IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第十四章-Heart Painkiller-
Encounter with light blue


「おはよーっす」

 

 

新学期が始まってから数日が経つ。

 

またいつもと変わらぬ学園生活が戻ってきた。IS学園指定の制服を纏い学園へと向かう風景も、新鮮な感じはせず、むしろ日常茶飯事に見る光景の一つだ。

 

社会人が各々企業に勤め、対価として給与を貰う。逆に学生は自身が選んだ、もしくは入学した学校にて、勉学に励むことになる。

 

挨拶を交わしながら教室にはいると、中にいるクラスメートたちがにこやかに挨拶を返してくれる。自分の席につくと上着を脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた。流石にこの時期はまだ暑く、上着を着ている状態では汗をかいてしまう。

 

上着を脱ぐこと自体は許されており、千冬さんを初めとした教師陣も何も言ってはこない。暑いのを我慢して体調を崩されたら困るのもあるだろう。

 

そんなことはさておき、何気なく間の前の席に視線を移すと、ぽっかりと空いた一夏の席があった。いつもならまだ来ていないだけなのかで済ます程度だが、既にクラスには箒やセシリア、シャルロットといったメンバーが既に登校している。

 

一夏は大体、この中の誰かしらと共に登校してくることが多く、一人で登校してくるケースは少ない。遅刻することは無いだろうとは思いつつ、右斜め前に着席しているシャルロットに声を掛けた。

 

 

「なぁ、シャルロット。今日一夏って見てないか?」

 

「え? ううん、見てないかな。今日は鈴と実戦訓練だったから、僕は先に来たんだけど、確かにそれでも遅いような気がするんだよね」

 

「ふーん、そうか」

 

 

何だろう、一瞬シャルロットの背後に黒い何かが見えたような気がする。

 

あの一夏のことだし、寝過ごして遅刻する可能性は皆無に等しい。幸いなことに千冬さんはまだ来ていないし、決して遅刻をしたと確定している訳ではないが、比較的早めに登校することが多い一夏にしては珍しいケースだった。

 

俺? 俺は朝起きるのは早いけど、別に学校に到着するのは早くはない。むしろ遅い部類に入るんじゃないかと思っている。とはいっても小中高と遅刻は一度もないし、寝坊したこともない。

 

そう考えると比較的早い時間に登校しているうちのクラスメートたちは、何だかんだ真面目だなぁと心の底から思えた。

 

カバンの中から教科書と参考書を取り出して、机の中へとしまう。普段なるべく机の中に教科書を残さ無いようにしてはいるが、持ち帰れば寮に忘れてくるリスクも考えられる。ただ課題が出ると自ずと教科書や参考書は持ち帰らなければならない。

 

何を思ってか教科書類を全て机の中に収納したままの机もあるが、正直掃除の時に困る。本人はフルアーマー机だなんて言ってたけど、運ぶ方からすれば割と笑えない。

 

 

改めて忘れ物が無いかどうかを確認したところで、予鈴がなってしまう。相変わらず俺の前にある席は空席、カバンも引っ掛かっていない。つまりはまだ登校していない現実を意味する。

 

割と早めにくる方だと思っていたのに、予鈴がなるまで登校していないなんてことが今まであっただろうか、いやない。それに鈴との実戦が長引いて遅刻したとも考えにくい。

 

もしそんな理由だったとしたら、朝っぱらから時間感覚が狂うまで何をしていたんだと突っ込みたくもなる。

 

 

「皆さん、おはようございます! それでは早速ショートホームルームを始めますので席についてくださいね!」

 

 

と、様々な理由を考えていたところで副担任の山田先生が、その後には続くように千冬さんも登場。たまに予鈴が鳴っても事前の職員会議が長引いたとかで、来るのが遅れることもある。

 

頻度としては決して少なくはないし、今日ももしかしたらと淡い期待を抱くも、しかしこんな時に限って都合のいいことが起きるはずもなかった。

 

 

「えーっと……あら?」

 

 

名前を呼ぼうとした矢先に、目の前の空席に気付く。誰一人体調不良で休んでいない中、たった一つ、それも教壇の目の前にある席に誰も座っていないともなれば、当然空席の存在感は大きくなる。

 

首を傾げながら一瞬硬直をするも、すぐに困ったように視線を千冬さんに向けた。千冬さんは山田先生が視線を向けるも何かを言葉を発することも無く腕を組みながらじっと空席を見つめ、やがてため息をつきながら口を開く。

 

 

「霧夜、お前は今日織斑とはあっていないのか?」

 

「残念ながら。俺は一人で登校したんで、てっきり他の誰かと先に行ってるものだと思っていたんですが」

 

「……そうか」

 

 

小さく呟く姿はどこか不機嫌そうにも見えた。

 

その気持ちは分からんでもない。

 

教師と生徒という関係があれども、本来二人は姉弟同士。自分の弟が何の理由もなく遅刻をしてくる。どこかで何かに巻き込まれたのかといった微かな不安感とは別に、何故このタイミングで遅刻をするんだと言った何とも形容しがたい感情。

 

意味の近しい単語とすり替えるのであれば、呆れに近いものがあった。しかしまぁ、本当にどこで油を売っているのか。比較的時間に対してはしっかりしていると思っていた反面、本気で何かに巻き込まれたんじゃないかといった不安もある。

 

無人機の襲来時から改めて学園内のセキュリティを見直してもらい、万全なセキュリティ体制を整えているとはいえ、相手は見えない敵であり、何をしてくるかなど読めない。強固なセキュリティでさえ、掻い潜られる可能性もあるからだ。

 

おそらくは単純な遅刻だと思っていると、何やら廊下側からバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。よほど焦っているのか、足音の他に荒い吐息が混じっている。やがて教室の扉の前で足音が止まったかと思うと、扉が開いて汗だくの一夏が飛び込んできた。

 

 

「お、遅くなりました!」

 

 

そんな一夏にクラス中の視線が一斉に集中する。ゼイゼイと肩で息をしながら呼吸を整える一夏のもとに、ゆっくりと千冬さんは歩み寄る。怒鳴るわけでもなく、何も話さずに仁王立ちする姿が恐怖に思えた。

 

 

「織斑、遅刻の理由を聞こうか」

 

「え、えーっとですね。その、実技訓練をした後に着替えていて気付いたらこんな時間に……」

 

「ほお、遅刻の言い訳は以上か?」

 

 

腕を組みながら表情一つ変えずに淡々と話しを続ける千冬さんから滲み出るオーラに、一夏は冷や汗をかきながら後退り始める。

 

一夏なりに遅刻した理由をなるべく簡潔に分かりやすく伝えたつもりだったが、今の話だけで判断すると、だらだらと着替えたがために一夏が遅刻しただけにしか聞こえない。流石に時間を忘れるレベルで着替えが遅いとは思えないし、他にも理由があるんだろうと推測する。

 

最も理由があったとしても言い方一つで人には誤解を与えるだろうし、今みたいな言い方をしてしまえば十中八九、千冬さんに誤解釈をされるだけだ。

 

しっかりと説明し直そうと言葉を繋ごうとする一夏だったが。

 

 

「い、いえ違うんですちふ……織斑先生。実は着替えている最中に見知らぬ女の人に話しかけられて……」

 

 

盛大なまでに誤爆してくれた。

 

中途半端な場所で止めてしまうために、一夏が事象に対しての対策を何一つしなかったように聞こえる。それにこれでは遠回しに、授業よりも見知らぬ女の人との話の方が大事ですと言っているようにも見えなくもない。

 

結論、仮に見知らぬ女の人に話しかけられたとしても、遅刻が想定されるケースであれば、『すみません、遅刻したらまずいので、一旦失礼します。また自分から声かけさせてもらいます』に似た言い回しをしておくのが本来はベターだ。

 

恐らくは相手にペースを握られたまま、話していたらいつの間にか登校時間を過ぎていた……そんなところか。

 

 

「そうか。お前はのうのうと初対面の女子と話していて遅れたと、そう言いたいんだな」

 

 

と、案の定千冬さんからは追撃を食らう一夏。もうこうなってしまっては弁明のしようがない。現地に俺も居た訳じゃないので、一夏とその女性との間で何が起きていたのかまでは分からない。故に庇うことは出来ないし、そもそも相手が千冬さんだと俺が介入したところで余計に拗れる。

 

ここは静観するのが得策だ。

 

 

「いっ!? ち、ちがっ! そうではなくて!」

 

 

一夏、今の反応じゃ肯定しているようなものだぞ。

 

テンパる気持ちはよく分かるが、本来であれば一番落ち着いて話さなければならない。慌てて言葉がしどろもどろになる一夏の反応を見て、千冬さんはニヤリと不気味に笑った。

 

 

「デュノア、ラピッドスイッチを実演して見せろ」

 

「はい、分かりました」

 

「はっ……?」

 

 

死刑宣告の如く千冬さんの口から放たれる言葉に、理解が追いつかずに間の抜けた声を一夏は漏らす。それとは対象的に、千冬さんの命令に対して何の躊躇も無く了承したシャルロットが怖い。

 

返事をしたかと思うと、すぐさま専用機のラファールを起動させ、銃口を一夏に向けた。

 

先ほどまでは何ら普通の対応だったのに、一夏の何気なく発した『見知らぬ女の人に話しかけられた』という言葉に反応したのだろう。一夏に好意を寄せる人間として、全く知らない女性との色恋沙汰の話は面白くはない。

 

無論一夏にそんなつもりは無いとは思うが、現に朝のショートホームルームに影響が出ている。仮に理由があったとしても、何かあったのではないかと勘ぐられるのも致し方ない部分があった。

 

あらゆる要因を考慮した上でもやりすぎな気はするけど、どうしたものか。

 

 

「あ、あの、シャル。じょ、冗談だよな……?」

 

「何かな? ()()()()

 

 

あ、終わった。

 

どうあがいても絶望しかない未来だこれ。

 

シャルロットが一夏のことを名字で呼ぶなんてことはない。出会った当初はまだしも、今はこれだけ関わりがあり、普段は一夏と名前で呼ぶシャルロットが名字呼ぶ。内心相当怒っている証拠だった。

 

助けを求めようととっさに一夏は俺の名を呼ぶ。

 

 

「や、大和! 助けてくれ!」

 

 

が、同時に千冬さんとシャルロットの両名に睨まれる。まるで手を出したらわかっているよねとでも言わんばかりの雰囲気だ。

 

触らぬ神に祟りなし。

 

後は何とか一夏に頑張って貰うことにしよう。

 

 

「……南無」

 

 

手を合わせて助けるのは無理だと一夏に伝える。流石に本気で命を取られることは無いだろうし、一夏だから大丈夫だろうと根拠のない理由をつけて見送る。

 

その刹那、一夏の断末魔に似た叫びが教室中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、本気で死ぬかと思った」

 

「そりゃ災難だったな。んで、結局は何があったん?」

 

 

ホームルームも無事に終わり、全体朝礼を受けるべく俺たちは体育館に会場を移していた。

 

シャルロットからの公開処刑ならぬ鉄拳制裁を受けた一夏だったが、無傷でこの場に居るのは日頃の鍛錬の賜物だろう。多少鬼気迫った表情を浮かべているものの、身体自体に影響は無いように見受けられる。

 

しかしまぁ、改めて女性の嫉妬は怖いと認識した瞬間だった。あの場はシャルロットだけだったが、よくよくクラスを見渡すと、箒はムスッとした不機嫌さを隠そうともしない表情を浮かべながら、セシリアは頬を膨らませて、わたくしがいないところで何を! と啖呵を切りそうな勢い。

 

場所が場所だけに何事も無く……と言い表すのはおかしいが、大きな問題が起きることは無かった。もしあれが教室ではなく、互いのプライベート空間であればあんな簡単に沈静化することは無かったに違いない。

 

一旦ホームルームでの出来事はさておき、結論何があったのかを一夏に確認してみる。教室では話そうにも上手く話せなかっただろうし、朝礼が始まるとは言ってもまだ開始時間までに余裕があった。

 

 

「いや、まぁ鈴との朝練が終わった後更衣室で休んでいたんだ。そうしたらいきなり視界を覆われてさ」

 

 

ポツポツと一夏は話し始める。

 

なるほど、もしこれが某暗殺系のゲームなら一夏は一回ゲームオーバーになっているに違いない。

 

 

「そしたら二年生だったかな、ネクタイの色が黄色だったから。ただ全く話したことも会ったこともない人で」

 

「……」

 

 

何故かドッキリを仕掛けようとする一連の動作に既視感があった。どこかで見たような、体験したことあるような不思議な感覚。

まずもって男性用の更衣室に女子生徒が入り込むこと自体が考えられないこと。

 

それを平然と行ってしまう度胸、ある意味感服せざるを得ない。うん、ある意味俺の知っている彼女とよく似ている。

 

 

「何か、女たらしならぬ人たらし的な感じだったか。人との距離感の測り方が絶妙というのか」

 

 

ははは、まさかそんな偶然がある訳がない。

 

つくづくそっくりの人間がいたもんだ。いやぁ、生きていれば自分によく似た人間に一人は会うだなんて良く言われるけど、身近にも案外いるもんだ。一回だなんて小さいことは言わずに、何回でも会っておけばいい。

 

 

「あ、大和。朝礼始まるみたいだぞ」

 

 

話を中断し、壇上へと視線を向けた。

 

流石に朝礼が始まってまで話すことは無いし、また後で詳しく話を聞くとしよう。と、本来ならここから教師やら、主任教諭やらの話に移るわけだが、今日の朝礼はいつもと違った。

 

 

『それでは本日の朝礼は生徒会長のお話からとなります』

 

 

入学してから初めてのケースに一年生の列がほのかにざわめく。そりゃそうだ、今まで朝礼で生徒会長の話なんてなかったのだから。

 

それだけではなく、生徒会長が誰なのか分からず困惑している生徒も多いはず。俺も関わりが無ければ決して知り得ることのない事実。運動部所属の人間であれば上級生と関わることも増えるとはいえ、ある意味生徒会はブラックボックスのようなもの。

 

二年生や三年生は姿形を知っていたとしても、一年生はその姿、存在すら認知出来ていないに違いない。

 

ステージ横のカーテンから姿を現す存在感。

 

彼女を纏うオーラは隠そうとしても隠すことは出来なかった。幾多もの競争の中で勝ち抜いた生徒のみが手にすることが出来る称号、学園の生徒で頂点を極めし存在、生徒会長。

 

そして今、生徒会長の立場に君臨する人物。

 

それは……。

 

 

「やぁ、みんなおはよう」

 

 

更識楯無その人だった。

 

 

更に。

 

 

「や、大和! 朝俺に声を掛けてきたのはあの人だ!」

 

 

と、予想通りの回答が一夏の口から溢れる。

 

うん、やっぱり一夏に話し掛けたのはお前だっかのかと、がっくりと俺は肩を落とすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、うちのクラスの出し物ですが……」

 

 

時は流れて帰りのショートホームルーム。

 

朝礼で楯無が言ったように、学園祭も近いということで今はクラスの出し物を何にするか決めてる最中だった。と、ここまでなら普通の高校生活の一部と割り切れるのだが、モニターに映し出された出し物候補を見て、一夏は顔を引きつらせながら言葉を絞り出す。

 

ある意味クラスに男子が居るからこそ出て来る内容なのかもしれない。

 

とはいえ限度はある。

 

 

「全部却下だ!」

 

「「えーーーーっ!!?」」

 

 

バッサリと切り捨てる一夏に対し、クラス中から抗議の声が上がった。

 

 

「アホか! 誰が喜ぶんだこんなもん!」

 

 

そう言いながら一夏の指さす先に映し出されたモニターに記載された内容は、到底学園祭で出し物として公開、集客出来るようなものでは無かった。

 

 

『織斑一夏と霧夜大和のホストクラブ』

 

『織斑一夏・霧夜大和とポッキーゲーム』

 

『織斑一夏・霧夜大和と野球拳』

 

『織斑一夏・霧夜大和と王様ゲーム』

 

 

どこの夜の街だろうか。

 

そもそも何で俺と一夏がクローズアップされたものばかりが候補として上がっているのか不明だ。野球拳なんてやって俺たちが勝ち続ければ目を背けなければならないし、仮に俺たちが負け続ければ自分の服を脱がなければならない。

 

そんな公開処刑のような出し物を出来るわけも無ければ、学校が許可するとも思えない。ただある意味女性しかいないIS学園では仕方のないことかもしれない。ま、当然俺も賛同は出来ないけど。

 

 

「私は嬉しいけどなぁ。短時間でも男の子と一緒にいれる時間を作れるなんて、夢みたいだし」

 

 

両手を頬に当てて嬉嬉としながら話す谷本。

 

言わんとしてることは分からなくはない。男子にとって、IS学園は出会いの宝庫かもしれないが、女性にとって異性との出会いは皆無。今年に限っては俺と一夏といったイレギュラーが混ざっているためにほんの僅かに出会いのチャンスが出来ている。

 

そんなチャンスがあるのであれば活かしたい……と考えるのかもしれない。当然内容は抜きにして、だ。

 

 

「そーだそーだ! 男子の役割を全うせよ!」

 

 

役割は与えられるだろうけど、その役目が大体ひどいオチが想定できるのはどうなんだろう。

 

任せられれば全然やるけど、少なくとも今提示されている選択肢から選べと言われれば、首を縦に振るわけにもいかない。

 

 

「織斑一夏と霧夜大和は共有財産である! あ、霧夜くんは違うのかな?」

 

 

後ろの席の岸原が声高らかに宣言するが、そこに少し意見したい。いつの間に共有財産になったんだ俺たちは。しかもしれっと最後に俺だけ違うと訂正を入れているし。

 

色々あって、クラス中には俺とナギが恋人関係にあることが伝わっている。流石に深い関係にいる男子を祭り上げるようなことは出来ないといった判断なのかもしれない。ちゃっかりと今の話を聞いていた隣のナギは口元を押さえて恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

相変わらず可愛いなと思いながらも、話が一向に進まないこの現状を何とか打開したいところ。仕切っている一夏も頼みの綱である山田先生に意見を求めるも、クネクネと身体をよじらせながら自分の世界へと入っていってしまう。途方に暮れながら最後に俺の方を見てくる一夏。

 

聞く相手を間違ってしまったのは仕方ないが、この辺りで一旦ストップを掛けたほうが良さそうだ。このままではただ時間だけが無駄に過ぎて行くだけで、ショートホームルームの時間を使っている意味が無くなる。

 

一夏だけでは収拾がつけられない。

 

何だかんだクラス代表の補佐は任されている訳だし、黙って静観するのもどうかと思われる。口を開き、事態の収束を図った。

 

 

「あーみんな。色々意見を言うのは良いけど、一応学園祭だからな。内容を見ると一夏や俺にどうしても負荷が掛かるし、特定の人物だけに負荷が掛かる出し物はどうかと思うぞ」

 

 

事実、もし今上がっている内容で出し物を決めたとしても男性陣の負担が大きくなるばかりで、マンパワーでの運営になってしまう。そうなると学園祭の意図とは外れてくる上に、本来楽しむべきことも楽しめなくなってしまう。

 

気持ちは分からないでも無いが、今回の内容は少し修正したほうが良い。せめて良くある学園の出し物に切り替えて行った方が良い気はする、全体の混乱を起こさないようにする意味でも。

 

 

「でもそれだと何かパッとしないというか……」

 

「うんうん。折角男性が二人居るんだし、何か有効的に活用出来る方法は無いかなって思っちゃうんだよねー」

 

 

大々的に男性陣が居ることをアピールしたいと言っても、色物営業はよろしくない。なら別に俺たちだけではなくて、皆が目立てるような催し物にすればいいのではないか。

 

 

「なるほどね。なら俺たちだけじゃなくて割と全員がメインに立てそうな内容の出し物にすれば良いだろう。例えば……」

 

「メイド喫茶はどうだ?」

 

「そうそう、メイド喫茶とか……ぁえ?」

 

 

我ながら間の抜けた声だったと思う。

 

思い描いていた内容を口に出す寸前に、別の第三者の声によって遮られた。これが普通の生徒であれば別に大げさな反応などしなかったが、予想外の人間からの提案に驚きを隠せない。

 

声の出所に視線を向けると。

 

 

「王道だが客受けは良いだろう。それに準備に掛かった経費の回収も出来る。うちのクラスにはうってつけだと思うが」

 

 

淡々とメイド喫茶を運営することのメリット、デメリットを述べるラウラがいた。会社の会議で行うような説明に、俺以外のクラスメイト全員の視線も向く。

 

確かに理に適った内容であるのは間違いない。

 

飲食店系の出し物は、自分たちが制作に掛けたコストを回収することが出来る上に、俺と一夏を前面に出したいという要望を叶えることも出来る。王道と言えばそれまでだが、学園内に居る生徒が二人を除けば全員が女性であることを踏まえると、興味本位から来店する可能性も高い。

 

さしあたり問題があるとすれば。

 

 

「懸念点は衣装をどうするかだが、そこはツテでどうにでもなる。最悪皆で作れば良いだろう」

 

 

と、あっさりと解消。

 

ラウラにある程度考えがあるのであれば、それを尊重したい。するとラウラの意見に賛同するかのように、クラス中から声が上がってきた。

 

 

「確かに良いよねメイド喫茶。私憧れてたんだ!」

 

「ねー! 普段メイドのコスプレなんかしないから私も着てみたい!」

 

「あ! じゃあ私が縫うよ! こう見えても衣装作りは得意なんだ!」

 

「ねぇねぇ! この際メイドだけじゃなくて色んなコスチューム織り交ぜてみない?」

 

「それならご奉仕系のコスチューム集めてご奉仕喫茶なんてどうかな!?」

 

 

収拾がつかないレベルで飛び交う意見に、一気にクラス内が喧騒に包まれる。先に上がっていた案を採用するのであれば、皆で色んな討論をした方が良い催し物が企画できる。

 

ある意味ラウラがそのきっかけを作ってくれた。彼女なりにも成長しているようで嬉しい限りだ。何気なくラウラの方を見ると、こちらに向かって満面の笑みを浮かべながらブイサインをしてくる。

 

そんなラウラに感謝の気持ちを込めて相槌をうつと、また皆の話し合いの輪に加わっていった。

 

 

「はぁ……何とか落ち着いたか」

 

 

何とか話し合いが纏まりつつある状況を見ながら、ホッと胸を撫で下ろす一夏。

 

クラス代表を務めている手前、クラスの出し物も整理しなければならない。何かと中心に立つことが多い立場に居るのは間違いないが、実際頑張っているのは分かる。

 

 

「一夏もおつかれ。毎年一回ずつしか無いイベントだから話し合いが長引くのはしかたねーよ。むしろこれでも早く収拾がついた方だと思うし、今後もイベント事には注意した方が良さそうだ」

 

「こんなのが毎年あるのか……骨が折れるな」

 

「そう言ってやるな。いつかこの学園生活もいつから終わっちまうんだから。今を楽しむって考えれば割にあうんじゃねーの?」

 

「うーん、そんなもんか?」

 

 

そう、いつかは学園生活も終わる。

 

そして一度巡ってきた日は二度と戻ってこない。毎日が貴重な人生の時間のピースであり、そのピースが一個人の大切な思い出となる。

 

今は何とも思わない時間だとしても、これが数年後どう映るのか。それは本人にしか分からない。

 

 

 

話が大まかにまとまったところで、ショートホームルームが終わった。各々荷物をまとめて教室を出ていく。

 

時間は放課後へと移り変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い……」

 

 

俺は今一人クラスに残されたまま、椅子に座っている。元々は途中まで一夏と帰る予定だったが、今日決まったクラスの出し物を報告しないといけないとのことで、一夏は職員室へと向かった。

 

俺もついていくと言ったが、確かに職員室を経由すると、教室から帰るよりも遠回りになってしまうとのことで、待っててほしいと言われ。この学園内で何かに巻き込まれるケースなどそうそう無い故に、待つことにしたはいいけど。

 

結論、全く帰ってくる様子が無い。

 

どれほどの時間ここで待っているだろう。三十分か、一時間か、具体的な時間までは分からないものの、職員室に行って戻ってくる時間、また千冬さんと話すであろう内容を加味したとしても、明らかに長い時間なのは間違いなかった。

 

ポツンと一人きりで残されている俺の心中は言わずもがな。ナギは先に帰しちゃったし、他の知り合いも軒並み帰宅してしまっている。そもそも教室に俺しかいないのだから、一人なのは当たり前だ。

 

わざわざ携帯電話を使って連絡するのもあれだし、このまま待っているべきなのか。

 

 

「時間を潰せるものもないし……どーするよ、この状況」

 

 

一夏の人柄から推測しても、人を置き去りにして勝手に帰るような真似はしないだろうし、俺が待っていることを忘れることもない。マジで何かあったのか、そう考えるといてもたってもいられなくなる。

 

判断は悩みものだがせめて何か連絡があれば……。

 

 

「お、メール?」

 

 

ふと、机の上においてあった携帯電話のバイブレーションが鳴り響く。チカチカと小刻みにランプが点滅を繰り返し、やがて消えた。

 

もしかして一夏からの連絡だろうか、タイミング的にその可能性も考えられなくはない。ただメールより電話の方が連絡方法としては早く相手に伝わるんじゃないかと思いつつも、携帯を開き内容を確認する。

 

 

「えーっと……?」

 

 

"アダルトサイトの利用料金の未払いがあります"

 

 

「……」

 

 

一瞬携帯を叩き付けたくなるような気持ちに襲われるも、僅かに残っていた良心がそれを食い止める。あまりのタイミングの良さに驚く部分もあれば、何故このタイミングで紛らわしいメールが送られてくるのかと思う部分もある。

 

しかも明らかな迷惑メールが、だ。アダルトサイトの利用が無いとは言わないが、そんな高額な有料サイトを利用した覚えはない。しかも請求額が十数万ってどれだけ滞納していたんだこれ。とても一ヶ月二ヶ月のレベルじゃ無いだろ。

 

と、くだらないことを考えている間に再度バイブレーションが鳴り響く。今度こそ一夏からか、と思った俺の予想は外れることとなる。

 

 

「ん?」

 

 

メールの差出人は楯無だった。

 

加えてメールには添付ファイルがある。何だろうと思いつつ、未開封のメールをクリックして内容を確認する。

 

文面の内容は……。

 

 

 

 

 

"保健室なう♪"

 

 

「あんの生徒会長ッ!!!」

 

 

メール文面に添えられているのは数文字と文言、そして添付ファイルは楯無の膝下で寝ている一夏の顔だった。軽い怒りを覚えて語気を荒らげてしまうも、一夏が戻ってこない理由は判明した訳だ。

 

教室に戻ってこない以上、この場に留まる必要は無くなった。机の中に忘れ物が無いかを確認すると、カバンを持って教室を出る。さっさと保健室に行って何があったのか、経緯を確認することにしよう。

 

と、曲がり角を曲がろうとした刹那、不意に物陰から現れた生徒とぶつかりそうになる。走っていた訳ではなかったので、幸いぶつかることは無く回避することには成功したが、突然俺が現れたことに目の前の女の子は少し驚いているようだった。

 

足を止めて、女の子の方へ振り返る。

 

 

「ごめん! 大丈夫か、怪我はない?」

 

「あ……う、うん」

 

「そうか、なら良かった。ちょっと急いでで目の前が疎かになってて……」

 

 

謝罪の気持ちを伝えるも、俺と顔を合わせようとしない。人見知りなのか、緊張しているようにも見えるし、単純に気まずくて話しづらいようにも見える。話し方もおどおどとしたはっきりとしない話し方で、

 

 

同じ一年生だと思うんだけど、どこかで見たことのある風貌だ。

 

特に水色の髪の毛の女性など、そうそう何人も居るようなものではない。えーっと確か水色の髪の知り合いと言えば……。

 

 

「わ、私行くから! ごめんなさい!」

 

「へ? あ、ちょっと!」

 

 

引き止める前に駆け出してしまう生徒。

 

その後ろ姿を見つめるだけしか今の俺には出来ないが、何点か分かったことがある、具体的には推測出来ると言ったほうが良いか。

 

 

……純粋に水色の髪なんて滅多にお目にかかれるようなものではない。今まで出会った学園の生徒と照らし合わせて、かつ独自で仕入れた情報を合わせれば大体誰が何なのかは分かる。

 

当然、更識家の情報はこちらでもしっかりと握っておく必要があった。特に血の繋がりのある人間に関しては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今のが楯無の妹、更識簪か。性格は完全に正反対なのな」


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