IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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金と銀の交差

「あの、一つ聞いて良いですか?」

 

「ん、何か質問かな?」

 

「どうして僕だけ執事服なんですか?」

 

「だってあなた、そんじょそこらの男性よりも全然格好いいんだもの。問題ないわよ」

 

「はぁ……」

 

 

店員の一言でシャルロットはがっくりと頭を垂れる。

 

そもそも何故こんなことになっているのか。普通に昼食を取っていたはずが、偶々休憩を取っていた喫茶店の店長に声を掛けられ、トントン拍子でバイトをする事に。

 

何でも色々あって人員不足になってしまったらしく、猫の手も借りたいくらいに困っているそうで、数時間だけでも良いから、どうしても手伝って欲しいと頼み込まれた。

 

流石に戸惑うシャルロットだったが、困っている以上は見過ごすことは出来ない。ただ、未経験の自分たちなんかで本当につとまる仕事なのかと尋ねたところ、大丈夫だとの二つ返事が戻ってきたことで、渋々了承することとなった。

 

IS学園はバイトが認められていて、申請を出さずとも生徒たちの物差しですることが可能になっている。だが現実には学業の比重が大きく、バイトをする余裕がある生徒は少ない。

 

シャルロットやラウラに関しては代表候補生であるが故の支援を受けており、金銭的には特に困ってはいない。とはいえ二人揃って強く押されると頼み事を断れる性格ではないため、今回は仕方なく引き受けた形になる。

 

 

自身を纏う紺色のタキシード。

 

よく小柄な自分のサイズに合ったものが用意できたと思いつつも、膨らんだ胸元の存在感だけは隠すことが出来なかった。スタイリッシュな四肢とは別にどうしてもごまかしの聞かない女性特有の膨らみ。

 

箒にセシリアにナギと、自身の周囲の女性が大きすぎるだけで、シャルロットも女性の平均に比べれば大きい方に分類される。IS学園に男性として入学してきた時は、専用のコルセットを付けて半ば無理矢理膨らみを押さえ込んでいたが、形あるものを潰してしまうために結構圧迫感があった。

 

お陰様で正式に女性の『シャルロット・デュノア』として入学するまでの間、男性操縦者として誤魔化すことが出来た。最も一夏には不意なハプニングで、大和にはうまく誘導されて逃げ場を無くされると、最後は自分で仕掛けられた罠に引っ掛かり、正体をさらしてしまった事を除いてだが。

 

 

 

サイズに合ったタキシードが着れたのは良かったが、ご覧のとおり女性の象徴は隠すことが出来ない。うーっと恨めしそうなうなり声を上げて、自身の胸を隠そうとするもそんな簡単に隠れるハズもなかった。

 

はぁ、とため息をつきながら近くの机を拭いているラウラを見る。

 

黙々と机を拭く姿が妙に様になっており、磨かれた机はワックスを使った後のようにピカピカになっていた。しばし見つめていると視線に気付いたようで、こちらへと振り向く。

 

 

「む、私の顔になにかついているのか?」

 

「ううん、大丈夫。ラウラはそのまま続けてて」

 

 

気になっていたのはラウラの顔ではなく、着ているメイド服だ。何気なくフロア全体を見渡して気付いたことが、執事服のシャルロットを除いてメイドしかいない事実。

 

 

(僕もメイド服がよかったなぁ……)

 

 

と、心底思うシャルロット。だがそんな私情を仕事に挟むわけにも行かず、黙々と業務をこなしていった。女性であるシャルロットだが、立ち居振る舞いは執事そのもの。女性客が多いこの店において、黄色い歓声が飛び交う。

 

胸の膨らみがあるからではなく、彼女の醸し出す雰囲気が、客にとっての理想の執事を生み出している。声の掛け方、紅茶の注ぎ方、皿の置き方、加えて自然に出てくる屈託のない笑顔。シャルロットが無意識にしている立ち居振る舞い全てが、女性たちを虜にした。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

ニコリと微笑みながら、ティーカップに紅茶を注ぐ。シャルロット自身、接客業の経験は無いが客に対する対応は見事なもの。相手を一切不快にさせることなく、絶妙な距離感を保ちながら、丁重に対応をしている。

 

ぽーっとたそがれたまま、あり得ない量の料理を頼んでいく一組の女性客。前菜に始まり、メインディッシュにデザートといった各料理を三人前以上頼んでいる。

 

明らかに二人で食べきれるような量ではなかった。

 

もちろん彼女たちは死ぬほど腹が減っているかと言われればそうではなく、料理を頼んだ数だけシャルロットが運んできてくれるからだ。

 

そんな下心見え見えの状況であっても、嫌な顔一つせずに注文を受けていく。いやはや一人の女性として素晴らしいの一言に尽きる。

 

 

 

 

 

シャルロットが一組の顧客を対応する一方で、別の卓のコードレスチャイムが鳴り響き、机を拭いていたラウラが表示された卓番の場所へと向かった。椅子に座っていたのはいわゆる今風と言われる男性二人組。自身の髪の毛を金や茶色に染め、ニヤニヤとした表情でラウラのことを見ている。

 

周囲からはイケメンと呼ばれる分類に値するようで、自身に絶対的な自信を持っているらしく、常に髪を触って髪型の維持につとめていた。そんな男性の仕草を鼻で笑うかのように一瞬見つめるも、すぐに気を取り直して注文を取ろうとする。

 

 

「ご注文は?」

 

 

ラウラの口調はお世辞にも良いものとは思えなかった。丁寧語など遙か彼方へも置き去り、最低限の単語をつないでオーダーを取ろうとする。

 

 

「キミ、可愛いね! 仕事終わったら俺らと遊びに行かない?」

 

「……」

 

 

するとラウラの見た目を気に入ったであろう二人はナンパを始めた。オーダーとは全く関係のないナンパに、ラウラの表情が少し歪む。怒るというよりかは呆れているように見えた。ラウラにとっての理想の男性が大和であり、彼と比べてしまうと他の男性はどうしても見劣りしてしまう。

 

世の中には大和以上に優しく、気を配れる男性もいるが、彼女にとって大和は誰よりも優しく、大きく見えた。大和以上に優しかろうが、空気に敏感で気を配ってくれようが、大和が自分の中で一番の存在であることは変わらない。

 

兄と慕う人物と比べると、月とすっぽん、天と地ほどの差があった。平静を装いながらも同じように注文をどうするか聞くも、ラウラの言葉に全く耳を貸さずにナンパを続ける二人組。話が平行線のままで、一向に進む気配がない。

 

ラウラにとって我慢すること自体は決して難しいことではない。だがそれはラウラにとって納得の出来る理由があるからであり、なければ我慢をする必要はない。

 

今回に関しては注文を取っているのに、人の話を聞かずにナンパを続けている。ラウラの我慢も限界に来ていた。既に隣に座っている女性客の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。それほどにまで如実に伝わる空気の変化、絶世の美女とも言えるほどの顔立ちのラウラだが、生まれてから命をかける戦い方を学んできた本物の軍人だ。

 

一般人がどうあがいたところで勝てるはずもなく、まともに殺気を当てられたら逃げ出したところで不自然は無かった。今は一店員として振る舞っているため、無闇な行動は出来ない。

 

 

「ほらほら、そんな難しい顔なんかしてないでさ! ってあっ! ちょっと!」

 

 

あいも変わらずナンパを続ける二人を無視し、一旦カウンターへと戻るラウラ。そこには注文を取り終え、一部始終を見守っていたシャルロットが、心配そうな面持ちで、戻ってきたラウラに声を掛ける。

 

 

「ラウラ、大丈夫? 結構癖のありそうな二人組だけど」

 

「何、案ずるな。あれくらいどうってことはない。お客様なのだからお冷を持っていかないとな」

 

 

不適にニヤリと笑ってみせるラウラだが、目が全くと言っていいほど笑っていない。二人分のお冷やをお盆の上にのせて再度客席に向かうが、ラウラの姿を見てシャルロットも念のために報告はしておこうと、近くで食器を運んでいた店長へと声を掛けた。

 

 

「て、店長。大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫。ラウラちゃんに何かあったらこっちで責任を取るし、どーとでもなるわよ」

 

「は、はぁ……」

 

 

可愛いは正義よ! と笑顔を浮かべる店長に一抹の不安を覚えるも、今更心配したところで仕方ないと悟り、物陰からラウラの行く末を見守る。

 

大和からもある程度指導を受けていることで、恐らくは大丈夫だと思いたいが、やはり一抹の不安がある様子。まるで妹の初めてのおつかいを見守る姉のような感じだ。後方でシャルロットが見守ってるなど知らず、机の上に水を置いた。

 

 

「……」

 

「水だ」

 

 

力強く置かれたコップはガンッ! と音を立てる。音と共に伝わる振動で、中に入っている水が僅かばかりこぼれ落ちた。同じく音に驚き身体をビクリと振るわせる二人の男性。今までにやけていた顔はどこへやら、完全にひきつっている。そんな二人に対して表情一つ変えることなく、冷たい眼差しのまま見つめ続ける。

 

 

「こ、個性的な接客だね。め、メニュー持ってきて貰っても良いかな?」

 

「……」

 

 

またも何も言わずに席を離れ、ドリンクバー付近にあるカップにホットコーヒーを入れ始めた。二人はまだ何も頼んでいないにも関わらず、黙々とボタンを押してコーヒーを注ぐ。それもこの暑い時期に限って。

 

店内を見渡しても、最初からホットコーヒーを頼む客は少ない。ピークを過ぎているとはいえ、机の上にマグカップが置かれている机は一つも無かった。そもそも涼む目的で来た客にとって、余程の物好きでは無い限り、わざわざホットコーヒーを飲む選択肢は無い。何より、二人はまだ注文をしてないどころか、メニューすら見ていない。

 

つまり値段も知らなければ、見た目もどのようなものかも知らないのだ。誰がどう見ても理不尽極まりない接客内容であり、クレームとして出せば間違いなく指導が入るレベルのはずだが、ラウラの雰囲気がそうはさせないものだった。

 

二つのカップをお盆の上に乗せ、ラウラは二人がいる机へと戻っていく。改めて机の前に立つと、二人の前に熱々のホットコーヒーが入ったカップを置いた。机に置いたコーヒーからは湯気が立ち込め、とてもいきなり飲めるような熱さではない。だがラウラは引き攣る二人を余所に、話を続けていく。

 

 

「コーヒーだ。飲め」

 

「あ、あの……俺たちまだメニューすら見てないし、それにコーヒーにも種類ってものが」

 

 

急にコーヒーを置かれて飲めと命令されていることに怒っている様子はない。否、むしろ怒れない雰囲気をラウラから感じ取っていた。自分たちより遥かに小柄で華奢な体躯なハズなのに、有無も言わさないこの雰囲気は何なのか。

 

二人は当然ラウラが本物の軍人であることを知る由もない。何かを言おうとモゴモゴと口籠っていると、力が込められた声で一言。

 

 

「はっ。貴様ら如きにコーヒーの味の違いが分かるのか。なら聞こう、キリマンジャロとロブスタの違いは何だ?」

 

 

名前くらいは聞いたことがあるだろう。

 

が、いざ細かい違いを聞かれると答えることが出来ない。それもそのはず、コーヒーを好んで飲んでいる人間以外には、大概同じ味に感じてくるからだ。普段飲んでいる人間からすれば味の違いを見分けることなど造作もないこと。

 

だが、二人は年齢から察するに社会人ではなくどう見ても学生。若いからこそナンパやらなんやら出来ることも多々あるだろうが、相手があまりにも悪すぎた。ラウラがある程度多方面に精通する今時の女性ならまだしも、まだまだ彼女も学ぶところが多い。

 

当然今のやり取りを大和が見ようものなら、容赦なく怒られているところだろうが、あいにく今は居ない。故に止められる人間は誰一人として居なかった。

 

 

「分からないならさっさと飲め」

 

 

「いえ、はい……すみません」

 

 

渋々了承し、ラウラから差し出されたコーヒーをずずっと啜る。砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーだったというのに、二人にとってはいつになくしょっぱく感じたという。そして二人組が静かになったところで、ラウラはバックヤードへと下がる。

 

今の一部始終を見ていたのは裏にいる店員だけではなく、テーブル席にいる客も含まれた。普通の店員が同じことをしようものなら、完全にバッシングの嵐だろうが、そこはやはり彼女の美少女が作用しているらしく、一部の客……特にその手の志向の男性の多くが好意的な視線でうっとりと眺めている。

 

 

「あ、あの子超良い……!」

 

「罵られたい、見下されたい、差別されたいぃぃぃいい!!」

 

「お、俺Mに目覚めるかも……」

 

 

決して見本にしてはならない接客ではあるが、ラウラの場合はそれがスタイルとなり、より魅力的なものへと変貌。周囲から集中する視線が気になり、裏に戻る途中で何気なく近くの机を見つめる。丁度ラウラが見てしまったのは、ラウラの仕草に最も熱視線を向けていた机であり、自身の姿を凝視されることに慣れていないラウラは、得体の知れない恐怖を覚えて、駆けるように慌てて裏へと戻っていった。

 

凛とした迫力あるラウラとは一変し、小動物のように恥ずかしがる姿を裏の店員は微笑ましい笑顔で見つめていたそうな。

 

 

それからというものシャルロットとラウラは指名に指名を重ね、休む間もなくカウンターと裏を往ったり来たりを繰り返すことに。ひっきりなしに呼ばれる二人の噂は徐々に店外にまでも広がり、最終的にはピークを過ぎたのにも関わらず店外にも十数メートルに渡って長蛇の列が出来るという現象を引き起こすことになった。

 

そんな二人も疲れを見せることなく、淡々と来店されるお客様を対応していく。

 

初めの内は不慣れな接客を繰り返していたラウラも、回数を重ねるにつれて言葉尻も矯正されて幾分穏やかな雰囲気へと変わっていた。まだ接客用語が崩れることはあれど幾分まともに、ただ偶にかつてのラウラが垣間見えて一部の男性を喜ばせるなど、いつになく賑やかな店内。

 

 

 

しかし平和な時間はそう長くは続かなかった。

 

 

 

「動くなっ! 全員両手を上げてその場に伏せろッ!!」

 

 

一発の銃声音が店内に響ると同時に至る場所から悲鳴があがる。

 

 

「騒ぐんじゃねぇ! ぶっ殺されてぇかっ!!」

 

 

怒声と共に覆面マスクを被った一人が、ポンプアクションのショットガンを天井の照明に撃ち込む。轟音、熱射と共に一筋の光が空を切ったかと思うと、照明がガラガラと音を立てて床に崩れてきた。綺麗に装飾された面影は微塵もなく、残っているのは照明を固定する金具のみ。

 

音と共に店内にいる客や店員のほとんどが、頭を抱えながら地べたへとひれ伏せた。各々が銃弾の脅威から身を守ろうと必死であり、下手に逃げ出して命の危機に晒されるのであれば、抵抗せずに大人しくしていた方が良いと大半の人間が思ったことだろう。

 

侵入してきた敵勢力に対して反抗の意志を示す者は、今のところ誰一人として居なかった。四人いる内のリーダー格の男が周囲を見回し、反抗する意志が全員に反抗する意志が無いかどうかを確認する。

 

数回座席を見て、客に関しては全員地べたに伏せるか、机の下に隠れるかのどちらかであることを確認すると、後ろにいる部下に向かって大きく頷いた。

 

 

裏から一部始終を見守っていたシャルロットは、客席付近に隠れているラウラに向けてプライベート・チャネルを展開し、気付かれないようにチャットを飛ばす。

 

 

『こちらシャルロット。ラウラ、聞こえる?』

 

『む、シャルロット。エリア外でのIS使用は禁止されているぞ……あぁ、いや。そうも言ってられないか、どうした?』

 

『うん。この後なんだけどどうしよう? 三人は大した事無さそうだけど、一人は結構出来るように見えるし』

 

『シャルロットもそう思うか。一人だけは相当な手練のようだ。奴の周囲を纏うオーラが違う』

 

 

あまりにテンプレじみた一連の流れに、犯人たちも後先考えずに飛び込んできたとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

 

シャルロットとラウラが口々に言うのは四人組の内の一人、終始無言を貫く男性のことだ。発砲を繰り返し、大きな声で威圧を繰り返す三人の男性とは全く真逆の反応であり、一切今回の一件に介入していないように思えた。

 

身長的には男性の平均よりも高く、体格的にも引き締まった肉体をしている。他三人の体躯に注目すると、大柄ではあるが、服のしわがだらしなく弛んでいる。恐らく普段からあまり身体を動かしていないことが容易に推測出来た。

 

その証拠に銃器を持っているのは三人だけであり、残った一人は銃器どころか、武器になっているものを持っている気配がない。つまり自分の身体一つで戦うことに抵抗感が無い。逆言えば肉弾戦をしたとしても相手を組み伏せるだけの自信と力を有していることになる。

 

強盗まがいのことをするのに、銃器や刃物を持ってこないのはあり得ない。油断をすればあっという間に縄につくことになるからだ。万全な準備をした後での今回の襲撃となれば、武器を持つ三人に比べて遙かに上回る力を持っている可能性は非常に高い。

 

相手の力量がどの程度なのか分からない以上下手に手を出さない方が良いかもしれない。かといって放置しておけば相手の好きなようにされるだけ。店内には非力な女性も多く、かと言って男性も動ける訳ではない。銃口を突き付けられれば、誰もが萎縮して何も出来なくなる。

 

 

 

『無闇に動くのは危険だな、少し様子を見よう。銃器を持つ二人を潰せば大きな被害は防げるだろうし、今は隙を待つしか無い』

 

『僕もそう思う。じゃあ一旦このまま待機するね』

 

『了解』

 

 

あまり長く話しすぎると勘付かれる可能性があることを悟り、二人はプライベート・チャネルを切る。

 

店内を巡回しながら、逃げ出そうとする人間が居ないかを確認する強盗犯一行。シャルロットとラウラを除いて戦闘意志を明確に持っている者はおらず、構えていた銃を下ろす。

 

 

「しかしうまく行きましたね兄貴! もう絶対絶命かと思いましたよ!」

 

「全くだ。警察たちに追い詰められた時はどうしようかと思ったが、全部コイツのおかげだろうな」

 

「……」

 

 

見た目からして強盗以外の何者でもない。

 

話から察するに、どこかで強盗をしたまでは良いが、後先考えずに行動したことが祟って、警察に追われる羽目に。絶体絶命のピンチを救われたということか。

 

そうなると元々の銀行強盗は三人だけで、残りの一人は偶々力を貸しただけに過ぎないようにも見える。どちらにしても確信が無い以上ははっきりとしない。三人の関係図が分からず、シャルロットとラウラはただ首を傾げるしかなかった。

 

息を潜めながら情報を伺う二人を余所に、一味は客席を見渡したまま話を続ける。

 

 

「しかし変わり者も居るもんだ。わざわざ銀行強盗をした俺たちを助けるだなんて。おまえ一体何者だよ?」

 

「……」

 

 

まるで話すことに興味が無いと言わんばかりに、口を真一文字に閉じたまま一切の言葉を発することは無かった。頑なに喋らずいる様子に、若干の不安を感じた弟分が、痺れを切らして兄貴と呼ばれた男に声を掛ける。

 

 

「ちぇっ、こいつ全然話さねーっすよ兄貴。本当に連れてって大丈夫なんですか?」

 

「なーに、俺たちを助けるくらいなら裏切ることは無いだろ。それに警官一瞬にして蹴散らした強さは本物だ。俺たちにとっちゃ良い拾い者になるかもしれねぇ」

 

 

どちらにしても犯罪者である自分たちを助けた時点で、まともな思考の人間ではないのは確か。最初の内は自分たちを利用して何かを企んでいるんじゃないかと想像するも、それなら利用できる内に利用しておこうという結論に至った訳だ。

 

どことなく不安そうにする弟分に対して、今のところは心配する必要はないと諭す。あくまでこの窮地を救うには協力が必要だと考えているからであり、そこから先はまた後で考えればいいと、楽観的な思考でいた。

 

 

「あー君たちは完全に包囲されている。武器を捨てて投降しなさい」

 

 

そんな一味に、店の外からは人質を解放して大人しく投降する旨を伝えるアナウンスが聞こえてくる。どこぞの刑事ドラマのような声かけに対して、人質である客までもが対応が古いと突っ込みを入れていたのはまた別の話だ。

 

 

「あ、兄貴! アイツらもう外に!」

 

「心配するな、こっちにはまだ人質が居るんだ。そう慌てることはねーさ」

 

 

ガチャリとショットガンの引き金を引くと、窓に向かって発砲する。衝撃音と共に頑丈なガラスが見るも無残に砕け散った。撃った方からすれば爽快だが、周囲から見れば恐怖の対象。外でガヤガヤと興味深げに中の様子を伺おうとする野次馬たちを、阿鼻叫喚の渦に巻き込むのは造作も無かった。

 

多くの悲鳴と共に、ガラスの落下地点から退散していく。

 

 

「人質を痛い目にあわせたくなければ車を用意しろ! 間違っても突入するなんて考えるんじゃねーぞ!」

 

 

人質を取られている以上、自由に動くことが出来ない。多少の脅しを掛けておけば突入する可能性は低い、何故なら彼らにとっての最優先は人命だからだ。

 

いくら強盗犯を捕まえたといっても、その過程で関係のない第三者に被害が及んでしまえば、それなら捕まえずに被害が無かったほうが良いに決まっている。

 

かつ外からでは中の様子を伺うことが出来ない。中の状況を把握出来ない以上、言っていることが本当かどうか確認する術は無かった。迂闊に行動を起こせば、それだけで人命を危機に晒すことになる。

 

 

「ふん、他愛もない」

 

「へへっ、本当に平和ボケしてますよね日本って」

 

「全くだ。ま、どいつもこいつも自分たちで何とかしようとは思わない時点で、こちらとしてはやりやすいがな」

 

 

ケラケラと余裕の笑みを見せる男たちを、注意深くシャルロットは観察していた。どうも強盗犯の方に追い風が吹いているせいで、幾分調子づいている。

 

 

『このまま調子づかせるのも良くないよね……』

 

 

何をするか分からない以上、下手に調子づかせれば事が大きくなるかもしれない。だが今自分たちが動いたところで果たして正解なのかと、自問自答を繰り返す。

 

だが考え込みすぎるあまり、視線が僅かながらにフロアから外れた。戦いにおいて、一瞬の隙は諸刃の剣となる。ほんの僅かな隙にも関わらず、あっという間に自身との距離を詰める人間が一人。

 

視線を下げるシャルロットの視界に、見慣れないスニーカーが映る。驚くまもなく、顔を上げるシャルロットの顔に飛び込んできたのは、四人組の内の一人の顔だった。内心しまったと思うも既に遅い。慌てて後ろに飛び退こうとするも、右手をがっちりと掴まれているせいで、下がることすらままならない。

 

もちろん相手が並の男性であれば後れをとる事など無かったが、今目の前にいるのは四人の中で最も要注意な人物だった。軽く握られているように見えるのに、いくら力を込めても抜け出すことが出来ない。

 

 

「───ッ!」

 

「……」

 

 

マスクの奥から射抜く無機質な眼差し。

 

感情などまるで無い視線に、同じ人間なのかと恐怖感を覚え、思わず声を漏らしそうになる。ジッと見つめる視線からは感情はもちろんのこと、意図をくみ取る事も出来ない。敵意や殺意といったありがちな感情もない完全な無の状態に、より一層の恐怖感が掻き立てられる。

 

顔を背ければ怖がっていることが分かってしまう。相手に深く悟らせないよう、毅然として平静を装うが表情が変化しないせいで、何を考えているのか分からない。

 

 

「おい! 何をやっているんだ?」

 

「……」

 

 

すると強盗犯一味の一人がこちらの様子に気付いたようで、銃を持ったまま歩み寄ってくる。近寄ってくる様子をチラリと見ると、握っていた手を離し、シャルロットの元を離れた。

 

あっけに取られるシャルロットの一方で、変に悟られないように歩み寄る一人の元に、目の前にいた男も戻っていく。

 

 

「下手に手を出すと後処理が面倒だ。大人しくしてろ」

 

「……」

 

 

軽い叱責を受けながらも、戻って来たことを確認すると元の場所へと帰っていく。シャルロットの姿を見られなかったことで、一部のやり取りを気付かれることは無かった。

 

僥倖だったと、ほんの少し胸をなで下ろすと改めて気持ちを切り替え、カウンター席の陰から周囲の状況を見渡す。

 

精々窓ガラスが割れている程度で、他に変わったところは見られない。だが客席のテーブル席を見た瞬間、映り込んだ銀髪の姿にギョッとした驚きの表情を浮かべた。しばらく様子を見ようとプライベート・チャネルにて打ち合わせたはずのラウラが、皆平伏せる中、ただ一人立ち上がっている。

 

まさか自分が作戦を聞き逃していたのかと思い返すも、やはり一連の会話の中ではしばらく様子を見て待機としか言われていない。ラウラの中で活路を見出したのか。そうは言われても作戦が落とし込まれていない以上、ラウラが何を考えているのかまでは分からなかった。

 

彼女の動きに合わせるべく、凝視して動向を見つめる。

 

 

「何している。勝手に立ち上がれとは誰も指示していないぞ!」

 

「……」

 

 

語気を強めて服従させようとするも、多少の脅しでは全く動じることは無い。一切物怖じしないまま、握っている拳銃をチラリと見ると、また視線をあさっての方向へと逸した。

 

特徴的な見た目と話しかけても一切の反応を返さないことに対して、瞬時に日本人でないことを悟ったリーダー格の男は、日本語が分からないから現状が分からないのでは無いかと推測していた。

 

海外には銃の所持を許可している場所もある。常に拳銃を見れるような場所に住んでいたのであれば、日本人に比べて銃への耐性は強いのかもしれない。

 

 

 

と、勝手な想像を膨らませていくが、その推理は近くもあり、遠くもある。見た目こそ外国人、ドイツ人であるラウラだが、日本語は日本人と間違える程に流暢なものであり、よほど難しい故事成語をぶつけない限りは答えることが出来た。故に強盗犯の会話は何もかもラウラに伝わっている。

 

それとは別にラウラが銃器を日常レベルで見ていることに関しては合っていた。それどころか自分の手足のように使いこなすことが出来るプロの軍人だ。ただの強盗に拳銃を突き付けられたところで物怖じはしない。極めて冷静を保ったまま黙り続けるラウラだが、その様子にいささか苛立ちを隠せないでいるリーダー格の男。

 

何故この状況で怖がらないのか、まるで自分たちを抑えつけるなど造作もないと言わんばかりの、冷静かつ鋭い眼差しを浮かべるラウラの姿に、思わず舌打ちをして言葉を続けた。

 

 

「人の話を聞いてんのか! さっさと場に跪けっ!」

 

「まぁまぁ兄貴、そんなカリカリしないで! 見てくださいよ彼女。すげー可愛いっすよ!」

 

「ああ? 何言ってんだお前」

 

「いやー、俺実はメイド喫茶って初めてで、一回入ってみたかったんですよね! せっかくなんで接客受けてみましょうよ!」

 

 

マスクのせいで細かい表情は分からないが、口元を見るに嬉々としている様子が伺える。世に綺麗な女性は居ても、ラウラレベルの女性はかなり少数であり、早々お目にかかれるようなものではない。テレビやパソコンといったメディア媒体で見ることはあれど、実体として見る機会は貴重とも言えた。

 

強盗犯といえど所詮は男。

 

可愛かったり、綺麗な女性が目の前に居れば嫌でも追いかけてしまう。そう思っているのは彼一人だけでは無かった。

 

 

「お、俺も受けてみたいです!」

 

 

と、別の強盗犯が言う。

 

二人揃って何ともだらしない表情を浮かべているんだろうが、幸い事に肝心な部分は覆面マスクが守っている。自分たちは強盗犯なのに何を言っているのかと、リーダー格の男は頭を抱えて鬱陶しそうにため息をついた。

 

いくら人質が居るとはいえ、これでは強盗犯としての示しがつかない。流石に止めようとするも、二人はそれどころではないようだ。

 

 

「ったく仕方ない。ま、のども渇いていたことだしな。……そこの女! さっさと水を持ってこい!」

 

 

空いている席にどかりと座りながら、乱暴な物言いでラウラへと注文を続けた。だが何かを言い返そうとする素振りもなく、言われるがままにドリンクのコーナーへ向かう。

 

トレーの先、ラウラから見て一番遠い位置にコーヒーを、手前側のコップには無造作に氷を敷き詰めていく。コーヒーは熱々の状態のものであり、ただでさえ暑い季節なのに、覆面マスクを被っている人間からすれば尚更暑くなるものをわざわざ用意した。要望を聞かずに用意したのだから、反感を買ってもおかしくはない。

 

更に手前のコップには大量の氷、中には水が一滴も注がれていない。相手を煽っているとしか思えないものを用意し、改めて強盗犯の元へと戻っていく。

 

戻ってきたラウラの持つトレーに乗せられた飲み物を見て、一同は顔をひきつらせた。

 

 

「何だこれは?」

 

「水とコーヒーだ。飲め」

 

 

有無を言わずに差し出されたトレーを見るが、当然水を頼んだだけであり、細かいメニューを頼んだ覚えはない。それも差し出されたのは、ご丁寧に熱々のコーヒーと来た。

 

氷にしても溶けるまで待っていれば液体になるだろうが、どれだけ待ってれば良いのか。それなら初めから液体で持ってくれというのが本音だろう。頼んだ覚えのない飲み物を見て、強盗犯の一人がメニューを持ってくるように促した。

 

 

「いや、だから俺たちはメニューが……」

 

「黙れ、飲め。飲めるものなら……なっ!」

 

 

挑発的な表情を浮かべたかと思うと、突然トレーを天井に向かって放り投げる。氷のコップは真上に、コーヒーの入ったコップは角度をつけて強盗犯の方へ。熱湯に近い温度のコーヒーは覆面の上からでも効果は十分、正面にいた二人組の顔面に直撃し、熱さのあまり顔を手で覆った。

 

 

「あっちいいいい!?」

 

「この、って、てめえ! 何しやがる!」

 

 

怯んだ一瞬の隙をつくと、近くにあった椅子を踏み台にして宙高くラウラは飛び上る。舞い上がった氷の雨の中に自ら飛び込んでいくと、指弾を打ち出すかのごとく親指で思いきり氷を弾きだした。

 

並の人間では到底真似が出来ないような一直線の弾道は、まるで拳銃から打ち出された弾丸のごとく、強盗犯たちの目や手に直撃する。鈍い音と共にある者は目を覆い、ある者は握っていた銃を床へと落とす。

 

宙で反転しながら怯んだ一人の腹部めがけて蹴りを入れた。急所を狙ったピンポイントの一撃に悶絶し、腹部を抱えたまま床に崩れ落ちて動かなくなる。

 

 

「このガキィッ!!」

 

 

痛みと熱さから回復した一人が手に持ったハンドガンをラウラに向けるも、一切動じずに相手に向かって不適な笑みをラウラは返す。この時相手は気付いていなかった、ラウラと手を組んでいる人間が背後から近付いていることに。

 

 

「一人じゃ無いんだよねッ! 残念ながら!」

 

 

無防備な相手に背後から側頭部めがけて左のハイキックを繰り出すシャルロット。強盗犯からすればラウラのことばかり考えてしまったことで、シャルロットの存在は完全に忘れられていた。強盗犯に比べれば幾分小柄なシャルロットとはいえ、油断している相手に一撃を入れることくらいは造作もない。

 

高々と蹴り上げられたシャルロットのハイキックは一寸の狂いもなく側頭部に直撃、ガードをしてない頭部への攻撃により、視界が反転したまま近くの机に叩きつけられて気を失う。ガラガラと机の上の食器が落ちる音と共に、強盗犯の身体が力なく崩れ落ちた。

 

 

「ふう、この時ばかりは執事服で良かったかな。スカートだと中まで見えちゃうし、うん」

 

 

最初はメイド服を着るラウラが羨ましかったが、この非常事態で考えるのなら動きやすい執事服で良かったと胸をなで下ろす。最もラウラは服装関係なく相手を攪乱し、椅子や観葉植物を有効的に使って、映画の中で見るような弾丸を避けるという離れ業までやってのけた。

 

小刻みかつ素早い動きでリーダー格の男の至近距離まで近付くと、ショットガンを持っている手を思い切り蹴り上げる。痛みから思わず手を離し、視線は蹴り上がって宙を舞うショットガンへと移る。足下への注意が散漫になったところで、内側から足を引っかけて相手の顎目掛けて掌底を打ち込んだ。

 

 

「ハァッ!」

 

「ガッ!?」

 

 

顎に強烈な一撃を叩き込まれたせいで視線がぐらりと揺れ、手足に自由が利かなくる。踏ん張ることも出来ないまま、受け身を取ることも出来ずに、背後から床に倒れ込んだ。

 

動かなくなったことを確認すると、ラウラは残った一人を見つめる。

 

 

「……後はお前だけだ。まだやるのか?」

 

「ラウラ、油断は禁物だよ。彼、相当出来るみたいだ」

 

「らしいな。気配を感じさせずにシャルロットに近付いただけでも、相当戦い慣れていることがよく分かる」

 

 

今まで一言たりとも喋らず、そして一切手を出してこない残りの一人。二人の戦い方にも一切動じず……否、興味が無さそうに二人から顔を背ける。手を組みながら二度三度音を鳴らし、だらんと腕を下に垂らす。

 

 

……いつ来るのか、相手の行動に細心の注意を払って二人は観察する。するとマスクを被った相手の口元がほのかに歪んだ。

 

と同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 

小柄なラウラの身体が吹き飛ばされたのは。


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