。服は何着あっても損はしない。自身の変化に気付いてもらう意味でも、普段着は大切な意味を持っていた。

 

 

(ただでさえ鈍感なんだから、少しくらい変化をつけて一夏の視線を向けなきゃね……!)

 

 

女性の恋心に関しては唐変木・オブ・唐変木ズと言われるほど超鈍感な一夏だが、意外にも髪型や服装といった変化には敏感であり、少し変えただけのセットや、服の色合いには誰よりも早く気付くことも多い。

 

のだが、いつとその後が続かなかった。女性がときめくような仕草をするのに、肝心の一夏が女性の恋愛感情に全く気付かない。

 

手を握って欲しいと言えば、はぐれたら大変だからという理由で片付けたり、遊んだ帰りに付き合って欲しいと言えば、すんなりとオッケーする。が、告白に対して了承をしたのではなく、また遊びに付き合うと解釈をしたり。

 

今まで一夏に泣かされた女性は数知れず。

 

 

 

少しでもリード出来ればと意気込みながら、早速目的の場所へ向かおうとするシャルロットの視線の先に、見覚えのある姿が飛び込んできた。

 

大体自分の立ち位置から数十メートルほど離れているだろうか、人混みに紛れて映る整った顔立ちの男性。

 

 

「あれって……大和?」

 

 

思わずその名前を呟く。

 

自信がないのは大和のように見えて大和ではないことが分かっていたから。決して存在感のない顔ではなく、多少遠くても大和の顔は判別できる。

 

ただここ最近の大和は臨海学校で追った左目の怪我を隠すために、ラウラから譲り受けた眼帯をしているが、今さっき通り過ぎた人物にはそれがなかったこと。更に髪の色がかなり特徴的な銀髪だったこと、さすがに夏期休暇だからと髪を染めるとは考えにくい。

 

彼の口から髪を染めたいなんて聞いたこともないから、単純によく似た人物を見間違えただけだろう。視界に入ったのもほんの一瞬であり、後を追おうにも直ぐに視界の外に消えてしまったことで、どこへ行ったのか分からない。加えて髪の色、眼帯を着用していない要素から大和である可能性は限りなく低いと見る。

 

生きていれば知り合いと似ている人間を一人くらい見ることはある。今回もそれだろうと、シャルロットは特に気にとめることもなく、すぐに忘れることにした。

 

 

 

 

 

「む? シャルロット、どうしたのだ?」

 

「あ、ごめんねラウラ。ちょっとボーッとしてて」

 

 

全然違う場所を見ていた姿を不思議に思ったラウラが、何気なく声を掛けてくる。下手に大和のことを話してしまうと、ラウラの性格上、追いかけようと言い出すのが目に見えている。

 

あくまで別の場所を見ていただけだと、シャルロットも伝えた。

 

 

「それにしても凄い人集りだな。少しでも気を抜くとすぐにはぐれそうだ」

 

「そうだね。やっぱりみんな考えることは同じなのかな」

 

 

社会人を除いて、学生はほとんどが夏休みに入っていることだろう。道を歩く人の中にも数多くの学生が散見された。一人で歩いている人もいれば、仲間たちと楽しむ人、はたまた自分の大切な人と見回る人と、分類は様々。

 

その中を歩く二人だが、日本人が多くを占める場所において、二人の姿は相当目立っていた。

 

 

「え、凄い! 何処かのモデルさん?」

 

「わー綺麗! お人形さんみたい!」

 

「あれって確かIS学園の制服よね? ってことはまさか二人とも生徒なのかな?」

 

 

道行く二人を周囲の人間は、思ったことを口にする。

 

二人は全くの無自覚だが、贔屓目に見たとしても二人の醸し出す雰囲気、美少女っぷりは一線を画するものがあった。純粋なプラチナにブロンド、髪を染めようと思って手に入るような色合いではなく、女性からすればのどから手が出るほど羨ましく見える。

 

またラウラがIS学園の制服を着ていることで、二人が到底届かない場所にいる孤高の存在であるイメージが、より二人の魅力を倍増させていた。

 

女性からは羨望や嫉妬の入り交じった視線を向けられる反面、男性に関してはそのほとんどが鼻の下を伸ばしていたことを忘れてはならない。

 

 

「うぅ、何か恥ずかしい……」

 

 

周囲からの視線に恥ずかしくなってしまったようで、シャルロットの斜め後ろに隠れて、裾をギュッと握りしめる。命を懸けたやり取りには精通していても、羨望の視線で見られることは慣れて居ない。かつて一夏や大和がIS学園に入学当初、女子生徒たちの視線に四苦八苦していたように、ラウラもまた人から注目されることにどう対応すればいいのか分からなかった。

 

小さな子供のように隠れるラウラを見て、周囲の女性はおろか、男性からも歓声が沸き起こる。

 

 

「あ、あの子めっちゃ妹に欲しいっ!」

 

「う、うおおお! 神様はまだ俺を見捨てていなかった!!」

 

「ハァハァ……妹系キャラhshs」

 

 

ラウラのことを純粋に可愛いと思っている男性もいれば、片や呼吸が激しいままに食い入るようにじっくりと見つめる人間も一部ながらに見受けられる。当然ながらラウラが妹のような仕草をするのはシャルロットや、兄と慕う大和の前だけであり、普通の男性の前では、ドイツの冷水と呼ばれるほどの冷酷な性格を持った姿に変わる。もちろん以前に比べれば幾分トゲは抜けているだろうが、一般世間からはこんな小さな女の子がとギャップを感じることだろう。

 

が、逆にそこに対して魅力や幸福感を感じてしまう男性はいるかもしれない。それもラウラの魅力といったところか。

 

人前での立ち居振る舞いに慣れず、まるで人見知りの幼児のようにオドオドと緊張しながらシャルロットの後をついていく。ラウラの様子を後ろ向きざまに見てクスリとシャルロットは笑った。笑うシャルロットに対して何で笑うのかと突っかかっていくも、凄みが無い状態で突っかかられても何一つ怖さは無い。

 

 

「な、なにが可笑しい!」

 

「ううん、別に? ラウラは可愛いなぁって思ってさ」

 

「か、かわっ!? ふ、ふん! また世辞を……」

 

 

お世辞ではなく本気で言っているのだが、これ以上からかいすぎるとラウラの頭がパンクしてしまうかもしれない。

 

照れるラウラの手を引き、姉が妹をフォローするかのように目的地へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プラチナにブロンド……!」

 

 

夏休み。

 

一般的に、七月の下旬から八月一杯にかけて与えられる長期休暇のことを指す。

 

とはいえ、それは主に学生や一部の社会人のみに与えられるものであって、通常のサービス業、接客業においては何の効力も持たない期間になる。

 

国民の休日や、長期休暇期間など関係なく働く彼ら、彼女たちの脳内に『夏休み』の三文字はなく、『お盆休み』の単語も存在しない。あくまで『シフト制』と呼ばれる会社管理のシフトで働いているサラリーマンにとって、夏休みなど知らない単語だった。

 

とはいえ休暇期間中には多くの客が来店し、それだけ多くのお金も動く。アパレル業界は、夏のお盆期間から九月の上旬に掛けては書き入れ時とも言われている。セールやバーゲンを行い、徹底的に在庫を処分して商品を入れ替える。

 

また一般客も値下がりを狙って購入しようとするため、必然的に来客は多くなる。中には当然夏休みを満喫する学生も数多く含まれていた。

 

ただあくまで店の利益が上がる期間にしか過ぎず、働く社会人にとっては自分の生活や、数少ない休日に使うお金のために働いているようなもの。まさか来店した客の中に是非接客させてくださいと思わせる客が来るとは頭の片隅にも思っていなかったはず。

 

 

 

いつも通りの接客用語を放つ店員の顔色が変わる。

 

来店したのは天然の金色の髪を持ち、中性的とも言える整った顔立ちのシャルロットと、凛としつつも、どこか可愛げのある雰囲気を持ち、シャルロットとは真逆の天然の銀髪を持つラウラだった。

 

二人の登場に店員だけではなく、店内の雰囲気がガラリと変わる。服を選びながらも顔だけは自然と二人を見てしまっていた。海外向けの店ではなく、日本向けの店であり、店内に居る客のほとんどは日本人であり、外国籍は皆無。

 

そんな中現れた二人組、それも滅多にお目に掛かることが出来ない、一線を画した美貌を持っていた。店舗の中央入り口付近に立っていた女性店員が真っ先に二人へと歩み寄り、声を掛ける。

 

 

「い、いらっしゃいませ。よろしければ新作の試着をしてみませんか?」

 

 

二人の無意識に発するオーラに思わず声が上擦った。それでも近くのマネキンを指さしながら、今はやりのファッションを掻い摘まんで、二人に説明していく。店員の説明に頷くシャルロットに対し、何が流行なのか、どうしてこの着こなしが良いのかが全く分からず、ただひたすら首を傾げるラウラと、反応は両極端だった。

 

 

「へぇ、こーいう重ね着が今シーズンの流行りなんですね」

 

 

マネキンに着せられたコーディネートを見ながら、感心したかのように言葉を返す。シャルロットも十分なくらいお洒落なのだが、第三者の意見からは学ぶことが多いと配色や組み合わせを観察していた。

 

また組み合わせは一例であり、体型や髪色に合わせて本人に適切なものを選ぶ必要がある。白黒の組み合わせだけでは、まるでパンダのような見栄えになってしまうし、仮にストライプが入っていれば横断歩道のようになる。

 

白と黒といったハッキリとした色合いは目立つが故に、アクセントになりやすい。重ねて着るのではなく、分けて着た方が色の良さを出しやすくなる。もちろんそれは一例であって、黒一色や白黒の組み合わせが似合う人もいる。

 

それこそ個性というものだろう。

 

元々シャルロットとラウラの二人には、ブロンドとプラチナといった特徴的な髪色がある。故に薄い色合いでも十分引き立たせることが出来た。今日シャルロットが着ている服の組み合わせはまさしくそれを証明している。

 

 

「ラウラ、折角だし着てみようよ!」

 

「えっ、うーん……白か」

 

 

突然話題を振られるも、自身のイメージと違い、ラウラはうーんと考え込む。

 

そもそも普段着ている制服が白であり、私服まで白なのはどうなのかと思っているようだ。またラウラが普段着る私服や水着は暗めを選ぶ傾向が強く、白といった明るい色を着ている自分の姿が想像出来なかった。

 

 

「悪くはないが、私に合う色とは思えないぞ?」

 

 

そう返すラウラだが、既にシャルロットの手には上着とスキニーが握られており、試着させる気満々だった。二人の雰囲気にただならぬ予感を感じたラウラだが時既に遅し。

 

 

「じゃ、早速着てみようラウラ」

 

 

着てみなければ似合うかどうか分からないじゃないと、ラウラに服を差し出すシャルロット。隣にいる女性店員も満面の笑みを浮かべながら、ノリノリで新作の服を持っている。

 

端から見れば、まるで妖精のような美貌を持つラウラだ。色々な服を着て貰いたいと思っても何ら不思議ではない。

 

 

「あ、い、いや。着るのはめんど」

 

「面倒くさいは……ナシで」

 

 

断ろうとした瞬間に、形容しがたいオーラに気圧されてしまう。決して怒っている訳ではないのに、どことなく混ざる黒いオーラと、いつもと変わらない口調が変に怖く感じられた。

 

結局、何点か新作を見繕ったシャルロットから服を手渡され、渋々試着室へと足を運ぶことになったラウラ。頬をリスのように膨らませてぶーたれながらも、折角選んでくれたのだから一応着てみようと上着を脱いだ。

 

脱いだ上着とズボンをハンガーに掛け、試着室に備え付けられたら大きな鏡に映った自分を見ながら物思いにふける。

 

 

(正直、こういうのはよく分からない。同じ年齢の皆は何を着ているのか、どうしてそれを選んでいるのか……)

 

 

何故普段着のファッションに皆はこだわるのか、ラウラにはよく分からなかった。人前にだらしない服を着て出たくない思いがあるのは分かる。

 

ただそこまでして服に対してこだわりを持つ理由は何なのか。

 

今までは私用で外に出歩くことは無かった。出歩いたとしても軍支給の軍服であり、そもそも私服を着ることがなかった。

 

 

(だが、この前皆やお兄ちゃんは私の水着やワンピースを見て可愛いと言ってくれた)

 

 

自分には必要無かったハズのものを褒めてくれた人がいる。

 

自分が可愛いと言ってくれる人が現れるなんて思ってもおらず、かつて険悪だったドイツの副官からも『隊長はいつの間にか雰囲気も丸くなって、年齢不相応な可愛さが出て来ました』と言われ、動揺を隠せなかった。

 

大和が一夏の家に行くと決まった時も、初めはIS学園の制服でついて行くつもりだったが、ナギが折角外に出掛けるならと私服を見繕ってくれた。

 

そして口々に言われる『可愛い』の単語。紙に書くだけならただの文字なのに、言葉で言われると不思議な感じになる。

 

───嬉しい。

 

 

これが嬉しいという感覚なのか。言われたことが無い手前、一度も意識したことが無かったのに、いざ言われると心が自然と温まる。

 

 

『正直ビックリした、十分すぎるくらい可愛いじゃん』

 

 

臨海学校で大和に投げかけられた言葉を思い出すと、瞬間的に顔の表面の温度が上がっていくのが分かる。きっと優しい大和のことだ、仮に雰囲気とは違うチョイスをしたとしても、当たり障りの無い言葉を選んでくるに違いない。

 

だが嘘を付くことはない。

 

あくまで相手にとって良い部分しか大和は言わない。似合っていなかったとしても、きっと良い部分を見つけて口に出すはず。

 

 

(わ、私は可愛いのか?)

 

 

最終的に自身が周囲にどう映って見えるのかを気にし始めた。散々周囲に可愛いと言われたところで、イマイチ実感は湧かない。大和にしてもナギにしてもシャルロットしても、嘘を言っているようには見えなかった。

 

どこかへ出掛けるにあたって制服姿だったとしても、皆は何も言わない。それでも褒めてくれる人が居るのであれば、少しでもちゃんとした服を選んだ方が良いはず。

 

様々な思いから、結局どうすれば良いのか分からずに着替える手を止めてしまった。

 

やがてそろそろ着替え終わっただろうと、試着室の前から離れていたシャルロットが戻り、中に居るラウラに向かって声を掛けてくる。

 

 

「どうかなラウラ、そろそろ着替え終わった?」

 

「───ッ!?」

 

 

シャルロットの声にピクリと反応するラウラだが、今の自分は制服を脱いだだけのワイシャツ姿のまま。悩んでいる間に結構な時間が経っていたようで、結局何も試着出来なかった。

 

何も反応しないわけにも行かず、カーテンの真ん中を持ち、顔だけを覗かせる。

 

外にいるシャルロットは既にラウラは着替えていると思っていたらしく、未だワイシャツ一枚で試着室に立つラウラに驚きを隠せないでいた。

 

 

「あ、あれ? どうしたのラウラ。もしかしてこの組み合わせは嫌だった?」

 

 

自身のチョイスが良くなかったのかと、不安そうな表情を浮かべるシャルロット。似合うかどうかは着てから考えれば良いと、多少なりとも強引にラウラを試着室まで連れて行ってしまったことに罪悪感があった。ラウラが本当に着たい服を選んで上げれば良かったと反省するシャルロットに対して、そうではないとラウラは首を振る。

 

 

「そ、そうではない。そうではないのだが……」

 

「?」

 

 

カーテンを握りしめる手で口元を覆い、赤くなる顔を隠しながら、言いづらそうに口ごもる。ラウラの意図が察せずに苦笑いを浮かべながら首を傾げるシャルロットは、先ほどと似たような路線で選んできた服を一旦返しに行こうとするも、恥ずかしそうにモジモジとする姿を見て足を止めた。

 

もしかして何か言いたいことがあるのかと。

 

シャルロットがチョイスした服でも十分にラウラは着こなすだろう。それに彼女が選んだ服であれば、決して外れることはない。

 

それ以上に、自身が着てみたい服があった。ただそれを言ったら、もし似合わないと思われた時にどう対応すれば良いのか分からず、途中まで出掛かっている単語が言い出せない。うーと唸りながらも、意を決して自身の要望をシャルロットに伝える。

 

 

「その……もう少し、可愛いのがいい」

 

「……あっ! うん、任せて!」

 

 

初めてのラウラの要望に一瞬ポカンと惚けてしまうも、直ぐに笑顔を浮かべてシャルロットは売場へと戻る。ラウラがそうありたいのであれば否定などするハズもない、少しでも良い服を選んで、ラウラをより可愛くしてみせる。

 

売場に掛けていくシャルロットは、一人そう意気込むのだった。

 

 

尚、ラウラの仕草に何人かの同姓が、鼻血を吹き出しそうになるのを堪えていたのはまた別の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ、これでいいの?」

 

「あぁ、これにする」

 

 

いくつかの服を着て、最終的にラウラが選んだのは紺色のワンピースだった。以前とは少し違い、肩に掛けるだけのラフなもので、両腕を覆う生地は何一つない。また単色ではなく、胸元には白い生地がアクセントになり、よりラウラの可愛らしさを引き出している。

 

身長の高い女性が着れば高貴な大人びた着こなしになるが、ラウラが着るとあどけなさが残る代わりに、小柄な体躯から本物の妖精ではないかと思うほどの神秘的な雰囲気を醸し出す服装になる。

 

値の張る買い物にはなったが、これくらいの出費は彼女たちにとって決して痛くはない。シャルロットは買ったのだから着て帰れば良いのにと伝えるも、ラウラが初めて御披露目するのはお兄ちゃんの前が良いとのことで、買った服はしわの付かないように折り畳み、IS学園に宅配して貰うことになった。

 

退店の際、また来てくださいと接客の店員に名刺を渡され店を後にする二人だったが、あり得ないくらいに満面の笑顔だったのは何故だろうと、二人仲良く疑問に思うばかりだった。

 

 

「ラウラ、この後どうする? 丁度お昼の時間なんだけど」

 

「ふむ、そうだな。どこか近くで昼食でも取るか」

 

 

良い買い物が出来たと満足そうに腕を組むラウラは、今日買った服を見せたら、大和がどんな反応をするのか楽しみで仕方がないようだ。それこそ誰もいなければスキップをしながら、どこまででも掛けて行きそうなくらいに。

 

今日の昼は何にしようか。

 

休みに遠出をしたのだから、少しくらい贅沢しても良いかもしれない。朝はステーキを食べたから肉類は除くとして、やはりシャルロットに合わせるならフレンチ系か。

 

それともここは日本なのだから、日本食を食べるべきかもしれない。どれを食べようかとルンルン気分で歩くラウラ。テンションが上がるラウラを後ろから微笑ましい様子でシャルロットが見つめていた。

 

今日も平和な一日だ。

 

突き当たりの交差点を右に曲がればレストラン街がある。そこでめぼしい店があったら入るとしよう、あまり歩くにもこの炎天下だ、直ぐにバテてしまう。

 

 

 

 

 

何気なく歩くラウラだが、交差点を曲がろうとした際に、ふと反対側の歩道に目を向けた瞬間、ラウラの顔色が変わる。

 

丁度赤信号である横断歩道の先に、見覚えのある人物の姿が視界に入った。

 

見覚えがあるどころではない、今の自分自身にとって最も大切な存在である人物がそこにはいる。声を掛けようにも反対側の歩道であるために、気付くかどうかは分からない。反対側に渡るにも距離がありすぎる上に、人があまりにも多い。

 

だが、ラウラは反射的にその人物のことを呼んでいた。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

「え、大和?」

 

 

自身の大切な兄を見間違うハズがない。確信を持ってその名前を呼ぶ。ラウラの呼びかけに背後のシャルロットも気付き、対象の人物である大和の名前を口にした。

 

だが人の流れはあまりにも無情であり、大和の姿は人混みに紛れて消える。追いかけようにも信号が灯す色は赤。交通量の多い繁華街において、赤信号を渡るのは自殺行為にしかならない。かといって赤信号が青に切り替わるのを待っていたら、完全に見失うことになる。

 

初めの内は追いかけようとするラウラだったが、やがて追いかけることがかなわないと悟ると、足を止めて再びシャルロットの方へと向き直った。

 

 

「すまない、見失った」

 

「ううん、それは大丈夫。それよりラウラ、今大和を見たって……」

 

「あぁ。あれは間違いなくお兄ちゃんだった。しかしこんなところで一人で何をしているだろうか」

 

 

大和なりの理由があるにしても、一人でこんなところを出歩く理由が見あたらない。てっきりナギと一緒に出掛けているのかと思いきや、一瞬映った大和の姿の周囲にそれらしき姿は見えず。

 

かといって学園で接点のある面々も無く、知り合いの誰かと話しているような仕草も無いことから、一人で街へと繰り出している可能性は非常に高かった。

 

他人のそら似か……いやそれも考えづらい。

 

見たことのない服装だったから別人の可能性も否定は出来ないが、自分が兄と慕う人物を見間違えるハズがなかった。

 

 

「そっか、じゃあやっぱり大和も来てたんだね。朝のは見間違いじゃ無かったんだ……」

 

 

ラウラの一言に、ふと今朝の出来事を思い出すシャルロット。駅で見たあの後ろ姿はやはり大和だった。自分の目は間違っては居なかったと思い、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「む、なんだ。シャルロットは駅で見ていたのか?」

 

「うん。正直半信半疑だったけどね」

 

「そうか? 遠くから見ても判断付くような気がするが」

 

「いやいや、あれは流石に分からないよ。まさか大和が銀髪にイメチェンしてたなんて思わないもん」

 

 

ラウラの言い分に対して、無理だと苦笑いを浮かべながら顔を横に振る。顔と髪色が同じなら直ぐに断定は出来たが、何の前触れも無く銀髪にされたところで判断が付かない。

 

むしろ人混みに紛れた大和に、ラウラがよく気付いたと言うべきではないか。でも流石ラウラだよね……そう言い掛けたところで、シャルロットは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体何を言っているのかと、若干の呆れを含んだラウラの表情に、何か間違ったことを言ったかと口を閉じる。

 

 

「何を言ってるんだシャルロット。お兄ちゃんは私のような銀髪じゃなくて、黒髪だろう?」

 

「……え?」

 

 

ラウラの口から発せられる言葉に、狐に包まれたかのような表情を浮かべた。ラウラは先ほど反対側の歩道を見て、お兄ちゃんを見つけたと言った。それは紛れもない事実であり、間違いでは無いだろう。

 

だがラウラは今大和の髪色を『黒髪』だと言い切った。光の反射で黒髪が銀髪に見えることはない。それは紛れもなく大和だと断定した上での発言になる。この段階でシャルロット自身が言っている大和と、ラウラが言っている大和とどちらが本物の大和かは直ぐに判断が付く。

 

 

「ちゃんと眼帯もしていたし、間違いないと思うが。シャルロットは別人を見たのではないか?」

 

「そ、そうだったのかなぁ?」

 

 

更なる事実で、眼帯をしていたことも明らかになる。こう見ると、どちらが本当のことを言っているか一目瞭然だった。自分の見間違えだったかと頭をかきながら、恥ずかしそうにラウラから視線を逸らす。

 

意外に抜けているんだなと、シャルロットの反応に冷静に返すラウラにアハハと乾いた笑いしか出てこない。

 

しかしだとすれば一つ不自然なことがある。シャルロットが駅で見た、大和とよく似た人物。初めは他人のそら似のようにも見えたが、果たしてあそこまで似た人間がそう簡単に存在するものか。

 

銀髪で眼帯を付けていないところを除けば、以前の大和そのものであり、常識的に考えれば大和だと誤認しても無理はない。

 

ラウラが見たのは紛れもなく本物の大和だろう。それなら自分の見た大和とよく似た人物は一体……?

 

 

(大和が二人? いや、それは無いよね。同じ人間を作れる訳が無いもの……)

 

 

考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがって来る。全く同じ顔立ちの人間など、双子でも無い限りあり得ない。否、下手をすれば双子だったとしてもあり得ない。

 

まさか都市伝説とも言える大和のドッペルゲンガーにでも遭遇してしまったとでも言うのか。

 

 

(でもやっぱり僕の気のせい……だよね?)

 

 

そう自分に言い聞かせて、半ば無理矢理納得させる。またモヤモヤが残るものの、少し時間が経てば忘れるはずだ。そして大和に笑い話として話してやろう。

 

そう強く言い聞かせた。

 

 

「行くぞ、シャルロット。あまりここに長居するのも暑くて仕方がない」

 

「え? あぁ、うん。ごめんねラウラ! じゃあ行こうか!」

 

 

そして二人は昼食へと向かった。


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