IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○負けない心

「……ナギはまだ戻ってきてないのか」

 

 

教室に戻ってきた俺の視線に入ったのは隣の席の空席だった。

 

屋上で少し話を交わした後、俺より先にナギは出ていったのは間違いない。後を追いかけるように俺も屋上を後にしたが、教室に戻ってくるまでの間にナギに追い付くことも追い抜くことも無かった。教室に戻ってきていないとなると、考えられる可能性としてナギが最短ルートとは別のルートで教室に戻ろうとしているか、最短ルートではあるもののどこかで寄り道をしているか。

 

屋上から教室までの道のりは一つではないものの、わざわざ時間をかけるように遠回りをする理由が見当たらない。次の授業まで時間もそう残されていないことを考えると、最短ルートを使わない理由は無かった。

 

となると考えられるのは教室に戻るまでの間に何処かへと立ち寄ったかだが……。

 

 

「ねーねーきりやん。かがみんと一緒じゃ無かったのー?」

 

「あぁ。でもナギの方が先に教室に戻ったんだわ。だから当然席についていると思ったんだけど……一度も教室に戻って来てないんだよな?」

 

「わたしの知ってる限りでは戻って来てないと思うなー」

 

 

部屋を出ていった時には一緒にいたはずの人間が戻って来ない。違和感を覚えるクラスメートが出てくるのも分かる。周囲を代表して……なのか、布仏が一緒だったんじゃないかと確認を込めて聞いてくる。

 

先に戻っているとばかり思っていたこちらとしても、先に教室に戻ったはずとしか言いようが無いから逆に質問で返すことになってしまった。

 

もうそろそろ予鈴のなる時間だ。最悪遅刻を覚悟で探しに行こうかと考え込んでいると、不意に教室の扉ががらりと開く。

 

 

「あ……」

 

 

どこかから声が漏れると同時にクラス中の視線が入口へと集中した。

 

 

「え? み、みんなどうしたの?」

 

 

普段の喧騒とは打って変わって静まり返る教室の様子に驚くナギの姿がそこにはあった。

 

いきなり大勢の視線を浴びたことで、どう反応すれば良いのか分からずオロオロとうろたえるばかりのナギを俺は自席から立ち上がって迎えに行く。

 

 

「どうしたもこうしたも俺より先に教室に戻っただろ? なのに後から出た俺が先に戻って来て、ナギが始業時間ギリギリまで戻って来なかったから心配してたんだよ。まさかどこか怪我をしたとかじゃないよな?」

 

「ち、違うよ! ちょっと寄るところがあったから遅くなっただけで、特に何もないから大丈夫だよ!」

 

「……そうか、とにかく何事もなくて安心した」

 

 

怪我とかをしてるわけじゃないし、ナギの顔色もそこまで悪いわけではない。少なくとも屋上に呼び出した時に比べれば幾分改善しているように見えた。

 

具体的にどこに行ったかを言わずにはぐらかしたところを見ると、具体的な名称を出し辛い場所か、本当はどこにも行っておらず何か別の目的で遅れている可能性もある。

 

ただ先程俺はナギを信じると伝えたばかりだし、これ以上変に追求するのも違うような気がする。本当に辛いのであれば必ず相談しろと念を押しているため、最悪の事態にまで発展するようなことは無さそうだが、しばらくはちゃんと見ておく必要がありそうだ。

 

 

「ん?」

 

 

ナギが授業の準備をするべく席に戻ろうとした時に不意に違和感を覚える。ナギの通った場所を見るとほんの僅かだが足跡が確認出来た。屋上の汚れで出来たものかと一瞬思うも、土や砂の色がつくのならもう少しハッキリと足跡が残るはず。

 

床についている足跡はどう見ても土や砂がついて出来たもののようには見えない。

 

透明感がある……まるで水のような。

 

このIS学園内に靴が湿るような場所はあったか。

 

屋上に水溜りは無かったことを考えるとそれ以外の場所でついたものであることが推測できる。あんな時間で室内プールを往復することは不可能、となると水に関わる場所があるとすればトイレになるが。

 

 

トイレの床ってあんな靴跡が出来るレベルで濡れてることってないよな。

 

 

「……」

 

「ど、どうしたの大和くん」

 

「いや、何でもない。さぁ時間も無いし次の授業の準備でもするか」

 

 

考え込んでいる俺に声を掛けてくるナギに対して問題ないことを告げて改めて席に着く。

 

考えられる可能性。

 

全てを含めてそろそろ動き出す必要があるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな急に呼び出して。本題から話すと霧夜、お前のISだが学園祭が終わるまでの期間学園側で預かることになった」

 

「いえ、とんでもないです。前に言ってたお話ですよね」

 

 

放課後、一人職員室に呼び出された俺は用意された別室で千冬さんと対面していた。ここなら誰かに話を聞かれる心配も少なく、誰かが入ってきてもすぐに分かる。

 

話は新学期が始まる前に話された専用機のメンテナンスの件について。臨海学校で初めて稼働させ、色々と曰く付きのISであることが判明した俺の相棒不死鳥(フェニックス)

 

操縦者の身体能力に比例して本来の力を発揮すると言った元来のISの常識を覆す構造に、操縦者の身体能力を飛躍的に向上させて、限界を超えた戦闘能力を手に入れることが出来る能力であるリミット・ブレイク。

 

ISに搭載されたエネルギーを利用した能力で、一時的に凄まじい力を手に入れることが出来る代わりに、操縦者の身体には多大なる負荷が掛かってしまう。俺は臨海学校でプライドと戦う際にリミット・ブレイクの機能を一段階解放して戦った。

 

結果は圧勝。

 

だが戦いが終わった後に来る副作用は想像を絶するものがあった。当然大怪我をして目覚めた後の利用だったため、従来の副作用以上のものが反動として返ってきてしまったということもある。それでも使った後には何かしら副作用が返ってくることは事実であり、身体に負担がかかることも否定しようがなかった。

 

身体に多大なる負担が掛かるリスクを孕むISをおいそれと使わせるわけには行かない。

 

……ここまでは当たり前の話になるがそれは表向きの理由だ。

 

 

「しかしここまで注目されるものなんですね。正直舐めてました」

 

「お前の場合は男性操縦者で、与えられた専用機が束の手を施したものだからより注目度が高いんだ。既に様々な企業から情報提供の依頼が来ているぞ」

 

 

千冬さんからも言われたが、今回の専用機……不死鳥に関しては篠ノ之博士が一から作り上げたISであり、世界に散りばめられているISのコアではなく、新しく用意されたコアが組み込まれている。そして現行機として生産されている第二世代機や第三世代機ではなく、第四世代機ということもあって希少価値は高騰。

 

各国では生産の目処すらたっていない第四世代機の登場ということもあって、注目の的になってしまっていた。ただでさえ各国に割り振られているコア数は限られている上に、全くの新世代機が登場したともなれば少しでも情報を手に入れたいと思うのは何ら不自然ではない。

 

つまり俺の機体からの情報収集が今回の目的の一つに組み込まれている。さっきも言ったが、フォーマットとフィッティングの機能が標準搭載されている通常のISと違い、操縦者の身体能力に合わせて性能を発揮する仕様も注目ポイントの一つになるだろう。

 

ただISのコア自体はブラックボックスになっているわけだし、調べたところで多くの情報を引き出すことが出来るわけでもない。それでも僅かな可能性や手に入れられる情報があるのならと、こぞって群がってから様子はまるでハイエナのようだった。

 

 

「織斑先生も大変ですね。とはいえ俺が何か出来ることもないんで、頑張って下さいとしか言いようが無いんですが」

 

「ふん、若者に言われなくても分かっているさ。少々骨は折れるが一度データを渡せば多少大人しくなるだろう」

 

 

一回のデータ提供で納得するかは甚だ疑問だ。未知の領域である第四世代機の登場に、新しい情報はいくらでも欲しいところ。もし期待する成果を得ることができない場合は強硬策に出て来る企業や国家もあるかもしれない。

 

専用機を持つというのはそれだけリスクがある。

 

たった一機で国を潰すことが出来るほどの戦闘力を持つIS。盗んででも手に入れようとする輩はいくらでもいる。

 

不死鳥の待機状態となるネックレスを首から外し、それを千冬さんに手渡す。

 

 

「あぁ、そうだ。念のための確認になるが、臨海学校以降、身体に影響は出ていないか?」

 

「え? えぇ、特段異常は無いと思いますが」

 

 

俺からネックレスを受け取ると同時に千冬さんは俺の身を案じようとする。

 

以降……ってことは臨海学校以降の話をしているのだろう。リミット・ブレイクを使った後は副作用から倒れ込んでしまったわけだが、あの日以降は特に身体に異常が見受けられることはなかった。

 

ここしばらく授業などの実演を除く実戦機会が無く、専用機持ちたちとの模擬戦もリミット・ブレイクを一切使わずに戦っている。緊急事態なら話は別だが、身体に負担のかかる可能性がある能力を学内の模擬戦で使う理由は無い。

 

元々の機体性能が高いこともあり、発動をしなくても十分戦うことが出来る。とはいえ万が一の時は使わなければならない時がくるだろう。第一段階の開放であれだ、まだ一度たりとも使ったことは無いが、第二段階、第三段階と数字が大きくなるにつれて得られる力も膨大になる代わりに、身体に掛かる負担も増えていくと考えた方が良さそうだ。

 

ギアは四段階まであるが、緊急時以外は極力使わないにしよう。

 

 

「そうか、なら良い。教え子に急に倒れられてはこちらも気分が悪いからな」

 

「ははは……お気遣いありがとうございます」

 

 

大っぴらではなく、さり気なく心配してくれるのがこの人の優しさだろう。IS学園では凛とした表情を崩さず、あざともなれば鉄拳制裁すら厭わないような鬼教官だが、根は誰よりも人情に溢れた人だ。

 

厳しさのある裏側に愛情がある。だからこそ山田先生も慕ってついてきているに違いない。

 

 

「今まではどうだったか分からないですけど、今は無理をしたら本気で心配してくれる人がいますから。これからは多少なりとも無茶な行動は減るかもしれませんね」

 

「ほう?」

 

「もちろんしないわけじゃないです。常に無理せずに行動してたら、仕事になりませんから」

 

「私もお前に全て任せている身だ。細かいところまでとやかく言うつまりはないが、臨海学校のようなことはしてくれるなよ?」

 

「そこに関しては何とも言えないですが……善処します」

 

 

護るべき大切な存在が出来て、以前に比べると無謀なことでも何とかしてやろうといった考え方はしなくなった。が、極力無茶苦茶なことはしないように心掛けるつもりでも約束は出来ない。

 

これは誰に言われようと、俺の生き様として譲れない部分になる。忘れかけられているかもしれないがこんななりでも霧夜家の現当主だ。

 

妥協出来る部分は妥協するが出来ない部分に関しては出来ない。そこを曲げるつもりはない。

 

 

「まぁ良い。明後日からは学園祭だ、お前にも本業はあるだろうが、学生なら学生らしく楽しむことも忘れるなよ?」

 

「はい、そこは当然です」

 

 

俺の雰囲気から何かを悟ったようで、ふっ微笑むと再び千冬さんは自らの業務に戻った。失礼しましたと一言だけ告げると部屋を出て、自分の荷物を取りに教室へと向かう。

 

楽しむ、か。

 

学園祭も一年に一度の行事、折角だから楽しむ一日にしたい。反面抱えている問題が多すぎるから学園祭前には少し解決したいところだ。

 

千冬さんの話にも出てきたように明後日には学園祭の当日を迎える。

 

中々纏まらなかった出し物の内容も固まり、クラス団結で絶賛準備を進めていた。ポッキーゲームやらホストゲームやら色物感満載の出し物のばかりが選択肢だった時にはどうなるかと冷や冷やしていたが、ラウラの機転で無事に『ご奉仕喫茶』を出し物として行うことに決定。

 

衣装なんかも頼れるドイツ軍の部下? に掛け合ったようでセンスの高いメイド衣装やら複数のコスチュームを手配し、クラスの皆を驚かせていた。兄妹は同じ布団で寝るなどと、とんでもない一般常識を教えていたことに些か不安しか無かったが、今回の件に関しては凄く良い仕事だったと思える。

 

足りない衣装はクラスメートの何人かが放課後残って作成。ちなみに俺や一夏が着る予定の執事服も手作りで作ってくれたようだ。出し物を決めた後、学園祭に向けての準備はすこぶる順調で俺や一夏といった男性陣が一切口出しをしていないにも関わらず、ここまで仕上げてくれていた。

 

後は本番を迎えるだけ、何が何でも成功させたい思いは全員が持っている。

 

 

 

 

 

 

職員室前の廊下を曲がり、中庭に続く吹き抜け廊下を抜けようとした時だった。

 

 

「―――うまく行ったよねー!」

 

「―――まずいと思ったけど、一人にしてくれてホント助かったわー。わざわざ一人にしてくれたんだもん、感謝しないといけないよねー!」

 

「……?」

 

 

吹き抜け廊下に足を踏み入れた刹那、丁度俺からは死角に当たる壁際から声が聞こえた。聞こえてくる声質の数からして複数人……三、四人ってところだろうか。

 

いつもならスルーをしてそのまま駆け抜けてしまうが、普段あまり人が立ち寄らないような場所から声が聞こえたため、そっと物陰に姿を潜めて聞き耳を立てる。

 

 

「あんたが考えることも大概えげつないよね〜。まさかあんなこと思いつくなんてさ!」

 

「何いってんの! そう言って成功した時はノリノリだったじゃん! 授業開始前の時間じゃトイレに行く生徒なんてそうそう居ないから見られる心配も少ないし、あれで少しは大人しくなってくれると良いんだけどねー」

 

「これで大人しくならないのなら、また別のことを考えるだけよ。何様なのかしらね、同じクラスを良いことに近づいちゃってさ! お前の彼氏かっつーの!」

 

 

会話の内容は不穏そのものだった。断片的な内容しか聞こえてこないが、トイレで何かがあったってことなんだろうか。加えて誰かに危害を加えているような内容の会話に聞こえて来る。

 

壁で死角になってしまっているせいで顔を確認することが出来ず、人物を特定することが出来ないのは難点だが明らかに柄の良さそうな会話ではない。もしかしたら後々何かを企んで実行に移すかもかもしれないと悟り、とっさに制服のポケットにしまってあるボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 

いつどこで何が起こるか分からない仕事をしているため、常にレコーダーは常備している。実は俺の専用機にも会話を録音したり発信したりする機能が付いているらしいが、ついさっき千冬さんに渡してしまって手元に無いため、普段から持ち歩いているボイスレコーダーを使うことにした。

 

集音の妨げにならないように声を殺して続く会話を待つ。

 

 

「でも本当に付き合ってたらどうするの? そうなると迂闊に手を出せなくなるんじゃ……」

 

「そんなの関係ないわよ。もし本当だったとしたら一緒に居るのが嫌になるレベルで追い詰めてやるだけよ。バケツの水を掛けること自体が可愛く思えるくらいにね!」

 

「容赦ないわね。でも久しぶりにいじめがあのある奴が出てきてあんたは嬉しいのか。そういえばなんて言ったっけあの一年の名前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……確か鏡ナギとか言ったかな」

 

 

内容はあらかた分かった。

 

話し方からして俺よりも上の学年。二年生か三年生のどちらかになるんだろう。その上級生とも呼ばれる生徒たちが特定の生徒たちをいじめていると。口ぶりからしても常習犯なのか虐めという行為自体を随分と楽しんでいるようだ。

 

極めつけに出てきた『トイレ』と『バケツ』の単語。そして水を掛けたという一言で何をしたのか全てを把握した。つまりトイレの個室に篭った、もしくは壁際にでも追い詰められた生徒に向かって水入りのバケツを放ったと……そういうことになる。

 

勿論その行為自体が到底許されるものではないことは事実。

 

 

まぁ、そこは勿論なんだが。

 

 

 

 

 

 

 

今アイツら……誰の名前を言った?

 

 

「ちょっと、こんなところで名前出して誰かに聞かれたらヤバくない?」

 

「大丈夫大丈夫、誰にも聞かれてないって! 放課後こんなところで聞き耳を立てる物好きな生徒なんていないでしょ」

 

 

俺の聞き間違いじゃなきゃ『鏡ナギ』って言ったような気がするんだが。

 

 

「あの一年もひ弱そうな大人しい外見なのに無駄に根性だけはあるのよね。ここ数日毎日のようにちょっかい出してるのに動じやしないわ」

 

「脅迫メールに靴の中に画鋲入れたり……後何したっけ? あぁ、今日の水入りバケツもそうか。これで堪えないならもう最終手段に出るしか無いよね〜」

 

「最終手段? 何か考えてるの?」

 

「もちろん。ここだとちょっと話しにくい内容だから後で全部話すわ」

 

 

そこまで話したところでバタバタとその場を離れる複数人の上級生たち。

 

幸いなことに俺がいる吹き抜け廊下の方ではなく、真反対にある中庭の方へと掛けていく。下手に廊下の方に来て誰かに見られたり、通りがかった教員に見られてことがバレるのを恐れたのかもしれない。

 

連中のグループの中にも多少なりとも頭が回る奴がいるみたいだ。

 

去った後に訪れる静寂、誰も居なくなったことを確認して持っているボイスレコーダーの録音ボタンを切る。これで奴らがいじめをして居たことは白日の元に晒されることになるだろう。もしナギが証言をすれば確実に上級生は退学処分、よくて長期に渡る停学処分になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にとってそんな当たり前の処遇についてはどうでも良かった。

 

 

「はははっ……やっぱりそうか。お前らが……お前たちが裏で手を引いてやがったんだな」

 

 

隠し事の真実を知る。

 

 

「話し出せる訳ねーよ……アイツの性格考えたら絶対に気を遣うに決まってる」

 

 

知っていた。

 

実は何もかも。

 

 

「俺に弱みを見せたくないから、俺に頼って迷惑を掛けたくないから……」

 

 

だから直前に手を打った。

 

大きな実害が降り注ぐ前に。

 

今のナギなら我慢するだろう。

 

俺に迷惑をかけまいと、何とか自分で解決をしようと。

 

 

「我慢していることをいいことにアイツらは漬け込んだのか」

 

 

性根が腐った奴は一度痛い目を見ないと分からない。

 

IS学園に入学してくるくらいだから一定のスペックを持ち合わせている人間なのだろう。だが人間は十人十色、まともな奴もいればそうじゃない奴も居る。

 

 

 

 

これでハッキリとした。

 

連中にかけてやる温情など微塵もないことに。

 

手の上で良いように誘導されていたことなどと、連中は気付きもしなかったに違いない。

 

証拠はもう十分なくらい手に入れた。

 

残すことは一つだけ。

 

 

 

 

 

裁きを加えることだけ、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「練習中すみません。ちょっと良いですか?」

 

「へ……あれ、誰かと思ったら霧夜くん。今日はどうしたの?」

 

 

放課後。

 

活気あふれる部活動の最中に、大和は普段来るようなことがない場所に訪れていた。

 

近くにいるトレーニングウェアを着た生徒におもむろに声を掛けると、大和のことに見覚えがあったようで少し驚いたような表情を浮かべる。多少の顔見知りであることは事実だが、陸上部員でもない大和が陸上トラックに顔を出すなんてことはほぼ皆無に等しい。

 

急に現れたらどうしたのかと気になるのも頷ける。

 

 

「もしかしてナンパ?」

 

「違いますよ! 部活動の最中にそんなことする訳無いじゃないですか!」

 

 

どことなく小悪魔染みた表情を浮かべながら大和をからかう生徒。二人のやりとりを見ると、どうやら大和が話しているのは上級生のようだ。ナンパであることをキッパリと否定した大和に対して、どことなく面白くなさそうな表情を浮かべて口を尖らせる陸上部の上級生。

 

 

「えー、面白くないなー。それとも陸上部の入部希望とか?」

 

 

ナンパじゃないなら部活への入部希望かと投げかける。

 

学園祭での催し物の結果が一位だった部活には一夏を強制的に入部させるといった発表が行われたのは記憶に新しい。陸上部でも一夏の入部に向けて準備を進めている最中ではあるが、もし大和が入部を希望しているのであればそれはそれで嬉しい偶然だ。

 

 

「魅力的な提案ですけどそれも違います。確認したいことがあって来たんですが、今日ってナギは居ますか?」

 

 

が、今日の大和の目的は入部希望では無かった。苦笑いを浮かべながら用事のある人物の名前を呼ぶと、少し残念そうに微笑みながらもやっぱりかといった感情が込められた何とも言えない表情を浮かべる。

 

 

「なーんだ違うんだ、残念。えっと、鏡だったよね? さっき見たから多分何処かにはいると思うんだけど……ちょっと待っててね」

 

 

どこにいるかまでは把握をしていなかったようで、大和を待たせて他の部員の元へと確認へ向かった。

 

大和の目的はナギと話すこと。

 

どうしても話したいことが、聞きたいことがある。

 

ここ最近ずっと続いていたナギの気持ちの落ち込みよう……その原因が全て明らかになったことでもう一度しっかりと話し合いの場を設けようと思っていた。

 

上級生たちから嫌がらせを受けていることをナギは誰にも相談することなく、一人で貯め込み我慢を続けてきた。最初こそ脅迫文や脅迫メールなどかわいいモノだったが、嫌がらせの内容は日に日にエスカレートし、ついには水入りのバケツを浴びせるといった暴挙にまで繰り出すことに。

 

水を掛けられたのではないかと疑問に思ったのは今朝、授業までの時間を活用して一度ナギと二人で話し合いの場を設けた後のことになる。話し合いが終わった後、ナギを先に教室へと戻した大和は彼女よりも数分遅れて教室へと戻って来た。

 

だが先に教室へ戻っているはずのナギの姿がどこにも見当たらない。授業が始まる前だというのに、わざわざ遠回りのルートで戻るとは考えづらい。

ナギが戻って来ないことに違和感を覚えたのは大和だけではなく、他のクラスメートたちもだった。ほとんどのクラスメートは大和と一緒に出掛けたのだから、一緒に戻ってくるものだと信じて疑わなかっただろう。

 

結果、予想に反して戻って来たのは大和一人だけ。

 

クラスメートはもちろんのこと、一番驚いたのは大和だったに違いない。これでは何かあったのかと思われても致し方のない状態だった。

 

そして大和に遅れること数分後、授業開始ギリギリの時間にようやくナギは戻ってきた。無事に戻って来たことに安堵しつつも、大和はナギの足元がほのかに湿っていることに気付く。どのルートを通って教室に戻って来たとしても靴が湿るほどの場所はこの校舎内には存在しない。

 

水をこぼしたか、誰かに水を掛けられたかのどちらか。

 

 

常識に考えて一般の学園生活で起きて良いようなことではない。

 

 

「……」

 

 

本当に何もないのかと、何か自分にとって理不尽な仕打ちを受けているのではないかと。根気強く確認を続けるも結局最後まで彼女が首を縦に振ることは無かった。

 

無理にでも口を割らせることくらい大和には出来ただろう。それをしなかったのは、沈黙を貫くナギに何か思惑を感じたからだ。

 

それでも大和の中での我慢は既に限界を迎えていた。

 

自分の目の前で恋人が悩み、苦しんでいる姿をこれ以上は見たくない。

 

誰が犯人なのかはもう分かっている。声もしっかりと録音し、言質も取っている以上言い逃れは出来ないだろう。

 

しかし大和の中で最も大切なのは危害を加えた上級生に裁きを下すことではなくナギ自身が無事であること、その一言に尽きた。

 

 

そうこう考えているうちに確認を終えて戻って来た陸上部の上級生だが、表情はどこか浮かない。

 

 

「ごめん霧夜くん。さっきまで個人練習していたからいると思ったんだけど見つからなくて……他の子の話だと数分くらい前にトラックの外に出てったみたい」

 

「外に?」

 

 

ナギは居なかった。

 

ただ話によると先ほどまではトラックの中で個人練習をしていたとのこと。大和とは入れ違いでトラックの外に出て行ったらしい。外に出たということは外周のランニングにでも行ったのだろうか、彼女の性格上練習をサボるとは考えづらい。

 

 

「えぇ。でも彼女の専門は短距離。確かに体力アップのために学園の外周をランニングすることはあるけど、この時期に外周を走るなんてカリキュラムは組んでないはずよ……怪我でもしたのかしら」

 

「それ、本当ですか?」

 

 

一瞬大和の顔が強張る。

 

普段から外周でのトレーニングを日課にしていたのなら分かるが、ならどうして外に出て行ったのか。何より毎日の練習を見ている部員が言うのだから間違いないだろう。

 

嫌な予感がする。

 

大和の心のザワツキは収まらなかった。

 

理由もなく外に出て行くことは無いだろうし、何かしら理由があって外に出たことが分かる。

 

まさかな……と。

 

強引に楽観的な思考に切り替えたタイミングだった。

 

 

「すみません。ちょっと電話取りますね」

 

「うん。もしここで待つのなら自由に使っちゃって大丈夫だからね」

 

「ありがとうございます。ホント助かります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然鳴り響く大和のプライベート携帯のコール音。このタイミングで何事かと、ポケットから携帯を取り出して画面を開く。

 

画面に表示される着信相手はラウラだった。共にいる時間が多く、常日頃から部屋まで駆けつけてきたり割とべったりな状態だったりすることが多いため、ラウラからの着信は多くない。

 

むしろ電話をかけてくること自体が珍しいので、大和はやや戸惑い気味に通話ボタンを押した。

 

 

「はい、もしもし……」

 

『こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。お兄ちゃん、聞こえるか?』

 

「あぁ、しっかり聞こえるぞ。珍しいな、ラウラが俺の携帯に電話をかけてくるなんて」

 

『いや、実はプライベート・チャネル越しに声を掛けたんだが、全く応答が無かったから電話を掛けたんだ。今取り込み中なのか?』

 

「取り込んでるっちゃ取り込んでるが話は出来るぞ。後ラウラ、完全に余談になるんだが、残念ながら俺の専用機は今メンテナンス中でな、実はついさっき織斑先生に預けたところだったんだ」

 

『えっ……』

 

 

大和の話した内容にラウラの声がピタリと止まる。

 

電話越しでも分かる絶句っぷりに大和も思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。学園内とはいえISの使用は許可されていない。当然プライベート・チャネルを使うことは出来ないため、使ってることがバレたら下手をすれば懲罰ものの案件となる。

 

大和の専用機は今しがた千冬に渡したばかりであり、もしかしたらラウラが飛ばした通信が千冬に聞かれている可能性も否定出来なかった。大和の専用機が今千冬の手元にあるとの事実をしったラウラは、電話を掛けた意図も忘れて呆然とフリーズする。

 

ただ何の理由も無くラウラがプライベート・チャネルを使うとは思えない。普段のラウラは所々天然な部分があるものの、成績優秀で規律を守る今や模範的な生徒となっていた。基本的な禁止事項の一つである、許可のないIS使用をラウラが知らないはずがない。

 

故に何でもない連絡でプライベート・チャネルを使おうとするなんて考えられない。

 

禁止事項云々の話は後回しで、電話を掛けてきた理由について大和は尋ねる。

 

 

「ラウラ、フリーズするのは一旦後だ。プライベート・チャネルを使おうとしたってことは緊急の話があるんだろう? まずはそっちを聞こうか」

 

『わ、分かった! 実はお姉ちゃんの件で……』

 

「ナギのことか。何があった?」

 

『実は……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと!? もう一回言ってみろ!!!」

 

「何度でも言います。私はあなたたちの言いなりにはなりませんし、大和くんと縁を切るなんてこともしません」

 

 

とある室内に怒号が響き渡る。

 

複数人の生徒が一人の生徒を取り囲んでおり、いずれの生徒も先日の購買部の近くで見覚えのある生徒たちばかりだった。よほど気に障ることを言われたのか、それとも発言そのものが気に食わないのか、リーダー格の女性が顔を真っ赤にさせながら罵声を浴びせ続ける。

 

一方で取り囲まれている生徒……鏡ナギは極めて冷静に、平静を装って淡々とした口調のまま上級生へと言い返す。

 

彼女たちがいる場所は、学内の一角にある備品用倉庫だった。

 

備え付けられている窓の数も少なく、授業で使用する教室に比べると幾分暗い。生徒たちの周囲には多数の災害用の備品や未使用のデスクが置かれていた。普段は生徒を含め教師も滅多に入らないような場所のようで、床にはかなりの量のホコリが溜まっている。

 

窓が開かれているのは入室した生徒があえて開けたのだろう。雨風が吹き込む可能性のある窓をずっと開けっ放しにする理由は見当たらない。

 

 

「用件はそれだけですか? これ以上私に付き纏わないでください。はっきり言って不愉快です」

 

 

ここ数日にわたって続く嫌がらせの数々にうんざりだと言わんばかりに、ナギは大きくため息をつきながら心の内を明かす。いくら大人しく、あまり前に出ない性格のナギであっても毎日のように嫌がらせを続けられれば苛立ちを隠すことなど出来るはずもなかった。

 

普段の自分なら到底言わないような言葉が続けざまに出てくる。

 

 

「上級生の皆さんはさぞかし暇なんですね……申し訳ないですけど、私は決して暇なわけじゃないので。こんなことのために時間を使うのであれば、もっと別のことに時間を掛けた方が良いんではないでしょうか?」

 

「このっ、調子に乗るなよっ!」

 

「っ!?」

 

 

勢いに身を任せて近づくと、ナギの両肩を掴みながら壁に勢いよくぶつける。ドンッという衝撃音と共に伝わってくる痛みがナギを襲い、表情が苦痛に歪んだ。

 

 

「気に入らないんだよ! お前みたいな一般人が選ばれた人間と一緒にいることがっ!!」

 

 

結局は醜い嫉妬でしかない。

 

自分たちには得られなかったチャンスが今の一年生には巡ってきた。女子校であるが故に異性との関わりもかなり少なくなる。今年入学した男子二人は一般的観点から見てもかなり整った顔立ちだ。狙う生徒が居たとしても何ら不思議はない。

 

同学年の生徒に比べると他学年の生徒は圧倒的に接するチャンスが少ないのも事実。が、本当に大和と関わりを持ちたいのであれば自ら歩み寄って声を掛ければ良かっただけの話になる。

 

この上級生たちは大和と一度も話すどころか会ったこともなかった。

 

接する機会こそ一年生に比べれば少なくなるかもしれないが、決して会うことが出来ないわけではない。時間を見つけて会いに行ったり話したり、個人でアプローチを出来ることはいくらでもあっただろう。

 

一方でナギの場合は同学年での入学、かつ食堂で偶々大和に話しかけられたという僥倖はあれど、一緒に帰ろうと声を掛けたり、大和への手作り弁当を用意してお昼に誘ったり、はたまた休日には外出デートに誘ったりと大和が迷惑に思わない範囲でのアプローチは続けてきた。

 

地道な積み重ねが大和を振り向かせるきっかけとするのであれば、上級生に投げ掛ける言葉は己の怠慢と言う他なかった。

 

 

「さっさとあの男と離れろっ! これは最終通告だ!」

 

「そうやって脅せば私がはいそうですかと言うと思いましたか! お断りします!」

 

 

「このっ……舐めやがって! おい! あれを貸せっ!」

 

「くぅっ!」

 

 

強引に髪の毛を引っ張りながら床に跪かせると、一人の生徒から何かを手渡される。

 

ナギの視線に銀色に光り輝く双刃型の金属が目に入った。

 

一際大きく、切れ味のあるそれは俗に言う裁ちばさみと呼ばれるハサミになる。本来は裁縫用に使用される小道具になるが、どうして裁縫用のハサミが今この場にあるのか。

 

 

「随分良いツヤの髪してるんだなぁお前」

 

「!!!」

 

 

ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、何度もハサミを使う動作を繰り返す。シャキンシャキンと金属が擦れ合う音が鳴り響くと共に思わず、ナギの表情が曇った。

 

これから起こりうる未来を想像したのだろう。

 

本来なら想像もしたくないはずだ。

 

 

「くくくっ……私こんな性格だから手癖も悪くてな、もしかしたらザックリ行っちゃうかもしれないけど、手が滑ったらごめんなぁ?」

 

「「ハハハハッ!」」

 

 

目の前で繰り広げられている壮絶なまでの行為に、周囲を取り囲む上級生たちは止めるどころか笑いながら携帯カメラを向けるだけだった。止まる気もないのだろう。

 

ただ純粋に誰かがいたぶられている姿を嘲笑い面白がる、彼女たちにとってはイジメも一つの余興にしか過ぎなかった。

 

 

「この大切に大切に手入れしている髪を切られたくなかったら、私の機嫌を余り損ねない「切れば良いじゃないですか……」……は?」

 

「あなたたちの気がそれで済むのなら、やれば良いじゃないですか」

 

「お前本気で言ってんのかよ。あの男から手を引けばこんな思いしなくても「何度でも言います。私は引く気なんて毛頭ありません。そんなことで私の心は折れたりなんかはしない!」……」

 

 

だが彼女たちが思う以上にナギの心は強く、そして折れなかった。

 

 

「ちょっ、マジ!? それは傑作なんだけど! この期に及んでまだ心折れないとか、どんだけメンタル強いのよ!」

 

「いいよやっちゃえよ! 本人の了承も取れたんだから誰も悪くないでしょ!」

 

 

面白くない、その何があっても物怖じしない態度が気に入らない……様々な思いが交差する中、ギュッとハサミを握りしめたままあっけに取られるリーダー格の女子生徒。

 

結局どれだけ脅そうがナギには響かなかった。

 

大人数で責め立てたというのに決してくじけなかった、自分たちは負けたのだ。

 

それはナギの言葉が全てを物語っていた。

 

大和の隣のポジョンを奪われ、あまつさえ引き離そうと目論んだ計画まで失敗に終わる。何と哀れな姿だろうか。

 

負けっぱなしで終わってなるものか。

 

ギロリと睨みつけるとハサミをとる右手にも力がこもった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ……ふふふっ、そこまで言うならやってやるよ!!!」

 

 

ナギの髪にハサミの刃が入る。

 

特にこだわりは無かったが何年も伸ばし続けて来た。

 

愛着がないかどうかと言われれば無いわけがない。少しでもだらし無い髪にならないようにと手入れには時間を掛けたし、定期的に美容院へと足を運んで幾度となくメンテナンスを施して来た。

 

日本美人を思わせる癖のない漆黒のロングヘアー。

 

手入れを続けていたとしても、ナギのような髪質を維持出来る人間はそう何人もいるわけではない。

 

腰まで届く長い髪を靡かせる姿と持ち合わせた類稀の顔立ち、均一が取れたプローポーションを見れば男女問わず、幾多もの羨望の視線を向けることだろう。

 

自慢をする気は毛頭ない。

 

しかしそれは彼女自身が自己研鑽を惜しみなく行った結果だった。

 

 

「はははっ! アンタも容赦ないわよねぇ!」

 

「ウケるわー!」

 

 

外野の声など、既に一切聞こえていなかった。

 

切れ味抜群の裁ちばさみの刃は長く伸びた髪の毛をたちまち一刀両断する。

 

切られた髪がだらりと床に落ち、下を俯いているナギの視界にも嫌と言うほど映り込んでくる。覚悟はしていたがいざ現実のものとなるとナギの心に堪えるものがあった。

 

ちょきり、ちょきりと不規則に聞こえる切断音は着々とナギの長髪を切り落としていく。もう既に腰まで伸びた特徴的な長髪は既に面影もなかった。

 

無残にも切り落とされた髪の毛が床一面に広がる。

 

 

(ごめん大和くん。最後まで強くあろうと思ったけど……今、大和くんの顔見たら泣いちゃうかもしれない)

 

 

目を閉じて我慢するナギの瞳にはほのかに涙が浮かぶ。だがそれを決して他の人間に悟らせるようなことはしなかった。何としても耐えてみせる、そう心に念じた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ガッシャァァアアアアアン!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

衝撃で突き破られるような凄まじい轟音と共に入口の扉が破壊される。

 

外から強烈なまでの圧力を受けた扉はくの字に折れ曲がり、あらぬ方向へと吹き飛んだ。ガラガラと音を立てて転がる扉を中にいる上級生たちは信じられないような目で見るしかなかった。

 

あり得ない、と。

 

普段授業でも使わなければ、課外活動でも使わないような場所にどうして人が来ることが出来たのか。加えて部屋の入口には内側から鍵を掛けていたはず、合鍵でもない限りは絶対に入室することは出来ない。それ以前に強固な作りになっている扉を物理的に破壊するなど、ISでも使わない限り絶対にあり得ない。

 

入口には既に誰かがいる。

 

逃げようにも入口は一つだけで塞がれているとなれば逃げることすら叶わない。室内にある窓は人が通ることの出来る大きさではあるものの、部屋があるのは高層階だ。

 

何の装備もなしに降りることは出来ず、飛び降りようものなら大怪我は免れない。

 

何より絶対にバレることは無いと根拠のない自信を持ち合わせていた彼女たちに、万が一の際に対応するリスクヘッジなど持ち合わせているはずが無かった。

 

リーダー格の生徒の手から裁ちばさみが零れ落る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「大和……くん?」

 

 

顔をあげると同時に切断された髪の残骸が零れ落ちた。

 

入口に立つ人物の名前を呼ぶ。

 

 

よく見知った人物。

 

大切な大切な……この世で誰よりも愛しているパートナー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ようやく捕まえた……よくも好き放題やってくれたなこの野郎」

 

 

険しい表情を浮かべる大和の姿がそこにはあった。


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