IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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モーニングハプニングはモテる男の性分

「ふわぁ……んん?」

 

 

朝、それは一日の始まりを意味する。

 

心地の良い目覚めか、そうでないかは日によってまちまちだが、今日はそのどちらでも無いらしい。目は開いたものの、目の前に映るのは日差しが入り込んで少しばかり明るくなった天井だけだった。

 

ただ別に目覚めが悪いわけじゃないにも関わらず、身体が重たいような気がする。どこか疲れでも残っているのだろうか。言われてみれば昨日散々振り回されてるし、それが原因で疲れが残ってしまったのか。

 

……いや、そんなことで疲れが残るほどヤワな鍛え方はしていない。そもそもこの身体の重さは疲れや体調不良からくるものではなく、物理的に何かが乗っているような重さだ。

 

 

「……?」

 

 

そして気付いたことがもう一つ。

 

俺の両腕が金縛りにでもあったかのように動かない。強引に動かそうと思えば動くんだろうが、何だろう。動かしてはならないような気がする。

 

色々な意味で危ないんじゃないかと、俺の六感が悟っていた。現に俺の動かない手とそれから足にも柔らかい何かが纏わりついている。寝ているだけなのに得体の知れない柔らかい何かが纏わりつくだなんてことはあり得るのか、いやない。

 

どこのホラーだと突っ込みたくなる。得体の知れないものでないのは明らかであり、存在する何かであるのは間違いない。それでもこの感触から想定するに、俺の周りに居るのは二人。

 

一人は想像がつく、何せ昨日共に寝たのだから。念の為の確認で右眼だけを動かして視線を向ける。眼帯は外しているため両方の目で見ることが出来るが、左眼は極力使いたくはない。一部の事実を知る人間を除き、左眼は見えないとの認識になっている。

 

現に元々あった左眼は完全に潰れた。たがどういうわけか、寝て起きたら別の目が俺に宿っていた。それも本来なら目で見えないような小さなものまで、ハッキリと肉眼で捉えてしまう異次元染みた目を。

 

何故こうなったのかは未だに分からない。本来神経が分断され、失明状態にあった視力が何故回復したのか、回復どころか人間を遥かに超越した視力、動体視力が手に入ったのか。

 

まぁ考えたところで何かが解決するはずもない。一旦考えることをやめ、右隣に居る人物の顔を見る。

 

 

「すぅ……すぅ」

 

 

気持ち良さそうな寝息を立てて夢の中にいるナギの姿が映る。

俺の右腕を掴み、自身の身体に密着させながら寝ている姿に思わずドキッとする。加えて寝ている時の髪が前髪側にだらんと垂れている姿が、個人的にはツボだった。

 

あの後は特に問題なく眠れていたことが分かり、ホッと胸をなでおろす。

 

さて、こっちは良い。問題なのは俺の左側にいる人物だ。もう大体の検討がついているから、必要以上に語ることも無い。結論二者択一、そのどちらかしか無い。

 

大体どこのハーレム漫画の一コマだよ。

 

朝起きたら両腕に女の子が引っ付いて寝ている。アニメやゲームとかの二次元でしか無縁だと思っていたのに、現に俺は今当事者になっていた。

 

俺の左側、そこにはワイシャツ一枚で寝息を立てる楯無の姿があった。もう俺から説明をする必要は無いだろう。この寮、部屋の内側から鍵を掛けられるようにはなってはいるが、マスターキーを使えば簡単に外から鍵を開けることが出来る。そしてマスターキーを使えるのは寮長、つまり千冬さん。その他一定の権限を持つ教師、または生徒会長。

 

まさに職権乱用としか言いようが無い。

 

もうね、脇シャツの第三ボタン辺りまでボタンを外して人に引っ付いて寝てるのを見ると、何かを言う気力さえも奪われる。いや、可愛らしいのは否定しないし、仕草自体がそそられるものであるのは間違いないんだが……。第三ボタンまで開けると流石に胸元は完全にはだけた状態であり、少し凝視すると豊かな双丘の一部が見えてしまう。

 

男性として見たい気持ちはあるものの、迫ってくる欲望と闘うかのように視線を逸らす。右横にずらせば今度はナギの顔がどアップに映る。

 

あぁ、やっぱり可愛いな……じゃなくて!

 

 

落ち着け、まずはこの状況を整理しよう。とりあえず両腕が塞がっていること、加えて足も絡められているせいで俺は満足に動くことが出来ない。楯無とナギが、俺の両隣を陣取って寝ている。

 

 

「……」

 

 

ではどう脱出をするべきか。

 

身体を起こすこと自体は問題なく出来るかもしれないが、両腕がキッチリとロックされてしまっているために、簡単には抜け出せない。無論力任せに抜けるのなら簡単だが、問題なのは俺の両腕が二人の胸元に埋まっているから、無理に引き抜けばその感触を直接感じることになる。後ほぼ間違いなく二人は起きる。下手をすればあらぬ誤解を招くことになる。

 

あれ、これ俺詰んだんじゃね?

 

後考えられることとしては、時間的にラウラが部屋に入ってくる可能性があるといった部分。毎日ではないが、週に一回ペースで俺を起こしにくることがあった。ラウラ自身は率先して布団に潜り込んでくることはない。

 

少し前、俺のことを『お兄ちゃん』呼びし始めた頃に、同じ軍隊に居る仲間から、日本では兄妹が寝る時に一緒に寝るという風習があるなどと誤った知識を植え付けられたが、俺の説明により納得。

 

以降、布団に潜ろうとすることは無くなった。

 

が、今回の問題は布団に潜り込む、潜り込まないの問題ではなく、ラウラが知らない人間が布団に潜り込んでいるところにある。

 

 

これはシャルロットから聞いた話だが、強盗事件に巻き込まれた日に俺が浮気をしている可能性があるから、身辺調査が必要だと騒ぎ立てていたらしい。もし今ラウラが来て、現状を見たら確実に勘違いをすることだろう。この部屋に阿鼻叫喚の事態が起きることは何としても防がなければならない。

 

確率論になってくるからもしかしたら来ない可能性も想定出来るものの、今までの経験上、大体来てほしくない時に限って来るのが道理。俺がいくら淡い期待を抱いたところで、そんな幻想は一瞬にしてぶち壊される。

 

 

「お兄ちゃん、おはよう! 朝食に……」

 

「ははっ、ジーザス」

 

 

予想通りすぎる展開に思わず神様のことを口に出してしまう。少しでも話をしようと早めに起きて、俺のことを起こしに来たかったのだろう。部屋に入ってきた瞬間のラウラの眩いまでの笑顔は忘れられない。

 

部屋に入った瞬間までは間違いなくそう思っていたに違いない。部屋に入り、布団に俺とナギが居る。そこを確認するまでは良かった。

 

問題はそう、楯無だ。

 

朝礼で挨拶をしているから顔を知らないことはないが、ラウラにとって楯無は話したこともない、謂わば他人になる。なのにどういうわけか、俺の布団でスヤスヤと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。

 

 

「がっ……な……なっ」

 

 

と、途端にラウラの動きが機械じみたものになった。予想外の現実に、頭がついていっていないのかもしれない。気持ちは分かる、俺も最初は突然のドッキリには頭がついていかなかった。

 

でも悲しきことに慣れてしまった現実がある。

 

 

「ふわぁぁあ……どうしたのー、もう朝ー?」

 

「き、貴様っ……!」

 

 

周囲の変化を感じ取ったのか、大きなあくびをしながら目を覚ましたのは楯無だった。外に跳ねた癖毛を伸ばしながら、ベッドの上に起き上がる。当然起き上がることで、布団に隠れていた上半身が露わになるわけで、ラウラの目にもはだけたワイシャツが入る。

 

確かにワイシャツ一枚で寝たり、ラフなキャミソールで寝てしまったりする女性も居るのは間違いない。うちの千尋姉なんかはそっちの類いだし。理由は単純で身内しか居ない場所であれば、自分の部屋着にそこまで気を遣う必要が無いからだ。

 

もちろん、人様の目がある前では絶対にやらない。やるとすれば基本俺の前だけ。あぁ、この前ナギが来た時はバスタオル姿で出てきたけど、あれはもう完全な交通事故だから特に気にする必要はない。

 

 

「あら、ラウラちゃんじゃない。こうして会うのは初めてね。私は二年の更識楯無、よろしくね♪」

 

「あ、あぁ。ら、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む……じゃない!」

 

 

淡々といつものトーンで自己紹介をする楯無の雰囲気に飲まれ、自身もいつの間にか普通に自己紹介を返すラウラ。完全な赤の他人のラウラが、いくら不可抗力とはいえ普通に返してしまうあたり、楯無の人心掌握術は目を見張るものがあった。

 

元々人との付き合い方が上手いんだろうが、コミュニケーション力を含めたら間違いなく俺よりも上になる。

 

 

「何故生徒会長がお兄ちゃんの部屋に居る!」

 

「んー、何でかしらね大和」

 

「いやいや、俺に聞くのかよ」

 

 

まさか俺に振られるとは思っていなかった。と、楯無の発言の中にラウラを刺激するような発言が入っていたようで、気持ち彼女の眉が釣り上がる。

 

 

「お兄ちゃんを呼び捨てだと……」

 

「あー、ラウラ。ハッキリ言うけど、悪いが俺と楯無はお前が思っているような仲では無いぞ」

 

「そ、そうなのか。だ、だがお兄ちゃんと寝ていたのはどう説明するんだ!」

 

 

俺がラウラだったら納得は行かない。仮に本当に恋仲では無かったとしても、共に寝ていた事実は覆せない。でも共に寝ていたともなれば相応の仲であることは判断がつく。

 

かと言ってここで楯無が勝手に布団に潜り込んできたと、直接伝えるのも、責任を全て楯無に押し付ける形になってしまう。実際は俺が寝ている間に部屋の扉をあけて、布団に潜り込んでいるわけだから事実をてい……捏造しているわけではない。

 

それでも事実を伝えることは気が引ける。仕方ない、事実を伝えつつも遠回しにカドが立たないように伝えよう。

 

 

「それは―――「私が大和のことが好きだからよ」……っておい」

 

 

いきなり出だしをへし折ってくれた。あまりのどストレートな物言いに、ため息が出そうになるも同時に変な恥ずかしさに苛まれる。はっきりと、自分のことが好きだと第三者の前で言われると、恥ずかしくもあり、そこまで想ってくれているのかと嬉しくなる。

 

 

「……」

 

 

一方のラウラは楯無の言葉に口を結ぶ。

 

決して怒っているわけではなく、淡々と楯無の口から続く言葉を待っていた。思うところがあったのか、少なくとも楯無から発せられた内容は、ラウラの知る事実ではないのは間違いない。

 

楯無は楯無で、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは違い、しっかりと自分の想いをラウラに伝えようとしている。こんな雰囲気になってしまっては、俺はもう何も言えない。

 

 

「もちろん、双方の合意は無いから、私の一方的なだけどね。でも大和のことを想う気持ちに偽りはないわ」

 

 

こんな時、本来であれば男冥利に尽きると喜ぶべきなんだろう。でも楯無の言葉の真意を汲み取ると、どことなく複雑な気持ちになる。

 

楯無が俺のことを本気で好きで居てくれるのは事実だ。それは楯無も公言しているし、彼女の行動の節々からも伝わってくる。

 

からかうために一夏に引っ付いていた時と、今の状況の違いは一目瞭然。過剰なスキンシップは元からあるが、向けられる感情の違いはよく分かる。いつか俺に振り向いて貰おうとアプローチしてくる姿勢は全く変わらなかった。

 

たとえ俺が断り続けたとしても、楯無は自分が納得するまで続けるに違いない。彼女の負けず嫌いな性格を考えれば、必然とその結論に行き着く。

 

気付けば俺の手を力強く握り締めていた。何を思ったのか、口では力強く言えるにしても、内心は不安なのかもしれない。

 

 

「……またお兄ちゃんは知らない女性を誑し込んだんだな」

 

「おいおい、人聞きが悪いなラウラ。まぁ、無意識なうちにこんなことになっている時点で、相当タチが悪いんだろうけど」

 

「でもそれが良いところでもある。間違った行動ならまだしも、普段のお兄ちゃんの行動を見てれば人が惹きつけられたところで何ら不思議はない」

 

「そう思ってくれると助かる」

 

「もちろん、生徒会長が良からぬことを企んで近付いたのであれば話は別だ。だが今の話を聞く限り、本気でお兄ちゃんのことを想っていることは分かった。人の恋路を邪魔するほど、私も聞き分けは悪くない」

 

 

あれ、これ本当にラウラか?

 

いつの間にこんなに大人になったんだろう。目の前にいるラウラは俺の知っているラウラとはまた違う。俺の知っているラウラがこんなに大人なわけがない。

 

……などとふざけている場合ではないんだが、それほどに衝撃的だったのは理解して欲しい。そういえば俺が大怪我した時に箒を諭した時も、信じられない程に大人びた発言をしていたらしい。

 

俺と居る時以外で考えれば、ラウラは一番大人びた発言をする生徒かも知れない。そんな片鱗は普段の立ち居振る舞いから随所に伝わってくる。

 

 

「好きにすれば良い。誰がお兄ちゃんの側にいるからと言って、私の気持ちが変わる訳でもない。良からぬことを考える奴が居たら容赦しないがな」

 

 

何このイケメン。

 

これがもし男性だったとすれば、世の女性の何人かは惚れていたことだろう。ラウラの冷静すぎる切り返しに側に居る楯無も目を何度も瞬き驚きを隠せないでいた。

 

ラウラの変化だけは情報収集能力に長けている更識家でも感知は出来なかったらしい。

 

ラウラはどんな人間か? と言われて真っ先に答えとして出てくるのが、クールで無口。昔のイメージなら冷酷非道と言う人間も出てくるかもしれない。今のイメージなら、ちょっと世間知らずな美少女とでも言い表すのが正しいか。

 

そこに大人びた雰囲気を匂わせる要素は何一つない。

 

 

「大和。あなたラウラちゃんにどんな教育をしたの? 予想の斜め上のことばかり過ぎてついて行けないんだけど……」

 

「特に何もしてないよ、あくまで俺は放任主義なんでね。自慢の妹であるのは間違いないけど」

 

「ふふん。お兄ちゃんに褒められたぞ! もっと褒めてくれ!」

 

「はいはい、よく頑張っているな」

 

 

ベッドから起き上がり、ちょいちょいと手招きをすると、パタパタと小走りで俺の元へと歩み寄ってくる。近寄って来たラウラの頭に手をのせて軽く撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

 

あまり撫でられることが無いから分からないけど、人に撫でられるのは気持ちいいものなんだろうか。所感としては結構恥ずかしさの方が先行してしまうが故に、感触がどうなっているかなんて覚えているはずもなかった。

 

 

 

 

 

「ふわぁ……あぇ? 大和くんにラウラさん? それに楯無さんまで、どうしたんですかこんな朝早くから」

 

 

と、ここで寝ていたナギが目を覚ます。まだ完全に覚醒している訳ではないようで、言葉尻が少し怪しい。目をゴシゴシと拭いながら、半開きの視界を広げようとする。

 

これだけバタバタした状況下で眠っていられる方が凄いが、思考を変えて逆に深く眠れるくらいに信頼してくれていると考えれば嬉しい。

 

 

「起きたか。しかしにぎやかな朝なことで、おかげさまで俺の目覚めはすこぶる良いよ」

 

「え、え? 一体何が……」

 

 

と、現状を把握できずにナギはオロオロとするばかり。本来なら掻い摘んで説明した方が良いんだろうけど、特に説明しなくても察してくれるだろうと淡い期待を持つことにする。

 

 

「話が逸れたな。ラウラは朝食の誘いに来たんだろ? ちょっと準備をするから待っててくれ。それと二人も朝食行くんなら、そこの洗面台使って身支度は整えてくれ。もし必要ないならいいけど」

 

「あ、ううん。使うよ。ありがとう大和くん」

 

「どーいたしまして。フェイスタオルは洗面台の引き出しに入ってるから」

 

 

いそいそと洗面台に消えていく。やがて水の流れる音が聞こえてくると同時に、楯無は一言つぶやく。

 

 

「ホント、よく出来た子ね」

 

「あぁ、本当に。俺にはもったいないくらい良い彼女だよ」

 

「……私も頑張らなきゃ」

 

 

聞こえるか聞こえないかの声量で何かをつぶやく楯無だが、何を呟いたかまでは分からずに思わず質問を返す。

 

 

「ん、何か言ったか?」

 

「べっつにー? さ、私も顔洗ってくるわね」

 

 

結局何を言ったのかは教えて貰えず、はぐらかされるようにナギの後を追って、洗面台へと消えていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな準備は大丈夫か?」

 

「えぇ、大丈夫よ」

 

「よし……って! なんでしれっと人の腕にくっついてんだお前は!」

 

 

一通り準備を終えたところで、部屋の外へと出る。扉の前で鍵を閉めてしまっても問題ないか、改めて確認をすると楯無が唐突に引っ付いてきた。

 

廊下に人が居ないとはいえ、あらぬ誤解と勘違いを与える可能性があることを踏まえると、人通りがある場所で不用意に引っ付かれるのは防ぎたい。最もこれがナギであれば多少噂が出回っているだろうし、そこまで思うことは無いんだが、今回は楯無だ。

 

パーソナルスペースが近くなる分には良いけど、人前だからこそ引っ付かれるのは抵抗がある。

 

 

「あら、ダメかしら?」

 

 

と、楯無の反応はしれっとしたものであり、悪びれている様子はない。ダメとは言わないが、人の目に触れる可能性があるから控えて欲しいだけでって……あーもう! これが世の男性の目に触れたら○される未来しか見えないわ。もしIS学園が共学校だったらどうだったか、想像したくもない。

 

 

「ダメとは言わないけど、人前なんだからちょっとは遠慮しろって!」

 

「た、楯無さん! 何やってるんですか!」

 

「ほう、これがクラリッサの言ってた三角関係というやつか。しかし最終的に男性が刺されてしまうと聞いたが……お兄ちゃんなら大丈夫か。いや、万が一もあるから気をつけねば……」

 

 

そんな楯無の行動に、俺と同調するのはナギだった。離れて下さいと無理にでも引き剥がさないのは優しさ故にか。

 

さて、ナギの反応は至って正常であり正常で特に問題はないが、やや気になるのがラウラの方か。腕を組みながら何か考えているのが分かるだけではなく、口から考えていることがダダ漏れで、何一つ隠し通せていなかった。

 

再三にわたって聞く『クラリッサ』という名前。

 

ラウラの口からはドイツ軍の優秀な副官だと聞くけど、ラウラに間違った常識を教え込むなど、俺としては割と危険人物の一人になっている。何で三角関係の行く先が刺される結末に辿り着くのか、誰がどう見てもアニメに影響されすぎである。

 

ラウラが信頼を置いている面で見ると、仕事的には本当に優秀なのは間違いない。ただ如何せん残念な人であるとの見方をせざるを得ない。

 

 

さて、話が逸れたな。

 

とりあえず楯無を引き離そう。流石にこのまま食堂まで行くわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら楯無、他の人に見られる可能性があるんだからそろそろ……っ!? 誰だッ!!」

 

「え……」

 

 

不意に感じる明確な敵意の込められた視線。突然のことに何が何だか分からず、俺を除いた三人はポカンと立ち尽くすだけ。視線の先を特定すると、床を蹴って一気に接近する。十数メートル先にある曲がり角、影から食い入るように見つめる視線の存在をしっかりと確認できた。

 

それも好奇の目ではなく、明らかに敵意が籠もったもの。その敵意が誰に向けられていたのかは分からないが、視線の先に映るのは俺達四人しか居ない。つまり四人のうちの誰か、もしくは全員に向けられたものである可能性が非常に高い。

 

もし近接距離であれば取り逃がすことは無かったんだろうが、少しばかり距離が離れすぎていたか。曲がり角を覗いた時には既にもぬけの殻だった。

 

 

「ちっ……逃したか。こっちが気づく寸前で逃げ出すなんてタイミングが良いこともあったもんだ」

 

 

逃したことに対して思わず舌打ちが出た。

 

確かに誰かが居た形跡はある。それもついさっきまで。

これ以上監視していたらバレると思って直前で退散したのかもしれない。

 

だがここで俺たちをじっと見つめて居た事実はあれど、具体的に何を目的に動いていたのかまでは分からなかった。学園外の人間がここまで辿り着けるとは思えない。もしこれたとしたらどれだけ学園のセキュリティはザルなんだと文句の一つも言いたくなる。

 

外部からの侵入が無いとなると学園内の生徒、もしくは教師のうちの誰かとなる。外部からの侵入に成功する難易度に比べれば、遥かに落ちるしそもそも学校の生徒や教師であれば寮に居たところで怪しまれることはない。

 

どちらにしてもこちらに敵意を向けてきた時点で、何かを企んでいることも十分に考えられる。

 

 

「どうしたの大和? 急に大きな声出して」

 

「楯無、お前は気付かなかったか?」

 

「え、えぇ。もしかしたら注意散漫だったかもしれないわ……」

 

「……いや、仕方ない。ほんの一瞬だったし無理はないさ」

 

 

三人の中で一番早く駆け寄ってきた楯無だったが、俺が気付いた視線に気付けなかったらしい。これが命のやり取りを掛けた場所であればありえないミスであり、しゅんと落ち込んだ表情を見せる。

 

俺としては責めるつもりは毛頭なかったが、如実に落ち込まれると何も言えなくなる。少し羽目を外しすぎてしまったことを反省しているんだろうが、恋は盲目と言うことにしておく。これがもし楯無のような女性ではなく、男だったとしたら容赦はしないけど。

 

と、そうこうしている間にもラウラとナギが続けざまに歩み寄ってくる。

 

 

「どうしたんだお兄ちゃん、何かいたのか?」

 

「いや、何もないよ。誰かに見られているような気がしてさ」

 

「ふむ? しかしお兄ちゃんはこの学園で有名人だ。押し掛けてくることは無くなったとしても、一部の生徒が興味本位で近寄ってくることはあるだろう。今回も陰で見ていたは良いが、気付かれたから逃げたと仮定すれば辻褄は合う」

 

「確かに、言われればそうだな。ただそれならコソコソ隠れずに出て来てくれてもいいと思うんだけど……よく分からんわ」

 

 

発する言葉を聞いていると、ラウラも気付いていないことが分かる。多分こうであろうと仮定は立てているも、あくまで仮定に過ぎない。ましてや興味本位でと言っている時点で、先程の視線を認知出来ていなかった決定的な証拠だった。

 

 

「まぁいいや。とりあえず飯行こうぜ。こんなところでいつまでも油売っているのも時間が勿体無いし」

 

 

ただ、いつまでもここで考えていても仕方がない。何をどうしたところで、今出来ることなど何もないのだから。最悪のケースを想定して動くことは大切だが、こんな時から気を張ってしまったら疲れてしまう。

 

食堂へ向かおうと一言声をかけ、楯無とラウラの二人は真っ先に俺の後を着いてこようとする。

 

が、一人気難しい顔をしながら二人に遅れるようにナギが動き始める。

 

 

「……」

 

 

今の一瞬の間は何だったのか、顔だけを後ろに向けて表情を見るも、やはりその表情は浮かないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気に入らないわね。私を差し置いてあの男と距離を縮めるだなんて。見てなさい、必ずこの学園から追い出してあげるから」


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